プリクラはなぜ消えなかったのか? “盛る文化”の30年史から読み解く日本の自己表現

「どのポーズにする?」と相談し、カーテンを閉めて、機械の音声に合わせ「3、2、1」で慌ててピースサインを作る瞬間。撮影後の小さな落書きスペースに友達と詰め込まれて、時間切れの焦りの中でペンを取り合う。

プリクラは、日本人にとってあまりにも当たり前の存在になっている。しかし世界的に見ると、これほど長期間にわたって独自の進化を遂げた写真文化は極めて特殊だ。フォトブース自体は世界中にあるのに、プリクラのような文化はなぜ日本にしか生まれなかったのか。その歴史を辿ることは、日本の若者文化そのものを読み解くことでもある。

1995年、ゲームセンターから始まった「友達と撮る」体験

プリクラが生まれたのは1995年。ゲーム会社・アトラスとセガが共同開発し、ゲームセンターに登場した「プリント倶楽部」が原点だ。当初のコンセプトはシンプルで、写真を撮ってシール状のプリントを持ち帰るというものだった。

しかし、想定外だったのはその「使われ方」。プリクラはゲームと違って、本質的に複数人の体験だった。狭いブースに友達と身を寄せ合い、ポーズに悩み、できあがったシートをハサミで切り分ける。写真そのものよりも、「撮る」という行為と、その後の「分け合う」時間こそが目的化していった。

90年代後半には「プリクラ帳」という文化が定着する。専用のノートにプリクラを貼り、友達同士で交換し合う。SNSが存在しない時代に、すでに自分の人間関係を可視化し、物理的に「シェア」する文化が生まれていたのだ。

ギャル文化とともに進化した2000年代

「姫と小悪魔」落書きイメージ / PR TIMESより

2000年代、プリクラに大きな転換点が訪れる。「落書き機能」の登場だ。

撮影後にタッチペンで写真に直接書き込めるようになり、ハートやキラキラ、太めの手書き文字、その日だけの内輪ネタが1枚に詰め込まれていく。

この時代はギャル文化の全盛期。派手なメイクや盛りだくさんのファッションと同じように、「とにかく盛る、とにかく詰め込む」というエネルギーが、プリクラの装飾文化とぴったり噛み合った。プリクラはギャルたちにとって、自分を演出するための最高のステージとなっていく。

平成には、ガラケーの待ち受けをプリクラが彩っていた ※画像はイメージです

同時期、日本ではガラケー(折りたたみ式携帯電話)が急速に普及。プリクラ機はこれにすぐに対応し、撮影画像を携帯の待ち受け画面に設定できるようになった。「友達とのプリクラを待ち受けにする」のは、ちょっとした関係性のステータスでもあった。

この時代に定着したもうひとつの変化が「美肌補正」と「目の拡大」機能。プリクラはもはや現実の自分を記録するツールではなく、理想の自分を作り出す装置へと進化していった。

「盛る」が技術になった2010年代

「盛る」という言葉が広く使われるようになったのが、この時代だ。より大きな目、より滑らかな肌、より小さな顔。プリクラメーカーはこれをエンターテインメントとして洗練させ続けた。

2010年代中盤には、リアルタイムの顔認識技術や、映画セットのような照明システムを備えた機種も登場。完成した写真はほとんどアニメのキャラクターのようで、「これ誰?」と自分でツッコミたくなるくらいの仕上がりになることも珍しくなかった。それでも「盛れていない」プリクラの方が、なんだか物足りなく感じる。

ちょうど同じ頃、インスタグラムが世界的に広まり、「自己演出」「フィルター加工」「友達とのシェア」がSNSの文法として定着していく。しかし日本の若者たちは、その何年も前からプリクラを通して同じことを実践していた。プリクラはSNSに追いついたのではなく、その原型をずっと先に生きていたのだ。

