イラストレーター・焦茶の足跡を辿って

2020年に急逝した今もなお、数多くのファンを抱えるイラストレーターの焦茶さん。待望の初作品集の刊行に併せて開催される個展『Reproduction』を前に、彼の発表してきた数々の作品、その軌跡を眺めていこう。

さて、イラストレーターの焦茶さんはどんな人だろうか。

デジタルで表現する日本画由来の“線”

デジタルイラストへの憧れと、あくまで「アナログに近い感覚を残したまま描く」というこだわりを両立させる為、彼が手に取ったのは“液タブ”だった。日本画をやっていた経験から、“線”には自信があった。吉田博、伊藤若冲、鈴木英人、わたせせいぞう、等の影響について後に語っている※1が、自身の“線”を、彼らの「パキッとした」作風と重ね合わせ、それをデジタルで表現する。その為に“液タブ”に可能性を見出したのだろう。

アルバイトでお金を貯め、「Cintiq 13HD」を購入。当時一番好きだったという、『アイカツ!』の二次創作を描いて、描いて、次第にコツを掴んでいった。SNSへの積極的な投稿から、徐々に支持を集めるようになる。また、イラスト集、同人誌の制作にも精力的だった。

そのはじめの2冊が、『PEOPLE ARE PEOPLE』と『BLACK DOG』。

『BLACK DOG』

どちらもイングランド出身のロックバンドの曲名と一致するのは関係があるか無いか…。『PEOPLE ARE PEOPLE』は偏見や差別への悲しみ、怒りを歌ったデペッシュ・モードのその後の活躍の火種になった曲。『BLACK DOG』はレッド ツェッペリンの言わずと知れた名曲。セーラームーンのオマージュ合戦の一つとして、8年ぶりの来日公演を行ったばかりのアメリカのラッパー、タイラー・ザ・クリエイターを描いたXの投稿も併せて考えると、音楽への関心の高さは単なる誤読ではないだろう。

タイラー・ザ・クリエイター

「SNOW MIKU 2017」

そんな彼に転機が訪れる。「SNOW MIKU 2017」のビジュアルの依頼が舞い込んだのだ。同イベントの特設サイトには、イラストギャラリーが設けてある。提出された作品には、本人も口にしていた、「パキっとした作風」や、「日本画の影響」が色濃く出ており、他のイラストレーターの作品の中でもすぐに彼のものだとわかる。
実際のイラストはSNOW MIKU 2017の公式サイトで是非チェックしてみて欲しい。

『重力アルケミック』

同年はこれに留まらず、表紙イラストを務めた柞刈湯葉著『重力アルケミック』が発売。実際に取材に赴き、訪れた実在の場所を背景として描く彼のスタイルは、この時から既に取り入れられていたのではないか。重力を司る“重素”の採掘によって膨張を続ける地球では、東京大阪間が5000キロを突破し──。といった作品の内容の通り、網目上に空間が分断されたイラストの薄い水色の部分が東京──スカイツリーが見て取れる──で、青紫に近い色の部分が、大阪のどこかの街並みを描いたものかも知れない、と想像が膨らむ。

その後のいくつかの作品においては、Xで実際のロケーションの写真をアップすることもあった。

創作過程から見えてくる“焦茶スタイル”

ロケーションに限らず、焦茶さんはしばしば、制作の過程をXにて公開していた。目にした景色をラフに書き起こし、それを元に本描きに入るが、手前から奥までびっしりと棚に並んだスニーカーの箱の山を描き切った画力、胆力は想像を絶する。

紫吹蘭 / jordan why notシリーズなどのナイキをはじめ、様々なスニーカーを愛好していたという焦茶さん。スニーカー愛が完成まで背中を押していたのかも知れない

また、wacom公式YouTubeにて、制作過程の一部始終が収録された動画がアップされており、完成したイラストも見ることができるから是非チェックしてみてほしい。

こうしたSNSを通して、完成前の状態やいわゆる元ネタまでも見せてくれるサービス精神に感謝しつつ、最も目に留まったものがある。Xの投稿にて、完成後の作品から、彼の代名詞と言っていい“線”を消して見せたのだ。

左画像がオリジナル、右画像が“線”なし。

“線”なしの淡くのっぺりとしたアノニマスな雰囲気と、まるで自己紹介かのようなパキッと締まった“線”アリは、並べてみるとこうも違うのかと驚かされる。抽象が一気に具体化するような、1人のキャラクターが、眼前に、まさに“輪郭”を帯びて鮮やかに立ち現れる感覚。

そしてもちろん、彼の絵の魅力は“線”だけではない。精緻な線と対照的にべたっと描かれた箇所、全体の色のバランスなど、1枚の絵とは思えない奥行きにより、次、また次、と視線が休まる暇がない。本人曰く、何層にも分かれたレイヤーのように、1枚の絵で「視線誘導」していくゆく。それが彼の作品の叙情性に繋がっているのだろう。

2018年には、翔泳社から発行された『ILLUSTRATION 2018』に掲載。『ILLUSTRATION』とは、毎年その年の注目イラストレーター150人が掲載される図録で、平泉康児氏が監修を務める。掲載する作家は2013年の創刊当初からほとんど全て平泉氏の慧眼によるもの。

そして、この本のブックデザインを手掛けたのが、後に「影響を受けまくっている」と語っていたデザイナーの有馬トモユキ氏。自身の作品でのデザインの要素において、有馬氏の影響を多分に受けていたようで、日頃からも親交があったそうである。
2018年は商業的な仕事が増えつつも、同人誌などのオリジナル作品も精力的に発行。この年に発行されたものが、『DIE LORELEY』『AUTOMNE MALADE』『Second’s』『SUPERSTITION』『TAKE ON ME』と相当な数に昇る。このうちの『AUTOMNE MALADE』に関して、ご親族によって語られた貴重な記事があるので、そちらも併せてご覧いただきたい。

激動の2019年。イラストを通して広がっていく人の輪

そして2019年は、それまで培ってきた技術、経験を遺憾無く発揮。コマーシャルワークも一挙に増え、完全に人気に火がついた年だった。特筆すべきは、YOASOBIとして、ボーカロイドプロデューサーとして、当時飛ぶ鳥を落とす勢いだったAyase氏の楽曲『幽霊東京』のMVを担当したことだろう。「初音ミク」ver.、self cover ver.合わせて5008万回再生のメガヒットを記録している(2025年9月15日現在)。

「幽霊東京」Ayase MV

そしてこの年は、バーチャルシンガーAZKiの2ndビジュアル、衣装デザインも手掛けている。自身の作品が自在に動いているのはこれが初めてで、新しい可能性を示したひとつの転換点だったと言える。特徴的なスニーカーのデザインは、焦茶さん自身がスニーカー好きだった背景が感じられるし、ストリート系のファッションデザイン、コートの内ボタン、メッシュの入ったヘアスタイルなど、随所にこだわりが感じられる。

バーチャルシンガーAZKiの2ndビジュアル

また、同年には詩集『あの夏ぼくは天使を見た 』が発売。焦茶さんのイラストと、毎日歌壇賞を受賞し2019年期待の新人詩人である岩倉文也の詩が交わった同作品。若き才能の邂逅から生み出される作品は唯一無二の彩を放っている。

この他にもたくさんのコマーシャルワークを手掛けながら、この年2019年は初となる個展も開催。「HELLO HELLO HELLO」と銘打ったこの展示は、これまでの作品40点に加え、アナログ作品10点を展示。後に買い替えた「Wacom Cintiq Pro 32」の大画面で、さらに拡大しながら細部を描き込む彼の絵のスタイルに合うように、1.8メートルもの巨大パネル作品や、2メメートルほどもある巨大タペストリーなど、大判の作品が立ち並ぶ会場は、丁寧に描き込まれた彼の作品をたっぷりと堪能できたはずだ。

翌年2020年には、Vtuberの樋口楓の衣装デザインを担当。すぐに「でろーん」ってしてしまう彼女の可愛らしさに、かっこよさを上手く掛け合わせたデザインは、それまでの雰囲気を踏襲しつつ、焦茶さんらしい新たなビジュアルイメージを提案している。

樋口楓衣装デザイン

最後に

これまで、焦茶さんのまさしく気鋭の若手作家としての活動の軌跡を辿ってきた。そしてそれらは、確かに過去のものだ。でも、「時間」という、幽霊のように実在が曖昧なものは、本当にその人を忘れさせてしまうのだろうか?過去のものになってしまうのだろうか?

作家は絵で語る。僕たちが、失うことに慣れていく中で、大事な想いを失さないでいるのなら、それは決して一方通行のやりとりではない。彼の作品を前にした生々しい感情のやり取りは、例え「時間」でさえ奪うことはできない。どれほど時が経っても、彼の作品は後世に残っていく。

そう思うのには、理由がある。

生前の彼のXの投稿で、こんなものがあった。

#誰かの推し作家になりたい

そこにはファンの方のコメントで溢れていた。焦茶さんの物語は、これからも続いていく…。

焦茶作品集『Reproduction』

2020年に急逝した今もなお、国内外で絶大な支持を得るイラストレーター・焦茶。
待望の初作品集「Reproduction」が刊行。本書は、作家に縁の深かった「音楽」をテーマにデザインされ、制作途中だった未発表の漫画作品のネーム(下描き)も掲載される。

https://www.shoeisha.co.jp/book/campaign/Reproduction

個展『Reproduction』

「Reproduction」の刊行に併せた、個展も開催。同展示では、クライアントワークから貴重な個人作品まで、彼の活動の軌跡を幅広く展示。
さらに、これまで誰の目にも触れることのなかった未発表作品が、アートブランドGAAATによるMetal Canvas Artとして、アートとして、生まれ変わる。
金属の光沢と立体感、そして永くその美しさを保つ性質は、 彼の作品世界をより魅力的に表現し、生活の中でふと目をやった時に、そこに焦茶の世界が在り続けるという、新しいアートとの関係を提案する。
貴重なこの機会を、ぜひ会場でご覧ください。

https://gallery.gaaat.com/pages/cogecha

「BENTEN 2 Art Night Kabukicho」現地速報レポート

2025年11月1日からの3日間で開催中の「BENTEN 2 Art Night Kabukicho」。
Chim↑Pom from Smappa!Groupらがキュレーションを務めたオールナイトでのアートイベントは、東洋一の歓楽街と呼ばれる「歌舞伎町」を舞台に、街のあちらこちらに散らばった会場で、同時多発的に“何か”が起きている。

さて、歌舞伎町で一体何が起きているのか。

閉幕まで残り2日の今、初日の現場レポートを速報でお届けします。

「うしろさん、今2階にいます!」

15時ちょうどに現場入りをする。スタッフの方とは開催直前のインタビューに際して既にやり取りをしていたので、挨拶もそこそこに「王城ビル」の奥へと入った。今日はやることがたくさんある。新米ライターとして、できるだけたくさんの素材を集めようと躍起になっていた。

「王城ビル」のB1Fから5Fまでひとまず目を通そうとしていた矢先、スタッフの方から連絡があった。「うしろさん、今2階にいます!」

Chim↑Pom from Smappa!Group 卯城竜太

来場者に向けて一言だけ頂けませんか?

