【インタビュー×イベントレポート】「感情展-短歌で詠み、イラストで描く-」で目の当たりにした“感情”の輪郭 – 後編

日本を代表するイラストレーターでありアートディレクターのMika Pikazo。彼女がクリエイティブディレクションを務める短歌とイラストの展覧会「感情展-短歌で詠み、イラストで描く-」が、角川武蔵野ミュージアムで開催中だ。

総勢39名ものイラストレーターと11名の歌人が一堂に会した大規模展示の見どころは?

Mika Pikazo単独インタビューに加え、内覧会で出会った参加作家たちへのゲリラインタビューを収録した現地レポートを、前編に続いてお届けする。

会場でしか味わえない特別な「感情」体験

CHAPTER 3「言葉にできない感情」では、円形に連なったイラスト群が、中央に弾けた意味を成さない言葉の断片を取り囲んでいる。

さらに歩みを進めると現れるのは、CHAPTER 4「複雑な感情」と呼ばれる区画だ。

CHAPTER 4「複雑な感情」

「言葉にできない」感情を、なんとか人に伝えようと、我々は言葉を尽くす。日本語という世界的に見ても複雑な言語体系のなかで絞り出した、たった「31音」。短歌は、時に切実で、時に美しく、醜くもある。

この区画では、それぞれの作家が短歌とイラストを通して、自身の私的な感情を見つめると同時に、自分というフィルターを通して見える他人の姿を描き出す。

至る所に設置されたミラーには、「鏡に映る自分」「鏡に映った他人」「鏡に映った、他人に見られている自分」が映し出され、鑑賞者に「作品と対峙して何を感じるか」問いかけてくる。

CHAPTER 5「感情の表現」

続く最後の区画、CHAPTER 5「感情の表現」では、展示を通して抱いた感情を振り返りつつ、鑑賞者がそれぞれの想いを表現するエリアとなっている。展示に合わせて開催されていたpixivとの協同開催のコンテストで選ばれた数々の短歌(図録掲載されていないものも含まれるので必見)や、安倍𠮷俊のアイデア段階のラフから完成に至るまでの原画、更にはMika Pikazoによるメイキング映像など、会場でしか味わえない企画が用意されている。

安倍𠮷俊のラフ画

「感情」という抽象的なテーマに挑んだ作家たちは、何を感じ、何を想いながら作品を描いたのだろうか。

内覧会で出会った作家たちに実施したゲリラ取材を、ここに記録していこう。

ゲリラインタビュー集成

まのでまりな / 「entrelacer」

普段の制作では、線の気持ちよさや平面構成のようなニュアンスで絵を描くことが多く、感情をテーマにしたことがほとんどありませんでした。それもあって、頂いたテーマである「複雑な感情」について考えながら描いたのは凄く新鮮でした。ただ、呼んで頂いている以上、あくまでいつものスタイルは変えないで、感情の現れやすい「顔」を普段よりもピックアップしました。私自身、昨年末に銀座で個展をやらせていただく機会があって、そこでは描いたキャラクターについての人物像や物語を色々な人に聞かれたんです。その時に、自分が「人物」や「感情」に対して全然興味がなかったことに気がついたんです。この展示のお話を頂いたことも重なって、今後はもう少し違ったアプローチをしてみてもいいのかなと感じています。

浦浦 浦 / 「僕らのゴルディロックスゾーン」

広告などで頂くお仕事では明確に求められているものがあるのに対して、今回はかなり自由に描かせて頂きました。せっかくだし、普段できないようなことをやりたいと思い、普段は描かないモチーフやタッチで描けたことが凄く楽しかったです。健全で温かみのあると言うか、不特定多数の人が幸せになるような作品を求められることが多いですが、今回はどちらかというと自分の為に描きました。

これは僕の完全な持論ですが、人間は、1から10まで説明しないで、例えば1と2と、9と10だけを説明したとしても、間の3から8までを想像で補える生き物だと思うんです。今回のようにある程度余白のある表現であったとしても、観た人が頭の中で補完してくれるのではないかと思い、自由に楽しく描いてみました。

萩森じあ / 「青が溢れて花は咲く」

私自身、普段から絵を描く際はかなり感情を意識して描くタイプです。テーマで頂いていた「複雑な感情」も、私の作風を見て頂いたお話だと思うので、いつも通り描かせて頂きました。ただ、こうした大規模なミュージアムでイラストレーションを観る機会ってなかなか無いと思うので、イラストがこれからもっと身近な芸術活動として広まっていけば嬉しいです。

あんりふれ / 「無辜のあなたでいられない!」

普段のイラストでは求められるものを第一優先に描くのですが、今回は、自分の中にある、ものすごく私的な部分での作画ということで、すごく考えてしまいました。

イラストや絵は美しく描きたいのですが、「感情」は、必ずしも美しいものだけではない。醜さや生臭い部分をしっかり描いて、綺麗なだけでは済まさないように意識しながら描きました。自分の気持ちに嘘はつきたくないけれど、そもそも「感情」の度合いは、人によって異なりますよね。何を感じるか、とか、どこで爆発するのか、とか。
私的なものを描こうとする以上、ある程度の共感のラインと、そうではない自分だけの「感情」の境界線を描き分けるのが大変でした。

それもあって、今まで以上に「輪郭」がはっきりしたと思います。普段の制作では、絵にする時に、作品を客観視する時間があるんです。絵に近すぎると、あまり良くない絵を、良いと思い込んでしまうことがあるから。それを防ぐ為に一度切り離して遠くから眺めるのですが、今回それが、より具体的になったと思います。言い換えるなら、何が嫌いかがよく分かってきた。良くも悪くも知らなかった頃には戻れないので、それを避けようとするにしても、向かっていくにしても、進み方は変わってきてしまうと思います。

nobori / 「from now, from here」

「感情」について自分なりに考えた時に、「無」からいきなり生まれるものではないと思ったんです。人それぞれの背景や状況、行動や周りの環境など、色々な要素がトリガーになって生まれるものが「感情」だと思います。

