【インタビュー】原田ちあきが語るイラストと日常ー自分っぽさと健やかさと。- 前編

原田ちあきはイラストレーターであり、クリエイターであり、母である。全盛期のTwitterで、鮮やかな色彩の中で独特のキャラクターが悪口を放つという世界観は絶大な支持を集めた。原田は、自身を取りまく環境や感情に合わせて、さまざまな表現に挑戦してきたアーティストだ。そんな原田ちあきを解明するインタビューを前後編に渡ってお届けする。

自分っぽいことをしたいー枠にとらわれない原田ちあきの挑戦のはじまり

今日はよろしくお願いします!まずはこれまでの歩みについて、少しお伺いできればと思います。いつ頃から今のようなスタイルで絵を描き始められたのか、簡単に教えていただいてもよろしいですか?

原田ちあき – イラストを描き始めたのは二十歳を少し過ぎた頃で、少し遅めのスタートでした。その頃はTwitter全盛期で。Webマンガやエッセイなどのお仕事をTwitter経由でいただくことがすごく増えました。

なので、私は「Twitter発の作家」の一人だと思います。Twitterにすごく育ててもらったし、助けられてきた人生だなと感じています。

特別醜いのは私だけじゃないって安心したい

さて、ここからは原田さんご自身の人柄や普段の暮らしの部分に少しフォーカスしてお伺いできればと思っています。最初にTwitterで画像をアップしようと思ったきっかけはありますか?

原田ちあき – きっかけ…わりと小さい頃からパソコンを買い与えられていました。当時としては少し早いほうだったと思います。インターネットも早めに引いてもらっていて、当時はBBSやお絵描き掲示板、ブログにmixiとさまざまな交流サイトが流行していました。それらを渡り歩きながら、インターネットの中で絵を描いて遊んでいた延長線上に、Twitterがありました。

当時はネタツイートがバズったりして、フォロワーが増えていくのがものすごく楽しかったんです。どうやったらもっとフォロワーが増えるんだろう?って考えながら、イラストをアップしていきました。 色をつけてみたらどうかな?…セリフをつけてマンガにしてみたら?…というように、フォロワーを増やすための実験場としてTwitterを使っていました。

ネタツイートやいろんな投稿の延長線上に、今のスタイルやマンガ、イラストがある、という感覚なんですね。

原田ちあき – あと、漠然と「何者か」になりたかったのかもしれないです(笑)。

さまざまなフィールドで活躍されていますが、イラストレーター、デザイナー、大学講師など、それぞれの仕事をする中で自分らしさとして大事にしているポイントはありますか?

原田ちあき – 常に“自分っぽいこと”をしていたい、という意識が強いかもしれません。特に講師の仕事をする上で「原田ちあきってなんとなくふわっと作家になった人」というふうに見えているかもしれない。でも実際には、作家としてどうやって仕事を取れるようになったかという自分なりの経緯があって。それを講師として伝えられたらいいなと思っています。ただ「みんなもこれを真似しろ」ということではなくて、私はこうやってやってきたよ、こういう横道の逸れ方もあるよ、というのをひとつの例として見てもらえたらいいなと。

どんな仕事にしても、“自分らしいもの”作りたい、という感覚で続けています。

いつか絶対に「あの時アイツを選んでおけばよかった」って後悔させてやるんだ

絵のモチーフについても原田さんらしさが表れていますよね!

原田ちあき – そうですね、とくに女の子を描くのはすごく好きです。逆に男の人を描こうと思ったことはあまりなくて。

確かに、ご家族の絵は拝見しますが、男性キャラクターは少ない印象です。

原田ちあき – そうですね。お仕事で男性を描かせていただくことはありますが、基本的には女の子や、泣いている子を描くのがすごく好きです。そういうモチーフを見ると、「あ、私っぽいな」と思ってくれる方が多いみたいで。

逆に、男の人や、笑っている女の子などは描きづらかったりしますか?

原田ちあき – まったく描けないわけではないんですけど、自分が描きたい“感じ”とは少し違う気がします。モチーフの捉え方というか…自分の中でしっくり来るのは、やっぱり泣いている女の子なんですよね。

「子どもができたから変わったよね」とだけは言われたくない

以前の作品では、強い言葉やピリッと辛口のフレーズも多かった印象がありますが、最近の作品はより自己啓発的で、多くの人が“うんうん”と頷けるような言葉が増えているように感じます。イラストに関しても、セリフと少し距離を置かれたような印象もあって。

原田ちあき – もし変化があるとすれば一番大きいのは子どもを自宅で保育していることですね。子どもが朝5時に起きて、夜7時くらいに寝るまで、ずっと一緒にいます。そこから少し家事をして、夜中の1時ぐらいまで絵を描いたり、メールチェックをしたりという生活なんですけど、以前に比べると、絵に費やせる時間が圧倒的に減ったんです。なので今は時間を節約するという感覚もありつつ、“今できることをやる”というのを、この3〜4年ずっと続けている感じです。劇的に自分が変わったというよりは、限られた時間でできることを必死でやっているという感覚に近いですね。

制作のプロセス自体が整理されてきたのかもしれないですね。セリフ付きの作品はどんな流れで制作されるんですか?

原田ちあき – 常にiPhoneのメモに思ったことをひたすら書き溜めていて…!時間があるときにそのメモを見返して、「これなら今描けそうだな」と思うものから描いていきます。子育てをする以前はとにかくずっと描いていたんですけど、最近はとにかく時間をうまく使うことを一番に考えています。

あと自分のテンションを読めるようになってきて(笑)。今は何を書きたいのか・書けそうなのかという素直な気持ちで描くものを使い分けています。

お子さんが生まれて、仕事への向き合い方や考え方は変わりましたか?

原田ちあき – うーん…なんというか、「結局、続けちゃうもんね〜」という感覚が強いです(笑)。大変なことは増えたけれど、やっぱり描いちゃうし、やめられないという気持ちがあります。

よく「子どもができたら丸くなりそう」とか「作風変わりそう」と言われがちですけど、子どもがいても、結婚していても、嫌なことは起こるじゃないですか。それはたぶん誰しもそうで、すごい美女でも、お金持ちでも、タワマンに住んでいる人にだって嫌なことはある。だから、家族がいるから、幸せそうに見えるから、こういうテイストのものを書いちゃいけない、みたいにはあまり思いたくなくて。「子どもができたから変わったよね」とだけは言われたくないんです。 そこにはちょっとしたプライドがありますね。

私は「案外普通」。

インタビュー序盤に自分は案外“普通”なんじゃないかと思う瞬間があるとおっしゃっていたのが印象的でした。美大や専門学校などでは、いかに個性を出すか、自分の色を出すか、ということをすごく考えると思うのですが、 逆に「自分は普通かもしれない」と感じたタイミングって、どんな時だったのでしょうか?