卯城 – 必ずどこかしらで何かが行われているので、タイムテーブルをよく見てもらって、色々楽しんで頂けたらと思います。
僕は今日、2階で「状況」劇場を担当していて、16時頃からは演劇があったり、歌ったり、それからパフォーマーたちがいろんなことをやり始めます。パフォーマティブな空間になっているので、是非見に来てください。

「活弁」は、最新技術をも凌駕する

次に向かったのは5Fの「活弁天映画祭」。
はっきり言って、初めて触れる「活弁」は衝撃だった。

日本の映画の歴史を辿ると、1896年に国内で初めての映画が公開されたそう。映画と言っても当時は「無声映画」で、その内容を解説する専任の解説者として、「活動弁士」が存在していた。

1998年に活弁界初の文部大臣賞を受賞した麻生八咫(あそうやた)さん演じる「浮世絵活弁」、「血煙荒神山」では、抑揚の効いた声に圧倒されたのはもちろんのこと、その間̇は全く初めてのものだった。時折生まれる完全な静寂は会場に緊張をもたらし、観る者を強烈に惹きつける。そして麻生さんの大きな身振り手振りが、臨場感を加速させていく。

3D、4DX、IMAX…と、新時代のテクノロジーがリアルな映像体験を追求する中、同じ場所、同じ空間での“生演奏”にもはや敵うはずがないのかもしれない。

麻生八咫 / 活弁士・池俊行の活弁「坂本龍馬」との感動の出会いにより活弁士の道へ。

「BENTEN」に参加した率直な感想を聞かせてください。

麻生八咫 – 素晴らしい会場(王城ビル)で感動してますよ。本当に40年、50年前、僕らが新宿で遊んでいたときの、そのまんまが今、よみがえってくる。残っているのが奇跡的。本当になかなかあるものじゃないんですよ。僕たちの世代を20代、30代の頃に若返らせてくれる、そういう現場でした。

無声映画への解説としての「活弁」だと思いますが、時折BGMで音楽、それもロックを差し込んでいたのが驚きでした。

麻生八咫 – 他の活弁士の方に聞かせると怒られちゃうかも。そんなのあるわけねえだろうみたいな。でも、昔じゃなくて、お客さんは今だから。今の人たちにサイレント映画というものを「血湧き肉躍る」みたいな形で提供するには、それもありだろうと。芸能が生き延びていくには、色々な時代を経て、それを乗り越えていかなければいけないから。今のお客さんにいかに喜んでいただけるかという勝負のしかたをしましょう、ということでございます。

観に来ていた若い世代に何か一言頂けませんか?

麻生八咫 – やっぱり生身で、本物をいつも皆さんに提供していきたい。僕もそういうふうに生きてきたし、これからもそう。自然というかね、もっとワイルドに生きていってもいいんじゃないかな。新宿のこういう場所はそれを受け入れてくれる。妙に遠慮して、ある程度の年齢になったら、隅っこでおとなしくしていなければいけないんじゃないかみたいな、そういう忖度は一切せずに、生の人間で僕たちは生きていっていいんだということです。

チャンバラ映画の「活弁」を、英語に乗せて

麻生子八咫 / 麻生八咫の実子であり、同じく活弁士として活躍

そして同日18時30分からは、「活弁」が英語で実演された。演じたのは麻生子八咫さんで、麻生八咫さんの実の娘にあたる。「活弁士」としてのデビューは10歳という彼女に、英語での実演での難しさを伺った。

麻生子八咫 – 特に日本のチャンバラ映画で、日本特有の活弁調、活弁のイントネーションを英語に持っていくっていう、これをしないとあまり意味がないかなと思っていて、それが一番苦労しているところですね。
あとは逆に、『チャップリンの冒険』とか、そういう海外の映画に関しては、俳優さんたちはみんなネイティブな英語を喋っていらっしゃる方々なので、演じている彼らのテンションが、日本語よりも英語のままの方が私にとっても伝わりやすい、共感しやすいんです。そういう面では非常に面白いところです。

スペインからの来訪者

そしてこの公演中、たまたま私の真隣にいた「彼」の話を聞くことが出来た。英語の全く話せない私の差し出すAIの翻訳をじっくり読んで答えてくれた「彼」に、この場を借りて御礼申し上げます。

スペイン出身だという「彼」。翻訳に必死で、あろうことか名前を聞きそびれてしまった…。またどこかで出会えることを願って。

これまでに「活弁」を観たことはありますか?

-こんな経験は今まで一度もありません。声優さんはとても上手だと感じました。彼女は自分の中にある様々な声を使い分けられていて、おばあさんの声も男性の声も出せるんです。彼女が映画に多大な付加価値をもたらしているので、とても興味深かったと思います。それだけでなく、映画に豊かな表現力も与えています。3Dのようにスクリーンで映像を観るだけでなく、語られている内容に感情を動かされる人の姿も見て取れるのです。

それに、これは少し物語風というか、誰かが本を声に出して読んでいるような感じがします。だから私は本当に気に入って、とても興味深いと思いました。

「BENTEN 2 Art Night Kabukicho」を訪れたきっかけを教えてください。

– 今夜ここにいる何人かのアーティストのInstagramをフォローしていて、彼らはとても興味深いと思いました。それでInstagramの投稿を見て、参加しようと決めました。

実際参加してみていかがでしたか?

本当に素晴らしいと思います。これまでの人生で参加した中でもトップクラスのアートイベントです。新宿のあちこちで企画されているという点がとても興味深いですし、新宿や歌舞伎町の歴史にも触れられていて面白いです。さまざまな部屋があり、とても魅力的でした。

いろいろな建物があって、それらは本当に素晴らしいです。私はとても気に入りました。とても良かったです。

日本の芸術の印象を教えてください。

– わあ、難しい質問ですね。私は日本の芸術がとても好きで、独特の違いがあると思います。西洋の芸術とはかなり違うと思います。なんというか、どう説明していいのかわかりません。ただ、日本の芸術にはとても特別なものがあります。どう説明していいかわからないのですが、とても繊細で、微妙なニュアンスを感じます。細部にまで注意が行き届いていて、とても丁寧に作られている印象です。私が思うに、やはり「繊細」という言葉が一番ぴったりくると思います。でも時には、とても野性的でありながら、同時にその野性を受け入れているので、少し刺激的でもあるんです。子供の頃から日本の美術に夢中で、本当に心から感謝しています。

Thank you very much!!! Have a nice day! 

彼とは、「王城ビル」の入り口でハンドシェイクして別れた。

唐組「紅テント」スタイルはそのままに、自由な出入りの新鮮さ

「恋と蒲団」

時間軸を元に戻そう。

この麻生八咫さん演じる「活弁天映画祭」を観た後すぐに、はじめに卯城さんを見つけた2Fに足を運んだ。始まって10分ほど経過してはいたものの、生きられた新宿「状況」劇場唐組を鑑賞する。
初回の「恋と蒲団」では演劇的な実演が、続く「唄い読む唐十郎の言葉」では、ギターとチェロの音色と、今は亡き唐十郎の美しい言葉が見事に合わさった。

「唄い読む唐十郎の言葉」

唐組の公演の大きな特徴の一つが、その鑑賞スタイルだ。紅テントと呼ばれるテント劇場の中で、観客は、さながらピクニックや花見のように、所狭しと詰め合って座る。座席の区切りはない。今回の「BENTEN 2 Art Night Kabukicho」ではテントの設置こそないが、敷物に直に座って鑑賞するスタイルが取られた。

「恋と蒲団」と「唄い読む唐十郎の言葉」の両方に出演した役者の福本雄樹さんは、「いつもの座席の感じもありながら、来られた方が自由に出入りする様子が新鮮でした」と語る。

同じく「唄い読む唐十郎の言葉」にて、チェロ奏者として福本さんと共演した佐藤舞希子さんの2人と「王城ビル」入り口付近で遭遇し、話を伺う事が出来た。

福本雄樹 / 俳優。劇団唐組で活躍中。

福本 – 唐組の公演の時とはお客さんの層も違って、それでいていつもの感じの御座に座っているのがまたちょっと不思議でした。公演が始まって、だんだん人が増えたり減ったりするのが見える点も新鮮でしたね。

初めて観る方に対して、どんなところに注目して貰いたいですか?

福本 – 唐十郎さんの書いている言葉の美しさだったり、少しでも「残る」ような、なんかいいな、と思うような言葉を見つけて貰えると嬉しく思います。ひと言ひと言の台詞の妙だったりとか、言葉がすごく詩的になっていたり、リズム感が五、七五になっていたり。ストーリーが分からなくても、そうした少しの言葉の部分だけでも「なんかいいな」って感じて頂けたら嬉しいです!

佐藤舞希子 / チェリストとしてのソロライブだけでなく、箏や三味線との和洋折衷ユニット、インストゥルメンタルバンドの編成など、型にはまらない新たなジャンルを開拓している。

チェロと朗読という新たな試みでしたが、演奏されていかがでしたか?

普段から楽器を演奏するにしても、自分の声のようにセリフに乗せて奏でているの感覚なんです。今回の場合も、相手がどう来るのかとか、次のセリフの言葉に寄り添いながら、チェロの音とかリズムを変えたり、音程を変えていったりしました。

セッションに近いイメージですね?

そうですね。今後も、その時にしかないライブ感、その時にしかない音というものを、びしびしと、おもしろい方とやっていきたいと思っています。

続編では、Chim↑Pom from Smappa!Groupのエリイさん、ぼく脳さんらが登場予定です。
続く→

BENTEN 2 Art Night Kabukicho

2025年11月1日〜11月3日に開催される回遊型アートイベント「BENTEN 2 Art Night Kabukicho」。「都市の再野生化」をテーマに掲げ、昨年の「BENTEN 2024」に続き、Chim↑Pom from Smappa!Groupらがキュレーションを務める。
新宿歌舞伎町能舞台、王城ビル、デカメロン、WHITEHOUSE、東京砂漠などを回遊しながら、文化としての「歌舞伎町」を味わうことが出来る。光と影の交錯するカオティックな都市のリアルを、ぜひ現場でご覧ください。

日時:2025年11月1日(土)15:00-5:00/11月2日(日)15:00-5:00/11月3日(月・祝)15:00-23:00

※会場によって開場時間が異なります。公式WEBサイトやSNS等によりご確認ください。

前売りチケット発売中

https://artsticker.app/events/94416 ※10/31 23:59まで

当日券

一般(1DAYチケット)¥3,500 / 前売り券¥3,000

一般(フリーパス)*3日間入場可 ¥7,000 / 前売り券¥6,000 

18歳未満*¥2,500

中学生以下無料

※24:00以降は 2,000円(1ドリンク付き)で入場可能。

※一部プログラムは別途料金の支払いが必要です。

HP : https://www.benten-kabukicho.com/

Instagram : https://www.instagram.com/benten2025_kabukicho

【インタビュー】東洋一の歓楽街を回遊する。「BENTEN 2 Art Night Kabukicho」の舞台裏 – 手塚マキ編

「歌舞伎町」の光と影を、街の文化を通して再発見するアートイベント「BENTEN 2 Art Night Kabukicho」が開催される。キュレーターを務めたChim↑Pom from Smappa!Groupにとって、改名前のChim↑Pomから現在に至るまで(改名に至る詳細は美術手帖掲載のインタビュー記事「Chim↑Pom from Smappa!Groupはなぜ改名を選んだのか? 「変異」することの重要性」に詳しい)、手塚マキ氏は「歌舞伎町」と彼らを繋ぐ重要な役割を担ってきた。そしてこの手塚マキ、彼らだけでなく「歌舞伎町」と“外界”を繋ぐハブ的な役割でもある。

1997年にホストとして足を踏み入れ、現在は数多くのホストクラブや飲食店、美容サロンを展開する経営者である手塚は、歌舞伎町商店街振興組合常任理事やボランティア団体「夜鳥の界」を立ち上げるなど、歌舞伎町のイメージアップや文化的側面に貢献してきた。(彼と歌舞伎町の激動の物語は、彼の著書『新宿・歌舞伎町 人はなぜ〈夜の街〉を求めるのか』に詳しいので是非読んでみてほしい。)

そんな彼の見つめるこれからの歌舞伎町は、一体どのようなものなのか。「BENTEN 2 Art Night Kabukicho」を通して目指す未来と、揺るぎない「歌舞伎町」への愛を紐解いていく。

「また明日も観てくれるかな? So see you again tomorrow, too?」2016年 / 青写真を描くversion 2
サイアノタイプ、部屋、インスタレーション
撮影:森田兼次
Courtesy of the artist, ANOMALY and MUJIN-TO Production

歌舞伎町の“深部”を、現代アートに乗せて

卯城さんからはアート的な視点でのお話でしたが、手塚さんは行政との連携を含め、歌舞伎町で様々な活動をされてきました。今回の「BENTEN 2 Art Night Kabukicho」への想いを聞かせてください。

手塚 – 元々、戦後にこの街を文化で復興させようという流れがあったんです。その中で現代アートというものは、社会現象をしっかり捉えて表現できる。今回の場合は「都市の再野生化」というテーマですが、表層的な部分だけを見せるのではない現代アートは、変動が著しい歌舞伎町にぴったりだと思います。

手塚さん自身、今回のイベントにおいて、歌舞伎町で働く人たち、もしくは歌舞伎町の外の人たち、どちらにより重点を置いていますか?