普段からもそうですが、登場するキャラクターがなぜその「感情」になっているのか、背景にあるストーリーを意識して描いています。
今回の作品では、新しい街にやってきて、これから新たな日々がスタートするというような設定で描きました。何か新しいことが始まる時って、不安があったり、同時に、ワクワクした期待感のようなものもありますよね。そういった複雑な感情を作品に込めました。

今回の展示を通して、同じ「感情」というテーマでも、こんなにも色々な表現があることに驚きました。これまでの自分だけでは思い浮かばなかったような「感情」を、周りの方は感じていらっしゃるんだなと、新しい発見でした。

イラストレーターとしてのMika Pikazo

Mika Pikazo / 感情展メインビジュアル

今回描かせて頂いたメインビジュアルでは、私自身が森羅万象を見て全身で感じること、社会を見て思うことを、詰め込んで描きました。

女の子自身の表情はあまり強い表情ではなく、なんとも言葉にできないような揺らぎのある表現を意識し、中心に広がる色はすごく激しくエネルギッシュにしています。

彼女の周りには何か渦巻いているけれど、彼女自体にはあまり力が入ってないような状態にしたかったんです。 周りで起きていること、自分が思ってることも含めて、「受け入れる」様子。迎合しているというか、拒否しない様子を表現しました。 

クリエイティブディレクターとしてのMika Pikazo

最後に、これほどまでの大規模展示をディレクションしたMika Pikazoに、プレイヤーとは違った展示創作の裏側をインタビュー形式で深掘りしていこう。

Mika Pikazo

Mika Pikazo – これほどの規模で、多くの方にご協力いただく展示会は私にとっても初めての経験で、実はすごく緊張していました。今回参加頂いた方々は、私自身がずっと前から作品を拝見していて、純粋に大好きだった方々です。

感情をストレートに描く方もいれば、比喩を用いて読み手の想像力を掻き立てる方もいます。今回のテーマである「感情」は、分かりやすい設定があるわけではなく、ポジティブともネガティブとも言い表せられない、複雑で、なんとも言えない感情を絵にしてほしいという抽象的なものでした。

今の時代を代表する、個性も異なる皆さんの作品が、このテーマによってどう変化するのか。純粋に「この人の作る感情を見てみたい」と感じる方々にお声がけさせて頂きました。

空間を「浴びる」ための演出。鏡に映る「自分」と「他者」

Mika Pikazo

Mika Pikazo – コンセプトを固めるまでは、チームの皆さんと何度も試行錯誤を繰り返しました。私が全体の構成案(大ラフ)を作成し、そこにどういった仕掛けがあれば楽しんでもらえるか、どうすれば「感情」という流れを説明できるかを、コンセプトに関わってくださったマキシラさんと共に練り上げていきました。

「感情をからだで浴びる」という表現が印象的ですが、具体的にはどのような演出をされたのでしょうか?

Mika Pikazo – 象徴的なのは、最初のエリアである「感情の起源:愛と恐れの部屋」です。ここでは特殊なライティングを施し、日常で耳にするような環境音をBGMとして流しています。その空間で感じる音や光を「愛」と受け取るか「恐れ」と受け取るか。だれかにとって心地の良い音でも自分にとってある思い出が浮かんで苦い気持ちになるとか…。自身の記憶とリンクさせながら、五感で感じ取ってほしいと考えました。

次の「複雑な感情」のエリアでは、作品と一緒に多くの「ミラー(鏡)」を飾っていますね?

Mika Pikazo – 作品を鑑賞している最中に、ふと鏡越しに自分の姿や、同じ空間にいる他者の姿が入り込んでくるんです。それによって「これは自分と同じ気持ちだ」と共感するのか、あるいは「自分とは全く違う他者」を想像するのか。客観的な視点が混ざることで、より深く感情と向き合えるのではないかと考えました。

予想を超えてきた作品たち。ディレクションは「肉付け」の作業

Mika Pikazo

普段のイラスト制作と今回のディレクションでは、頭の使い方は違いましたか?

Mika Pikazo – 全く違いましたね。イラストを描くときは、自分自身の感情をグッと集中させて作品に落とし込む、いわば「自分との対話」です。でもディレクションは、多くのプロフェッショナルと対話を重ねながら、徐々に肉付けしていく作業でした。

イラストレーターの視点、短歌に精通した編集者の視点、そしてそのどちらもまだ詳しくない方がどう楽しんでくれるかという視点。自分一人では辿り着けない場所に、みんなで案を出し合いながら近づいていく感覚は、非常に新鮮で刺激的でした。

来場者へのメッセージ

Mika Pikazo / 『VISIONS』

最後に、これから来場される方々へメッセージをお願いします。

Mika Pikazo – 今回の展示会には、多くの作家さんが自身の思いを全力でぶつけた作品が揃っています。作家さんがどんな状況を想像してこれを描いたのかに思いを馳せると同時に、それを見た皆さんが「自分ならどう思うか」「自分はどんな時にこの感情を抱くのか」と、ご自身の心と対比しながら鑑賞していただけたら嬉しいです。

