「大谷グランド・センター」の今と昔と、これからと。

とある動物が“道具”を手にし、人類として歩み始めたのが、およそ400万年前。
そのはじめての“相棒”として選ばれたのが「石」だった訳だが、アスファルトに囲まれて生きる僕らからすると、ひょっとすると、それはありきたり過ぎる。

だが、現代を生きる僕らにとって、そんな、取るに足らないはずの「石」への印象はガラリと変わることになる___。

現代アーティスト・YOSHIROTTENが手掛けた「大谷グランド・センター」常設展「大谷石景」の展示風景

「大谷グランド・センター」誕生

「大谷グランド・センター」2Fのレストラン・カフェ

現代アーティストのYOSHIROTTENが、自身初となる常設展示を手掛けた「大谷グランド・センター」。
栃木県宇都宮市大谷町に誕生した「食とアート」の複合施設だ。

「大谷グランド・センター」入り口

この場所にはかつて、「山本園大谷グランドセンター」と呼ばれる入浴と食事が楽しめる観光施設が存在していた。1967年の開業以来、昭和期の盛隆を堺に、1985年頃、廃業。以降30年以上廃墟と化していた。

ところが。

今から10年前の2016年、この、文字通りの廃墟を購入したのが、宇都宮で事業を展開する印刷会社、「井上総合印刷」だ。

初めてこの場所を訪れた時の事を、代表取締役社長を務める井上加容子氏は次のように語る。

「何てすごいところなんだろう。言葉にならないような、建物の力を感じました。」(井上加容子)

「大谷石」の岩肌にひっつく、目を疑う建造物

「山本園大谷グランドセンター」営業当時の様子は画像としての情報が少なく、想像することしか出来ない。しかし廃業後の写真(おそらく井上さんの見た景色)を見るに、岩肌に抱きつくような建造物は、それでも異様な存在感を放ち、神秘的ですらある。

山本園大谷グランドセンター跡地

「山本園大谷グランドセンター」に限らず、かねてよりこの街は、「大谷石」と共に歩んできた。

日本有数の石材の名所であり、その出荷先には、フランク・ロイド・ライトが手掛けた旧帝国ホテルなど、一流の建築物にまで及んでいる。

採石場跡地

街の活気の少なくない部分を「大谷石」と共にしてきた大谷町だが、「山本園大谷グランドセンター」の閉園などの時代の流れと共に、次第に人の出入りが減り始めていた。

書き足された物語の続き

誰かにとって大切な“何か”を「伝え残す」。それが紙の出版物の力だと信じる人たちがいる。「井上総合印刷」の想いに賛同した人々の想いの結晶として、「大谷グランド・センター」はある。街の魅力やその場所の持つ“記憶”を伝え残すハブスポットとして、これからの大谷町の物語を継いでいくだろう。

その前に。

SF映画顔負け。「大谷テクノパーク構想」

実は、1980年代の後半、「山本園大谷グランドセンター」の廃業とちょうど同じ頃、「大谷テクノパーク構想」と銘打った大規模プロジェクトが存在していた。大谷石採掘跡の活用から、産業、観光を盛り上げようと企画されたもので、当時の報道では、「自然と最先端技術が融合する21世紀地底の国」との見出しが建てられているが、これが決して大袈裟ではない。


SF映画さながらのハイテク地底都市を思わせるプロジェクト案の中には、「メディカルZONE」、「アイデアZONE」、「スパイラルエレベーター」と、聞くだけで心踊る数々の計画が建てられていた。そのひとつとして、「アートZONE」もあったのだが、これらのプロジェクトは結果的に実現には至らなかった…。

ハイテクを前面に打ち出したSFチックなプロジェクトの想いは、時を経て、姿形を変え、「大谷グランド・センター」へと受け継がれている。

現代アーティスト・YOSHIROTTENの参画

「大谷グランド・センター」にて常設展示を手掛けたアーティスト・YOSHIROTTEN

緻密なフィールドワークとテクノロジーを駆使しながら、自然を見つめるアーティスト・YOSHIROTTENは、今回のプロジェクトにおいて、常設展として新たな映像インスタレーション「大谷石景」を手掛けている。

常設展「大谷石景」の展示風景

大谷石の最大の特徴と言っていい「ミソ」と呼ばれる穴は、火山岩が粘土化し、長い年月を経て抜け落ちていくことで生まれる。「穴の中にあった石の粒たちは、どこへ行ったんだろう?」という空想から、彼の作品に欠かせないハンドスキャナーによってスキャンした石の粒が空間を浮遊するような映像作品に仕上げた。

大谷石の特徴である「ミソ」と呼ばれる数々の穴

空間を漂う“音”は、大谷でのフィールドワークにて収集したものが素材となっている。

「昼と夕方でも異なる表情をみせる空間なので、1日のうちに2回来てもらえたら嬉しい」と語るのは、時間や季節と共に変化する空間を楽しむのと、一度センターの外に出て、大谷の街を巡って欲しいとの想いから。

「この場所が、ハブスポットとなることで、地元の人々にとっては誇りとなり、知らなかった人たちがこの街を好きになるきっかけになれば嬉しいです。」(YOSHIROTTEN)

YOSHIROTTEN / 「Transtone」改装前からこの場所にあった巨大な大谷石をそのまま活かし、「ミソ」の上からネオンを施した作品

関わった人たちが、口を揃えて大谷への深い愛情について語る様子を見ていると、「大谷石」の持つ不思議な力が、人々を再びこの地に集めようとしているとすら感じる。

ひとつの石と、とある街の物語。そこに集まる、たくさんの人々。

物語のこれからが楽しみだ。

大谷グランド・センター

所在地:栃木県宇都宮市大谷町1396-29
アクセス:JR「宇都宮」駅より車で約30分/関東バス「大谷観音前」下車すぐ
入館パス:大人(18歳以上)・中人 500円 / 小学生以下無料
グランドパス:大人(18歳以上) 1800円 / 中人 1500円 / 小学生以下無料
公式サイト:https://oya-grand-center.com

【インタビュー×イベントレポート】「感情展-短歌で詠み、イラストで描く-」で目の当たりにした“感情”の輪郭 – 後編

日本を代表するイラストレーターでありアートディレクターのMika Pikazo。彼女がクリエイティブディレクションを務める短歌とイラストの展覧会「感情展-短歌で詠み、イラストで描く-」が、角川武蔵野ミュージアムで開催中だ。

総勢39名ものイラストレーターと11名の歌人が一堂に会した大規模展示の見どころは?