手塚 – 中の人たちをもっと楽しくしたいという思いが強いです。それは実際に今歌舞伎町にいる人たちだけではなくて、これから働きに来る人たちに対しても。一般的な今の歌舞伎町の印象とは違う、文化的な側面を見て来てくれる人たちや、このイベントを一緒に作りたいという人たちも含めて。実際、「BENTEN」はリクルート的な側面もあると思っていて、昨年のイベントに来てくれた人がそのまま働いて頂いているケースもあるんです。

「BENTEN 2024」©上原俊
王城ビルで開催される表現・物販・飲食が交錯するカオスな横丁「アー横」

「中の人」の意識を変え、通り過ぎない街へ

手塚 – SNSを生活の中心にしている人は多く、そこは紋切り型のわかりやすい偏った表現で溢れています。歌舞伎町の刹那さは、そういうマインドが顕著に現れやすい。そして表層的なわかりやすいものが注目されやすい。だからこそ集まる人たち、働いている人たちの自我だったり、現場の実際の感覚が希薄化していく。そうした大方の印象と、リアルな内情との齟齬を少しずつ調整させていければいいな、という思いがあります。
でないと、自分たちがこの街に対する地元意識というか、「俺たちがここで何かを生み出しているんだ」「ここが俺の地元なんだ」と思えなくなってしまう。通り過ぎるだけの街になってしまう。それもそれで魅力的な部分はあるんだけれども、僕らは「居続けている人間」。そのことに対する意味付けができるようにしていきたい。どのように街の中の人たちを巻き込んでいくかを常に考えています。「BENTEN 2 Art Night Kabukicho」は長い目で見ていて、徐々にそうした流れを生み出していきたい。

「BENTEN 2024」©上原俊

歌舞伎町の歴史の中で、同じように街を変えようと試みた鈴木喜兵衛さん(※戦後の歌舞伎町復興に尽力した人物)も、最初は周囲から理解されなかったり、失敗もあったそうですね。

手塚 – そうですね。鈴木喜兵衛の後を継いで街に文化を落とし込んでいったのは、商売で財を成した台湾人の方々が中心だったりするんですよね。綺麗事だけではなく資金的な部分と、追い求めている理想の部分、どちらが欠けてもダメなんです。そのバランスを僕が持たなきゃいけないものだと思っています。今回のイベントでは、我々Smappa!Groupが借りているテナントが半分以上の会場という点は非常に不甲斐ない。今後はそういう思いを持った歌舞伎町の中の人間を集めて、もっと街全体を巻き込んでいきたいです。

今以上に街全体を巻き込んだ形を実現する為に、何か考えていることはありますか?

手塚 – 今回のように現代アートを皮切りに海外も含めてリーチできるのは良いことだと思いつつ、僕としては、もっとエンタメ的なこととか、気楽に中の人たちが商売にも繋がりやすく関われるものも増やしていきたい。

「BENTEN 2024」©上原俊

アートを核に「文化のアートイベント」へ

今、ゴールデン街は外国人観光客で溢れ返っていますが、その辺りのインバウンドの増加についてはどうお考えですか?

手塚 – お金儲けを考えるなら、外国人向けにガンガンやればいい。ただそうすると、表層的なわかりやすい歌舞伎町というものにしかならない。先ほどの話のようにそれはそれで必要ですが、中の人間たちで彼らとも交わりながら文化を醸成していくようになると良いですよね。

そのバランス感覚で、一番重要なポイントはどういったところになるのでしょうか?

手塚 – 自分の役割としては、まずアーティストじゃないというところがあって。だからこそ、現代アートがどういうものであるかということをちゃんと理解しつつ、アートだけでない街の行く末を、どうやって外と繋げるか。その時に伝わる歌舞伎町像というのが、いかに現場の実像と齟齬がないかの舵を取ることだと思います。

なるほど。第三者視点的なイメージで。

手塚 – そうですね。歌舞伎町の解釈を間違ったりすることに関しては気を付けないといけない。

歌舞伎町を知り尽くしている方ならではのアドバイスですよね。いわゆるアートキュレーションというよりは、歌舞伎町キュレーションをしているような。

「BENTEN 2024」©上原俊
「BENTEN 2 Art Night Kabukicho」の会場の1つである「東京砂漠」

手塚 – 要は「どういう風に見られてるか」ということの理解がとても大事。歌舞伎町という街を今後どうしていきたいかというより、それを理解しつつ現代アートの文脈にしっかりと乗せて、尚且つそのクオリティが担保された上に、エンタメ的な要素を入れて間口を広げる。そうしてできたものは筋が通っていると思うし、アートだけではない、街としての芸術祭のように変わっていくと思います。その真ん中に、きちんと現代アートが立っているというのが一番綺麗な形。これが僕のやりたいことです。そうすると、現代アートに興味がない人たちも、アートの力で街に関して自分ごととして考えれられるし、積極的な街の人間になっていくんじゃないかなと思います。

あくまで街の文化がありつつ。

手塚 – そうですね。外部からの見え方もある程度調整しつつ、内部から変えていきたい。わかる人たちだけくればいい、みたいなことは全然思ってないです。あとは、昔うまくいったアイススケートリンク(※鈴木喜兵衛が試みたプロジェクト)のように、もう一度歴史を紐解いてやりたいというのもあります。昔と同じことやったってしょうがないけど、何かしらそういう、街の歴史を継承しつつ、今の時代観の中でできることをやっていきたい。

「BENTEN 2024」©上原俊

歌舞伎町で得る「人生の肥やし」

今回のアートイベントは、鑑賞者が街を回遊してはじめて成立するものだと思います。参加者が能動的に街を歩くことで、結果的に歌舞伎町をより理解できる仕組みだと思いますが、その辺は意識されていますか?

手塚 – かなり意識していますね。回遊イベントにしたのは、実際参加した人が、自分で街をどう捉えるか、ということは大事にしたい。自分の力で夜の繁華街に来て、「おもしろいな」って思ってもらう。そうしてはじめて、開催の意義があると思います。

将来的に歌舞伎町がどんな街になってほしいですか?

手塚 – 中でいろんな人たちが歌舞伎町で働いていたことが、人生の肥やしになっていくようなところです。今でも「歌舞伎町で働いたことがいい経験になってます」と言う人はいるけど、その中には、「文化」が足りない。歌舞伎町で様々な文化に触れたことが良かったと思ってもらえるようになると、とても嬉しいです。そうなると嬉しいし、その素養がある街だと思う。自分自身がどういう風に生きていくかということを考えるきっかけになる場所だから。

改めて、手塚さんにとって歌舞伎町はどんな街ですか?

手塚 – やっぱり、すごく激動しているのが歌舞伎町。この街は、世の中の激動、例えばAI革命だとか、ネット社会だとか、コロナが起きたとか、そういった歴史の「あの時変化したよね」っていうことを、物凄いスピード感で感じられる。外国人観光客の問題とかも、ネットで何かと話題だけど、画面の向こうではなく、目の前の出来事として存在している。そうした変化を肌身に感じられる。だからある意味、さっき言った世相が表層的に現れやすい。その中で、自分たちがどういう風な生き方をしていこうか、どんな人間でいるのかってことを考えられる。机上の空論だけじゃないし、綺麗事だけでも済ませられない。それがとても魅力的なことだと思います。

最後に、来場者の方に一言お願いします。

手塚 – 僕の場合、アートをたくさん楽しんでもらいたいというのもあるけど、そのついでに、街を回遊して、いろんな飲み屋とかご飯屋さんとか、街にいる人とかを眺めてもらえたら嬉しいですね。

来る11月1日、「BENTEN 2 Art Night Kabukicho」を通して街を回遊する___。

すると怖くて危ない街・歌舞伎町というイメージが一変し、みずみずしい輪郭を帯びて捉え直すきっかけになるはずだ。そんな革命前夜に、本記事が少しでも寄与出来れば素敵だなと思っている。

BENTEN 2 Art Night Kabukicho

2025年11月1日〜11月3日に開催される回遊型アートイベント「BENTEN 2 Art Night Kabukicho」。「都市の再野生化」をテーマに掲げ、昨年の「BENTEN 2024」に続き、Chim↑Pom from Smappa!Groupらがキュレーションを務める。
新宿歌舞伎町能舞台、王城ビル、デカメロン、WHITEHOUSE、東京砂漠などを回遊しながら、文化としての「歌舞伎町」を味わうことが出来る。光と影の交錯するカオティックな都市のリアルを、ぜひ現場でご覧ください。

日時:2025年11月1日(土)15:00-5:00/11月2日(日)15:00-5:00/11月3日(月・祝)15:00-23:00

※会場によって開場時間が異なります。公式WEBサイトやSNS等によりご確認ください。

前売りチケット発売中

https://artsticker.app/events/94416 ※10/31 23:59まで

当日券

一般(1DAYチケット)¥3,500 / 前売り券¥3,000

一般(フリーパス)*3日間入場可 ¥7,000 / 前売り券¥6,000 

18歳未満*¥2,500

中学生以下無料

※24:00以降は 2,000円(1ドリンク付き)で入場可能。

※一部プログラムは別途料金の支払いが必要です。

HP : https://www.benten-kabukicho.com/

Instagram : https://www.instagram.com/benten2025_kabukicho

【インタビュー】東洋一の歓楽街を回遊する。「BENTEN 2 Art Night Kabukicho」の舞台裏 – 卯城竜太編

光と影が交錯する街「歌舞伎町」。東洋一の繁華街と言われるこの地で夜通し行われる、回遊型アートイベントの開催が間近に迫っている。

2025年11月1日からの3日間で開催される「BENTEN 2 Art Night Kabukicho」は、昨年の「BENTEN 2024」に続く2度目の開催。キュレーションはChim↑Pom from Smappa!Groupらが務める。

我々BAM編集部は、気になるその実態、地理的イデオロギーを探るべく、開催を目前に独占インタビューを敢行。前編ではChim↑Pom from Smappa!Groupリーダーの卯城竜太氏に、後編ではSmappa!Group会長の手塚マキ氏に、それぞれプロジェクトの背景や開催への想いを伺った。

「また明日も観てくれるかな? So see you again tomorrow, too?」2016年 / ビルバーガー
3階分のフロア、事務用品、空調、家具、照明器具、カーペットなど
撮影:森田兼次 / Courtesy of the artist, ANOMALY and MUJIN-TO Production
手塚氏が常任理事を務める解体予定の歌舞伎町商店街振興組合ビルの床を1階まで繰り抜いて開催された。

世にも珍しいアートの生態系

まずは開催に至る経緯を教えてください。

卯城 – Chim↑Pomのこれまでの活動は、歌舞伎町と密接な繋がりがありました。手塚さんと協働し、色々なプロジェクトをやってきたりしたんです。振興組合のビルでプロジェクトをやったりとか、メンバーの結婚式を路上でやったりとか、にんげんレストランみたいなものをやったりとか。で、僕自身も「WHITEHOUSE」というアートスペースを展開したり。僕ら自身の活動以外にも、歌舞伎町界隈にアートスペースや文化活動の場がコロナ禍を起点に続々と出来てきた感じがあって、それを俯瞰して見た時に、「世にも珍しいアートの生態系が出来つつあるな…」と思ったんです。

「BENTEN 2 Art Night Kabukicho」 会場マップ

海外の音楽やアート関係の知人をそういった場所に連れて周ると、やはりその特異性を面白がるんですね。歓楽街でジェントルフィケーションするアートプロジェクトみたいなものはそれまでもあったけど、そうでない形でボトムアップに文化的なスペースが立ち上がってきているのが面白がられているんだなと感じました。
それは何より、「デカメロン」もそうですし、新宿歌舞伎町能舞台も王城ビルもみんなコロナ禍にオープンしてきたことに関係があると思うんです。歌舞伎町が「夜の街」として批判されていた一方で、逆にそうした場所だからこそ集まってきたものや人もいる。磁場が働いているように、他の場所がフリーズせざるを得なかったからこそ、居場所や隙間を求めて色々な人たちが集まって新しい活動が始まっていく。そんな感じがありました。

そうした文化的な土壌が、アートイベントとしての「BENTEN」の構想に繋がったんですね。

卯城 – そうですね。いわゆる「芸術祭」も考えましたが、長期に渡る上、かかる労力がかなり変わってくる。「展覧会」をやるにしても、歌舞伎町にはそもそも美術館などがない。それよりも、「劇場」とかライブスペースとか、パフォーマンスイベントだとか、アートで言えば「路上」で起きたハプニングがこの街の特徴のはず。だからこそ、身体的で、イベント的な活動が展開されるものがいいな、と。アートナイトだと3日間程度だし、夜の歓楽街との相性もいいな、というところがあって、昨年の開催に至りました。

「また明日も観てくれるかな? So see you again tomorrow, too?」2016年 / BLACK OF DEATH
2008、2016 / ビデオ
撮影:森田兼次 / Courtesy of the artist, ANOMALY and MUJIN-TO Production

再開発、そして相変わらずのカオス

イベントのテーマが「都市の再野生化」とのことですが、これはどういったものでしょう?