一枚の絵、一首の短歌を通じて、皆さんの中にある「なんとも言えない感情」を見つけるきっかけになれば幸いです。

「感情展-短歌で詠み、イラストで描く-」

会期:2026年2月13日~2026年3月29日
会場:角川武蔵野ミュージアム
アドレス:埼玉県所沢市東所沢和田3丁目31−3 ところざわサクラタウン
休廊:火曜
開館時間:10:00~18:00(最終入館:17:30)
※休館日、営業時間は変更となる場合があります。最新情報は公式HPよりご確認ください。
公式サイト:https://kadcul.com/event/251

ホテルのロビーがギャラリーに。作品化していく宿泊空間

休みが近づくとなんとなく航空券の予約サイトやちょっといいホテルを調べてしまう。仕事やタスクに追われている現代人たちにはそんなプチ現実逃避をしている人も多いかもしれない。

日本が観光立国を推進し、全国に国内外の観光客が訪れている。地域によっては宿泊施設の不足などが叫ばれるなか、最近ではアートを切り口にしたホテルが各地で登場し盛り上がりを見せている。ギャラリー化するホテルの潮流を探る。

ホテルとアートの蜜月

かつてホテルは上流階級の人々のためだけのものであった。高額な宿泊費の他にもドレスコードなど、豪華できらびやかな空間性が求められた。ホテルのエントランスやロビーには美しい生花や装飾とともに、西洋画やブロンズ彫刻といった古典的なアート作品が置かれていた。

ベネッセハウスミュージアム

転換のきっかけとなったのは間違いなく「ベネッセハウス直島」だろう。瀬戸内国際芸術祭の立役者でもあるベネッセが「自然・建築・アートの共生」をコンセプトに、1992年に開館した美術館とホテルが一体となった施設だ。草間彌生やイ・ウファン、ルーチョ・フォンタナなどのアートとともに眠れるホテルとして海外のアートや旅行メディアなどでもたびたび取り上げられ、日本におけるアートツーリズムの始まりの地となった。ベネッセハウス直島で実践された、現代アート作品と宿泊体験を繋ぎ合わせるスタイルは、非日常体験を楽しむことのできるホテルが鑑賞体験もできる場所として確立することになった。

用事がなくても行ってしまうーーー作品化するような空間

今では様々な宿泊施設で現代アートを楽しむことができる。自身のブランディングに長けているAce Hotel(エースホテル)は、世界中のエキサイティングな都市に唯一無二の宿泊体験を提案するホテルを開業している。日本では旧京都中央電話局をリノベーションした新風館という商業施設にAce Hotel 京都をオープンさせており、隈研吾が建築設計を行なっている。

Ace Hotel公式サイトより

Ace Hotelの魅力はそのデザイン性の高さにあるだろう。決して華美ではないエントランス空間だが、地元の人ですらふらっと立ち寄ってしまうようなアットホームな空間。地域に関連するアーティストの作品や使われているインテリアにものれんや陶磁器、照明などのクラフト作品も点在し、空間そのものがアートギャラリーのような印象だ。定期的に音楽やカルチャーイベントが行われ、様々な人が訪れる文化的なサロンのような場所になっている。ラウンジや客室の至る所に染色家・アーティストの柚木沙弥郎の手がけた作品が飾られている。またホテル内のレストランMr. Maurice’s Italian(ミスター・モーリスズ・イタリアン)ではバークレーで活動するアーティスト、Alexander Kori Girard (アレキサンダー・コリ・ジラード)の床や可動壁のデザインを鑑賞することもできる。

Ace Hotelの例から分かるように、ホテルのロビーの役割が変わりつつある。かつてはチェックインや待ち合わせといった通過点の空間から、これからのホテル体験の象徴や、お客さんに世界観を最初に伝える空間、そして用事がなくても行ってしまいたくなるような場所づくりを徹底的に行なっている。

続いて紹介するのは空間自体が作品化し、その場でしか味わうことのできない鑑賞体験ができる施設だ。

アートストレージ化している共用部

台東区の蔵前にあるKAIKA 東京 by THE SHARE HOTELSは現代アート作品を収蔵・公開する「アートストレージ」とホテルが一体となった施設だ。倉庫ビルをリノベーションした建物内に、複数の“見せる収蔵庫”スペースがあり、作品が展示されている。アートギャラリーと連動しているため、現代アート作品は日々入れ替わり、館内で無料で体験できる。その他にも企画展や「KAIKA TOKYO AWARD」など公募で選ばれた作品も常時展示されている。公開保管というコンセプトの作品を見ているかのようだ。

色の配色が見事。

広島県尾道にあるLOGは1963年築の集合住宅をリノベーションして生まれたホテルで、インドの設計グループSTUDIO MUMBAIが建築設計を行なっている。和紙や土といった自然素材の使い方が印象的で、光の入り方や質感の違いがまるで美術作品かのよう。客室や共用空間の作り、素材やディテールに美しさがあり、空間自体が展示のようになっている。

なぜここまでホテルがアートと蜜月になったのか。それはホテル自体の世界観を一瞬で伝え差別化要素として機能するためだと考えられる。特に共用部においては人の出入りが多く目につきやすい。ホテルのロビーを最も身近なアート鑑賞の場と捉えると、ホテルで過ごす退屈な時間が、一気にエキサイティングな時間へと変わるかもしれない。

【連載】Convenience ART Vol.5「忘れられない65ml」

「コンビニエンスアート」第5回目。今回は定番の健康ドリンク「ヤクルト」についてご紹介。

誰しも一度は飲んだことのあるヤクルト。思えば独特な味なのに、とても馴染みが深い気がする。

その馴染み深さには訳があり、実はこの容器、1968年の誕生から半世紀以上にわたって、一度も姿形を変えていないのだ。ぼくらは50年以上もの間、この形を手に取ってきた。