原田ちあき – 結構若い時から思っていたように思います。過去を振り返って見ても「私だけが経験していること」は少ないと思っていて。若い頃には「これは大事件だ」と思っていた出来事も、今振り返ると失恋した時のほうがよっぽどしんどかったな、と思うことも多くて(笑)。

「コンテンツとして見たときに、特別ドラマティックではない人生」だけど、その中でどうやって作品にしていくか、という感じで捉えているところがあります。あと、よく病んでる人だって誤解されてしまうんですけど、私の作品って元気じゃないと描けないんです(笑)。

和気あいあいと進んだインタビュー。自身を俯瞰できる客観性と、柔らかな口ぶりが特徴的だった原田ちあきの最大のスランプや家族との関係など、さらにパーソナルな部分まで後編では掘り下げていく。

alter.2025, Tokyo  イベントレポートーデザインとアートのはざまで

芸術の秋。全国で様々なアートフェアやイベントが目白押しの中、今回が初の開催となる「alter.2025, Tokyo」(以下alter.)。プロダクトデザインという切り口から、様々な領域で活躍するクリエーターを迎え、次世代のデザインのあり方を思索する実験的なデザインイベントだ。alter.(アルター)という名前の通り、現在の成熟し飽和しきった現在のポスト“デザイン”時代のオルタナティブを提案する。

既存のデザインイベントを覆す

Exhibitionエリアの会場風景

デザインされたプロダクトをカッコいい会場に展示する。それだけではきっと既存のイベントやアートフェアと変わらないように見えるかもしれない。alter.では出展者をコミッティメンバーが選出し、彼らのプロジェクトに対して最大300万円の助成を行う。

メガギャラリーや後ろ盾となる企業を持つギャラリー、若手でもグループ単位でイベントに参加する場合も多く、作品の見せ方一つとっても資金力が大きなウェイトを占めてしまったり、高額な参加費がかかってしまったりする。一方alter.では、アイデアベースの実験的なプロジェクトや普段の領域とは異なる分野でのプロジェクトなどを発表することができる。

コミッティメンバーには、世界の現代アートの最高権威でもあるニューヨーク近代美術館(MoMA) キュレーターの Tanja Hwangやパリのポンピドゥセンターのキュレーター Olivier Zeitoun、グローバルなデザインシーンを牽引するデザインスタジオFormafantasma、世界の都市文化を舞台に活動する設計者/「SKWAT」から代表の中村圭佑、国際的なデザインメディア/プラットフォームである「say hi to_ 」主宰のKristen de La Vallièreの5組で構成された。コンセプチュアルなアプローチをどう構成するか、というキュレーション的な視点を持つTanjaとOlivier、実際のもの作りや環境的な視点を持つFormafantasmaの2人と中村、そしてそれらを編集しテキスト的な視点で魅力を考察するKristenという非常にバランスの取れたチームであることが伺える。

会場で行われたコミッティメンバーたちとのトークセッション

35歳以下のメンバーを中心とした11組・計56名が参加し、2025年11月7日(金)~9日(日)の3日間の会期で開催された。

アイデアから作品化までのプロセスが一直線化された新作が並ぶ

夜の日本橋の賑わいを抜けて、COREDO室町の中にある日本橋三井ホールへ。日本の金融の中心街である日本橋、多くのビジネスパーソンを横目に会場へと辿り着くとライトに照らされた“alter.”の文字。その奥に回り続ける透明なレコードのキャプションには、alter.を構成する4つの指針が記されていた。alter.は変えるという意味を持ち、全てを入れ替えるのではなく一部を作り替えて全体をよくすることだと書いてある。そう言われてみると、ホール自体の硬派で落ち着いたイメージを残しながら会場が構成されており、ここにも“alter.”の概念が表出しているようだ。会場のディレクションを行うのは、美術展やブックディレクションなど多角的な表現活動を行うRondadeだ。ライトのサインに沿って歩いて行くと、Kristen de La Vallièreの作品、そして展示作品数が最多のExhibitionエリアへと到着する。

packing list / MULTISTANDARD 玉山拓郎×河野未彩 Voidbark

packing list ; MULTISTANDARD

鮮やかなブルーのパンチカーペットの床の上に、参加者によって制作されたプロダクトの数々が美しく整理された工場のように展示されている。先ず目に入ったのは、様々な形のオブジェを縄で縛り上げた MULTISTANDARDによる「packing list」だ。ものを輸送する際に行われる梱包作業を着想に、こと日本において国際的なアートマーケットの未発達、アーティストのドメスティック化、そして立地的なハンディキャップなどを問い直す作品だ。作品を輸送するためだけに使われる梱包のブラックボックス化を逆手にとり、梱包するという行為自体が作品となる。また、この縄の形状は石工職人たち独自の輸送システムがモチーフで、最後の結び目を結び終えた瞬間に、作品制作と梱包作業が同時に完了するようになる。

Product and Space ; 玉山拓郎 / 河野未彩

家具や空間そのものをモチーフに制作をするアーティスト玉山拓郎は視覚ディレクター/グラフィックアーティストとして活動する河野未彩との共同制作によって巨大なライト作品「Product and Space」を制作した。

オープニングレセプションで行われたアオイヤマダのパフォーマンス

オープニングレセプションでは、アオイヤマダがこの作品をきっかけにパフォーマンスを行った。パイプの柔軟な形状に合わせて自由に配置されたディスク型のライトは、単なる照明器具を超えて、空間の形や私たちの新体制をより強く感じることができるプロダクトだ。個人的にはこのライトの下をくぐったり、腰掛けたりしてみたい(笑)。

Voidbarkー一番手前側が「真樺のスツール」

デザイナー、製材業、写真家、家具職人の4人で構成されたVoidbarkは、木材の樹皮に着目した。建築家具材の中で、年間50トン以上の樹皮は廃棄されるか樹皮の形状をとどめずに消費されている。樹皮は見た目の面白さだけでなく、分厚く強度も内包している。「真樺のスツール」は、特徴的な表皮のパターンとシンプルな構造が唯一無二の仕上がりとなっている。

近年、ものづくりの世界で耳にする、「テクノロジー」と「クラフトマンシップ」。どちらも大切にすべき概念ではあるが、“またか…”と心の中で唱えてしまう感も否めない。alter.で展示された作品は、あえてプロダクトデザインと区切ることで使用用途を定義している。そして身近にある疑問や課題をコンセプトとして思索することにより、小さな改変にとどまっていることが魅力のように感じた。大掛かりなテクノロジーや大義なクラフトマンシップではないリアルなものづくりを、このストレンジなデザインイベントで感じることができた。

和菓子の中にみる感性と色彩の宇宙

今世の中でちょっとだけブームになっているお菓子がある。それは和菓子だ。和菓子と聞くと古くから日本に伝わる伝統を受け継ぐといったクラシカルな印象を持つかもしれない。古くから練り切りや飴細工など、造形的な指向のある和菓子。食べられてしまうという一瞬の儚さを切り取った和菓子に、世界中の人々が共鳴している。

そんな和菓子に新たな風を吹き込んだニューエイジたちや、伝統を守りながら新たに芸術的な和菓子のあり方に挑戦する老舗、和菓子を切り口に作品を制作するアーティストまで、和菓子とアートの最前線を特集してみよう。

