「予約してから本を選ぶ」書店はなぜ増えているのか

かつて書店といえば、街でふらりと立ち寄った先で、棚を眺めながら本と出会う場所だった。本屋の閉店のニュースが相次ぐ中、近年では首都圏を中心に「予約をしないと入れない本屋」が増えてきている。住所は非公開、来店はInstagramのDMやフォームから。そんな手続きの面倒さですら、体験の一部として機能しているように見える。

「アポイント制」本屋の広がり

Daily Practice Books

Daily Practice Books公式サイトより

渋谷区・広尾エリアにある「Daily Practice Books」は、マンションの一室を週末だけ開放する個人書店だ。住所は非公開で、Instagramやメールで連絡を取り合ってから訪問する。棚は店主の私的な本棚でもあり、読書会や編み物の会といった小さな集まりも開かれるブック・コミュニティとしても機能している。「本を売る場所」というだけでなく「本を介した関係が生まれる場所」になっている。

Hi Bridge Books

Hi Bridge Booksにてローンチイベントを行った「XO1」(サラ ユキコ)。取り扱いは限られたショップのみ。 / 販売サイトより

代々木八幡の「Hi Bridge Books」は、完全予約制のブックストア兼ギャラリーだ。神保町の小宮山書店で経験を積んだ店主が、アートやファッションのビジュアルブックや国内外の写真集・雑誌を独自の視点でセレクトする。予約はInstagramのDMのみ。展示やブックローンチイベントも定期的に行われ、書店という存在を超え文化の発信拠点としての性格が強い。

loneliness books

公式サイトより

東中野の「loneliness books」は、クィアやジェンダー、フェミニズムに関する本やZINEを集めるブックストア兼出版レーベルだ。2020年に大久保にて完全予約制の形でスタートし、現在はオルタナティブスペース「platform3」を拠点に、読書部屋としての来店予約を受け付けている。一般書だけでなく、店主自らの手で集めたゲイ雑誌のアーカイブや、世界中のZINEがディスプレイされている。テーマ性の強い選書だからこそ、来店のハードルを設けることで、安心して本と向き合える空間づくりにつながっている。

Porvenir Bookstore・Chapters bookstore

神奈川県・大船にある「Porvenir Bookstore」は、対話型個別選書というサービスを予約制で行っている。事前アンケートを行うことで、店主が棚を巡りながら対話を重ねて本を選書してくれるサービスだ。市ヶ谷の「Chapters bookstore」は、オンライン書店を母体に、スタッフとの対話を通じて一人ひとりに本を提案する「パーソナル選書」を展開し、読書好き同士の出会いの場としても機能している。

「不便」がむしろ強みになる理由

これらの書店に共通するのは、来店のハードルを上げることが単なる個性にとどまらず、ビジネス的にも理にかなっている点だ。住所非公開・アポイント制の書店にすることで、アクセスしやすい立地にオープンせずに済む。その分、独自のセレクトを展開したり、一人一人の選書サービスといった手間のかかる接客に取り組むことができる。予約という一手間を挟むことで来店者はあらかじめ関心の高い人に絞られ、「ひやかし客」への対応に時間を取られにくくなる。パーソナル選書のように、選ぶという行為自体に値段をつけるサービスも生まれており、本という薄利多売の商材に、接客サービスの工夫を重ねることで付加価値をつけている。

なぜ今、予約制なのか

背景には少なくとも三つの要因がありそうだ。

イベントを定期的に開催することで、ブックコミュニティを形成する下北沢・本屋B&B / 公式サイトより

第一に、情報過多への反動。ネット書店やAIによるレコメンドに疲れた私たちにとって、「誰かが自分のために選ぶ」という選書体験は希少価値を持つ。店主のこだわりが詰まった独立系の書店は、そのばにいるだけでもあらゆる文化や教養に触れることができる。

第二に、SNSが店舗への導線そのものになったこと。Instagramのプロフィールより、「link in bio」をクリックすれば予約に直結する設計は、実店舗の看板よりも強い集客力を持つ。物理的な売り場面積が限られる中で、インスタグラムのポストではより効果的に本を紹介できる。しかも“平置き”と同じ状態で。

第三に、書店の役割がモノの販売からコミュニティ形成へと広がっていること。読書会、展示、ローンチイベントなどを書店で開催することは、本の紹介だけでなく、そこに集う「時間」や「関係性」こそが商品になっている。こうした複数の接点を持つことは、書籍単体の薄い利益率を補い、顧客との深い関係を継続させることにもつながっている。

小規模だからこそ実現できる濃密な体験は、大型書店には模倣しづらい。予約制という不便さが、むしろブランドの輪郭を際立たせているだろう。それが今、独立系書店が選び取っている生存戦略なのかもしれない。ただしその分、事業としては来店可能な人数に規模が縛られやすく、店主個人の目利きに依存する分、拡大よりも持続を目指す性質のビジネスだとも言えそうだ。