Mika Pikazo単独インタビューに加え、内覧会で出会った参加作家たちへのゲリラインタビューを収録した現地レポートを、前編に続いてお届けする。

会場でしか味わえない特別な「感情」体験

CHAPTER 3「言葉にできない感情」では、円形に連なったイラスト群が、中央に弾けた意味を成さない言葉の断片を取り囲んでいる。

さらに歩みを進めると現れるのは、CHAPTER 4「複雑な感情」と呼ばれる区画だ。

CHAPTER 4「複雑な感情」

「言葉にできない」感情を、なんとか人に伝えようと、我々は言葉を尽くす。日本語という世界的に見ても複雑な言語体系のなかで絞り出した、たった「31音」。短歌は、時に切実で、時に美しく、醜くもある。

この区画では、それぞれの作家が短歌とイラストを通して、自身の私的な感情を見つめると同時に、自分というフィルターを通して見える他人の姿を描き出す。

至る所に設置されたミラーには、「鏡に映る自分」「鏡に映った他人」「鏡に映った、他人に見られている自分」が映し出され、鑑賞者に「作品と対峙して何を感じるか」問いかけてくる。

CHAPTER 5「感情の表現」

続く最後の区画、CHAPTER 5「感情の表現」では、展示を通して抱いた感情を振り返りつつ、鑑賞者がそれぞれの想いを表現するエリアとなっている。展示に合わせて開催されていたpixivとの協同開催のコンテストで選ばれた数々の短歌(図録掲載されていないものも含まれるので必見)や、安倍𠮷俊のアイデア段階のラフから完成に至るまでの原画、更にはMika Pikazoによるメイキング映像など、会場でしか味わえない企画が用意されている。

安倍𠮷俊のラフ画

「感情」という抽象的なテーマに挑んだ作家たちは、何を感じ、何を想いながら作品を描いたのだろうか。

内覧会で出会った作家たちに実施したゲリラ取材を、ここに記録していこう。

ゲリラインタビュー集成

まのでまりな / 「entrelacer」

普段の制作では、線の気持ちよさや平面構成のようなニュアンスで絵を描くことが多く、感情をテーマにしたことがほとんどありませんでした。それもあって、頂いたテーマである「複雑な感情」について考えながら描いたのは凄く新鮮でした。ただ、呼んで頂いている以上、あくまでいつものスタイルは変えないで、感情の現れやすい「顔」を普段よりもピックアップしました。私自身、昨年末に銀座で個展をやらせていただく機会があって、そこでは描いたキャラクターについての人物像や物語を色々な人に聞かれたんです。その時に、自分が「人物」や「感情」に対して全然興味がなかったことに気がついたんです。この展示のお話を頂いたことも重なって、今後はもう少し違ったアプローチをしてみてもいいのかなと感じています。

浦浦 浦 / 「僕らのゴルディロックスゾーン」

広告などで頂くお仕事では明確に求められているものがあるのに対して、今回はかなり自由に描かせて頂きました。せっかくだし、普段できないようなことをやりたいと思い、普段は描かないモチーフやタッチで描けたことが凄く楽しかったです。健全で温かみのあると言うか、不特定多数の人が幸せになるような作品を求められることが多いですが、今回はどちらかというと自分の為に描きました。

これは僕の完全な持論ですが、人間は、1から10まで説明しないで、例えば1と2と、9と10だけを説明したとしても、間の3から8までを想像で補える生き物だと思うんです。今回のようにある程度余白のある表現であったとしても、観た人が頭の中で補完してくれるのではないかと思い、自由に楽しく描いてみました。

萩森じあ / 「青が溢れて花は咲く」

私自身、普段から絵を描く際はかなり感情を意識して描くタイプです。テーマで頂いていた「複雑な感情」も、私の作風を見て頂いたお話だと思うので、いつも通り描かせて頂きました。ただ、こうした大規模なミュージアムでイラストレーションを観る機会ってなかなか無いと思うので、イラストがこれからもっと身近な芸術活動として広まっていけば嬉しいです。

あんりふれ / 「無辜のあなたでいられない!」

普段のイラストでは求められるものを第一優先に描くのですが、今回は、自分の中にある、ものすごく私的な部分での作画ということで、すごく考えてしまいました。

イラストや絵は美しく描きたいのですが、「感情」は、必ずしも美しいものだけではない。醜さや生臭い部分をしっかり描いて、綺麗なだけでは済まさないように意識しながら描きました。自分の気持ちに嘘はつきたくないけれど、そもそも「感情」の度合いは、人によって異なりますよね。何を感じるか、とか、どこで爆発するのか、とか。
私的なものを描こうとする以上、ある程度の共感のラインと、そうではない自分だけの「感情」の境界線を描き分けるのが大変でした。

それもあって、今まで以上に「輪郭」がはっきりしたと思います。普段の制作では、絵にする時に、作品を客観視する時間があるんです。絵に近すぎると、あまり良くない絵を、良いと思い込んでしまうことがあるから。それを防ぐ為に一度切り離して遠くから眺めるのですが、今回それが、より具体的になったと思います。言い換えるなら、何が嫌いかがよく分かってきた。良くも悪くも知らなかった頃には戻れないので、それを避けようとするにしても、向かっていくにしても、進み方は変わってきてしまうと思います。

nobori / 「from now, from here」

「感情」について自分なりに考えた時に、「無」からいきなり生まれるものではないと思ったんです。人それぞれの背景や状況、行動や周りの環境など、色々な要素がトリガーになって生まれるものが「感情」だと思います。

普段からもそうですが、登場するキャラクターがなぜその「感情」になっているのか、背景にあるストーリーを意識して描いています。
今回の作品では、新しい街にやってきて、これから新たな日々がスタートするというような設定で描きました。何か新しいことが始まる時って、不安があったり、同時に、ワクワクした期待感のようなものもありますよね。そういった複雑な感情を作品に込めました。

今回の展示を通して、同じ「感情」というテーマでも、こんなにも色々な表現があることに驚きました。これまでの自分だけでは思い浮かばなかったような「感情」を、周りの方は感じていらっしゃるんだなと、新しい発見でした。

イラストレーターとしてのMika Pikazo

Mika Pikazo / 感情展メインビジュアル

今回描かせて頂いたメインビジュアルでは、私自身が森羅万象を見て全身で感じること、社会を見て思うことを、詰め込んで描きました。

女の子自身の表情はあまり強い表情ではなく、なんとも言葉にできないような揺らぎのある表現を意識し、中心に広がる色はすごく激しくエネルギッシュにしています。

彼女の周りには何か渦巻いているけれど、彼女自体にはあまり力が入ってないような状態にしたかったんです。 周りで起きていること、自分が思ってることも含めて、「受け入れる」様子。迎合しているというか、拒否しない様子を表現しました。 

クリエイティブディレクターとしてのMika Pikazo

最後に、これほどまでの大規模展示をディレクションしたMika Pikazoに、プレイヤーとは違った展示創作の裏側をインタビュー形式で深掘りしていこう。

Mika Pikazo

Mika Pikazo – これほどの規模で、多くの方にご協力いただく展示会は私にとっても初めての経験で、実はすごく緊張していました。今回参加頂いた方々は、私自身がずっと前から作品を拝見していて、純粋に大好きだった方々です。

感情をストレートに描く方もいれば、比喩を用いて読み手の想像力を掻き立てる方もいます。今回のテーマである「感情」は、分かりやすい設定があるわけではなく、ポジティブともネガティブとも言い表せられない、複雑で、なんとも言えない感情を絵にしてほしいという抽象的なものでした。

今の時代を代表する、個性も異なる皆さんの作品が、このテーマによってどう変化するのか。純粋に「この人の作る感情を見てみたい」と感じる方々にお声がけさせて頂きました。

空間を「浴びる」ための演出。鏡に映る「自分」と「他者」

Mika Pikazo

Mika Pikazo – コンセプトを固めるまでは、チームの皆さんと何度も試行錯誤を繰り返しました。私が全体の構成案(大ラフ)を作成し、そこにどういった仕掛けがあれば楽しんでもらえるか、どうすれば「感情」という流れを説明できるかを、コンセプトに関わってくださったマキシラさんと共に練り上げていきました。

「感情をからだで浴びる」という表現が印象的ですが、具体的にはどのような演出をされたのでしょうか?

