【連載】アート事件簿 Vol.1「美術史上最大級の贋作事件」 ー “本物”を揺さぶる天才贋作師 ヴォルフガング・ベルトラッキ

ヴォルフガング・ベルトラッキ(2024) / Wikimedia Commonsより

ヴォルフガング・ベルトラッキは、逮捕後のインタビューで「間違ったことをしたと思いますか?」と問われ、こう答えた。

「間違った絵の具を使ってしまった」と。

天才贋作師と呼ばれた彼が世に送り出した”名画”は300点以上。しかし、そのすべてが彼自身の手による”偽物”だった。

しかも彼が描いていたのは、既存の作品をただコピーしたものだけではない。「もし〇〇がこの時代にこんな作品を描いていたら…」という想像のもと、本来存在しない新作まで制作していたのだ。

それらは世界中で本物として取引され、事件全体で約40億円規模の被害を生み出した。

そして、この事件は決して対岸の火事ではない。

1999年、徳島県立近代美術館が6720万円で購入したジャン・メッツァンジェの『自転車乗り』。そして1996年、高知県立美術館が1800万円で購入したハインリヒ・カンペンドンクの『少女と白鳥』。これらはいずれも20年以上にわたり本物として展示されてきたが、後にベルトラッキ本人が「自分が描いた作品だ」と主張した。

さらに、日本の個人コレクターが所有するマリー・ローランサン作品についても同様の発言をしている。つまり、私たちが「本物」だと思って見てきた作品の中にも、彼の贋作が含まれていた可能性があるのだ。

しかし、ここで少し立ち止まって考えてみたい。

もしその作品が贋作だったとしても、それを見て「美しい」と感じた気持ちまで偽物になるのだろうか?

ベルトラッキはこう語っている。

「私は美しいものを作らなければならない。……人を幸せにしたいんだ。」

もちろん、これは犯罪を正当化する言葉ではない。しかし、この言葉を聞くと、彼が一人の画家としての意識を持っていたこともうかがえる。

実際、彼の父親は教会壁画や名画のコピーを手がける修復師であり、ベルトラッキ自身も幼い頃から父の仕事を手伝っていた。数え切れないほどの本物の名画を間近で観察し、絵具の重なりや筆致、キャンバスの質感まで身体で学んできた経験。それこそが、専門家すら欺く圧倒的な再現力につながったのだろう。

「KAIROS. The Right Moment」in Venice in 2018 /
画家ヴォルフガング・ベルトラッキ(Wolfgang Beltracchi)と、写真家マウロ・フィオレーゼ(Mauro Fiorese)の作品による巡回展 /
Wikimedia Commonsより

彼は、専門家たちについてこう振り返る。

「専門家たちのほとんどは真剣だった。本当に真剣だった。彼らの唯一の問題は、私が上手すぎたということだ。」

一見すると挑発的な言葉だ。しかし彼の持つ卓越した知識と技術が、紛れもなく本物だったことは事実である。だとすれば、私たちにとっての”本物”とは何だろう。作品そのものなのか、それとも作者の名前や来歴なのか。

ベルトラッキの存在は、”本物”という価値観そのものを揺さぶっているのかもしれない。

「自由研究」の現在地 – 定番スポットから珍奇スポットまで

前編では、懐かしの定番自由研究と、令和の最新自由研究キットを紹介した。後編では、自由研究のネタ探しにぴったりな、都内のお出かけスポットを紹介したい。

自由研究をしに出かけよう

国立科学博物館 公式HPより

自由研究のネタは、家の中だけで探すものじゃない。

国立科学博物館をはじめ、都心には自由研究のヒントになりそうな施設が山ほどあるけれど、今年の夏、特に足を運ぶ価値のあるスポットをぜひチェックしてみてほしい。

①日本科学未来館

日本科学未来館 公式HPより

まずは王道から。

日本科学未来館は、2026年10月から2027年4月まで施設整備のため長期休館することが決まっている。つまり、この夏が当面のあいだ最後の開館シーズン。「行こう行こうと思っているうちに気づけば何年も経っていた」というあなた、今年の夏こそチャンスかも。最新のロボット技術やAIの展示は、令和の自由研究テーマとの相性も抜群だ。

日本科学未来館

・住所:〒135-0064 東京都江東区青海2丁目3−6
・公式サイト:https://www.miraikan.jst.go.jp
・公式SNS:https://x.com/miraikan
・休館日:毎週火曜日(火曜日が祝日の場合は開館)、12月28日~1月1日
・営業時間:10:00〜17:00 (入館券の購入および受付は16:30まで)
・入館料:常設展 – 大人:630円 / 小学生~18歳以下:210円 ※毎週土曜日は無料 / 未就学児:無料
※常設展以外の特別展、ドームシアターのご観覧には、別途チケットのご購入が必要です。詳しくは公式サイトをご確認ください。
※休館日、営業時間、入館料に関しては変更の可能性があるので、公式サイトをご確認ください。

②地下鉄博物館

次に、葛西の地下鉄博物館

ちょうど開館40周年を迎えていて、8月30日(日)まで記念イベント「ちかはく・メモリアル40」を開催中。40年分の歩みを追う写真展や記念グッズも登場する、鉄道好きにとっては見逃せないタイミングだ。実物の車両に乗り込んで運転シミュレーターを体験できるコーナーもあり、自由研究にはうってつけの環境が揃っている。

地下鉄博物館

・住所:〒134-0084 東京都江戸川区東葛西6丁目3−1 東京メトロ東西線 葛西駅高架下
・公式サイト:https://www.chikahaku.jp
・公式SNS:https://x.com/MetroMuseum
・休館日:毎週月曜日(祝日・振替休日となる場合、その翌日) / 年末年始(12/30~1/3)
・営業時間:10:00~17:00(※入館は16:30まで)
・入館料:大人:220円 / 子供:100円(※満4歳以上中学生まで)
※休館日、営業時間、入館料に関しては変更の可能性があるので、公式サイトをご確認ください。

③東京都水の科学館

東京都水の科学館 公式HPより

続いて、有明の東京都水の科学館

無料で楽しめる体験型施設で、見どころは「水のたびシアター」。周り4面にぐるっと映し出される映像を見ていると、自分が水つぶになった感覚で大自然をめぐる旅を体験できる。蛇口をひねれば当たり前に出てくる水が、どこから来てどこへ行くのか。普段は意識しないテーマだからこそ、自由研究として掘り下げるとかなり奥が深い。

東京都水の科学館

・住所:〒135-0063 東京都江東区有明3丁目1−8
・公式サイト:https://www.mizunokagaku.jp
・公式SNS:https://x.com/mizunokagakukan
・休館日:月曜日(休日の場合その翌日) / 年末年始:12月28日~1月4日(その他臨時休館日は要確認)
・営業時間:9:30~17:00(入館は16:30まで)
・入館料:無料
※休館日、営業時間、入館料に関しては変更の可能性があるので、公式サイトをご確認ください。

ここからは、少し変わり種を2つ。

④消防博物館

消防博物館 公式HPより

まずは四谷の消防博物館

無料で入れるうえに、9月13日まで特別企画展「知っていますか?空の消防救助機動部隊!」を開催中。消防ヘリコプターの活動を紹介する内容で、館オリジナルのワークシートも用意されているというから、そのまま自由研究の下書きにできてしまう。歴代の消防車や、江戸時代の火消しの道具まで展示されていて、時代ごとの「消火の工夫」を比較するテーマにも発展させやすい。

消防博物館

・住所: 〒160-0004 東京都新宿区四谷3丁目10−10
・公式サイト:https://www.tfd.metro.tokyo.lg.jp/taiken/hkkan/index.html
・休館日:毎週月曜日(国民の祝日に当たる場合は開館し、直後の平日を休館日とする。 / 年末年始:12月29日~1月3日(その他臨時休館日は要確認)
・営業時間:9時30分~17時(最終入館は16時30分)
(図書資料室は水・金・日の13時~16時30分)
・入館料:無料
※休館日、営業時間、入館料に関しては変更の可能性があるので、公式サイトをご確認ください。

