【旅とアート】目で見て感じたものを作品にーさけハラス インタビュー前編ー

とある女子高生の日常を切り取ったように緻密な作品を描くイラストレーターとして人気を博しているさけハラス。「旅」をキーワードに常に新しい表現や発信方法を模索し続ける彼の誠実さに触れたインタビューをお届け。

逆境を楽しむー居酒屋から始まったイラストの道

今日はよろしくお願いいたします。さけハラスさんの作品は風景とキャラクターの雰囲気が相まって、見ている私たちを小さな旅に連れて行ってくれるような魅力がありますよね。イラストで仕事をすることになった経緯を教えてください。

さけハラス(以下:さけ)- お願いします。絵を仕事にしたのは、居酒屋でした。当時はリーマンショックの影響でどの会社も新卒採用を縮小する傾向にあり、自分もその渦中にいました。いただいていた内定が取り消しとなり、どうしようか悩んでいたところに、デザイナーとして募集があったのがその居酒屋でした。

居酒屋でデザイナー募集とは、珍しいですね!

さけ – そうなんです。それも含めて面白そうだな、と思って仕事をはじめました。当時は居酒屋で使うメニューを描いたり、ロゴのデザインをしたりしていました。従業員の似顔絵を描いたりしているうちにイラストに興味を持ち、思い切って会社をやめて、京都のイラスト専門学校に入学しました。卒業した後はその専門学校の講師として働いたり、縁のあったゲーム会社などでキャラ制作やゲームの背景などを担当し、2019年に独立しました。

イラストの指南書などを拝見しても、すごくわかりやすくまとめられていて。講師をやっていたと聞いて納得です。

さけ – 講師をしていた時にもたくさんのことを学びました。彼らが今どんなことに関心があってどんなものが流行っているのか、グッズなども自分たちの時代にはなかったツールを使って制作していて感心していました。当時の生徒さんからもらったオリジナルの缶バッジや、SNSのアイコンにもしているマガモのキャラクターの人形は大切な宝物です。

SNSのアイコンにもしているマガモ

目で見て感じたものを作品に

旅するイラストレーターという肩書の通り、実在する場所をモチーフにした作品も多いかと思います。どのように場所を選ばれているんですか?

さけ – SNSを使った情報収集が多いです。InstagramやX、ピンタレストなどで気になった場所をストックしていて、行く場所が決まるとその地域に詳しいフォロワーさんたちからおすすめをされることもあります。地方に行かせていただくことも多いのですが、その地域が制作しているローカル番組などで紹介されていた場所を訪れたこともあります。

路地裏や交差点など街の“裏側”のような場所に焦点を当てている作品も多いですよね。

さけ – 単純にそういうところが好き、というのもあるんですが。(笑)光の表現に自信があって、そういったコントラストの強く出る景色を選ぶことも多いです。木漏れ日の降り注ぐ場所や海など、その明暗や彩度を誇張して描くこともあります。

「駅と少女2」木漏れ日の表現を得意とするさけハラスさんの作品

ご依頼やお仕事でイラストを描く時には、どうしてもメジャーな場所をモチーフにすることが多いので、個人の活動ではその場に行かないと見つけられないような景色を描きたいな、と思っています。階段の風景を描くことも多いのですが、構図としてキャラクターが入れやすかったり、何かが始まりそうな予感がして、好きなモチーフの一つです。そんな場所でも特定してくれるファンの方もいたりして。

さけハラスさんの作品をみていると、実際にその場所に行ってみたくなります!

さけ – 聖地巡礼などでその場所を訪れてくださるファンの方もいらっしゃいます。一度だけファンの方がツアーをしてくれたこともあって(笑)色んな場所を巡った後に一緒に食事をしました。

AI時代にイラストレーターとして活動すること

旅のルーティンを教えてください。

さけ – 毎回必ずというわけではないのですが、その街の一番大きな駅に行くようにしています。地域がその街がどのくらい盛り上がっているのか、何が有名なのかなどを確認します。絵を描くだけじゃなくて、その街自体も楽しみたいのでその地域ならではのグルメや名所などにも行きます。

作品の醍醐味とも言える緻密な風景描写ですが、どのようにして制作されているんですか?

さけ – 私の場合は旅で訪れた場所の写真を加工したものをベースに加筆・着彩をして仕上げています。その上で誇張する部分や、逆にノイズになってしまう部分を目立たなくしたりもします。元の写真自体は加工の具合によって色々な表現ができるのですが、以前訪れた場所に雪が積もっていて、違う季節のイラストを描こうと思った時に普段の景色を想像しながら制作したときは大変でした(笑)

実際の作品制作時

雄大な景色と可愛らしい女子高生のキャラクターのコントラストも印象的ですよね。

さけ – 気分によって描き変えたりしています。キャラクターが様々な旅先を旅行するというストーリーでコンテンツを制作していたこともありました。実はSNSでイラストを投稿しはじめた時は、とにかく風景を描く練習がしたくてキャラデザインを固定すればいっぱい風景が描ける!と思っていました(笑)ただ、キャラクターがいることによって目を止めてくださる方も多く、今ではどちらの要素も欠かすことができないです。

最近ではAIによるイラストも流行していますが、さけハラスさんはこの状況をどのように見ていますか?

さけ – 同業者の中にはAIアートに苦手意識を持っている方もいると思います。私自身もその気持ちはわかるのですが、やはり時代の流れとして避けられないと思います。もちろん仕事を失っている部分もあるかと思うので、危機感を感じないと言えば嘘になりますが、うまく技術を活用しながらAIに代替されないような活動ができるように頑張っています。ただ著作権の侵害などといった問題も出てきているので法整備などの規制は必要だと思います。

居酒屋のイラストレーターからキャリアをスタートしたさけハラス。制作の秘話からAI時代にサヴァイブすることまで語った。後編では、さけハラスが語る、未来の社会のコトから大好きなホラー映画の話まで。パーソナルな部分を掘り下げていく。

ソフト一つとはじまったアーティストの道ーCream Ecoes インタビュー後編ー

前編に引き続き、Cream Ecoes(クリームエコーズ)のインタビューをお届けする。創作から離れた時間の過ごし方や、最近ハマっていることなどを通して、Cream Ecoesの価値観や人間的な魅力に迫っていく。

ルーツは冷蔵庫?Cream Ecoesの素顔

今更ですが、Cream Ecoesというアーティスト名にはどんな思いが込められているんですか?

