【インタビュー】「初音ミク」と現代アートが出会う場所——「ART OF MIKU」が描く新たな文化の架け橋 – 後編

デジタルとリアル、サブカルチャーとアートカルチャー。一見相反する領域に見える世界を繋ぐプロジェクトが注目を集めている。
「ART OF MIKU」と銘打ったこのプロジェクトは、クリプトン・フューチャー・メディア株式会社が保有する日本が誇るIP(知的財産)である「初音ミク」を、株式会社W.creationが新しく“アート”として再解釈したプロジェクト。同社は様々なキャラクターやコンテンツを新たな価値想像によって国内外に届け、アーティストの情熱と多くのファンを巻き込んで繋いでいく。カルチャーを跨いでブーストしていく熱気ある現場には一体どんなドラマがあるのだろう。

その1つに、2024年に札幌と渋谷で初開催された「初音ミク」をテーマにした現代アート展「ART OF MIKU」がある。多くのファンを動員するなど、大成功を収めた。その後も横浜、六本木、神戸、福岡、大阪で新作を発表して展示を行うなど、勢い凄まじい展開からはほとんど目が離せなくなっている。そんな「ART OF MIKU」のプロジェクトの始動、これまでの軌跡を追いかけるべく、クリエイティブディレクターである池田元基さんとアートディレクターである大西正人さんにインタビューを敢行。前後編に分けてお届けします。

渋谷会期の様子

「ART OF MIKU」を支えた情熱の舞台裏

プロジェクト全体で400回近くミーティングをしたというのは驚異的な数字ですね。なぜ、それほどのミーティングが必要だったのですか?

池田氏 – 一言で言うと、関係者が非常に多かったからです。共同主催の企業をはじめ、権利元やコラボレーション先の企業、会場の設営企業、その設営企業が委託している部分的な制作企業など、それぞれで進捗が日々移り変わるんです。それを逐一共有し、最新の状況を追いながら、手戻りができるだけないように、私たちも素早くフィードバックを返す必要がありました。特に会期前2〜3ヶ月は、様々な締め切りや発注が重なるため、毎日ミーティングを実施していました。協賛企業もキャンペーンなどを並行して進めていたので、常に連携を取り合っていましたね。

「ART OF MIKU」のメンバーは、全員が本業を別に持っていたそうですね。どのように両立していたのですか?

池田氏 – はい、元々ルーツにアートを持っている人やアート分野に興味を持っている人が集まって始まったこのプロジェクトですが、とある日では昼間はそれぞれの部署で仕事をこなし、夕方からプロジェクトのミーティングを始めるという毎日でした。あまりに夢中になりすぎて、ご飯を忘れる時があったほどです。まるで放課後のプロジェクトのような感覚でしたね。

大西氏 – ミーティングが基本的にオンラインで行われていた一方で、業務の中には現場での打ち合わせが必要なものもあり、私は会場設営のディレクションを担当していたため、設営時には現地に入っての対応に追われました。実際の作品の配置や来場者の動線が想定通りになっているかといった確認に加え、設計段階ではわからなかった問題が現場で判明することもあり、その対応に追われました。正直、24時間では足りないと感じるほどの多忙な日々でした。

バーニーズ ニューヨーク六本木店

開催地での印象的なエピソードはありますか?

大西氏 – 横浜会期では、「初音町」でアート展を開催しました。「初音ミク」にちなんだ地名というだけでなく、初音町は多くの現代アート作家が集まる、文芸復興に力を入れている地域でもあります。来場者の中には、アート作品だけでなく「初音町」と書かれたバス停を撮影する方もいて、一般的なアート展では味わえない「聖地巡礼」のような楽しみをファンに提供できたことは、非常に興味深い成果でした。お客様にも大変満足していただけたようです。

渋谷会期で販売されたグッズの数々

お二人にとって、アートとは?「初音ミク」とは?

アートと「初音ミク」という異なる文脈を繋ぎ合わせる「ART OF MIKU」を主導されてきたお二人にとって、アートとはどんなものですか?

池田氏 – 私にとってアートは、子どもの頃から触れてきたもので、「生きる」ことそのものです。「アート」は様々な表現を通じて、その人が持つ世界や、他の人が持つ感覚という新しいものを生み出します。見る人それぞれの解釈によって作品の意味が変わったり、アーティストもそれを面白がってくれたりします。さまざまな規制や制限がされていく息苦しい現代社会の中で、アートだけは、その人の持つ思いや世界を否定せずに拡張し続けられる存在なので、僕にとっては生きがいでもありますし、アートそのものは「生きる」ということなんです。

大西氏 – 私はアートを「対話のプラットフォーム」だと考えています。アートは一方的に受け取るだけではなく、作品を見た鑑賞者がどう感じるか、どう思うかという部分も一つの表現です。作品を通して、鑑賞者と作家さんとの対話、コミュニケーションツールのようなものだと思います。鑑賞者が作品を見た上で何かを感じ、そこで新たな感情が生まれる。アート自体が対話と共創のプラットフォームに相当するのかなと思っています。

苦楽を共にしてきた「初音ミク」はどのような存在ですか?

池田氏 – 私にとっては、デジタルとリアルの境界を超える存在ですね。現代アートも、「ポップカルチャー」と「アートカルチャー」の境界をなくし、大衆的な部分とアート的な思考が混ざり合っていくような存在です。「初音ミク」は、まさにそのようにあらゆる境界を曖昧にしてくれる存在であり、あらゆるものの多様性を受け入れてくれるプラットフォームだと感じています。

大西氏 –  私は「初音ミク」を「クリエイティブの受け皿」だと捉えています。「初音ミク」は、ただ楽しむだけのコンテンツではありません。音楽やイラストなど、誰もが創作活動を始めるきっかけになる存在です。「初音ミク」をテーマに絵を描いたり、曲を作ったりすれば、それがもう立派なクリエイティブな創作活動になります。世の中の多くのクリエイターや、クリエイティブを志す人々は、「初音ミク」から多くの恩恵を受けているのではないでしょうか。

これからの「ART OF MIKU」を楽しみに

今後の「ART OF MIKU」の展望について教えてください。

池田氏 – プロジェクト発足当初からの思いの一つは、日本の魅力的なIPを、国内だけでなくもっと世界に発信したいということです。「初音ミク」というキャラクターを通して、日本の素晴らしいアーティストを世界に広めていきたいという側面もあります。国内での成功を受けて、どんどん海外に出ていく展開を考えています。

大西氏 – 見るだけでなく、より参加型・体験型の要素も取り入れていく予定です。「あの頃のワークショップで、こんなもの作ったよね?」と、体験をもとに思い出していただけるような仕掛けを作りたいですね。

最後に、「ART OF MIKU」のファンの方に一言メッセージをお願いします。

大西氏 – 「ART OF MIKU」では、今後も新たな現代アーティストにご参加いただき、より多くの作品や、新しい表現の「初音ミク」に触れる機会を提供したいと考えております。皆様のご期待に応えられるよう、引き続き尽力してまいります。

池田氏 – 皆さんが現代アートという文脈の多様な表現を、とても温かく迎えてくださったことに対して、心から感謝しています。その期待に応えられるよう、私たちはこれからも素晴らしいアーティストさんを介してたくさんの作品を見せられるようにしたいですし、初代「ART OF MIKU」から愛してくださっている方により良い還元ができるよう、今後も様々なイベントを組んでいきます。楽しみにしていてください。

最後に、権利元であるクリプトン・フューチャー・メディア株式会社 ライセンスビジネスチーム マネージャー 目黒 久美子様より、本インタビューに際して特別にコメントを頂いたので、掲載させて頂きます。

「ART OF MIKU」へ今後期待していることはありますか?

目黒氏 – 我々は「初音ミク」を何かと何かをつなぐ「ハブ」であると表現して話すことが多いのですが、今回の「ART OF MIKU」も、まさにそれを体現している企画だなと思っています。「ART OF MIKU」を通じて、アートに触れてみたい人たち、「初音ミク」が何者なのか知らない人たち、新たな「初音ミク」としての表現。アートは言葉も国境も時間も関係なく、心で感じることのできるものなので、「ART OF MIKU」は「初音ミク」をハブとして、様々な世界をつないでくれる企画になっていくと思います。願わくば、アート作品を通じて、100年後にも「初音ミク」という存在を伝えてもらえたらなと期待しております。

【インタビュー】「初音ミク」と現代アートが出会う場所——「ART OF MIKU」が描く新たな文化の架け橋 – 前編

デジタルとリアル、サブカルチャーとアートカルチャー。一見相反する領域に見える世界を繋ぐプロジェクトが注目を集めている。
「ART OF MIKU」と銘打ったこのプロジェクトは、クリプトン・フューチャー・メディア株式会社が保有する日本が誇るIP(知的財産)である「初音ミク」を、株式会社W.creationが企画し“アート”として再解釈したプロジェクト。同社は様々なキャラクターやコンテンツを新たな価値想像によって国内外に届け、アーティストの情熱と多くのファンを巻き込んで繋いでいく。カルチャーを跨いでブーストしていく熱気ある現場には一体どんなドラマがあるのだろう。

その1つに、2024年に札幌と渋谷で初開催された「初音ミク」をテーマにした現代アート展「ART OF MIKU」がある。多くのファンを動員するなど、大成功を収めた。その後も横浜、六本木、神戸、福岡、大阪で新作を発表して展示を行うなど、勢い凄まじい展開からはほとんど目が離せなくなっている。そんな「ART OF MIKU」のプロジェクトの始動、これまでの軌跡を追いかけるべく、クリエイティブディレクターである池田元基さんとアートディレクターである大西正人さんにインタビューを敢行。前後編に分けてお届けします。

「ART OF MIKU」札幌会期の様子

「ART OF MIKU」誕生のきっかけ

このプロジェクトが始まったきっかけを教えてください。

池田氏 – まず前提として、日本の現代アート市場は、世界のアートマーケットに比べると、まだまだ成長の余地があると考えています。もっと多くの方にアートを身近に感じてもらいたい、アートに触れる機会を増やしたいという思いが、プロジェクトの根本にありました。そこで考えたのが、日本が世界に誇るキャラクターを現代アートの文脈に乗せて発信することです。日本独自の文化を生かして、クリエイターがもっと自由に表現できる場を作りたかった。それが、「ART OF MIKU」の立ち上げ、そしてギャラリーを飛び越えたアート展の開催へと繋がっていきました。

数あるキャラクターの中から、「初音ミク」を選んだ理由はありますか?