Mika Pikazo – 象徴的なのは、最初のエリアである「感情の起源:愛と恐れの部屋」です。ここでは特殊なライティングを施し、日常で耳にするような環境音をBGMとして流しています。その空間で感じる音や光を「愛」と受け取るか「恐れ」と受け取るか。だれかにとって心地の良い音でも自分にとってある思い出が浮かんで苦い気持ちになるとか…。自身の記憶とリンクさせながら、五感で感じ取ってほしいと考えました。

次の「複雑な感情」のエリアでは、作品と一緒に多くの「ミラー(鏡)」を飾っていますね?

Mika Pikazo – 作品を鑑賞している最中に、ふと鏡越しに自分の姿や、同じ空間にいる他者の姿が入り込んでくるんです。それによって「これは自分と同じ気持ちだ」と共感するのか、あるいは「自分とは全く違う他者」を想像するのか。客観的な視点が混ざることで、より深く感情と向き合えるのではないかと考えました。

予想を超えてきた作品たち。ディレクションは「肉付け」の作業

Mika Pikazo

普段のイラスト制作と今回のディレクションでは、頭の使い方は違いましたか?

Mika Pikazo – 全く違いましたね。イラストを描くときは、自分自身の感情をグッと集中させて作品に落とし込む、いわば「自分との対話」です。でもディレクションは、多くのプロフェッショナルと対話を重ねながら、徐々に肉付けしていく作業でした。

イラストレーターの視点、短歌に精通した編集者の視点、そしてそのどちらもまだ詳しくない方がどう楽しんでくれるかという視点。自分一人では辿り着けない場所に、みんなで案を出し合いながら近づいていく感覚は、非常に新鮮で刺激的でした。

来場者へのメッセージ

Mika Pikazo / 『VISIONS』

最後に、これから来場される方々へメッセージをお願いします。

Mika Pikazo – 今回の展示会には、多くの作家さんが自身の思いを全力でぶつけた作品が揃っています。作家さんがどんな状況を想像してこれを描いたのかに思いを馳せると同時に、それを見た皆さんが「自分ならどう思うか」「自分はどんな時にこの感情を抱くのか」と、ご自身の心と対比しながら鑑賞していただけたら嬉しいです。

一枚の絵、一首の短歌を通じて、皆さんの中にある「なんとも言えない感情」を見つけるきっかけになれば幸いです。

「感情展-短歌で詠み、イラストで描く-」

会期:2026年2月13日~2026年3月29日
会場:角川武蔵野ミュージアム
アドレス:埼玉県所沢市東所沢和田3丁目31−3 ところざわサクラタウン
休廊:火曜
開館時間:10:00~18:00(最終入館:17:30)
※休館日、営業時間は変更となる場合があります。最新情報は公式HPよりご確認ください。
公式サイト:https://kadcul.com/event/251

【インタビュー×イベントレポート】「感情展-短歌で詠み、イラストで描く-」で目の当たりにした“感情”の輪郭 – 前編

日本を代表するイラストレーターでありアートディレクターのMika Pikazo。彼女がクリエイティブディレクションを務める短歌とイラストの展覧会「感情展-短歌で詠み、イラストで描く-」が、角川武蔵野ミュージアムで開催中だ。

総勢39名ものイラストレーターと11名の歌人が一堂に会した大規模展示の見どころは?

Mika Pikazo単独インタビューに加え、内覧会で出会った参加作家たちへのゲリラインタビューを収録しながら、前後編にわたって現地レポートをお届け。

短歌とイラストをどう組み合わせるか

「感情展-短歌で詠み、イラストで描く-」会場の様子

はじめて短歌に触れたのは、学生時代。教科書で触れた程度のものだったのが、大人になり、一冊の本に出会った。歌人の榊原紘による著書『推し短歌入門』だ。

「その本では、好きなアニメや映画の良かったシーンを、推し活のような感覚で短歌として詠むんです。その時に、いかにそのままの表現を使̇わ̇な̇い̇で詠むか。『嬉しい』、『悲しい』などの直接的な言葉を使わずに表現する方法が解説されているんです。」

Mikaさんのイラスト表現とはむしろ逆のアプローチですね?

「私はその時の感情をそのまま正直に描くことが多いです。短歌では、直接的な表現ではなく、物に例えたりしますよね。『悲しみ』の表現として『傘』とか『深夜』を使ったり。それでも、表現に先立つ『感情』はイラストとも共通しているはず。今回はそうした『感情』をテーマに、様々な角度から展示を構成しています。」

入り混じる愛と恐れ

5つのエリアからなる会場の最初を彩るのは、CHAPTER 1「感情の起源」。

直径3200cmのMika Pikazoによる大作「愛、恐れ」が構える。

対となる2つの作品は、それぞれ「愛」と「恐れ」という根源的な感情を描いており、一つの部屋を二分するように中央に背中合わせに展示されている。

Mika Pikazo / 「愛、恐れ」

突き詰めると「感情」とは、実態がなく本来共有のしようがない虚構かも知れない。それでも伝えることを諦められないのが人間が人間たる所以であり、その度に人は創作の力を信じてきた。

この区画で展示されている石川啄木と与謝野晶子の歌は、時を超えてMika Pikazoの内から滲む「愛」と「恐れ」と共鳴している。そしてそれは、そこに立ち入る鑑賞者である私たちにも語りかけてくる。

Mika Pikazo

「この2つの作品は、サーモグラフィーをモチーフに制作しました。赤や黄色だと体温が感じられるのに対して、青や水色だと死を連想させるようなニュアンスがありますよね。太陽を浴びているような生命力と、深海の中で恐怖のまま体が動かなくなっているような感覚をイメージしながら描きました。」

この2つの作品では、どちらから先に制作に入りましたか?

「『愛』を先に描き始めましたが、先に完成したのは『恐れ』を描いたものです。」

「恐れ」を描く時、気持ちは沈むものですか?