Cream Ecoes – よく聞かれる質問なのですが、全く意味はなくて(笑)。アーティストとして活動しようと思っていた時に、本名は嫌だなと思っていて。自宅の冷蔵庫に貼ってあったステッカーを見ていたら「Cream」と「Ecoes」が目に入ってきたのでこの名前にしました。綴りをよく間違えられるのですが、それからCream Ecoesと名乗っています。

ステッカーでいっぱいになった冷蔵庫

江戸川コナンと同じだ…!でもなんとなくCream Ecoesさんの雰囲気にもあっているような印象を受けます。

C – ありがとうございます。でも何度も改名を考えているんですよ。ただタイミングを失っていて…。ずっと構想しています。もっとアーティストっぽい名前とかに憧れます。

普段の家での過ごし方を教えてください。

C – 制作しながら過ごしていますが、息抜きでタバコを吸ったりカフェオレを作ったりしています。今日はインタビューなのでブラックコーヒーにしてみました。カッコつけたいなと思って(笑)。パートナーと一緒に住んでいるのですが、交代制で自炊もしています。高校生時代に居酒屋でアルバイトをしていて、その店で教えてもらっただし巻き卵が得意料理です。

思い出の味はありますか?

C – 昔、僕の誕生日にパートナーと群馬県の小さな温泉街に行ったんです。そこで入ったうなぎ屋さんのうなぎの蒲焼がめちゃくちゃおいしくて。それは忘れられないです。

個展などでいろいろな場所に出向くことも多いと思うのですが、好きだった場所はありますか?

C – 栃木県の黒磯と静岡県が好きでした。街自体の雰囲気も好きなのですが、それらの場所で開催した展示がすごく楽しくて。黒磯は街がコンパクトで、その中にショップとかが集まっている感じが好きでした。六喩というレコードショップでの展示だったので、レコードサイズの作品を展示しました。静岡県では、展示が終わった後に遅くまで居酒屋で友達と飲んでいました。居酒屋の雰囲気がすごくよくて、ご飯も美味しかったのでお気に入りです。

六喩での個展「Jung Pung」(2024)の様子

勘当覚悟で買ったベースと都市伝説

ずっと大切にしている「宝物」はありますか?

C – 学生時代から使っているベースだと思います。初めての大きな買い物ってやつで。ちょっといいベースをローンを組んで購入しました。親からはローンなんて組むなら縁切るぞ!と言われました(笑)。もう弾くことはほとんどないので、お金に困った時に何度も売ろうとしたこともありました。でも手放さずにいて良かったと思っています。

思い出のベース

バンド時代はどのような活動をしていたんですか?

C – 今までに二つバンドを組んできたのですが、シティポップや歌謡曲、R&Bとソウルなどを演奏してきました。割といろんなジャンルを通ってきました。「ディアンジェロ」や「エリカバトゥ」などの90sのR&Bをよく聞くのですが、やっぱりベースの音に注目してしまいます。

最近ハマっていることを教えてください。

C – 展示を見てくれた友人からオススメされた手塚治虫の「火の鳥」を読んでいます。今まであまり漫画は読んでこなかったのですが、めちゃくちゃ面白いです。あとはABEMA TVに登録したのですが、「ナオキマンの都市伝説ワイドショー」という番組にハマっています。神社のすごい人・スパイ・芸能界の闇・世紀末…面白半分ですが、見出したら止まらないんですよね(笑)。

「Always be in my heart」(2025)

先日の参議院選挙や昨今の社会問題を通してアーティストたちが連帯して声をあげることも多くなってきました。アーティストとして社会とどのように関係していきたいと考えていますか?

C – スローガンのデザインをされているデザイナーさんなど、活動自体は好きなのですが自分自身はまだそういったことに参加したことはありません。深く考えないようにしていて、距離感をどうとるのかが難しいです。ただ漠然とした将来への不安はあります。2,30年後にどうなっているんだろう、みたいな。大学卒業のタイミングで就職活動もしていたのですが、どうしても違うな、と感じて内定をいただいた会社をお断りしました。今でも申し訳ないと思っていますが、そのおかげでより一層気合いが入ったような感覚になりました。

ソフトひとつと始まったアーティストの道

これから挑戦してみたいことを教えてください。

C – 立体作品やアニメーションにトライしてみたいです。あとは今まで作品に人物や動物を登場させたことが無くて。新しいモチーフにも興味があります。

これからアーティストを目指す方々に一言お願いします。

C – とりあえず何かやってみよう、と伝えたいです。僕もたまたまダウンロードしていたIllustratorのソフトからアーティスト活動が始まりました。でも実際やってみないとわかんないことがすごいあって。大変なこともありますが、楽しいこともたくさんあります。一人で向き合う時間はちょっと寂しいけど(笑)。

終始和やかなムードで終わったCream Ecoesのインタビュー。目で見たものが彼のフィルターを通してあらゆる物質に変換される。その心地よい違和感は、混沌とした世の中に残されたユートピアの入り口なのかもしれない。

Cream Ecoesは現在、台湾・soil taipeiにて個展を開催中。
その後は静岡でも展示を予定しており、国内外で作品世界を体感できる機会が続きます。
ぜひ足を運んで、彼の新たな挑戦をチェックしてみてください。

Cream Ecoes Touring Solo Exhibition “In my head? (or)In your head?” in Taiwan 2025

会期:8.15(金)- 9.14(日)
時間:12:00 – 19:00
会場:SOIL TAIPEI  (No. 94號, Lane 74, Section 3, Bade Rd, Songshan District, Taipei City, 台湾 )
後援:Whimsy Work Gallery

​Cream Ecoes Poster Solo Exhibition “(P)” in Shizuoka 2025

会期:9.6(土)- 9.28(日)
時間: 月~木 8:00-21:00 / 金~土 8:00-23:00 / 日 8:00-18:00
会場::PART COFFEE ROASTER (静岡市葵区御幸町20番地 M20ビル cosa1F)

誰もみたことがない世界を作品にーCream Ecoes インタビュー前編ー

いつか来るディストピアはこんな景色だろうか。2000年生まれの25歳、Cream Ecoes(クリームエコーズ)の作品は彼の穏やかな雰囲気とは相反するかのように、この混沌とした世の中を映し出しているかのようだ。

Cream Ecoes 唯一無二の色彩

「ANORAK! Tour Visual」 (2025) —新しいカラーリングに挑戦した作品

東京をベースに活動を続けているCream Ecoes。三年前にバンド活動を経てアーティスト・イラストレーターに転向。独特のカラーリングやモチーフが話題を呼び、日本全国から台湾までも個展を開催している。作風や名前も謎に包まれたCream Ecoesに制作のこと、好きなこと、最近興味がある都市伝説のことまでインタビューを行ったーーー。

今日はよろしくお願いします。前回は六本木のCOMMONというカフェ&バーで行われたZINEフェアでお会いしましたね。

Cream Ecoes – よろしくお願いします。ZINEが好きなので遊びに行きました。実は過去に一度ZINEを作ったことがあります。あまり言語化が得意ではないのですが、ZINEは自分の世界観を存分に表すことができるので、これからも作っていきたいと思っています。

初めてCream Echoesさんの作品をみた時から、「色」が印象的でした。配色はどのように決めているんですか?