香水は「纏うアート作品」になった ―― 嗅覚から入る、新しいアートの所有体験

香りはアートになりうるか。

香りはアートになりうるか。人々は、美術館やギャラリーで作品を鑑賞するように、「香水」という形で表現された好みの香りを購入している。まるで作品のコンセプトを解釈するかのように、その香水に込められたストーリーを楽しみながら。

きっかけは、香水を身だしなみの道具としてではなく、調香師という作家が生み出した「液体の作品」として捉え直す視点の広がりだ。ニッチフレグランス市場はここ数年、年率で二桁台の成長を続けており、その中心にいるのはSNSを中心に香りのレビューを追いかける若い世代だという。

絵画や彫刻は、買うにも飾るにも大きなハードルがある。しかし香水なら、数千円〜数万円で、作家の思想や物語を所有し、自分の生活の中に一部にすることができる。そんな「嗅覚のアート」がどのような系譜をたどってここまで来たのか、そして今、何が最前線で起きているのかを辿っていきたい。

香水というアート

香水とアートが出会ったのは、中身の香りだけではない。20世紀初頭、フランスのガラス工芸家ルネ・ラリックは、香水商フランソワ・コティとの出会いをきっかけに香水瓶のデザインを手がけるようになり、香水瓶を「小さな彫刻」の域にまで引き上げた。1764年創業のクリスタルメーカー、バカラもまた、緻密なカットガラスによって数々の高級香水ブランドのボトルを手がけ、香水瓶をアートの領域に押し上げた存在として知られている。

つまり「香水を飾る/所有する」という体験は、香り以前に、ボトルというオブジェへの美意識としてすでに始まっていたのだ。

ラリックが手掛けたフレグランスボトルの数々。アール・ヌーヴォーの巨匠として名を馳せていたルネ・ラリックは、アール・デコのガラスアーティストへと変貌を遂げた。 / LALIQUE公式サイトより

香水が単なる製品を超えて「自己を表現する道具」になった転換点として欠かせないのが、シャネル No.5 だ。「夜、何を着て眠るのか」と聞かれたマリリン・モンローが「シャネルの5番よ」と答えたという逸話は、いまや20世紀ポップカルチャー史の一部として語り継がれている。この一言によって、香水は「肌にまとう最後の一枚」として、ファッションや映画のイメージと分かちがたく結びつくアート表現になった。

アーティストが作り出す「香り」という作品

香水とアートの関係が最も先鋭的な形で現れているのが、川久保玲が率いる〈コム デ ギャルソン パルファム〉だ。同ブランドは1994年の創業以来、既存の香水の定義に抵抗し続けてきた「アンチ・フレグランス」のレーベルとして知られている。

グラフィティアーティストとして世界的な人気を誇るKAWSとは、コラボレーション香水「MIRROR by KAWS」を2021年に発表した。KAWSの代名詞ともいえるキャラクター「COMPANION」が赤い水たまりに沈んでいくグラフィックがボトルとパッケージにあしらわれ、香りそのものもKAWSの多面的な作品世界からインスピレーションを得たフローラルムスクに仕上げられている。

MIRROR BY KAWS EAU DE TOILLETE 100ml ¥16,500 /  DOVER STREET MARKET GINZA 公式サイトより

そして2026年、現代美術の拠点として知られるダイア・アート・ファウンデーションと、メグ・ウェブスターとのコラボレーションでは「[ ] Dia x Meg Webster」が誕生した。ウェブスターの彫刻作品を特徴づける正四面体のシルバーボックスに収められたこの香りは、キノコやサンダルウッド、パチュリを基調に、雨上がりの土や森の空気を思わせる香調で構成されている。ウェブスターは、香りを普段の作品の延長線上にある「もうひとつの素材」として扱っているかのようだ。コム デ ギャルソン パルファムはこれ以前にも、作曲家マックス・リヒターやサーペンタイン・ギャラリーズ、ステファン・ジョーンズといった多様な作り手とタッグを組んでおり、香水そのものを「発表媒体」として扱う姿勢を貫いている。

調香師という名のアーティスト

香水そのものを詩的な「作品」として提示するニッチフレグランスメゾンの活躍も見逃せない。

エディション ドゥ パルファム フレデリック マルの香水。削ぎ落とされたデザインは香りとの静謐な対話を可能にする。 / エディション ドゥ パルファム フレデリック マル公式サイトより

〈パルファン・クリスチャン・ディオール〉の創業者の血を継ぐフレデリック・マルが創設した〈エディション ドゥ パルファム フレデリック マル〉は、自らを「香りの出版社」と位置づけ、調香師を”作家”として扱った。マルは調香師と編集者のような関係を築き、彼らが本当に作りたい香りを最高級の原料と技術で実現させることに徹し、パッケージに調香師自身の名前を明記するという当時としては異例の戦略を行った。この姿勢は、エルメスの初代専属調香師というキャリアを持つジャン・クロード・エレナをはじめとする一流調香師たちを惹きつけてきた。

一方、2009年にパリで創業した〈メゾン フランシス クルジャン〉は、調香師フランシス・クルジャン自身が香りの名前を先に着想し、そこにふさわしい香りを作り込んでいくという手法で知られる。トップからラストへ移ろう香りの時間の流れそのものをストーリーとして重要視し、香りという作品を生み出すアーティストたらしめている。