「凄く辛かったですね。敢えて怖い映像や音楽に触れたり、普段はなるべく考えたくないようなことをリフレインしながら描いていました。

逆に赤い絵の方、『愛』を描いた作品では、そうした『恐れ』を跳ね返すように描きました。自信を持ってそこに立っているように…。

ただ、『感情』は簡単には分けられません。幸せな気持ちの中には恐れもあるし、逆もそうだと思っています。

私自身、幸せな状態だと、いつ死んでもいいなと思ってしまう時があるんです。今が幸せで楽しんでいるのに、その先の、例えば『死』について考えている。 この明るさがずっと続けばいいな、ではなくて、楽しい時ほど終わってもいい、と思ってしまうことがあるので、そういった複雑さの中にある『愛、恐れ』を描きました。」

短歌は時代と国境を越えて

CHAPTER 2「時代を越える感情」の様子

続くCHAPTER 2「時代を越える感情」では、天井から吊るされた雄大な短歌幕が印象的だ。古物の置かれた台座を中心に対になるように展示された2つの幕。右側が近代歌人の詠んだ歌、それに対して左側の幕で現代の歌人が返歌をするという試みで、時を経ても変わらない人間の「感情」を明らかにする。

ここには冒頭で紹介した『推し短歌入門』の著者である榊原紘の作品も並んでいる。


そしてこの区画で注目したい点は、時代だけでなく、国境を超えていく短歌の姿だ。

今回の展示では、短歌の英訳に際し、ピーター・J・マクミランを招聘している。英訳『百人一首』をはじめ、様々な著書を手掛けてきた短歌英訳の第一人者で、参加した現代歌人の伊波真人は、彼による英訳を意識しながら歌を詠んだと語る。

「基本的に普段詠む歌は英訳されないので、凄く新鮮でした。ピーターさんは元々好きな方だったので、どのように翻訳されるのか意識しながら作った部分はあります。英訳されたものは自分のイメージとはまたちょっと違っていて非常に面白かったです。外国の方やイラストレーションファンの方々が初めて短歌に触れたり、その逆もあると思いますが、化学反応が起こるような素晴らしい展示だと思います。」

言葉にできない

CHAPTER 3「言葉にできない感情」の様子

漢字の部首などを解体し再構築した“存在しない言葉”が中央で弾けて、それらを取り囲むように、19のイラスト作品が円形に連なるCHAPTER 3「言葉にできない感情」。

現代を代表するイラストレーターの面々が、言葉にできない「感情」をイラストに託したこのエリアでは、内に向かって飾られたイラストの外面に、各作家の制作に際した想い、感情が記されている。

作品の説明に終始することの多いミュージアムの解説文としては珍しく、作品の持っている言葉のようなものや感情を詩的に吐露する文章は、感情をテーマにした展示ならではだ。それらは会場で体感して頂くとして、後編では、内覧会で居合わせた作家へのゲリラ取材をまとめて掲載。お楽しみに…!

「感情展-短歌で詠み、イラストで描く-」

会期:2026年2月13日~2026年3月29日
会場:角川武蔵野ミュージアム
アドレス:埼玉県所沢市東所沢和田3丁目31−3 ところざわサクラタウン
休廊:火曜
開館時間:10:00~18:00(最終入館:17:30)
※休館日、営業時間は変更となる場合があります。最新情報は公式HPよりご確認ください。
公式サイト:https://kadcul.com/event/251

【インタビュー】 感情を込めない。つのさめの描く無機質の美学- 後編

緻密な線を積み重ねることで生まれる、つのさめさんの不思議な世界観。後編では、彼女の思考を形作るプライベートな関心事や、現在連載中の漫画『キョンシーちゃん』に込めた想い、そしてクリエイターとして「細く長く」歩み続けるためのフラットな姿勢について話を訊いた。

「わからないもの」への好奇心とSF的思考

つのさめさんの作品には、魚や海辺のモチーフ、あるいはSF的な要素も登場します。ご自身のルーツとして、何か影響を受けているものはありますか?

つのさめ – 子供の頃は、いわゆる「ジャンプ漫画」や「ポケモン」といったポップなものが好きでした。でも、それとは別に図鑑を眺めるのが好きだったんです。魚、虫、そして宇宙。
大人になってから気づいたのですが、私は「自分が理解できないもの」に対して、ずっと強い好奇心を持っていたんだと思います。

それが、今の「情緒の読めない」作風に繋がっているのでしょうか。

つのさめ – そうですね。「感情を込めない」という作風も、絵を描きはじめた子供の頃からずいぶん経ってから気付いたものです。はじめのうちは「感情」を表現しないといけないとばかり思っていました。それが、自分の本当に好きなものに気がついて、時間をかけて徐々に今の作風に変わっていったんです。
最近は特にSF小説や、一般向けの科学解説書をよく読んでいます。科学に詳しいわけではないのですが、そこにある「まだ解明されていない不思議」や未知のものに触れるのが楽しいですね。

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最近、大阪万博(2025年)にもかなり熱心に通われていたとお聞きしました。

つのさめ – もう狂ったように通っていました(笑)。今はネットで何でも調べられますが、その場に行かないと体感できないものがあると思います。巨大な建造物や世界の衣装、最新のロボット……。二次元では表現しきれない「生の体験」に溢れていて、出不精な私にはすごく刺激的でした。

万博での体験が、絵に影響を与えることも?

つのさめ – 直接的に「これを描こう」となることは少ないですが、長期的な視点で見れば、自分の気持ちの方向性を変えてくれている気がします。特に落合陽一さんの「null2(ヌルヌル)」では、AIが自分そっくりの姿で語りかけてきて、自分の存在意義を問い直させられるような哲学的な面白さがありました。ああいう「攻めた内容」を大きな規模で見せてもらえるのは、一人のクリエイターとして純粋に感動しました。

メッセージを込めない、という選択

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ご自身の作品を通じて、読者に伝えたいメッセージなどはありますか?

つのさめ – 実はないんです。むしろ、意図的にメッセージが込もらないようにしているくらいです。

ちょっとわかる気がします。作品としての意義や作為性、メッセージ性から一切離れて、目の前の作品に純粋に感動するような。

つのさめ- 私は、パッと見て「何を考えているかわからない」温度感や、その場の空気感が「なんかいいな…」と思ってもらえるだけで十分なんです。自分が純粋に好きだと思った光景を、言葉にできないまま形にしたい。見る人にも、そのままを受け取ってもらえたら一番嬉しいですね。

現在連載中の漫画『キョンシーちゃん』では、イラストとはまた違うアプローチをされていますね。

つのさめ – 漫画はイラストと違って、どうしても「感情」を描かなければならないので、実は今でも悩みながら描いています。本来、私は感情を描くのが苦手なのですが、キャラクターが何を考えているかを読者に伝えるのは漫画としての醍醐味でもあります。「イラスト」と「漫画」、この両方の作風の差をどう埋めていくかが今の私の課題です。

「細く長く」続けていくことの豊かさ

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普段、制作に行き詰まることはありますか?また、そんな時のリフレッシュ方法があれば教えてください。

つのさめ – 構想を練る段階はいつも苦しいです(笑)。そんな時は散歩をしたり、本を読んだり、猫を撫でたり。ごく平凡な暮らしをしています。散歩中にポッドキャストを聴いているときや、あえて何も聴かずに歩いているときに、ふと「あ、これを描こう」とアイデアが降ってくることもありますね。