“逆輸入” された韓国の「盛らないプリクラ」

韓国フォトブース / Klook公式ブログより

実は、韓国プリクラのルーツも日本にあるという。1998年、日本のプリクラ機が韓国に持ち込まれ、「스티커사진(ステッカー写真)」として若者の間に広まった。その後、2017年に誕生した「인생네컷(人生4カット)」は、10枚ほど連続で撮った中から4枚を選び、1枚のコラージュとして印刷するスタイル。顔をほとんど盛らないのが最大の特徴で、目を大きくしたり顔を小さくしたりする加工は基本的にない。日本から伝わった文化が韓国で独自に育ち、「盛らない」という新しい価値観を獲得して、2020年頃から新大久保や渋谷などを中心に今度は日本へと “逆輸入” されている。

加工で盛らない代わりに、韓国スタイルのフォトブースには、カチューシャや被りもの、ぬいぐるみ、サングラスといった小物が無料でずらりと用意されている。そして壁には、過去にそこを訪れた人たちのプリクラが1枚ずつ貼られていて、自分も撮った1枚をそこに残していく。誰かの記録が積み重なった空間に、自分の1枚もまた加わっていく。この感覚は、日本のプリクラにはあまりない体験だ。

推し活としてのプリクラ

そして現在のプリクラ文化を語る上で欠かせないのが、推し活との接続。好きなアイドルやキャラクターを応援する推し活では、チェキ、アクリルスタンド、トレカなど、「物として手元に残す」体験が重視される。プリクラもまた、その欲求と深いところで重なっている。

フリューは2023年、推し活専用プリ機「Luvholi」をリリース。「推しごと撮影」モードでは、うちわやアクスタなどの推しグッズを「無加工エリア」に配置することで、自分の顔は盛りながら推しのビジュアルはそのまま残すことができる。推し色に合わせて50色以上から選べるペンカラー、うちわ文字風フォントスタンプなど、オタクのニーズをピンポイントで突いた設計に「神機能」と称賛の声が集まった。

『GIMMI』『totolu』の「LE SSERAFIM」との期間限定イベント / PR TIMESより

さらに一歩進んだのが、K-POPグループとのコラボだ。セガの機種では2025年4月、「LE SSERAFIM(ルセラフィム)」との期間限定イベントを開催。メンバーとのツーショット撮影が体験できる26種のフレームが用意され、BGMとして楽曲も流れるという本格的な推し体験を提供した。「アイドルと一緒にプリクラを撮る」という、かつてはファンの夢物語でしかなかったことが、現実のものになったのだ。

プリクラ自身が「思い出」になっていく

30周年特別企画「DEAR 令和&平成 ウチらの伝説プリ」 / PR TIMESより

プリクラが30周年を迎えた2025年、フリューはひとつの興味深い企画を実施した。「DEAR 令和&平成 ウチらの伝説プリ」と名付けられたこの企画では、平成時代に一時代を築いた「姫と小悪魔(2006年)」や「LADY BY TOKYO(2011年)」、そして令和の「Melulu(2019年)」といった”伝説のプリ機”の写り・落書き・デザイン・BGMを、最新機種「Bloomit」上で当時の雰囲気のまま再現するというものだ。さらに、平成女児に絶大な人気を誇ったキャラクター「一期一会」とのコラボも実施され、プリをテーマにした描き下ろしデザインが追加された。

すでに実施期間は終了しているが、こうした企画が成立すること自体が面白い。かつて「最新」だったプリクラの加工スタイルやBGMが、今では懐かしさとともに振り返られる対象になっている。「あの頃よく行った機種」「あの加工感、見覚えがある」という感覚は、もはや世代を区切る共通言語のひとつだ。

なぜ、プリクラは消えなかったのか

写真を撮れるブースは世界中にある。しかしプリクラ文化がここまで深く根付いたのは日本だけだ。

スマホでいくらでも写真が撮れる時代になっても、プリクラを撮りに行く人は減らない。それは、プリクラが単に写真を撮る機械ではなく、「誰かと一緒にいた時間」を形にする機械だからだ。技術は95年から今までずっと進化し続けてきたけれど、その根っこにある役割は、ずっと変わっていない。