⑤目黒寄生虫館

次に、目黒の目黒寄生虫館

常設展ながら、8.8メートルのサナダムシ標本という強烈すぎるインパクトで知られる、都内屈指の知る人ぞ知るスポット。マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏も、来日時にプライベートで訪問したそう。特別展として、9月27日(日)まで「寄生虫標本づくりに挑戦!」も開催中。夏休みの自由研究に「ちょっと人と違うテーマ」を選びたい人には、これ以上ない選択肢だと思う。

目黒寄生虫館

・住所:〒153-0064 東京都目黒区下目黒4丁目1−1
・公式サイト:https://www.kiseichu.org
・休館日:毎週月曜日・火曜日/年末年始(月曜日・火曜日が祝日の場合は開館し、直近の平日に休館)
・営業時間:10時~17時
・入館料:無料
※休館日、営業時間、入館料に関しては変更の可能性があるので、公式サイトをご確認ください。

⑥すみだ北斎美術館

すみだ北斎美術館 公式HPより

もう一つ、少し毛色の違うスポットとして紹介したいのが、両国のすみだ北斎美術館

8月30日(日)まで、葛飾北斎と歌川広重という2大絵師の風景画を並べて紹介する企画展「北斎 広重 ふたりの富士、それぞれの富士」を開催中だ。同じ江戸の風景を、それぞれの絵師がどう描き分けたのかを見比べられる、まさに「観察と比較」がテーマの展覧会。自由研究の王道である “比較” というアプローチを、アートの視点から体感できる貴重な機会だ。妹島和世氏設計の建物自体も、鏡のような外壁が特徴的で一見の価値がある。

すみだ北斎美術館

・住所:〒130-0014 東京都墨田区亀沢2丁目7−2
・公式サイト:https://hokusai-museum.jp
・公式SNS:https://x.com/HokusaiMuseum?lang=ja
・休館日:毎週月曜日(月曜が祝日または振替休日の場合はその翌平日)、年末年始(12月29日~1月3日)
・営業時間:9:30~17:30(入館は閉館の30分前まで)
・入館料:各展示ごとに公式サイトをご確認ください。
※休館日、営業時間、入館料に関しては変更の可能性があるので、公式サイトをご確認ください。

王道から変わり種まで、テーマも雰囲気もバラバラな6施設を並べてみたけれど、共通しているのは「実物を目の前にすると、自由研究のアイデアはいくらでも湧いてくる」ということ。写真を撮る、パンフレットをもらう、気づいたことをメモしておく。それだけでも立派な下調べになる。気になった施設があれば、この夏のうちにぜひ足を運んでみてほしい。

自由研究は、まさに「アート」である

ちょっとここで視点を変えてみたい。自由研究の工程を分解すると、テーマを選び、調べ、手を動かし、まとめる。これって、創作活動のプロセスそのものじゃないだろうか。

しかも自由研究には、そもそも「正解」がなかった。先生からテーマを与えられるわけでも、模範解答が用意されているわけでもない。あるのはただ、自分の「気になる」という気持ちと、それをどう形にするかという工夫だけ。完成度なんて二の次で、夏休み最終日に雑にまとめた模造紙ですら、今見返せば当時の自分が何を面白がっていたかが飾らずに残っている。

大人になった私たちが「創作」や「表現」と聞いて身構えてしまうのは、いつの間にか「うまくやらなきゃ」というプレッシャーを背負い込んでいるからかもしれない。何かを作ろうとするとき、「うまくできるか」より先に「気になるか」を思い出してみる。自由研究が教えてくれるのは、案外そんなシンプルなことだ。

「自由研究」の現在地 – 懐かしの定番から最新キットまで

夏休みの宿題の中で、何が一番憂鬱だったか覚えているだろうか。計算ドリルでも、読書感想文でもない。あの、テーマも中身も全部自分で決めなきゃいけない、恐怖の「自由研究」である。

自由とは名ばかりで、実際は夏休み最終日に泣きながら模造紙に向き合う羽目になった人も多いはず。かくいう私もそのひとりだ。テーマ選びに1週間、実験に1日、まとめに残り全部の時間を溶かした記憶がある。宿題界のラスボス、それが自由研究だった。

けれど。

大人になった今、あらためて振り返ってみると、これがなかなか侮れない宿題だったことに気づく。誰かに指示されたわけでもなく、自分の好奇心だけを頼りに手を動かし、うまくいかない実験に舌打ちしながらも、最終的には一つの「作品」に仕上げる。

それって、けっこう立派な創作活動だったのではないか…?

というわけでこの記事では、懐かしの定番自由研究と、驚くほど進化した最新キットを紹介していく。

大人になった私たちにとっては、懐かしさとして。子育て世代には、子どもと一緒に楽しむヒントとして。子どもたちにとっては、数ある情報の中から自分だけのテーマを見つける入り口として。
読み終わる頃には、「自由研究、本気でやってみようかな」と思ってもらえたら嬉しい。

懐かしの定番自由研究 ①:『学研の科学と学習』

『学研の学習 はにわの大国宝展』(発売:2026年7月9日 / 発行:Gakken / 監修:東京国立博物館) / PR TIMESより

まず思い出したいのは、『学研の科学と学習』だ。

カブトエビの飼育セットやピカピカどろだんごキットなど、本格的な付録たちに胸を躍らせた世代、けっこう多いのでは。1946年に創刊され、2010年の休刊まで60年超続いた国民的教材が、今年の7月に16年ぶりに復刊しているというから驚きだ。あの頃のワクワクを思い出したい人は、ぜひチェックしてみてほしい。

懐かしの定番自由研究 ②:「昆虫採集、標本づくり」

そして、夏休みといえばの昆虫採集、標本づくり。

虫取り網を持って早朝の公園に繰り出し、必死に追いかけたカブトムシやセミ。虫かごを首から下げて歩くだけで、なんだか一人前の研究者になった気分だった。標本箱にピンで留める瞬間の、あの緊張感を覚えている人も多いはず。

進化する最新の自由研究キットたち ①:進化する標本づくり「UVレジンの標本キット」

一方、令和の自由研究キットは、私たちが子どもだった頃とは別次元の進化を遂げている。

『レジンクラフト 標本スターターキット』 / ケラッタ公式オンラインストアより

その筆頭が、UVレジンの標本キット。

昆虫や恐竜のミニチュアを樹脂に閉じ込めて作る、キラキラした標本。低学年向けランキングでも常に上位の人気ジャンルだ。

考えてみれば、あの頃は公園を何時間も走り回って虫を追いかけ、展足して、乾燥させて、ようやく1匹の標本が完成した。それが今では、レジン液にモチーフを浸して紫外線を当てれば、数分でキラキラの “標本” が完成してしまう。日焼けもせず、虫に逃げられることもなく、涼しい部屋の中で完結する自由研究。時代の進化とはいえ、ちょっと羨ましいような、少し味気ないような、複雑な気持ちにもなる。とはいえ手間も時間もまったく真逆なのに、「標本をつくりたい」という気持ちの根っこは変わっていないのが、なんだか面白い。

進化する最新の自由研究キットたち ②:「最新のプログラミング工作」

そしてmicro:bitScratchMinecraftを使ったプログラミング系の工作。

ゲームやアニメーションを作ったり、センサー付きのロボットを動かしたりする中で、あれこれ考えてオリジナリティが出せることから、現在の小学生たちにとって、周りと被りにくく人気のテーマだ。プログラミングと聞くと難しそうに感じるが、実際はブロックを組み合わせるだけの直感的な操作でできるものも多く、低学年から挑戦しているケースも珍しくないという。

「マイクラでまちづくり!!~小学生1000人で夏の自由研究2026~」 / PR TIMESより

企業が本気でこのテーマをバックアップしているのも面白いところ。株式会社KULeスタジアム株式会社が主催する「マイクラでまちづくり!!~小学生1000人で夏の自由研究~」は、Minecraft上で自分の住みたい家やまちを自由に建築できる、参加無料の教育型イベント。2026年は7月18日から8月16日にかけて開催され、すでに終了してしまったが、2025年も同様のイベントが行われていたようなので、来年も開催されるかも!?