日々のルーティンの中で、創作が呼吸のように組み込まれているんですね。

つのさめ – ただ、今はまだまだ絵に向き合う時間が少ないと思うので、一日に6時間は机に向かうように頑張っています。一人だと集中が切れて本を読み始めてしまうので、友達と作業通話をして雑談しながら、自分を机に縛り付けています(笑)。

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最後に、今後の展望について教えてください。

つのさめ – 何か大きな野望があるわけではなく、今の状態を「細く長く」続けていけたらいいな、という気持ちが一番大きいです。仕事として受けるものも、できるだけ自分の趣味とかけ離れないように。自分が「いいな」と思えるものを、これからも淡々と、静かに積み重ねていきたいと思っています。

 つのさめさんの語り口は、その作品と同様にフラットで、どこか浮世離れした心地よさがあった。「わからないもの」を「わからないまま」愛でる。その潔いまでの無機質さが、かえって私たちの想像力を刺激し、彼女の描く緻密な白黒の世界へと深く沈み込ませてくれるのだろう。

【インタビュー】 感情を込めない。つのさめの描く無機質の美学- 前編

SNSを中心に、緻密なペン画と、どこか捉えどころのないキャラクター「ちえさん」で支持を集めるイラストレーター・漫画家のつのさめ

一見すると可愛らしく、しかしじっと見つめていると、そこには魚や虫のような「思考の読めない」静かな不気味さが漂っている。

緻密に描き込まれた背景と、極限までシンプルに削ぎ落とされたキャラクター。その鮮やかなコントラストは、いかにして生まれたのか。大阪に構える「シカク」で開催された個展の余韻が残る中、彼女の創作の原点と、「ちえさん」という不思議な存在について話を訊いた。

「ちえさん」って何者!?

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つのさめさんの作品には、象徴的なキャラクターである「ちえさん」が頻繁に登場します。彼、もしくは彼女はどのような経緯で生まれたのでしょうか?

つのさめ – もともとは、私が一番最初に描いたオリジナルの創作漫画に出てきたキャラクターなんです。最初は、パン屋さんかどこかでバイトをしている設定で、三角巾をつけて働いている女の子として描いていました。

でも、落書きを繰り返していくうちに、気付けば最初の設定は薄れて、どんどん曖昧な存在になっていきました。三角巾の「出っ張り」の部分が、いつの間にか髪の毛として定着してしまって(笑)。シルエットとして、三角巾を外したときもこの形だったら面白いな、と思って今の姿になったんです。

クロッキ499

あの特徴的な髪型は、もともと三角巾だったんですね。一つの画面に、ちえさんが何人も登場する作品も印象的です。彼女たちはそれぞれ別人なのでしょうか?

つのさめ – 実は、あまり具体的な設定を作り込んでいるわけではないんです。「画面に同じキャラがいっぱいいたら面白いな」という、すごく素朴な理由で描いています。おじさんになったり赤ちゃんになったりすることもありますね。

私はもともと不思議なものが好きなので、日常的な風景の中に、同じ顔をした存在が複数いるだけで、急に「不思議な空間」になる。その違和感が気に入っています。

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ちえさんの表情には、どこか読めないところがあるというか、愛くるしさの中に、突き放したような不気味さのようなものを感じます。

つのさめ – そう言っていただけると嬉しいです。私自身、創作の中で「情緒」を描くことがあまり好きではないというか……。何を考えているか分からないものが好きなんです。

例えるなら、虫や魚のような感じ。カニやイカなどを頻繁に描くのも、曖昧さや無機質な感覚を描けるからです。言葉にできない、「人間的な感情」が通じないような無機質さに惹かれるんだと思います。私の中では、そうした感覚を表現出来るのが、絵を描くことの魅力です。

トーベ・ヤンソンに見た「コントラスト」の美学

背景の描き込みが非常に緻密な一方で、キャラクターは非常にシンプルですよね。このギャップについては意識されているのでしょうか。

つのさめ – そうですね。キャラクターを際立たせるために意識して描き分けています。影響を受けているのは、『ムーミン』の作者であるトーベ・ヤンソンさんや、水木しげるさんです。

水木しげるさん!確かに、妖怪たちは個性的ですが、背景の自然描写は驚くほど緻密ですね。

クロッキ124

つのさめ – そうなんです。あとエドワード・ゴーリーのペン画にも強く憧れました。背景が緻密で、キャラクターがシンプル。そのバランスが生む、不穏でかっこいい空気感を目指したくて、今のスタイルに辿り着きました。最近の作家さんだと、panpanyaさんや、ネルノダイスキさんの表現からも大きな刺激を受けています。

違っていたらすみませんが、あずまきよひこさんの『よつばと!』からの影響もあるのかなと感じました。

つのさめ – 『よつばと!』も好きですね!キャラクターの線がスッキリしていて。直接的に影響を受けているかは分かりませんが、もしかすると無意識に影響を受けているかも知れません。

らくがきアニメ

作画工程についても伺いたいのですが、アナログのような質感がありつつも、基本的にはデジタルで描かれているとお聞きしました。

つのさめ – はい、基本的にデジタルです。もともとすごく不器用なので、デジタル特有のコマンドZ(戻るボタン)がないと不安で(笑)。でも、アナログの質感にはずっと憧れがあるので、テクスチャーを工夫してアナログ風に見せています。

最近、大阪で個展を開催した際にアナログ制作にも挑戦してみたのですが、やってみたら意外と描きやすさや発見があって。これからは少しずつ、アナログの作品も増やしていけたらいいなと思っています。

クロッキ361

白黒の「ペン画」へのこだわりはありますか?

つのさめ – 個人的なこだわりはそこまでありません。昔は色を使って描くことも多かったのですが、最近はとにかく「ペン画」が楽しくて。タイミングがあれば、カラフルな絵もどんどん描いていきたいです。

そうなのですね…!つのさめさんの作品の中の、言葉に出来ない不穏な世界観は、「ペン画」との相性がすごく良いとも感じたので、ちょっと意外でした。

つのさめ – それもあると思います。実際、「ぺン画」を描いてからの方が、人に見てもらえる機会が増えて、反応もよかったんです。やっぱり反応があると嬉しいので、それでついつい「ペン画」を描いちゃうみたいなとこもありますね(笑)。流されすぎな部分はよくないかも知れませんが…。

「無心になれる」ハッチングの時間

クロッキ381

制作の中で、一番「楽しい」と感じる瞬間はどこですか?

つのさめ – 仕上げの段階で「ハッチング(細かい線を重ねて影をつける技法)」をしているときですね。ここはもう、無心で黙々と手を動かすだけなので、すごく楽しいです。

逆に、構成を考えたり煮詰めたりする段階は、正直かなり苦しいです(笑)。だからこそ、何も考えずに線を引き続ける作業の時間が、自分にとっては癒やしなのかもしれません。

SNSでは「クロッキー」という言葉を添えて投稿されていますが、あの緻密な背景もクロッキーのスピード感で描かれているのでしょうか?

