数々の広告やクライアントワークを手掛け、アニメーション作品は名だたる映画祭で高評価を獲得してきた冠木佐和子。前編では世界的に活躍する彼女のルーツに迫った。後編ではもう一つ踏み込んで、無二の創作の哲学に触れたい。
絵コンテを描かない、即興のアニメーション

アニメーションの最初の設計図として重要な役割を果たす「絵コンテ」を描かないと伺いました。理由を教えて下さい。
冠木 – 流石にクライアントワークになると色々な事情もあって描かないといけないのですが、個人でやる時は描かないです。「絵コンテ」があると、それに沿ってただアニメーションを作っていく「作業」みたいになってしまって。それが楽しくないんです。
その場の思いつきやひらめきをダイレクトに表現したい、という感覚ですか?
冠木 – 描きながら「この次どうしよう」と考えるのが好きなんです。そこが面白いなと思っています。
設計図がないと、全体をまとめ上げるのが難しそうにも思えます。
冠木 – そんなこともないですよ。そっちの方が楽しくて、むしろいい作品ができる気がします。
ということは、描き始める前はもちろん、描いている最中もご自身でさえ最後にどうなるのかわからないという状態なんですか?
冠木 – そうですね。作っている途中に「そろそろ終わりかな」と意識し始めて、終わりに近づくように展開を考えていく感じです。
アイデアはどこから湧いてきますか?日常生活でふっと降ってくるのか、机に向かって「やるぞ」と絞り出すのか。
冠木 – 「やるぞ」ってならないとダメですね。腰を据えて、締め切りギリギリで提出するみたいな。
意外です。日常の中でふっと降ってきて、ガーッと描き始めるイメージを勝手に持っていました。
冠木 – 自分の作品だとそうですけど、仕事になると、ちゃんと机に向かって「やるぞ」と決めないとなかなか難しいですね。
アニメーション制作で失敗したことはありますか?
冠木 – 普通、1秒間に12枚とか15枚、24枚で描くんですけど、間違えて1秒を30枚に設定していたことがあって。描いても描いても終わらないなと思っていたら、設定が30枚になっていて、すごく大変でした。『たこやきストーリー』という作品で、すごくヌルヌル動くんです(笑)。
イラストとアニメーション、描き分けの意識

一枚絵を描く時と、アニメーションとして描く時で意識の違いはありますか?
冠木 – イラストでは、アニメーションだとできないような細かい絵や細い線を思い切りやりまくれるんです。なので、アニメーションでできないことをイラストでやって、イラストでできないことをアニメーションでやるみたいな感覚ですね。
アニメーションをつくる時は音楽を聴いたりしていますか?あれだけ大きな動きをつくるのは無音だと難しそうな気もします。
冠木 – 今、波があって。音楽を聴く時期、ポッドキャストを聴く時期、無音の時期、その三周期があるんです。その中でも今は無音の状態で制作しています。
「やつら」に面白がってほしい
アニメーション制作で一番意識していることを教えて下さい。
冠木 – 自分が見ていて面白い、飽きない、というところですね。あとは、老若男女に面白がってもらえたら嬉しいです。
夜中に見たら爆笑してしまいました。
冠木 – ありがとうございます。子どもに好かれたいという想いはずっとあって。ああいう純粋な眼差しを持ったや̇つ̇ら̇に面白がってほしいんです。
「やつら」(笑)。『おかあさんにないしょ』などを見ていると、とてもそうは思えないんですが、子どもに向けた意識もあるんですね。それは大人の裏表ある感じや「穢れ」みたいなものへの拒否反応だったりするんでしょうか。
冠木 – そういうネガティブな方向ではなくて、自分が子どものときに見て楽しかったとか、そういうものを作る人に自分もなりたいというのがあって。何もない“まっさらな状態”のやつらに面白がってもらって、影響を与えたい、みたいな感覚なんです。
『クレヨンしんちゃん』のノリ

作品にはエロティックで強烈なモチーフが多い印象ですが、一方で不思議と生々しさは排除されている印象があります。そのあたりは意識されているんでしょうか。
冠木 – 何というか、『クレヨンしんちゃん』みたいなノリなんです。うんことかおしっことか、「そういうの面白いよね」みたいな。そのノリがまだ残っていて、そこに肉付けされていって今の形になっているんだと思います。だからこそ、生々しくなっちゃうとちょっとずれてくるんです。
お尻という「ちょうどいい」モチーフ