池田氏 – 「初音ミク」は、サブカルチャーとして世界的に知られているだけでなく、二次創作や多様な表現を受け入れてきた「懐の深い」存在です。クリエイターたちが自由に表現できる、柔軟なプラットフォームとしての側面が大きい。だからこそ、多様化している現代アートの文脈に乗せるのにふさわしいと考えました。「初音ミク」というコンテンツそのものに、すでに「多様性」という共通言語があったからこそ、このプロジェクトは成立したんです。

「初音ミク」が16周年ということで、最初の展示ではアーティストを16名招聘されています。その時の人選はどのように行われましたか?

池田氏 – 主にプロデューサーの山中が中心となりましたが、チーム全員でバランスを非常に重視しました。一口に現代アートと言っても、表現方法は多岐に渡ります。表現が偏らないよう整理し、現代アート、抽象表現、リアリズム、ミニマルアート、コンセプチュアルアートなど…さまざまなジャンルのアーティストに順に声をかけていきました。「初音ミク」というIP(知的財産)をテーマに、それぞれの作家さんがどんな表現を見せてくれるのか、私たち自身もすごくワクワクしていました。

札幌会期の様子

これって「初音ミク」なの?

プロジェクトを進める上で、表現の自由と、IP利用における制約のバランスを取るのが大変だったと伺いました。具体的なエピソードがあれば教えてください。

池田氏 – 最も印象深い課題の一つが、「初音ミク」のIPを持つクリプトン・フューチャー・メディア株式会社(以下「権利元」)様との表現の許容範囲についてのすり合わせでした。作品が出来上がってきた段階で、「これって初音ミクなの?」というケースが所々に起きてきて。アーティストさんと、権利元を繋ぐ共通言語が必要でした。
「この作品はこんなに崩れているけれど、その崩れていく過程にこういうプロセスがあるんです。現代アートとして昇華しているので、決して初音ミクを壊しているわけではありません」と丁寧に説明しました。原型をリスペクトしつつ、抽象的に持っていく。その文化のすり合わせは、私たちとしても何度も対話を重ねて頑張ってやりました。

大西氏: 多くの場合は、制作に入る前のすり合わせで解決していきました。アーティストさんには、まずどういう作風にするのか、どういう方向性なのかという、作品のラフを必ず上げてもらい、それを権利元様に事前に監修していただきました。完成してからNGが出ると当然巻き戻りが発生してしまう。それを抑える為にも、事前にこの工程を何十回と繰り返し行いました。

あとは、権利元様よりいくつか表現についてレギュレーションが設けられていました。IPをお借りしている以上、そのレギュレーションをアーティストに説明する必要があるのですが、ただ「ダメです」と伝えるだけでは、「アートとして作れない」となりかねない。深く理解して頂いた上で制作に取り組んでいただかないと、出来上がる物にも影響する。そういった説明のところは想像以上にコストがかかったなと思います。

バーニーズ ニューヨーク六本木店

手軽なグッズこそ、アート作品に

このプロジェクトでは、ターゲットを「現代アートファン」と「初音ミクファン」の二つに分けて考えていたそうですね。

池田氏 – そうですね。純粋な現代アートファンと、その方々と比較するとあまりアートに触れる機会が少ない「初音ミク」のファンという、全く異なる二つの層にアプローチすることが大きなチャレンジでした。「初音ミク」を知っている人が見たら「これは初音ミクだ」と思える一方で、現代アートファンから見ても「この作家さんの作風だよね」「シリーズものだよね」とわかるような方向性を目指しました。この両方に「刺さる」アート展を生み出すことには苦心しました。

数多くのグッズをご用意したと伺いました。どのような狙いがありましたか?

池田氏 – 多くの人にアートに興味を持ってもらうための「フック」になればいいなと思っていました。展示会自体はアートの文脈で表現を提示し、グッズの方は触れやすい形にしたかったんです。「初音ミク」の母体が非常に大きいからこそ、「これをアートとして提示しても受け入れられるな」という側面もありましたし、二次創作に寛大な土壌があったことも大きかったです。

印象に残っているグッズや、イチオシのグッズを教えてください。

大西氏 –  制作した様々なグッズの中でも、イチオシは私たちも着ているこちらのTシャツです。アート作品が前面にプリントされていて、とてもおしゃれですよね。「アート作品をまとう」というTシャツならではの体験を提供できるのが魅力です。
私が着ているのは仲衿香さんの作品「R&L」、そして池田が着ているのは松山しげきさんの「Portrait of dazzle MH-03」です。
「ART OF MIKU」では、アート作品の魅力を最大限に生かし、現代アートファンにも「初音ミク」ファンにも、気軽に手に取っていただける「グッズ」という形で楽しんでいただけるようにしました。

仲衿香作「R&L」
松山しげき作「Portrait of dazzle MH-03」

大西氏 – そのほか、イチオシのグッズとして、タカハシマホさんの作品「マサユメ」に描かれたキャラクターをアクリルフィギュアにしたものがあります。アート作品の一部をそのままグッズとして再現することで、「アート」と「グッズ」の境界線を曖昧にしました。高価な一点もののユニーク作品は手が出せないけれど、気軽に手に取れる「グッズ」という形でファンに届けられる、これまでにない試みです。この取り組みは、単なるサブカルチャーとしてのグッズとは少し異なる文脈で成立した点が大きな収穫でした。

タカハシマホ トレーディングアクリルフィギュア

グッズ化にあたって、作家さんとのやりとりで苦労したことはありますか?

池田氏 – 現代アート作品がキャラクターとコラボしてグッズ化されることは業界全体から見てもまだ少なく、珍しいんです。だからこそ、Tシャツや、作品内のキャラクターをアクリルスタンドにしたりと、様々な形でグッズ化を実現しました。

大西氏 – 確かに、作家さんの中には、ユニークな一点ものである作品が、簡易的なグッズとして流通することに抵抗を示す方もいました。作家さんの意向を第一に尊重しながらも、アートをより身近に感じて欲しいという目的を丁寧に説明することで、最終的には企画に賛同いただけて、多くの作家さんにグッズ化を承諾していただきました。「初音ミク」のグッズは世の中に数多くありますが、現代アート作品を題材にしたものは非常に珍しいです。アート作品は高価で手が出せないけれど、グッズとして手元に置きたいというユーザーのニーズに応えることができました。

札幌会期で販売されたグッズの数々

こだわった「キャプション」。 徹底した分かりやすいアート展

展覧会では、作品の解説を工夫したと伺いました。

池田氏 – 現代アート展の多くは、鑑賞者それぞれの経験や知識、感情に基づいて作品を自由に解釈したり、対話する”余白”を残すために、キャプションの情報をシンプル(作家名/タイトル/制作年のみなど)にしている傾向があります。しかし、この余白が時には、作品を読み解く手がかりが少なく、鑑賞者が作品の本質的なコンセプトや作者の意図を深く掘り下げることを難しくするという側面も持ち合わせていると考えています。私は、この「情報が少ないことによる解釈の難しさ」こそが、現代アートと一般の人々を隔てる”無言の障壁”の一因だと捉えています。この課題に対し、私たちはキャプションに作家の経歴や作品のコンセプトを丁寧に紡ぎつつ解釈の余白も残すことで、鑑賞者がより深く作品とつながり、その世界観を理解できるような体験の提供を目指しました。

確かに、コンセプトまで明かして書くのは珍しいですよね。

大西氏 – 私たちは、普段あまり美術館に足を運ばない現代アートに馴染みのない方でも楽しめるよう、分かりやすく、読みやすいキャプションを心がけました。単なる作品説明にとどまらず、読み物としても楽しめるように、本来は掲載されないような作品のコンセプトや作家の情報を載せています。また、アート作品の解説ツアーも実施しました。作品のコンセプトだけでなく、制作時の裏話など、来場者の興味を引くような内容を盛り込んだ分かりやすい解説を心がけた結果、多くの方から「現代アートは難しいと思っていたけれど、コンセプトを理解したら面白く感じた」「身近に感じられた」といった嬉しい感想をいただきました。

コンセプトを細かく書くことに、作家さんの抵抗はありませんでしたか?

池田氏 – 思いの外反発はほとんどなく、むしろ協力的でした。イベントの目的を丁寧に説明し、「現代アートを知らない人に楽しんでもらう」という大きなテーマに共感してくれたんです。多くの作家さんが、より多くの人に自分のアートを知ってもらうためにコンセプトを書くことに協力してくれました。作家さんによっては、特定のコンセプトを持たない方もいらっしゃったため、その場合はあえてコンセプトを載せない判断をしました。

ウェブサイトもユニークでした。どのようなこだわりがあったのでしょうか?

池田氏 – 現代アートには多様な表現があるので、オーソドックスなキャンペーンページのようなフラットなデザインではなく、スクロールしていくと作品が動くような、インタラクティブで好奇心を刺激する仕掛けを詰め込みたいとオーダーしました。

札幌会期で販売されたグッズの数々

初回の展示を通じて、手応えは感じましたか?

池田氏: 私たちも手探りではありましたが、カルチャーとしての文化がすでに醸成されている「初音ミク」なら、現代アートも受け入れてくれるだろうという確信はありました。SNSなどでも批判的な言葉はほとんどなく、多くの方が温かく迎えてくださったことに、すごく感謝しています。イラストレーターが描く「初音ミク」とは全く違う領域で、こういう表現もあるんだということを提示できた手応えを感じています。このプロジェクトは、「初音ミク」の二次創作に非常に寛大な土壌があったからこそ、実現できたのだと思います。

前編最後に、権利元であるクリプトン・フューチャー・メディア株式会社 ライセンスビジネスチーム マネージャー 目黒 久美子様より、本インタビューに際して特別にコメントを頂いたので、掲載させて頂きます。

「初音ミク」の「ART OF MIKU」としての展開をご覧になってどう思われましたか?