進化する最新の自由研究キットたち ③:「自由研究」にも、とうとう生成AIが登場

AI自由研究(イメージ)

極めつけは、ChatGPTなどの生成AIを「相談相手」として使う自由研究。

「テーマが決まらない」というときに相談すれば、天文学から食品科学まで幅広い候補を提案してくれるし、テーマが決まった後も「実験に必要な道具は?」「観察の記録の取り方は?」「グラフの作り方は?」と、その都度質問しながら研究を一歩ずつ前に進めていける。まるで、いつでも質問できる家庭教師が隣にいるような感覚だ。

かつては図書館で分厚い図鑑を何冊も広げて調べ物をしたものだが、今は手元のスマホに質問を打ち込むだけで、それなりに筋の通った答えが返ってくる。ただし、AIの回答をそのまま丸写しするのはご法度。回答には誤りが混じることもあるので、書籍や信頼できるサイトで裏を取りながら、自分の言葉でまとめ直す作業は欠かせない。むしろ「この答え、本当に合ってるのかな?」と首をひねりながら確かめていく工程こそが、自由研究の本質と言えるかもしれない。

時代の流れとともに、道具も技術も大きく変化していく。けれど、「気になることを、自分の手で確かめてみたい」という衝動そのものは、実は昔からまったく変わっていない。

後半では、そんな自由研究のヒントになりそうな、実際に訪れたくなるスポットを紹介したい。懐かしさに浸るだけでは終わらせない、今すぐ使える情報もたっぷり詰め込んでいるので、お楽しみに。

日本発・世界共通「非常口マーク」の秘密。実生活を陰で支える「ピクトグラム」とは?

スマホで日常的に使われる「👍」といった絵文字は、言葉を介さずに世界中の人々が「good」であると理解できる。しかしよく考えてみたら、これは結構不思議なことじゃないだろうか?つまりただの絵が、世界共通の言葉になっているのだから。こうした視覚記号を、より言語的にシステム化したものが「ピクトグラム」だ。2020年東京オリンピックでの話題を覚えている読者もいるだろう。

現在世界中で見られるこのシステムが本格的に作られ、世界中に広まった背景には、日本のデザイナーたちの知られざる挑戦があった。今回は、そんなピクトグラムと日本の関係を追いつつ、ピクトグラムの役割について紹介したいと思う。

世界共通というシステム

ピクトグラムの原型は第一次世界大戦直後まで遡ります。当時オーストリアでは文字の読めない子どもへの教育用として「アイソタイプ」と呼ばれる記号が使われ、ヨーロッパの鉄道でも国境の交通整備に視覚的に理解できる記号が用いられていた。しかし、これらは統一されたシステムではなく、1964年の東京オリンピックで日本が働きかけるまで地域ごとでバラバラなままだった。実際、東京オリンピック前の日本でも、空港の禁煙表示は手書きの文字デザインのままだった。

東京オリンピック前までの日本は海外からの旅行者が非常に少なく、世界90カ国以上の人々が東京に集まる状況は前代未聞だったという。すべての言語で施設案内を作るわけにもいかず困り果てた組織委員会は、デザイン評論家の勝見勝に相談した。勝見は、誰が見てすぐわかる言葉(視覚言語)の重要性を掲げ、田中一光や横尾忠則ら伝説的なクリエイター10人を集めてプロジェクトを立ち上げた。

1964年東京オリンピックのピクトグラム / Wikimedia Commonsより

彼らはトイレや休憩室を示す「施設シンボル」に加え、世界初の試みとして各競技を表す「競技シンボル」を開発。プロジェクトは見事に成功した。さらに勝見は、ピクトグラムは「世界共通」のシステムであるべきだという理念のもと、制作されたすべてのピクトグラムの著作権をあえて放棄した。この決断により、日本のデザインとそのシステムは以降のオリンピックでも受け継がれ、世界へと一気に普及していったのだった。

一人でも多くの人が理解できるための仕掛け

ピクトグラムの本質は「世界共通」であることだ。現在使われている多くのピクトグラムは、ISO(国際標準化機構)の規格に基づいている。その代表例が、日本人デザイナーの太田幸夫が1984年に設計した緑色の「非常口」ピクトグラムだ。

1970年代初頭まで、日本の非常口サインは「非・常・口」という漢字3文字が光るだけのものだった。しかし、火災事故をきっかけに設置が進む中、「外国人や子どもが理解できない」「施設全体が危険区域のように感じる」といったクレームが相次いだ。そこで太田は、日本代表としてISOに向けた新たな非常口ピクトグラムのデザインに着手することとなった。

太田らは全国から3373点ものデザインを公募し、煙の充満や照明の点滅といった災害時を想定した過酷な環境下で視認性の実験を繰り返した。老若男女がパニック時でも即座に理解できるかを科学的に検証し、1980年に洗練された「駆け込む人」のデザインを完成させたのだ。

ISO非常口ピクトグラム / Wikimedia Commonsより

非常口ピクトグラムのデザインは、単に多くの人種や年代といった「鑑賞者」を想定するだけでなく、視認が困難な「状況」すらも想定してデザインされている。しかも丸みを帯びた人のフォルムは緊張感を緩和し、緊急時の心理に配慮までされている。太田のピクトグラムが今日まで世界中で使用されてきたのは、こうした技術力の高さにあるだろう。

現代ピクトグラムの挑戦

そして現代でも、日本はピクトグラム先進国であろうとしている。渋谷区の公衆トイレプロジェクト「THE TOKYO TOILET PROJECT」では、世界的クリエイター16名による多様な検知デザインに対し、グラフィックデザイナー・佐藤可士和がデザインしたピクトグラムが全てのトイレに共通して使用されている。佐藤可士和は日本で最もよく使用されている種類のピクトグラムを参照し、新たなデザインを設計。一見すると標準的なピクトグラムだが、パーツの角をわずかに丸く面取りして成形されている。このデザインには、都会の冷たい印象を和らげ、利用者に安心感や優しさを感じさせる配慮がある。

恵比寿駅前の公衆トイレ/デザインは佐藤可士和 / Wikimedia Commonsより

ガラス張りで透明になるトイレ、木材を多用した森のようなトイレ、レトロな一軒家風トイレなど、外観や素材はバラバラだが、そこに共通のピクトグラムを配置することで、「ここがTHE TOKYO TOILETの一環である」というシンボルになると同時に、バラバラなトイレに唯一の共通項を与えている。

「世界共通」という幻想

1920年に生まれ、今日も生活の中で進化を遂げているピクトグラムだが、ピクトグラムはシンプルであるが故に誤解を招きやすい。例えば公衆トイレのピクトグラムは時々、どっちが女性なのかわからない場合があるし、そもそもスカートを履いているから女性だという理解は現代的ではないのかもしれない。THE TOKYO TOILET PROJECTではこうした課題に対し、一部のトイレはオールジェンダートイレとして設計している。あえて男女両方のピクトグラムを一緒に提示することで、誰がみても「男と女」とわかるようにもなっている。

もちろん、この試みに終わりはない、誰かを満たそうとすると、常にそこからはみ出す人々が現れる。しかし、だからこそ「世界共通」のピクトグラムは進化し続けるのだろう。

【インタビュー】描かないことで、見せる。Syoyoが辿り着いた「BLEND ART」という表現 – 後編

前編では、コールズ・フィリップスとの出会いから「BLEND ART」誕生までの道のりを辿ってきた。後編では、謎のファッションブランド「SYOYODO」の裏話、そしてGAAATとの出会いから生まれた初個展「PROTO」について訊いた。待望の初個展を前に、作家の心情やいかに____________。

映画やファッションから届く影響

作品作りのインスピレーションはどこから来ることが多いですか?