つのさめ – あ、あれは完全に「名残り」なんです!最初は練習として短い時間で描くクロッキーを上げていたんですけど、だんだん描き込みが増えていって、今は全然クロッキーじゃない(笑)。でも、フォロワーの皆さんもその呼び方で覚えてくださっているので、まあいいか、と思ってそのまま使い続けています。

そうだったのですね!謎がひとつ解けました…!笑

後編では、「わからない」もの、「情緒が読めない」ものへの興味のルーツ、そして心底ハマったという「大阪万博」の話、そしてこれからの展望を深掘りしていきます。お楽しみに。

【寄稿】浅草という街の編集力

夜の街「歌舞伎町」で開催されたオールナイトイベント「BENTEN 2 Art Night Kabukicho」。現地に赴き、速報レポート執筆の為に奔走していた最中の偶然の出会いが、この記事へと繋がった。

出演者として参加していた活動弁士の麻生子八咫さん。僕はそこで初めて、「活弁」なるものを観ることになるのだが、「昔のもの」といった印象からは程遠い、全く驚きの体験をすることになる。その時に話を伺った麻生子八咫さんが、『月刊浅草』の副編集長であられた。

1970年の創業以来、半世紀以上続くタウン誌は、かの川端康成が筆を取り、名付けられた。今でも月末になると最新刊を手に、自転車で街を駆けながら配達に回る。人情の街、浅草の一端を垣間見たようで、顔が綻ぶ。

麻生さんとは「歌舞伎町」の後に何度かやりとりをしていて、今回の「寄稿」の話に限らず、色々なお話をしてくださった。中でも、当時公演のために滞在中だったロンドンで財布をスラれた話を、臨場感いっぱいに悔しさ滲ませながら、「敵ながら、凄技」と伝えてくれたりもした。

とまあ、縁あって、「浅草の街の文化に触れながら、BAMの話を750字で」という、僕たちとしてははじめての寄稿記事が実現したのだ。

以下、2026年1月号『月刊浅草』の連載「浅草はっけん」より。

浅草という街の編集力

浅草は、極めて編集的な街だ。

雑誌などの紙媒体が最新情報の主役だった時代はもう終わった。
情報があふれる今は、ただ“早い”だけでは価値にならない。
既に在る断片をどうつなぎ、新しい意味を生み出すか。以前にも増して、その“編集力”が問われている。

浅草で花開いたオペラ文化に、まさしくそうした視点が垣間見える。大正時代に興隆した「浅草オペラ」は、作曲家の佐々紅華、興行師の根岸吉之助、ダンサーの高木徳子らが中心となって展開された。
欧米の名作オペラを日本語に訳したものから、新たに作られたジャパンメイドの和製オペラ、童話などを題材とし日本独自の発展を遂げたお伽歌劇など、様々な形で大衆へと波及していく。当時の20銭ほどと比較的安価な値段で鑑賞でき、海外の文化を日本風にアレンジ、親しみやすく編集された。時代観を反映しながら人々に届ける姿勢は、現在の「活弁」と重なるものがある。

「月刊浅草」の副編集長を務める麻生子八咫さんは、活弁士としての顔も持ち合わせている。先日はチャップリンをはじめ、海外の無声映画を英語活弁として披露。その父であり師である麻生八咫さんは、無声映画にロックミュージックを加えて臨場感を演出した。そのアティテュードからは、歴史を途絶えさせまいとする覚悟を見ると同時に、在るものを違った視点で届ける、その編集力に魅せられている。

今在るものを異なる視点で提起し継いでゆく編集力は、我々「BAM」—アートの枠を超えた自由な感動を探求していくメディア—として見習わなければなるまい。アートに興味がない人に感動を届けることが出来たなら、私たちの仕事冥利に尽きると思う。
ときに、かっぱ橋道具街で長らく販売されていた食品サンプルは、制作体験で再び脚光を浴びている。同じものづくり。アートとしての価値やいかに。

【連載】Convenience ART Vol.1「和田誠とハイライトと、」

さて、「コンビニエンスアート」記念すべき初回、vol.1。

のっけから選ぶ題材としてはちょっと…と言われそうなところを押し切って、今回は「コンビニ」で買えるアート、「タバコ」についての話。

1960年の発売から、今なお多くの人に愛されているタバコ、「ハイライト」。

ミュージシャンの桑田佳祐や、『ちびまる子ちゃん』に登場するさくらヒロシの愛する銘柄でもある。

レギュラーとメンソールの2種類が存在し、それぞれ、コバルトブルー(後にハイライトカラーと呼ばれるまでの大ヒットぶり)とグリーンのパッケージは、デザインコンペによって選ばれたもの。

作者は和田誠で、後にイラストレーターとして名を馳せることになる彼の初期の作品ということになる。コンペの段階では、採用された2色の他に、幻となってしまった黒色のデザイン案もあったそう。和田誠自身、この色がいちばん気に入っていたそうだから、いつしか売ってくれないか、JTさん。

和田誠は2019年に亡くなってしまったが、40年にわたり『週刊文春』の表紙絵を担い、他にも数多くの書籍装丁を手掛けてきた。

村上春樹との共著『ポートレイト・イン・ジャズ』では、和田誠の描くジャズプレイヤーに、村上春樹による珠玉のエッセイが掲載されている。

普段から親交のあった彼らだが、村上春樹が愛した新宿を代表するジャズ喫茶&バーである「Juzz Cafe Bar DUG」(関連記事:東京カルチャートリップ【後編】)では、実は和田誠が店のロゴデザインを手掛けているんだとか。タバコの吸えない喫茶店が増えてきた今もなお、喫煙席を残している嬉しいお店。

せっかくだし、村上春樹が愛したカティサークを注文して、ハイライトを吸ってみたら、きっと楽しいだろうな。

【連載】Convenience ART Vol.0「prologue」

コンビニの自動ドアが、「アート」への入り口へと繋がっていると言ったら不思議だろうか。

まず、僕たちの考えていることを簡単にご説明。
これは僕たち「BAM」の全体を通して言えることだが、特にこの連載「コンビニエンスアート」では、難しいことはさておき、価値や定義が曖昧となりつつある「アート」を、もっと自由に楽しみながら、より多くの人に「アート」について知って、考えるきっかけになったら素敵だなと。そんな想いが出発点となっている。

AIの登場により、加速化するであろう「アート」を取り巻く混沌とした状況に対して、そしてただでさえ敷居の高い「アート」に対して、僕たちは、もっとどっしりと構えて、楽しみながらアクセス出来ると思う。

急がなくっても「アート」は逃げない。誰かに取られることもないのだから。

さて、前置きはこの辺にして。
今、この日本において、誰にとっても、最も身近な“お店”って何だろう?
きっと10人中8人くらいは「コンビニ」と答えるんじゃないかと思う。
そして、そんな「コンビニ」に実は「アート」がたくさん隠れていて、しかも売っていると言ったら気になるでしょう?