C – どんな風に決めてるんだろう…。ただ色はすごく大切にしていて。今まで発見した変わった配色のものを参考にしたり、組み合わせてみて面白い組み合わせなどを使うようにしています。最近は作品の配色が派手になったような気がしていて。今まで使わなかったピンク色なども作品に取り入れることが多くなりました。

作品との付き合い方がより軽やかに、自由になったような感じですか?

C – 確かに、日頃から作品へのしがらみや制約から解き放たれたい!と思っています(笑)最近ヨーロッパに行く機会があって、旅行中は普段あまりしない散歩をして、街の様子や歩いている人々の姿を記憶に留めています。

誰も見たことがない景色を作品に

幼い頃にみた景色やもので印象的なものはありますか?

C – 地元が宮城県で子供の時によくスノーボードをしていたんですが、地元のスポーツ用品店で売っていた「kissmark」というブランドのウェアをよく着ていました。他にはないビビッドな配色のアイテムが多くて、少なからず影響を受けているような気がしています。

影響を受けたアーティストはいますか?

C – 実はアーティストに全然詳しくなくて。元々学生時代からバンド活動をしていたので大瀧詠一さんのジャケットを手掛けていた永井博さんのことだけ知っていました。今でも好きなアーティストの一人です。バンドはもういいかな、と思っていた2022年から絵の制作をはじめました。それから様々なアーティストの作品に触れることによって自身の作風ができていったように思います。

色の境界や、この世のどこでもないアノニマスな風景を描いているという点でも似た雰囲気を感じます。

C – 人が見たことがないモチーフを入れることもあって、グニャグニャ・ギザギザ・トゲトゲといった質感のものを組み合わせて不思議な風景を作り出しています。

デジタルとアナログの融合が織りなすCream Ecoesの世界

「Get Along」(2025)デジタルとアナログを融合させて制作した。

制作について聞かせてください。普段はアトリエとしても使われているご自宅での作業が多いですか?

C – はい。あとは友人と共同で借りている事務所や近所のドトールでも作業することもあります。ノートパソコン一台で完結するので実はどこででも作業ができちゃうんです。

自宅の制作デスク

それは驚きでした!

C – PhotoshopやIllustratorを使用して制作することが多いです。ほとんどをトラックパッドの描画機能で線を描くことも多いのですが、細かい部分や余白を持たせたいところなどはボールペンでかいた素材を出力することもあります。油画などの手描きの絵にずっと憧れがあるので、今まで何度か試したのですが、しっくりくるものが作れず。いつかはそういった作品にもトライしてみたいと思っています。

一枚の作品を完成させるのにどのくらい時間をかけていますか?

C – 本当にまちまちなんですが、早い時だと2~3時間で下絵が完成することもあります。展示が近い時は毎日パソコンの前で制作をしていますが、なんとなく1週間のうちの平日はCream Echoesとして活動し、残りは別の作業や休日にしています。ただ日常の中でアイデアや図版が思いつくこともしばしばです。

2025年8月15日からは、台湾での個展「In my head?(or) In your head?」が開催されますよね。

Traveling Solo Exhibition 「In my head?(or) In your head?」台湾・soil taipeiにて2025年9月14日まで開催

C – 台湾では2025年2月に一度個展をさせていただいたことがあって。その時に知り合ったギャラリストさんが今回の個展をセッティングしてくれました。InstagramのDMでメッセージが来たことがきっかけで、在廊で初めての台湾訪問でした。自分が帰国した後も多くの方が来場してくださったようで、安心しました。今回の展示では飲食もできる台北のアートスペースでの展示で、新作4点に加えて、5月に開催した宮城県での個展からも3点追加した計16点を展示する予定です。

後編ではCream Ecoesのパーソナルな部分に焦点を当てて深掘りしていきます。後編もお楽しみに。

ねぶた祭りをアートとして楽しむ

夏真っ盛りとなった今日この頃、連日の暑さの報道に耳を痛めてしまう。日本では千年前から「春はあけぼの、夏は夜・・・」と清少納言が言い放ったように、昼間と比べ少し涼しくなった夏の夜は格別なものがある。そんな夏の夜を彩るもの、祭り。夏は祭りに行かねば!

岸和田のだんじり祭りや“奇祭”で知られる岐阜県の郡上おどりなど日本各地にさまざまな祭りがある中で、一際異彩を放っているのが青森・ねぶた祭りだろう。伝統もさることながら、巨大な「ねぶた」が夜闇を練り歩く様はテレビで見てもド迫力。一度は見にいってみたいと思っている人も多いだろう。

2023年 青森県板金工業組合 「火雷天神 菅原道真」北村春一作

​実はこの「ねぶた」、毎年新しいものが作られており、その全てが伝統の技術を受け継ぐ職人たちの手作業によって作られている。それぞれのねぶたの表情や髪の流れ・着物の柄合わせに至るまで一つとして同じものはなく、それゆえ毎年多くの人々を熱狂させる。祭りの熱気と、出店でちょっと一杯を楽しむのもいいけれど、紙と灯りの芸術作品としての「ねぶた」を目を凝らして鑑賞してみてはどうだろうか。

ねぶたの起源は、諸説あるが七夕祭りの灯籠流しの変形であろうといわれている。

奈良時代に中国から渡来した「七夕祭」と、古来から青森のあたりにあった習俗や行事が一体化して祭りとなり、その後紙と竹、ローソクが普及されると祭りで灯籠を作るようになる。それが変化して人形やねぶたになったという考えが一般的だ。青森の中の地域によっても少しづつ違いがみられ弘前では「ねぷた」という名称で親しまれている。

巨大総合芸術作品「ねぶた」はこうして出来上がる

ねぶた師 竹浪比呂央

毎年30を超える大小のねぶたは、下絵を描いたのちに3ヶ月ほどかけて制作に移る。彫刻を作るがごとく、木材と針金によって躯体部分を造形。かつてはその全てを竹で行っていたというから驚きだ…!大きいもので約1000個もの電球を取り付ける電気配線や、躯体に紙をはって日本画の技法に基づいて墨跡、ロウ引き、絵付けをほどこし完成となる。歴史上の人物や神話をモチーフにすることも多いことから、時代考証も行われているそうだ。出来上がったねぶたを大人30〜40人で担ぎ上げて、ようやく私たちの目で見ることができるのだ。