プリクラ帳を見返したとき、加工技術の進化よりも先に思い出すのは、きっと「その時、誰と何を話していたか」だろう。プリクラが30年間消えなかった理由は、そこにある。

「たまごっち」はなぜ4度もブームになったのか? “育てる” カルチャーの30年史

1996年、日本の学校でひとつの “禁止令” が広まった。
小さなたまご型のガジェットが授業中に鳴り止まず、先生たちを困らせたからだ。数時間ほうっておくと「死んでしまう」デジタルペットに、子どもたちは本気で感情移入した。

それから約30年。2026年、たまごっちは発売30周年を迎えた。

2022年から2023年にかけて売上は2倍に膨らみ、2025年7月発売の新シリーズ『Tamagotchi Paradise』は予約開始直後に前作比400%を超える申し込みを集め、2025年8月には累計出荷数が1億個を突破。単なるノスタルジー消費では説明がつかない数字だ。

「所有」から「関係性」への転換

開発のきっかけは、子どもたちに「ペットを飼育する大変さを伝えたい」という思いから。しかし当初、社内の反応は冷ややかだったという。子ども向けにもかかわらず “キャラクターが死んでしまう” というリアルな設定に、「刺激が強すぎる」「行き過ぎでは」という懸念の声が上がった。企画書の段階では腕時計型だったデザインも、製造コストを抑えるためボールチェーン型へと変更された。ヒットを見込んだ主力商品というより、ぎりぎりで形になった試みだった。

潮目が変わったのは発売前のテストセールス。女子学生を中心に想定をはるかに超えるペースで売れはじめ、いよいよ1996年に正式発売。翌年には新語・流行語大賞にノミネートされるほどの社会現象となった。この現象を「玩具ブーム」として片付けると、本質を見失ってしまう。たまごっちが変えたのは、消費のあり方そのものだった。それまでの玩具が「モノを所有する」体験であったのに対し、たまごっちは「関係性を育てる」体験を提供した。ポケベルすら普及前の時代に、デジタルの命と継続的な関係を結ぶという概念は、当時の感覚では革命的だった。

ガラケー時代の「共有する育て方」

2000年代に入ると、赤外線通信機能を得たたまごっちは「ひとり遊び」から「共有体験」へと進化する。友達同士でキャラクターを「つなぐ」文化は、当時のガラケー、プロフ交換、絵文字など、「いつでもつながっている」ことが友情の証であった時代と見事に重なる。

たまごっちは常にその時代のコミュニケーション文法を吸収してきた。赤外線通信、カラー液晶、タッチ液晶、Wi-Fi機能と、30年間で全38種類を発売。2000年代の「つながり」、2010年代の「スマートフォン連携」、そして現在の「Tamaverse」というグローバルなオンラインコミュニティへ。世界中で大流行しているゲームプラットフォームであるRoblox上で展開した「Tamagotchi Party」は、世界累計訪問数1,290万回を突破している。

Roblox Tamagotchi Party / PR TIMESより

第4次ブームは「Y2K」だけでは説明出来ない

現在のブームは、平成リバイバルやY2Kファッションとの親和性だけで語られることが多い。確かに、たまごっちをバッグチャームとして持ち歩くスタイルは「バーキン化(birkinification)」と呼ばれるパーソナライズ文化と共鳴し、MAX&Co.とのコラボカプセルコレクションも生まれた。しかしそれはあくまで入口に過ぎない。

MEQRI(メクリ)」×「たまごっち」によるコラボレーション / PR TIMESより

バンダイのトイ企画担当者は、「ファッションアイテムとして話題を作れている点は意識し、本体もクリアなデザインを取り入れたりしている」と言う。ただ同時に、「絶対に変わらないコンセプト」があるとも断言する。発売当初からフォルムも直感的な操作性も変えていないその核心こそが、世代を超えて刺さり続ける理由だ。

再ブームをけん引しているのはまさに二つの層ではないだろうか。

ひとつは「平成女児売れ」と呼ばれる現象。90年代後半から2000年代前半に小中学生だった女性が大人になり、子どもの頃に手が届かなかった商品を “大人買い” する動き。もうひとつは、ドット絵のキャラクターとシンプルな育成体験を新鮮に受け取るZ世代・α世代だ。かつてのブームを直接知らない世代が、むしろ「はじめての体験」としてたまごっちを選んでいる。

