ガチャガチャは現代の美術館?

駅ビルのガチャガチャコーナーで、つい立ち止まってしまったことはないだろうか。コインを入れるわけでもなく、ただ見本を一通り眺めて、「これ誰が考えたんだろう」などと考えていると気づけば5分くらい経っている。あの行為、よく考えると「買い物」というより「鑑賞」に近いような気がしてくる。

なぜいま、大人がガチャガチャに向かうのか

かつてガチャガチャは子どもの遊びだった。少なくとも、そういうことになっていた。でもいま、都市部にはガシャポンのデパートガチャガチャの森をはじめとする、フロアいっぱいにガチャガチャが並ぶ専門店が増え、まるで“聖地”のように人々が回遊する光景が生まれている。

TikTokでは「#ガチャガチャ」タグの動画が58万本近く投稿されており、SNSで話題になった商品は発売直後に売り切れることも珍しくない。SNSで入荷情報を発信する店舗もあり、ファンはそれをチェックしてから足を運ぶ。一方で、”ご当地ガチャ”も全国各地で続々と登場していて、旅先や街歩きの途中にふと回したガチャガチャがそのままお土産や旅の記憶になることも。能動的に探す人も、偶然出会う人も、それぞれのルートでガチャガチャに引き寄せられている。

背景にあるのは、商品そのものの変化だ。いまのガチャガチャは、300〜500円という価格帯からは想像できないクオリティを持っている。造形の精度、企画のアイデア、ディテールへのこだわり。それらが、ちゃんとある。

500円で買えるのに、なぜこんなに「本気」なのか

ジャンルで見ると、その「本気度」はさらによくわかる。

ネイチャーテクニカラー

ミニチュア系でいえば、ケンエレファントの「純喫茶ミニチュアコレクション」はパッケージのタイポグラフィやソーダ水の透明感まで公式監修のもと再現した、日本の食文化のアーカイブとも呼べる一品。いきもんの「ネイチャーテクニカラー」は動物や魚、鳥類から深海生物までもを図鑑的な精度で造形し、台座まで含めてひとつの博物展示として成立している。

フィギュア系は振り幅がさらに広い。
海洋堂の「カプセルQミュージアム 仏像立体図録」は阿修羅像や風神・雷神を博物館水準の塗装で再現し、奇譚クラブの「AIP はしもとみおシリーズ」は木彫彫刻家の作品を木目やノミ跡まで忠実に再現している。

カプセルQミュージアム 仏像立体図録

コンセプト系では、ケンエレファントの「beco+81 アートエモーショナル コレクション」は人気イラストレーターbeco+81の少しダークで可愛い世界観をフィギュア化。「call me」「checkmate」といった概念を現代美術的な構成で造形。
同じくケンエレファントの「ヨシタケシンスケ『きになったらかえばいい』」は、絵本作家ヨシタケシンスケの哲学的でユーモラスなイラストを立体化したシリーズ。単なるキャラクターグッズとは一線を画し、「視点の転換」や「日常への愛着」というコンセプト自体がフィギュアに宿っている。

ヨシタケシンスケ『きになったらかえばいい

「商品」と「作品」の線引きが、揺れている

美術館の展示室では、作品は選ばれ、並べられ、定期的に更新される。ガチャガチャ売り場でも、似たことが起きている。数百種類が密度高く並び、新作が入れ替わり、季節やトレンドに合わせてラインナップが動く。「何を置くか」という判断が、売り場全体の印象をつくる。偶然性も、体験の一部だ。何が出るかわからないランダム性は、美術館のそれとは違う。でも「思いがけないものに出会う」という感覚は、どこか鑑賞に近い。

近年、ガチャガチャとアートの距離は明らかに縮まっている。

彫刻家・近藤大輔による「DAISUKE KONDO art collection」は、記号化されたミニマルな動物造形で、余分な装飾を排したフォルムはモダンなインテリアとも相性が良さそう。
イラストレーターHONGAMAの「HONGAMA ミニチュアコレクション」は、独特の線の歪みや色彩をそのまま三次元に落とし込んだ、「動くイラストレーション」とでも呼びたくなる新鮮な体験。他にも、東京藝術大学とコラボした活版印刷のガチャガチャなど、アートの文脈にがっちり根を張った企画も生まれている。

制作者に作家性があり、コンセプトがあり、造形に意図がある。それは商品なのか、作品なのか。その問い自体が、もう古くなっているのかもしれない。好きな作家やシリーズを追いかけ、集めて、交換して、棚に飾る。その一連の行為は、推し活とも呼べるし、小さなコレクションとも呼べる。アートと推し活の境界が曖昧になっているのは、ガチャガチャの売り場がそれを自然に許している場所だからかもしれない。

それでも、美術館とは違う

とはいえ、ガチャガチャ売り場を美術館と同一視するのは無理がある。美術館には収蔵・保存・解説・批評・歴史化という機能がある。作品に文脈が与えられ、時間をかけて価値が積み上げられる。ガチャガチャの商品は入れ替わりが早く、作者の名前も表に出にくい。ランダム性は魅力である一方、鑑賞の文脈が担保されるわけではない。似ているからこそ、その違いははっきりと見える。むしろ両方を見ることで、「鑑賞とは何か」という問いが少し開く気がする。

ガチャガチャコーナーで立ち止まって、「これ誰が考えたんだろう」と思う。その行為は、たぶん鑑賞だ。価格が安くて、偶然性があって、持ち帰れる。その軽やかさが、日常に美意識を混ぜ込んでいる。

制度のある場所だけが、美と出会う場所ではない。いまの都市で、私たちはどこで「いいもの」に出会っているだろう。その答えのひとつが、あのガチャガチャコーナーの前にある気がする。

EDIT: Shimako Otake

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