Syoyo – 映画からの影響はかなりあると思います。アメリカの映画スタジオ「A24」の作品は特に好きで、監督だとウェス・アンダーソンが好きです。彼の作品からは、色使いの点でもろに影響を受けています。

Syoyoさんの作品の中では、ファッションも重要な要素として存在感を感じます。

Syoyo – ありがとうございます。実は作品の中で一番最初に考えるのはファッションで、「こういう服を絵にしたいな」というところからスタートすることが多いんです。ワンピースやジャケット、革ジャンなど、描きたい服をどこに溶け込ませるか考えることから、作品を組み立てていきます。女性服が多いのは、単純に種類が多いのと、デザインや世界観の幅が広がるから。あとは、女性服のデザインを見ること自体も好きなんです。ファッション誌「VOGUE」や、パリコレなどのランウェイからも大きく影響を受けています。

R11R×池袋PARCO SPECIAL EXHIBITION 『Emotion2024』池袋PARCO55周年記念イラスト / ファッション誌の表紙のようなデザインを採用。シンプルでありながらシンプルに見えない絶妙なバランス感覚が魅力。

架空のブランドが現実に。作品を飛び出す「SYOYODO」

公式サイトにある「SYOYODO」についても教えて下さい。グッズ展開もされていますね。

Syoyo – 元々は作品の中で登場する衣装を、何か一つの架空のブランドで統一して描いてみようというアイデアから始まりました。作中に出てくる服や靴、小物は全て架空のブランド「SYOYODO」のものです。

SYOYODO公式ストア
作中に登場する架空の衣装ブランド。現在は作品内に留まらず、実際にグッズ展開なども積極的に行っている。個展「PROTO」での物販も要チェックだ。

作品に出てくる女の子は、現実のモデルの立ち姿を参考に描いています。それもあって、ポスターアート自体が「SYOYODO」の今シーズンのルック、広告ポスターのようなイメージもあるんです。元々シュールな世界観が好きだったので、ファッション業界のシュール、モードな雰囲気を、自分の作品でも表現出来たらと思っています。

色合いでは映画監督ウェス・アンダーソンからの影響を受けているとのことですが、ブランドの基調となる焦げ茶とクリーム色にはどんなこだわりがありますか?

Syoyo – 実は、作品の中で完全な白と黒を使っていないんです。私の中で「白、黒といえばこの色」ということでこの2色を使っています。「BLEND ART」を始める前のアナログ作品の頃から一貫してずっと気に入ってる柄なんです。もしかすると、元々ティム・バートンが好きで、その影響もあるのかも知れません。

《NowReading》 / 淡い独特の色味が魅力のひとつ。

作中に登場する架空のブランドとして始まった「SYOYODO」ですが、作品を飛び出してグッズ展開もされています。これからどんな計画がありますか?

Syoyo – 今の段階ではきちんと商業としてはやれていないので、少しずつ拡大していきたいと考えています。以前行ったポップアップでは、作品自体がグッズになったものが多かったんです。ただ、今回の個展「PROTO」では、“SYOYODOのアイテム”という設定でグッズを展開して、明確に差別化しています。

今回のグッズで特に気に入っているものはありますか?

Syoyo – ボールキーホルダーですね。「SYOYODO」のテーマカラーである白黒の縞々の柄が入っています。過去に描いたイラストでも、度々その柄が使われたボールを潜ませていて、そのボールをグッズ化しました。いつか立体化して商品にしたいと考えていたので、すごく嬉しいです。

《Syoyo》 / 「SYOYODO」のテーマにも採用されている縞々や、今回の個展で待望のグッズ化が実現したボールが登場。自身のSNSのアイコンにも設定されている。
イラストの中に度々登場してきたモチーフが、「ボールキーホルダー」として待望のグッズ化。

GAAATと歩んだ、メタルキャンバスという未知

《PROTO》 / 今回の個展のメインビジュアル。

個展の話が出ました。今回、アートブランドGAAATとの協働で初のアート個展「PROTO」が開催されますね。心境を聞かせて下さい。

Syoyo – GAAATさんとは以前、グループ展で一度、既存の作品をそのままMCA(メタルキャンバスアート)化させていただいたことがありました。実物を見た時に、もっと面白い表現、可能性があるのでは、と感じていたんです。だからこそ描き下ろし作品もある今回は、その時感じた表現の可能性を最大限反映できるよう制作に取り掛かりました。

《PROTO》 / 今回の個展のメインビジュアル。MCA特有のエンボス表現を建築様式として再解釈、作品に取り入れている。

特にこだわったところを教えてください。

Syoyo – 「BLEND ART」とMCA、両方の特徴を活かしながら掛け合わせることを意識しました。その上で、MCAの特徴である、立体感、半立体的なエンボス表現に着目しました。MCAの場合、色が少なくてもエンボスで表現できたり、同じ色でもエンボスの影で文字などを作れます。色数の少ない引き算的な自分の作品とすごく相性がいいんです。また、その立体感が、1930年代前後の建築の装飾やデザイン、アールデコやアールヌーボー的な表現にすごくぴったりなのではと考え、そうした建築様式をイラストに取り入れています。

「ただの展示では終わらせたくない」

《Chick》 / 今回の展示への限定描き下ろし作品。この他にも一点もののアートワークが複数展示されている。

「BLEND ART」の重要な要素である「作り手と受け手の関係」を踏まえて、今回の展示設計でこだわった箇所を教えて下さい。

Syoyo – アート個展としては初めてということもあるので、ただの作品展示では終わらせたくないとは思っていました。特に展示会場自体が作品として機能するように、会場の世界観を作り込んでいます。

具体的にどのような仕掛けがありますか?

Syoyo – 「SYOYODO」のアイテムがグッズ化しているので、ショッパーも用意しています。本当のアパレルブランドのショップのように楽しんでほしいです。あとは、普段はSNSを通してデジタルで作品を観ていただくことが多いので、実物の作品として細かいところも鑑賞していただけたら嬉しいです。F20のキャンバスで70センチほどの作品になるので、画質の問題で細かいところが潰れて見えないこともありません。キャンバス特有のアナログ感や色味も、スマホ画面で眺めるものとは違うはずです。ぜひ会場に足を運んで、生で観ていただけたら嬉しいです。

会場では物販も展開。ショッパーは単なる“袋”を超えて、あの「SYOYODO」の商品であることが一目で分かるようデザインされている。

「ここから始まる」という気持ちで

最後に、今後の展望について教えてください。

Syoyo – 特に明確なゴールは決めてなくて。今回の個展をきっかけに、「SYOYODO」や「BLEND ART」の世界観を少しずつ広げていけたら、その最初の一歩になればと思っています。個展のタイトルの「PROTO」も、そういった意味も込めて「prototype」という単語から取っています。自分自身も未だ「BLEND ART」を研究中で、まだまだ色々な表現を試してる最中なんです。これから描きたい表現やラフの段階のものもたくさんあります。その中から面白いと思えることに、積極的に挑戦しながら描き続けていきたいです。

初個展を最初の一歩に、「SYOYODO」と「BLEND ART」を少しずつ広げていきたいと語るSyoyo。「描かない」表現を更新し続けてきたこれまでの歩みは、8月7日から始まる「PROTO」の会場でも、確かに続いていく。ぜひ会場で、その表現を目の当たりにして欲しい。