クルジャンがアーティストのヤン・トマとのコラボレーションによって制作された”香り付きの飲める湧き水”というアート作品

「展示」された香り

ニューヨークのメトロポリタン美術館で行われた特別展「Sleeping Beauties: Reawakening Fashion(眠れる森の美女たち:ファッションの目覚め)」では、香りが正式な展示メディアとして扱われた。

ドレスやファッションアイテムにまとわりついた香りを体感することができる / メトロポリタン美術館公式サイトより

本展では、生地が傷みすぎてマネキンに着せることすらできない歴史的な衣装の数々を、嗅覚を通じて鑑賞するという試みがなされた。ベルリンを拠点とするシセル・トラースが1913年に制作されたドレスから香りを抽出し、特殊な塗料として再現した。来場者がパイプや瓶を通して、または壁を撫でるとその香りを体感できるインスタレーションとして制作されている。さらに「Scent of a Woman」と題されたセクションでは、社交界の女性たちが実際にまとっていたドレスや帽子から採取した香り分子をもとに、その人物が生前まとっていたであろう香りそのものを再構成するという試みも行われた。

トラースは「香りが持つ情報は、視覚中心のものの見方を、より感覚的な世界理解へとシフトさせる力を持つ」と語っている。美術館が香りを、絵画や彫刻と並ぶマテリアルであることを確証づけている。

長い歴史の中で、人々は香りに魅了され続けてきた。それは香りが持つ独特の想起力にある。他の感覚と比べて、香りは身体に直接まとわりつき、その場にいなくても特定の情景や記憶を呼び起こす。個性豊かな調香師たちによる香水の数々は、それぞれがまるで小説や絵画のような物語性を持っており、ニッチフレグランスにおいては、年間で二桁代の成長率を誇る巨大な市場を形成しつつある。こうして、香水は量産品ではなく、纏うことができる「アート」としてとして選ばれるようになったのだ。

SNSでバズる「異世界」。珍宝館から書肆ゲンシシャまで、私たちを惹きつける“奇妙さ”とは

InstagramやTikTokを開くと、ときおり流れてくる異世界。

群馬県の「珍宝館」、大分県・別府の「書肆ゲンシシャ」、静岡の「鴨江ヴンダーカンマー」、近年誕生した門司港の「たまゆら珍館」や東京・神田の「絶滅メディア博物館」。一見すると悪趣味で、どこか近寄りがたいこれらの場所に、SNSなどで多くのコメントが寄せられ、若い世代を中心に静かなブームを生んでいる。

浜松市の「鴨江ヴンダーカンマー」。館長が30年に渡り蒐集した珍奇コレクションを展示している。/ 公式サイトより

これらの場所に共通するのは、誰かの偏愛が、そのまま空間になっているという点だ。昨今のマーケティングやデザインがし尽くされた観光地とは一線を画している。どの場所も「万人受け」を目指していない。むしろ、誰にも理解されなくてもいいという強い態度が、そのまま空間になっている。自分が面白いと信じるものだけを集め続けた結果として、唯一無二の世界が立ち上がっているからこそ、画面越しでもその空間からは異様な熱量が伝わってくるのだ。

デジタルでは再現できない「生々しさ」

私たちは日々、画面越しにあらゆるものを見ている。補正された写真や、編集された動画、SNSには暴力や性、死といった直接的な表現が規制されている。

群馬県・伊香保温泉にある「珍宝館」では3500点にも及ぶ展示品がひしめいている。ここは大人のテーマパークという名の通り、春画や、性器をモチーフとした置物、安産祈願を謳われた巨石など、人間の性にまつわるアイテムが展示されている。また名物の館長の軽妙なトークも魅力だ。

「珍宝館」で展示されている展示品のごく一部。夫婦円満のパワースポットにもなっている。/ 公式サイトより

怖いもの見たさで珍宝館を訪れる人も少なくないだろう。もちろんそんな刺激を叶える展示物であることも確かだ。しかし、この場所を訪れる人々は、同時に感じる「生々しさ」に魅了されているのではないだろうか。独特の視点によって集められたコレクションや時間が積み重なった結果としてしか生まれない本物の質感を感じることができるのだ。

デジタルが便利になればなるほど、人は情報ではなく物質を求めるようになる。時代に逆行するかのようなこうした潮流は、ある意味では自然な流れなのかも知れない。今、アングラ空間への関心が高まっている。

ダークファンタジーの「聖地巡礼」が始まっている

もうひとつ興味深いのは、これらの場所を訪れる人たちの感覚だ。

彼らは単なる観光客としてだけではなく、まるで作品世界に入り込んだかのように空間を楽しんでいる。ゴシック、退廃美、オカルト、都市伝説、怪異、ダークファンタジーなどなど。近年の漫画やアニメ、ゲームには、こうした世界観が数多く登場する。