和菓子発祥の島から発信する新たなかたち

現在でも食べられている和菓子の発祥は、江戸時代から外国との交流が盛んだった長崎県にあるとも言われている。砂糖の入手が比較的容易だったことを受けて多くの和菓子がこの地で制作されていた。

長崎県平戸にて開催された“Sweet Hirado”は、定期的に茶会というイベントを介して新たな和菓子のかたちを提案している。

2016年からスタートしたこのプロジェクトではオランダ人アーティストのINA-MATTとRoosmarijn Pallandt を招き、平戸にある老舗の菓子屋とコラボレートした和菓子を発表した。

開催された「sweet hirado」の様子

茶会で使われる茶器や器は特別にデザインされた地元・長崎県の三川内焼やオランダのガラス器、シルバー器などを使用しており、目でも楽しむことができるようになっている。

アーティストたちは、約200年前に平戸藩主松浦凞公が町民の為に作ったお菓子図鑑“百菓之図”からインスピレーションを受け、新たな伝統と革新のお菓子の“平戸菓子”を製作し世界へと発信している。

制作された24種類の和菓子は、それぞれが独自のストーリーを添えてWebにて公開されている。画面を見ているだけでもうっとりしてくる和菓子たち。イベント以外では、Webからのオーダーを受け付けているそうだ。

和菓子を“うつわ”から考える

2025年で10回目を迎えた「うつわと和菓子」展。武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科陶磁専攻の学生23名が、老舗和菓子屋「とらや」の菓子を題材に制作した器の企画展示だ。

和菓子を楽しむ行為を、味や見た目だけでなく空間的な広がりの中で考え、和菓子を盛る“うつわ”をテーマに作品制作に取り組んだ展示だ。学生たちは、普段とらやで研鑚を積んでいる和菓子職人たちによる和菓子作りのワークショップを体験し、和菓子の意匠にこめられた日本の多彩な季節感や心情を学び、「和菓子」と「うつわ」の関係性を再構成する。

また、この展示でコラボレートした「とらや」は日本を代表する和菓子屋でありながら、主要店舗にてギャラリーを併設しており、2024年の1月から東京ミッドタウン店にて「和菓子とマンガ」が開催された。

8作品全10冊のマンガを紹介しながら、和菓子が登場するシーンを抜粋。和菓子屋が舞台といった作品や和菓子が主題の作品だけでなく、読んでいくうちに思わず和菓子に興味を惹かれるものや、「このお菓子を食べてみたい!」と感じられる作品をセレクトし、アートの視点から「和菓子」のイメージを変化させるような展示を開催している。

独自の感性で和菓子をアップデートする新参者

菓子屋ここのつ

菓子屋ここのつは、日本に古くから伝わる伝統的な和菓子と製法を踏襲しながら独自の美意識の中でアップデートし、変えなくていい事と変えていくべき事を和菓子を通して伝えていく。

ここのつのインスタグラムの中に閉じ込められた菓子たちは、素朴ながらも息を呑むほどの美しさで人々の心をつかんでいった。現在は浅草の鳥越にて「菓子屋ここのつ茶寮」を営業しており完全予約制・写真撮影禁止という徹底された環境の中で全身でここのつの菓子を楽しむコースを楽しむことができる。

公式ウェブサイト「妄想写真家」より

主宰の溝口実穂さんは食物栄養科の短期大学を卒業後、京都と東京の和菓子店で修業を積み、23歳という若さで「菓子屋ここのつ」を立ち上げた。和菓子をとりまくルールや概念にとらわれず、日本の食材や季節、色彩を活かした新しい菓子を提案している。古くから和菓子作りに使われる素材を用いながら洋の技法を取り入れたり、旬の果物や食材を和菓子的な視点で再構築している。

食べられる彫刻としての和菓子

坂本志穂は、現代的な感性で和菓子をデザイン・再構築するフードアーティストだ。自身のブランド “紫をん”を主宰し、伝統的な和菓子の技法をベースに、見たことがないような和菓子の作品を国内外で発表している。

「sprout / 萌芽」公式Webサイトより

彼女は和菓子を食べられる彫刻と形容する。自然の中にある花の色や草木の匂い、季節の喜びといった日本に古くから存在している感性と、和菓子の持つ光や温度、湿度、時間といった目に見えない要素を結びつけた和菓子を制作している。徹底されたビジュアルや表現は、インスタグラムなどのSNSでも人気のコンテンツで、日本だけでなく海外からのファンも多い。

日本ならではの伝統と製法を生かした和菓子。見た目の美しさだけでなく、ほどよい甘さと季節感を味わえることも魅力の一つとなっているが、作家たちに共通しているのは、和菓子の持つ儚さだ。食べるのも惜しいような“アート”な和菓子を食卓に一品追加して、新しい感性を磨くきっかけにしてみたい。

【インタビュー】変換されていく景色ーYosca Maedaがピクセルアートで描く永遠と対話の世界-後編

行ったことがないはずの景色でも、どこか懐かしいと感じる。そんなピクセルアートを手がけるYosca Maeda。前編では制作のこと、名前に込められた思いなどを伺った。

デジタル画面で、いつでもどこからでもアクセスすることのできる作品から始まったYoscaMaedaの作品だが、2022年より毎年行っている個展では、よりインタラクティブなコミュニケーションを促す作品も制作しているという。

様々な表現にチャレンジすることで広がる可能性

個展では見せ方を工夫した作品も多く制作されていますよね。

Yosca Maeda:はい。今までに3回個展をさせていただいたのですが、毎回異なった表現にチャレンジしています。ピクセルアートというデジタルの作品を、リアルな空間で味わう時に何ができるんだろう?という問いを毎回考えるようにしていて。楽しみ方にはどんなバリエーションがあるかを探っています。デジタル作品の展示方法には、ある意味正解がないと思います。デジタル作品って、そこに存在して目で見ることはできるけれど決して触れることはできない。なので個展では作品により能動的に関わってもらえるようなシステムを試したいと思っています。

インタラクティブ性のある作品を展開した2024年の個展の様子。馬喰町NEORT++にて

例えば2024年の個展では、作品のモニターをカスタムしてダイアルをつけました。鑑賞者がそのダイアルを回すと、画面のピクセルが少しずつ変化していきます。最初は抽象的な形だったものが、次第に何かの景色に見えてくる。解像度の変化を通して、記憶が少しずつ輪郭を持ったり、また曖昧に戻っていったりする内的な感覚を表現しました。また、詩の断片の展示などもあわせておこないました。絵を描いてる時には気づかないけれど、後から見た時に音楽活動をしていた時に歌っていた言葉と重なる部分があったりするんです。時間によって文字が切り替わるようになっていて、この言葉とこの絵って実はつながっているな、という気づきもありました。

インタビューを通してYosca Maedaさんの言葉の選び方にとても魅力を感じていました。今までに影響を受けたものはありますか?