よくよく考えてみると、「育てる」という行為自体も現代の推し活と構造的に共通点がある。VTuberの配信を見守り、ぬいぐるみに話しかけ、スマホゲームのキャラクターを育成する。今の若い世代にとって、「画面の中の存在に感情移入する」ことは特別でも異常でもない日常だ。たまごっちはその感覚を、1996年に先取りしていた。

海を越えて広がる推し活コミュニティ


最も象徴的なのが、海外で自発的に生まれたファンコミュニティの存在だ。カナダ・トロントの「Toronto Tamagotchi Club」はInstagramフォロワーが4900人を超え、定期ミートアップには毎回約50人が集まる。その存在に触発されたロンドンでも同様のクラブが発足し、2025年8月にはトロントで「たまごっちの結婚式」と銘打ったファンイベントまで開催された。参加者がそれぞれのデジタルペットを「結婚」させ、誓いの言葉を交わすという光景は、もはやIPへの感情移入を超えた、コミュニティ文化の誕生だ。

CASETiFYとのコラボが示す、ファッションIPとしての地位

「Tamagotchi」×CASETiFYによるコラボレーション / PR TIMESより

たまごっちのグローバルな浸透を象徴するもうひとつの出来事が、2026年5月29日に発売されたばかりのCASETiFY × Tamagotchiコレクションだ。

CASETiFYは香港発・世界展開するライフスタイル系テックアクセサリーブランドで、Supreme、Pokemon、NBAといった超一線級のIPとのコラボで知られる。そのCASETiFYがたまごっちを選んだという事実は、たまごっちが「懐かしの玩具」の域を完全に超えたことを示している。

コレクションの内容は、ピクセルアートを現代的に昇華したスマホケースやストラップ、カスタマイズ可能なキャリーオンスーツケース、さらにはCASETiFY限定シェルを纏った本物のたまごっちデバイスまで多岐にわたる。コレクターを刺激する「CASETiFY たまごっち チェイスカード」も同封されており、まるで推しのグッズ感覚だ。

リアル展開も見逃せない。CASETiFY STUDiO 渋谷PARCOおよび韓国のCASETiFY Dosan フラッグシップストアでは限定ポップアップが開催中で、香港Comic Con(5月29〜31日)にも出展された。日本・韓国・香港を同時に動かす規模のコラボは、たまごっちが「世界に誇れるIP」として認知されたことを意味するのではないか。

たまごっちが映す「現代的な孤独」と「小さな愛着」

SNS上では、TikTokで「#tamagotchi」が数千万再生を記録し、コレクターによるカスタムシェルやデコレーション動画が連日投稿される。ここで注目すべきは、その動機の多様さだ。「懐かしいから」という層だけでなく、「スマホより通知が少なくて落ち着く」「何かを世話することで生活にリズムが生まれる」という声が目立つ。

たまごっちは、デジタルと物理が溶け合う時代における「小さな愛着の器」として機能している。ひとつの画面に無限の情報が流れ込む現代において、たった三つのボタンしかない小さなデバイスへの感情移入は、むしろ新鮮な体験として映る。

たまごっちは、時代ごとのコミュニケーション文化を映す鏡だった。

「所有」から「育成」へ。「ひとり遊び」から「共有体験」へ。そして今、「推し活」「コミュニティ」「愛着を持ち歩く文化」へ。
1億個という数字は、単なる玩具の売上ではなく、日本発の「育てる文化」が30年かけて世界へ根を張った証だ。

ガチャガチャは現代の美術館?