そうした作品が好きな人にとって、アングラ空間はリアルな2.5次元空間になるのかもしれない。壁に掛けられた古写真や名前も分からない標本、意味深な骨董品を眺めながら、「この品物にはどんな物語があったのだろう」と想像を巡らせる。まるで作品の伏線を読み解くような感覚で空間を歩くこと自体が、現代の「聖地巡礼」になっている。

大分県・別府にある「書肆ゲンシシャ」は、博物館の原点とも呼ばれる驚異の部屋をモチーフに作られた複合施設だ。古書や写真集に加えて、マンガや「いわくつき」の物品など、あらゆる珍奇なものを取り扱っている。

明治の文豪たちを虜にした睡眠薬や、アウシュビッツ収容所で看守として働いていた職員の写真集など、身震いしてしまうようなものが来客を出迎えてくれる。予約制で、1時間1,500円を支払うとゆっくりお茶を飲みながらほんやアイテムを鑑賞することができ、購入も可能だ。

アートは、美術館だけのものではない

こうした場所を訪れると、「アートとは何か」という考え方も変わってくる。美術館で作品を眺めるだけがアート体験ではない。

東京・神田にオープンした「絶滅メディア博物館」は「紙と石以外のメディアはすべて絶滅する」をモットーに、私たちの進化の過程で滅んだ、もしくは滅びつつあるメディア機器を収集展示する私設博物館だ。VHS、フロッピーディスク、テレフォンカード。今私たちが使っているスマートフォンやAIだってここに収蔵されるかもしれない。

あらゆる「メディア」が集められた「絶滅メディア博物館」の展示室。 / 公式サイトより

長い歴史の中で、人間は様々な遺産を生み出してきた。日本独特のモノ好き・数寄者文化を育んだ感性は現代でも、この場所で脈々と受け継がれている。アングラ空間は、奇妙なものを並べた珍スポットではない。誰か一人の執念や偏愛が積み重なり、時間をかけて育った「思想のアーカイブ」である。

北九州・門司港にある「たまゆら珍館」。エロありグロあり、アーティストインレジデンスありのカオス感。 / 公式サイトより

だからこそ、どんな洗練された商業施設よりも強い個性を放ち、人を惹きつける。きれいに整えられたタイムラインに少し疲れたなら、一度そんな場所を訪れてみてほしい。

そこには、生と死、欲望と知性、美しさと醜さが混ざり合った、人間という存在の輪郭がある。そして、その濃密な空間に身を置いたとき、あなたはきっと気づくだろう。

いま必要な場所とは誰にも真似のできないほど純粋な、「好き」が形になった場所なのだと。

「TATTOO/タトゥー」 力の表象から、自己表現のデザインへ

タトゥーは怖い。はどうして生まれた?

タトゥー/刺青。それはかつてタブーの象徴であった。今でこそ街を歩けば、小さなワンポイントから腕いっぱいの和彫りまで、タトゥーを入れた人とすれ違う。パリやロンドンで開催されるラグジュアリーブランドのコレクションでは、ランウェイを墨で覆ったモデルが登場し、海外の有名なラッパーやアスリートがタトゥーアーティストを目指して来日している。SNSを開けば、有名人たちが誇らしげにタトゥーを見せている投稿が並ぶ。

その一方で、日本の温泉やプールでは今も「タトゥーお断り」と書かれた張り紙をよく見る。同じ絵柄、同じ肌の上の表現でありながら、ある場所では「アート」として称賛され、別の場所では入場を拒否される理由になる。この差は、いったいどこから生まれたのだろうか。

欧米の多くの国では、タトゥーはすでに一般的なファッションのひとつとして日常に溶け込んでおり、俳優やアスリート、政治家に近い立場の人物でさえ隠さず身につけている。「タトゥー=反社会的」という結びつきは、実は世界共通の価値観ではなく、日本という特定の社会が近代以降につくり上げてきた、比較的新しい感覚だとも言われている。

ファッション感覚でタトゥーを彫る人も。

世界を魅了する「WABORI」の国・ニッポン

日本における刺青の文化を紐解くためには歴史を遡る必要がある。日本は、世界でも類を見ないほど刺青文化が根付いている国だ。古代の遺跡からは身体装飾を表している可能性が指摘されている土偶や埴輪が見つかっており、こうした風習は少なくとも数千年単位の時間をかけて日本列島に根づいていることが分かっている。

その文化がひとつの頂点を迎えたのが、江戸時代だ。様々な大衆文化が花開いたこの時代、刺青は浮世絵文化と強く結びつきながら独自の発展を遂げた。歌舞伎役者や火消し、飛脚といった当時のトレンド最先端を行く”粋”な職業の人々の間で、身体そのものを装飾する文化が流行し、彫師という専門職人が生まれた。

彼らは浮世絵の版木を彫る技術や描線の美意識を、そのまま凹凸のある肌の上に応用し、単色の線画ではなく、陰影とグラデーションを持つ立体的な絵画を人体に描き出していった。これが今日「和彫り/WABORI」と呼ばれるスタイルの原型である。