Yosca Maeda:生き方という点において岡本太郎さんは昔から好きなアーティストです。実家が岡本太郎美術館の近くにあったので、今でも年間パスポートを毎年買っていて、定期的に足を運びます。音楽だけの表現にこだわらず、ピクセルアートのキャリアをはじめることができたのも、様々なことにアグレッシブに挑戦し続ける岡本太郎さんの影響かもしれません。

未来のデジタルアートとは?

さまざまな表現者にとってAIやデジタル技術の進歩が大きな影響を与えています。そのような技術とどう向き合っていますか?

Yosca Maeda:デジタル技術と共にある表現者として、さまざまな新しい技術に対して興味はあります。ただ作品を制作している中で特に大切にしているのは過程です。AIによる生成は短時間で完成するという強みがある反面、作られる動機や過程が乏しい印象があります。過程にこそアーティストや作品が存在する理由があると思います。どんなに技術が発達しても、なぜその作品を作ったか、どれだけ時間をかけて向き合ってきたか、といった要素が味わいを生み、人と人が対話するために作品は存在しているはずです。

きっとこれから、デジタルのクオリティはもっと上がっていくと思うし、色々なことが更に便利になっていくでしょう。それでも作品の中にそれぞれの成長や結果、ストーリーを宿して欲しいなと思っています。

Light in Passing

Yosca Maedaさんは未来のデジタルアートをどのように考えますか?

Yosca Maeda:混沌とした世界になるんですかね。今でもすでに問題にはなっていますが、これは人が作った、これはAIが作った、などもその一つですよね。さらに色々なものが現れるとある地点で「では結局、本当にいいものってなんだろう?」と思う気がするんです。大量生産の一方で手づくりのものに魅力を感じる人がいるように、やっぱりそこに人がいて、どういう思いでどう作ったのか、作られたものは何であるか、みたいなコミュニケーションが大事なんじゃないかと思うんですよ。作り手と受け手が人である限り、その流れが崩れることはないと思うので。自分がやりたいことをもっと深く突き詰めていく、そんないい時代になる気もしています。

教員時代のご縁で、小学生向けのワークショップをしたことがあります。子どもたちには取り組みやすいサイズのキャンバスを使ってピクセルアートのアニメーションを作ってもらったのですが、その姿を見て、自分で作ることをとにかく楽しむ!みたいにシンプルに夢中になる感情も大事にしたいと思いました。

ーーー進む技術に対して目先の結果には惑わされたくない、と語っていたのが印象的だったYosca Maeda。しなやかさと力強さのある眼差しで見つめる、これからの未来を楽しみながら歩んでいきたい。

【イベントレポート】FRIEZE SEOUL2025ー連帯するアジアのアートシーンをどう解釈するか

西洋から始まった現代美術の世界。それを追いかけるようにして発展していったアジアのアートマーケットだが、時間を重ねるごとに少し違った様相を呈してきているーーー。

FRIEZE/フリーズはイギリスで30年以上前に刊行されたコンテンポラリーアート・カルチャーの雑誌に端を発する。その後フリーズ・ロンドン、フリーズ・マスターズ、フリーズ・ニューヨーク、フリーズ・ロサンゼルスといったプレミアム・アートフェアを手掛けておりそのいずれもが美術関係者にとって最も重要なアートフェアの一つとなっている。2025年9月3日から9月6日まで開催された第4回のフリーズ・ソウルでは、韓国・日本をはじめとするアジア各国とヨーロッパ諸国、北米などの国から120 以上のアートギャラリーが参加した。

近代美術の名作を紹介するフリーズ・マスターズで出品されたジョルジュ・ブラックの作品群

会場はソウル・江南地区のコンベンションセンター「COEX」。ほぼ同時期に開催されたKiaf Seoulでは韓国国内のギャラリーを中心に若手作家の積極的な紹介や韓国文化を洞察した作品などが目立った。一方フリーズ・ソウルでは、歴史的に希少性の高い作家などを含む、国際色豊かな作品を多く紹介している印象だった。

コンテンポラリーアートの現在地ーエルヴィン・ブルム

Kiaf Seoulと同様に大勢のビジターで賑わっている会場。目につくのはそれぞれのギャラリーでの作品の売れ行きだ。一般的にアートフェアでは早い者勝ちで作品の販売が行われる。そして購入された作品は会期終了後に購入者へと届けられる仕組みとなっている。作品の販売状況は作品リストやキャプションに貼られた印の色を確認すればよい。色のわけ方はギャラリーによって様々だが、赤は売り切れ、青は交渉中とされることが多い。基本的に印がついているものは、購入することができないものと認識していれば間違い無いだろう。

フリーズ・ソウルに出展していたTake Ninagawaでは開始10分で大竹伸朗の大作が販売されたという。韓国のアートマーケットは一時の勢いを失いつつあるという見方もされるが、アジアの中でのハブとしての立ち位置は依然高いことがわかる。

Take Ninagawaのブース。今年のFrieze Stand Prizeを受賞した。

そんな勢いを表すかのように、展示された作品も現代アートのマスターピースばかりであった。エルヴィン・ブルムは1954年オーストリア生まれ。ウィーン応用美術大学とウィーン美術アカデミーで学び、ウィーンとリンベルクを拠点に活動しているアーティストだ。世界各地の影響力の高い美術館に作品が収蔵され、そのシニカルでユーモラスな作風を展開し第一線で活躍している。

左:Vanity;2023 右:Melancholia;2024 いずれもErwin Wurm

ロンドン・パリ・ソウルなど5箇所の都市に拠点を持つThaddaeus Ropacでは「Vanity」が展示販売された。アルミニウムによって作られたこの彫刻はバッグから足が生えている不気味な彫刻だ。そしてこのバッグのモチーフは、大流行したBottega Venetaの「カセット」というデザインだ。ニューヨークを拠点にするギャラリーLEHMANN MAUPINEでもブルムの「Melancholia」という作品が展示販売されていた。どちらもファッションアイテムがモチーフとなっており、私たちがバッグや洋服を通じて、他人からどう見られたいかという欲望と、世界からどのように見られるかという問いかけを示唆しているという。

連帯するアジアのアートシーン。ソウルから世界へと発信する意味

村上隆の作品群を一目見ようと人だかりになるPerrotinのブース

世界の美術館関係者やコレクターが、ここFRIEZE Seoulに集まる理由は、韓国や日本をはじめとするアジアのアートシーンへの注目が高まっているからだろう。自身の出自や自国の伝統・文化を作品に取り込むことで、西洋のアーティストとは異なったアプローチで現代アート作品を制作しているアジア人アーティストたちは、ここ数年で国際的な評価が高まっている。

Self-portrait;Sun Yitian 2025

1989年にベルリンでオープンしたEsther Schipperのスペースでは、中心にSun Yitianによる新作が展示販売されていた。Sunは北京を拠点に活動する女性アーティストで、2024年にはルイヴィトンとのコラボレーションでも話題となった。「Self-portrait」では3枚で1作品となっており祭壇画のような構成だ。中央の女性は水着姿で肌を露出しながらも、顔を覆われている。その姿は無防備であると同時に反抗的な印象を与える。この被り物は青島のビーチで、日差しとクラゲの刺傷から身を守るために登場したフェイスキニというアイテムだ。画家にとって、フェイスキニは日本や韓国で古くから存在する海女の伝統を想起させ、家父長制社会における女性の自立精神の象徴と結びつけている。