駅ビルのガチャガチャコーナーで、つい立ち止まってしまったことはないだろうか。コインを入れるわけでもなく、ただ見本を一通り眺めて、「これ誰が考えたんだろう」などと考えていると気づけば5分くらい経っている。あの行為、よく考えると「買い物」というより「鑑賞」に近いような気がしてくる。

なぜいま、大人がガチャガチャに向かうのか

かつてガチャガチャは子どもの遊びだった。少なくとも、そういうことになっていた。でもいま、都市部にはガシャポンのデパートガチャガチャの森をはじめとする、フロアいっぱいにガチャガチャが並ぶ専門店が増え、まるで“聖地”のように人々が回遊する光景が生まれている。

TikTokでは「#ガチャガチャ」タグの動画が58万本近く投稿されており、SNSで話題になった商品は発売直後に売り切れることも珍しくない。SNSで入荷情報を発信する店舗もあり、ファンはそれをチェックしてから足を運ぶ。一方で、”ご当地ガチャ”も全国各地で続々と登場していて、旅先や街歩きの途中にふと回したガチャガチャがそのままお土産や旅の記憶になることも。能動的に探す人も、偶然出会う人も、それぞれのルートでガチャガチャに引き寄せられている。

背景にあるのは、商品そのものの変化だ。いまのガチャガチャは、300〜500円という価格帯からは想像できないクオリティを持っている。造形の精度、企画のアイデア、ディテールへのこだわり。それらが、ちゃんとある。

500円で買えるのに、なぜこんなに「本気」なのか

ジャンルで見ると、その「本気度」はさらによくわかる。

ネイチャーテクニカラー

ミニチュア系でいえば、ケンエレファントの「純喫茶ミニチュアコレクション」はパッケージのタイポグラフィやソーダ水の透明感まで公式監修のもと再現した、日本の食文化のアーカイブとも呼べる一品。いきもんの「ネイチャーテクニカラー」は動物や魚、鳥類から深海生物までもを図鑑的な精度で造形し、台座まで含めてひとつの博物展示として成立している。

フィギュア系は振り幅がさらに広い。
海洋堂の「カプセルQミュージアム 仏像立体図録」は阿修羅像や風神・雷神を博物館水準の塗装で再現し、奇譚クラブの「AIP はしもとみおシリーズ」は木彫彫刻家の作品を木目やノミ跡まで忠実に再現している。

カプセルQミュージアム 仏像立体図録

コンセプト系では、ケンエレファントの「beco+81 アートエモーショナル コレクション」は人気イラストレーターbeco+81の少しダークで可愛い世界観をフィギュア化。「call me」「checkmate」といった概念を現代美術的な構成で造形。
同じくケンエレファントの「ヨシタケシンスケ『きになったらかえばいい』」は、絵本作家ヨシタケシンスケの哲学的でユーモラスなイラストを立体化したシリーズ。単なるキャラクターグッズとは一線を画し、「視点の転換」や「日常への愛着」というコンセプト自体がフィギュアに宿っている。

ヨシタケシンスケ『きになったらかえばいい

「商品」と「作品」の線引きが、揺れている

美術館の展示室では、作品は選ばれ、並べられ、定期的に更新される。ガチャガチャ売り場でも、似たことが起きている。数百種類が密度高く並び、新作が入れ替わり、季節やトレンドに合わせてラインナップが動く。「何を置くか」という判断が、売り場全体の印象をつくる。偶然性も、体験の一部だ。何が出るかわからないランダム性は、美術館のそれとは違う。でも「思いがけないものに出会う」という感覚は、どこか鑑賞に近い。

近年、ガチャガチャとアートの距離は明らかに縮まっている。

彫刻家・近藤大輔による「DAISUKE KONDO art collection」は、記号化されたミニマルな動物造形で、余分な装飾を排したフォルムはモダンなインテリアとも相性が良さそう。
イラストレーターHONGAMAの「HONGAMA ミニチュアコレクション」は、独特の線の歪みや色彩をそのまま三次元に落とし込んだ、「動くイラストレーション」とでも呼びたくなる新鮮な体験。他にも、東京藝術大学とコラボした活版印刷のガチャガチャなど、アートの文脈にがっちり根を張った企画も生まれている。

制作者に作家性があり、コンセプトがあり、造形に意図がある。それは商品なのか、作品なのか。その問い自体が、もう古くなっているのかもしれない。好きな作家やシリーズを追いかけ、集めて、交換して、棚に飾る。その一連の行為は、推し活とも呼べるし、小さなコレクションとも呼べる。アートと推し活の境界が曖昧になっているのは、ガチャガチャの売り場がそれを自然に許している場所だからかもしれない。