卯城 – 王城ビルも「新宿歌舞伎町能舞台」も「デカメロン」も「WHITEHOUSE」も、コロナ禍と再開発の時期に始まりました。再開発は東京のあちこちで起きていて、渋谷をはじめ都内の各地が秩序化されて変化していった。歌舞伎町にもその流れはあるにはありましたが、後から見てみると、実際に再開発によって秩序が生まれたかというと、むしろその真逆のことがたくさん生まれていた。再開発によって人々が集まりやすくなったのはたしかですが、しかし歌舞伎町は歌舞伎町らしく、色々な人たちが逃げてきたり集まってきて、カオスな状態が生まれていった。それは他の都市には見られない特異な状況でした。歌舞伎町の相変わらずっぷりには、歴史的な裏打ちもありそうな気がしていて、今回のテーマとして考えています。

「LOVE IS OVER」2014
撮影:篠山紀信 / Courtesy of the artist

「Love is Over」のデモ行進、「また明日も観てくれるかな」では“解体ビル”内でのプロジェクトであったり、印象的な取り組みでしたが、「BENTEN」の特徴はどういったところでしょうか?

卯城 – 今回のメインアーティストとして、やなぎみわさんを位置づけてはいるんですけど、どちらかと言うと何かひとつの事というより、もっと重層的で、同時多発的であることが、アートイベントとして重要だと考えています。歌舞伎町という街を徘徊したり、目移りしないと、どの会場で何が起きているか分からない。現代アートのみならず、パフォーマンス、演劇、音楽、クラブイベント、横丁、バー、活弁映画、味噌汁……と、あらゆるジャンルが入り乱れ、タイムテーブルそのものが表現のカオスと化していますが、そのイベントを通して、街のあちこちを回遊して頂きたいです。

歌舞伎町の“ローカリティー”を世界に

Chim↑Pom from Smappa!Groupとしての国際的なご活躍と、近年のインバウンドを背景にした歌舞伎町ゴールデン街の外国人観光客の増加、その辺りはイベントに関わってきますか?

卯城 – 現代アートの視点で世界を見渡した時に、東京はアジアの中で相当プレゼンスが下がっていると思うんです。香港やソウルは国際的なアートフェアを中心に、その周辺でパーティーや展覧会が充実している。台湾の台北も、中国との対立の中で表現の自由がものすごく推し進められています。しかし、香港やソウルのように西洋のやり方をそのまま輸入してイベントを作っても、東京には似合わないと思っています。東京は独自にサブカルチャー的に育ってきたものがあったり、1世紀を余裕で上回るほどの美術の歴史がある。その中でも歌舞伎町で熟成されてきたゲリラ的な文化活動とか、小さなバーで繰り広げられてきた文化活動を土壌としたアートイベントとして構想していたので、自ずとフェアや美術館など欧米的なグローバリズムとは違うローカリティーを推しだすものになったように思います。

「BENTEN」は歌舞伎町公園に祀られる弁財天が由来だと伺いました。

卯城 – 新宿のシンボリックな神様みたいな部分があり、芸術と芸能の境界線みたいなものを考えるのにすごく良いアイコンでした。そうした歴史や文化が色濃い街なので、西洋的な美意識と枠組みでやるよりも、ここで熟成されてきたものを普通に発信した方が独自のものとして受け止められると思ったんです。いずれ特異なものとして世界的に認知されていくだろうなと思っていて、回数を重ねて実験していこうかなと考えています。

「BENTEN 2024」©上原俊「新宿歌舞伎町能舞台」

「BENTEN」は今後の別の活動やイベントの指標になりますか?

卯城 – いや、ならない気がします。他のイベントへの影響だとか、ノウハウがどうっていうことはないと思います。むしろ「歌舞伎町」でしか通用しないやり方でやっていかないと、独自のものにはならなかったりもするし、逆に他の土地にはまた全然違う事情や理屈があるはずで。

あくまで歌舞伎町だからこそできるイベント、表現であると。

卯城 – そうですね。今後は表現の部分だけではなく、運営の部分で、より歌舞伎町独自のものにしていきたいです。そうすれば、もっと世界に例がないようなものになる気がします。

芸術と芸能の交錯地点「新宿歌舞伎町能舞台」

アーティストの選定に関しては、菊池成孔さんなどのミュージシャンが出演されていたり、必ずしもアートだけではない、様々な方を招聘されています。選定の基準やこだわりをお伺いできますか?

卯城 – DOMMUNEの宇川直宏さんに昨年から参加して頂いていて、テーマである「都市の再野生化」を踏まえて山本裕子さんと一緒にキュレーションやブッキングを考えて頂きました。「BENTEN」の立ち上げの段階から、DOMMUNEのイメージは僕の中にあったんです。2013年に開催された「FREEDOMMUNE 0<ZERO> ONE THOUSAND 2013」が、当時飽和していた音楽祭の中で、ノイズだったり、コンテンツが特殊にも関わらず大規模のイベントとして、全く独自のお祭りを作っていた。「BENTEN」に関しても、日本国内にたくさんの芸術祭が存在している中で、似たような立ち位置のものがあれば面白いだろうなとは思っていました。例えば、歌舞伎町シネシティ広場で、Merzbowがノイズミュージックをやるなんて事件だってあり得る訳で。

もう一つは、スペースをたくさん使っている点で言うと、「新宿歌舞伎町能舞台」が、今後の歌舞伎町の文化活動のアイデンティティになっていくんじゃないかと思っています。と言うのも、今回のやなぎみわさんも、前回のメインアーティストでAsian Dope Boysというコレクティブをやっているチェン・ティエンジュオさんも、能舞台があることに凄く惹かれているんです。もっと言うと、能舞台が歓楽街にあること自体が特殊……。特殊には見えるのですが、さっき話した、弁財天や芸術と芸能の境界線を考える上では、河原者による儀式や、「湿った場所」で勃発した歌舞伎など、文脈としては真っ当で、自然なことなんです。歓楽街の中に能舞台があって、そこに、考え抜かれたものがコンテンツとして出てくるっていうのは、脱西洋中心主義的な表現を考えるにあたって、大変重要な部分。今後もその部分を大切に活かしながら展開するイベントになっていくといいなと思います。

その土地の文化的な土壌や時代観を色濃く反映させながら、Chim↑Pom from Smappa!Groupが作り上げるアートイベント「BENTEN 2 Art Night Kabukicho」。それまで多くの人が描いていたであろう、怖くて危ない街・歌舞伎町というイメージは、彼らの投げかけるアートを介して見つめ直すと、全く異なる街の輪郭が立ち現れてくる。そしてそれは、通り過ぎていた街の外の人も、中にいる「歌舞伎町の住人」も一緒だ。

後編では、1997年にホストとしてこの街に足を踏み入れ、以来「歌舞伎町の住人」として、酸いも甘いも噛み分けながら、ほんとうの歌舞伎町を目の当たりにしてきた手塚マキ氏の想い、彼の描く今後の歌舞伎町の未来像を紐解いていく。

「BENTEN 2 Art Night Kabukicho」

2025年11月1日〜11月3日に開催される回遊型アートイベント「BENTEN 2 Art Night Kabukicho」。「都市の再野生化」をテーマに掲げ、昨年の「BENTEN 2024」に続き、Chim↑Pom from Smappa!Groupらがキュレーションを務める。
新宿歌舞伎町能舞台、王城ビル、デカメロン、WHITEHOUSE、東京砂漠などを回遊しながら、文化としての「歌舞伎町」を味わうことが出来る。光と影の交錯するカオティックな都市のリアルを、ぜひ現場でご覧ください。

日時:2025年11月1日(土)15:00-5:00/11月2日(日)15:00-5:00/11月3日(月・祝)15:00-23:00

※会場によって開場時間が異なります。公式WEBサイトやSNS等によりご確認ください。

前売りチケット発売中

https://artsticker.app/events/94416 ※10/31 23:59まで

当日券

一般(1DAYチケット)¥3,500 / 前売り券¥3,000

一般(フリーパス)*3日間入場可 ¥7,000 / 前売り券¥6,000 

18歳未満*¥2,500

中学生以下無料

※24:00以降は 2,000円(1ドリンク付き)で入場可能。

※一部プログラムは別途料金の支払いが必要です。

HP : https://www.benten-kabukicho.com/

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【インタビュー】かわいく弾けて。coalowlの意外な素顔 – 前編 

イラストレーター、アニメーション作家として活躍するcoalowlさん。
TVアニメ『チェンソーマン』のEDアニメーション、PEOPLE1の『常夜燈』MV、カンロ発売のグミ「Marosh」パッケージイラストを手掛けるなど、第一線で活躍する中、これまで自身について語ることは無かったのだが…。

初の個展を開催するこのタイミングで、彼女の生の声を、知られざる創作の裏側を、独自取材することに成功!これまで歩んできた道のりから、数々の作品が生まれた背景、ハイクオリティなアニメーション、謎に包まれたcoalowlさんのインタビュー記事を前後編でお届けします。

『チェンソーマン』第4話ノンクレジットエンディング / CHAINSAW MAN #4 Ending│TOOBOE 「錠剤」

本日はよろしくお願いします。これまでインタビューは受けてこなかったとのことですが、今回はどうして受けて頂けたのでしょうか?

coalowl –  よろしくお願いします!今までアーティストさんや企業さんからのご依頼でアニメーションを作ることが多く、そうするとあくまでその中でどうやるかっていう感覚なんです。MVだったら曲のためだし、CMだったら商品のために作ります。 だから、「改めて私から積極的に何かを語るような感じでもないな」と思っていました。ただ今回は自分の名前を冠した初めての個展ということもあって、お受けしようかなと思いました!

貴重な機会をありがとうございます!

【MV】人ってただの筒じゃないですか / 月ノ美兎

オリジナルの『パワーパフガールズ』を描いていた幼少期

「かわいい」イラストが印象的ですが、それは昔からですか?

coalowl – そうです!幼い頃からそういう絵は多かったと思います。幼少期はひたすら『パワーパフガールズ』を描いていました。髪型を変えてみたり、服装を変えたりして、存在しない架空のキャラクターも自分で考えて描いていたのを覚えています。

描いたものは何かにアップしたり、人に見せたりはしていた?

coalowl – ネットの掲示板とかに上げていました。アップしたイラストを、色々な人がコメントとかで評価してくれるような掲示板があって。そういう場所があったおかげで楽しく絵を描き続けられたんだと思います。

高校では美術部に入るなどはしましたか?進路の話とかも出てくる段階だと思うのですが、将来について、例えば絵で食べていくイメージは持っていましたか?

coalowl – 高校は新体操をやりながらも、絵はずっと描いてました。でも、絵だけで食べていけるとは思っていなかったんです。本業にできたら嬉しいけど、無理だろうなと感じていたので、副業で絵を描けたらいいなと思っていました。

副業!初めから副業前提なのは珍しいですね。

coalowl – 確かにそうですね。だから、将来的に潰しがきくようにと思い、普通に勉強して大学受験しました。

AIM×coalowlコラボマウスパッド用イラスト「ピコピコパタパタ」

「かわいい」だけじゃない!スプラッターやホラー映画にどハマりした学生時代

大学でも変わらず絵は描き続けていましたか?

coalowl – そんなにガツガツ描いてはいなかったです。ちょっとだけ絵の仕事をしたりもしましたが、中高生の時の方が描いていました。大学では映画にハマって、いろんな映画を観ていました。『パルプ・フィクション』とか『ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア』とか、有名なところをネットで調べて。「死ぬまでに観たほうがいい映画」とかそういうのを検索して。あとは、なぜか刺激が欲しくて、『シャイニング』や『レクイエム・フォー・ドリーム』等の鬱映画やホラー映画を見まくる時期もありました!