Floor to Floor Lamp;玉山拓郎

また東京から参加しているANOMALYのスペースでは玉山拓郎の作品が展示され、身近にある家具を使って重力や空気といった目に見えないものを知覚させ、天井によって支えられた空間において、それぞれの建築要素の役割と意味を変容させることで、新たな視覚的風景を生み出している。

世界48カ国から7万人の来場者を集めたFRIEZE Seoul。名作から最新作まで、現代アートという系譜を時代ごとに捉えることができるとともに(しかもそれらが購入できる…!)、また違った熱気が感じられたアートフェアだった。東京から2時間強でいくことのできる、最も近いアジア都市ソウルで濃密でエキサイティングなアートをぜひ体感してみてほしい。

【インタビュー】変換されていく景色ーYosca Maedaがピクセルアートで描く永遠と対話の世界-前編

電車やバスの電光掲示板、テレビのモニター、スマートフォンの画面など目を凝らすとそこには無数の点”ピクセル”が存在する。ピクセルとはデジタル画像を構成する色情報を持った最小単位のことだ。世界に「デジタル」が生まれ、同時に「ピクセル」も生まれた。Yosca Maedaはそんなピクセルの世界を自在に操る注目のアーティストだ。

ミュージシャン、教員からピクセルアーティストへ

初めまして!本日はよろしくお願いいたします。

Yosca  Maeda:よろしくお願いします。Yosca Maedaです。2020年からはじめはMaeという名前で制作活動をスタートしました。

「Afterglow」

アーティストになる前は小学校の教員をなさっていたと伺いました。

Yosca  Maeda:そうなんです。そもそもは音楽に携わる仕事がしたい、ということがきっかけで。ただ音楽系の専門学校を卒業したあとの見通しが立っていなかったので、教員の資格を取得し4年半ほど教員をしていました。当時は自身の音楽活動と並行して仕事をしようと考えていたんです。すごくやりがいがあったのですがあまりに忙しく、音楽活動ができない状況が続いてしまって。自分が初めて担任を受け持った生徒たちが6年生で卒業するのを区切りに退職する決意をしました。

音楽活動からピクセルアーティストへと転換したきっかけは?

Yosca  Maeda:自身の音楽活動のアートワークを作るためにピクセルアートを描いたのが一番最初でした。そのままコンテストに応募したり、SNSのアカウントを作って、みんなに作ったものを見てもらおうと思ったらピクセルアートの依頼が来たり…。はじめの頃は、この絵を描き上げたらそろそろ就活しようかな、みたいな状態を繰り返していたんですけど、だんだん描いた作品の数も増え、応援してくださる方も少しずつ増えて。もしかしたら、自分がやりたい表現はこの中にあるのかもしれない、という風に思い始めたんです。

一つひとつのピクセルを、確かめるように色を置いていくーーーピクセルアートは自分自身を見つめる鏡

普段制作をしているデスク

様々な表現方法がある中で、なぜピクセルアートだったのでしょうか?

Yosca  Maeda:本格的にアーティスト活動をしていくなかで、世の中は新型コロナウイルスの影響で疲弊していました。それに加えて祖父が他界し、社会との接続点を見失って悲観的な気分になっていました。自分の内面的な部分を見つめ直しているうちに、自分がどんなもので構成されているのか考えるようになったんです。ピクセルにはひとつひとつ明確な境界があって、それを確かめながらピースをはめていくパズルみたいな感覚が好きでした。操作はシンプルなのに、出来上がる作品には自分の感情がにじむ感じがあって。そのバランスがそのときの自分に合っていたんだと思います。

パズルをはめていくみたいに、一つひとつのピクセルを、確かめるように色を置いていく。自分で色の組み合わせを考えざるを得ないので、記憶の中にある大事な景色や自分を構成するものを見つめ直すことができる。それを具現化し自分のアイデンティティーを確かめる作業は、禅問答のように感じるときもあります。

単なる平面作品ではなくGIFのようなループアニメーションに挑戦されている理由はありますか?

「Nostalgia of the Flow」

Yosca  Maeda:僕にとって描くという行為は、自分の中に残っている断片的なイメージを形にすることです。そこでは時間がゆっくりと、あるいは何度も繰り返すように流れている。その感覚を映すために、ループアニメーションを制作しています。

たまに、僕の作品を見てどこか懐かしい景色だと言う方がいます。実際にはまったく同じモチーフに触れてきたわけではないけれど、その場所がピクセルアートに変換されることによって、どの場所でもない、私たちの中にだけある景色につながるような気がするんです。アーティスト名でもあるYoscaには、日本語の「よすが」という意味も含まれています。作品を見てくれた人がちょっとでも心の拠り所にしたくなるような作品を作れたらいいな、と思っています。

制作と生活。日常の中に散りばめられた、作品のかけら

制作以外の時間はどのように過ごしていますか?

Yosca  Maeda:展示や映画を観ることがあります。最近ではヴィム・ヴェンダース監督の「PERFECT DAYS」を見ました。それからハリーポッターシリーズも大好きです。劇中に出てくる写真は、魔法によってループアニメーションのように動いているんです。自分自身が作っているループ作品の中でも、ずっと世界が続いている、ある意味魔法的なイメージとも言えるかもしれないです。それから、シーンとシーンの間をつなぐインサート映像なんかをみるのも好きです。

日常の何げない風景を捉えた「Afterlife」

視点が細かすぎます…(笑)!

Yosca  Maeda:本筋ではないところで心奪われてしまうことが多いかもしれないです(笑)。それから散歩するのも好きです。散歩していると、ふと気になる景色と遭遇したり、いいフレーズを思いついたり。僕の作品は、日常にある何気ない景色をイメージして作ることが多いので写真やメモで記録することもあります。

どんなことを記録されているのか気になります(笑)

Yosca  Maeda:シェアできるようにこだわった写真を撮ると、どうしても道具みたいになっちゃう感じがしてしまうので、最近はあえて雑に撮っています。ブレていたり、人間味が残っていたりする写真の方が、あとから見返した時に面白いなと思っています。撮るものは例えば建物の隙間、影の形、空など、散歩していたらふと目にするような日々の色々です。

鑑賞者、そして自分自身と作品を通じて対話をすること。冷静な言葉で自身を語るYosca Maedaは制作と生活が点と線でつながっているかのようだ。後編では影響を受けた意外なアーティストからこれからのデジタルアートの向かう先まで、よりパーソナルな部分を深掘りしていく。

空前のラブブブームはなぜ起こったのか

「Fall in Wild」シリーズ

ちょっと不機嫌そうな顔、クリンとした目にきらりと光る9つのキバ、もふもふの体毛に覆われた不思議な妖精「Labubu/ラブブ」。中国で生まれた、この愛らしくも不気味なキャラクターは現在世界中をトリコにしている。