目黒氏 – 「初音ミク」は今まで様々なコラボレーションをしてきましたが、現代アートでの展開は事例があまりなく、「ART OF MIKU」が開催されるまで、一体どんな反響となるのか、正直全く予測がつかずでした。ご提案をいただいた時から、皆さんと企画を検討し監修を進めて実際に開催されるまで、初めて知ることばかりで、監修をする立場である我々も、何が正解なのか時には悩み、模索しながらの日々でした。

開催後、ファンの皆さまをはじめ、普段ミクでのイラストや楽曲でご一緒しているクリエイターさんや、SNSでも大きな反響をいただくことができました。また、作品を作っていただいた作家さんたちが、それぞれに「初音ミク」という存在を解釈され、様々な表現で向き合って作品が生み出されていく、その想いや過程を知ることができ、「初音ミク」を通して未知の世界に触れることができたのは、我々もファンの皆さまと同じく、素晴らしい経験となりました。「初音ミク」の新たな可能性を開いて下さったことに感謝しております。

後編では、年間400回に及ぶミーティングの実態や、メンバーの個人的な想い、そして今後の海外展開への展望について詳しくお話を伺います。

【Interview】Mika Pikazoにしか表現できない色彩 – 後編

Vtuberの輝夜月やハコス・ベールズ。ディズニーの作品をイラストで表現した『Disney Collection by Mika Pikazo』。更には「ファイアーエムブレム エンゲージ」、「Fate/Grand Order」などのゲーム内に登場するキャラクターデザインに至るまで、近年では「イラストレーター」の枠を超え、活躍の場を広げてきたMika Pikazo。個展の開催にも積極的な彼女の仕事ぶりを見ると、間違いなく多作と言っていいと思う。何がここまで、彼女を“創作”に向かわせるのか。

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FLOWERS OF THE HEAD

メンターとの出会い

Mika Pikazo(以下、M) – 尊敬している方で、とある音楽会社さんのプロデューサーさんがいるんです。クリエイターとかアーティストって、外に向けて作品を表現していく人たちだと思うんですけど、その人は、何気ない日常の中で、ちょっとした瞬間、エンターテインメントのようなものを見せてくる。もう7、8年の付き合いになるんですけど、こんなことをできる人が世の中にいるんだ、と驚いた方でした。その方は多分、「この人に今こういったことを言うべきだ」みたいなことがすごく分かる人で、自分がどうしようもないくらいメンタルを崩していた時に、最後にこの人に会いにいこうと思って、泣きながら相談しに行きました。

GALVANIZE

そんなすごい方がいるんですね!

M – そうなんです。私が「本当に辛くてしょうがないけど、絵のことを考えず休むべきだと周りから言われたけど、でも休みたくないんです、描いても休んでも辛くて、どうしたらいいかわからない」って。そしたらその方に「じゃあ今のMikaさんの想いを絵のコンセプトとして昇華させるべきだ」って言われて。「 絶対それ、絵に入れた方がいい。元気になっちゃったら今の気持ちはもう描けなくなるよ」と。 それから、今の自分にしかできないことってなんだろうと考えに考えて、辛い気持ちを日記に書くようにしたんです。辛い、悲しいとか、同じような言葉がすっごい書かれてるんですけど、それを書くことによって、展示会のコンセプトにできないかな、とか。 今の気持ちををちゃんと物語とか絵に入れようって思って。 辛いってすごく主観的じゃないですか。その主観的なものっていうのは、もう、周りが見えないような状況でしか作れないから。 当時はめちゃめちゃ辛かったし、自分が描いた絵がいいかどうかもわからなくなっちゃって。もっとできたんじゃないかとかも思いながら完成させたのですが、今その絵を見たとき、「本当にそのときにしか描けないものがあるんだ」と思います。あんなに辛くて悲しかったのに、自分が描いた絵は優しい顔をしていた。しっかり当時の感情が込められていて、本当に好きだなと思いますね。描いてよかったです。

宇宙を漂う1人の少女

それはちなみにどの作品ですか?

M – 「UNDER VOYAGER」です。展示会のタイトルの絵ですね。宇宙に漂ってる女の子の絵なのですが、当時の自分の心理状況とかもそうですし、呼吸ができなくて、いろんなものが浮遊して止まっていて、でも信号だけは発せられている…みたいな…。

個展「UNDER VOYAGER」メインビジュアル

宇宙探査機「UNDER VOYAGER」に
乗っていた人間少女”ライカ”(LAIKA)は
探査機の故障トラブルにより、
宇宙のどこかに墜落してしまった。
意識不明のライカが目を覚ますと、
そこには見たことのない世界が広がっていた…
探査機はもう壊れて動かない、
この星で生きていかなければいけない
身体負傷、混濁した記憶の中、
ライカの生きる希望を探す旅が始まった。

展示「UNDER VOYAGER」のプロローグにはこのように書かれています。今の話も踏まえると、当時のMikaさんの心情と本当にリンクしていますね。展示を企画する時は、大抵どういったプロセスで制作に入るのですか?

M – タイトルとコンセプトから決めます。その後に展示の空間的な演出を決めて、ようやく絵の制作に入ります。もともと描いてあった絵を展示することもあるのですが、既にある絵をどう見せるかというよりかは、空間があって、その後に、ここの部分にはこういう連作を描こうかとかっていうイメージです。

そのベースの中で、一枚一枚の絵に、その時点での感情を込めて描いていくと。

M – そうですね。

個展「UNDER VOYAGER」会場の様子

短歌とイラストの化学反応

ちなみに今計画している展示などはありますか?

M – 「感情展」という展示を来年に開催予定です。これまでの自分の個展とは違って、クリエイティブディレクション的な挑戦としての意味合いが大きい展示企画です。自分の絵は一つの表現ですが、やってみたいことは自分の絵だけではなく、もっと複合的に面白いものを作ってみたい…。そういった想いで今回こうした形を試しています。

Mika Pikazo「感情展」メインビジュアル/2026年2月13日より開催予定

展示のテーマについて教えてください。

M – テーマはタイトルにある通り、「感情」です。短歌に関しては、著名な短歌作家である方々の作品や、現代のイラストレーションを盛り上げている様々なイラストレーターの方々に参加していただきます。

短歌とイラスト!それぞれの表現はどのように絡むのでしょうか?

M – 短歌とイラストは、一見文字と絵といった異なる表現手法を用いて作品へと昇華していますが、根本的には、クリエイティブというものは、人間の中から沸き立つ感情があって、そこから生まれると思うんです。楽しいから描く、怒りや悲しみを表現する、そういった感情そのものが作品の起点になると考えました。だからこそ、作るに至るプロセスはみんな同じところから始まっているのではないかって。今回は、そうした「感情」がテーマの展示にしたくて、「感情展」という名前を付けました。形容詞としてはひとつの感情の表現でも、文字としてはこういった複雑な表現が絡んでいて、絵ではまた全く異なる、言葉にできない表現になるとか。あとは、怒りとか楽しさを感じる時って、いろんなものを内包していると思うんです。怒ってるけど、本当は悲しい、とか、楽しいけど焦ってる、みたいに、表面だけではわからない何重にも重なった思惑がある。そういったところにフォーカスした作品で構成しています。

Mika Pikazoは「アート」なのか

そうしたディレクション的な要素をはじめ、「イラストレーター」として型にはまらないご活躍だったり、イラストに和柄を取り入れている点からは、日本と海外を繋ぐ意識、アートと日本のカルチャーの融合、といったような、例えば村上隆のような感覚もあったりするのかなと思ったのですが、いかがですか?

M – 例えば、日本を代表する芸術表現のひとつに、「浮世絵」がありますが、元々の始まりとして芸術ではなく、グラフィックというか、エンターテインメントの文脈が強いですよね。 「漫画」とか「アニメ」も娯楽として作られたものとして既に確立している。だからこそ、それ自体が何事にも代え難い世界に匹敵する芸術表現だと思いますし、すごくそこに対するリスペクトがありまして。アートとして表現をするというよりも、誰かを楽しませるために作った浮世絵や日本の漫画・アニメがあって、そこから多角的な解釈が広がっている。そういったエンターテインメントに強く影響を受けたんだと思います。だからこそ、娯楽から生まれる芸術表現を突き詰めていきたいのかもしれません。

和装少女

再解釈したり、それこそディレクターズカットをしなくても、本来のもの自体がいいよねっていう。

M – もの自体が本当にすごいものだから。そこに誇りを持ってるし、自分も影響を受けて表現をしている。

Mikaさんの作品で言うと、「アート」という認識よりかは、“エンターテインメント”として出しているという感覚なんですね。

M – そうですね。  アメリカの音楽などのポップシーンでは、 彼らは作品に込める社会的なメッセージが強いんですよ。例えば政治的・宗教的な観点がクリエイティブと一体になっている。それを軸に自分はここに立っているっていう感覚がすごく強いと思うんです。日本の場合は、それが結びついてい̇な̇い̇ことの面白さだなって思うんです。空想の世界、ストーリーというか。信念や思想があえてぼやかされているからこその狂気があると思います。「初音ミク」とか、Vtuberとか、空想を空想の世界で描ききることって、ある種、日本独自の世界だなと思います。 そこに私はリスペクトと誇りを感じています。私自身がそのコンテンツに囲まれて育って、熱狂して、このエンターテインメントにしか表現することのできない希望の光がある、と思っています。

一般的に、美術館や展示会において、1枚の絵に対する鑑賞時間は15秒から30秒とされる。SNSをはじめ加速化する情報社会において、ひょっとすると、デジタルのイラストに与えられた時間はもっと少ないかもしれない。ただ、例えそのほとんど一瞬においても、Mika Pikazoの作品はみずみずしい躍動感を放つ。「私はここにいる」と。そして気付けば暫く眺めてしまう。それは“絵を描く”技術力の結晶であると同時に、それ以外の“何か”が影響している気がしている。迷信は信じないタチの私だが、想いの込められたモノには、魂が宿る。そう信じ始めている。

【Interview】Mika Pikazoにしか表現できない色彩 – 前編

Vtuberの輝夜月やハコス・ベールズ。ディズニーの作品をイラストで表現した『Disney Collection by Mika Pikazo』。更には「ファイアーエムブレム エンゲージ」、「Fate/Grand Order」などのゲーム内に登場するキャラクターデザインに至るまで、近年では「イラストレーター」の枠を超え、活躍の場を広げてきたMika Pikazo。個展の開催にも積極的な彼女の仕事ぶりを見ると、間違いなく多作と言っていいと思う。何がここまで、彼女を“創作”に向かわせるのか。

過去のたくさんの素晴らしいインタビュー記事、その当時から、2025年9月現在に、彼女は何を思っているのか。Mika Pikazoさんのインタビューを前後編でお届けします。

MANNEQUIN

変わるものと、変わらないもの

これは僕の所感なのですが、色々なイラストレーターやアーティストの方にお話を伺うなかで、Mika Pikazoさんって特にインタビュー記事が多い印象があるんです。もしかすると何か意図はありますか?