このデザインを手がけたのは、日本のインダストリアルデザインの先駆者、剣持勇。建築家ブルーノ・タウトに師事し、日本の暮らしと近代デザインを融合させた巨匠だ。彼は常に、日本人の暮らしを一番に考えていた。和室の畳やふすまと調和するデザイン。それがデザイナー剣持勇の真髄だろう。

1935年の発売当時、ヤクルトは重いガラス瓶で売られていた。しかし普及に伴い軽さと量産性を考える必要が出てくる。そうした事情が相まって白羽の矢が立ったのが、当時すでに名を馳せていたデザイナー・剣持勇だった。彼のもとに、新しいプラスチック容器の設計依頼が舞い込んだ。

ヤクルトの特徴は、その容量の少なさにある。65mlという少量がピッタリと収まる容器をプラスチックで作れば、手の中で安定せず、一気に流れ出せば飲み口の制御も難しくなる。そこで剣持は、容器の中ほどに大きな「くぼみ」を作った。

指にぴったりとはまるホールド感。そして、内容量に反して安定する重量操作。この「くぼみ」というシンプルなアイデアが、二つの課題を鮮やかに解決した。今やこのシルエットが、ブランドを象徴するアイコンとなっている。言うなれば、一石三鳥といったところか。

実は剣持勇は工業デザイン以外にも、アーティストとの共同生活も行なっている。

1950年代、彼は来日していた彫刻家イサム・ノグチと共同制作を行っている。竹を籠状に編み上げた「バンブー・チェア」。現存こそしないが、そのしなやかな構造は、後にノグチが生み出す名作照明「AKARI」の骨組みへと繋がっている。

表現の形は違えど、二人の作品はどちらも、日本人の生活に不思議とフィットする。

日本人の胃腸を見つめたヤクルトと、日本人の暮らしを見つめた剣持勇。一方は身体を整え、一方は生活を整える。ぼくらは知らず知らずに、彼らの「配慮」を飲み干しているのだ。

アートとエンタメを横断する「音声ガイド」という新たな展覧会の楽しみ方。

今や展覧会において「音声ガイド」が、メインコンテンツにも劣らないエンターテインメントへと変わりつつある。

かつての音声ガイドは、作品の解説文を専門のアナウンサーが淡々と読み上げる教科書のような存在だった。しかし現代においては、アートとの関わりが深い俳優や人気の声優、アイドルといった様々なゲストの音声が、耳から新しい鑑賞体験を提供してくれる。これはもしかして、アート業界における日本独自のコンテンツとして確立するのかもしれない。

アーティストとのコラボレーションも務めた俳優たちの甘い音声

アートを愛する俳優の音声ガイドへの起用は、聴取者たちが作品を楽しむための案内人としての役割を果たす。2025年9月から東京国立博物館で開催された特別展「運慶」でガイドを務めた俳優の高橋一生は、自身が仏像への深い関心をよせている。

高橋一生のガイドは、作品の解説だけにとどまらず「仏像」という作品との向き合い方を共有してくれる。関連するインタビューでは「(音声ガイド)うるさかったら外していただいて」とも語っているほどだ。それは観客に作品と一対一で対峙する豊かさを気づかせ、運慶展ならではの静謐な空間を守ってくれているよう。数々のアニメーションや吹き替えで経験のある高橋一生の低く落ち着いた声は、木彫の仏像が持つ数百年という時の重なりを観客の耳に訴えかける。

「モネ 睡蓮のとき」展公式サイトより

2024年から国立西洋美術館や京都市京セラ美術館にて開催された「モネ 睡蓮のとき」展で音声ガイドを務めた俳優の石田ゆり子は、10代の頃に訪れたパリでモネの作品に触れた自身の原体験を語る。現代アーティストのフィリップ・パレーノと「メンブレン」という作品で声のコラボレーションを交わしている石田ゆりこ。アートにも造詣が深い彼女の透明感のある声は、モネが描いた光の揺らぎと重なるようだ。鑑賞者と同じ目線で語りかける彼女の音声ガイドは、作品にぬくもりと優しさをもたらしてくれる。

没入感を加速させる音のプロたち

確かな情報の中に、独自の表現を取り入れながら音声ガイドを吹き込むスペシャリストたちは、異なる角度から作品に光をあてる。

力強くも繊細な画風で自らの芸術の探究に生涯を捧げた画家「田中一村展」や、国立科学博物館などで開催された特別展「毒」などでガイドを担当した声優の中村悠一。彼の音声ガイドは聴取者を物語の世界へと引き込む。声優ならではの緩急や表現力を活かして、画家が命を削った制作の息づかいを目の前で体験しているように脳内に再現する。田中一村展では一村本人の語りを担当しており、展示室を見る場から体験する場へと変えたようだった。

特別展「毒」で音声ガイドを務めるのは「呪術廻戦」で五条悟の声を担当した声優の中村悠一

乃木坂46のメンバーであった齋藤飛鳥は、国立新美術館で開催される「テート美術館-YBA&BEYOND 世界を変えた90s英国アート」展で音声ガイドを務めた。俳優としても頭角を表しつつある齋藤飛鳥は、テート美術館の持つ名作を独特の言語感覚と視点で捉える。齋藤飛鳥のファンはもちろん、率直な感性が同じ時代を生きる世代とアートをつなぐ声の架け橋となるだろう。

スターたち自身がノリツッコミ。浜田雅功の音声ガイドにみるエンタメの可能性

2026年に麻布台ヒルズギャラリーで開催された浜田雅功展 「空を横切る飛行雲」は、これまでの音声ガイドの概念を完全に破壊した。ダウンタウンの浜田って絵描いてたんだ、と思う人も多いだろう。本展では彼の独特すぎる絵画を、日本屈指のクリエイターが本気で美術品としてセットアップしていた。会場構成にドットアーキテクツが務めた。