なぜラブブは世界を動かしたのか

ラブブは香港出身のイラストレーター、カシン・ルンが2015年に出版した絵本「The Monsters」に登場する妖精のキャラクターで、中国のおもちゃメーカー「ポップマートインターナショナルグループ」がキャラクターグッズを制作・販売している。2025年上半期の売上高は138億8000万元(約2850億円)で、前年の上半期と加え204.4%増という驚異的な売り上げを記録した。

ラブブは確かにかわいいけれど、ここまで人々が熱狂する理由は何なのか。一説によれば、K-POP界のカリスマであるBLACK PINKのLISAが大いに関係していると言われている。2024年半ばに彼女のインスタグラムに投稿されたラブブの姿は一部の熱狂的なファンによって買い占められ、海外のセレブにも波及していく。レディ・ガガやデュア・リパ、ラッパーのセントラル・シーなど男女問わずさまざまなセレブリティに愛用されてきた。

Lisa’s Secret Obsession with Labubus | Vanity Fair

こうしてありとあらゆるSNSに登場することになったラブブは熾烈な争奪戦となった。元々ブラインドボックス方式(中身が見えない状態で販売される)を採用していたことや、生産数が少ないことも相まって、二次流通市場でも高値で取引されるまでに至った。

ただのバッグチャームから富の象徴へ

はじめはかわいい人形として人々から愛されてきたラブブ。「推し活」アイテムのようにたくさんのラブブを身につけたり、ファンアートなどの二次元コンテンツによって消費されてきた。その後、セレブリティたちがたくさんのラブブを彼らの超高級ハンドバッグに付け出した。それにも背景がある。エルメスのバーキンやシャネルのマトラッセなど定番で歴史的なアイテムが流行し、個性を出しづらくなったために、バッグチャームが定番化していったからだ。セレブリティたちはそのほかのバッグチャームと同じようにラブブを活用し、ラブブは一気にステータスの象徴へとのし上がっていったのだ。

ラブブをチャームにするセレブたち

StockXなどのリセールサイトでも、2023年には年間100件以下だった取引数が、2025年には一日1000件超にまで激増し、VANSとコラボした限定モデルは1万ドル(約133万円)で売却。さらに世界で一体しかない限定モデルが108万元(約2200万円)という価格で取引されるまでに至ったのだ。

神格化する「ラブブ」ポップカルチャーへと続く波

ラブブは販売市場の席巻から始まり、さまざまなコンテンツに変換されている。ラブブのカスタマイズが進み、人間と同じようにタトゥーや歯のグリルを入れる個体や、オーダーメイドの衣装を着る個体の制作が増え、ファッションジャンルとの融合が進む。

私たちの間で流行しているものが、ラブブたちの間でも流行する。まるでラブブが生きているかのようにコレクターたちは振る舞い、最新のウェアやバッグ、アイテムを装着させるのだ。

またファンアートをデジタルプラットフォームに投稿したり、ラブブをモチーフにしたアート作品など、アートカルチャーへの波及も著しい。TikTokで注目を集めた「Sigma Boy(シグマボーイ」をパロディにした「LABUBU SONG」も YouTubeで200万回再生を超えている。そしてもちろん、コピー商品の流通も。

流行のピークを更新し続けるラブブだが、中国では価格崩壊が起こっている。転売屋たちがこぞって買い占めたラブブだが、正規販売業者が大量販売することによって、需要と供給のバランスが正常化された。完璧な転売対策によって、転売屋たちは次なるラブブはどのキャラクターか、虎視眈々と狙いを定めている。同じポップマートによって制作された、「CRY BABY」や、中国のライバル企業TOP TOYによる「nommi」などがじわじわ人気を集めている。

ネクストラブブとの呼び声も。「nommi」

また古くからキャラクターコンテンツが盛んな日本では往年のキャラが人気を伸ばしている。ラブブに見た目が似ている「モンチッチ」や、「ハローキティ」万博で爆発的なヒットになった「ミャクミャク」などこれからもキャラクターIPの人気は続きそうだ。実際にミャクミャクは様々なキャンペーンやプロモーションでも積極的に活用されており、ついにラブブとのコラボも決定。こうした異業種コラボレーションは、キャラクターという枠を越えて社会的な文化として認知される一因となっている。

50周年を迎える「モンチッチ」。若返りを図るアイテムを強化している。

ラブブの生みの親であるカシン・ルンは、現在、現代アーティストである村上隆が運営する”カイカイキキギャラリー”に所属し、個展などを通じてキャラクターをモチーフにしたポップアートを制作している。

私たちはラブブという親しみやすい存在を通じて、自然とアートやカルチャーに触れることになる。コレクターたちはラブブが持つ文化的な価値を見出し、アートの文脈でラブブを扱い、「アートトイ」という大きな市場を巨大化させた。

ラブブというキャラクターは、今を生きる私たちにとっての現代の様相を反映したポップカルチャーのアイコンとなる。アートはラブブの存在によって、ますますポップカルチャーとの距離を縮めることになる。レアなラブブがゴッホやデュシャンの作品と隣合わせに陳列される日も近いのかもしれない。

【イベントレポート】Kiaf SEOUL2025に行ってきた!韓国アートシーンの最前線へ

K-POPに韓国文学、韓国が発信するカルチャーはことごとく人々の心を掴んで離さない。BAM初の海外レポート、何度も韓国を訪れたことはあるが国内最大級のアートフェア「Kiaf SEOUL」には初めて訪れた。世界から注目される韓国のアートシーンを余すところなくレポートしていこう。

Kiaf SEOULに行ってきた!

GALLERY YEHのブース

ソウル・三成のコンベンションセンター「COEX」で開催されたKiaf SEOULは、2002年から開催された韓国初の国際アートフェアで、国内外の気鋭のアーティストたちの作品を紹介している。2025年は9月3日から7日まで開催され、世界20カ国以上から175のギャラリーが参加した。ソウルは世界のアート市場においても最も活気に満ちたアジア都市の一つでもあり、Kiaf SEOULはグローバルプラットフォームとしての役割を担っている。
まず初めに驚いたのは、その来場者数の多さだ。初日のプレヴューデー*1に伺ったのだが、老若男女ありとあらゆる人が訪れていた。
*1 :イベントに先行して入場できる日のことで、一般的には初日に設定されることが多い。Kiaf SEOULでは招待客及び一般チケットよりも高いチケットを購入して入場できる。
同時に開催されたFRIEZE SEOULと合わせて、韓国の現代アートシーンへの注目度が伺える。

三つのホールにまたがって開催されたKiaf SEOULではギャラリーによる展示と、ピックアップされたアーティストたちによるスペシャルエキシビション、カフェやショップ、VIPラウンジと一日中楽しむことができるラインナップだった。