「お尻」を描くこと、凄く多いですよね?
冠木 – そうですね。お尻って凄くちょうどいいモチーフな気がするんです。あんまり生々しくもないし、可愛いし。でも、ちょっと面白い場所じゃないですか。
確かに、そう言われると面白く見えてきます。
冠木 – でも、普通にセクシーな部位でもあるし。まあ、単純に好きなんですけど(笑)。なので、お尻を重点的に描いている感じはあります。
過去の個展で「Butt Therapy」(お尻セラピー)というタイトルのものもありますが、由来を教えて下さい。
冠木 – 小さいお尻が出た人間をたくさん描くことが多かったんです。それをしていると心が落ち着いて、瞑想的なヒーリング効果が得られるので付けた名前です。
何度もたくさん描いていく行為が瞑想に近いということなんですね。
冠木 – そうですね。
横尾忠則、小村雪岱──影響を受けた作家たち

作風に影響を受けた方はいますか?
冠木 – 横尾忠則さんとか。60年代、70年代のグラフィックデザインが好きです。あとは予備校に通っていた時期の影響もあります。「美大に受かりやすい構図」とか、「余白を大事にしろ」とか、基本的なことですけど、そういうものの影響はすごくありますね。
色使いについてのこだわりはありますか?
冠木 – 色使いは小学生ぐらいから変わっていなくて。当時から好きな色は大体決まっていて、原色っぽいもの。一番好きなのはピンクと青ですね。最近は、彩度の薄い浮世絵っぽい色も使い始めました。

浮世絵や黄表紙のような、江戸時代の艶っぽい作品からの影響も感じます。
冠木 – 浮世絵も好きですね。5年ぐらい前に、小村雪岱という日本画家の展示を観に行って、その人の影響はすごく受けていると思います。
確かに、余白の使い方や雰囲気に共通するものを感じますね。昔の方なのに、どこかモダンというか。
冠木 – かっこいいですよね。色とか、人物の使い方、構図とかは参考になります。
「人物の使い方」というのは?
冠木 – 見え方というか、後ろ姿の哀愁とか、そういったところですかね。
映画や音楽など、他の創作物からヒントを得ることもありますか?
冠木 – あります、大いにありますね。
例えばどんな作品でしょう。
冠木 – 映画だと、アレハンドロ・ホドロフスキーの『ホーリー・マウンテン』とか。音楽だと決まったものは無いですが、去年の春はサンバをすごく聴いていました。
アナログへの憧れと、「ガチムチ」への目標

最後に、今後挑戦してみたいことはありますか?
冠木 – 先月が忙しすぎて、画面を見すぎてゲロ吐きそうになったんです。「デジタル疲れるな…」と思って、今はアナログの方に興味があります。ずっとやりたいとは思っていたんですけど、消しゴムのカスとかゴミがいっぱい出るじゃないですか。それが嫌で(笑)。ただ、私の作品で展示をするとなると、どうしてもプリントになってしまうんです。それをアナログならキャンバスに描いてそのまま展示できるから、羨ましいなって思います。やっぱり強さが違うというか。
現物としての強さ、ですね。
冠木 – そうですね。あと、今年の目標はガチムチになることです。
ガチムチというのは…?
冠木 – 体をでっかくしたいですね。プロテインもめっちゃ飲んでますよ。
ええ!意外です。一番鍛えたい部位は?
冠木 – お尻とか。
やっぱりお尻なんですね。
冠木 – 見た目で分かりやすいのは肩とか、二の腕ですよね。一回ボクシングジムにも行ったんですけど、体育会系のノリが辛すぎてやめました。
それも悪ふざけの一環なんですか?
冠木 – いや、それはガチです。
予測不能で即興的なアニメーション。確かなルーツを感じさせるイラストレーション。内から出るお尻への偏愛。シュール。作風の大胆さや唯一無二性といった第一の印象の奥に、そうした様々な要素が何層にも重なり合って作り上げられるのが冠木の作品群だ。印象は細部に宿るというが、冠木のそれは、強烈さ故に、静かに、しかし確かに控えている。荒唐無稽でもなければ、単なる悪ふざけに収まることもない。それこそが、冠木が現代的なアーティストたる所以かも知れない。