Mika Pikazo(以下、M) – ありがたいことにインタビュー依頼をいただくことは多いですね。意識しているのは、その時々の自分を記録しておきたい、ということかもしれません。例えば3年前のインタビューと今の自分の考えを比べると、全然違っていたりするんですよ。それは自分自身も社会や周囲の環境なども。もちろん、自分が創作をやる上で変わらない「芯」の部分はありますけど、そのときにしか残せない思考や表現ってあると思っていて、「今の自分はこう考えている」と残しておくことに意味を感じています。

XやInstagramの投稿でも、その辺りは考えていますか?

M – これまではSNSでプライベートのことなどはあまり発信してこなかったんです。ネガティブなこととか、普段自分が感じたこともそこまで言わないようにしていたんですけど、今後はそういうこともやっていきたいです。実はクリエイターの知り合いとかと話すときに、ずっと喋りながら制作してるくらい、話すことは好きなんですよ。 本当はXとかでも、140字びっしり思ってること書きたいくらいです(笑)。

心境が変わってきた理由はありますか?

クリエイターは作品を出すことが1番だって思っていたんです。ご飯屋さんがご飯を出すというか、美味しいご飯を出すことに意味があるみたいな感覚?ただ、“絵を描いていくこと”に関してもっと言葉でも伝えていくべきだと思ったんです。 もちろん今後もたくさん描いていきたいしそのつもりですけど、「この絵についてどういう想いで作ったのか」とか、「こういうのが自分は好きなんだ」っていう話も見ている方に伝えていきたい想いはあります。

ペンネームが、いつしか本名のように

過去のインタビューで、「「ありのままの自分」という言葉に違和感があって、「つくられた自分」をもっと見てほしい」といった発言がありました。それこそ今お話しているMika Pikazoさんは「ありのままの自分」と、「つくられた自分」、どちらになるんでしょう?

M – 今は混ざり合ってきていると思います。昔は、表と裏が分かれていた感覚がありましたけど、今は一体化してきた。パーソナルな部分と、Mika Pikazoとしての自分が、そんなに違わなくなってきた感じがします。

Mika Pikazo

プライベートのご自身とのギャップが無くなってきた?

M – 正直、Mika Pikazoとしての時間の方が長くて、むしろ家に宅配が来てインターホンで出る時に、本名を言われると「あ、そうだったか」と驚くくらいです(笑)。いつもクリエイティブな事ばかり考えているけど、もうそれが無いと無理というか。私のイラストは観ていると元気になるって言ってもらえることが多くて、すごく嬉しいのですが、私自身はすごく不安がりで、ずっとネガティブなんですよ。でも、その不安が強いからこそ、作品を作っているし、パワーを感じさせる絵を描きたいのかも。休みとかが逆に怖くて、創作について取り組んでいない時間が怖いです。

深く潜った先には、同胞がいる

不安な気持ちを創作によって解放するようなニュアンスかと思うのですが、以前他のインタビューで、ジバンシーなどのファッションデザイナーを務めたアレキサンダー・マックイーンからの影響について語られていました。彼は、徹底的に自己の内面と向き合うことでアバンギャルドな作品を発表し続けた人物という印象で、必ずしもカタルシスとしての芸術表現ではなかったかもしれない。その辺りも共鳴する要素としてありますか?

M –  様々なアーティストさんの話を横から聞くときに、「いい人だったよ」みたいな話には、そこまで惹かれないんです。どちらかと言うと、創作に想いが行き過ぎちゃってる、ストイックすぎて、こだわり過ぎちゃって、変になっちゃってるような、そういう話を聞くとすごく安心するんですね。「 ああ、よかった」って思う。だからああいう素敵な作品を作れるんだ、と思う方もいる。自分も考えが行き過ぎちゃう時があったりするので、側から見ればやめたほうがいいっていうような精神状況になっていても、でも突き詰めていく先に何かあるんじゃないかと思ってしまうし、願いを込めています。

Mikaさん自身はデッドラインというか、これ以上いったら引き返せなくなるなみたいな局面はありましたか?これ以上悩んだり向き合い続けたら、戻ってこれない、おかしくなってしまう、といったような経験。

M –  今、そこに入り始めたなって思います。メンタルを病んでるとかではないんですけど、展示会をやったり、自分がやりたいことのコンセプトに向き合っていくと、すごく自分を削るんですね。自分の中にあるものをひとつひとつ削って出している感覚があって。 その中で、自分が求めるクリエイティブが、どんどん研ぎ澄まされていく感覚もある。それこそさっき、「絵を描いていないと不安になる」みたいに言いましたけど、自分の一日、生活が、それに染まりすぎてしまって、それ以外の生活に関する判断基準が、自分の創作に取り込めるか取り込めないかみたいに考えてしまうときがある。そういうところに入ってしまったんだって、最近本当に感じます。

マックイーンに対して、クリエイターとして素晴らしい人生を送ったのではないか」とおっしゃっていましたが、現在のMika Pikazoの理想の人生とはどういったものですか?

M –  今の気持ちは…寿命で死ぬまで描いていたいです。70、80になっても描いていたい。

寿命まで。マックイーンは、デッドラインを超えて帰って来なかった。

M –  マックイーンは過労やプライベートの不幸な出来事が重なってしまって、自殺をしてしまったとこの映画では描かれていましたが…私は自殺はやっぱりするべきではないと思います。でも、すごく苦しいとき、そういうことを考えてしまうことはあるし、どれだけ周りがよくないといっても、苦しさの渦中にいる本人には別の視点が見えている。「自分なんか生きててもしょうがないんじゃないか」って思ってしまったり。じゃあ、知り合いがそういう状態になったら、絶対良くないって止めるし、話をずっと聞いて少しでも気持ちが楽になる方法を見つけたいって思うけど…。でも、マックイーンは最期まで、自身の内面も織り交ぜて、作品にした。それは狂気にも似たカタルシスを含んでいて、他の人には到達できない表現を作った。その姿勢にはリスペクトしています。ただ、なんだろうな。個人的には、自殺はよくないという想いは変わりません。自分が彼の作品のファンでもあるので、もっと見たいっていう気持ちもあるし、彼が残した限りある作品を何度も観ていて勇気をもらっているので、そういう意味でも、ずっと…。 ずっと描き続けていたいです。

展示会「ILY GIRL」

展示会に行く前からが展示会です

絵を描く以外に、趣味とかはありますか?休みの日も、本当に絵のことだけ…?

M –  例えばインプットが足りないなと思って、旅行に行ったり、美術館に行ったり、自分が普段やらないようなことをやってみるというのはあるんですけど、それも創作と切り離したことはしたくないですね。 普段の生活的な部分では行動力もないしビビりなんですが、それがクリエイティブにつながった瞬間、すぐ「行こう!」「やろう!」ってなります(笑)。

それは具体的に何か情報を知りたいのか、感覚的に浴びたいのか、どういったニュアンスですか?

M –  どちらもありますね。特に展示会をやるときに、お客さんがどのような想いで来て頂いているのか、シミュレーションというか、イメージすることが多くて。その参考の為にも、色々な展示会に出掛けます。例えば二年前に開催した展示会「ILY GIRL」は、コンセプトが決まる前、開催が決まった会場へ色々な駅から歩いてみて、道中のお客さんの気持ちを想像したりしました。どんな思いで観に来てくれるのか、嬉しいことがあったのか、不安なことを抱えているのか、今日1日原宿楽しむぞ!って気持ちなのかとか。たどり着くまでに何を求めていて、何を見たいかっていうのはかなり考えました。

展示会「ILY GIRL」での東急プラザラッピングの様子

そこまで考えているんですね。

M –  そうですね。朝イチで行ったらどうかとか、夕方行ったらどうか、とか。
いろんな方向から、この展示会に向かうときの見え方と気持ちを深く掘り下げてみたり。

本当にどうしようもなくなったことなどはありますか?これは自分一人じゃ解決できないな、みたいな。

M – 一度メンタルを大きく崩してしまったことがあって。その時は、ずっと尊敬している、とある音楽会社さんのプロデューサーさんの方がいるのですが________________。

彼女の創作に向き合う姿勢や、不安と表現の関係性について深く語っていただいた前編。後編では、Mika Pikazoがこれから挑みたいこと、そして描き続ける先に見据える未来についてさらに迫っていきます。

自分でボケて、自分でツッコむ – おほしんたろうが描く1コマ漫画の世界 【後編】

幼い頃から描いていた絵と、学生時代に右も左も分からないまま上がった芸人の舞台。その2つが交わった時。そしてそこに、少しの隠し味が加わった時____。

お笑い芸人、漫画家、イラストレーターなど、多方面に活躍するおほしんたろうの現在のスタイルに至るまでの軌跡、その創作の背景を紐解くインタビューを前後編でお届けします。

お笑いとイラストが混じり合う

学生時代のお笑いのネタではオーソドックスなコントなどをやっていたとのことでしたが、イラストや1コマ漫画がネタに登場するようになったのはいつ頃ですか?

おほしんたろう(以下:おほ) – それはもう事務所に入ってからですね。“芸人”になってからです。 それこそ twitter(現X)とかに漫画をあげたら割と反応がよくて。だったらこういうことやった方がいいのかなと思って、フリップネタとかをやるようになりました。

フリップネタを披露するおほしんたろう

元から絵も描いてたし。

おほ – そうですね。もちろん「フリップネタ」という存在は知っていたんですけど、なぜかそれをやるっていう発想がなくて。

ちょっと不思議ですね。

おほ – ですよね。「やりゃいいやん」 って思うと思うんですけど、こういうのって客観的に見れないというか、意外と本人からしたら分からないじゃないですか。

たしかにそういうのはありますね!

描き過̇ぎ̇な̇い̇という隠し味

1コマ漫画を作る時はどんなイメージで作っていますか?

おほ – 大喜利のお題と答えを自分で用意して出すイメージです。イラストと文字を入れて、イラストで回答するような、自己完結の大喜利です。先に大喜利のお題を考えて、その答えとしてイラストを描くので、いいお題が思いつくと割とスラスラ描けます。

以前別のインタビューで、「半分ぼーっとしながら、半分考えている」状態の時にネタが思い浮かぶとおっしゃってましたが、それは今もそうですか?