浜田雅功展 「空を横切る飛行雲」の会場の様子

なんと音声ガイドに選ばれたのは前期を担当する木村拓哉イチローと後期を担当する役所広司綾瀬はるか。単体で聞いても十分聞き応えがありそうなスターたちだが、音声ガイドという枠を飛び越え作品を見ながら2人が「これ、何なんですかね(笑)」「ここ、おかしいでしょ!」と本気でツッコミを入れるオーディオコメンタリー形式だった。

もちろん、スターたちはご存知の通り声も素敵。浜田雅功との関係性あっての内容に、鑑賞しながらくすくす笑う声も聞こえてくる。音声ガイドがもはや解説ではなく、展示の一部として機能する演出装置になった一例だろう。隣で感想を言い合うかのように聴取できる音声ガイドの形式は、新しいエンタメとなっている。

これからの展覧会において、音声ガイドはさらに多様性を帯びてくるだろう。直接見て楽しむことができる体験を提供する展覧会というメディアにおいて、音声ガイドもまた基本的にはその場でしか体験することのできないものだ。もちろん「音声ガイドなんてただのおまけでしょ?」と思う方もいるだろう。しかし、チームラボのデジタルミュージアムやイマーシブミュージアムなど、五感を使った体験を提供している展覧会も増えてきた。今まで音声ガイドを使ってこなかったという人も、目で見るだけでなく耳で聞くという“第3の目”のような音声ガイドを一度試してみてはいかがだろうか。

【連載】Convenience ART Vol.4「ファミリーマート、チャイムの秘密」

「コンビニエンスアート」第4回。

アートの定義ってなんだろう。
アナーキーなミッドナイト映画『ピンク・フラミンゴ』などで知られる鬼才ジョン・ウォーターズ監督は「私にとって、美しさとは一目見たら決して忘れられないものを意味します」と言った。

一度聴いたら忘れられない音がある。ファミリーマートの入店音だ。日本に観光に来た海外の人たちも、まんまとこの音の中毒になっている。帰国後も日本を思い出す音として「SOUNDS of JAPAN」のタイトルで、入店音を使ったコンテンツが多く投稿されている。久石譲の「Summer」を聴くとおばあちゃん家がある田舎で過ごした夏休みを思い出す。そんなしくみと同じだろうか。

この音は指揮者・作曲家の稲田康が手がけた。1978年から79年にかけて、松下電器産業(現パナソニック)で家電の音響チェックを担当していた彼が、ドアベルのチャイムとして生み出したものだ。

正式名称は「メロディーチャイムNo.1 ニ長調 作品17『大盛況』」。と言っても、2015年にデイリーポータルZの取材をきっかけに決まったもので、それまでタイトルはなかった。印税の観点でも議論は無視されていたようだ。日本中で1日何千万回と再生されている音だが、稲田氏には1円も振り込まれていないという(稲田さんって、うっかりさんなのかな…?)。

ファミリーマートの入店音と認識している人がほとんどだと思うが、ファミリーマート限定の曲ではない。パナソニック製ドアベルに搭載されているチャイム音なので、「ファミマ」な家が存在する。その家に住めば、なんだか揚げ物が上手につくれる気がしてくる。

「一度頭から離れなくなったら、それはアートだ」と定義すると、ファミリーマートの入店音はれっきとしたアートだ。コンビニの入口で毎日何百万回も流れる音さえも、アートだと思えば、私たちの日常は実はアートにあふれているのかもしれない。

なぜ、いまドラマはアートを必要としているのか。大衆化からの脱却とこれからのドラマの姿

ドラマをアートと呼ぶかは人それぞれだが、近年ドラマというメディアが変革の時を迎えていることは間違いない。あえて賛否を呼ぶ表現や、現代アーティストとのコラボレーション、映画的手法が「朝ドラ」や「大河ドラマ」といった保守的に見える枠組みにも入り込んできている。アートワーク、炎上や賛否、映画監督のドラマへの参加などかつてのドラマでは起こりえなかった現象を一本の線で結び、現在のドラマが置かれている地点を整理していく。

新世代の朝ドラにみるドラマ表現の変革

常に話題となるドラマの放送枠がある。「HERO」「やまとなでしこ」「海の始まり」などを送り出したフジテレビの”月9”、放送開始から60年以上の歴史を持ち「JIN-仁-」「半沢直樹」を送り出したTBSの日曜劇場、そして長期間にわたって放送され、出演した俳優や女優のキャリアの中でも大きな意味を持つNHKの”朝ドラ”と”大河ドラマ”。

2024年に放送された朝ドラ「虎に翼」では、100年前の日本で史上初めて法曹の世界に飛び込んだ1人の女性の苦悩と希望を追った実話に基づく物語だ。筆者を含むたくさんの視聴者の心を動かした。しかし「虎に翼」のオープニングを見たとき、多くの視聴者は一瞬戸惑ったはずだ。米津玄師の楽曲とともに流れる抽象化された身体、揺らぐ輪郭。朝の時間帯に流れる国民的ドラマの入り口としてはあまりに異質だった。「朝ドラらしくない」「重い」「よく分からない」という声が上がる一方で、強い支持も生まれた。

ドラマにとってアートとは装飾の一つに過ぎなかった

ドラマとアートについて、少しだけ過去に遡ってみよう。かつてのドラマにおけるアートワークは装飾に近い役割を担ってきた。美しい風景、流麗な書、時代考証に裏打ちされた衣装や美術。それらは作品に品格をもたらすが、視聴者に特定の解釈を迫るものではなかった。特にオープニングに関して言えば、物語に入る前の助走としての役割のみが与えられてきた。

