Mika Pikazo – ラテン文化が持つ魅力に、魂が自然と流れていくというか、「あなたの魂はここにありますよ」って言われているように感じることはありますよね。私がカラフルな色が好きなのも、ブラジルだけではなくて、ラテン系の影響が強いんです。音楽だと、J-POPも海外のジャンルも好きですが、行き着く先は、やっぱりラテンになってしまう。 アメリカの音楽がパワフルなのに対して、イギリスの陰鬱な中の儚さとか、国によって印象が全然違う。そんな中で、ラテンは、凄く熱烈。あの熱烈とした感じが凄く好きなんです。生き物として生を謳歌しているというか。危ない部分は危ないんですけどね。太陽に照らされているような人類愛がある。
Mika Pikazo –当たっていると思います。もちろんラフを絞り出すまでは悩みますが、一度「これだ」というラフが描けたら、そこから完成までは絶対にブレないようにしています。
ORIHARA – やっぱり。強い……!
Mika Pikazo – 逆に、制作途中でポージングや色味を大幅に変えなきゃいけなくなると、パニックになってしまうんです。「あ、完成形が見えなくなった、どうしよう!」って。最初にゴールを決めているからこそ、設計図が狂うと慌ててしまうんですよね。最初のラフの感動をいかに切り崩さないかが大事になってくる。ORIHARAさんはその辺りはどうですか?
Mika Pikazo – 私も、大作的な絵を描く時は最初から最後まで悩みますよ。「本当にこれでいいのか」って。もう少し気楽に考えて作りたいって思うくらい、自分の気持ちが、作品としてのカタルシスに向かわないと、作品を終わらせられないんです。
個展「UNDER VOYAGER」メインビジュアル / Mika Pikazo
ORIHARA – Mika Pikazoさんの場合、その「悩む時間」の配分が上手いんだと思います。例えば100枚描く展示会があるとして、全部で悩むのではなく、「一番悩むべき場所」をロジカルに決めている。悩むことが必ずしも正義ではないから、量産すべきところと、深く潜るところを切り分けている「ロジカルなエンジン」だなって。
“自由”の難しさと、スランプの正体
Mika Pikazo – 確かに、その辺りはロジカルかもしれません。ただ、展示会となると感情が乗りすぎて、それが「悩み」に変わることもあります。空間のテーマを決め、それを拡張しようとすればするほど、感情が無限に浮かび上がってきて、収拾がつかなくなるというか……。イラスト単体ではその絵だけに気持ちを集中させればいいけど、展示会はもっと膨大な、複雑な感情が自分を乗っ取ってしまう。
ORIHARA – 想いが強すぎると、プレッシャーで腕が重くなりますよね。
Mika Pikazo – そう、腕が重いんです。ちょっと話が逸れるかもしれませんが、スランプって、インプット不足だけでなく「自分の中の感情や責任が重くなりすぎた時」に起きやすい気がしていて。
ORIHARA – 分かります。
Mika Pikazo – 正解が見つけづらくなるんですよね。「頭の中でこんなことが浮かぶならもっと深いところを伝えられる作品を作れるはずだ」とか、「この感情をもっといい形で昇華すべきなんじゃないか」とか。自分の感情には底がないから、どこまでも沈んでいってしまう。
Mika Pikazo – 今回は私がディレクターとして「感情」というテーマを設定したので、自分が出したお題に対して、ある種「クライアントワーク」としてイラストを描いた感覚なんです。沢山の感情が渦巻く展示にしたいからこそ「捉えきれない感情を、見ている人に複数個の感情がブレて表現されるものを描こう」と思って。その導入として、感情を決めつけない、あやふやなものを提供したかったんです。いかに「気持ちを落ち着けて描くか」を意識しました。なにかの感情に支配されないこと。描き込みの要素が多くて作業としては大変な絵ではあるのですが、そこに想いを「込めすぎない」というか。力が入っている状態なんだけれど、あえて力を抜く。軽い気持ちを維持した状態で感情を捉えるべきだ、と考えながら描いていました。
Mika Pikazo – なるほど……。でも私、この絵はすごく「優しい絵」だなと感じました。自分のファッションや言葉って、いくらでも知識で武装したり、よく見せたりできるじゃないですか。でも、作っている最中にそれが全部剥がれ落ちてしまう瞬間って確かにある。 さっきORIHARAさんが言っていた「信じる力」というのは、そういう自分自身を受け入れること、ともに生きていくことなんだと、今思いました。醜さも含めて自分を認めるという『鏡』の在り方は、すごく優しさに満ちていると感じました。
Mika Pikazo – 私の場合、制作自体にすごく時間がかかりますし、常に自問自答を繰り返してしまいます。しかも、その自問自答が悪い方向へ行くことが多い。描き切るまでずっとネガティブというか、他人から見たら「そこまで考えなくてもいいんじゃない?」というところまで沈んでいってしまう。 そう考えると、作っている最中が幸せかと言われれば、あまり幸せそうではないなと自分でも思います。ただ、「絵が一番、苦しまない」とも思うんです。
どういうことですか?
