何をやってもうまくいかない、病気もした。20代の前半を辛酸を舐めて過ごしたロンザエモンは、いかにして今の活躍に至るのか。事態が好転するその前に、依然、現実はあまりに残酷だ。
再び倒れた、三十歳の冬
30歳の時にもう一度体調を崩されたそうですね。
ロンザエモン – ちょうどコロナの時期あたりに持病をもう一段階悪くしてしまって。手術もして、体重も四十九キロまで落ちて。また1年半ぐらい働けない状態になりました。もう本当に人生のどん底でしたね。
それでも絵を描き続けてこられた“支え”のようなものはありましたか?
ロンザエモン – うまく行かなくても、絵を描くこと自体がシンプルに楽しかったんです。 主観でしかないですが、絵は上達してるな、良くなってるはずだという謎の自信があって。漫画は人からの評価で確かに面白くない時があったのですが、絵だけは根拠のない自信があった。辞めそうになった時にぱっと描いたらすごくいいのが描けたなと思っちゃったり。自分の絵が悪いからやめようと思ったことは一度もなかったんです。
どん底で手にした「まあいいか」の精神

うまくいかない日々の中で、お笑いが支えのひとつだったそうですね?
ロンザエモン – そうなんです。毎年欠かさず「M-1」を観ていました。変な人生でしたけど、ずっと暗い気持ちでいても仕方ないし。これも時間が経ったら笑い話にしようと思いながらやっていたら、「まあいいか」で済ませられるメンタルになっていった。焦りがあるからしんどかったのも絶対あると思うんです。でも、それをお笑いが紛らわせてくれた。それに、お笑いって色々な見方ができると思っていて。
どういうことでしょう?
ロンザエモン – お笑いって、結構色々なエンタメに通じるんですよ。お笑いをやってる人たちって、生きてて起こる、ちょっと変な出来事とか、嫌なことを笑いに変えてしまうじゃないですか。そのものの見方って、アートと一緒な気がするんです。嫌なことも笑えるんじゃないかな、みたいな。それが自分を支えてくれてました。
奄美で最期を迎えたあの画家のように

地元・奄美大島にゆかりのある画家、田中一村の存在も大きかったと伺いました。
ロンザエモン – 田中一村って、若い時に神童と言われていたんですけど、画業の世界でなかなか成果が出せなくて。住むところを転々として、最終的に奄美大島に行き着いたんです。そこにある自然や生物に魅了されて、晩年の作品はずっと奄美の動植物ばかり描いてたんです。安い賃金で働いたお金をほぼ全て画材につぎ込んで、ほとんど作品を人に見せないまま亡くなって。近所の人が「田中さん大丈夫?」って家を開けたら、作品が山のように出てきたっていう。
転々として、評価されず、それでも描き続けた。自分と重なる部分があったんですか?
ロンザエモン – かっこいいなと思って。流石に死ぬまでには評価されたいとは思いますけど、死ぬまで描いてる人はかっこいい。やめずに続けてさえいれば、死ぬ頃には一番いい絵が描けてるんだろうなと思ったら、やめる理由が見つけられなくて。振り返ったら地元にそういう人が既にいたんだなって。世の中にはそんな人がいたんだと思ったし、田中一村のような覚悟は持っていたかったんです。
どん底を見たからこそ

結果的に漫画ではなく、イラストがSNSで大反響を呼びましたね。
ロンザエモン – それまでは、ガールズイラストを描くのが恥ずかしいとか、ユーザーに媚びすぎていないかとか、売れる為の絵はどうなんだ、みたいな余計なことをいろいろと考えていたんです。ずっと何もうまくいかない状態が続いて、精神的にも追い詰められて、最後に、そういうのが全て、どうでもよくなったんです。
余計な感情や“意味”を捨てて、売れる為にやれる事は全てやる、という方向に舵を切ったんですね。
ロンザエモン – 音楽でいうインディーズとメジャーみたいな話で、メジャーでやってない俺かっこいいじゃなくて、メジャーで戦って、ちゃんと順位付けされて自分の立ち位置を考えようと思ったんです。当時の自分の認識では、ガールズイラストでSNSをやるのが一番のメジャーシーン、売れる為の定石だと思ったので、そこでちゃんと勝負しようと。そこで攻めて、戦っていれば、いつか自分が本当に描きたいものも見てもらえるはずだと思って。

具体的にどんなことから始めたんですか?
ロンザエモン – バストアップの女の子の絵で、ユーザーと目線が合う構図を多くしようとか、サムネに強い絵にしようとか。まず認知を取れるだけ取って、あとは好きな絵を描こうという狙いがありました。ありがたいことに今は見て頂ける方も増えて、描きたいものを自由に描くことも増えてきています。
可能性のあることは、何だって
イラスト以外にも、noteやポッドキャスト、脚本など幅広く手がけていますね。
ロンザエモン – これも意図的にやっています。イラストを描くこともSNSをやることもnoteを書くことも、別々の角度から別々に効果があることで。自分の一番の武器は絵ですが、武器は多い方がいいかなと思います。
脚本を書けるのも漫画での挫折が活きているのでは?
ロンザエモン – 複数の人間がどういうセリフを言ってどういう感情になるかっていうのは漫画でずっとやっていたので。あと、お笑いが好きだから、実はコントのつもりで書いたりもしていたんです。

フリーランスとして続けていく上で、心がけていることはありますか?
ロンザエモン – やめないことだと思います。最近のお笑いの人たちも、四十になってから世に出て仕事がいっぱい来たとかってありますよね。絵描きにもそういう人は多い。自分がやってることが時代と合ってくるとか、奇跡的にトレンドと合致してくるとか、それまでの人生経験があるからできた作品が生まれる、とか。色々なパターンがあると思うんです。やめないで続けていれば、そういった何かしらのきっかけが巡ってくるんじゃないでしょうか。
新しい表現の可能性

最後に、現在実施中の特別展についてお聞かせください。ご自身のデジタル作品が、MCA(メタルキャンバスアート)として展示されました。
ロンザエモン – 本来、デジタルとアナログの境界ってあまりないと思っていて。僕としては、アナログで描ける技術を使ってデジタルの絵を描いているんです。だから、デジタルでも筆のタッチが残るような描き方を意識していて、アナログで描かれている作品と同じように、1つの作品として見ていただきたいんです。
そういった考えに至ったきっかけはありますか?
ロンザエモン – イラストレーターや漫画家って、技術がとんでもなくすごいじゃないですか。線が重なってるだけで立体に見えるとか、例えば『NARUTO』の絵だと、点が2個描かれてるだけで鼻の穴に見えるとか。でも商業的な側面が強いからか、そのすごさがアートとしてあまり評価されないことがもったいなくて。自分がやっているのも、先人たちの上手な絵を真似てこの絵ができあがっています。アナログだろうがデジタルだろうが、すごい人たちの絵の表現力がもっともっと広まっていけば嬉しいです。
その辺り、MCAに期待することはありますか?
ロンザエモン – まだまだ自分1人ではデジタルとアナログの境界線を形にするところまで出来ていなかったのですが、MCAにはまさにそれを実現できる可能性があると思います。自分が表現したかったことがこれで再現されるかもしれないと思っています。
GAAAT ARCHIVE EXHIBITION
期間:2026/06/12(金)〜2026/06/15(月)
場所:東急プラザ原宿「ハラカド」3F THE COFFE BREW CLUBギャラリー
展示アーティスト:coalowl / 焦茶 / ロンザエモン / リチャード君
予約リンク:https://gallery.gaaat.com/collections/gaaat-archive-exhibition