Syoyo 1st Solo Exhibition PROTO

会期:2026/08/07(金)〜2026/08/17(月)
開場時間:11:00 – 21:00 ※会期、開場時間は変更の恐れがあります。詳しくは公式HPをご覧ください。
会場:MIYASHITA PARK GAAAT GALLERY
住所:〒150-0001 東京都渋谷区神宮前六丁目20番10号 MIYASHITA PARK South 3階
公式HP:https://gallery.gaaat.com/pages/syoyo?srsltid=AfmBOoq6J37cx6psmKcTPLriGnMT3BJjLH0SmGBdY-v3j-WhUMJ6lLh4

【インタビュー】描かないことで、見せる。Syoyoが辿り着いた「BLEND ART」という表現 – 前編

お気に入りのアウターを羽織り、こちらをアンニュイに見つめるファッショニスタな女の子たち。彼女たちのまとう服や髪の毛が、背景の色彩へと鮮やかに溶け込んでいく。

その世界観は、まるで1枚の洗練されたファッションポスターのよう。

錯視とポスターアートを掛け合わせた独自の表現「BLEND ART(ブレンドアート)」を手がけるSyoyo。2022年にこのスタイルへ辿り着いてから、わずか数年で音楽、ゲーム、ファッションと活動の幅を広げてきた。アートブランド「GAAAT」との共同個展「PROTO」を8月に控える今、その創作の原点をじっくりと訊いた。

描き込むことに、飽きた

《Undeveloped land》 / 現在の作風とは大きく異なり、様々な要素が描き込まれている。

今の作風「BLEND ART」に至るまでの道のりを教えてください。学生時代はどのような絵を描いていましたか?

Syoyo – 学生時代は今の作風とは違って、キャンバスに絵の具で描きたいものを詰め込むように描く作品が多かったんです。それが、ある時急に飽きてしまって。

絵を描くこと自体に飽きてしまった?

Syoyo – というより、描き足していく「足し算」の描き方に飽きてしまったんです。それからは、「引き算」のように、いかに描かずに人の感情を動かせる作品を作れるか、少ない情報で成立する作品を作れるか、ということに意識が傾いていきました。グラフィックデザインの「引き算の美学」というか、そうした面での影響もあったかもしれません。

洗練された引き算の美学には、作品の強度の高さや明確なスタイルが求められます。スタイルが定着するまでに、どんな物語があったのでしょうか?

Syoyo – シンプルな作風で個性を出す一つの方法として、ネガポジ反転という技法を取り入れました。簡単に説明すると、色の明るさを正反対に入れ替える技法です。(白→黒、赤→緑、青→黄色、オレンジ→青などの反対色に入れ替える技法)

《Untitled》 / より少ない要素で作品を成立させようと取り入れたネガポジ反転作品。以前の作風からの大きな変化が見て取れる。

当時はまだデジタルには触れていなくて、アナログ作品の中で、ネガポジ反転を取り入れて、それ以外にも色々と試行錯誤していました。その流れで、元々好きだったアメリカンレトロや、1930年代前後のポスターアートを研究し始めたんです。

コールズ・フィリップスとの出会い

Coles Phillips 《A Gallery of Girls》 / Wikimedia Commonsより

その時に、コールズ・フィリップスの作品に出会ったのですね。

Syoyo – はい。まさに私が考えていたことを表現している作家で、「これだ」と自分の方向が一気に見えました。

具体的には、コールズ・フィリップスのどんなところに惹かれたのでしょうか。

Syoyo – 人の髪の毛などが背景と同化する表現は、ポスターアートの世界ではよくある技法なんです。ただ、彼の作品は単にデザインとして溶け込ませるというより、あえて服を浮かび上がらせるという表現に独自性を感じました。私のやりたかった、「描かないことで作品を成立させる」という思想と一致していたんです。1900年代初頭に彼がやっていた表現を、現代のグラフィックデザインやイラストレーションとして再解釈したら面白いだろうなという思いが、今の作風のヒントになっています。

「BLEND ART」って、結局なんですか?

《Wind》

引き算の美学やコールズ・フィリップスからの影響を受けて、Syoyoさんが独自に展開するのが「BLEND ART」というアート表現です。改めてどんなものなのか、詳しく教えてください。

Syoyo – 大きくは錯視の表現とポスターアートを組み合わせたものです。その中で、様々な要素を溶け込ませた表現、ブレンドした表現という意味を込めて「BLEND ART」と呼んでいます。その中には、「現代的なイラストレーションとグラフィック」、「デジタルプリントとアナログ表現」、「作り手と受け手」といったように、様々な要素を掛け合わせたものをまとめて「BLEND ART」としています。

「BLEND ART」①:「デジタルとアナログ」の混交

《Paintroom》

アナログからデジタルへと表現の場を移すことは自然な流れですが、両方を掛け合わせた独自性は「BLEND ART」の特徴の一つです。きっかけを覚えていますか?

Syoyo – これも唐突なのですが、いつも通りアナログでキャンバスに描いてる時に「なんか違うな」と思ったんです。実際にその作品を描いている途中に描くのをやめちゃって(笑)。パソコン自体は学校にあったので、「気分が乗らないならデジタルでやってみるか」と思い付きで描いてみたんです。そしたら意外と面白くて。

それから、どのように2つのメディアが混ざり合っていくのでしょうか?

Syoyo – アナログの物自体はずっと好きだったので、デジタルで描いた作品をキャンバス作品にデジタルプリントしてみたんです。そしたらそれはそれで何か物足りなくて。そのキャンバスに描き足すような形で、絵の具を塗っていきました。イラストの部分はデジタルで描き、文字などのグラフィックの部分をアナログで描くと一番しっくりきたので、今でもそのやり方で作品を作ることが多いです。

《Carol》

異なるメディアを混ぜることで、思わぬ違和感やノイズが出たり、行き詰まることはありませんでしたか?

Syoyo – アナログと言ってもベタ塗りなので、そこまでは感じませんでした。ただ、ベタ塗りもデジタルっぽくなってしまうとアナログで描く意味がなくなってしまうので、わざと筆跡が残るような塗り方にしたり、アナログの良さをしっかりと表現することは意識しています。

「BLEND ART」②:「作り手と受け手」の見えないやり取り。「余白」が生み出す表現の可能性

《水面》

Syoyoさんは「BLEND ART」のもう一つの重要な要素として、「作り手と受け手の関係」を挙げています。作品を作る上で、コンセプトやストーリーを決め切るライン、反対に鑑賞者に解釈を委ねる自分なりのラインはありますか?

Syoyo – 作品を描く上で、自分の中でのストーリーやコンセプトは決めています。ただ、それが正解という訳ではなくて、観ていただける方には、本当に自由に感じてもらえたら嬉しいです。「アート=難しい」みたいな感覚ってあると思うんです。でも、もっと気軽に観て、「あ、いいな」って思っていただけたら一番嬉しいです。色使いの雰囲気とか、配置の心地よさとか、何となく観た時に、「いいな」、「かわいいな」と思えるような作品を描きたいと思っています。

《MyBoy》

作品に「余白」があるからこそ、思いもよらない意外な感想が届いたこともあるのでは?