1980年代以降テレビドラマは絶頂期を迎えることになるが、以降も同時に視聴者にとっての最大公約数的な「わかりやすさ」が作品の基本だった。

そんな中での転換点の一つが、大河ドラマ「いだてん」のオープニング映像だ。過去と現代をクロスオーバーさせ、コラージュ的で速度感のあるオープニングは、これまでの大河像を裏切った。この時に初めて、オープニング映像自体が作品の主題を抽象化して提示する役割を担った。

「いだてん」のタイトルバック。題字は横尾忠則、作画は山口晃が手がける。

「虎に翼」のオープニングは、「いだてん」の頃と比べてさらに踏み込んだ作品になっている。シシヤマザキによるアートワークは、物語の時代や人物を説明しない代わりに、このドラマ独自の視点と新しい切り口を示す。法や制度に押し込められてきた女性たちの身体、揺らぐアイデンティティ。それは物語の背景というには、あまりにも示唆に富む。オープニングは入口ではなく、宣言文になったのである。

炎上から考察する大衆化からの脱却ーアートワークの変化と映画界の参入

こうした変化はときに賛否を生んできた。抽象的で説明をしない表現は、視聴者に解釈の余地を委ねることになる。「いだてん」が大河ドラマらしくないと評され、「虎に翼」が政治的であると批判された。国民的なコンテンツとも言える「朝ドラ」や「大河ドラマ」においては、特に中立を保つべきという意見も理解できる。

「いだてん」以降のドラマにおけるアート表現には明確な価値観が含まれており、それが火種となって賛否を生む。しかしそれはアートが単なる装飾ではなく、意味を持って機能している証拠でもある。炎上や賛否は、ドラマというメディアが新たなフェーズを迎え、誰もが楽しめるコンテンツからの脱却を目指している動きとも言える。

同じ文脈で理解できるのが、映画監督によるドラマ演出だ。Netflixで公開されている「舞妓さんちのまかないさん」では総合演出を「万引き家族」や「そして父になる」で知られる是枝裕和が手がける。現在放送中の日本テレビ「冬のなんかさ、春のなんかね」では「愛がなんだ」や「あの頃。」で知られる今泉力哉が監督・脚本を手がけている。

ドラマが映画監督らによって制作される背景には、感情を説明しない演出や人物を裁かない視点に評価が高まっているからだろう。彼らは飽和状態にあるラブコメや医療ドラマ、刑事ドラマでみられるドラマティックな演出とは距離をおいている。

大九明子はピン芸人としてキャリアをスタートさせた異色の経歴を持つ映画監督で、2023年に放送された「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった」では監督脚本を担当し、その年のドラマアカデミー賞を受賞した。物語の起伏よりも生活の積み重ねを表現した作風は、障がいやシングルマザーといった社会問題を取り込みながらも、自然と自分を重ねて作品の世界に入り込んでしまう。

分かりやすさを手放した先のドラマの姿

ドラマにおけるアートワークの変化や映画的な手法の採用には、評価軸が視聴率一辺倒から変化し、配信ドラマの普及とともにドラマの個性を重要視するという背景がある。そのとき、アーティストや映画監督は最適なパートナーとなる。

「エルピス」(2022)ではアートワークをアーティストの吉田ユニが手がけた。

現在のドラマでは、脚本や演出、アートワークがそれぞれ意味を持ち始めた。オープニングはスキップされる前提ではなく読み解く対象になったように、ドラマは単なる物語ではなく、総合的な表現メディアへと近づいている。

テレビやドラマが経済的な苦境に立たされている中、かつての分かりやすさという鎧を捨て、より軽やかになった作品はきっと再び私たちの心を動かす作品となるだろう。ドラマがアートと手を取り合い新たな価値観を獲得していく姿を楽しみに見守っていきたい。

【連載】Convenience ART Vol.3「レジ横に咲く、ダリの残像」

「コンビニエンスアート」第3回。今回取り上げるのは、レジ横で誰もが一度は目にしたことのあるキャンディ、「チュッパチャプス」。

子どものお菓子、懐かしい存在。

そう思って改めてロゴを眺めてみると、妙に完成度が高いことに気づく。花のようなフォルムに、原色の黄色と赤色。国や言語を超えて、どこにあっても迷わずそれと分かる、強い顔をしている。

このロゴを手がけたのは、シュルレアリスムを代表する画家、サルバドール・ダリ。実はこの象徴的なデザインは、ある日のレストランでの、驚くほど軽やかな「即興劇」から生まれている。1969年、チュッパチャプスの創業者であるエンリケ・ベルナートは、ブランドの世界進出という大きな野望を抱いていた。世界で戦うに相応しい、唯一無二のロゴが必要だ。そう考えた彼が白羽の矢を立てたのが、同郷の天才・ダリだった。ベルナート氏はダリの自宅を訪問し、ロゴの制作を直談判。

するとダリは、彼を連れてそのまま昼食へと出かけた。食事の最中、ダリはサッと紙ナプキンを手に取り、その場でペンを走らせ始めた。わずか1時間、現代まで続く世界的なアイコンは、アトリエのキャンバスではなく、レストランのテーブルに置かれたありふれたナプキンの上で、あっという間に産声を上げた。さらにダリは、ロゴを包み紙の“真上”に配置することを提案。陳列された際、上から見てもすぐに認識できるように。アートというより、むしろ商業デザインの天才的な判断だったのかもしれない。