そうしたインプットが、当時描くイラスト、アウトプットに影響しましたか?

coalowl – 意外としていないと思います。自分ではちょこちょこホラーっぽいイラストとかも描いてはいたのですが、何かに投稿したりはしませんでした。この時のインプットは、今MVを作るようになってから活きているかもしれません。

何を投稿するか、選ぶ基準はありましたか?

coalowl – 今もそうですが、クオリティの面で納得いっていないものは投稿しなかったです。あとは、「恥ずかしいか、恥ずかしくないか」が結構あったかもしれないです。血とか、グロい絵を描いていた時期があったんですけど、黒歴史を現在進行形で作っている自覚があったので、それはあげないようにしてました…!

血!?今の作風からすると全くイメージがないので意外ですね(笑)。

coalowl – アップしていたものは「かわいい」系が多かったです。でも、実はそういうのも結構好きでした!

ずとまよ×マロッシュコラボアニメーション

ちなみに、中高から比べて大学では絵を描くペースが落ちた理由はありますか?

coalowl – 中高で新体操をやっていて、それが本当にきつくて、辞めたくてしょうがなかったんです。周りの圧力で辞められなかったんですけど、その鬱屈とした感情を絵を描くことで発散させていたのかもしれないです。大学生になって新体操を辞められたので、抑え込められていたフラストレーションみたいなものは一旦なくなっていって、少しペースが落ちていった気がします。当時の感情は覚えてないですけど、今振り返るとそう思います。

「スペースシャワーTV STATION ID まちあわせ_ゆき編」

卒業後は何をされていましたか?

coalowl – 普通に就職しました。いわゆる事務的な仕事をしていたんですけど、忙しくてほとんど絵が描けなかったんです。 高校の時に考えていた、「副業として描こう」という考えが、その時点で実現できておらず、勇気はいりましたが会社を辞めることにしました。

「絵で食べていこう」と覚悟を決めた?

coalowl – 展望としては「絵を仕事にしたい」という想いはあるんですけど、退職する時点で目処が立っていたとかは全然なくて。「この先どうなるかわからないけど、とりあえず辞めよう!」という感じでした。

作品の「かわいい」イメージから反して、勢いで会社を退職したcoalowlさん。高校当時に思い描いていた、「副業として絵を描く」ことは叶わなかった。先行きが見えない中でも踏み出した一歩は、その先の未来にどのように通じるのか。
後編では、若くして経験した挫折から、“副業”どころかむしろ“本業”として活躍するイラストレーターcoalowlへと繋がる軌跡を紐解いていきます。開催間近の個展の裏話も登場します。お楽しみに!

【インタビュー】「初音ミク」と現代アートが出会う場所——「ART OF MIKU」が描く新たな文化の架け橋 – 後編

デジタルとリアル、サブカルチャーとアートカルチャー。一見相反する領域に見える世界を繋ぐプロジェクトが注目を集めている。
「ART OF MIKU」と銘打ったこのプロジェクトは、クリプトン・フューチャー・メディア株式会社が保有する日本が誇るIP(知的財産)である「初音ミク」を、株式会社W.creationが新しく“アート”として再解釈したプロジェクト。同社は様々なキャラクターやコンテンツを新たな価値想像によって国内外に届け、アーティストの情熱と多くのファンを巻き込んで繋いでいく。カルチャーを跨いでブーストしていく熱気ある現場には一体どんなドラマがあるのだろう。

その1つに、2024年に札幌と渋谷で初開催された「初音ミク」をテーマにした現代アート展「ART OF MIKU」がある。多くのファンを動員するなど、大成功を収めた。その後も横浜、六本木、神戸、福岡、大阪で新作を発表して展示を行うなど、勢い凄まじい展開からはほとんど目が離せなくなっている。そんな「ART OF MIKU」のプロジェクトの始動、これまでの軌跡を追いかけるべく、クリエイティブディレクターである池田元基さんとアートディレクターである大西正人さんにインタビューを敢行。前後編に分けてお届けします。

渋谷会期の様子

「ART OF MIKU」を支えた情熱の舞台裏

プロジェクト全体で400回近くミーティングをしたというのは驚異的な数字ですね。なぜ、それほどのミーティングが必要だったのですか?

池田氏 – 一言で言うと、関係者が非常に多かったからです。共同主催の企業をはじめ、権利元やコラボレーション先の企業、会場の設営企業、その設営企業が委託している部分的な制作企業など、それぞれで進捗が日々移り変わるんです。それを逐一共有し、最新の状況を追いながら、手戻りができるだけないように、私たちも素早くフィードバックを返す必要がありました。特に会期前2〜3ヶ月は、様々な締め切りや発注が重なるため、毎日ミーティングを実施していました。協賛企業もキャンペーンなどを並行して進めていたので、常に連携を取り合っていましたね。

「ART OF MIKU」のメンバーは、全員が本業を別に持っていたそうですね。どのように両立していたのですか?

池田氏 – はい、元々ルーツにアートを持っている人やアート分野に興味を持っている人が集まって始まったこのプロジェクトですが、とある日では昼間はそれぞれの部署で仕事をこなし、夕方からプロジェクトのミーティングを始めるという毎日でした。あまりに夢中になりすぎて、ご飯を忘れる時があったほどです。まるで放課後のプロジェクトのような感覚でしたね。

大西氏 – ミーティングが基本的にオンラインで行われていた一方で、業務の中には現場での打ち合わせが必要なものもあり、私は会場設営のディレクションを担当していたため、設営時には現地に入っての対応に追われました。実際の作品の配置や来場者の動線が想定通りになっているかといった確認に加え、設計段階ではわからなかった問題が現場で判明することもあり、その対応に追われました。正直、24時間では足りないと感じるほどの多忙な日々でした。

バーニーズ ニューヨーク六本木店

開催地での印象的なエピソードはありますか?

大西氏 – 横浜会期では、「初音町」でアート展を開催しました。「初音ミク」にちなんだ地名というだけでなく、初音町は多くの現代アート作家が集まる、文芸復興に力を入れている地域でもあります。来場者の中には、アート作品だけでなく「初音町」と書かれたバス停を撮影する方もいて、一般的なアート展では味わえない「聖地巡礼」のような楽しみをファンに提供できたことは、非常に興味深い成果でした。お客様にも大変満足していただけたようです。

渋谷会期で販売されたグッズの数々

お二人にとって、アートとは?「初音ミク」とは?

アートと「初音ミク」という異なる文脈を繋ぎ合わせる「ART OF MIKU」を主導されてきたお二人にとって、アートとはどんなものですか?

池田氏 – 私にとってアートは、子どもの頃から触れてきたもので、「生きる」ことそのものです。「アート」は様々な表現を通じて、その人が持つ世界や、他の人が持つ感覚という新しいものを生み出します。見る人それぞれの解釈によって作品の意味が変わったり、アーティストもそれを面白がってくれたりします。さまざまな規制や制限がされていく息苦しい現代社会の中で、アートだけは、その人の持つ思いや世界を否定せずに拡張し続けられる存在なので、僕にとっては生きがいでもありますし、アートそのものは「生きる」ということなんです。

大西氏 – 私はアートを「対話のプラットフォーム」だと考えています。アートは一方的に受け取るだけではなく、作品を見た鑑賞者がどう感じるか、どう思うかという部分も一つの表現です。作品を通して、鑑賞者と作家さんとの対話、コミュニケーションツールのようなものだと思います。鑑賞者が作品を見た上で何かを感じ、そこで新たな感情が生まれる。アート自体が対話と共創のプラットフォームに相当するのかなと思っています。

苦楽を共にしてきた「初音ミク」はどのような存在ですか?

池田氏 – 私にとっては、デジタルとリアルの境界を超える存在ですね。現代アートも、「ポップカルチャー」と「アートカルチャー」の境界をなくし、大衆的な部分とアート的な思考が混ざり合っていくような存在です。「初音ミク」は、まさにそのようにあらゆる境界を曖昧にしてくれる存在であり、あらゆるものの多様性を受け入れてくれるプラットフォームだと感じています。

大西氏 –  私は「初音ミク」を「クリエイティブの受け皿」だと捉えています。「初音ミク」は、ただ楽しむだけのコンテンツではありません。音楽やイラストなど、誰もが創作活動を始めるきっかけになる存在です。「初音ミク」をテーマに絵を描いたり、曲を作ったりすれば、それがもう立派なクリエイティブな創作活動になります。世の中の多くのクリエイターや、クリエイティブを志す人々は、「初音ミク」から多くの恩恵を受けているのではないでしょうか。

これからの「ART OF MIKU」を楽しみに

今後の「ART OF MIKU」の展望について教えてください。

池田氏 – プロジェクト発足当初からの思いの一つは、日本の魅力的なIPを、国内だけでなくもっと世界に発信したいということです。「初音ミク」というキャラクターを通して、日本の素晴らしいアーティストを世界に広めていきたいという側面もあります。国内での成功を受けて、どんどん海外に出ていく展開を考えています。

大西氏 – 見るだけでなく、より参加型・体験型の要素も取り入れていく予定です。「あの頃のワークショップで、こんなもの作ったよね?」と、体験をもとに思い出していただけるような仕掛けを作りたいですね。

最後に、「ART OF MIKU」のファンの方に一言メッセージをお願いします。

大西氏 – 「ART OF MIKU」では、今後も新たな現代アーティストにご参加いただき、より多くの作品や、新しい表現の「初音ミク」に触れる機会を提供したいと考えております。皆様のご期待に応えられるよう、引き続き尽力してまいります。

池田氏 – 皆さんが現代アートという文脈の多様な表現を、とても温かく迎えてくださったことに対して、心から感謝しています。その期待に応えられるよう、私たちはこれからも素晴らしいアーティストさんを介してたくさんの作品を見せられるようにしたいですし、初代「ART OF MIKU」から愛してくださっている方により良い還元ができるよう、今後も様々なイベントを組んでいきます。楽しみにしていてください。

最後に、権利元であるクリプトン・フューチャー・メディア株式会社 ライセンスビジネスチーム マネージャー 目黒 久美子様より、本インタビューに際して特別にコメントを頂いたので、掲載させて頂きます。

「ART OF MIKU」へ今後期待していることはありますか?

目黒氏 – 我々は「初音ミク」を何かと何かをつなぐ「ハブ」であると表現して話すことが多いのですが、今回の「ART OF MIKU」も、まさにそれを体現している企画だなと思っています。「ART OF MIKU」を通じて、アートに触れてみたい人たち、「初音ミク」が何者なのか知らない人たち、新たな「初音ミク」としての表現。アートは言葉も国境も時間も関係なく、心で感じることのできるものなので、「ART OF MIKU」は「初音ミク」をハブとして、様々な世界をつないでくれる企画になっていくと思います。願わくば、アート作品を通じて、100年後にも「初音ミク」という存在を伝えてもらえたらなと期待しております。

【インタビュー】「初音ミク」と現代アートが出会う場所——「ART OF MIKU」が描く新たな文化の架け橋 – 前編

デジタルとリアル、サブカルチャーとアートカルチャー。一見相反する領域に見える世界を繋ぐプロジェクトが注目を集めている。
「ART OF MIKU」と銘打ったこのプロジェクトは、クリプトン・フューチャー・メディア株式会社が保有する日本が誇るIP(知的財産)である「初音ミク」を、株式会社W.creationが企画し“アート”として再解釈したプロジェクト。同社は様々なキャラクターやコンテンツを新たな価値想像によって国内外に届け、アーティストの情熱と多くのファンを巻き込んで繋いでいく。カルチャーを跨いでブーストしていく熱気ある現場には一体どんなドラマがあるのだろう。

その1つに、2024年に札幌と渋谷で初開催された「初音ミク」をテーマにした現代アート展「ART OF MIKU」がある。多くのファンを動員するなど、大成功を収めた。その後も横浜、六本木、神戸、福岡、大阪で新作を発表して展示を行うなど、勢い凄まじい展開からはほとんど目が離せなくなっている。そんな「ART OF MIKU」のプロジェクトの始動、これまでの軌跡を追いかけるべく、クリエイティブディレクターである池田元基さんとアートディレクターである大西正人さんにインタビューを敢行。前後編に分けてお届けします。

「ART OF MIKU」札幌会期の様子

「ART OF MIKU」誕生のきっかけ

このプロジェクトが始まったきっかけを教えてください。

池田氏 – まず前提として、日本の現代アート市場は、世界のアートマーケットに比べると、まだまだ成長の余地があると考えています。もっと多くの方にアートを身近に感じてもらいたい、アートに触れる機会を増やしたいという思いが、プロジェクトの根本にありました。そこで考えたのが、日本が世界に誇るキャラクターを現代アートの文脈に乗せて発信することです。日本独自の文化を生かして、クリエイターがもっと自由に表現できる場を作りたかった。それが、「ART OF MIKU」の立ち上げ、そしてギャラリーを飛び越えたアート展の開催へと繋がっていきました。

数あるキャラクターの中から、「初音ミク」を選んだ理由はありますか?