Syoyo – アナログとデジタルを掛け合わせた作品作りをしているので、そのアナログの部分を観た方から、「イラスト制作中にバケツツールで塗りつぶしを失敗したのかと思った」とコメントを頂いたのは面白かったです(笑)。多分、クリエイターで絵を描いたことがある人だからこそ感じたことだと思います。そういった感想一つで、その人がどんな人生を経験してきたのかが垣間見えたりもします。余白があるからこそ、その絵一つで色々な解釈が生まれる。そういった作り手と受け手の関係を含めて、「BLEND ART」の楽しいところなんです。

洗練されたポスターアートに秘められた引き算の美学。Syoyoの手で、頭の中で、引き算される前の誰も知らない「BLEND ART」の核心に触れてきた前編。後編では、8月に開催予定の初のアート個展について、さらには作品に登場するファッションブランド「SYOYODO」とは一体なんなのか。その秘密に迫ります。お楽しみに。

Syoyo 1st Solo Exhibition PROTO

会期:2026/08/07(金)〜2026/08/17(月)
開場時間:11:00 – 21:00 ※会期、開場時間は変更の恐れがあります。詳しくは公式HPをご覧ください。
会場:MIYASHITA PARK GAAAT GALLERY
住所:〒150-0001 東京都渋谷区神宮前六丁目20番10号 MIYASHITA PARK South 3階
公式HP:https://gallery.gaaat.com/pages/syoyo?srsltid=AfmBOoq6J37cx6psmKcTPLriGnMT3BJjLH0SmGBdY-v3j-WhUMJ6lLh4

【連載】Convenience ART Vol.8「現代アーティスト・オロスコはコンビニをどう捉えたのか」

「コンビニエンスアート」第8回。今回はコンビニにアートを持ち込むのではなく、コンビニをアートにした人物を紹介しよう。

ガブリエル・オロスコ / クリマンズット / メキシコシティ / 2017
ギャラリー公式サイトより

アートの歴史は、終わりのない実験の歴史だ。ある作家はアートを生活に持ち込もうとし、また別の作家は生活をアートに持ち込もうとした。しかし彼らは一体なぜ境界を越えようとするのか?道端で踊るダンサーは通行人にとってはジャマだし、空き缶をカンヴァスの代わりに使うなんてアートとは呼べない気もする…。

しかし「アート」はまさに作家の「生活」に大きな影響を与えており、「生活」はまた表現に影響を与えているが故に、これらを交差させたいのかもしれない。

そうしたアートを取り巻く状況の中で、「コンビニ」を起点としてアートと生活の関係に切り込んだのが、メキシコ出身の作家ガブリエル・オロスコだ。

オロスコの制作手法は、生活に潜むガラクタや雑貨などに少しだけ手を加えてユニークな造形を生み出す。「OROXXO」は、そんな彼がコンビニ全体を素材とした作品で、Oxxoというメキシコのチェーンコンビニ店の隅々に少しづつイタズラするようにして執り行われた。

ガブリエル・オロスコ / クリマンズット / メキシコシティ / 2017
ギャラリー公式サイトより

もちろんこれまでも、アートを生活に取り込む試みはなされてきた。しかしなんとオロスコは、コンビニを「丸ごと」ギャラリー内に再現してしまったのだ。ギャラリーの中にコンビニを作り、その中の商品に手を加えて作品化するという複雑な手順を踏むことで、ただアートと生活がぶつかり合うのではなく、互いに技を掛け合うような状況をもたらす。このように、これまで分けられてきた物事を無理やり繋げることで互いに変化をもたらすのが現代アートのやり方だ。つまり、オロスコの試みは、ギャラリー内コンビニを舞台として、アートと生活の技巧を競わせる格闘技であると言える。

オロスコ側の攻撃は、300あまりの製品に手を加え、コーラやポテチのパッケージを作品化したことだ。具体的には、半円状のシールを規則的にパッケージに貼っただけだ。それはこの架空コンビニのロゴでもあり、商品のロゴに別の造形性を持たせる機能もある。つまり彼は、コンビニのイメージをそのまま自分のイメージで上書きしたのだ、それも最小限の手つきで。なんてクールなんだろう。逆にコンビニ側は、これまで美術が大切にしてきたカンヴァスなどを廃止し、ポテチの袋を素材とさせることで美術に攻撃をしている。

互いに物差しを突きつけ合い、既存の境界線を変えていくことがアートであることが分かっただろうか。

ガブリエル・オロスコ / クリマンズット / メキシコシティ / 2017
ギャラリー公式サイトより

私たちの日常を支えるコンビニの棚。その裏側に、作家のイタズラが潜んでいると想像するだけで、いつもの買い物が少しだけスリリングなものに変わる。

アートは今日も、商品のパッケージというカンヴァスの上で、私たちの常識をひっくり返そうとしている。

SNSでバズる「異世界」。珍宝館から書肆ゲンシシャまで、私たちを惹きつける“奇妙さ”とは

InstagramやTikTokを開くと、ときおり流れてくる異世界。

群馬県の「珍宝館」、大分県・別府の「書肆ゲンシシャ」、静岡の「鴨江ヴンダーカンマー」、近年誕生した門司港の「たまゆら珍館」や東京・神田の「絶滅メディア博物館」。一見すると悪趣味で、どこか近寄りがたいこれらの場所に、SNSなどで多くのコメントが寄せられ、若い世代を中心に静かなブームを生んでいる。

浜松市の「鴨江ヴンダーカンマー」。館長が30年に渡り蒐集した珍奇コレクションを展示している。/ 公式サイトより

これらの場所に共通するのは、誰かの偏愛が、そのまま空間になっているという点だ。昨今のマーケティングやデザインがし尽くされた観光地とは一線を画している。どの場所も「万人受け」を目指していない。むしろ、誰にも理解されなくてもいいという強い態度が、そのまま空間になっている。自分が面白いと信じるものだけを集め続けた結果として、唯一無二の世界が立ち上がっているからこそ、画面越しでもその空間からは異様な熱量が伝わってくるのだ。

デジタルでは再現できない「生々しさ」

私たちは日々、画面越しにあらゆるものを見ている。補正された写真や、編集された動画、SNSには暴力や性、死といった直接的な表現が規制されている。

群馬県・伊香保温泉にある「珍宝館」では3500点にも及ぶ展示品がひしめいている。ここは大人のテーマパークという名の通り、春画や、性器をモチーフとした置物、安産祈願を謳われた巨石など、人間の性にまつわるアイテムが展示されている。また名物の館長の軽妙なトークも魅力だ。

「珍宝館」で展示されている展示品のごく一部。夫婦円満のパワースポットにもなっている。/ 公式サイトより

怖いもの見たさで珍宝館を訪れる人も少なくないだろう。もちろんそんな刺激を叶える展示物であることも確かだ。しかし、この場所を訪れる人々は、同時に感じる「生々しさ」に魅了されているのではないだろうか。独特の視点によって集められたコレクションや時間が積み重なった結果としてしか生まれない本物の質感を感じることができるのだ。

デジタルが便利になればなるほど、人は情報ではなく物質を求めるようになる。時代に逆行するかのようなこうした潮流は、ある意味では自然な流れなのかも知れない。今、アングラ空間への関心が高まっている。

ダークファンタジーの「聖地巡礼」が始まっている

もうひとつ興味深いのは、これらの場所を訪れる人たちの感覚だ。

彼らは単なる観光客としてだけではなく、まるで作品世界に入り込んだかのように空間を楽しんでいる。ゴシック、退廃美、オカルト、都市伝説、怪異、ダークファンタジーなどなど。近年の漫画やアニメ、ゲームには、こうした世界観が数多く登場する。

そうした作品が好きな人にとって、アングラ空間はリアルな2.5次元空間になるのかもしれない。壁に掛けられた古写真や名前も分からない標本、意味深な骨董品を眺めながら、「この品物にはどんな物語があったのだろう」と想像を巡らせる。まるで作品の伏線を読み解くような感覚で空間を歩くこと自体が、現代の「聖地巡礼」になっている。

大分県・別府にある「書肆ゲンシシャ」は、博物館の原点とも呼ばれる驚異の部屋をモチーフに作られた複合施設だ。古書や写真集に加えて、マンガや「いわくつき」の物品など、あらゆる珍奇なものを取り扱っている。

明治の文豪たちを虜にした睡眠薬や、アウシュビッツ収容所で看守として働いていた職員の写真集など、身震いしてしまうようなものが来客を出迎えてくれる。予約制で、1時間1,500円を支払うとゆっくりお茶を飲みながらほんやアイテムを鑑賞することができ、購入も可能だ。