Mika Pikazo – 絵以外の現実が辛すぎる、という感覚が強いんです。楽しいとか幸せとかを感じないというわけではなく、沢山の嬉しい思い出があっても、器の底が欠けてしまっている。日々過ごす中で直面する「現実」から逃避できる場所が「絵」なんです。自分が向き合いたくないものから逃げて、自分が信じたいものに向き合わせてくれる。 「絵を描いていたから、かすり傷で済んだ」という感覚。それくらい現実には大変なことが多いと感じてしまうので、私にとって絵を描くことは「幸せ」というより、「救い」なんだと思います。
言語を超えた「コミュニケーション」としての絵
自分に他の能力があれば、「絵」以外の手段でも構わない?
Mika Pikazo – もし楽器が扱えたら音楽でも良かったのかもしれません。でも、絵が一番、自分の理想や想像したものを理想の形で吐き出せるんです。 以前、言葉が全く喋れない状態でブラジルへ行ったことがありました。その時、メモ帳に絵を描くと、現地の人に自分の言いたいことが伝わったんです。翻訳機能も使わずに、「これが欲しい」「ここへ行きたい」という意思が、「絵」を通して伝わった。その原体験もあって、私にとって絵は言語に匹敵する、あるいはそれを超えるものなんです。
Mika Pikazo – もちろん「ここは自分で描く」というラインはあります。最終的な仕上げには必ず自分の手を入れますが、自分一人の手では描けないくらい、もっとたくさんのものを作りたいという思いが強いので、スピードを重視して分担しています。だれかに描いてもらった部分があっても、「これは自分の絵である」と思えるのは、ロジカルというより感覚的なものかもしれません。
Mika Pikazo – 凄く考えていますね。これは20歳ぐらいのときから考えてきました。今の自分と同じようにこれからもずっと描けるかを全く信じていなくて(笑)。5年後、10年後に体を壊しているかもしれないし、描く時間が取れなくなるかもしれない。実際に20代ではまったく思いつかなかったことが目の前に広がるようになりました。だからいつでも終わってしまうリスクを考えて、今のうちに出来ることはやっておきたいんです。私自身は死ぬまで苦悩しながら筆を握っている作家が大好きなので、そうでありたいと思っていますが、 「来月10枚描こう」と思っても、状況次第では3枚しか描けないかもしれない。だから、次の展示、その次の展示まで「道筋」を決めていたりします。
Mika Pikazo – 今回はディレクターとしての側面もありますが、イラストと短歌を掛け合わせるなど、あえてイメージを使わない表現を多く取り入れました。参加頂いた方々、一人ひとり違う「感情」というものに真摯に向き合って作ってくださっています。展示作品を通して、自分自身の感情や、誰かを見た時の思いを照らし合わせて、「今の自分自身の答え」のようなものを探っていただけたら嬉しいです。
Mika Pikazo – 確かにORIHARAさんの絵って、「あ、ORIHARAさんのだ」ってすぐに分かる絵をしていますよね。初めてORIHARAさんの絵に触れたのがAdoさんのイラストで、作品を見ていく中で、「叫び」が聞こえてくるというか、“何か”をすごく渇望しているんだろうな、手をグッと伸ばしているんだろうなというものが感じられて。そういった部分が、多くの人に響いているんだろうなと思いました。
Mika Pikazo – 凄くありますね。私はこれまで、「人の感情が揺り動かされ反射的に目を奪われてしまう絵はどんなモノだろうか」ということをかなり意識して描いてきました。特に20代はその傾向が強かったなと思います。ただ、そうして積み上げていくうちに、ふと「反骨精神」のようなものが以前より湧いてくることがあるんです。「絶対に輪郭を捉えさせないぞ」といった感覚。それは自分自身のためでもあり、見ている人を驚かせたいという気持ちでもあります。自分の「コントロールしたい意志」とは別に、自然と湧き上がってくる“何か”があるような感覚、というか…。
ORIHARA – 昨年にAdoさんの世界ツアー『Ado WORLD TOUR 2025 “Hibana” Powered by Crunchyroll』が開催されていたんです。元々観に行こうと思っていたのですが、ちょうど1人で旅をしたいと考えていたタイミングと重なったこともあり、ヨーロッパを中心に色々と回ってきました。
昨年末に開催された米山舞の個展『YONEYAMA MAI EXHIBITION “arc”』(関連記事:4次元で観る『YONEYAMA MAI EXHIBITION “arc”』)や、本展示と同時期に開催中の『攻殻機動隊展』など、いわゆるアニメーターの中間成果物を展示する試みは近年増えつつあるが、『ルックバック』において、その意味合いは若干異なる。