SMALL GOODのブース。一休みする人々で大賑わい。

早速、韓国のローカルコーヒーロースター「SMALL GOOD」のアイスアメリカーノ片手に「Gallery MEME」(ソウル)のブースに立ち寄った。

チョ・ウンジー不思議に満ちた気鋭のアーティスト

Gallery MEMEはギャラリーが多く位置する仁寺洞エリアに2015年に開館し、現代美術の境界に挑戦する次世代新進作家たちを発掘・支援し、中堅作家や海外作家と合わせて展示している。時代の新しい感覚を覚醒させて拡張していく文化伝達者(ミーム)としての役割を果たすという意味が込められている。

Jo Eunji 「협동 연구 시리즈(直訳:共同研究シリーズ)」2025

インスタレーション形式で絵画を展示するチョ・ウンジ(Jo Eunji)は1999年生まれでソウルをベースに活動しているアーティストだ。韓国国内で活躍する若手アーティストの作品が鑑賞できるのもアートフェアの魅力だろう。

Jo Eunji「닮음에 대한 연구(直訳:類似の研究)」2024

絵画作品を立体作品として表現したり、謎めいたモチーフや図式を多用する独特の世界観のチョの作品には、断片的な記憶を繋ぎ合わせたショートストーリーのよう。今年のKiaf Highlight 10にも選ばれた注目の作家の一人だ。

韓国の伝統をレペゼンする

続いて訪れたのは「Gallery Vit」(ソウル)だ。Vitは暗闇から光へと生命の源泉となり、世界中の美術を照らし、深い感動を求めるという願いから2003年にオープンし現在はソウル・鍾路エリアに位置している。さまざまなアートフェアにも参加しており、韓国のアーティストを世界中に発信するギャラリーだ。

Han Manyoung「Reproduction of Time- Beveled Bottle 1」2017

ハン・マンヨン(Han Manyoung)は国家独立後すぐの1946年にソウルで生まれたアーティストだ。激動の時代を生きたハンの作品には現実と非現実が混ざり合って共存する。代表作である「Reproduction of Time」のシリーズは1984年から制作を続けており、ダヴィンチの「モナリザ」やマティスの「ダンス」、ロイ・リキテンシュタイン作品など世界中の名作を作品に散りばめ、時間という概念を解体していく。

Han Manyoung「Reproduction of Time- Beveled Bottle 1」2017

今回展示された作品は、朝鮮時代から使用されてきた清華白磁をリファレンスに制作されている。東洋と西洋、二次元と三次元、過去と現在など異なる要素を一つのキャンバスに表現することで時間と空間を超えた概念を作品に閉じ込めている。

韓国の消費社会への風刺的な作品も

Kiaf SEOULで印象的だったのは、有名ラグジュアリーブランドの商品やアイコンをモチーフとした作品の多さだ。

Sangho Byun「I love my job x 3」2025

2003年にオープンした「Gallery PICI」のブースで展示されたビョン・サンホ(Sangho Byun)の「I love my job x 3」は現代社会における多様な欲望に向き合い、現代人の溢れる欲望とエネルギーを伝えるため、背景は生々しい色彩で構成されている。

Sunyoung Kim「She Who Dances」2025

ソウル・チョンダムドンエリアの「Gallery WE」のブースではキム・ソンヨン(Sunyoung Kim)の「She Who Dances」が展示されていた。まるで転がる玉のように膨れ上がったバッグがモチーフの巨大な彫刻は、鑑賞者が触れると、優しく揺れ出す。人間の持つ不安定さのバランスや、柔軟性を比喩的に体現している。そういえば、会場の人々の持ちものを見れば、バーキンやケリー、そしてシャネルのマトラッセなど高級バッグのオンパレードだった。Kiaf SEOULで彼らの作品を展示することは、韓国経済のひずみに対する風刺であると想像するに容易かった。

大盛況の中幕を閉じたKiaf SEOUL。アートマーケットの最前線を体感した1日となった。

ジャケットデザインから紐解くアナログレコードの魅力。時代のスタイルを生み出し、今リバイバルへ。

BAM読者のみなさんは普段どうやって音楽を聞いているだろうか。Apple Musicや Spotifyなどの音楽配信サービスが音楽体験の主流となって久しいが、テクノロジーの進化に反動を受けるかのように、今アナログレコードの人気が再燃している。

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なんと言っても、アナログレコードの魅力は音質と迫力のレコードジャケットだ。特徴的な正方形のアートワークとサイズの大きさは細かい部分までじっくりと鑑賞することができる。アナログレコードは、音楽だけでなくアート作品として視覚でも楽しむことができるのだ。

ノスタルジーだけじゃない、再燃するアナログレコード

加速するトレンドに疲弊した若者たちが、かつて流行した古き良き文化にアクセスし始めている。音楽も例外ではなく、サブスクリプションサービスで昭和歌謡がヒットしたり、TIK TOKでは懐かしい曲に合わせてティーンたちが振りをつけて踊っている。しかし、アナログレコード人気の再燃は、昔を懐かしむ“ノスタルジー”的な感覚にのみによって消費されているわけではないのだ。

下北沢「フラッシュ・ディスク・ランチ」

日本にはレコードショップの大きなマーケットが存在している。ありとあらゆるレコードが揃う「ディスクユニオン」から、あの「PERFECT DAYS」にも登場した下北沢「フラッシュ・ディスク・ランチ」など、大小様々かつセレクトも個性的で、掘り出し物を求めて世界中の音楽ファンが訪れるのだ。また80〜90年代にかけての日本の音楽が有名アーティストにサンプリング1されることによって当時の音源にプレミアがつき、良質な中古アイテムが求められた。そして、保管状態の良い日本の中古マーケットが世界に注目された。

多角化するアルバムジャケット

また、デジタル音源が普及したことによって、よりフィジカルな音楽体験を重要視する時代性も後押しした。アーティストのKAWSやジュリアン・オピーなど、現代アート界の巨匠たちがかつて手がけたアルバムジャケットは、もはやアート作品としての需要が高まっている。ポップアートの原点でもあるアンディー・ウォーホルは「ラッツ&スター」や「ローリングストーン」、「ジョン・レノン」らのレコードジャケットを手がけており、アートと音楽が一体となってポップカルチャーが盛り上がって行くことにもつながる。アルバムジャケットは、アート作品やインテリアのように所有欲を満たすコレクションとなっていったのだ。

ジョン・レノン「Menlove Ave.」(1980)

また最新のアーティストたちも、この流れに乗る形でアナログレコードを新譜としてリリースしている。2019年12月に薬物の過剰摂取によって21歳でこの世を去ったシカゴ出身のJuice WRLD(ジュース・ワールド)は自身の2枚目の遺作アルバム「The Party Never Ends」をアナログレコードでも発売。村上隆の手がけたアートワークは彼が亡くなる2週間前に東京で直接対面して制作が勧められたそうだ。

Juice WRLD「The Party Never Ends」(2024)

名作ジャケットから紐解くデザインの力

アート作品としても支持を受けるレコードジャケット。コンセプチュアルなビジュアルの原点ともされているのが。ビートルズ「Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band」(1967)だ。デザインはピーター・ブレイク&ジャン・ハワースで、アルバムジャケットに集合するのは、マリリン・モンロー、ボブ・ディラン、アレイスター・クロウリーなどのスターたち。アルバム自体を一つのコンセプチュアルな芸術作品として提示することによって、音楽とビジュアルの相乗効果を狙った。

