香水は「纏うアート作品」になった ―― 嗅覚から入る、新しいアートの所有体験

香りはアートになりうるか。

香りはアートになりうるか。人々は、美術館やギャラリーで作品を鑑賞するように、「香水」という形で表現された好みの香りを購入している。まるで作品のコンセプトを解釈するかのように、その香水に込められたストーリーを楽しみながら。

きっかけは、香水を身だしなみの道具としてではなく、調香師という作家が生み出した「液体の作品」として捉え直す視点の広がりだ。ニッチフレグランス市場はここ数年、年率で二桁台の成長を続けており、その中心にいるのはSNSを中心に香りのレビューを追いかける若い世代だという。

絵画や彫刻は、買うにも飾るにも大きなハードルがある。しかし香水なら、数千円〜数万円で、作家の思想や物語を所有し、自分の生活の中に一部にすることができる。そんな「嗅覚のアート」がどのような系譜をたどってここまで来たのか、そして今、何が最前線で起きているのかを辿っていきたい。

香水というアート

香水とアートが出会ったのは、中身の香りだけではない。20世紀初頭、フランスのガラス工芸家ルネ・ラリックは、香水商フランソワ・コティとの出会いをきっかけに香水瓶のデザインを手がけるようになり、香水瓶を「小さな彫刻」の域にまで引き上げた。1764年創業のクリスタルメーカー、バカラもまた、緻密なカットガラスによって数々の高級香水ブランドのボトルを手がけ、香水瓶をアートの領域に押し上げた存在として知られている。

つまり「香水を飾る/所有する」という体験は、香り以前に、ボトルというオブジェへの美意識としてすでに始まっていたのだ。

ラリックが手掛けたフレグランスボトルの数々。アール・ヌーヴォーの巨匠として名を馳せていたルネ・ラリックは、アール・デコのガラスアーティストへと変貌を遂げた。 / LALIQUE公式サイトより

香水が単なる製品を超えて「自己を表現する道具」になった転換点として欠かせないのが、シャネル No.5 だ。「夜、何を着て眠るのか」と聞かれたマリリン・モンローが「シャネルの5番よ」と答えたという逸話は、いまや20世紀ポップカルチャー史の一部として語り継がれている。この一言によって、香水は「肌にまとう最後の一枚」として、ファッションや映画のイメージと分かちがたく結びつくアート表現になった。

アーティストが作り出す「香り」という作品

香水とアートの関係が最も先鋭的な形で現れているのが、川久保玲が率いる〈コム デ ギャルソン パルファム〉だ。同ブランドは1994年の創業以来、既存の香水の定義に抵抗し続けてきた「アンチ・フレグランス」のレーベルとして知られている。

グラフィティアーティストとして世界的な人気を誇るKAWSとは、コラボレーション香水「MIRROR by KAWS」を2021年に発表した。KAWSの代名詞ともいえるキャラクター「COMPANION」が赤い水たまりに沈んでいくグラフィックがボトルとパッケージにあしらわれ、香りそのものもKAWSの多面的な作品世界からインスピレーションを得たフローラルムスクに仕上げられている。

MIRROR BY KAWS EAU DE TOILLETE 100ml ¥16,500 /  DOVER STREET MARKET GINZA 公式サイトより

そして2026年、現代美術の拠点として知られるダイア・アート・ファウンデーションと、メグ・ウェブスターとのコラボレーションでは「[ ] Dia x Meg Webster」が誕生した。ウェブスターの彫刻作品を特徴づける正四面体のシルバーボックスに収められたこの香りは、キノコやサンダルウッド、パチュリを基調に、雨上がりの土や森の空気を思わせる香調で構成されている。ウェブスターは、香りを普段の作品の延長線上にある「もうひとつの素材」として扱っているかのようだ。コム デ ギャルソン パルファムはこれ以前にも、作曲家マックス・リヒターやサーペンタイン・ギャラリーズ、ステファン・ジョーンズといった多様な作り手とタッグを組んでおり、香水そのものを「発表媒体」として扱う姿勢を貫いている。

調香師という名のアーティスト

香水そのものを詩的な「作品」として提示するニッチフレグランスメゾンの活躍も見逃せない。

エディション ドゥ パルファム フレデリック マルの香水。削ぎ落とされたデザインは香りとの静謐な対話を可能にする。 / エディション ドゥ パルファム フレデリック マル公式サイトより

〈パルファン・クリスチャン・ディオール〉の創業者の血を継ぐフレデリック・マルが創設した〈エディション ドゥ パルファム フレデリック マル〉は、自らを「香りの出版社」と位置づけ、調香師を”作家”として扱った。マルは調香師と編集者のような関係を築き、彼らが本当に作りたい香りを最高級の原料と技術で実現させることに徹し、パッケージに調香師自身の名前を明記するという当時としては異例の戦略を行った。この姿勢は、エルメスの初代専属調香師というキャリアを持つジャン・クロード・エレナをはじめとする一流調香師たちを惹きつけてきた。

一方、2009年にパリで創業した〈メゾン フランシス クルジャン〉は、調香師フランシス・クルジャン自身が香りの名前を先に着想し、そこにふさわしい香りを作り込んでいくという手法で知られる。トップからラストへ移ろう香りの時間の流れそのものをストーリーとして重要視し、香りという作品を生み出すアーティストたらしめている。

クルジャンがアーティストのヤン・トマとのコラボレーションによって制作された”香り付きの飲める湧き水”というアート作品

「展示」された香り

ニューヨークのメトロポリタン美術館で行われた特別展「Sleeping Beauties: Reawakening Fashion(眠れる森の美女たち:ファッションの目覚め)」では、香りが正式な展示メディアとして扱われた。

ドレスやファッションアイテムにまとわりついた香りを体感することができる / メトロポリタン美術館公式サイトより

本展では、生地が傷みすぎてマネキンに着せることすらできない歴史的な衣装の数々を、嗅覚を通じて鑑賞するという試みがなされた。ベルリンを拠点とするシセル・トラースが1913年に制作されたドレスから香りを抽出し、特殊な塗料として再現した。来場者がパイプや瓶を通して、または壁を撫でるとその香りを体感できるインスタレーションとして制作されている。さらに「Scent of a Woman」と題されたセクションでは、社交界の女性たちが実際にまとっていたドレスや帽子から採取した香り分子をもとに、その人物が生前まとっていたであろう香りそのものを再構成するという試みも行われた。

トラースは「香りが持つ情報は、視覚中心のものの見方を、より感覚的な世界理解へとシフトさせる力を持つ」と語っている。美術館が香りを、絵画や彫刻と並ぶマテリアルであることを確証づけている。

長い歴史の中で、人々は香りに魅了され続けてきた。それは香りが持つ独特の想起力にある。他の感覚と比べて、香りは身体に直接まとわりつき、その場にいなくても特定の情景や記憶を呼び起こす。個性豊かな調香師たちによる香水の数々は、それぞれがまるで小説や絵画のような物語性を持っており、ニッチフレグランスにおいては、年間で二桁代の成長率を誇る巨大な市場を形成しつつある。こうして、香水は量産品ではなく、纏うことができる「アート」としてとして選ばれるようになったのだ。

EDIT: Ryo Hamada

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