それでも、美術館とは違う

とはいえ、ガチャガチャ売り場を美術館と同一視するのは無理がある。美術館には収蔵・保存・解説・批評・歴史化という機能がある。作品に文脈が与えられ、時間をかけて価値が積み上げられる。ガチャガチャの商品は入れ替わりが早く、作者の名前も表に出にくい。ランダム性は魅力である一方、鑑賞の文脈が担保されるわけではない。似ているからこそ、その違いははっきりと見える。むしろ両方を見ることで、「鑑賞とは何か」という問いが少し開く気がする。

ガチャガチャコーナーで立ち止まって、「これ誰が考えたんだろう」と思う。その行為は、たぶん鑑賞だ。価格が安くて、偶然性があって、持ち帰れる。その軽やかさが、日常に美意識を混ぜ込んでいる。

制度のある場所だけが、美と出会う場所ではない。いまの都市で、私たちはどこで「いいもの」に出会っているだろう。その答えのひとつが、あのガチャガチャコーナーの前にある気がする。

箱ごと、「遊べるアート」としてのボードゲーム

最近ボードゲームの箱って、やけにかっこよくない?

そう感じている人は、きっと少なくないはずだ。かつては内容をそのまま伝えるだけのパッケージが主流だったのに、書店やセレクトショップに並ぶ最近のボードゲームたちは、箱そのものが洗練されたオブジェのような存在感を放っている。

ルールより前に、まず「見た目」で選ぶ時代

大きな転換点となったのが、Kickstarterに代表されるクラウドファンディングの普及だ。大手メーカーを通さなくても独立制作できるようになったことで、グラフィックデザイナーやイラストレーターが自らゲームを開発するケースが急増し、ボードゲームのデザイン水準を一気に引き上げた。さらにSNSとの相性も良く、最近は「ゲームの面白さ」より先に「見た目のかっこよさ」が注目を集めている。

そして日本でも、独自の感性でボードゲームをつくるクリエイターが増えている。
東京・南青山を拠点とするオインクゲームズは、シリーズ累計120万部を突破した日本発の小箱ボードゲームメーカーとして、デザインと遊びごたえを両立させた作品を世界に発信し続けている。

触れて、遊んで、飾れる──5つの作品を紹介

買う理由は「かっこいいから」でいい。そんな5作品を紹介する。

Modern Art(モダンアート)

ニューゲームズオーダー公式サイトより

1992年に生まれ、競りゲームの原点とも呼ばれるライナー・クニツィア設計の名作 。プレイヤーが画商となって5人の架空の画家の絵画を競りにかけ、最も稼いだ人が勝利するというシンプルなルールながら、ラウンド終了時の絵の価値は画家の人気度によって決まるため、巧みに市場をコントロールしていくという深みがある。初版から一貫してそのシックで渋いビジュアルは本物のアートギャラリーさながらの空気を漂わせる。

Canvas(キャンバス)

ジェリージェリーストア公式サイトより

Kickstarterで16,000人以上のバッカー(支援者)を集めた話題作で、画家として芸術祭への出展を目前に控えた画家として、イラストカードを組み合わせて絵画を仕上げていくゲーム。透明なカードを重ね合わせることで毎回異なる絵画が生まれる。箱にフック掛けの穴が空いており、壁に掛けて収納できるという細部へのこだわりまで、「アートとして飾る」ことを前提に設計された一作。

Scythe(サイズ大鎌戦役)

ポーランドのアーティスト、ヤクブ・ロザルスキの油絵を世界観のベースにした重量級ゲーム。蒸気と自然が混在するレトロフューチャーな世界に、巨大メカが佇む圧倒的なビジュアルが特徴で、アートワークの世界観そのものがこのゲームの大きな魅力となっている。ゲームとしての戦略性の高さはもちろん、ボードに広がる絵画的な世界観を眺めるだけでも充分に価値がある。

MOSAIC(モザイク)

ゲームズマーケット公式サイトより

岐阜県多治見市産の美しいモザイクタイルをコマに使った、囲碁やオセロのような陣取り型のボードゲーム。手に取るとずっしりとした陶器の重みがあり、盤上に並べるほどにタイルの色が映え、ゲームが進むにつれて思わず見惚れるような盤面が生まれる。多治見のふるさと納税返礼品にも選ばれており、地域の工芸とゲームデザインが融合した、日本ならではのプロダクトアートだ。 

