【「感情展-短歌で詠み、イラストで描く-」スペシャル対談第一弾】Mika Pikazo × 青松輝が語る、創作と感情の距離 – 前編

日本を代表するイラストレーターでありアートディレクターのMika Pikazo。彼女がクリエイティブディレクションを務める「感情展-短歌で詠み、イラストで描く-」が、角川武蔵野ミュージアムで開催されている。

「短歌×イラスト」という異色な掛け算に加え、総勢50名もの作家が一堂に介した大規模展覧会。既に会場に行った人はもちろん、これからの人も、足踏みしている人も、これを読めば、きっともっと、展示が楽しくなるはず。

本展示に合わせたBAMによるスペシャル対談シリーズ第一弾では、今話題のYouTuberベテランちとしての顔を持ちながら、現代短歌の旗手として活躍する歌人・青松輝×Mika Pikazoによる、ジャンルを飛び越えた対談を前後編に渡ってお届け。

角川武蔵野ミュージアムで開催中の「感情展-短歌で詠み、イラストで描く-」

「この人と私、全然違う人生を歩んでるな」

まずは、お互いの印象について聞かせてください。

Mika Pikazo(以下:Mika) – 青松さんのことはYouTuberのベテランちさんとして元々知っていたのですが、短歌を初めて拝見した時は、そのギャップに凄く驚きました。
私は高校卒業後すぐにブラジルに渡って2年半ほど過ごしていたので、灘中高、そして今も東大の医学部に在籍されている青松さんは、私とは全く違う人生を歩んでいる方なんだろうなと、ある種の恐れ多さと同時に、すごく気になる方でした。

ベテランち名義でのYouTube活動

青松 – 僕は今回の展示でMikaさんのイラストを見た時に、特徴的な色が印象に残りました。31音で表現する短歌と比べて圧倒的に情報量が多いのに、パキッとしていて、キャッチーで。絵のことは詳しくないですが、不思議な魅力がありますよね。

Mika – 嬉しいです!

青松 – サービス精神旺盛な人なんだろうなというイメージが浮かびました。見ていて楽しくなるような。

Mika Pikazo /「感情展-短歌で詠み、イラストで描く-」メインビジュアル

Mika – 青松さんの短歌は、YouTuberとしての姿とはずいぶん空気感が違いますよね。かなりエッジが効いているというか、現代短歌の中でも、一人だけスタイルが別次元にいるというか。

青松 – YouTubeはその時の瞬発力だったり、自由に喋っているだけです(笑)。説明は難しいですが、街の色々なところに公園を作っていく、マクドナルドを出店していくような感覚です。それに比べて短歌は31音しかない中で、一音一音考えていかないといけない。

Mika – 初めて聞きました(笑)。マクドナルドを出店していく…。

青松 – 自分の中のイメージではそんな感じです(笑)。あとは、街のあちこちに何か置いていくような、志のないバンクシーとか。

短歌での活動を敢えて言葉にするならどういったイメージですか?

青松 – 短歌では、水をろ過していってるような感覚です。水をろ過して飲むイメージ。
よく2つのキャラクターの違いに驚かれますが、自分の中ではどっちが本当でどっちが嘘とかはないんです。表裏一体でありながら、自分の中にある特定の側面をデフォルメしてキャラクター化しているような感覚です。

SNS時代にどう向き合うか

YouTubeの話が出ましたが、創作物を世に出す前にSNSで感情を吐露してしまうと、創作へのエネルギーがそこで完結してしまう(一段落ついてしまう)こともあるかと思います。
お二人はSNSと創作のバランスをどのように考えていますか?

Mika –  以前までは、「完成した絵と、展示の情報だけを正確に出そう」という気持ちが強くなっていました。本当は自分の中にある感情や想いが溢れ出して、それを膨大な文字数で伝えたかったのですが、クリエイターとして、「絵だけを見せたほうがいいのではないか」と自制していたんです。でも、そうやって自分を律していくうちに、どんどんネット上で「静かな人」になってしまって……。最近は逆に、「もっとちゃんとネットの中に存在して、自分が感じていることを素直に喋ったほうがいいんじゃないか」という気持ちに変化してきています。ファンの方とのダイレクトなやり取りや、リアルな反応が見えるSNSの良さを、もう一度ポジティブに捉え直しているところです。
青松さんは、ちょうどXでも話題になってましたね…!?