2023年 NTTグループねぶた 「釈迦降誕」制作風景 北村春一作

デザイン、サイズ、立体感。そのどれをとっても他で見ることはできないだろう。しかもそのねぶたが祭りになると動き出す。この祭りの異常性にようやく気づいただろう。

どうしても祭りの当日にいけない、という方には青森駅からアクセスできる青森市文化観光交流施設「ねぶたの家 ワ・ラッセ」に行ってほしい。街の発展を見届けてきたねぶた祭の歴史や魅力を余すことなく紹介するとともに、一年を通じて祭り本番に出陣した大型ねぶたを間近で鑑賞することができる施設だ。ねぶたに触れられる他、祭りに参加しているかのようにねぶた囃子が流れる中で実物のねぶたをたっぷりと堪能できる。

ねぶたを自宅でも楽しむ

「KAKERA」NEBUTA STYLE 

美しく力強いねぶただが、毎年作られた作品はどうしても廃棄されてしまっていた。そこに着目したのが「NEBUTA STYLE (ネブタスタイル)」だ。大型ねぶたの和紙を1枚1枚丁寧にはがし取り、インテリア照明としてアップサイクルしたり、ホテルの障子などに利用している。開発においては、第一線のねぶた師と、多くのメーカーやデザイナー、アーティストなどとコラボレーションをすることによってねぶたに新しい価値が生まれている。

青森発の日本を代表するアートとして「ねぶた」を世界に発信していけば、ねぶた祭りがもっと盛り上がるだろう。世界中のミュージアムでねぶたをはじめとした祭りの文化や作品が展示されるとしたら、「ねぶた」を違った見方ができるようになるかもしれない。

福岡アートブックフェア「Pages」に行ってきた!〜後編〜

前編に引き続き、福岡アートブックフェア「Pages」について取り上げる。

主に3つのエリアに分かれて会場が配置される福岡アートブックフェア。メインブースである「余香殿(よかでん)」と「文書館(ぶんしょかん)」、飲食店のポップアップが集まる屋外の「Yummy Area」とそれぞれで雰囲気の異なる出展者が名を連ねており、会場の太宰府天満宮を散歩するようにアートブックフェアを楽しむことができる。

Yummy Areaで腹ごしらえ!

さて、ブースをぐるりと回ってちょっとお腹が減ってきたら、「Yummy Area」で腹ごしらえ。福岡をはじめとする九州地方の飲食店やフードトラックなどを中心に様々な飲食店が出店しており、お腹いっぱいでも立ち寄りたくなる。

南部食堂のおにぎり弁当。天日塩のおにぎりと鯖と大葉のおにぎりの2種が入っていた。(筆者撮影。)

福岡県福津市に拠点を持つ「南部食堂」では、手軽に食べられる季節のおにぎりがラインナップ。2種類の味を楽しめる竹皮包みのプチ弁当も人気。普段は昼呑み推しの食堂を営んでいて、地元の野菜などをふんだんに使った旬野菜をたっぷり食べれるごはん、スパイスをきかせたごはんを作っており、お惣菜のテイクアウトもできるそう。地元の店をアートブックフェアで知ることができるのも面白い。

そのほかにも、久留米市を拠点に出店形式でスパイスカレーを食べることができる「咖喱屋 納曽利(なそり)」、音楽フェスやイベントなどでもお茶を振る舞うカルチャー系茶屋「茶番」、春の温かい日差しにはもってこい!こだわりのアイスクリームを提供する「SCREAM」などの出店があり、筆者も後ろ髪を存分にひかれながら「Yummy Area」を後にした…!

体力もお腹もチャージできたところで、「余香殿」にまた戻ってみよう!

みさこみさこ/PALESTINE ART BOOK FAIR

個人での出展だった「みさこみさこ」さん。福岡を拠点にグラフィックデザイン、写真、編集、アート制作などの分野で活動している。象徴的な「PALESTINE ART BOOK FAIR」のフラッグは東京アートブックフェアに合わせて会場である東京都現代美術館の前でゲリラ的に行われた際のものを使用しており、数ヶ月経った今でもパレスチナの状況が悪化する一方であることを痛感させる。

みさこみさこさんのブース。書き加えられたPALESTINE ART BOOK FAIRの文字が。(筆者撮影。撮影承諾済。)

ブースでは、パレスチナが侵略を受ける前の美しい風景や生活を現地からレポートしている「聖地パレスチナ一人散歩」(菅梓)や、スイスを拠点に活動するグローバルなフェミニスト・コミュニティ「Futuress」が掲載してきた、“フェミニズム×デザイン”の視点で身近なデザインや社会の当たり前を世界の各地(本作ではトルコ・ノルウェー・アメリカ・インド・パレスチナが舞台となっている)で問い直す5本のエッセイを収録した「Design is for EVERYBODY/デザインはみんなのもの」、かわいいイラストをシルクスクリーンでプリントした“STOP GENOCIDE”のファブリックパッチなどが展開されており、こうしてイベントを楽しめることは当たり前ではないことを再認識させる。出展者のみさこみさこさんが丁寧に本の内容を説明してくれたことも印象的だった。

お次は世界を旅するデザイナーのブースへ

へきち

こちらは畳敷きの「文書館」で出展している、グラフィックデザイナー松田洋和とイラストレーター田渕正敏のユニット。2011年から主にアートブック制作を中心に活動をしている。まず驚いたのは、作品の数の多さだ。これ全部作ってんの?!ってところからはじまる。案内してくれたデザイナーの松田さんはJAGDA(グラフィックデザインの登竜門的なアワード)の新人賞を2025年に受賞する実力派。イラストレーターの田渕さんは鮮やかな青色のみを使用したイラストや絵画作品を継続的に制作しており一目で彼の作品だとわかる。

「アートブックフェアをめぐる旅行1 World Journey Around The Art Book Fair 1 NY, USA」−Hirokazu Matsuda 

「World Journey Around The Art Book Fair 1 NY, USA」はデザイナーの田渕さんがニューヨークのアートブックフェア「NYABF」に行った時のレポートを書籍化したもので、世界中にあるアートブックフェアの中から毎年1カ所決めて行き、購入した本の詳細や周辺観光についてまとまっている。さらにイベントに参加している出展者の分析や海外のアートブックフェアに参加するときの意気込みまで…!本に付属しているパスポート風カード、レプリカのチケット、おじさんのポストカードなどなどおまけもかわいい。そのほかにもまるで刺身のパッケージに入っているかのようなイラストZINEや、彼らが毎月開催しているイベントをまとめたレポートブックなど何時間あっても見足りない!

