
グラフィック、空間インスタレーション、映像。メディアの境界を軽やかに飛び越え、独自の色彩感覚と光の表現で世界を魅了するアーティスト、YOSHIROTTEN(ヨシロットン)。 一見すると無機質で先鋭的なデジタル表現に見える彼の作品群の根底には、驚くほど純粋な「自然への畏敬」と、フィールドワークに基づいた緻密なデータ観測がある。
今回、彼が栃木県宇都宮市の大谷(おおや)で手掛けた最新プロジェクトから、霧島での大規模な個展、そして「分光器」を用いた独自の制作手法までを深く掘り下げた。テクノロジーというフィルターを通して、彼は一体どのような「自然」を見つめているのか。初公開となるビューイングルームの様子と共にお届け。
「2回訪れてほしい」という言葉に込められた、時空を味わう体験

ご自身の初となる常設展示を手掛けた「大谷グランド・センター」について、「ここには1日に2回来てほしい」とお話しされていましたね。その言葉の真意について改めて教えていただけますか。
YOSHIROTTEN(以下、Y) – 大谷の現場に初めて行ったのが、2019年の11月でした。その時は昼過ぎから夕方にかけての時間帯で、次に訪れたのが朝だったんです。同じ場所なのに光の入り方によって空間の表情が劇的に変わることに驚かされました。



現代アートと食の複合施設としてオープンしたこの場所は、前身の施設が閉館してから長い間廃墟になっていました。もともとそこは、岩肌が剥き出しになった場所に浴場があるユニークな建築だったのですが、単に「面白い建物の中にアートを置く」という発想ではなく、そこに入ってくる外からの光や、窓の外に見える大谷の街並みが、時間とともにどう照らされていくか。その「変化」そのものを作品にしたいと考えたんです。
そこに流れる「時間」や「光」を体験してほしいということですね。
Y – なので、元の建物をそのまま活かせるところはなるべく残し、あえて開いたままの窓も塞がない選択をしました。窓にオレンジ色のフィルターを貼ることで、大谷の街をその色越しに眺める。でも夕方になれば、街は見えなくなり、空間の体感は刻々と変わっていきます。

「2回訪れてほしい」と言ったのは、たとえば朝に作品を見てから、近くの大谷資料館や大谷観音、お蕎麦屋さんなんかを巡って、夕方にまた戻ってくる。そうすると、光のある時間帯は大谷の街並みと作品がゆるやかに繋がっていて、日が落ちてからは、この空間に没入して作品と向き合う時間が生まれる。その体験は、展示会場の中だけで完結するものではなく、帰り道や日常の中でも「時間の移ろい」に意識が向くきっかけになると思うんです。そういう風に日々を楽しめるようになることまで含めて、作品として提示したいと思っています。
自然という「コントロールできないもの」との親和

自然現象を作品に取り入れる場合、アーティストとしての作品の「コントロール」と、自然の「偶発性」のバランスをどのように取っていますか?
Y – 自然をテーマにしている時点で、僕はコントロールしようとは思っていません。むしろ、その状況と親和することが、最も自然な作品の在り方だと思っています。
以前、僕の育った鹿児島県にある公立美術館「霧島アートの森」で個展を開催しました。そこでは、自然光の入る美術館のトップライトが全開放された部分を生かして、時間帯によって空間がオレンジ色に染まったりと、空間全体を使った光の作品を作りました。雨が降ればより没入感のある暗い空間になるし、晴れれば光がパーンと入ってくる。それは僕にもコントロールできません。
予期せぬことが起きる面白さ、というわけですね。

霧島でのオープニングの日は、ものすごい霧が出たんです。「これ、演出なの?」ってみんなに聞かれるくらい(笑)。僕が数年かけてフィールドワークした中でも見たことがないような美しい霧が、その日に偶然起きた。
最終日には、それまでは入ってこなかった角度から西日が差し込んで、ある作品にだけスポットライトのように光が当たっていたんです。これも狙ったのか度々聞かれましたが、そうではないんです。完全な「余白」から生まれた現象。窓を閉じなかったからこそ起きた奇跡です。余白を残すということも自分の制作においては重要な要素です。

分光器とスキャナー:見えなくともそこにある“何か”へ想い馳せる

YOSHIROTTENさんの制作スタイルを語る上で欠かせないのが、フィールドワークとテクノロジーの活用です。具体的にどのような調査を行っているのでしょうか?
Y – 霧島や大谷のプロジェクトでは、ハンドスキャナーを持ち歩いて、岩肌や土、葉っぱの表面をなぞってデジタルデータに変換する作業を行いました。これは視覚的な「記録」に近い行為です。特に今回の大谷でのプロジェクトでは、大谷石の特徴である「ミソ」と呼ばれる穴に注目しました。(※脚注:およそ1200万年前に誕生した凝灰岩である大谷石には、「ミソ」と呼ばれる茶色の斑点がある。これは、火山岩が粘土化して出来たもので、長い年月を経て、その箇所は抜け落ちていく)

「この穴の中にあった石の粒たちは、どこへ行ったんだろう?」という想像から、スキャンした石の粒が空間を浮遊するような映像作品を作り、プロジェクションで元々ある石自体に光を当てました。テクノロジーを使うことで、肉眼では捉えられない自然の深層や、その場所が持つ記憶を可視化していく感覚です。

普段の制作のもう一つのアプローチとして「分光器」を使った制作があります。僕らが通常見ている世界は「可視光線」ですが、その隣には赤外線や紫外線など、僕らの目には映らない様々な光が存在しています。それらを捉えることができる分光器を各地のフィールドワークに持ち込みました。

目に見えない光をデータとして抽出するのですね。
Y – はい。例えば、霧島の噴気地帯(温泉の煙が上がっている場所)で分光器を向けると、赤外線の数値が高いだとか、可視光線はこれくらいだというグラフが出る。その場所の、その瞬間にしか存在しない「光の組成」をキャプチャーするんです。それをそのまま出すのではなく、得られたデータを元に「この数値の動きが美しい」と感じる部分を抽出して、さらにその場所で抱いたイメージで着色していく。そうすることで、僕らの目には見えていなかったけれど、確かにそこに存在していた光を「デジタル上の絵画」として作り上げていきます。

最新技術を使っているけれど、やっていることは印象派の画家が光を捉えようとしていた営みに近いようにも感じます。もしテクノロジーが存在しない中世に生まれていたとしても、やはり何かを作っていたと思いますか?
Y – 形は違えど、その時代における「新しい技術や表現」を使って、見たこともないものを作ろうとしていたはずです。
今の僕たちがアートとして発表することの意味は、この時代のテクノロジーを使って、前の時代の人たちにはできなかった表現を追求し形に残すことにあると思っています。「今ならこれができる」という可能性を追求することが、作家の役割の1つではないでしょうか。
後編では、自身の作品、アーティスト活動がメディアとして機能するような側面、そして、彼自身の太陽や宇宙への憧憬がちらりと姿を表します。お楽しみに。
大谷グランド・センター
所在地:栃木県宇都宮市大谷町1396-29
アクセス:JR「宇都宮」駅より車で約30分/関東バス「大谷観音前」下車すぐ
入館パス:大人(18歳以上)・中人 500円 / 小学生以下無料
グランドパス:大人(18歳以上) 1800円 / 中人 1500円 / 小学生以下無料
公式サイト:https://oya-grand-center.com