【インタビュー】「絵が私を遠くへ連れて行ってくれる。」アーティスト・谷小夏が描き出す、女の子と動物と懐かしさと。 – 前編

浮世離れした少女たち、異国の情緒を感じさせるモチーフ。どこか懐かしさを感じさせる幻想的な世界観で、多くの人を惹きつけているアーティスト・谷小夏。

近年はイラストレーションの仕事だけでなく、全国各地で個展を開催し、作品発表の場を広げている。画風を固定せず、その時々の興味や感性に従って変わり続ける姿勢も、多くのファンを魅了する理由のひとつだ。

「白い紙」が一番うれしいプレゼントだった

《parko》 / 2023年

まずは、イラストレーターとして活動されるようになった経緯からお聞かせください。

谷小夏(以下、谷) – 私が絵を描き始めたのは本当に小さい頃です。少女漫画の真似をして絵を描くようになりました。高校生の時に恩師となる美術の先生に出会って、その先生のおかげで美術の道に進みました。美大に進学して、卒業後は就職せずにそのままフリーランスのイラストレーターになりました。

かなり自然な流れだったんですね。

谷 – もともと絵を描くことが一番好きだったんです。子どもの頃にもらって一番うれしかったものが「白い紙」だったくらい。広告の裏の白いところとか、紙という紙、全部に絵を描いていました。外で遊んでも、道路に石やチョークで絵を描く。とにかく絵を描くことが一番の遊びだったんです。

《Estetika》 /  2025年

まさに絵を描くために生まれてきた。

谷 – というよりも、唯一褒められるのが絵だったんです。運動神経も悪いし、歌も音痴だったので(笑)。だから「上手だね」って褒めてもらえるのがうれしくて、より描くようになったんだと思います。

ご家族からの影響はありましたか。

谷 – 祖父の影響は大きかったと思います。自分で水墨画教室に行くような祖父でした。家にも分厚い画集がいっぱいあって。ほとんど外国語だったので、子どもの私には全然読めなかったんですけど。でも、ただ「かっこいいな」と思って眺めていました。今考えるとその体験は結構大きかった気がします。言葉は全然理解できないのに、絵だけを見て何かを感じていました。

おじいさまとはよく一緒に過ごされていたんですか?

谷 – 近所に住んでいたので、毎週日曜日は祖父の家に行っていました。一緒に山に登ってどんぐりや松ぼっくりを拾ってきて、それをみんなで写真に撮ったり。私、三姉妹なんですけど、誰が一番かっこよく写真を撮れるかみたいな遊びをしていました。いい写真は祖父が額に入れて飾ってくれたりもして。今思うと、美術を通して遊んでくれた人だったと思います。

高校の美術部で出会った恩師。描きたい絵が見つかった。

初期作品ならではのモチーフも。
《MA》 / 2021年

子どもの頃に好きだった作品や作家を教えてください。

谷 – 一番好きだったのは『らんま1/2』です。女の子が本当にかわいくて。ああいう絵が描けるようになりたいなと思って、ずっと真似して描いていました。でも実は、漫画を読んでいたのは小学生くらいまでなんです。高校に入ってからは、美術の先生にいろんな画集を見せてもらうようになりました。ミュシャやマグリットも、その頃に知りました。

当時は西洋美術に強く影響を受けていた。

谷 – そうですね。逆に日本画や浮世絵の魅力は全然分かりませんでした。でも大人になってから、日本画には独特の品と色気があって、とってもセクシーだと思ったんです。私自身も感性が育ってきて、ようやく憧れを持つようになりました。

《nuda》 / 2022年

高校の美術部に入ったきっかけは何だったのでしょう。

谷 – 美術室の前に先輩たちの作品が飾ってあったんです。そこには100号のキャンバスがずらっと並んでいて、すごく上手くてかっこよかったんです。それを見て、「私もこんな大きな絵を描きたい」と思いました。

かなりレベルの高い環境だったんですね。

谷 – そうですね。そして先生もめちゃくちゃ怖かった(笑)。全然お遊びの部活ではなくて。でも、その先生は生徒に自分の絵を押し付けないんです。風景画を描く人もいれば抽象画を描く人もいて、みんな全然違う。それぞれの「やりたい」を育ててくれる先生でした。今思うと、本当にすごい先生だったなと思います。

谷さん自身はどんな生徒だったんですか。

谷 – とにかく怒られたくない生徒でした(笑)。だんだんと先生が言いそうなことを先回りしてやるようになっていって。だから「怒られたくない生徒」と「めちゃくちゃ叱る先生」が、すごく相性良かったんです。結果的に技術が伸びました。先生はよく個展にも遊びにきてくれるのですが、今となっては「すごいじゃん!」と褒めてくれています(笑)。

画材を変えれば、見える世界も変わる

谷さんは色鉛筆やアクリル、ペン、デジタルなど、さまざまな画材を使われていますよね。

谷 – 画材を変えるのが好きなんです。画材が変わると、今までできなかったことができるようになる。逆に、できなくなることもある。その不自由さも含めて面白いんです。例えば色鉛筆は既存の色を選ぶことになりますけど、絵の具は自分で色を作れます。肌色ひとつ取っても、もっと繊細な表現ができる。なので「肌」を塗りたいなと思った時には、アクリル絵の具を使うようになりました。それに、画材を変えるとスランプから抜け出せることも多いんです。

おじいさんとの思い出を絵で表現した《dormi》 / 2022年

作品集『GRIMPI』や『dormi』についても聞かせて下さい。

谷 – タイトルはどちらもエスペラント語です。もし言葉が得意だったら格好いいタイトルを付けられるんでしょうけど、あまり説明しすぎるのも違う気がして。だから読めても読めなくてもいいくらいの距離感で付けています。

それは子どもの頃に見ていた画集の感覚にも通じますね。

谷 – そうかもしれません。『GRIMPI』は「登る」という意味です。四年くらい描きためた絵をまとめた本なので、少しずつ登っていく感じを表したくて。『dormi』は「眠る」。祖父が夢に出てきた体験をもとに描いた作品です。夢の中の出来事って、人に説明するのがすごく難しいじゃないですか。でも、絵ならそれが共有できると思います。

「人にどう思われるか」より大切なこと

《デジタル習作》 / 2022年

谷さんは画風も少しずつ変化されていますよね。

谷 – 最初は悩みました。同じ画風を続けた方が分かりやすいし、戦略的には正しいのかもしれない。でも、20歳の時に決めた画風を一生守り続けるのって面白くなさそうだなと思ったんです。

確かに勇気のいる決断だと思います。

谷 – でも私は、「人にどう思われるか」より「自分が楽しく描けているか」の方が大事なんです。もし自由に描けなくなったら、きっと絵を描くこと自体が楽しくなくなってしまう。だから新しいことに挑戦するのは全然悪いことじゃないと思っています。

後編では、積極的に開催している個展について(海外にまで活躍の場を広げている)、動物たちへの思いから始まった活動「Art for Animals」、そして新しく取り組むストーリー漫画について深掘りします。お楽しみに。

EDIT: Ryo Hamada

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