おほ – 基本的にはもう「描くぞ!」と思って、そこから考えています。ぼんやりしてる時にたまたま浮かぶこともあるんですけど、 それはラッキー。 やっぱり「考えるぞ!」ってやらないと、なかなか思い浮かばないですね。全然面白いことが浮かばないなみたいな時は、何個か描いて、 うーん、みたいな時間は結構あります。でも、何個か描いてたらノってきたりします。

何か特別に意識してることはありますか?

おほ – 憧れの和田ラジヲさんが、「 絵は描きすぎると上手くなっちゃうんだよ」って言ってて。特にああいった感じのギャグって、絵が上手すぎてもなんか違って、一番いいバランスがあると思うんです。ただ、例えば、いい具合に死んだ目の人を描きたいけど、そういう時ってやっぱりどうしても和田ラジヲさんの絵に寄っていってしまう。それも違うので、自分なりの絵柄で描けるように何とか調整する感じです。

和田ラジヲさん公式X

「お笑いとか漫画とかやってますけど、いかがお過ごしですか?」

そのほかに憧れている人はいますか?

おほ – お笑いやりながら絵とかもやっているっていう意味だと、くっきー!さんとか、天竺鼠の川原さんとかは、ネタも面白いし、絵の方も好きです。すごいなって思います。あとは『サラリーマン山崎シゲル』っていう漫画の田中光さんも好きですね。この人もお笑い芸人であり、漫画家でもあるっていう方で。

例えば今挙げられた方とネタが被らないように気をつけていることとかはありますか? 

おほ –  自分が面白いと思うかどうかが最初の基準です。その上で、「これはやられてるかな?これはあんまりやってないかな」っていう、そこの見極めだけですね。あくまで考えた上で、被っているかどうかを判断しています。

『サラリーマン山崎シゲル』公式X

それこそいろいろな活動をされていますが、ご自身の中で肩書きは何だと思いますか?

おほ –  例えばテレビに出るとして、「ザ・お笑い」みたいな仕事ってあんまりなくて。僕の場合は、早朝の情報番組で芸能ニュースを読み上げる、とか、地元の佐賀の情報番組で天気を読むっていう仕事とか、まあ要所要所にちょっと小ボケを入れたりはしますけど、ベースの中での「お笑い」っていう仕事でもなくって。あんまりこう、「芸人です!」っていうのが若干、「それ言っていいのか?」みたいな感じには思ってるので、「お笑いとか漫画とかをやってます」みたいにふわっとさせることが多いです。「漫画家です。」も、ちょっと言い過ぎかなとか思うんで。「お笑いとか漫画とかやってますけど、いかがお過ごしですか?」みたいな 感じで生きてます(笑)。

 Instagramでの1コマ漫画などすごく話題になっていますが、知名度が上がるにつれて、もしかすると、しがらみとか、例えば受け手の反応がネタに影響したりすることはありますか?これがウケそうだな、とか。

おほ –  あー、いや。やっぱり出してみるまでは全然わからないですね。

そういうものなんですね。

おほ – 自分的に、「あ、これ面白いぞ」と思っても、蓋開けてみたら全然伸びないことも多いですし。分かりやすいネタの方が反応多いかな?くらいはありますけど、でもやっぱり どれが評判いいかとかは全くわからない。出してみて毎回、「 へー!?」みたいな感じです。 

反応とかはやっぱり気になるものですか?

おほ – そうですね。やっぱり「いいね」がたくさんつくと嬉しいですよね。ただそこがネタづくりにおいて、自分の中のテンションと一致するか?って言ったら全然そんなことはないです。

1コマ漫画だとかなりの制約があると思いますが、1コマで落としきるコツや意識していることはありますか?

おほ – そうですね…。 落ちてないやつも好きなんで、それがややこしいんですよ。ちゃんと落ちてるやつも勿論いいんですけど、 やっぱり『ファミ通』の時代から、「なんだ。これ?」みたいな、よくわかんないやつが好きっていうのがずっとあるので。なので、落とすコツっていうとわかんないですけど、落ちなくてもいいかなとは思っています。

なるほど。なんか空気感というか、余白が残る感じの。

おほ –  そうですね。受け手側に突っ込んでもらうくらいの。ただ、やっぱり落ちてるやつの方がウケはいいですよ(笑)。

あ、それはやっぱそうなんですね。

おほ –  そうですね。やっぱりちゃんと落ちてるんで。そりゃそうだなっていう。

自分でボケて、自分でツッコむ – おほしんたろうが描く1コマ漫画の世界 【前編】

幼い頃から描いていた絵と、学生時代に右も左も分からないまま上がった芸人の舞台。その2つが交わった時。そしてそこに、少しの隠し味が加わった時____。

お笑い芸人、漫画家、イラストレーターなど、多方面に活躍するおほしんたろうの現在のスタイルに至るまでの軌跡、その創作の背景を紐解くインタビューを前後編でお届けします。

幼少期の代表作『変な人』

初めて絵を描いた時のことを覚えていますか?

おほしんたろう(以下:おほ) – 幼稚園くらいの頃から、チラシの裏とかに絵を描いていたみたいです。ウルトラマンとか、怪獣とか、そういうのが好きで描いていましたね。

幼少期に描いたイラスト。既にかなりシュール…

漫画を描き始めたのはいつ頃ですか?

おほ – それも小学生の時です。たしか学校内のクラブ活動みたいなもので描き始めました。その時には4コマ漫画とかギャグっぽいものを既に描いていた気がします。

オリジナル作品として描かれていた?

おほ – そうですね。元々はどこかで見たやつの真似事だったりしたとは思うんすけど、当時、「変な人」っていうタイトルの漫画を描いていました(笑)。

「変な人」!

おほ – それが代表作です。内容は本当にしょうもなくて、なんかもう、ハゲてるんですよ。変な人が。波平さんみたいな。当時はハゲが変だと思ってたんですよね。 今はもちろんそんなこと思わないですけど、当時は90年代的な価値観でやっていて。それこそ小学生が好きそうな、高いところから落ちちゃうとか、鳥に連れて行かれるとか、そういうやつ。もうほんとにギャグにもなっていないような感じだったと思います(笑)。

「変な人」原画

『月刊コロコロコミック』のような。

おほ – そうですそうです(笑)。

お笑いについても幼い頃から好きだったのですか?

おほ – あまりお笑いの番組とかを観ない家庭だったんですよ。ダメとは言われないけど、あんまり観ない方がいい?みたいな空気というか。だから中学生の時もあまり観てなかったんですけど、「オンエアバトル」とかが流行りだして、おぎやはぎさんのネタをたまたま観たんです。それがすごく面白くて。そこで一気に興味が湧きました。

“シュールな笑い”の原体験

いわゆる王道のギャグ漫画から、現在の作風に至ったきっかけはありますか?

おほ – たまたま中学の時に『ファミ通』を読んで、それがめっちゃ面白くて。 シュールとか不条理っていう立ち位置だっていうことも分からないまま、「なんだこれ!?」みたいな。夢中になって読んでいたんですけど、次第に自分も参加してみたいと思うようになって。投稿コーナー、採用されたら掲載してもらえるコーナーがあって、自分でも投稿するようになったんです。週に1回発売されるやつに載っているかどうかっていうのが本当に楽しみで、それが青春でした。それが多分、今に繋がる感じの漫画を描き始めたきっかけです。

『ファミ通』投稿時代。当時は塩味電気というペンネームで活動していた。
2枚目の画像では、憧れていたという、とがわKさんの隣だ!

人前でやるっていうことに関しては、お笑いよりも漫画の方が先だったんですね。芸人としての活動はどのようにはじまったのですか?

おほ – 大学時代にコントをやったのが最初ですね。

やっぱりおぎやはぎさんとか、いわゆるちょっとシュールなネタですか?

おほ – いや、最初はもう全然。オーソドックスな感じだったと思います。本当に何もわからなくて、なんかそれっぽいものをやるしかないというか。見よう見まねでやってましたね。でも好きなのはやっぱり、ちょっと王道から外してあるようなものが好きだったので、おのずとそうなっていったというか、結局自分の気持ちが乗ってやれる方向のネタにはなっていったと思います。

謎のバイトをした学生時代、新卒から芸人へ!

大学時代は何かアルバイトをされていましたか?

おほ – 病院の検査で、検尿弁とか色々あるじゃないですか。血液検査とかで採取された、検体って言うんですけど、その検体を検査するための培養に使う寒天のシャーレみたいなのがあって、丸いやつ。どんな菌がいるか調べるんですよ。例えば尿だったら尿をそこに塗り広げる。っていうバイトをしてました(笑)。

めちゃくちゃシュール!そんなバイトがあるんですね(笑)。

おほ – 僕も知らなかったです(笑)。最初は抵抗あるんですけど、単純作業ですぐ慣れちゃいました。白衣着て手袋して、淡々と塗っていくっていう(笑)。

九州大学のご出身ですけど、将来についてのイメージとか、芸人を目指す決め手は何でしたか?

おほ – 本当に何も考えていなかったです。サークルとかは楽しかったですけど、就職とかは全く考えずに過ごしてました。会社に入ってうまくやっていける自信もないし、働きたくもなかったですね。

芸人になろうとは思わなかったんですか?

おほ – なりたいけど、大阪や東京に行く度胸がなくて。大変そうじゃないですか?行ったこともなかったですし。ただそのタイミングで、今いる事務所が九州に事務所を作るっていう話が出てきたんです。地元のアマチュア芸人をスカウトして、事務所に入れますよ、みたいな番組に参加して、今に至ります。

『ファミ通』、おぎやはぎ、ナゾのバイト…。
育まれてきた“シュールさ”への感性は、交わることのなかった別々の領域___お笑いとイラスト___を、本人も気付かぬうちに曖昧にしていった。そしてその2つが明確にブレンドされたのは必然だったのかもしれない。後編では、異なる領域の混ざり合った独自の“おほしんたろうスタイル”を紐解いていく。

【インタビュー】絵で食べていくということ – GODTAILの歩んだ軌跡 – 後編

物心ついた時から絵を描いていたというGODTAIL。株式会社GODTAILを立ち上げ、今や活躍の場は、デザイン・演出・編集・広告・筐体デザインにも及び、存在感を放っている。『MARVEL/DC公式アーティスト』 も務める彼のこれまでの軌跡、業界での20年間を振り返るインタビューを前後編でお届け。

B – 会社からの独立の決め手を教えてください。

GODTAIL – 既にほとんど自分でやっているような感じで、ノウハウもあったし、色々やってみたいっていう感覚でしたね。今までの会社でのお付き合いもあったし、自信もあった。だからとりあえず独立してやってみて、ダメでもどこかしらの会社には入れるだろうと思っていました。

B – 趣味として絵を描き始めたのが、仕事になっていくにあたって、その境界線というか、意識の変化はありましたか?