大盛況に終わった「福岡アートブックフェア Pages」。出展しているブースはもちろん、イベントに加えてアーカイブ展など盛りだくさんの内容となっており、遠方から尋ねてくる人(韓国や中国、金沢からきているお客さんもいた!)が多いのも納得だ。本をじっくり眺めたい人、ワークショップやイベントも合わせて楽しみたい人、おいしいご飯が食べたい人(笑)にはもってこいのアートブックフェアであった。来年はさらに面白い出展者に出会えることを願って、このレポートを締めくくりたい。

福岡アートブックフェア「Pages」に行ってきた!〜前編〜

福岡アートブックフェアとは

福岡アートブックフェア「Pages」は今年で2回目を迎える。なぜ福岡?と思われる方も多いかもしれないが、筆者が期間限定で福岡に住んでいるからだ。福岡にはこれまでアートブックを中心にしたブックフェアが存在しておらず、2024年に初めてのアートブックフェア(通称FABF)が開催された。

発起人は福岡カルチャーの中で欠かせない存在の「本屋青旗」の店主でもある川﨑雄平さんだ。本屋青旗は国内外のあらゆるアートブックや雑誌、写真集などを取り扱う店で、定期的にアーティストの個展やイベントを開催している。

そんな川﨑さんを中心に東京アートブックフェア(TABF)のディレクターらが協力しあって開催したのが福岡アートブックフェアなのである!

太宰府天満宮の気持ちのいい日差しの中開催された

2025年4月18日から4月20日までの三日間、太宰府天満宮にて開催され、筆者は初めて参加したのだが太宰府天満宮という場所柄からか、子どもから大人・お年寄りまで多くの方々が来場しており、東京アートブックフェアよりも幅広い人たちにアクセスしているのが印象的だった。

大きく、個人やグループなどで参加しているブースが集まっている余香殿(よかでん)と、海外の出版社や国内のアートブック系の本屋・出版社などが出展している文書館(ぶんしょかん)、飲食店や花屋などが集まる屋外のYummy Areaの三箇所に分かれており、太宰府天満宮の中を散歩するようにアートブックフェアを楽しむことができるのも魅力的だ。

また、会期に合わせて様々なイベントやトークセッション・ワークショップが行われており、毎日行っても楽しめるようなアートブックフェアになっている。

それでは、特に印象に残ったブースを紹介していこう!

Ghi-Cha 汽車

お隣の国、韓国から参加している女性四人組のアーティストコレクティブ。そういえば福岡という場所柄か、韓国からの出展者や参加者が多いことも印象的だった。東京より近いし。このGhi-Chaも1回目の開催に引き続き2回目の参加だという。グループ名のGhi-Chaは、本を開き、読み、見るという行為が、汽車に乗り、目的地に到着する旅路に似ているという点から名付けられた。

Ghi-Chaのブース。色とりどりの本が並ぶ。

メンバーの1人であるド・ユナさんがディレクション・編集している「TRANSLATED BOOKMARKS」を購入した。本業はグラフィックデザイナーだというユナさん。本の装丁やデザインもクラフト感があってかわいい。かわいい包みとはウラハラに韓国語と日本語のバイリンガルブックとなっており(ありがたい…!)内容もしっかりと読み応えのある本になっている。ユナさんの友人を中心に匿名の八人を対象にした、メディアやコンテンツとの関わり方をとらえたインタビュー形式の本になっていて、日本のアニメや韓ドラなども多く登場してきて、するする読めてしまう。(翻訳もユナさんがしたらしい!)会社員をしている人からアーティストまで幅広いカテゴリーの友人たちにインタビューしており、コンテンツを作っている人たちにぜひ読んでもらいたい一冊だ。

「b/o/o/k/e/u/b/o/o/k/e/u」のブックスワップ

韓国からの出展者で面白い取り組みをしている方々がもう1組。

「b/o/o/k/e/u/b/o/o/k/e/u」(ブクブク)はソウルを拠点に活動している移動式ライブラリープロジェクト(?!)だ。なんのこっちゃ。ソウルでは様々な場所にゲリラ的に出没し、本の交換会を行ったり、自分たちが制作したZINEなどを販売しているという。アートスペースや公園などでの開催を経て、福岡アートブックフェアに出展していた。福岡では、事前に彼らのインスタグラム上で募った希望者から本を送付してもらい、福岡へ。そして福岡の会場で並べられた本たちと日本の参加者が持ち寄った本を交換し、交換が成立した提供者にそのまま送付するという。

b/o/o/k/e/u/b/o/o/k/e/uのイベントを通じて、全く見ず知らずの2人がつながるというロマンティックな仕組みだ。

ブックスワップは日本ではあまり馴染みがないが、海外のアートブックフェアなどで盛んに行われており、交換によって経済を動かしていく面白い取り組みの一つだ。アーティストや作家などが、自分たちの作った本やZINEを宣伝する目的に使うことも。思わぬところでバイブスの合う作家に出くわしたり、欲しかった本をちょっぴりおまけして手に入れることができたりもする。

実際福岡アートブックフェアに行って思ったことは、時間の流れがゆったりしているということだ。東京アートブックフェアでは味わうことができない参加者たちの“交流の場”を作り、その中の化学反応を楽しんでほしい、とディレクターの東直子さん(TABFのプロジェクトマネージャーでもある!)も語っている*1。作家や本の作り手からじっくりと本の説明を受けたり、ゆったりご飯を楽しんだり、畳の部屋でごろごろくつろいだり(?)参加者それぞれに楽しみ方が用意されている福岡アートブックフェア。後編ではブース紹介の続きと、Yummy Areaのレポートも!ぜひ続けて読んでみてほしい。

*1:https://2024.fukuokaartbookfair.com/interviews/2421/ より引用

アートから見る大阪・関西万博

2025年4月13日に開幕した「EXPO 2025 大阪・関西万博」。“いのち輝く未来社会のデザイン”をテーマにかかげ、見たことのないような新しい万博を関西・大阪から発信する。

どことでもオンラインでつながることのできる現代において、あえて万国博覧会をやる必要ってあったっけ?いつの時代にも万博は国の垣根を超えた創造力とワクワクを提供してくれた。この万博が様々な人が活躍できる未来の社会づくりのきっかけにとなるように、アートやデザインの視点から見るBAM流万博の楽しみ方を探っていこう。