海外からも注目される『文身 彫斎』の和彫り。/ 公式サイトより

この職人的な精緻さは、開国後、日本を訪れた異国人たちを驚かせた。彼らは母国に戻ると自らの肌に刻まれた和彫りを誇らしげに披露したんだとか。現在、世界中のタトゥーアーティストが日本を「聖地」として捉え、修行のために来日するのは、こうした背景が影響しているのかもしれない。海外の彫師たちからは「日本の和彫りは世界で最も美しいスタイルのひとつ」と評されることも多く、輪郭線の太さ、色の重ね方、身体の曲面を活かした構図の取り方は、今も国際的な教科書のような扱いを受けている。

これほど豊かな文化的土壌を持ちながら、なぜ日本国内では刺青がネガティブなイメージと結びついてしまったのか。その転換点は、明治維新にある。

タトゥー=ネガティブへの転換点

近代国家としての体裁を整えようとした明治政府は、西洋列強に文明国家として認められたいという外交的事情も背景にあり、刺青を野蛮な風習とみなして禁止した。その頃すでに海外では和彫りが芸術として評価され始めていたにもかかわらず、当の日本では法的にも社会的にも刺青は日陰の存在へと追いやられていった。

戦後になると、この禁止令自体は解かれるものの、今度は暴力団文化との結びつきが刺青のイメージを決定的に方向づける。組織の一員であることの証として全身に和彫りを入れる文化が広まったことで、「刺青=暴力団」という刷り込みがメディアを通じて社会に広がっていった。ニュースやドラマ、映画の中で繰り返し描かれる刺青と暴力団との結びつきは、世代を超えて定着していった。

ストリートで生み出されたクールなタトゥーカルチャー

長らく「怖いもの」として封じ込められてきたタトゥーのイメージが揺らぎ始めるのは、1990年代以降のことだ。海外から流入したヒップホップやパンク、スケートカルチャーは、体制への反抗や自己表現を核とする価値観とともに、タトゥーという身体装飾のスタイルも同時に持ち込んだ。海外のミュージシャンやアスリートが当たり前のようにタトゥーを見せる姿は、日本の若者たちにとって刺青のイメージを相対化するきっかけとなっていく。

さらに2010年代以降、InstagramやTikTokといったSNSの普及が、この価値観の変化を決定的に後押しした。海外セレブリティのタトゥーが日常的にタイムラインへ流れ込み、国境を越えたセンスがリアルタイムで共有されるようになったことで、タトゥーはよりファッショナブルな役割にイメージが転換されていく。

カルト的な人気を誇る西本氏。田代まさしらとのコラボ商品でも話題を呼んだ。

この変化を象徴する存在のひとつが西本克利だ。彼がブランドディレクターを務める「NISHIMOTO IS THE MOUTH」は、架空のカルトクラブという世界観がコンセプトのブランドで、海外のセレブリティが着用したことをきっかけに一気に知名度を高めた。全身を覆うタトゥーそのものがブランドの”顔”となり、ミステリアスな世界観とともにSNS上で拡散されていった。

こうした潮流の中で、タトゥーアーティストという職業そのものへの見方も変わりつつある。かつて「彫師」といえば伝統的な和彫りの世界に閉じた存在だったが、現在では和彫りの技術を軸にしながら、国内外の芸能人やミュージシャンを顧客に持つアーティストが数多く登場している。彼らの手がけるデザインは、日本の伝統的なモチーフと海外のスタイルを融合させたものも多い。

こうしたアーティストたちは、身体をキャンバスとする「彫り師」というクリエイターとして評価されている。絵を描くのと同じように構図を練り、クライアントの体格や動きに合わせてデザインを設計していく。独自のキャラクターやモチーフなども扱って消えることのない一生ものの表現を身体に描き出す。

オリジナルの天使モチーフが人気のtappei。アーティストとしてグラフィックやイラストも手がける。

原宿のタトゥースタジオ「TATTOO STUDIO YAMADA」を運営する山田蓮。ストリートグラフィティと和彫りのテイストが交錯する。

タトゥーを入れるかどうかは人それぞれだ。しかし、その背景にある歴史や文化を知ることで、「怖いもの」「悪いもの」という単純なイメージだけでは語れない世界が見えてくる。日本が育んできた和彫りの美意識と、ストリートカルチャーが生み出した自由な表現。その二つが交わる今、タトゥーはあらためて「身体に描くアート」として、新しい時代を迎えようとしているのかもしれない。

【インタビュー】「絵が私を遠くへ連れて行ってくれる。」アーティスト・谷小夏が描き出す、女の子と動物と懐かしさと。 – 後編

イラストレーターとして活動を始めてから十数年。谷小夏は近年、クライアントワークを少しずつ減らし、個展を中心とした作品発表へと活動の場を移している。

その背景には、創作に集中できる環境の変化や、自分自身の表現を追求したいという思いがあった。

後編では、個展活動、動物たちへの思い、台湾での経験、そして現在挑戦している新しい表現について話を伺っていく。

「絵が私を遠くへ連れて行ってくれる」

《ie》 / 2018年

毎年のように全国各地で個展を開催されていますが、会場はどのように選ばれているのでしょうか。

谷小夏(以下、谷) – すごく単純で、行ってみたい場所を選んでいます。もちろん会場とのご縁もあるんですけど。

個展には必ず在廊されている印象があります。

谷 – 個展を見て頂いた方と直接お話出来る貴重な機会なので、毎回足を運ぶようにしています。最近は妹と一緒に行くことが多いです。実は、二、三年前くらいから母や妹に仕事を手伝ってもらっています。ちょうど妹が転職を考えていた時期だったので、「じゃあ手伝ってよ」って(笑)。発送作業やオンラインストアの対応とかをアシスタントとして手伝ってもらったり。おかげで私は絵を描くことに集中できるようになりました。

それまではすべて一人で?