Mika – 岡本かの子さんのこの歌を見た時に、 私は、ピアノと自分が「一心同体」のようなイメージを持ちました。何か嫌なことがあって、自分の一部なのか、唯一の拠り所なのか、ピアノの下に潜り込む様子。ピアノが心の安定剤であり、救いであるようなイメージです。だから、青松さんが「ピアノが拒んでいる」という“拒絶”のニュアンスで解釈されたのが衝撃でした。
Mika Pikazo(以下:Mika) – 青松さんのことはYouTuberのベテランちさんとして元々知っていたのですが、短歌を初めて拝見した時は、そのギャップに凄く驚きました。 私は高校卒業後すぐにブラジルに渡って2年半ほど過ごしていたので、灘中高、そして今も東大の医学部に在籍されている青松さんは、私とは全く違う人生を歩んでいる方なんだろうなと、ある種の恐れ多さと同時に、すごく気になる方でした。
Mika – 以前までは、「完成した絵と、展示の情報だけを正確に出そう」という気持ちが強くなっていました。本当は自分の中にある感情や想いが溢れ出して、それを膨大な文字数で伝えたかったのですが、クリエイターとして、「絵だけを見せたほうがいいのではないか」と自制していたんです。でも、そうやって自分を律していくうちに、どんどんネット上で「静かな人」になってしまって……。最近は逆に、「もっとちゃんとネットの中に存在して、自分が感じていることを素直に喋ったほうがいいんじゃないか」という気持ちに変化してきています。ファンの方とのダイレクトなやり取りや、リアルな反応が見えるSNSの良さを、もう一度ポジティブに捉え直しているところです。 青松さんは、ちょうどXでも話題になってましたね…!? (取材日のちょうど数日前、ベテランちとコムドット・やまとによる「YouTuberは職業か否か」を巡ったX上のリプライ合戦の火蓋が切られた)
Mika – 絵に対しては加点方式で描いていて、自分に対しては減点方式ですね。今のMika Pikazoとしての自分ではなく、学生時代や子供の頃の自分を思い出して、「あの頃の自分に届けたい」という想いで描いています。だから、完成した絵が自信満々に見えたり、楽しそうに見えたりするのは、当時の自分が「そうありたかった姿」を投影しているからなのかも知れません。
Mika – 私は義憤ばかりかもしれません。普段、人と接している時に正直な気持ちを言えなかったり、うまく言葉に出来なかったり……ああ、あのときああ言えばよかったなっていうのをずっと心の奥底にためています。そういう時に溜まった攻撃的な部分や、自分の器の狭さみたいなものを全部、絵や展示会にぶつけて爆発させている感覚です。
Mika Pikazo – コンセプトを固めるまでは、チームの皆さんと何度も試行錯誤を繰り返しました。私が全体の構成案(大ラフ)を作成し、そこにどういった仕掛けがあれば楽しんでもらえるか、どうすれば「感情」という流れを説明できるかを、コンセプトに関わってくださったマキシラさんと共に練り上げていきました。
「感情をからだで浴びる」という表現が印象的ですが、具体的にはどのような演出をされたのでしょうか?
Mika Pikazo – 象徴的なのは、最初のエリアである「感情の起源:愛と恐れの部屋」です。ここでは特殊なライティングを施し、日常で耳にするような環境音をBGMとして流しています。その空間で感じる音や光を「愛」と受け取るか「恐れ」と受け取るか。だれかにとって心地の良い音でも自分にとってある思い出が浮かんで苦い気持ちになるとか…。自身の記憶とリンクさせながら、五感で感じ取ってほしいと考えました。
次の「複雑な感情」のエリアでは、作品と一緒に多くの「ミラー(鏡)」を飾っていますね?
Mika Pikazo – 作品を鑑賞している最中に、ふと鏡越しに自分の姿や、同じ空間にいる他者の姿が入り込んでくるんです。それによって「これは自分と同じ気持ちだ」と共感するのか、あるいは「自分とは全く違う他者」を想像するのか。客観的な視点が混ざることで、より深く感情と向き合えるのではないかと考えました。
予想を超えてきた作品たち。ディレクションは「肉付け」の作業
Mika Pikazo
普段のイラスト制作と今回のディレクションでは、頭の使い方は違いましたか?
Mika Pikazo – 全く違いましたね。イラストを描くときは、自分自身の感情をグッと集中させて作品に落とし込む、いわば「自分との対話」です。でもディレクションは、多くのプロフェッショナルと対話を重ねながら、徐々に肉付けしていく作業でした。
Mika Pikazo – 今回の展示会には、多くの作家さんが自身の思いを全力でぶつけた作品が揃っています。作家さんがどんな状況を想像してこれを描いたのかに思いを馳せると同時に、それを見た皆さんが「自分ならどう思うか」「自分はどんな時にこの感情を抱くのか」と、ご自身の心と対比しながら鑑賞していただけたら嬉しいです。