GODTAIL – もちろん趣味の絵と仕事の絵は違うなっていうのもあったし、売れる構造っていうのかな。本当に実力があって売れる人ももちろん一握りいるとは思うんですけど、それ以外にもあると思っていて、例えば大きな企業さんに採用を頂くだとか、要は世間に知られないと、流行らないといけないんですよ、食べていく為には。上手かろうが、そうでなかろうが、まずはそこを抑える。その上で、オリジナルのものとか、誰もやっていないけど見たことあるようなものを狙って作っていました。自分のオリジナルキャラクターを、いきなりバーンって出したって売れないわけですよ。誰も知らないから。台本なりCMなり、結局要は仕組みがあるわけです。流行らせる仕組み、プロセスというか。もちろん突発的に、これいいなって流行ることもあるとは思います。ただ、今売れてるものって何かしら仕掛けがある。絶対的な誰かの力だったり大企業とかの力が発生している。それが良い悪いとかではなくて、そういう面はやっぱりあります。

B – ある程度流れだったりとか、業界の雰囲気を汲みつつというか。

GODTAIL – あくまで結果を出していかないといけないと思っていますね。そういう流れを気にしないで、一筋通してずっと自分の絵柄でやってる方ももちろんいらっしゃいますけど、僕はそういう生き方じゃなかった。

B – 逆に言うと、色々な描き方をするには、自分の手札というか、技術がないとその流れにうまく乗っていけないですよね。

GODTAIL – 描けているのかは分からないですけど、生きていくために一生懸命やっているっていう感じですね。天才じゃないから。

B – 天才ではない?

GODTAIL – ないない、全然。人よりやらないといけないタイプだからこそ、どうしたら生き残れるかを常に考えています。今も会社をやっているから、社員を食わさなきゃいけない。

B – 例えば自分のエゴというか、絵を描いていたら、こういうのを認めてほしいっていうのもあるじゃないですか。

GODTAIL – 自分のオリジナルで売れたいのはもちろんありますし、もちろんね、当てたいですよ。ただ、最近の人はやっぱり上手いし、達者だなとか思うこともあるから。

B – その考えに至るまでに、例えば具体的に大きな挫折があったのですか?ある意味自分が天才じゃないと諦めたというか。

GODTAIL – 諦めてないのは諦めてないんだけど、やっぱり、何だろうな。一線があるというか、ちょっと雰囲気が違う。一個何か違うんですよ。感覚的なものなんですけど。

B – でも、それが分かるっていうことは、ある程度近いレベルにいないと、それすら理解できない気もします。

GODTAIL – だからやり続けないとなって感じです。時代は変わるので、それに対応していかないといけない。上手い子なんかどんどん出てくるし。でも、じゃあそれで諦めるのかと言ったら、そうじゃないけどね。自分なりに対応して、合わせていかないと。

B – どうしたら絵は上手くなりますか?

GODTAIL – どうなんだろう。まだ全然だけど、向上心では終わりがないですね。ものづくりは終わりがないっていうのがありますし、どんどん新しい子たちが出てきて、刺激がある。何歳下でも、すごいなって子はたくさんいますから。だからずっと描いてますよ。旅行に行った時とか以外は基本的にずっと描いてます。何かしら仕事を頂けているし、自分のオリジナルキャラクターだったりイラストも描きたいし。描いていない日が無い。

B – しんどくなったり、行き詰まることはありますか?

GODTAIL – もうそれがナチュラルになっているから、描いている方が逆に楽なんです。慣れちゃってるというか。

B – Instagramでの作品投稿もかなりの更新頻度ですよね。スピードとかは意識されているんですか?

GODTAIL – というよりは、描いたものをアップしているだけですね。僕の先輩も54歳ぐらいだけど毎日アップしてるし、それが普通くらいの感覚ですね。

B – 基準がすごく高いというか。

GODTAIL – やっぱり天才じゃないから。

B – それでもここまで長きに渡って、絵を描くことを仕事としてやってこられてるわけじゃないですか。長期的にキャリアを維持する上で、何か意識されてることはありますか?

GODTAIL – チャレンジ精神かな。向上心を持っていろいろやっていかないといけない仕事だと思うんです。どんどん進化していく業界じゃないですか、それこそAIとかもそうですし。

B – 参考にしていたり、影響を受けた人はいますか?

GODTAIL – たくさんいますよ。子供の頃は『ドラゴンボール』が好きで、鳥山明先生とか、固定はされていたんですけど、この年になるにつれて、それこそ今の若手のイラストレーターの方もそうだし、身近なイラストレーターの方だったり無名なイラストレーターの方でも、上手い人は上手いから。視野が広くなったというか、誰にでもいいところはあるから、そこから盗める要素はありますね。

B – GODTAILさんにとって、良い絵ってなんですか?

GODTAIL – 良い絵か。「絵が描けないです」って言う人いるじゃないですか。正直言って、手を抜かないで真摯に描いてる絵とか、楽しんで描いている絵はいいですよ。「私は描けない」って言うけど、例えばキリンを描く、一生懸命キリンを、5、6時間かけて描いたら、それはすごくいいと思う。絵の基本はそこなんじゃないかな。

B – 確かにそうですね。絵に限らず、ものづくりにおいてはそういうところはありますね。

GODTAIL – もちろん技術が高いとかもありますよ。ただ、それだけじゃない。絵の根本って、描ける、描けないじゃないかな。売れる、売れないももちろんあるし、かっこいい、かっこ悪いとかもあるけど、絵そのもの自体は、もっと奥底にある心の部分というか。商売になるかどうか、商業的かどうかっていうのはまた別の話になってしまうけど、その、心というか、その人がどれだけ一生懸命やったかは、大事だと思います。

B – 最後に、今後の目標とか、今の野心を教えてください。

GODTAIL – 僕もう50歳なんですよ。だから、だいたい一生懸命かけるのがあと10年弱くらいかなと思っているんですけど、そこまでにIPキャラクターを作りたいかな。自分のオリジナルキャラクターを、自分の会社で出したいっていうのはあります。

B – やっぱり限界まで描き続けたいっていうのはあるんですね。

GODTAIL – そうですね。でも、絵描きは誰でも言うと思います。絵描きながら死ぬんじゃないかな。

【インタビュー】絵で食べていくということ – GODTAILの歩んだ軌跡 – 前編

“絵を描く”ことで食っていこうと頑張っている弱冠ハタチの友人が、僕にはいる。

そのひとつのカタチとして現在はアニメーターを志しているようで、そんな彼の動向を通して僕は、アニメ業界をはじめ、様々な「絵」に関する仕事の、特に外からは伺い知れない「お金の話」を興味深く聞いている。少し前、「好きなことで生きていく」というコピーがYouTubeに溢れた時期があった。夢を追うということの本当の意味、生々しい現実感は、キャッチーで耳障りの良いその言葉によって画面から押し出されてしまった。

絵は、夢は、甘くない。

アートとお金の話は折を見てするとして、ともかく「好きなことで生きていく」である。これに、正解や正攻法は、きっと無い。答えは本の中にも、あるいは誰も持ち合わせていないのだろう。ただ、ヒントを得る事は出来る。いや、むしろヒントはどこにでも転がっているのかも知れない。そう、ゴミ箱にだって……。

物心ついた時から絵を描いていたというGODTAIL。株式会社GODTAILを立ち上げ、今や活躍の場は、デザイン・演出・編集・広告・筐体デザインにも及び、存在感を放っている。『MARVEL/DC公式アーティスト』 も務める彼のこれまでの軌跡、業界での20年間を振り返るインタビューを前後編でお届け。

GODTAIL インタビュー前編

B – まず、絵を描き始めたきっかけを教えてください。

GODTAIL – 物心ついた時から描いていたと思います。自分ではあまり覚えてないですけど、幼稚園に入る前から描くのが好きだったみたいですね。

B – それからずっと絵は描き続けていたのですか?

GODTAIL – そうですね。学校の休み時間に描いたりしていました。友達に頼まれて『ドラゴンボール』のキャラクターを描いたり、オリジナル作品も描いたりしていました。

B – ストーリーの創作もされていたんですね。

GODTAIL – 完全に友達のウケ狙いです。だから、黙々とやるというより、絵が上手いやつっていう風に見られていて、友達を変に描いて腐すじゃないですけど、そんなことばっかりやっていました。先生の顔を伸ばして描いて、それで友達を喜ばせたり(笑)。

高校時代の自作漫画

B – 当時は将来の夢とか、何がやりたいとかはあったんですか?

GODTAIL – 絵ではなかった、絵はなかったですね。単なる趣味として描いていました。

B – 大阪芸術大学への進学はどのタイミングで決意されたのですか?

GODTAIL – もともとアルバイトで引っ越しをやっていたので、そのまま就職しようかなと思っていたんですけど、友達に「芸大受けてみたら?」って言われて、旅行がてら試験を受けに行きました(笑)。映像学科なんですけど、別に絵が上手くなくても絵コンテが描ければ受かるみたいに言われていて、漫画は学生時代から描いていたから、それで描いたら受かりましたね。

B – 凄いですね(笑)。大学ではどういったことを学んでいましたか?

GODTAIL – 映像学科なので、映画見るくらいしかしてなかったですね。絵に関して何か教わったとかはないです。今まで通り、ただ単に描いていました。どちらかと言うと発想が命なのかな。オリジナルの発想、ストーリーの展開を頭で考えるとか、そういう学科でしたね。

B – そういった内容を扱う学科だったんですね。当時は将来の展望というか、どんなイメージでしたか?

GODTAIL – 何もない、バイトばかりしてましたよ。ほんとに色々なバイトをしていたので、何かしらでやっていけるとは思ってました。ただ、周りが就活してるっていうので、自分もやってみて、結果的にゲーム会社に就職しました。それも絵を描く側とかキャラクターデザインっていうよりかは、プランナーとしての仕事でしたね。プランナーの中では描ける方だったから、そういうところは狙ってはいました。

B – そこは計算があったんですね。

GODTAIL – ある程度は。新しいキャラクターデザインのイメージとかを伝えたい時とかって、字で書くよりは絵で伝えた方が早いわけじゃないですか。普通はプランナーって絵は描かないけど、「こういうポーズでこういう風に描いてください」とかっていうのを、絵で指示出来た。

B – 絵で食べていきたいとか、直接的に絵を描く仕事をしたいっていう意識はなかったんですか?