大阪・関西万博の顔「ミャクミャク」の誕生秘話

大阪・関西万博公式キャラクター「ミャクミャク」

みなさんは「ミャクミャク」についてどれくらいご存じだろうか?特徴的な赤と青のカラーリングと、ちょっと奇妙なシルエット。開催前からじわじわと人気が出始め、万博会場で売られているミャクミャクの人形はたちまちソールドアウトになっているそう。そんなミャクミャクを作ったのが神戸市出身の絵本作家・山下浩平だ。

mountain mountain名義でグラフィックデザインを、本名の山下浩平として絵本や児童書の制作を行っており、2021年より募集されていたデザイン案の公募によって選出された。

すでに決定していたロゴマークはそのまま顔として、体は「水の都」の大阪にちなんで青に、腕からはポタポタしずくが垂れてくるようなデザイン。山下さんは1970年に開催された大阪万博の象徴でもある「太陽の塔」が大好きで、ミャクミャクを見てどことなく感じる奇抜さは岡本太郎譲りかもしれない。細胞の分裂や水の流れのように、様々な形に変化できるところは、キャラクターとしての面白さだけでなく多様性も感じさせる。

サンリオキャラをはじめとするキャラ同士のコラボレーションや二次創作などによってミャクミャクはネットミーム化しておりX(旧ツイッター)では毎日のように姿を見かける。なぜそこまでミャクミャクが人々を魅了するのだろうか。

ルーツは江戸時代?奇妙さがフックに

一度見たら忘れられない姿のミャクミャク。たくさんの目を持ちポタポタと雫が垂れる様子は一見すると妖怪のようにも見える。日本において妖怪を愛でる行為が広まったのは江戸時代からだそうだ。万物神が宿ることが前提の日本思想。神が宿るとされる「もの」を大切にする過程で妖怪というものがいつしか生まれたのだろう。しかし江戸時代中期に入ると、妖怪にまつわる伝説や信仰が“実は嘘なんじゃないか?”と信じられなくなっていった。(逆を言えばそれまでは本気で信じられていた、ということになる)当時の幕府による政策も相まって、妖怪は一気にトレンドに浮上した。子供用のおもちゃや双六などから、大人向けの絵本や浮世絵、芝居などに多く妖怪が登場していき、妖怪のキャラクター性が確立していった。

一勇斎(歌川)國芳『源頼光公舘土蜘作妖怪圖』(天保14[1843])–国立国会図書館蔵

話を現代に戻そう…。ピカチュウ、マリオ、ハローキティなど世界でも有数のキャラクター大国である日本。ミャクミャクを愛でてしまう心は日本人ならではの、奇妙を受け入れてKAWAIIに転換する不思議な性質が作用しているのかもしれない。

BAM流万博の楽しみ方

独創的なパビリオンを目的に大阪・関西万博に訪れる人も多いだろう。しかし実はパブリックアートの宝庫でもある。国や地域、民族など、多様なバックグラウンドを持つ国際的なアーティストによるパブリックアートが会場の各所に展示され、世界各国の芸術作品を通して、来場者同士での対話や交流を図ることを目指している。

チェコ・プラハを拠点とするSubfossil Oak s.r.oが手がける「文明の森」は、世界でも珍しい樹齢6500年のオークの亜化石で作られた森を舞台にした古代の森のインスタレーションで、大阪・関西万博の参加国それぞれに1本ずつ捧げられている。130本以上の希少な樹木が展示され、大きな森を作るというコンセプトのこちらの作品は私たちがこれまで土地を切り拓き、あらゆる場所で叡智と文化を産みながら営みを続けてきた人間とそれを見守ってきてくれた自然との対話のようにも感じられる。パブリックアートはそのほかにも計21作品が会場内に展示され、会期中いつでも見て楽しむことができる。

Forest of Civilizations(文明の森)–Subfossil Oak s.r.o

ここまでは万博の華やかな側面ばかりを伝えてきた。しかし海の外を見れば連日の不安定な国際情勢がニュースを騒がせ、大阪府知事らによる市民の賛否両論を押し切り万博開催を断行したことなど、問題も山積みだ。開催前に話題になった会田誠によるミャクミャクのパロディ作品は大阪・関西万博の負の部分を思い起こさせる。大きなイベントにはそれ相応の負荷がかかる。会田誠以外にも批判的な眼差しを向け続けるアーティストたちも多く存在する。それは、アートが私たちに批評的な視野を与えてくれるからかもしれない。

私たちの未来は明るいのか、それとも…。そんな岐路に立つ我々に新たな発見を与えてくれる大阪・関西万博は、2025年10月13日までの開催だ。ぜひ体験してみてほしい。

グラフィックデザイン入門ーエフィメラとアート

エフィメラとは

「エフィメラ」と聞いてピンとこない人も多いかもしれない。エフィメラ/ephemeraとは、「短命な/一時的な/はかない」といった意味を持つ言葉で、美術用語に置き換えれば、保存されることを考慮されていない、即物的に生産された小さな紙媒体のことを指す。筆者がエフィメラというものに出会ったのは、「フルクサス/fluxus」という芸術運動に興味を持ったことがきっかけとなり、調べているうちにエフィメラの存在に辿り着いた。エフィメラとフルクサスの関係には後日触れることにして、エフィメラの魅力について語っていこう。

読者のみなさんも、いいデザインのチラシやDM、パンフレットを捨てずに取っておいた経験があるのではないだろうか。現在でもおびただしい数のチラシやDMが作り続けられている。しかしデジタル技術の発展とともに、紙媒体での配布がなくなり、InstagramやWebサイトといった存在に代替しつつあるのも事実だ。つまりエフィメラは減少傾向にあるといっていい。

そもそもの始まりは、今よりもずっと前。展覧会やイベントがあるとアーティストたちは招待状やDMを仲のいい友人や支援者、ギャラリーやプレスなどに向けて制作していた。その当時は広く宣伝する手立てがないため、それらがアーティストやイベントを知ってもらう唯一の手段となったため、各アーティストたちが趣向を凝らしながら制作されたものも多かった。つまりエフィメラがそのアーティストやイベントの顔になる、ということでもあった。

あのアーティストのエフィメラ

現代美術の祖とも言えるマルセル・デュシャン/Marcel Duchampもエフィメラルな作品を多く残している。

“Dada: 1916-1923,” Sidney Janis Gallery, New York, April 15 to May 9, 1953 / Marcel Duchamp


ニューヨークでのダダに関する展示を行った際の活版印刷による展覧会カタログとポスターデザインとのことだが、作品が折りたたまれていることからもわかる通り、保存状態も決していいとは言えない。しかしグラフィカルな文字の配置や、アートワークのようなデザインは今見ても参考になる。