谷 – 全部一人でした。だからできることが本当に増えましたね。今までは何かうれしいことがあっても一人で喜んでいたんですけど、今は家族も一緒に喜んでくれる。それがすごく楽しいんです。

絵を通して心通う。台湾個展で気づいた言語を超える絵のパワー

《台湾》 / 2025年

台湾でも個展を開催されていますよね。

谷 – はい。実は台湾が初めての海外、そして初めての個展で、すごく緊張していました。でも台湾の方は本当に日本文化が好きな方が多くて。街を歩いていても日本語で話しかけてくださる方がいたりして、「こんなに親日なんだ」と驚きました。

現地の方との交流で印象に残っていることはありますか。

谷 – お手紙をいただいたんです。私が絵を描く時に、「ここがこの作品の良いところなんじゃないかな」と密かに思っていた部分を、そのまま言葉にして書いてくださった方がいて。「こんなに見てくれているんだ」と思って、本当にうれしかったです。絵って、言葉が通じなくても伝わるんだな、と改めて思いました。
台湾では友達もできました。ギャラリースタッフの方です。今まではあまり海外に興味がなかったんですが、「絵が私を海外へ連れて行ってくれるんじゃないか」と思うようになりました。友達ができたり、新しい景色が見られたり。これからはもっと海外で個展を開きたいと思っています。

大好きな動物を救うために

「Art for Animals」の作品はオンラインショップでも購入することができる。詳しくは公式サイトまで

谷さんは「Art for Animals」という活動も続けられています。

谷 – 子供のころから動物が大好きなんです。本当は動物に関わる仕事がしたかったくらい。でも犬や猫のアレルギーがあって…。だから動物のお仕事は難しかった。でも何かできることはないかなと考えた時に、「絵を売って、そのお金を寄付したら間接的に関われるんじゃないか」と思ったんです。それが「Art for Animals」の始まりでした。

現在はどちらに寄付されているんですか?

谷 – 大阪にある「公益財団法人 日本アニマルトラスト」が運営するハッピーハウスという保護施設です。自分の目で見に行ける場所が良いなと思って選びました。作品を買ってくださった方には、その施設の案内も一緒に送っています。もし気になる人がいたら、ペットショップ以外にも保護施設という選択肢があることを知ってもらえたらうれしいです。

谷さん自身、現在はインコを飼われているそうですね。

谷 – もう八年くらいになります。本当にかわいくて(笑)。

『プジェ日記』を描き始めたきっかけも、そのインコだったとか。

谷 – 実際に飼うまで、鳥がこんなにも愛情深い生き物だと思っていなかったんです。私も知らなかったから、世の中にももっと知らない人がいるんじゃないかと思って。それで『プジェ日記』という漫画を描き始めました。「Art for Animals」もそうですけど、絵を見たり買ったりする人って限られているじゃないですか。でも漫画ならもっとたくさんの人に届くかも知れない。動物を大切にする気持ちを広めるなら、漫画の方が向いているんじゃないかなと思ったんです。

SNSでも話題沸騰中の『プジェ日記』

漫画を描くようになって、ご自身の絵にも変化はありましたか。

谷 – コミカルな表現が得意になりました。ちょっと気を抜くと、普段の作品までコミカルになりそうなくらい(笑)。漫画を描く前は、もっとシリアスな作品が多かった気がします。

作品に登場する衣装も魅力的です。どのようなところから着想を得ているのでしょうか。

谷 – 私自身、そこまでファッションに興味がないんです。でも、歴史や文化は好きで。流行のファッションを追いかけるというよりも、民族衣装や工芸品とか、そういうものが大好きなんです。その辺りは作品にも影響が出ているかも知れません。もし大阪に来ることがあれば民族学博物館がおすすめ。私の大好きなスポットです!

特に好きな時代はありますか?

谷 – 古代ですね。古代文明の人たちの服って本当におしゃれなんです。レリーフに彫られている服装を見て、「このまま描きたい」と思うこともあります。流行の服を描くと、数年後には少し古く見えてしまうことがありますよね。でも、古代の服であれば、むしろミステリアス。作品も古びない気がしています。

民族衣装から着想を経た作品。エジプトの実際にあったビーズのドレスを描いている。 
《estetika》 / 2021年

1日16時間、絵を描き続けて…

普段の生活についてもお聞きしたいです。一日どれくらい制作されるのでしょうか。

谷 – 20代の頃は1日16時間くらい描いていました。本当に毎日。でも病気になってしまって。「これは駄目だな」と思い、今では毎日8時間くらい描いています。

十分長いと思います…!