便利でいつでも身近な存在「コンビニエンスストア」で見つけたたくさんの「アート」を紹介していく連載「コンビニエンスアート」、お楽しみに。

【レポート】『Hosono Record House』へ行ってきた!

細野晴臣のレコードが一堂に介する『Hosono Record House』が、2025年12月19日から2026年1月25日の期間で開催中だ。

レコードやCD、Tシャツにスウェット、キャップにインタビュー冊子、さらにはポスター、コップなど…。

様々なグッズで溢れる楽しげなポップアップ会場の様子に加え、細野さんのオフィス、「ミディアム」の谷本さんによる、開催までの裏話や細野さんとのやり取りをお届け!

デビューからおよそ半世紀。未だ衰えない人気ぶり

「はっぴいえんど」や「YMO」などで、常に日本の音楽シーンの最前線をひた走ってきた細野晴臣。日本ロックの礎を築いた彼のソロデビュー作『HOSONO HOUSE』の発表からは、半世紀以上もの月日が流れている。にも関わらず、未だ国内外での人気は衰え知らず。

このタイミングでポップアップの開催に至ったのはどうしてだろう。谷本さんは次のように語る。

「50周年を記念して、2019年に『細野観光1969-2019』展、ドキュメンタリー映画『NO SMOKING』、国内外公演などの企画を1年間に詰め込みましたが、55周年は、ゆるく長くやりたいなと思いました。 中でも今回は、近年作にフォーカスしています。」

第71回カンヌ国際映画祭パルムドール(最高賞) を受賞した映画『万引き家族』(2018年公開)では、オリジナル・サウンドトラックを手掛けるなど、近年も精力的に活動する細野さん。僕の周りでも細野さんを知らない人はいないし、出演する『おげんさんといっしょ』では、おげんさん(星野源)の「長男」役として、最高にクールでチャーミングな姿を、いつも楽しみにしていた。(放送が終わってしまったことが本当に残念…)

しかし、世間から見える景色が、必ずしも本人のものと同じとは限らない。

細野さんから漏れてきた意外な一言が、今回の展示のきっかけの1つになったそう。

「2023年に、ソロファーストアルバム『HOSONO HOUSE』が50周年を迎えました。海外も含めて再評価頂けて、本人もとても喜んでいたんです。世間の声をちゃんと自覚できたようで、すごくいいきっかけになったのですが、同時に、『僕の近年作を誰も聴いてくれないかも…』みたいな、ちょっと寂しいことをおっしゃったんですね。だから、近年作をきちんと再発して、もう一度まとめるような企画をしようと。それが1年ほど前です。アナログレコードが一度に揃う機会もなかなかないので、近年の音楽にフォーカスした企画として、『HOSONO RECORD HOUSE』の実現に至りました。」

メインビジュアルの秘密 – ベートーヴェンとこれから細野晴臣

細野さんのスタジオには、ベートーヴェンの胸像が置かれている。

これは母方の祖父である中谷孝男さんが残したもので、今回の『Hosono Record House』のメインビジュアルとして登場する。もちろんこれは、単にあ̇っ̇た̇からではない。ピアノ調律師であった祖父の影響、中でも“クラシック”は、これからの細野晴臣の重要なピースとなるかもしれないのだ。

「ここのところ、細野さんが、『ベートーヴェンをカバーしたい』と言っているんです。その話とスタジオの胸像がリンクして、メインビジュアルに採用しました。近年作にフォーカスした企画だということもあったので、今後の新作に関わってくるベートーヴェンをメインビジュアルに採用したことは、意味があるように感じています。」

会場には物販の他に、近年のアルバムに関する細野さんの言葉が壁を彩っている。

足元に飾られた「H」と「R」と「H」のアルファベットのブロックが可愛らしい。

2026年オープン予定のデジタルミュージアム「HOSONO MANDALA」のチェックも忘れないようにと思いつつ、やはりまずは会場に足を運ばないと。僕だって、一切重みのない財布を取り出して、気づけば真冬にTシャツを買っていた。会場を後にして、細野さんの大ファンの友人の元へ走った。寒さを忘れてTシャツ姿で語りあかした夜の思い出、冬越えのさなか、クシャミひとつで済んでよかったな…。

『Hosono Record House』

会期:2025年12月19日~2026年1月25日
会場:New Gallery
アドレス:東京都千代田区神田神保町1-28-1 mirio神保町 1階
休廊:12月29日~1月5日、月曜(1月12日を除く)
開館時間:12:00~19:00
観覧料:無料
公式サイト:https://newgallery-tokyo.com/hosonorecordhouse/

【インタビュー】「アートは、言語や国境を越える」。Acky Brightの壮大な夢-後編

名前が世に出ることはない、“自由な裏方”から、働く喜びを探して表舞台に立ち、海を超えたAcky Bright。その先で目にしたのは、日本アニメ・漫画の“限定的な広がり”という現実だった。漫画とアメコミの表現を行き来しながら数多くの作品を手掛けてきた彼だからこその表現やこだわり、そしてAI時代に見据える物作りの本質に迫ります。

Acky Bright
Photo:Hyakuno Mikito

アメコミと漫画の相違点

Procreate POPUP東京 / 告知ビジュアル

アメコミと日本の漫画、両方を手掛ける中で、作り方の根本的な違いを感じるのはどんなところですか?

Acky Bright – 作り方がそもそも全く違うので、アウトプットの仕方が全然違います。日本の漫画は、基本的に「吹き出し」から作る、というと言い過ぎかもしれませんが、まずネームの段階で吹き出しの配置を決め、読者の視線の通り道を作ります。読んでもらうために、見せたい絵は吹き出しの動線上に存在しないといけない。

一方、アメコミはGraphic Novelと言われているように、基本的に「テキストと絵を別々で考える」作り方です。ライターが書くスクリプト(脚本)には、ページ数とパネル(コマ)の数が指定され、シーン、セリフ、そして「このパネルは一番大きくしたい」といった指示が入ります。コミックアーティストは、吹き出しやオノマトペを一切入れずに、ひたすら絵を描き進めます。吹き出しの配置やフォント(レタリング)は、レタラーという別の人が後付けで決めるからです。

僕は最初、その仕組みが分からなかったので、日本漫画のやり方で吹き出しまで全部自分で入れていたのですが、出来上がったものを見たら、全く関係なく配置されていました(笑)。

PLANET OF METAL/ASTERISM

異なる制作スタイルは、作風にどのように影響していますか?