池田氏 – 「初音ミク」は、サブカルチャーとして世界的に知られているだけでなく、二次創作や多様な表現を受け入れてきた「懐の深い」存在です。クリエイターたちが自由に表現できる、柔軟なプラットフォームとしての側面が大きい。だからこそ、多様化している現代アートの文脈に乗せるのにふさわしいと考えました。「初音ミク」というコンテンツそのものに、すでに「多様性」という共通言語があったからこそ、このプロジェクトは成立したんです。

「初音ミク」が16周年ということで、最初の展示ではアーティストを16名招聘されています。その時の人選はどのように行われましたか?

池田氏 – 主にプロデューサーの山中が中心となりましたが、チーム全員でバランスを非常に重視しました。一口に現代アートと言っても、表現方法は多岐に渡ります。表現が偏らないよう整理し、現代アート、抽象表現、リアリズム、ミニマルアート、コンセプチュアルアートなど…さまざまなジャンルのアーティストに順に声をかけていきました。「初音ミク」というIP(知的財産)をテーマに、それぞれの作家さんがどんな表現を見せてくれるのか、私たち自身もすごくワクワクしていました。

札幌会期の様子

これって「初音ミク」なの?

プロジェクトを進める上で、表現の自由と、IP利用における制約のバランスを取るのが大変だったと伺いました。具体的なエピソードがあれば教えてください。

池田氏 – 最も印象深い課題の一つが、「初音ミク」のIPを持つクリプトン・フューチャー・メディア株式会社(以下「権利元」)様との表現の許容範囲についてのすり合わせでした。作品が出来上がってきた段階で、「これって初音ミクなの?」というケースが所々に起きてきて。アーティストさんと、権利元を繋ぐ共通言語が必要でした。
「この作品はこんなに崩れているけれど、その崩れていく過程にこういうプロセスがあるんです。現代アートとして昇華しているので、決して初音ミクを壊しているわけではありません」と丁寧に説明しました。原型をリスペクトしつつ、抽象的に持っていく。その文化のすり合わせは、私たちとしても何度も対話を重ねて頑張ってやりました。

大西氏: 多くの場合は、制作に入る前のすり合わせで解決していきました。アーティストさんには、まずどういう作風にするのか、どういう方向性なのかという、作品のラフを必ず上げてもらい、それを権利元様に事前に監修していただきました。完成してからNGが出ると当然巻き戻りが発生してしまう。それを抑える為にも、事前にこの工程を何十回と繰り返し行いました。

あとは、権利元様よりいくつか表現についてレギュレーションが設けられていました。IPをお借りしている以上、そのレギュレーションをアーティストに説明する必要があるのですが、ただ「ダメです」と伝えるだけでは、「アートとして作れない」となりかねない。深く理解して頂いた上で制作に取り組んでいただかないと、出来上がる物にも影響する。そういった説明のところは想像以上にコストがかかったなと思います。

バーニーズ ニューヨーク六本木店

手軽なグッズこそ、アート作品に

このプロジェクトでは、ターゲットを「現代アートファン」と「初音ミクファン」の二つに分けて考えていたそうですね。

池田氏 – そうですね。純粋な現代アートファンと、その方々と比較するとあまりアートに触れる機会が少ない「初音ミク」のファンという、全く異なる二つの層にアプローチすることが大きなチャレンジでした。「初音ミク」を知っている人が見たら「これは初音ミクだ」と思える一方で、現代アートファンから見ても「この作家さんの作風だよね」「シリーズものだよね」とわかるような方向性を目指しました。この両方に「刺さる」アート展を生み出すことには苦心しました。

数多くのグッズをご用意したと伺いました。どのような狙いがありましたか?

池田氏 – 多くの人にアートに興味を持ってもらうための「フック」になればいいなと思っていました。展示会自体はアートの文脈で表現を提示し、グッズの方は触れやすい形にしたかったんです。「初音ミク」の母体が非常に大きいからこそ、「これをアートとして提示しても受け入れられるな」という側面もありましたし、二次創作に寛大な土壌があったことも大きかったです。

印象に残っているグッズや、イチオシのグッズを教えてください。

大西氏 –  制作した様々なグッズの中でも、イチオシは私たちも着ているこちらのTシャツです。アート作品が前面にプリントされていて、とてもおしゃれですよね。「アート作品をまとう」というTシャツならではの体験を提供できるのが魅力です。
私が着ているのは仲衿香さんの作品「R&L」、そして池田が着ているのは松山しげきさんの「Portrait of dazzle MH-03」です。
「ART OF MIKU」では、アート作品の魅力を最大限に生かし、現代アートファンにも「初音ミク」ファンにも、気軽に手に取っていただける「グッズ」という形で楽しんでいただけるようにしました。

仲衿香作「R&L」
松山しげき作「Portrait of dazzle MH-03」

大西氏 – そのほか、イチオシのグッズとして、タカハシマホさんの作品「マサユメ」に描かれたキャラクターをアクリルフィギュアにしたものがあります。アート作品の一部をそのままグッズとして再現することで、「アート」と「グッズ」の境界線を曖昧にしました。高価な一点もののユニーク作品は手が出せないけれど、気軽に手に取れる「グッズ」という形でファンに届けられる、これまでにない試みです。この取り組みは、単なるサブカルチャーとしてのグッズとは少し異なる文脈で成立した点が大きな収穫でした。

タカハシマホ トレーディングアクリルフィギュア

グッズ化にあたって、作家さんとのやりとりで苦労したことはありますか?

池田氏 – 現代アート作品がキャラクターとコラボしてグッズ化されることは業界全体から見てもまだ少なく、珍しいんです。だからこそ、Tシャツや、作品内のキャラクターをアクリルスタンドにしたりと、様々な形でグッズ化を実現しました。

大西氏 – 確かに、作家さんの中には、ユニークな一点ものである作品が、簡易的なグッズとして流通することに抵抗を示す方もいました。作家さんの意向を第一に尊重しながらも、アートをより身近に感じて欲しいという目的を丁寧に説明することで、最終的には企画に賛同いただけて、多くの作家さんにグッズ化を承諾していただきました。「初音ミク」のグッズは世の中に数多くありますが、現代アート作品を題材にしたものは非常に珍しいです。アート作品は高価で手が出せないけれど、グッズとして手元に置きたいというユーザーのニーズに応えることができました。

札幌会期で販売されたグッズの数々

こだわった「キャプション」。 徹底した分かりやすいアート展

展覧会では、作品の解説を工夫したと伺いました。

池田氏 – 現代アート展の多くは、鑑賞者それぞれの経験や知識、感情に基づいて作品を自由に解釈したり、対話する”余白”を残すために、キャプションの情報をシンプル(作家名/タイトル/制作年のみなど)にしている傾向があります。しかし、この余白が時には、作品を読み解く手がかりが少なく、鑑賞者が作品の本質的なコンセプトや作者の意図を深く掘り下げることを難しくするという側面も持ち合わせていると考えています。私は、この「情報が少ないことによる解釈の難しさ」こそが、現代アートと一般の人々を隔てる”無言の障壁”の一因だと捉えています。この課題に対し、私たちはキャプションに作家の経歴や作品のコンセプトを丁寧に紡ぎつつ解釈の余白も残すことで、鑑賞者がより深く作品とつながり、その世界観を理解できるような体験の提供を目指しました。

確かに、コンセプトまで明かして書くのは珍しいですよね。

大西氏 – 私たちは、普段あまり美術館に足を運ばない現代アートに馴染みのない方でも楽しめるよう、分かりやすく、読みやすいキャプションを心がけました。単なる作品説明にとどまらず、読み物としても楽しめるように、本来は掲載されないような作品のコンセプトや作家の情報を載せています。また、アート作品の解説ツアーも実施しました。作品のコンセプトだけでなく、制作時の裏話など、来場者の興味を引くような内容を盛り込んだ分かりやすい解説を心がけた結果、多くの方から「現代アートは難しいと思っていたけれど、コンセプトを理解したら面白く感じた」「身近に感じられた」といった嬉しい感想をいただきました。

コンセプトを細かく書くことに、作家さんの抵抗はありませんでしたか?

池田氏 – 思いの外反発はほとんどなく、むしろ協力的でした。イベントの目的を丁寧に説明し、「現代アートを知らない人に楽しんでもらう」という大きなテーマに共感してくれたんです。多くの作家さんが、より多くの人に自分のアートを知ってもらうためにコンセプトを書くことに協力してくれました。作家さんによっては、特定のコンセプトを持たない方もいらっしゃったため、その場合はあえてコンセプトを載せない判断をしました。

ウェブサイトもユニークでした。どのようなこだわりがあったのでしょうか?

池田氏 – 現代アートには多様な表現があるので、オーソドックスなキャンペーンページのようなフラットなデザインではなく、スクロールしていくと作品が動くような、インタラクティブで好奇心を刺激する仕掛けを詰め込みたいとオーダーしました。

札幌会期で販売されたグッズの数々

初回の展示を通じて、手応えは感じましたか?

池田氏: 私たちも手探りではありましたが、カルチャーとしての文化がすでに醸成されている「初音ミク」なら、現代アートも受け入れてくれるだろうという確信はありました。SNSなどでも批判的な言葉はほとんどなく、多くの方が温かく迎えてくださったことに、すごく感謝しています。イラストレーターが描く「初音ミク」とは全く違う領域で、こういう表現もあるんだということを提示できた手応えを感じています。このプロジェクトは、「初音ミク」の二次創作に非常に寛大な土壌があったからこそ、実現できたのだと思います。

前編最後に、権利元であるクリプトン・フューチャー・メディア株式会社 ライセンスビジネスチーム マネージャー 目黒 久美子様より、本インタビューに際して特別にコメントを頂いたので、掲載させて頂きます。

「初音ミク」の「ART OF MIKU」としての展開をご覧になってどう思われましたか?