谷 – 私からしたら半分しか働いていない感覚です(笑)。

絵を描いていない時間は何をされていますか。

谷 – 歩いています。運動不足なので(笑)。実家に鳥がいて、アトリエから実家まで1時間くらい歩いて会いに行くんです。鳥と遊んで、また歩いて帰る。それがいい散歩コースなんです。

普段の制作を行うアトリエの様子

最近はストーリー漫画にも挑戦されているそうですね。

谷 – そうなんです。『プジェ日記』は実際にあったことを描く絵日記でした。まだほとんど誰にも言っていないんですけど、今は物語から作る漫画を描いています。台湾の友達から聞いた妖怪の話が凄く面白くて。台湾の景色を描きながら、妖怪が登場する物語を描き始めました。

谷さんらしい世界観で楽しみです。今後の目標はありますか?

谷 – 海外でもっともっと個展を開くことですね。台湾へ行ってから、その気持ちはすごく強くなりました。あとはストーリー漫画を完成させること。絵日記も続けたいですし、個展も続けたい。やりたいことがどんどん増えていきますね(笑)。

忙しくなりそうですね。最後に、読者やファンの方へメッセージをお願いします。

谷 – そうですね…。もっともっと良い絵が描けるように頑張りたいと思っているので、見ていただけたら嬉しいです。

幼い頃、白い紙に目一杯大好きな絵を描いていた少女は、飽きるどころか、ますます「描くこと」を楽しんでいる。その絵は作品となり、漫画となり、ときには動物たちを救うための活動にもなる。しなやかという言葉が似合う谷小夏の活動が楽しみで仕方がない。

【インタビュー】「絵が私を遠くへ連れて行ってくれる。」アーティスト・谷小夏が描き出す、女の子と動物と懐かしさと。 – 前編

浮世離れした少女たち、異国の情緒を感じさせるモチーフ。どこか懐かしさを感じさせる幻想的な世界観で、多くの人を惹きつけているアーティスト・谷小夏。

近年はイラストレーションの仕事だけでなく、全国各地で個展を開催し、作品発表の場を広げている。画風を固定せず、その時々の興味や感性に従って変わり続ける姿勢も、多くのファンを魅了する理由のひとつだ。

「白い紙」が一番うれしいプレゼントだった

《parko》 / 2023年

まずは、イラストレーターとして活動されるようになった経緯からお聞かせください。

谷小夏(以下、谷) – 私が絵を描き始めたのは本当に小さい頃です。少女漫画の真似をして絵を描くようになりました。高校生の時に恩師となる美術の先生に出会って、その先生のおかげで美術の道に進みました。美大に進学して、卒業後は就職せずにそのままフリーランスのイラストレーターになりました。

かなり自然な流れだったんですね。

谷 – もともと絵を描くことが一番好きだったんです。子どもの頃にもらって一番うれしかったものが「白い紙」だったくらい。広告の裏の白いところとか、紙という紙、全部に絵を描いていました。外で遊んでも、道路に石やチョークで絵を描く。とにかく絵を描くことが一番の遊びだったんです。

《Estetika》 /  2025年

まさに絵を描くために生まれてきた。

谷 – というよりも、唯一褒められるのが絵だったんです。運動神経も悪いし、歌も音痴だったので(笑)。だから「上手だね」って褒めてもらえるのがうれしくて、より描くようになったんだと思います。

ご家族からの影響はありましたか。

谷 – 祖父の影響は大きかったと思います。自分で水墨画教室に行くような祖父でした。家にも分厚い画集がいっぱいあって。ほとんど外国語だったので、子どもの私には全然読めなかったんですけど。でも、ただ「かっこいいな」と思って眺めていました。今考えるとその体験は結構大きかった気がします。言葉は全然理解できないのに、絵だけを見て何かを感じていました。

おじいさまとはよく一緒に過ごされていたんですか?

谷 – 近所に住んでいたので、毎週日曜日は祖父の家に行っていました。一緒に山に登ってどんぐりや松ぼっくりを拾ってきて、それをみんなで写真に撮ったり。私、三姉妹なんですけど、誰が一番かっこよく写真を撮れるかみたいな遊びをしていました。いい写真は祖父が額に入れて飾ってくれたりもして。今思うと、美術を通して遊んでくれた人だったと思います。

高校の美術部で出会った恩師。描きたい絵が見つかった。

初期作品ならではのモチーフも。
《MA》 / 2021年

子どもの頃に好きだった作品や作家を教えてください。

谷 – 一番好きだったのは『らんま1/2』です。女の子が本当にかわいくて。ああいう絵が描けるようになりたいなと思って、ずっと真似して描いていました。でも実は、漫画を読んでいたのは小学生くらいまでなんです。高校に入ってからは、美術の先生にいろんな画集を見せてもらうようになりました。ミュシャやマグリットも、その頃に知りました。

