緻密な線を積み重ねることで生まれる、つのさめさんの不思議な世界観。後編では、彼女の思考を形作るプライベートな関心事や、現在連載中の漫画『キョンシーちゃん』に込めた想い、そしてクリエイターとして「細く長く」歩み続けるためのフラットな姿勢について話を訊いた。
「わからないもの」への好奇心とSF的思考

つのさめさんの作品には、魚や海辺のモチーフ、あるいはSF的な要素も登場します。ご自身のルーツとして、何か影響を受けているものはありますか?
つのさめ – 子供の頃は、いわゆる「ジャンプ漫画」や「ポケモン」といったポップなものが好きでした。でも、それとは別に図鑑を眺めるのが好きだったんです。魚、虫、そして宇宙。
大人になってから気づいたのですが、私は「自分が理解できないもの」に対して、ずっと強い好奇心を持っていたんだと思います。
それが、今の「情緒の読めない」作風に繋がっているのでしょうか。
つのさめ – そうですね。「感情を込めない」という作風も、絵を描きはじめた子供の頃からずいぶん経ってから気付いたものです。はじめのうちは「感情」を表現しないといけないとばかり思っていました。それが、自分の本当に好きなものに気がついて、時間をかけて徐々に今の作風に変わっていったんです。
最近は特にSF小説や、一般向けの科学解説書をよく読んでいます。科学に詳しいわけではないのですが、そこにある「まだ解明されていない不思議」や未知のものに触れるのが楽しいですね。

最近、大阪万博(2025年)にもかなり熱心に通われていたとお聞きしました。
つのさめ – もう狂ったように通っていました(笑)。今はネットで何でも調べられますが、その場に行かないと体感できないものがあると思います。巨大な建造物や世界の衣装、最新のロボット……。二次元では表現しきれない「生の体験」に溢れていて、出不精な私にはすごく刺激的でした。
万博での体験が、絵に影響を与えることも?
つのさめ – 直接的に「これを描こう」となることは少ないですが、長期的な視点で見れば、自分の気持ちの方向性を変えてくれている気がします。特に落合陽一さんの「null2(ヌルヌル)」では、AIが自分そっくりの姿で語りかけてきて、自分の存在意義を問い直させられるような哲学的な面白さがありました。ああいう「攻めた内容」を大きな規模で見せてもらえるのは、一人のクリエイターとして純粋に感動しました。
メッセージを込めない、という選択

ご自身の作品を通じて、読者に伝えたいメッセージなどはありますか?
つのさめ – 実はないんです。むしろ、意図的にメッセージが込もらないようにしているくらいです。
ちょっとわかる気がします。作品としての意義や作為性、メッセージ性から一切離れて、目の前の作品に純粋に感動するような。
つのさめ- 私は、パッと見て「何を考えているかわからない」温度感や、その場の空気感が「なんかいいな…」と思ってもらえるだけで十分なんです。自分が純粋に好きだと思った光景を、言葉にできないまま形にしたい。見る人にも、そのままを受け取ってもらえたら一番嬉しいですね。
現在連載中の漫画『キョンシーちゃん』では、イラストとはまた違うアプローチをされていますね。
つのさめ – 漫画はイラストと違って、どうしても「感情」を描かなければならないので、実は今でも悩みながら描いています。本来、私は感情を描くのが苦手なのですが、キャラクターが何を考えているかを読者に伝えるのは漫画としての醍醐味でもあります。「イラスト」と「漫画」、この両方の作風の差をどう埋めていくかが今の私の課題です。
「細く長く」続けていくことの豊かさ

普段、制作に行き詰まることはありますか?また、そんな時のリフレッシュ方法があれば教えてください。
つのさめ – 構想を練る段階はいつも苦しいです(笑)。そんな時は散歩をしたり、本を読んだり、猫を撫でたり。ごく平凡な暮らしをしています。散歩中にポッドキャストを聴いているときや、あえて何も聴かずに歩いているときに、ふと「あ、これを描こう」とアイデアが降ってくることもありますね。
日々のルーティンの中で、創作が呼吸のように組み込まれているんですね。
つのさめ – ただ、今はまだまだ絵に向き合う時間が少ないと思うので、一日に6時間は机に向かうように頑張っています。一人だと集中が切れて本を読み始めてしまうので、友達と作業通話をして雑談しながら、自分を机に縛り付けています(笑)。

最後に、今後の展望について教えてください。
つのさめ – 何か大きな野望があるわけではなく、今の状態を「細く長く」続けていけたらいいな、という気持ちが一番大きいです。仕事として受けるものも、できるだけ自分の趣味とかけ離れないように。自分が「いいな」と思えるものを、これからも淡々と、静かに積み重ねていきたいと思っています。
つのさめさんの語り口は、その作品と同様にフラットで、どこか浮世離れした心地よさがあった。「わからないもの」を「わからないまま」愛でる。その潔いまでの無機質さが、かえって私たちの想像力を刺激し、彼女の描く緻密な白黒の世界へと深く沈み込ませてくれるのだろう。