(取材日のちょうど数日前、ベテランちとコムドット・やまとによる「YouTuberは職業か否か」を巡ったX上のリプライ合戦の火蓋が切られた)

青松 – 僕の場合、SNS上での立ち振る舞いすべてにおいて、「本当の自分を吐露している」という感覚は全くないんですよね。

それは、いわゆる「プロレス」のような、見せ方としてのエンターテインメントに近いのでしょうか?

青松 – そうですね。今回の件に限らず、僕にとってSNS上の自分は、「精巧なフィギュア」や「アバター」を作っているイメージに近いんです。なので、プライベートアカウントも持っていませんし、一般的な意味での「SNSで日常や本音を呟く」という使い方は、あえてしていないのかもしれません。

お話を聞いていると、すごく「メタ認知」的ですよね。自分という存在を客観的に見て、二つのキャラクターを戦略的に動かしているというか。

青松 – あえてそうしたというよりは、自然とそうなっていったという方が近いと思います。自分という人間のある側面を適当に配置していくことで、創作と発信のバランスを保っているんだと思います。

作品を世に出すことへの意識

Mika Pikazo / 『VISIONS』

お二人は作品を作る際、より多くの人に届けたいという「マス」への意識と、特定の人に刺さればいいという意識、どちらが強いのでしょうか?

青松 – 本音を言えば大勢に見てほしいですよ。でも、どこかに執着心というか、自分の性格の悪さみたいなものが出てしまう(笑)。短歌もYouTubeも、結局本当の「マス」にはなりきれていない自覚があります。ただ、その「性格が悪いなりの限界」までは行きたいなと思っていますね。

Mika – 私も多くの人に見てほしい気持ちは強いです。ただ、最近はその感覚が少し変わってきました。これまでは受け手を意識して自分を抑えていた部分があったのですが、今はもっと、自分自身のやりたいことに忠実でありたい。そこを解放した先に何があるのか、今は悩みながら模索している最中です。

青松 – イラストって爆発力がすごいじゃないですか。大勢に向けて描く時、何か「守るべきライン」はあるんですか?例えば、減点方式で絵を完成させるのか、加点方式で制作するのか。

Mika – 絵に対しては加点方式で描いていて、自分に対しては減点方式ですね。今のMika Pikazoとしての自分ではなく、学生時代や子供の頃の自分を思い出して、「あの頃の自分に届けたい」という想いで描いています。だから、完成した絵が自信満々に見えたり、楽しそうに見えたりするのは、当時の自分が「そうありたかった姿」を投影しているからなのかも知れません。

そもそも、何故つくるのか

青松輝による第一歌集『4』 / ナナロク社

創作の動機について、自分の中から湧き出るものを出したいのか、それとも世の中への「義憤」のような外的な要因なのか。どちらに近いですか?

Mika – 私は義憤ばかりかもしれません。普段、人と接している時に正直な気持ちを言えなかったり、うまく言葉に出来なかったり……ああ、あのときああ言えばよかったなっていうのをずっと心の奥底にためています。そういう時に溜まった攻撃的な部分や、自分の器の狭さみたいなものを全部、絵や展示会にぶつけて爆発させている感覚です。

青松 – それ、面白いですね。でも、上手い絵を描くと最終的に「綺麗」にまとまってしまうじゃないですか。本当は怒りがこもっているのに、見る人に「ただ綺麗だね」で終わらされてしまうことへの違和感はないですか?

Mika – 自分が込めた「怒り」が、「楽しさ」と捉えられたり。ある意味で隠してしまう自分の性格らしさなのかもしれないですね。ただ、それは受け手に委ねる部分でもあると思います。青松さんはその辺りどうですか?