さらにエフィメラには、時代性を色濃く映し出すという側面もある。長期的に存在することを前提に作られた美術作品や書籍とは違って、即物的・即興的に作られており、展覧会やイベントが終わったら捨てられてしまうようなものであるため、その時のアーティストたちの思想や感情が反映されやすく、短期的に制作されることが多いため、同じアーティストの作ったエフィメラ出会っても、時期によって作風が全く違うこともしばしば。そんな点もエフィメラを、これからもウォッチしていたいと思わせるうちの一つだろう。

日本のエフィメラを見つけにいこう

日本でもたくさんのエフィメラを見つけることができる。1950年代から60年代にかけ華道の流派の一つである草月流の総本山・草月ホール(現在の東京・赤坂に所在する草月ホールの前身となったアートスペース)では、三代目家元でアーティストでもあった勅使河原宏(てしがわらひろし)のもと、様々なイベントが催されていた。多彩なジャンルの表現がその枠にとらわれずに自由に集まり、創造し、発表し、批評し合える場、アーティスト同士が交流できる場を目指した草月ホールでは、アーティスト自身で自作をプロデュースするという仕組みが取られ、日本のコンテンポラリーアートの発信地になっていった。特に現代音楽の新しい発表の場となった「草月コンテンポラリー・シリーズ」では多くの素晴らしいエフィメラ作品が登場している。



アーティストの小野洋子(オノヨーコ)もこの草月ホールで作品の発表を行っていた。この発表の数年後に、かの有名なビートルズのジョンレノンと世紀の婚約を発表し、数奇な人生に飲み込まれていくことはみなさんもご存知だろう。1962年に小野の制作した音楽作品の発表会が開かれ、そのイベントに合わせて制作されたこちらのフライヤーは、広げると全長40センチを超える不定形で、整然と並べられた文字情報の脇にはエンボス加工がされており、力の入れようが伺える。当時の小野は一柳彗やジョンケージ(「4分33秒」という音楽作品で有名なアーティスト)らとともに新しい音楽の形を模索していた。それを間接的に表現するためのエフィメラだ。

近年、エフィメラが小さな盛り上がりを見せており、エフィメラのコレクターでもある清里現代美術館のアーカイブブックが発売されたり、エフィメラ作品を収蔵していた慶應義塾大学アート・センターとJapan Cultural Research Instituteによる展覧会「エフィメラ:印刷物と表現」も2024年に開催された。

膨大な数が存在するエフィメラだが、未開拓な部分も多い。新しい作品の領域になりうるかもしれない。コンセプトアートもいいけれど、即時的でアーティストの熱のこもった作品の多いエフィメラをチェックしてみるのも悪くないかもしれない…!


アートフェア―アートを見る時代から買う時代へ

アートを買うにはどうしたら良いのだろうか。アーティストの個展や百貨店のギャラリーに赴いて直接買う?あるいは度々ニュース等で話題になるオークションに参加する、というのも一つの手だろう。しかし、もっと手軽に、いろんな作品を吟味できる方法はないだろうか。そんな願いを叶えてくれる「アートフェア」でぜひアートを買ってみてほしい。

アートフェアとは

アートフェアはよくアートの見本市と言われている。たくさんのギャラリーやアーティストが一同に会し、その場で鑑賞や購入ができる仕組みとなっており、たくさんのアートを一度にみたい人や、さまざまなアーティストの作品を見比べながら購入を検討している人にとっては絶好の機会なのである。

代表的なものはアートの売買の中心地、スイス・バーゼルを拠点に開催される「アート・バーゼル」だ。アート・バーゼルは昨今のアートフェアトレンドの火付け役だ。その歴史は1970年から始まっており、現在ではマイアミビーチや香港、パリなどのエリアに拡大してアートフェアを開催している。世界各地から200軒以上のギャラリーと4000を超えるアーティストの作品が並ぶアート・バーゼルには、優良な顧客が来ることでも知られており各ギャラリーの作品にも力が入っている。アートフェアでは普段目にすることができない作品を見ることができるのも魅力の一つだろう。

日本のアートフェア

日本でもアートフェアは各地で開催されてきた歴史があるが、海外から見て日本のアートマーケットは未だに小さく、現代アートへの教養や理解度が発展途上であったために、世界の著名なギャラリーがなかなか参加してくれないなどの課題が残っていた。

しかし2023年に初開催された日本初の国際的なアートフェアと題された「Tokyo Gendai」を皮切りに日本でもアートフェアを盛り上げる動きが注目されている。

Tokyo Gendai(東京現代)とは2023年を皮切りに毎年開催されている世界水準の国際アートフェアで、2023年には3日間で20,000人を超える入場者を記録した 。世界各国から集結した現代アートギャラリーによる作品の展示と販売をしている。“国際的”というのは単に海外のギャラリーが参加しているというだけでなく、作品の質や作家の文化的アイデンティティ、ジェンダーなどの指標を鑑みて、グローバルなプレゼンテーションとなるような展示内容となっている。(逆を言えば今までの日本のアートフェアではそのあたりの平等性が担保されていなかったのも問題点だったのだろう。)

「Tokyo Gendai」の様子。世界でもっとも影響力のあるギャラリーのひとつであるPaceが参加するのは日本ではTokyo Gendaiのみ

Tokyo Gendaiでは、会期中のトークセッションやイベントなど体験価値の高まるようなプログラムもたくさん用意されており、単にアートを購入するだけでなく参加者全員が楽しめるような内容となっているのも魅力だ。2025年には第3回をパシフィコ横浜で控えているので気になった方はチェックすることをおすすめする。

日本で最も歴史のあるアートフェアといえば、毎年有楽町の東京国際フォーラムで開催されている「アートフェア東京」だ。Tokyo Gendaiが現代アートに特化したアートフェアだったのに対し、アートフェア東京では古美術・工芸から、日本画・近代美術・現代アートまで、幅広い作品のアートが展示される。また2005年から開催している、日本最大級の国際的なアートフェアで会期中の来場者数は2024年開催時には5万5千人を超えた。

出展数も日本ではトップクラスの150軒超えとなっており、さまざまなアートをまんべんなく見てみたい人にはおすすめのアートフェアとなっている。

「アートフェア東京19」の様子。ソフィ・カルや村上隆が所属する国際的なギャラリー「ペロタン」も参加している。

参加するギャラリーやアーティストにとって、作品が売れることは大事な要素の一つ。その点アートフェア東京は約33億円の売上を計上し、1000万円クラスの作品も多数売買された。そのため参加するアーティストたちにとってもモチベーションが高く、世に出回ることの少ない作品も展示されることも多い。

映像作品やインスタレーションといった、なかなか売買されることが少ない作品もある。そんな作品を多く取り扱っていた「EAST EAST」というアートフェアが2023年に東京・科学技術館にて開催された。

当日はライブパフォーマンスやフード・ドリンクの提供など、アートフェアという枠組みにとらわれない試みも見られ、なかなかアートフェアに馴染みのない若い世代や学生たちにも好評のアートフェアとなった。国内外の24のギャラリーが参加しており、数だけ聞くとやや小規模に感じるかもしれないが、参加しているギャラリーやアーティストはアートフェアに初参加の新しいギャラリーや、学生を含む若いアーティストたちも多く、よりフレッシュでカルチャーシーンを体現するような場となった。オフサイトプログラムとして、渋谷や新宿の街頭での映像作品展示や、クラブやライブハウスでの音楽プログラムなども行われた。次回開催は未定。

ZINEって何?