アートは、美術館だけのものではない

こうした場所を訪れると、「アートとは何か」という考え方も変わってくる。美術館で作品を眺めるだけがアート体験ではない。

東京・神田にオープンした「絶滅メディア博物館」は「紙と石以外のメディアはすべて絶滅する」をモットーに、私たちの進化の過程で滅んだ、もしくは滅びつつあるメディア機器を収集展示する私設博物館だ。VHS、フロッピーディスク、テレフォンカード。今私たちが使っているスマートフォンやAIだってここに収蔵されるかもしれない。

あらゆる「メディア」が集められた「絶滅メディア博物館」の展示室。 / 公式サイトより

長い歴史の中で、人間は様々な遺産を生み出してきた。日本独特のモノ好き・数寄者文化を育んだ感性は現代でも、この場所で脈々と受け継がれている。アングラ空間は、奇妙なものを並べた珍スポットではない。誰か一人の執念や偏愛が積み重なり、時間をかけて育った「思想のアーカイブ」である。

北九州・門司港にある「たまゆら珍館」。エロありグロあり、アーティストインレジデンスありのカオス感。 / 公式サイトより

だからこそ、どんな洗練された商業施設よりも強い個性を放ち、人を惹きつける。きれいに整えられたタイムラインに少し疲れたなら、一度そんな場所を訪れてみてほしい。

そこには、生と死、欲望と知性、美しさと醜さが混ざり合った、人間という存在の輪郭がある。そして、その濃密な空間に身を置いたとき、あなたはきっと気づくだろう。

いま必要な場所とは誰にも真似のできないほど純粋な、「好き」が形になった場所なのだと。

「TATTOO/タトゥー」 力の表象から、自己表現のデザインへ

タトゥーは怖い。はどうして生まれた?

タトゥー/刺青。それはかつてタブーの象徴であった。今でこそ街を歩けば、小さなワンポイントから腕いっぱいの和彫りまで、タトゥーを入れた人とすれ違う。パリやロンドンで開催されるラグジュアリーブランドのコレクションでは、ランウェイを墨で覆ったモデルが登場し、海外の有名なラッパーやアスリートがタトゥーアーティストを目指して来日している。SNSを開けば、有名人たちが誇らしげにタトゥーを見せている投稿が並ぶ。

その一方で、日本の温泉やプールでは今も「タトゥーお断り」と書かれた張り紙をよく見る。同じ絵柄、同じ肌の上の表現でありながら、ある場所では「アート」として称賛され、別の場所では入場を拒否される理由になる。この差は、いったいどこから生まれたのだろうか。

欧米の多くの国では、タトゥーはすでに一般的なファッションのひとつとして日常に溶け込んでおり、俳優やアスリート、政治家に近い立場の人物でさえ隠さず身につけている。「タトゥー=反社会的」という結びつきは、実は世界共通の価値観ではなく、日本という特定の社会が近代以降につくり上げてきた、比較的新しい感覚だとも言われている。

ファッション感覚でタトゥーを彫る人も。

世界を魅了する「WABORI」の国・ニッポン

日本における刺青の文化を紐解くためには歴史を遡る必要がある。日本は、世界でも類を見ないほど刺青文化が根付いている国だ。古代の遺跡からは身体装飾を表している可能性が指摘されている土偶や埴輪が見つかっており、こうした風習は少なくとも数千年単位の時間をかけて日本列島に根づいていることが分かっている。

その文化がひとつの頂点を迎えたのが、江戸時代だ。様々な大衆文化が花開いたこの時代、刺青は浮世絵文化と強く結びつきながら独自の発展を遂げた。歌舞伎役者や火消し、飛脚といった当時のトレンド最先端を行く”粋”な職業の人々の間で、身体そのものを装飾する文化が流行し、彫師という専門職人が生まれた。

彼らは浮世絵の版木を彫る技術や描線の美意識を、そのまま凹凸のある肌の上に応用し、単色の線画ではなく、陰影とグラデーションを持つ立体的な絵画を人体に描き出していった。これが今日「和彫り/WABORI」と呼ばれるスタイルの原型である。

海外からも注目される『文身 彫斎』の和彫り。/ 公式サイトより

この職人的な精緻さは、開国後、日本を訪れた異国人たちを驚かせた。彼らは母国に戻ると自らの肌に刻まれた和彫りを誇らしげに披露したんだとか。現在、世界中のタトゥーアーティストが日本を「聖地」として捉え、修行のために来日するのは、こうした背景が影響しているのかもしれない。海外の彫師たちからは「日本の和彫りは世界で最も美しいスタイルのひとつ」と評されることも多く、輪郭線の太さ、色の重ね方、身体の曲面を活かした構図の取り方は、今も国際的な教科書のような扱いを受けている。

これほど豊かな文化的土壌を持ちながら、なぜ日本国内では刺青がネガティブなイメージと結びついてしまったのか。その転換点は、明治維新にある。

タトゥー=ネガティブへの転換点

近代国家としての体裁を整えようとした明治政府は、西洋列強に文明国家として認められたいという外交的事情も背景にあり、刺青を野蛮な風習とみなして禁止した。その頃すでに海外では和彫りが芸術として評価され始めていたにもかかわらず、当の日本では法的にも社会的にも刺青は日陰の存在へと追いやられていった。

戦後になると、この禁止令自体は解かれるものの、今度は暴力団文化との結びつきが刺青のイメージを決定的に方向づける。組織の一員であることの証として全身に和彫りを入れる文化が広まったことで、「刺青=暴力団」という刷り込みがメディアを通じて社会に広がっていった。ニュースやドラマ、映画の中で繰り返し描かれる刺青と暴力団との結びつきは、世代を超えて定着していった。

ストリートで生み出されたクールなタトゥーカルチャー

長らく「怖いもの」として封じ込められてきたタトゥーのイメージが揺らぎ始めるのは、1990年代以降のことだ。海外から流入したヒップホップやパンク、スケートカルチャーは、体制への反抗や自己表現を核とする価値観とともに、タトゥーという身体装飾のスタイルも同時に持ち込んだ。海外のミュージシャンやアスリートが当たり前のようにタトゥーを見せる姿は、日本の若者たちにとって刺青のイメージを相対化するきっかけとなっていく。

さらに2010年代以降、InstagramやTikTokといったSNSの普及が、この価値観の変化を決定的に後押しした。海外セレブリティのタトゥーが日常的にタイムラインへ流れ込み、国境を越えたセンスがリアルタイムで共有されるようになったことで、タトゥーはよりファッショナブルな役割にイメージが転換されていく。

カルト的な人気を誇る西本氏。田代まさしらとのコラボ商品でも話題を呼んだ。

この変化を象徴する存在のひとつが西本克利だ。彼がブランドディレクターを務める「NISHIMOTO IS THE MOUTH」は、架空のカルトクラブという世界観がコンセプトのブランドで、海外のセレブリティが着用したことをきっかけに一気に知名度を高めた。全身を覆うタトゥーそのものがブランドの”顔”となり、ミステリアスな世界観とともにSNS上で拡散されていった。

こうした潮流の中で、タトゥーアーティストという職業そのものへの見方も変わりつつある。かつて「彫師」といえば伝統的な和彫りの世界に閉じた存在だったが、現在では和彫りの技術を軸にしながら、国内外の芸能人やミュージシャンを顧客に持つアーティストが数多く登場している。彼らの手がけるデザインは、日本の伝統的なモチーフと海外のスタイルを融合させたものも多い。

こうしたアーティストたちは、身体をキャンバスとする「彫り師」というクリエイターとして評価されている。絵を描くのと同じように構図を練り、クライアントの体格や動きに合わせてデザインを設計していく。独自のキャラクターやモチーフなども扱って消えることのない一生ものの表現を身体に描き出す。