Acky Bright – アメコミを描いていると、レビューで「東洋の漫画の影響を感じる」と書かれますし、日本で描くと「Ackyさんの絵はアメコミっぽい」と言われます。どちらにも居場所がある、ということは、独自性を保てているということかもしれません。

アメコミを描くときは、ネームから入るのではなく、まず全部脚本に落としてから作業に入ります。ライターを兼任するときも、編集会議を通すために、日本の漫画家のようにいきなり絵でネームを切るのではなく、アメコミのスクリプトの形式に則って、セリフ、シーン、パネル構成を文字で全て指定します。根本的にやることは漫画もアメコミも同じですが、プロセスは違うし、コマ運びやレイアウトに関しても、アウトプットの際に意図的に自分で変えるようにはしています。いずれは融合していきたいですが、試行錯誤している段階です。

DC Comics「KNIGHT TERRORS」の裏側 
Photo:Hyakuno Mikito
BRIGHT WORKS 東京スタジオ
Photo:Hyakuno Mikito

AI時代におけるクリエイターの「本質」

現在、AIに関する議論が世界中で起こっていますが、この時代にクリエイターが向き合うべき「本質」は何だと考えますか?

Acky Bright – この質問はどこへ行っても聞かれるのですが、僕は一つの答えを持っていて、それを「料理」に例えています。絵を描く人、ものを作る人というのは、基本的に「プロセスを楽しんでいる」はずなんです。しかし、SNSが出てきたことで、人から評価される「結果」(いいねを集める、大きな仕事をするなど)が簡単に得られるようになり、早くそこへ行くことが目的化してしまいました。AIは、まさにその「結果」を簡単にかなえてくれるツールです。でも、本来の喜びは、絵を描くこと自体にある。僕自身が、描いてる途中は楽しいけれど、描き上がったものにはさほど興味がないのはそのためです。料理にしても、自分で作ったものを人にごちそうして喜んでもらうのは嬉しいですが、インスタント食品を振る舞ってもそれは自分の料理ではない。AIに結果を出してもらうことは、インスタントを振る舞うことに近い。つまり絵を描く人にAIの作画を聞くことは、かつてウサイン・ボルトに、「新しいフェラーリが出たことをどう思う?」と聞いたという話と同じで、車が速くなろうが、人間が速く走るという“価値”は変わらない。ライブドローイングも、作品の完成度を評価してほしいのではなく、描いているプロセスにこそ価値があるという考えからやっています。だから、クリエイターは、AIがどうの、ルールをどうするか、という議論以前に、「そもそもこの仕事はなぜ楽しいのか」という本質的なところに立ち返り、自分のモラルと向き合わないと、この仕事を長く続けることはできないと考えています。

自身の創作における「核」と「キャラクターデザイン」の哲学

ONI MASK / 中央町戦術工芸とのコラボレーション作品

創作において最も大切にされている「核」や、こだわりの部分はどこにありますか?

Acky Bright – 根底にあるものは「ゼロからイチを産み出すこと」ですが、具体的な作画スタイルで言うと、「白黒表現」と「キャラクターデザイン」へのこだわりがあります。ただ、初期の頃の僕の絵が白黒だったのには理由があるんです。
デザイン会社をやっていたはじめのうちは、スタッフに隠れて仕事中にアーティストとしての作品を描いていたので、PCで色を塗ったり、大々的に描くとバレてしまう。なので、シャーペンとコピー用紙でやるしかなかったんです(笑)。もちろんそれだけではなくて、ルーツが日本の「漫画」であるということも相まって、白と黒がAcky Brightのひとつのスタイルとして認知されていきました。

Procreate鉛筆ブラシの習作

メカと女の子の融合したスタイルはどのようにして生まれたのですか?

Acky Bright – 実は、「女の子を描くのが苦手だった」という苦手意識からだったりします。名前を出さないで描いていたころも女性は描いていましたが、それはどちらかというと企業のために描いたもので女性を魅力的に描くことは求められていませんでした。しかし、アーティストとして女性のキャラクターを魅力的に描こうと思ったとき、ただポートレートのような女性イラストを描くのが照れくさくて(笑)。それを誤魔化すように、角を生やしたり、メカをつけたりしていました。それがSNSでバズって、私のシグネチャーのひとつとなってしまいました。なので、いまだに「女の子を描くのが得意だ」とは思っていないというのが正直なところです。

MONICA / UNDERVERSE / ACTION FIGURE DESIGN

キャラクターデザインにおいて、特に重視している点は何でしょうか?

Acky Bright – 「シルエットでわかるものを作りたい」という点です。髪の色を変える、目の表現を変える、衣装を変えるといった日本的なスタイルのキャラクターデザインよりは、ピクサーやディズニーのように、シルエット(形)だけで何のキャラクターかわかることが、僕の中での基本です。北米マクドナルドでの仕事「WcDonald’s」の際にも徹底しましたが、多国籍なキャラクターを描くとき、ただ肌を黒くするだけでなく、骨格や筋肉のつき方、顔の形といった人種的な特徴を正しく反映させることにこだわっています。昔、ある漫画家さんの、「君のキャラクターは、骨にするとみんな一緒だね」と言われたエピソードを本で読んで以来、「骨も識別できるキャラクターにならなきゃいけない」と強く意識しています。

TIRORI MIX 3 / McDonald’s / MV CHARACTER DESIGN

日本のクリエイターへ送るメッセージ

若手の作家、クリエイター志望の方々に、何かメッセージをいただけますか?

Acky Bright – 僕は、日本のコンテンツをさらに世界に広げるためには、日本のクリエイターが「もっと外に出て交流すべき」だと強く思っています。コンベンションに行くと、日本からのゲストは英語が苦手だったり顔出しNGだったりで、ファンとの交流も限定的になりがちです。すごく気持ちもわかります。でも日本からのゲストとコミュニケーションしたいアメリカの人々からすると、とても「物足りない」と感じるはずです。僕がアメリカで認知されたのは、ファンとの交流を徹底してやったからです。英語が完璧でなくても、コミュニケーションはできる。僕も2022年にはじめてNYでコンベンションに参加したときは、アメリカでもまったく無名でした。しかし、この活動を通じて「そんなんでやれるもんなの?」と言われながらも、結果としてMcDonald’sをはじめ、MetaやRedBullとコラボしたり、NYのJapan Societyでの単独個展を実現するところまではこれました。そして、今の日本の仕組みの中で僕のような活動をしようとすると、既得権益の壁に阻まれてしまいます。しかし、外側(海外)から入ってくると、日本ではいとも簡単に多くのことをクリアできるという不思議な現象があります。

数々のイベントに参加してきたAcky Brightさん。300人以上のサインに対応したことも。
Photo:Hyakuno Mikito

僕の活動をきっかけに、これから「Acky Brightと同じようなことをやってみよう」と思う人が現れてくれたら嬉しいです。考えすぎで絵を描く人は、もう時代遅れです。コミュニケーションの手段はいくらでもあります。大事なのは、そこではない。そして、長く活動を続けるためには、目の前の「いいね」や「売れているもの」に流されるのではなく、僕なんかより、本当に30年、40年と現役で活躍し続けている「本物の先輩たち」を見て、その姿勢から学び、自分のモラルと情熱を保つこと。僕らの業界は、ありがたいことにそういうかっこいい先輩たちがたくさんいます。彼らがいるから、「今はまだ全然ダメでもあと何十年後には追いつけるかもしれない」と思える。そうやって、日本のクリエイターたちが世界で活躍し続けるための道筋を、今後は僕自身も作っていきたいと思っています。

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