ダリは絵画だけに留まらない。

1945年、彼はウォルト・ディズニーとともに、短編アニメーション映画の制作に取り組んでいる。タイトルは『Destino』。砂漠の風景、溶ける時計、変形し続ける身体。ダリのイメージが、そのまま映像として動き出す、実験的な作品だった。しかしこの試みは、あまりにも前衛的だったため、当時は完成に至らなかった。企画が再び日の目を見たのは、実に半世紀以上後の2003年。ダリが遺したスケッチをもとに、ディズニーが作品を完成させたのだ。

子どもでも楽しめるアニメーションの中に、さりげなく潜ませたシュルレアリスム。この構造は、どこかチュッパチャプスにも似ている。ただ甘いだけのキャンディの顔をして、実は世界的な画家の思想が包み紙の中に折りたたまれている。

ダリは、アートを特別な場所から解放したかったのかもしれない。

映画館で、広告で、そしてコンビニのレジ横で。私たちは今日も、気づかないうちにダリの作品を手に取っている。

棒のついた、小さなキャンディとして。

【連載】Convenience ART Vol.2「ファミマギャラリーって?」

いつものコンビニの店内。期間限定のコラボ弁当、新商品のスイーツ、雑誌や日用品までもが整然と並んでいる。いつもの動線の途中で、壁面に色とりどりの額装作品が並んでいる。明るい色彩で描かれた動物、抽象的な模様、風景画。商品棚の規則正しい配置とは対照的な自由で伸びやかな表現。見慣れたはずの店内に、アートが現れる。

ファミリーマートは、2022年から「ファミマギャラリー」を開催してきた。展示されているのは、障がいのあるアーティストが描いた作品、「パラアート」だ。1日におよそ1,500万人が訪れるファミリーマート。その一角が、アートの入り口になっている。

2024年に放送されたTBSの金曜ドラマ『ライオンの隠れ家』でも、パラアートが注目を集めた。主人公の弟は自閉スペクトラム症をもつアーティストで、劇中の色鮮やかな絵画作品は、自閉症をもつ太宰府市の画家・太田宏介さんの作品だ。

日本では、山下清がパラアートの第一人者と言えるだろう。しかし当時、彼の作品はアートというよりは、教育や福祉の文脈で語られていた。

それが近年、東京オリンピック・パラリンピック大会や「障害者による文化芸術活動の推進に関する法律」の施行を機に、新たな芸術ジャンルとして注目を集めている。これまでリハビリの一環として捉えられてきた障がい者の芸術活動が、社会全体に影響を与え得るという考え方が広がりつつある。

作品をアートとして商業化・販売する動きも現れた。「アート」を「ビジネス」へ―これは障がい者の経済的自立を支える新たなアプローチでもある。

コンビニに誰かのアートが広がっている。コンビニで触れたアートから、一歩踏み込んでみてはどうだろう。気に入った作品があれば、購入やレンタルを検討してみる。その一歩が、誰かの自立を支える力になる。美術館に行かなくても、アートはすぐそこにある。

【寄稿】浅草という街の編集力

夜の街「歌舞伎町」で開催されたオールナイトイベント「BENTEN 2 Art Night Kabukicho」。現地に赴き、速報レポート執筆の為に奔走していた最中の偶然の出会いが、この記事へと繋がった。

出演者として参加していた活動弁士の麻生子八咫さん。僕はそこで初めて、「活弁」なるものを観ることになるのだが、「昔のもの」といった印象からは程遠い、全く驚きの体験をすることになる。その時に話を伺った麻生子八咫さんが、『月刊浅草』の副編集長であられた。

1970年の創業以来、半世紀以上続くタウン誌は、かの川端康成が筆を取り、名付けられた。今でも月末になると最新刊を手に、自転車で街を駆けながら配達に回る。人情の街、浅草の一端を垣間見たようで、顔が綻ぶ。

麻生さんとは「歌舞伎町」の後に何度かやりとりをしていて、今回の「寄稿」の話に限らず、色々なお話をしてくださった。中でも、当時公演のために滞在中だったロンドンで財布をスラれた話を、臨場感いっぱいに悔しさ滲ませながら、「敵ながら、凄技」と伝えてくれたりもした。

とまあ、縁あって、「浅草の街の文化に触れながら、BAMの話を750字で」という、僕たちとしてははじめての寄稿記事が実現したのだ。

以下、2026年1月号『月刊浅草』の連載「浅草はっけん」より。

浅草という街の編集力

浅草は、極めて編集的な街だ。

雑誌などの紙媒体が最新情報の主役だった時代はもう終わった。
情報があふれる今は、ただ“早い”だけでは価値にならない。
既に在る断片をどうつなぎ、新しい意味を生み出すか。以前にも増して、その“編集力”が問われている。

浅草で花開いたオペラ文化に、まさしくそうした視点が垣間見える。大正時代に興隆した「浅草オペラ」は、作曲家の佐々紅華、興行師の根岸吉之助、ダンサーの高木徳子らが中心となって展開された。
欧米の名作オペラを日本語に訳したものから、新たに作られたジャパンメイドの和製オペラ、童話などを題材とし日本独自の発展を遂げたお伽歌劇など、様々な形で大衆へと波及していく。当時の20銭ほどと比較的安価な値段で鑑賞でき、海外の文化を日本風にアレンジ、親しみやすく編集された。時代観を反映しながら人々に届ける姿勢は、現在の「活弁」と重なるものがある。

「月刊浅草」の副編集長を務める麻生子八咫さんは、活弁士としての顔も持ち合わせている。先日はチャップリンをはじめ、海外の無声映画を英語活弁として披露。その父であり師である麻生八咫さんは、無声映画にロックミュージックを加えて臨場感を演出した。そのアティテュードからは、歴史を途絶えさせまいとする覚悟を見ると同時に、在るものを違った視点で届ける、その編集力に魅せられている。