日本では現在“シティポップ”と呼ばれるジャンルの大瀧詠一「A LONG VACATION」や山下達郎「For You」などの作品に代表される独特のイラスト表現が花開いた。それぞれ永井博・鈴木英人が手がけており、都会的なイメージや陰影のない表現が、現実の雑念やひずみを忘れさせるユートピアのような場所として想起させられる。

大瀧詠一「A LONG VACATION」(1981/2021)

現代音楽家のブライアン・イーノはアートワークを“瞬間芸術”と呼んでいる。聴く前の0秒の瞬間に、音の世界を予感させるジャケットは「音楽の扉」であり、視覚的なイントロダクションでもあるというわけだ。音楽表現と切っても切り離せないアルバムのアートワークは、音楽体験の拡張と、終わりなきアートへの旅に連れていってくれる存在としてこれからも注目し続けたい。

  1. サンプリング:他人の作品の一部を抜粋することで楽曲を構成していく手法 ↩︎

新しいレコードに出会えるショップ

【旅とアート】目で見て感じたものを作品にーさけハラス インタビュー後編ー

前編に引き続き、さけハラスのインタビューをお届け。創作から離れた時間の過ごし方や、最近ハマっていることなどを通して、さけハラスの価値観や人間的な魅力に迫っていく。

ホラー映画で価値観の転換点を味わう

制作の時以外は何をして過ごしていますか?

さけ – 基本的には自宅兼作業場のデスクで1日を過ごすことが多いです。あまり仕事とプライベートを分けていなくて、映画や動画を見ながらなど毎日何かしらの作業をしてしまいます(笑)。活動時間も不規則で今日も夜中の0時に起きて昼までずっと作業していました。それ以外の時間ではやはり旅にでていますね。あとは散歩したりするのも好きです。

マルチタスク、羨ましいです…!どのような映画を見られるんですか?

さけ – 実はホラー映画が好きで。ホラー映画って、制作費に制約のある作品も多いので、同じ空間を使って違う見せ方をしたり、脚本を工夫したりして制作されているものも多く、その発想自体が興味深いんです。アイデア次第では全く新しいジャンルが生まれたりとか。

それから、ホラー映画の根幹でもある怖がる対象物が時代によって変わっていることも面白いです。例えば80から90年代頃の作品ではビデオテープが呪いの道具として使われたホラー映画がありましたが、それが携帯電話に、そしてスマートフォンになり、最近ではSNSの恐ろしさを切り取ったホラー作品があったり。様々なデジタルデバイスが生まれてきましたが、それを使う私たちのリテラシーも問われているような気がします。

ホラー映画を追うことで時代の転換点が見えるんですね…!私自身初心者なのですが、おすすめの作品はありますか?

さけ – うーん…。ドリュー・ゴダード監督の「キャビン」という映画は好きです。今までのホラー映画の定番を詰め込みながらもそれらをメタ的な視点で展開していくんですが、ある意味禁じ手というか。ホラー映画自体の価値観をひっくり返したような映画です。

映画「キャビン」

ホラー映画以外に影響を受けた作品はありますか?

さけ – 単純に絵として影響を受けているのは、やはり新海誠さんです。「言の葉の庭」(2013)という作品を観て知りました。日常の風景をめちゃくちゃ綺麗に表現していて。ただ新宿という街に初めて訪れた時に、新海誠さんの絵と実際の風景の落差に驚きました(笑)。

幼い頃から絵を描くのは好きだったんですか?

さけ – 小学生の時に遊戯王カードが流行っていたのですが、それのオリジナルカードを手描きで作って友達と遊んでいました。今考えると創作活動の原体験かもしれないです(笑)。あとは好きな漫画の模写をしていました。漫画のキャラクターに空想のセリフを喋らせて友達を笑わせたりとか。

思い出の味は車中泊した日に食べた貝汁

今までにたくさんの場所を旅されてきたと思うのですが、思い出の料理はありますか?

さけ – 最近山陰地方を旅したのですが、山口県で食べた貝汁が絶品で。地元の人も集まるというサービスエリアがあるのですが、東京の自宅から車で出かけてそこで車中泊をしたんです。貝の出汁がたっぷり出た味噌汁だったのですが体に沁みました。温泉などもある広い施設で、地元のかたが足しげく通われるのも納得でした。

山口県を訪れた際に食べた貝汁定食

旅先でお土産を買うのも好きで、一時期はご当地のお酒を買って飲み終わった瓶をコレクションしたりもしていました。並べると達成感も味わえます(笑)。

ご自身の活動の中で転機になったタイミングはありますか?

さけ – やはりフリーランスとして独立できた時だと思います。私自身が0から1を作る作業の方が向いているなと思っていて。会社に所属してた時は、実績や信頼を積み重ねた一握りの人しかそういった現場に立ち会うことはできませんでした。一つのものを極めてクオリティを上げていく、ということにも価値はあると思うんですが、色々なことを試して実践していく、というスタイルが自分にあっていると気づいて。2019年に「写真加工で作る風景イラスト」という指南書を出版した時も、“甘えじゃないか!?”などの批判の声もいただきました。けれど時が流れて今では当たり前の出来事になっていると思います。

「散策」何気ない瞬間を切り抜いたさけハラスさんの作品

小さなアクションから社会に貢献したい

随所でさけハラスさんご自身への客観的視点に感服してしまいます…!最近Xにて選挙についての投稿をしていましたよね。ご自身と社会との関係性についてどのようにお考えですか?

さけ – 私は鳥取県出身なのですが、自分が住んでいた頃から10万人以上も人口が減ってしまっていて。また、行政の方々からの仕事を進めていく上で、地域の様々な問題に直面することもあります。はじめは地道に活動していくしかないか、と思っていたのですが、そもそも根本から変えないと意味がないのでは?と思い始めて。そこからさらに政治や社会に関心を持ちました。とはいっても自分にできることと言えば、選挙に行ったり、対話をしたり、地域の話を聞いて活動をしていくしかないと思うので。

ただ、ASOBI SYSTEMに所属してからは自分自身だけではアプローチできなかった場所や仕事をご紹介いただくことも増えました。マネジメントのお話しをいただいた時はびっくりしましたが(笑)。

私自身の武器はイラストなので、少しでも社会に役立つものを作れたらいいなと思っています。

これからアーティストを目指す方々やファンのみなさんにメッセージをお願いします。

さけ – イラストだからこういったことしなきゃいけないっていうよりは、ちょっとだけ発想を変えてみたり、新しい表現や発信方法を考えてみたりしてみてほしいです。立場とか関係なく、なんか面白いことを考えて一緒にイラストに関わるカルチャーを盛り上げて行きたいな、と思っています。

イラストレーター・さけハラス。旅することで生まれた作品と、地域への思いに胸が熱くなる。彼の描く未来が、これからもっと明るく素晴らしいものになると信じて、私たちも行動して行きたい。

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