目黒氏 – 「初音ミク」は今まで様々なコラボレーションをしてきましたが、現代アートでの展開は事例があまりなく、「ART OF MIKU」が開催されるまで、一体どんな反響となるのか、正直全く予測がつかずでした。ご提案をいただいた時から、皆さんと企画を検討し監修を進めて実際に開催されるまで、初めて知ることばかりで、監修をする立場である我々も、何が正解なのか時には悩み、模索しながらの日々でした。

開催後、ファンの皆さまをはじめ、普段ミクでのイラストや楽曲でご一緒しているクリエイターさんや、SNSでも大きな反響をいただくことができました。また、作品を作っていただいた作家さんたちが、それぞれに「初音ミク」という存在を解釈され、様々な表現で向き合って作品が生み出されていく、その想いや過程を知ることができ、「初音ミク」を通して未知の世界に触れることができたのは、我々もファンの皆さまと同じく、素晴らしい経験となりました。「初音ミク」の新たな可能性を開いて下さったことに感謝しております。

後編では、年間400回に及ぶミーティングの実態や、メンバーの個人的な想い、そして今後の海外展開への展望について詳しくお話を伺います。

【Interview】Mika Pikazoにしか表現できない色彩 – 後編

Vtuberの輝夜月やハコス・ベールズ。ディズニーの作品をイラストで表現した『Disney Collection by Mika Pikazo』。更には「ファイアーエムブレム エンゲージ」、「Fate/Grand Order」などのゲーム内に登場するキャラクターデザインに至るまで、近年では「イラストレーター」の枠を超え、活躍の場を広げてきたMika Pikazo。個展の開催にも積極的な彼女の仕事ぶりを見ると、間違いなく多作と言っていいと思う。何がここまで、彼女を“創作”に向かわせるのか。

過去のたくさんの素晴らしいインタビュー記事、その当時から、2025年9月現在に、彼女は何を思っているのか。Mika Pikazoさんのインタビューを前後編でお届けします。

FLOWERS OF THE HEAD

メンターとの出会い

Mika Pikazo(以下、M) – 尊敬している方で、とある音楽会社さんのプロデューサーさんがいるんです。クリエイターとかアーティストって、外に向けて作品を表現していく人たちだと思うんですけど、その人は、何気ない日常の中で、ちょっとした瞬間、エンターテインメントのようなものを見せてくる。もう7、8年の付き合いになるんですけど、こんなことをできる人が世の中にいるんだ、と驚いた方でした。その方は多分、「この人に今こういったことを言うべきだ」みたいなことがすごく分かる人で、自分がどうしようもないくらいメンタルを崩していた時に、最後にこの人に会いにいこうと思って、泣きながら相談しに行きました。

GALVANIZE

そんなすごい方がいるんですね!

M – そうなんです。私が「本当に辛くてしょうがないけど、絵のことを考えず休むべきだと周りから言われたけど、でも休みたくないんです、描いても休んでも辛くて、どうしたらいいかわからない」って。そしたらその方に「じゃあ今のMikaさんの想いを絵のコンセプトとして昇華させるべきだ」って言われて。「 絶対それ、絵に入れた方がいい。元気になっちゃったら今の気持ちはもう描けなくなるよ」と。 それから、今の自分にしかできないことってなんだろうと考えに考えて、辛い気持ちを日記に書くようにしたんです。辛い、悲しいとか、同じような言葉がすっごい書かれてるんですけど、それを書くことによって、展示会のコンセプトにできないかな、とか。 今の気持ちををちゃんと物語とか絵に入れようって思って。 辛いってすごく主観的じゃないですか。その主観的なものっていうのは、もう、周りが見えないような状況でしか作れないから。 当時はめちゃめちゃ辛かったし、自分が描いた絵がいいかどうかもわからなくなっちゃって。もっとできたんじゃないかとかも思いながら完成させたのですが、今その絵を見たとき、「本当にそのときにしか描けないものがあるんだ」と思います。あんなに辛くて悲しかったのに、自分が描いた絵は優しい顔をしていた。しっかり当時の感情が込められていて、本当に好きだなと思いますね。描いてよかったです。

宇宙を漂う1人の少女

それはちなみにどの作品ですか?

M – 「UNDER VOYAGER」です。展示会のタイトルの絵ですね。宇宙に漂ってる女の子の絵なのですが、当時の自分の心理状況とかもそうですし、呼吸ができなくて、いろんなものが浮遊して止まっていて、でも信号だけは発せられている…みたいな…。

個展「UNDER VOYAGER」メインビジュアル

宇宙探査機「UNDER VOYAGER」に
乗っていた人間少女”ライカ”(LAIKA)は
探査機の故障トラブルにより、
宇宙のどこかに墜落してしまった。
意識不明のライカが目を覚ますと、
そこには見たことのない世界が広がっていた…
探査機はもう壊れて動かない、
この星で生きていかなければいけない
身体負傷、混濁した記憶の中、
ライカの生きる希望を探す旅が始まった。

展示「UNDER VOYAGER」のプロローグにはこのように書かれています。今の話も踏まえると、当時のMikaさんの心情と本当にリンクしていますね。展示を企画する時は、大抵どういったプロセスで制作に入るのですか?

M – タイトルとコンセプトから決めます。その後に展示の空間的な演出を決めて、ようやく絵の制作に入ります。もともと描いてあった絵を展示することもあるのですが、既にある絵をどう見せるかというよりかは、空間があって、その後に、ここの部分にはこういう連作を描こうかとかっていうイメージです。

そのベースの中で、一枚一枚の絵に、その時点での感情を込めて描いていくと。

M – そうですね。

個展「UNDER VOYAGER」会場の様子

短歌とイラストの化学反応

ちなみに今計画している展示などはありますか?

M – 「感情展」という展示を来年に開催予定です。これまでの自分の個展とは違って、クリエイティブディレクション的な挑戦としての意味合いが大きい展示企画です。自分の絵は一つの表現ですが、やってみたいことは自分の絵だけではなく、もっと複合的に面白いものを作ってみたい…。そういった想いで今回こうした形を試しています。

Mika Pikazo「感情展」メインビジュアル/2026年2月13日より開催予定

展示のテーマについて教えてください。

M – テーマはタイトルにある通り、「感情」です。短歌に関しては、著名な短歌作家である方々の作品や、現代のイラストレーションを盛り上げている様々なイラストレーターの方々に参加していただきます。

短歌とイラスト!それぞれの表現はどのように絡むのでしょうか?

M – 短歌とイラストは、一見文字と絵といった異なる表現手法を用いて作品へと昇華していますが、根本的には、クリエイティブというものは、人間の中から沸き立つ感情があって、そこから生まれると思うんです。楽しいから描く、怒りや悲しみを表現する、そういった感情そのものが作品の起点になると考えました。だからこそ、作るに至るプロセスはみんな同じところから始まっているのではないかって。今回は、そうした「感情」がテーマの展示にしたくて、「感情展」という名前を付けました。形容詞としてはひとつの感情の表現でも、文字としてはこういった複雑な表現が絡んでいて、絵ではまた全く異なる、言葉にできない表現になるとか。あとは、怒りとか楽しさを感じる時って、いろんなものを内包していると思うんです。怒ってるけど、本当は悲しい、とか、楽しいけど焦ってる、みたいに、表面だけではわからない何重にも重なった思惑がある。そういったところにフォーカスした作品で構成しています。

Mika Pikazoは「アート」なのか

そうしたディレクション的な要素をはじめ、「イラストレーター」として型にはまらないご活躍だったり、イラストに和柄を取り入れている点からは、日本と海外を繋ぐ意識、アートと日本のカルチャーの融合、といったような、例えば村上隆のような感覚もあったりするのかなと思ったのですが、いかがですか?

M – 例えば、日本を代表する芸術表現のひとつに、「浮世絵」がありますが、元々の始まりとして芸術ではなく、グラフィックというか、エンターテインメントの文脈が強いですよね。 「漫画」とか「アニメ」も娯楽として作られたものとして既に確立している。だからこそ、それ自体が何事にも代え難い世界に匹敵する芸術表現だと思いますし、すごくそこに対するリスペクトがありまして。アートとして表現をするというよりも、誰かを楽しませるために作った浮世絵や日本の漫画・アニメがあって、そこから多角的な解釈が広がっている。そういったエンターテインメントに強く影響を受けたんだと思います。だからこそ、娯楽から生まれる芸術表現を突き詰めていきたいのかもしれません。

和装少女

再解釈したり、それこそディレクターズカットをしなくても、本来のもの自体がいいよねっていう。

M – もの自体が本当にすごいものだから。そこに誇りを持ってるし、自分も影響を受けて表現をしている。

Mikaさんの作品で言うと、「アート」という認識よりかは、“エンターテインメント”として出しているという感覚なんですね。

M – そうですね。  アメリカの音楽などのポップシーンでは、 彼らは作品に込める社会的なメッセージが強いんですよ。例えば政治的・宗教的な観点がクリエイティブと一体になっている。それを軸に自分はここに立っているっていう感覚がすごく強いと思うんです。日本の場合は、それが結びついてい̇な̇い̇ことの面白さだなって思うんです。空想の世界、ストーリーというか。信念や思想があえてぼやかされているからこその狂気があると思います。「初音ミク」とか、Vtuberとか、空想を空想の世界で描ききることって、ある種、日本独自の世界だなと思います。 そこに私はリスペクトと誇りを感じています。私自身がそのコンテンツに囲まれて育って、熱狂して、このエンターテインメントにしか表現することのできない希望の光がある、と思っています。

一般的に、美術館や展示会において、1枚の絵に対する鑑賞時間は15秒から30秒とされる。SNSをはじめ加速化する情報社会において、ひょっとすると、デジタルのイラストに与えられた時間はもっと少ないかもしれない。ただ、例えそのほとんど一瞬においても、Mika Pikazoの作品はみずみずしい躍動感を放つ。「私はここにいる」と。そして気付けば暫く眺めてしまう。それは“絵を描く”技術力の結晶であると同時に、それ以外の“何か”が影響している気がしている。迷信は信じないタチの私だが、想いの込められたモノには、魂が宿る。そう信じ始めている。

【Interview】Mika Pikazoにしか表現できない色彩 – 前編

Vtuberの輝夜月やハコス・ベールズ。ディズニーの作品をイラストで表現した『Disney Collection by Mika Pikazo』。更には「ファイアーエムブレム エンゲージ」、「Fate/Grand Order」などのゲーム内に登場するキャラクターデザインに至るまで、近年では「イラストレーター」の枠を超え、活躍の場を広げてきたMika Pikazo。個展の開催にも積極的な彼女の仕事ぶりを見ると、間違いなく多作と言っていいと思う。何がここまで、彼女を“創作”に向かわせるのか。

過去のたくさんの素晴らしいインタビュー記事、その当時から、2025年9月現在に、彼女は何を思っているのか。Mika Pikazoさんのインタビューを前後編でお届けします。

MANNEQUIN

変わるものと、変わらないもの

これは僕の所感なのですが、色々なイラストレーターやアーティストの方にお話を伺うなかで、Mika Pikazoさんって特にインタビュー記事が多い印象があるんです。もしかすると何か意図はありますか?

Mika Pikazo(以下、M) – ありがたいことにインタビュー依頼をいただくことは多いですね。意識しているのは、その時々の自分を記録しておきたい、ということかもしれません。例えば3年前のインタビューと今の自分の考えを比べると、全然違っていたりするんですよ。それは自分自身も社会や周囲の環境なども。もちろん、自分が創作をやる上で変わらない「芯」の部分はありますけど、そのときにしか残せない思考や表現ってあると思っていて、「今の自分はこう考えている」と残しておくことに意味を感じています。

XやInstagramの投稿でも、その辺りは考えていますか?

M – これまではSNSでプライベートのことなどはあまり発信してこなかったんです。ネガティブなこととか、普段自分が感じたこともそこまで言わないようにしていたんですけど、今後はそういうこともやっていきたいです。実はクリエイターの知り合いとかと話すときに、ずっと喋りながら制作してるくらい、話すことは好きなんですよ。 本当はXとかでも、140字びっしり思ってること書きたいくらいです(笑)。

心境が変わってきた理由はありますか?

クリエイターは作品を出すことが1番だって思っていたんです。ご飯屋さんがご飯を出すというか、美味しいご飯を出すことに意味があるみたいな感覚?ただ、“絵を描いていくこと”に関してもっと言葉でも伝えていくべきだと思ったんです。 もちろん今後もたくさん描いていきたいしそのつもりですけど、「この絵についてどういう想いで作ったのか」とか、「こういうのが自分は好きなんだ」っていう話も見ている方に伝えていきたい想いはあります。

ペンネームが、いつしか本名のように

過去のインタビューで、「「ありのままの自分」という言葉に違和感があって、「つくられた自分」をもっと見てほしい」といった発言がありました。それこそ今お話しているMika Pikazoさんは「ありのままの自分」と、「つくられた自分」、どちらになるんでしょう?

M – 今は混ざり合ってきていると思います。昔は、表と裏が分かれていた感覚がありましたけど、今は一体化してきた。パーソナルな部分と、Mika Pikazoとしての自分が、そんなに違わなくなってきた感じがします。

Mika Pikazo

プライベートのご自身とのギャップが無くなってきた?