Petiquette(ペチケ)

オインクゲームズ公式サイトより

動物・帽子・数字の組み合わせからなるカードを使い、ランダムに並んだ5枚の中に入れるのに最もふさわしいカードを考えるゲーム。平岡久典氏による動物たちのイラストは版画のように静謐で美しく、カードを並べるだけで棚に飾りたくなる。答えはひとつではなく、他プレイヤーの美的感覚や思考回路を読みながら答えを合わせていく。つまり、遊ぶこと自体がお互いの美意識を交換するような、不思議な体験になっている。

「アートの入口」としてのボードゲーム

アートは壁に飾るもの、という思い込みがまだ根強い。でもボードゲームは違う。手に取れて、遊べて、棚に飾れる。来客時にテーブルに広げれば、それ自体がコミュニケーションのきっかけになる。数千円から一万円前後という価格帯も、アートを「生活の中に置く」最初のステップとしてはちょうどいい。

箱を開けずに飾りたいと思う日も、誰かを呼んで一緒に遊ぶ日も。そんな二重の楽しみ方ができるボードゲームは、生活の中に自然に置ける、最も身近なアートのひとつなのかもしれない。

【連載】Convenience ART Vol.3「レジ横に咲く、ダリの残像」

「コンビニエンスアート」第3回。今回取り上げるのは、レジ横で誰もが一度は目にしたことのあるキャンディ、「チュッパチャプス」。

子どものお菓子、懐かしい存在。

そう思って改めてロゴを眺めてみると、妙に完成度が高いことに気づく。花のようなフォルムに、原色の黄色と赤色。国や言語を超えて、どこにあっても迷わずそれと分かる、強い顔をしている。

このロゴを手がけたのは、シュルレアリスムを代表する画家、サルバドール・ダリ。実はこの象徴的なデザインは、ある日のレストランでの、驚くほど軽やかな「即興劇」から生まれている。1969年、チュッパチャプスの創業者であるエンリケ・ベルナートは、ブランドの世界進出という大きな野望を抱いていた。世界で戦うに相応しい、唯一無二のロゴが必要だ。そう考えた彼が白羽の矢を立てたのが、同郷の天才・ダリだった。ベルナート氏はダリの自宅を訪問し、ロゴの制作を直談判。

するとダリは、彼を連れてそのまま昼食へと出かけた。食事の最中、ダリはサッと紙ナプキンを手に取り、その場でペンを走らせ始めた。わずか1時間、現代まで続く世界的なアイコンは、アトリエのキャンバスではなく、レストランのテーブルに置かれたありふれたナプキンの上で、あっという間に産声を上げた。さらにダリは、ロゴを包み紙の“真上”に配置することを提案。陳列された際、上から見てもすぐに認識できるように。アートというより、むしろ商業デザインの天才的な判断だったのかもしれない。

ダリは絵画だけに留まらない。

1945年、彼はウォルト・ディズニーとともに、短編アニメーション映画の制作に取り組んでいる。タイトルは『Destino』。砂漠の風景、溶ける時計、変形し続ける身体。ダリのイメージが、そのまま映像として動き出す、実験的な作品だった。しかしこの試みは、あまりにも前衛的だったため、当時は完成に至らなかった。企画が再び日の目を見たのは、実に半世紀以上後の2003年。ダリが遺したスケッチをもとに、ディズニーが作品を完成させたのだ。

子どもでも楽しめるアニメーションの中に、さりげなく潜ませたシュルレアリスム。この構造は、どこかチュッパチャプスにも似ている。ただ甘いだけのキャンディの顔をして、実は世界的な画家の思想が包み紙の中に折りたたまれている。

ダリは、アートを特別な場所から解放したかったのかもしれない。

映画館で、広告で、そしてコンビニのレジ横で。私たちは今日も、気づかないうちにダリの作品を手に取っている。

棒のついた、小さなキャンディとして。

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