GODTAIL – 絵はずっと好きだったし、上手くはなりたかったんですけど、それまではきっかけがなかった。ただ、ゲーム会社で色々なデザイナーの方を見たり、一緒に仕事をしていく上で、そこでようやく意識し始めるというか、絵で食っていきたいなとは思うようになっていったと思います。

B – 具体的にはどんなことから始めましたか?

GODTAIL – デザイナーの方たちが、デッサンとかラフをゴミ箱に捨てるんですよ。ちょうど僕がゴミ当番をやっていたので、それをかき集めて、ホチキスで留めて、自分で教科書みたいにして、それを見ながら練習していました。当時はインターネットなんかないから、本を買うしかない。でも、本買うお金もそんなにないし。

B – 捨ててある物だけど、ある意味全然ゴミではなかったというか。

GODTAIL – うん、そうですね。教科書みたいな。パッと見て、いいなとか、上手いなと思ったやつをかき集めてました。

B – そのあたりから、本格的に絵を描き始めたんですね。

GODTAIL – そうですね。やっぱり絵がいいなぁと思って、仕事しながら毎日描いてました。あとは、仕事の絵とはまた全然違うキャラクターとか、そんなのを描いてたと思います。オリジナルキャラクターとかを描いて、南の道頓堀とかに売りに行くんですよ。今は多分ダメだけど、当時は橋の上でクリエイターがズラーっと座っていて。そのエリアだったりとか、路上売りみたいなことをみんなやっていた時代がありましたね。

B – 凄い光景ですね、見てみたかったです。

GODTAIL – 当時はホームページとかも無いから、手で売ったり現場に行って自分の絵を見せるっていう時代でした。もちろん今はダメだと思いますけど。

B – 贅沢な話ですよね、だって原画っていうことですよね?

GODTAIL – 原画もだし、あとはプリンターを買ってプリントしてとか。でも全然売れないですよ。

B – そういうものなんですね、

GODTAIL – 売れない売れない。だから、キャラクターとかを描いても売れないんだと分かって、いろいろ試行錯誤して、なんとかお金にしたいなと思った時に、クレパスで描いた似顔絵が売れだしたんです。

ひっかけ橋で描いていた似顔絵

B – 学生時代に友達を喜ばせる為に絵を描いていたのと通ずるところがありますね。誰かに喜んでもらう為に描くというか。

GODTAIL – そうかもしれないですね。

B – そうしてゲーム会社を経て、パチンコパチスロ業界に行かれたと思います。具体的にはどんなことをされていましたか?

GODTAIL – 企画からデザインから、全部やっていました。図柄だったり盤面のデザインだとか、印刷方法とかもそこで覚えました。元々映像学科時代に監督みたいなこともやってたんですよ。企画して、撮影して、編集してっていうことを全部やっていたから、まあ、それに近い感覚ですね。写真を企画して、内容を企画して、自分でデザインして、そのキャラクターの図柄を揃えるっていうような物を作っていました。キャラクターの色数も当時は16色とかに限定されていたので、その中で遊んでいました。

B – 遊び心というか。

GODTAIL – やりたいことを混ぜながらやってたわけです。

B – ひとりで最初から最後まで全部やられてるみたいな感じだと思うのですが、相当大変ですよね?

GODTAIL – 大変ですよ、今は無理だと思います。際限ない量だし。楽しいというか苦しかったですね。もう夜中なんて当たり前だし、今だったらもうブラック企業ですよ、休み無いし。寝泊まりするのが当たり前の時代でした。

B – そんな中で、どうして7、8年も続けられたんですか?

GODTAIL – オリジナルを作って、一発当てたかったっていうのがありました。自分の手で当てたいっていう野心はすごくあったし、頑張ってたかな。一発当てれば夢があったような気がした。そういうのもあって、ずっとオリジナルのものを作り続けてましたね。

ゴミ箱に、橋の上に、路上にと、あらゆるところにチャンスを見出してきたGODTAIL。そうした場所を経由しながら、遊びから仕事へと、徐々に活躍の場を移しつつも、根底にあって変わらないのは“人を喜ばせたい”という気持ち。後編では、独立して会社を立ち上げ、今に至るまでの軌跡から、彼にとって「良い絵」とは何なのか、斬り込んだ内容をお届け。

OSAKA INTERNATIONAL ART 2025:取材レポート

「OSAKA INTERNATIONAL ART 2025」が、2025年5月31日、6月1日の2日間で開催される。大阪城ホールを舞台に、「大阪でアートを買おう」と銘打った、国際的で大規模なアートフェアで、およそ115ものギャラリーが参加している。特筆すべきはその4割弱が海外からの参加となっていること。アートを取り巻く環境の好循環を生み出すと共に、アートを通じて“文化”と“経済”の交流に繋げるイベントとして、今回が初めての開催となった。


会場の様子


普段なかなか観ることすらできない作品を、“買う”ことを念頭に楽しむことができる。マルク・シャガール、アンディ・ウォーホル、岡本太郎、草間彌生、コシノジュンコ…。言わずと知れたマスターピースに加え、海洋堂による「銅合金 シン・ウルトラマン」や、COOKIE(お笑い芸人 野生爆弾 くっきー!)による作品、日本が誇るバーチャルシンガーソフトウェア『初音ミク』による「ART OF MIKU」など、様々な文脈でのアート作品が立ち並んでいる。


マルク・シャガール / 画家と婚約者


「展示会ではありません」と、総合プロデューサーを務めた來住尚彦氏は語る。では、このイベントは一体全体何なのか。気持ちよく言い切ってしまうと、こういうことだと思う。

「商いの街、大阪の地で、アートを使って金儲け」

これが、簡略化した本イベントの姿かたちだと思う。素敵だなと思うのだが、おそらくこのように書くと、拒否反応、反感を持つ人が多いのだろう。

そして他でもない、一連のこうした感情の動きが、今の世相に示唆的であり、このアートフェアの提起する本質だろう。

例えば同時期に開催されている大阪万博は、博覧会であり、博覧会と検索をかけると、「種々の産物を陳列して公衆に見せ、販路拡張と改良進歩を目ざして開く会」とある。販路拡張の側面こそあれど、そこでは、あくまで“お披露目”という色が強く出ている。

対して、今回のOIAはアートフェアだ。フェアとは、市、即売会としての色が強く、さしずめ“お買い物”といったところだろうか。

ここで重要になるのが、では実際に自分が買うか、買えるか(お財布的に)ではなく、「アートを購入することが出来る“場所”の用意があります」という意思表示、機会の提供が成されたということだ。

ここには2つ、重要な意義がある。


「銅合金 シン・ウルトラマン」 / 原型制作:木下隆志

アートは美術館だけのものじゃない

もちろん、イベントのみならず、都内を筆頭に全国のあちこちには、店を構えた画廊やギャラリーが点在している。そこでは、アートを買うことができるし、在廊していれば、作家本人が、気さくに喋りかけてくれたりもする。恐らく訪れたことのない方のイメージを大きくかけ離れた、誰でも楽しめる場所が広がっている。そういった所に興味を持つきっかけとして、こうした大規模かつ国際的なアートフェアの可能性は大きい。マルセル・デュシャンを筆頭に、現代アートの文脈が明らかにしつつあるのは、「高尚なアート」の溶解だ。普段、お洒落な服を買うように、素敵な雑貨で部屋を飾るように、アートだって、買って所有して、楽しむことができる(普段の買い物と比べると、0が3つほど違うのには目を瞑るとして…)。お金を払えば手に入るもの、お金では買えないもの。後者としての印象が強いアートが、「買える」となると、その意味は、存外深い。このことは、アートが高尚なものだという固定観念を壊す一助になっていると言える。

アートというアカデミーを、エコノミーに

それにしても、アートに限らず、好きなことに、ちょっとお金を払わなさ過ぎやしないか。サブスクリプションの台頭は、確かに利便性こそ高めた。だが、月に1度、月額料金を支払えば作品が見放題、聴き放題というシステムでは、1作品ごとに、「お金を払っているんだ」という感覚を少しずつ、しかし確実に薄めている。1枚ずつCDを借りていた頃とは、そのありがたみは薄れ、お金を払うことがリスペクトである、ということが綺麗に忘れ去られている。その末路、問題が顕在化したのが、虚しくもSNSに溢れかえる、違法アップロードされた作品の数々だ。逮捕者が出るなど、大きな社会問題に発展している。『週刊少年ジャンプ』の発売日になると必ず、お気に入りの作品を立ち読みする人が現れるが、窃盗罪での逮捕者が出るのも、そう遠くない未来で十分あり得る話に思える。だが要点は、法を犯しているか否かではない。それって本当に「好き」なのだろうか?クエスチョンマークがぐるぐると、虚しく回り続けている。


COOKIE / Ticty


そして、イベントを翌日に控えた前日囲み取材では、総合プロデューサーである來住尚彦と並んで、コシノジュンコが登壇した。

コシノジュンコは次のように語る。

大阪万博と同時期に開催できるという、タイミングがすごく良かったなと思います。世界からたくさんの作品が大阪に集まるということは、 芸術家もまたここ大阪に集まるということ。この街がアートに触れる機会を深める第一歩だと思います。

これまでも彼女が述べてきたのは、人と話したり、連帯することの重要性。

大阪万博と同時期に開催することにより、より大きなアートの流れを、大阪の地で巻き起こそうとしている。その時に忘れてならないのは、僕の誤読でないならば、OIAが提起した、アートは買える、身近な楽しみの一つであるということ。そして、お金を払うことはリスペクトであり、素敵なことだということ。もっと言うと、これを素敵なものという認識から、当たり前のことであるというレベルにまで押し下げていく。そうした連帯が求められている、そんな気がしてならない。



OSAKA INTERNATIONAL ART は下記会期で開催中。

初のアート展「冒険につき」──高野洸が選んだ“もうひとつの舞台”

2009年、『天才てれびくんMAX』が開催した全国オーディションを見事に勝ち抜き、『Dream5』として芸能界に名乗りをあげた高野洸。『妖怪ウォッチ』のエンディングテーマ、『ようかい体操第一』で一世を風靡した。それからはや10年__。子役からの大成は難しいという一種の定説を、彼は颯爽と飛び越えてみせた。

かつて「ようかいでるけんでられるけん」と踊っていた青年は、今や、音楽、ダンス、舞台、映画、ドラマと、ジャンルを飛び越えてその才能を遺憾無く発揮している。そしてその才能は、アートの形をとっても、怯むどころか一層輝いているから、もはや嫉妬すら覚えない。

アートブランドであるGAAATとのコラボレーションにより実現した、高野洸にとって初めてとなる個人展「冒険につき」1

会期は2025年5月22日から5月28日の7日間で、高野洸の描いた水彩画の原画をはじめ、アートブランドGAAATとのコラボレーションで実現したMCA(メタルキャンバスアート)作品群を間近で観ることが出来る。会期中はこの機会に限定制作された作品をオンラインにて抽選販売も実施中とのこと、こちらも要チェックだ。

そして2025年5月23日、本展示を祝したトークイベントが開催。今回は定員80名を遥かに超える応募があったとのことで、来られなかった方々に、当日のお話の一部をQ&A形式でお届けする。

高野洸「冒険につき」トークイベントの様子

Q – そもそも絵を描いたり、アート活動を始めたきっかけはなんだったのですか?