M – 正直、Mika Pikazoとしての時間の方が長くて、むしろ家に宅配が来てインターホンで出る時に、本名を言われると「あ、そうだったか」と驚くくらいです(笑)。いつもクリエイティブな事ばかり考えているけど、もうそれが無いと無理というか。私のイラストは観ていると元気になるって言ってもらえることが多くて、すごく嬉しいのですが、私自身はすごく不安がりで、ずっとネガティブなんですよ。でも、その不安が強いからこそ、作品を作っているし、パワーを感じさせる絵を描きたいのかも。休みとかが逆に怖くて、創作について取り組んでいない時間が怖いです。

深く潜った先には、同胞がいる

不安な気持ちを創作によって解放するようなニュアンスかと思うのですが、以前他のインタビューで、ジバンシーなどのファッションデザイナーを務めたアレキサンダー・マックイーンからの影響について語られていました。彼は、徹底的に自己の内面と向き合うことでアバンギャルドな作品を発表し続けた人物という印象で、必ずしもカタルシスとしての芸術表現ではなかったかもしれない。その辺りも共鳴する要素としてありますか?

M –  様々なアーティストさんの話を横から聞くときに、「いい人だったよ」みたいな話には、そこまで惹かれないんです。どちらかと言うと、創作に想いが行き過ぎちゃってる、ストイックすぎて、こだわり過ぎちゃって、変になっちゃってるような、そういう話を聞くとすごく安心するんですね。「 ああ、よかった」って思う。だからああいう素敵な作品を作れるんだ、と思う方もいる。自分も考えが行き過ぎちゃう時があったりするので、側から見ればやめたほうがいいっていうような精神状況になっていても、でも突き詰めていく先に何かあるんじゃないかと思ってしまうし、願いを込めています。

Mikaさん自身はデッドラインというか、これ以上いったら引き返せなくなるなみたいな局面はありましたか?これ以上悩んだり向き合い続けたら、戻ってこれない、おかしくなってしまう、といったような経験。

M –  今、そこに入り始めたなって思います。メンタルを病んでるとかではないんですけど、展示会をやったり、自分がやりたいことのコンセプトに向き合っていくと、すごく自分を削るんですね。自分の中にあるものをひとつひとつ削って出している感覚があって。 その中で、自分が求めるクリエイティブが、どんどん研ぎ澄まされていく感覚もある。それこそさっき、「絵を描いていないと不安になる」みたいに言いましたけど、自分の一日、生活が、それに染まりすぎてしまって、それ以外の生活に関する判断基準が、自分の創作に取り込めるか取り込めないかみたいに考えてしまうときがある。そういうところに入ってしまったんだって、最近本当に感じます。

マックイーンに対して、クリエイターとして素晴らしい人生を送ったのではないか」とおっしゃっていましたが、現在のMika Pikazoの理想の人生とはどういったものですか?

M –  今の気持ちは…寿命で死ぬまで描いていたいです。70、80になっても描いていたい。

寿命まで。マックイーンは、デッドラインを超えて帰って来なかった。

M –  マックイーンは過労やプライベートの不幸な出来事が重なってしまって、自殺をしてしまったとこの映画では描かれていましたが…私は自殺はやっぱりするべきではないと思います。でも、すごく苦しいとき、そういうことを考えてしまうことはあるし、どれだけ周りがよくないといっても、苦しさの渦中にいる本人には別の視点が見えている。「自分なんか生きててもしょうがないんじゃないか」って思ってしまったり。じゃあ、知り合いがそういう状態になったら、絶対良くないって止めるし、話をずっと聞いて少しでも気持ちが楽になる方法を見つけたいって思うけど…。でも、マックイーンは最期まで、自身の内面も織り交ぜて、作品にした。それは狂気にも似たカタルシスを含んでいて、他の人には到達できない表現を作った。その姿勢にはリスペクトしています。ただ、なんだろうな。個人的には、自殺はよくないという想いは変わりません。自分が彼の作品のファンでもあるので、もっと見たいっていう気持ちもあるし、彼が残した限りある作品を何度も観ていて勇気をもらっているので、そういう意味でも、ずっと…。 ずっと描き続けていたいです。

展示会「ILY GIRL」

展示会に行く前からが展示会です

絵を描く以外に、趣味とかはありますか?休みの日も、本当に絵のことだけ…?

M –  例えばインプットが足りないなと思って、旅行に行ったり、美術館に行ったり、自分が普段やらないようなことをやってみるというのはあるんですけど、それも創作と切り離したことはしたくないですね。 普段の生活的な部分では行動力もないしビビりなんですが、それがクリエイティブにつながった瞬間、すぐ「行こう!」「やろう!」ってなります(笑)。

それは具体的に何か情報を知りたいのか、感覚的に浴びたいのか、どういったニュアンスですか?

M –  どちらもありますね。特に展示会をやるときに、お客さんがどのような想いで来て頂いているのか、シミュレーションというか、イメージすることが多くて。その参考の為にも、色々な展示会に出掛けます。例えば二年前に開催した展示会「ILY GIRL」は、コンセプトが決まる前、開催が決まった会場へ色々な駅から歩いてみて、道中のお客さんの気持ちを想像したりしました。どんな思いで観に来てくれるのか、嬉しいことがあったのか、不安なことを抱えているのか、今日1日原宿楽しむぞ!って気持ちなのかとか。たどり着くまでに何を求めていて、何を見たいかっていうのはかなり考えました。

展示会「ILY GIRL」での東急プラザラッピングの様子

そこまで考えているんですね。

M –  そうですね。朝イチで行ったらどうかとか、夕方行ったらどうか、とか。
いろんな方向から、この展示会に向かうときの見え方と気持ちを深く掘り下げてみたり。

本当にどうしようもなくなったことなどはありますか?これは自分一人じゃ解決できないな、みたいな。

M – 一度メンタルを大きく崩してしまったことがあって。その時は、ずっと尊敬している、とある音楽会社さんのプロデューサーさんの方がいるのですが________________。

彼女の創作に向き合う姿勢や、不安と表現の関係性について深く語っていただいた前編。後編では、Mika Pikazoがこれから挑みたいこと、そして描き続ける先に見据える未来についてさらに迫っていきます。

自分でボケて、自分でツッコむ – おほしんたろうが描く1コマ漫画の世界 【後編】

幼い頃から描いていた絵と、学生時代に右も左も分からないまま上がった芸人の舞台。その2つが交わった時。そしてそこに、少しの隠し味が加わった時____。

お笑い芸人、漫画家、イラストレーターなど、多方面に活躍するおほしんたろうの現在のスタイルに至るまでの軌跡、その創作の背景を紐解くインタビューを前後編でお届けします。

お笑いとイラストが混じり合う

学生時代のお笑いのネタではオーソドックスなコントなどをやっていたとのことでしたが、イラストや1コマ漫画がネタに登場するようになったのはいつ頃ですか?

おほしんたろう(以下:おほ) – それはもう事務所に入ってからですね。“芸人”になってからです。 それこそ twitter(現X)とかに漫画をあげたら割と反応がよくて。だったらこういうことやった方がいいのかなと思って、フリップネタとかをやるようになりました。

フリップネタを披露するおほしんたろう

元から絵も描いてたし。

おほ – そうですね。もちろん「フリップネタ」という存在は知っていたんですけど、なぜかそれをやるっていう発想がなくて。

ちょっと不思議ですね。

おほ – ですよね。「やりゃいいやん」 って思うと思うんですけど、こういうのって客観的に見れないというか、意外と本人からしたら分からないじゃないですか。

たしかにそういうのはありますね!

描き過̇ぎ̇な̇い̇という隠し味

1コマ漫画を作る時はどんなイメージで作っていますか?

おほ – 大喜利のお題と答えを自分で用意して出すイメージです。イラストと文字を入れて、イラストで回答するような、自己完結の大喜利です。先に大喜利のお題を考えて、その答えとしてイラストを描くので、いいお題が思いつくと割とスラスラ描けます。

以前別のインタビューで、「半分ぼーっとしながら、半分考えている」状態の時にネタが思い浮かぶとおっしゃってましたが、それは今もそうですか?

おほ – 基本的にはもう「描くぞ!」と思って、そこから考えています。ぼんやりしてる時にたまたま浮かぶこともあるんですけど、 それはラッキー。 やっぱり「考えるぞ!」ってやらないと、なかなか思い浮かばないですね。全然面白いことが浮かばないなみたいな時は、何個か描いて、 うーん、みたいな時間は結構あります。でも、何個か描いてたらノってきたりします。

何か特別に意識してることはありますか?

おほ – 憧れの和田ラジヲさんが、「 絵は描きすぎると上手くなっちゃうんだよ」って言ってて。特にああいった感じのギャグって、絵が上手すぎてもなんか違って、一番いいバランスがあると思うんです。ただ、例えば、いい具合に死んだ目の人を描きたいけど、そういう時ってやっぱりどうしても和田ラジヲさんの絵に寄っていってしまう。それも違うので、自分なりの絵柄で描けるように何とか調整する感じです。

和田ラジヲさん公式X

「お笑いとか漫画とかやってますけど、いかがお過ごしですか?」

そのほかに憧れている人はいますか?

おほ – お笑いやりながら絵とかもやっているっていう意味だと、くっきー!さんとか、天竺鼠の川原さんとかは、ネタも面白いし、絵の方も好きです。すごいなって思います。あとは『サラリーマン山崎シゲル』っていう漫画の田中光さんも好きですね。この人もお笑い芸人であり、漫画家でもあるっていう方で。

例えば今挙げられた方とネタが被らないように気をつけていることとかはありますか? 

おほ –  自分が面白いと思うかどうかが最初の基準です。その上で、「これはやられてるかな?これはあんまりやってないかな」っていう、そこの見極めだけですね。あくまで考えた上で、被っているかどうかを判断しています。

『サラリーマン山崎シゲル』公式X

それこそいろいろな活動をされていますが、ご自身の中で肩書きは何だと思いますか?

おほ –  例えばテレビに出るとして、「ザ・お笑い」みたいな仕事ってあんまりなくて。僕の場合は、早朝の情報番組で芸能ニュースを読み上げる、とか、地元の佐賀の情報番組で天気を読むっていう仕事とか、まあ要所要所にちょっと小ボケを入れたりはしますけど、ベースの中での「お笑い」っていう仕事でもなくって。あんまりこう、「芸人です!」っていうのが若干、「それ言っていいのか?」みたいな感じには思ってるので、「お笑いとか漫画とかをやってます」みたいにふわっとさせることが多いです。「漫画家です。」も、ちょっと言い過ぎかなとか思うんで。「お笑いとか漫画とかやってますけど、いかがお過ごしですか?」みたいな 感じで生きてます(笑)。

 Instagramでの1コマ漫画などすごく話題になっていますが、知名度が上がるにつれて、もしかすると、しがらみとか、例えば受け手の反応がネタに影響したりすることはありますか?これがウケそうだな、とか。

おほ –  あー、いや。やっぱり出してみるまでは全然わからないですね。

そういうものなんですね。

おほ – 自分的に、「あ、これ面白いぞ」と思っても、蓋開けてみたら全然伸びないことも多いですし。分かりやすいネタの方が反応多いかな?くらいはありますけど、でもやっぱり どれが評判いいかとかは全くわからない。出してみて毎回、「 へー!?」みたいな感じです。 

反応とかはやっぱり気になるものですか?

おほ – そうですね。やっぱり「いいね」がたくさんつくと嬉しいですよね。ただそこがネタづくりにおいて、自分の中のテンションと一致するか?って言ったら全然そんなことはないです。

1コマ漫画だとかなりの制約があると思いますが、1コマで落としきるコツや意識していることはありますか?

おほ – そうですね…。 落ちてないやつも好きなんで、それがややこしいんですよ。ちゃんと落ちてるやつも勿論いいんですけど、 やっぱり『ファミ通』の時代から、「なんだ。これ?」みたいな、よくわかんないやつが好きっていうのがずっとあるので。なので、落とすコツっていうとわかんないですけど、落ちなくてもいいかなとは思っています。

なるほど。なんか空気感というか、余白が残る感じの。

おほ –  そうですね。受け手側に突っ込んでもらうくらいの。ただ、やっぱり落ちてるやつの方がウケはいいですよ(笑)。

あ、それはやっぱそうなんですね。

おほ –  そうですね。やっぱりちゃんと落ちてるんで。そりゃそうだなっていう。

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