TOKYO ART BOOK FAIR(通称TABF)はご存知だろうか?東京で毎年10月〜11月頃に開催される、アート出版に特化した日本で初めてのブックフェアだ。口コミやインスタグラムなどで話題を呼び、2009年の初開催から大小さまざまな国内外の出版社、アートギャラリー、アーティストら約350組が出展をし、なんと2万人以上の人々が来場している一大イベントだ。

TABF 2024

TOKYO ART BOOK FAIRでは、もちろん写真集やアートブックなどが展示販売されるなか、特に人気を集めているエリアが、主に自主制作されたZINEを販売する「ZINE’S MATE」と呼ばれるエリアだ。

ZINEとは、個人や小規模のグループによって作られる雑誌や写真集・詩集などの出版物を指す言葉だ。

1930年代のSFファンの間で自主的に作られた「FanZine」に端を発すと言われているZINEの歴史はとても長く、これといった定義やルールがないのが特徴だ。似た言葉として「リトルプレス」があり、自らの手で制作した少部数発行の出版物のことを指す。

2010年代頃からインスタグラムやX(旧Twitter)をはじめとするSNSが世の中に浸透し、いままでクローズドだった個人の主張がよりオープンに公開されるようになった。その影響もあってか、アーティストやデザイナーといった、感度の高い人々を中心に再びZINEという制作手法が再注目されたのだ。

よく似たものとして雑誌があげられるが、雑誌はさまざまなライターやエディターの企画が集まっているのに対し、ZINEは作っている個人やグループの、とても個人的な思いやテーマが色濃く反映された媒体であるところが違いと言えよう。(もちろん限りなく「雑誌的」なZINEや「ZINE的」な雑誌があるのも事実であるが…。)

個性豊かなZINEの作り手たち

TOKYO ART BOOK FAIR 2024のZINE’S MATE出店者の一つである東京・東中野にある「loneliness books」はアジア各地のクィア、ジェンダー、フェミニズムに関連するZINEなどを集めたブックストアだ。

「まとまらないおしゃべりのその先に… #まとおしゃ」 ¥700
フェミニズム的な視点からさまざまな書籍や絵本を制作している韓国の出版社チョウ商会、脳性マヒ当事者としてさまざまな社会運動に関わる古井正代、フェミニスト手芸グループ山姥のメンバーたちのおしゃべりを記録したZINE。



「MORIMICHI ZINE’S FAIR」は“モノとごはんと音楽の市場”をテーマに掲げる「森、道、市場」というフェスの会場内で開催されているZINEのイベントだ。愛知県三河地域を中心に開催され、初夏の3日間を上質な音楽やおいしいご飯をたのしみながらZINEをチェックすることができる。

参加者の「VOYAGE KIDS」は移動式アートブックショップを全国で開催したりもする大阪のアーティストグッズショップ。アートや音楽、ファッションなど、「街で表現する」国内外のアーティストの展示会や出版を手がけている。

「ずれマン(ずれてるマンホール) 」 小川樹 ¥770
名前にはっとするZINE。文字通りズレてるマンホールをただ撮影しまくっている写真集。う~~ん…ズラしたいっ!

国内外のアートフェアやイベントでも展示をする「ドキドキクラブ」も独自な視点でZINEを制作しているアーティストの一人だ。

「サンバイ婆」ドキドキクラブ ¥1,500

サンバイザーを目深にかぶる中年女性を撮りためた「サンバイ婆」、日常の風景にノリツッコミを仕掛ける「ザ・ショック」、衝撃的なタイミングをカメラで収めた「ステキなタイミング」など上げればきりがない。

アートブックだと装丁や印刷もしっかりしている分、値段もそれなり。ZINEはカジュアルで値段も買いやすいため、気軽に好きなアーティストや作家のグッズとして購入することができる点も魅力的だ。

ZINEを作ってみよう

いろいろなおもしろ&楽しいZINEを紹介してきたが、自分にもできそうかも?とムズムズしている読者も多いのではないだろうか。ここからはどうやったらZINEが作れるのかを紹介しよう。

MOUNT ZINE(マウントジン)は、誰でも参加できるZINEプロジェクトだ。国内外でのイベント開催やZINEショップの運営、ZINEスクールを開講しており、参加すれば初心者でもZINEをつくることができる。作り方を教わったあと、制作のサポートやアドバイスをもらったり定期開催しているZINEのイベントに出店することもできる。

イベント「MZ28」の様子

もう自分でも編集や制作ができる、という方は、作ったZINEを印刷してみよう。

「三交社」という印刷会社では「ZINE(アートブック)印刷」のプランがあり、印刷のプロが作りたいZINEの雰囲気や予算にあわせてさまざまなパターンを教えてくれる。印刷に使う紙の種類や製本方法など自分だけのこだわりのZINEをなるべく手軽に作るための味方になってくれるはずだ。

もっと手軽にZINEを作ったり公開したい人にはコンビニプリントを使うのも手だ。所定のアプリなどを使用してオンライン上にデータをアップロードしたら、コンビニにあるプリンターで操作するとその場で印刷・製本をしてくれる。また予約番号をSNSなどで公開すればどこでも印刷することができるようになり、ZINEフェアなどに参加しなくても日本各地に自分が作ったZINEを公開することができる。(印刷代は印刷する人が負担)

おもしろい視点や作品に出会うことができるZINE。かくいう筆者もZINEを作ったり売ったりした経験がある。完成したときや売れたときの喜びもひとしお、ZINEフェアに参加すると同世代で同じようにZINEを作っているクリエイターから刺激をもらえる。見る側と作る側の双方が楽しい、それがZINEなのだ。

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