オリジナルの天使モチーフが人気のtappei。アーティストとしてグラフィックやイラストも手がける。

原宿のタトゥースタジオ「TATTOO STUDIO YAMADA」を運営する山田蓮。ストリートグラフィティと和彫りのテイストが交錯する。

タトゥーを入れるかどうかは人それぞれだ。しかし、その背景にある歴史や文化を知ることで、「怖いもの」「悪いもの」という単純なイメージだけでは語れない世界が見えてくる。日本が育んできた和彫りの美意識と、ストリートカルチャーが生み出した自由な表現。その二つが交わる今、タトゥーはあらためて「身体に描くアート」として、新しい時代を迎えようとしているのかもしれない。

【インタビュー】「絵が私を遠くへ連れて行ってくれる。」アーティスト・谷小夏が描き出す、女の子と動物と懐かしさと。 – 後編

イラストレーターとして活動を始めてから十数年。谷小夏は近年、クライアントワークを少しずつ減らし、個展を中心とした作品発表へと活動の場を移している。

その背景には、創作に集中できる環境の変化や、自分自身の表現を追求したいという思いがあった。

後編では、個展活動、動物たちへの思い、台湾での経験、そして現在挑戦している新しい表現について話を伺っていく。

「絵が私を遠くへ連れて行ってくれる」

《ie》 / 2018年

毎年のように全国各地で個展を開催されていますが、会場はどのように選ばれているのでしょうか。

谷小夏(以下、谷) – すごく単純で、行ってみたい場所を選んでいます。もちろん会場とのご縁もあるんですけど。

個展には必ず在廊されている印象があります。

谷 – 個展を見て頂いた方と直接お話出来る貴重な機会なので、毎回足を運ぶようにしています。最近は妹と一緒に行くことが多いです。実は、二、三年前くらいから母や妹に仕事を手伝ってもらっています。ちょうど妹が転職を考えていた時期だったので、「じゃあ手伝ってよ」って(笑)。発送作業やオンラインストアの対応とかをアシスタントとして手伝ってもらったり。おかげで私は絵を描くことに集中できるようになりました。

それまではすべて一人で?

谷 – 全部一人でした。だからできることが本当に増えましたね。今までは何かうれしいことがあっても一人で喜んでいたんですけど、今は家族も一緒に喜んでくれる。それがすごく楽しいんです。

絵を通して心通う。台湾個展で気づいた言語を超える絵のパワー

《台湾》 / 2025年

台湾でも個展を開催されていますよね。

谷 – はい。実は台湾が初めての海外、そして初めての個展で、すごく緊張していました。でも台湾の方は本当に日本文化が好きな方が多くて。街を歩いていても日本語で話しかけてくださる方がいたりして、「こんなに親日なんだ」と驚きました。

現地の方との交流で印象に残っていることはありますか。

谷 – お手紙をいただいたんです。私が絵を描く時に、「ここがこの作品の良いところなんじゃないかな」と密かに思っていた部分を、そのまま言葉にして書いてくださった方がいて。「こんなに見てくれているんだ」と思って、本当にうれしかったです。絵って、言葉が通じなくても伝わるんだな、と改めて思いました。
台湾では友達もできました。ギャラリースタッフの方です。今まではあまり海外に興味がなかったんですが、「絵が私を海外へ連れて行ってくれるんじゃないか」と思うようになりました。友達ができたり、新しい景色が見られたり。これからはもっと海外で個展を開きたいと思っています。

大好きな動物を救うために

「Art for Animals」の作品はオンラインショップでも購入することができる。詳しくは公式サイトまで

谷さんは「Art for Animals」という活動も続けられています。

谷 – 子供のころから動物が大好きなんです。本当は動物に関わる仕事がしたかったくらい。でも犬や猫のアレルギーがあって…。だから動物のお仕事は難しかった。でも何かできることはないかなと考えた時に、「絵を売って、そのお金を寄付したら間接的に関われるんじゃないか」と思ったんです。それが「Art for Animals」の始まりでした。

現在はどちらに寄付されているんですか?

谷 – 大阪にある「公益財団法人 日本アニマルトラスト」が運営するハッピーハウスという保護施設です。自分の目で見に行ける場所が良いなと思って選びました。作品を買ってくださった方には、その施設の案内も一緒に送っています。もし気になる人がいたら、ペットショップ以外にも保護施設という選択肢があることを知ってもらえたらうれしいです。

谷さん自身、現在はインコを飼われているそうですね。

谷 – もう八年くらいになります。本当にかわいくて(笑)。

『プジェ日記』を描き始めたきっかけも、そのインコだったとか。

谷 – 実際に飼うまで、鳥がこんなにも愛情深い生き物だと思っていなかったんです。私も知らなかったから、世の中にももっと知らない人がいるんじゃないかと思って。それで『プジェ日記』という漫画を描き始めました。「Art for Animals」もそうですけど、絵を見たり買ったりする人って限られているじゃないですか。でも漫画ならもっとたくさんの人に届くかも知れない。動物を大切にする気持ちを広めるなら、漫画の方が向いているんじゃないかなと思ったんです。

SNSでも話題沸騰中の『プジェ日記』

漫画を描くようになって、ご自身の絵にも変化はありましたか。

谷 – コミカルな表現が得意になりました。ちょっと気を抜くと、普段の作品までコミカルになりそうなくらい(笑)。漫画を描く前は、もっとシリアスな作品が多かった気がします。

作品に登場する衣装も魅力的です。どのようなところから着想を得ているのでしょうか。

谷 – 私自身、そこまでファッションに興味がないんです。でも、歴史や文化は好きで。流行のファッションを追いかけるというよりも、民族衣装や工芸品とか、そういうものが大好きなんです。その辺りは作品にも影響が出ているかも知れません。もし大阪に来ることがあれば民族学博物館がおすすめ。私の大好きなスポットです!

特に好きな時代はありますか?

谷 – 古代ですね。古代文明の人たちの服って本当におしゃれなんです。レリーフに彫られている服装を見て、「このまま描きたい」と思うこともあります。流行の服を描くと、数年後には少し古く見えてしまうことがありますよね。でも、古代の服であれば、むしろミステリアス。作品も古びない気がしています。

民族衣装から着想を経た作品。エジプトの実際にあったビーズのドレスを描いている。 
《estetika》 / 2021年

1日16時間、絵を描き続けて…

普段の生活についてもお聞きしたいです。一日どれくらい制作されるのでしょうか。

谷 – 20代の頃は1日16時間くらい描いていました。本当に毎日。でも病気になってしまって。「これは駄目だな」と思い、今では毎日8時間くらい描いています。

十分長いと思います…!

谷 – 私からしたら半分しか働いていない感覚です(笑)。

絵を描いていない時間は何をされていますか。

谷 – 歩いています。運動不足なので(笑)。実家に鳥がいて、アトリエから実家まで1時間くらい歩いて会いに行くんです。鳥と遊んで、また歩いて帰る。それがいい散歩コースなんです。

普段の制作を行うアトリエの様子

最近はストーリー漫画にも挑戦されているそうですね。

谷 – そうなんです。『プジェ日記』は実際にあったことを描く絵日記でした。まだほとんど誰にも言っていないんですけど、今は物語から作る漫画を描いています。台湾の友達から聞いた妖怪の話が凄く面白くて。台湾の景色を描きながら、妖怪が登場する物語を描き始めました。

谷さんらしい世界観で楽しみです。今後の目標はありますか?

谷 – 海外でもっともっと個展を開くことですね。台湾へ行ってから、その気持ちはすごく強くなりました。あとはストーリー漫画を完成させること。絵日記も続けたいですし、個展も続けたい。やりたいことがどんどん増えていきますね(笑)。

忙しくなりそうですね。最後に、読者やファンの方へメッセージをお願いします。

谷 – そうですね…。もっともっと良い絵が描けるように頑張りたいと思っているので、見ていただけたら嬉しいです。

幼い頃、白い紙に目一杯大好きな絵を描いていた少女は、飽きるどころか、ますます「描くこと」を楽しんでいる。その絵は作品となり、漫画となり、ときには動物たちを救うための活動にもなる。しなやかという言葉が似合う谷小夏の活動が楽しみで仕方がない。

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