A – 小さい頃から絵を描くのが好きで、自由帳に描いたりしていました。小学生の頃はクラブ活動でイラストクラブに入っていて、授業中とかも描いたり(笑)、あとは家族でお絵描き大会をやったりしていましたね。

Q – どういった気持ちの時に絵を描きたくなりますか?

A – 仕事させてもらっている中でも、例えば絵に触れた時などに、より描きたい欲が高まると思います。

Q – 美術館に行くとか、そういうことですか?

A – そうですね。美術館の展示企画とかはSNSで見つけて行くことが多いです。普段はインドアなんですけど、そういった場所に足を運ぶこと自体は全然苦ではないですね。

Q – 最近行かれた展示会や美術館はありますか?

A – 国立西洋美術館での、「西洋絵画どこから見る」に行きました。

Q – 高野さんにとって、芸術やアートを鑑賞したり、ご自身で描かれたりという事はどんな意味を持ちますか?

A – 好奇心を満たしてくれるものですね。あとは、感銘を受けたりするものです。行ってよかったなと思うような。そうした絵は、印象深く焼き付いていますね。

Q – 好きな作家やアーティストはいますか?

A – 鳥山明です。僕はゲームがすごく好きで、ドラクエが好きなんです。子供の頃ドラゴンボールも毎週観ていて、この二つを本当に同じ人が描いているんだ!と感銘を受けました。自由帳とかにはドラゴンボールの絵を描いていましたね。あとは生で観たモネの睡蓮は本当に凄かったです。印象派も、写実主義も、色味などに惹きつけられる作品は凄く好きです。あとは昔の人物画に出てくる人の纏っている服装を見ることも好きですね。

2025年1月〜3月にかけて、大阪・宮城・愛知・福岡・東京で開催されたイベント【皆様が激写したご当地写真を高野がデッサンしながらティータイム】で描かれた作品。イベント中では完成していないので今回が完成作品初お披露目。大阪の回で描かれた写真の撮影者がトークイベントに参加。イベントでは、迷いなくスラスラと描き進めていったそう。

Q – ご自身としては初のアート展ということで、やろうと決めたきっかけはありますか?

A – 別のイベントで水彩画を描いていて、それを展示してみたいとは思っていたんです。あとは、最近本当に絵が好きで、特に絵を描く時間とか、美術館に行く時間がたくさんあったんです。そういったことがあって、個展を開くのは一つの目標というか、夢でした。

Q – 今回、高野さんに描いていただいた原画が、MCA(メタルキャンバスアート)という、アートブランドGAAATの手掛けたオリジナルアート作品に生まれ変わりました。金属製のキャンバスに独自の技術加工を施すことで、長く美しさを保つように作られています。特徴としては、光の角度によって見え方が変わったり、立体的なテクスチャーに加え、重厚感や耐久性を備えています。実際にご覧になって、いかがでしたか?

A – あまり見たことのないもので、生で初めて見た時に本当にすごいなと思いました。僕の描いた一個一個の線を反映してくださったり、立体感や鮮やかさ、メタルならではの良さがあって素敵に仕上がったと思います。プリザードフラワーが凄く好きなんですけど、同じように、ずっと長持ちしてくれるのも嬉しいポイントですね。

Q – 水彩画に関しては、高野さんが3月まで行っていたツアーの会場で、ファンの方が撮影した写真の中から、会場ごとに1枚ずつ選んで描かれていたものですが、苦労した点や、こだわったポイントはありますか?

A – 素敵な写真ばかりだったので、苦渋の選択というか、どの会場も写真選びが大変でした。「愛知」に関しては、行きの新幹線で、雪化粧の富士山を見ることができて、描きたいと思いました。ちょうど用意してあった絵の具の中に銀色のものがあったので、それも追加で入れて、かなりキラキラした絵になったかなと思います。

「25.02.23_愛知」ライブツアー中に行ったイベント「皆様が激写したご当地写真を高野がデッサンしながらティータイム」にて、愛知付近の写真をハッシュタグで募集し、選んだ1枚をイベント内でデッサン。その日、2/23は富士山の日であったこともあり、この写真をセレクト。上空からの富士山も、大きくて神々しい。初めて水彩絵の具のシルバーを使ってみました。

Q – ツアー中ということもあって、時間が限定されている中での創作だったと思いますが、大変でしたか?

A – そうなんです、すごく難しくて。1枚に掛けられる時間が30分程で、しかも水彩もかなり久しぶりだったので。鉛筆の線、結構筆圧が強かったのか、残るなっていう印象はありましたけど、それも意外と悪くはないかなと思いました。

Q – 今回のアート展のために描いていただいたデジタルアートの作品では、コンセプトや作風は何か意識されていましたか?

A – タイトルを「冒険につき」にしたいなっていうところから始まって、それに伴ってイメージして描いていきました。

Q – この中でも一つ選んでいただいた作品がこちらの「はじまり」ですが、どういった作品ですか?

A – RPGの世界観が好きなので、道が続いて広がっていく絵の中で、同じようにみなさんの中で想像が広がるような絵を描きたいとは思っていました。ただ、とりあえず木を描き始めたらかなりでかくなってしまって、それが逆に面白い感じになったと思います。

「はじまり」はじめに完成しました。キャンバスをダークグレーに染め、白ペンを取り、何も考えず描き出したでかいと、描きたくなって描いた城。一番しっくりきた空と雲の色。

Q – 全体的にはどのあたりが難しかったですか?

A – 空は悩みましたね。雲のニュアンスが難しくて、何度も描き直しました。背景の色との兼ね合いもあって、細かく塗るかっていうところを、あえて雑に、一番太いペンでバッて描いたりもしました。デジタルアートだと、この細かいドローイング次第で印象が全然変わってしまうので、何百回と試して、良いニュアンスが出たものを使っています。「冒険へ」に関しては、背景が黒いところも、理想の黒になるようにかなりこだわりました。枠外は暗めだけれど、若干明度を上げて、ダークグレーのような感じにして、洋服の部分は若干カーキに近い黒を使いました。MCAでは、その辺りの微妙なニュアンスも再現されていたのでよかったです。

「冒険へ」最後に描いた一枚。僕のマスコットキャラクターであるアドラと一緒に、アートの冒険へ。

Q – ご自身の絵を通して、特に何か伝えたい事はありますか?

A – たくさんの方に絵に関心を持ってもらいたいです。僕の絵を観て、少しでも絵に興味を持つ人が増えたらいいなと思います。

Q – それは高野さんご自身に興味を持ってもらうというよりは、「絵」というものに対して興味を持ってもらうということですか?

A – そうですね。自分の活動を通して、少しでも「絵」の面白さっていうのが広まっていけば嬉しいです。

Q – 今後どんなものを描きたいですか?

A – デジタルアートだったり、自分の個性がどこかで出ているものがいいなとは思っています。色々とチャレンジもしたいのですが、水彩画や油絵、デジタルアートだったり、デッサンなど、色々な描き方を模索しつつ、描きたいものを描いていけたらと思います。

Q – あくまで楽しくというか。

A – そうですね。その楽しさを、多くの人に知ってもらえたら嬉しいです。

Q – 最後に、会場に来られなかった人の為に何か一言お願いします。

A – 今回はトークイベントということで、話がメインという部分はもちろんあったかもしれないですが、絵は、実際に観ることで想像を膨らませて楽しんでもらえるものだと思っています。特に今回お話したこととしては、MCAの素材もすごくいいですし、水彩画も、MCAと並べてみると逆に良さが分かったりして楽しいと思うので、是非会場に来て、間近で作品を観て頂けると嬉しいです。僕の作品を観てどう思うかというところは、皆さんに委ねたい部分です。色々と想像を膨らませたりしながら、純粋に楽しんで貰えたら嬉しいです。

型にはまらず、縦横無尽にその才能を発揮している高野洸。かつての「妖怪ウォッチの人」というイメージは、もはやとうに薄れつつある。彼は、昔、ではなく、間違いなく今を生きている。そして、27歳の才能あふれる凛とした姿は、その視線の先は、来る未来を、楽しげに、しかし確実に見つめている。高野洸の今後の活動から目が離せない。




会期中はオンライン抽選販売を開催!

【皆様が激写したご当地写真を高野がデッサンしながらティータイム】のイベントにて、制限時間がある中で生まれた6点の「水彩画の原画」に加え、
「水彩画の複製Metal Canvas Art」、さらに「『冒険につき』」をテーマに書き下ろした新作4点」を
加えた、全10作品を抽選販売いたします。

受付期間:2025年5月22日(木)13:00 ~ 5月28日(水)23:59
下記URLから詳細をチェック!お見逃しなく!

抽選販売特設ページ

  1. 高野洸 × GAAAT アート展『冒険につき』
    2025年5月22日(木)〜 5月28日(水)
    ※開場時間は日程によって異なります。
    5/22(木): 13:00 – 19:00
    5/23(金)〜 5/27(火): 12:00 – 19:00
    5/28(水):12:00 – 17:00


    BABY THE COFFEE BREW CLUB
    東急プラザ原宿「ハラカド」3階 GAAAT ギャラリー
    〒150-0001 東京都渋谷区神宮前6丁目28-6 キュープラザ原宿 3F

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