今在るものを異なる視点で提起し継いでゆく編集力は、我々「BAM」—アートの枠を超えた自由な感動を探求していくメディア—として見習わなければなるまい。アートに興味がない人に感動を届けることが出来たなら、私たちの仕事冥利に尽きると思う。
ときに、かっぱ橋道具街で長らく販売されていた食品サンプルは、制作体験で再び脚光を浴びている。同じものづくり。アートとしての価値やいかに。

Namjooningがもたらすアートトリップの可能性。ポップアイコンBTS・RMとたどる世界のアートスポット

次世代のアートトリップ「Namjooning」

インターネットが飛躍的に進化することによって、全世界の音楽をオンタイムで楽しむことができるようになった。音楽のグローバル化が生み出したスターといえば韓国のBTS(防弾少年団)だろう。新曲がアップロードされれば瞬く間にヒットチャートにランクインし、彼らが着用したアイテムにはプレミアが付き、彼らが訪れた場所にはファンたち(ARMYと呼ばれている)が押し寄せる。

この現象はアート業界にも波及している。BTSのリーダーRMは生粋のアートラヴァーとして知られており、ファンがRMの訪れた美術館やギャラリーに行くことをナムジュニング(RMの本名はキム・ナムジュン)と呼び、2025年12月までにインスタグラム上では「#Namjooning」のハッシュタグとともに約17万件ものコンテンツが投稿されていた。BTSがアートに興味を持つきっかけになるファンも多いようだ。

RMがアート、とりわけ近現代の作品に興味を持ちだしたのには彼らしいきっかけがあった。世界中をライブや撮影で飛び回るBTS。長期の滞在になることもしばしば。ちょっとした空き時間にシカゴ美術館を訪れ、そこでみたスーラやピカソ、モネの作品に強い感銘を受けたのだ。教科書などでも紹介される歴史的なアーティストたちだが、実物を見る機会はなかなかない。本物の持つ圧倒的な筆致と迫力に圧倒されたRMはアートに傾倒し世界中のアートスポットに訪れるまでにいたった。

せっかくなので僕たちも、Namjooningの旅に出かけてみよう。

SKAC(SKWAT KAMEARI ART CENTRE)

本やレコードがずらりと並ぶ店内

日本からはこんなアートスポットをご紹介。「SKAC」は亀有駅から徒歩10分程度のJR常磐線高架下スペースに位置する。建築家の中村圭佑が率いる設計事務所「DAIKEI MILLS」のメンバーを中心として構成されたチーム「SKWAT」による再開発プロジェクトだ。かつては青山エリアに知る人ぞ知るアートスペースとして運営されていたが、2024年にここ亀有に移転。1階にはアートブックを取り扱う「twelvebooks」、ロンドンに続き2店舗目となるレコードショップ「VDS(Vinyl Delivery Service)」、カフェスペース、ギャラリーが併設され、2階には「DAIKEI MILLS」のスタジオが入居している。

twelvebooksでは国内最大級のアートブックの取り揃えで海外から取り寄せたタイトルも多い。倉庫がそのまま店になったような作りとなっており何時間でも滞在してしまう。RMは自身の名前と同じ「R/M」(上田義彦+後藤繁雄(YOSHIHIKO UEDA + SHIGEO GOTO))を抱えた写真を投稿した。

リウム美術館(Leeum Museum of Art)

韓国ではサムスン文化財団が運営するリウム美術館に。ソウルを代表する私設美術館として様々な展示が企画されており、RMも企画展のレセプションにゲストとして登場。リウム美術館は作品もさることながら建築が素晴らしい。3つの棟で構成されそれぞれの建物をマリオ・ボッタ、ジャン・ヌーヴェル、レム・コールハースが設計している。

左から児童教育文化センター、M1、M2。それぞれを地下空間が繋いでいる。

M1を担当したマリオ・ボッタはスイスの建築家で東京のワタリウム美術館の設計も担当している。レンガで仕上げられた外観と、内部の螺旋階段の神々しさに打ちのめされてしまいそう。M2を担当したジャン・ヌーヴェルはフランスの建築家でルーヴル・アブダビや東京の電通本社ビルを設計している。光の魔術師の異名をもち、地下空間にも光が入り込むデザインになっている。最後に児童教育文化センターを担当したレム・コールハースはミラノにあるプラダ財団美術館や福岡のNexus World Housingを手がけているオランダ出身の建築家だ。ガラスとコンクリート、鉄でできた近代的な建築で入れ子状に部屋が構成されている。

チナティ・ファンデーション(Chinati Foundation)

最後に紹介するのは、アメリカ合衆国テキサス州の砂漠地帯マーファに建てられた現代美術館チナティ・ファンデーションだ。現代アーティストであるドナルド・ジャッドが設立したアートスペースで340エーカーにも及ぶ敷地の中にコレクションが収められている。

John Chamberlain Building, 2022. Photo by Alex Marks

限られた数のアーティストによる大型インスタレーション作品の恒久展示を理念としており、韓国人アーティストユン・ヒョングンの平面作品も展示されている。ユン・ヒョングンはRMの個人コレクションの中にも名を連ねる作家で、「Yun」という楽曲を制作するほど思いを寄せている。単色画で著名なユンは日本統制時代の韓国で育ち、朝鮮戦争や独裁政権を経る中で政治的な理由によって4回の投獄を経験した。

21世紀で最も影響力のあるアーティストの1人、BTSのRMは未来のアートに何をもたらすのか。2026年からはサンフランシスコのSFMOMAで自身がキュレーターを務める展示が予定されている。RMが感じた感動を「Namjooning」によって追体験する楽しみはファンにとってもアートラヴァーにとっても希望の一手になるかもしれない。

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