青松 – 僕はもっと「興味本位」というか、無責任というか…。よく「車を作っている」と表現するんですけど、最終的に自分や読者の感情を乗せるにせよ、まずは「速いラジコン」を作りたい。だから、多少理解されなくても「まあ、ラジコンなんでいいでしょ」と距離を置けるんです。

Mika – その例えで言うなら、私は「車を自分で運転している」感覚です。運転席に座っているから、事故のリスクも怖いし、速度を出せているかどうかも全部自分自身に返ってくる。でも自分自身が気持ちよくなるように速く走りたい。

青松 – その「自分で運転している」からこそ、Mikaさんの絵は人の感情を動かすんでしょうね。僕は感情ってどこか「臭み」があるものだと思っていて。だから作品ごとに、「感情」を包むアクリル板の厚さをどれくらいにするか、あるいはビニール袋くらい薄くするか、という「ケースの厚み」を設計する作業をしているイメージなんです。

「感情に飲まれる」か「感情を掘り当てる」か

Mika Pikazo / 「愛、恐れ」

Mikaさんは感情に飲まれて逃げ出したくなることはありますか? 逆に青松さんは、感情が盛り上がってコントロールできなくなることは?

Mika – この2、3年は本当に必死でした。自分の感情を全部日記に書いて、そこからテーマを絞り出していたので……。今は逆に、「これでええか」って力を抜いた、逃げ出すような絵を描いてみたいと思っています。変に硬く向き合いすぎるから、逃避こそが今の自分の在り方へのカウンターになっている。

青松 – 僕は逆に、作っている最中に「あ、こんな感情があったんだ!」と掘り当てる感覚ですね。完全にロジックだけで作っていても面白くないので、予期せぬ感情が出てくると「やった!」と思います。基本的に感情が動きづらいタイプなんです。悩んだり病んだりはしないので、感情に飲まれたり、感情的になることもほとんどない。むしろ、短歌を通してそういった感情を見つけているのかもしれないです。

Mika – えー! それは面白いですね。そんなふうに考えたことない!

青松 – 自分の過去の経験を元に歌を作るわけですが、うまくできた時に初めて「あ、自分も感情が動かされているな」と感じる。でも同時に、「この元になった感情って、本当に僕の中にあったのかな?」と疑問に思うこともあるんです。短歌を作ったことで、後から「こういう感情があったはずだ」と思い込んでいるんじゃないか、という。

Mika – 感情を込めるというよりは、創作を通して感情に気が付くみたいな?

青松 – そう、それが楽しくてやっている面もあります。家庭用ロボットの「LOVOT(らぼっと)」が動いているのを見て、「あ、動いた動いた!」と喜ぶような感覚に近い(笑)。僕にとって短歌は、感情を育てている対象のようなものなんです。

Mika Pikazo / 「愛、恐れ」

プロセスが真逆ですね。Mikaさんは感情が先にあって絵にぶつける。青松さんは短歌を作った後に自分の感情に気づく。それでは青松さんの創作の「最初の動機」はどこにあるんですか?

青松 – 結局、「言語を触っているのが楽しい」という子供っぽいニュアンスだと思います。レゴを組み立てる延長線上で、かっこいい作品を作りたい。

Mika – 俯瞰して「作っている」感覚なんですね。私はイラストを描く時、自分自身が絵の中に入り込んでいる「一人称視点」なんです。

青松 – 絵の中にいて、そこで暴れているような感じ(笑)。

Mika – そうそう。キャラクターデザインの時は客観的になれるんですけど、一枚のイラストを描く時は、もう中から出られなくなってしまう。

青松 – それだけ真面目にやられているというか、やっぱり最初のイメージ通り、サービス精神が旺盛なんですね。

Mika – そうかも知れません(笑)。

後編では、お2人がどこを作品の完成とするか、その「落とし所」についてや、本展示で扱われた岡本かの子のとある歌について、2人の分かれた解釈を元に、それぞれの創作の哲学に踏み込みます。お楽しみに…!

「感情展-短歌で詠み、イラストで描く-」

会期:2026年2月13日~2026年3月29日
会場:角川武蔵野ミュージアム
アドレス:埼玉県所沢市東所沢和田3丁目31−3 ところざわサクラタウン
休廊:火曜
開館時間:10:00~18:00(最終入館:17:30)
※休館日、営業時間は変更となる場合があります。最新情報は公式HPよりご確認ください。
公式サイト:https://kadcul.com/event/251

EDIT: Ryo Kobayashi

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