当時は西洋美術に強く影響を受けていた。

谷 – そうですね。逆に日本画や浮世絵の魅力は全然分かりませんでした。でも大人になってから、日本画には独特の品と色気があって、とってもセクシーだと思ったんです。私自身も感性が育ってきて、ようやく憧れを持つようになりました。

《nuda》 / 2022年

高校の美術部に入ったきっかけは何だったのでしょう。

谷 – 美術室の前に先輩たちの作品が飾ってあったんです。そこには100号のキャンバスがずらっと並んでいて、すごく上手くてかっこよかったんです。それを見て、「私もこんな大きな絵を描きたい」と思いました。

かなりレベルの高い環境だったんですね。

谷 – そうですね。そして先生もめちゃくちゃ怖かった(笑)。全然お遊びの部活ではなくて。でも、その先生は生徒に自分の絵を押し付けないんです。風景画を描く人もいれば抽象画を描く人もいて、みんな全然違う。それぞれの「やりたい」を育ててくれる先生でした。今思うと、本当にすごい先生だったなと思います。

谷さん自身はどんな生徒だったんですか。

谷 – とにかく怒られたくない生徒でした(笑)。だんだんと先生が言いそうなことを先回りしてやるようになっていって。だから「怒られたくない生徒」と「めちゃくちゃ叱る先生」が、すごく相性良かったんです。結果的に技術が伸びました。先生はよく個展にも遊びにきてくれるのですが、今となっては「すごいじゃん!」と褒めてくれています(笑)。

画材を変えれば、見える世界も変わる

谷さんは色鉛筆やアクリル、ペン、デジタルなど、さまざまな画材を使われていますよね。

谷 – 画材を変えるのが好きなんです。画材が変わると、今までできなかったことができるようになる。逆に、できなくなることもある。その不自由さも含めて面白いんです。例えば色鉛筆は既存の色を選ぶことになりますけど、絵の具は自分で色を作れます。肌色ひとつ取っても、もっと繊細な表現ができる。なので「肌」を塗りたいなと思った時には、アクリル絵の具を使うようになりました。それに、画材を変えるとスランプから抜け出せることも多いんです。

おじいさんとの思い出を絵で表現した《dormi》 / 2022年

作品集『GRIMPI』や『dormi』についても聞かせて下さい。

谷 – タイトルはどちらもエスペラント語です。もし言葉が得意だったら格好いいタイトルを付けられるんでしょうけど、あまり説明しすぎるのも違う気がして。だから読めても読めなくてもいいくらいの距離感で付けています。

それは子どもの頃に見ていた画集の感覚にも通じますね。

谷 – そうかもしれません。『GRIMPI』は「登る」という意味です。四年くらい描きためた絵をまとめた本なので、少しずつ登っていく感じを表したくて。『dormi』は「眠る」。祖父が夢に出てきた体験をもとに描いた作品です。夢の中の出来事って、人に説明するのがすごく難しいじゃないですか。でも、絵ならそれが共有できると思います。

「人にどう思われるか」より大切なこと

《デジタル習作》 / 2022年

谷さんは画風も少しずつ変化されていますよね。

谷 – 最初は悩みました。同じ画風を続けた方が分かりやすいし、戦略的には正しいのかもしれない。でも、20歳の時に決めた画風を一生守り続けるのって面白くなさそうだなと思ったんです。

確かに勇気のいる決断だと思います。

谷 – でも私は、「人にどう思われるか」より「自分が楽しく描けているか」の方が大事なんです。もし自由に描けなくなったら、きっと絵を描くこと自体が楽しくなくなってしまう。だから新しいことに挑戦するのは全然悪いことじゃないと思っています。

後編では、積極的に開催している個展について(海外にまで活躍の場を広げている)、動物たちへの思いから始まった活動「Art for Animals」、そして新しく取り組むストーリー漫画について深掘りします。お楽しみに。

アーティスト・イン・レジデンスの進化 一つの部屋から生み出される創造と変革

空間からコミュニティへと進化するアーティスト・イン・レジデンス

芸術で食っていくのは難しい。かのミケランジェロですら時の大富豪の支援を受けて制作活動をしていたのだから、物価高騰・家賃上昇の波を超えることは簡単なことではないだろう。昨今の芸術形にとって一つの理想的な形とも言える制作スタイルが「アーティスト・イン・レジデンス」(AIR)だ。

アーティスト・イン・レジデンスとはアーティストが普段の拠点とは異なる場所に一定期間滞在し、そこで生活を営みながら作品制作やリサーチを行うプログラムとその施設のこと。そこでは、芸術家たちが静かに創作に没頭するための空間を提供する(される)というイメージが強かった。しかし国内外のレジデンスプログラムは大きく変わりつつある。

現代のアーティスト・イン・レジデンスでは、単なる制作空間の提供だけではなく、異なる領域の人間が交差するよう企画されている。そこで起こった化学反応は、企業や街、市民たちとの持続的な関係性や新たな価値観を紡ぎ出すコミュニティの舞台へと進化している。

「漫画アパートメント」から見る、日本のポップカルチャーの新たな「トキワ荘」コミュニティ

東京23区内に立地する漫画アパートメント。交流やインプットの場となる共用部も魅力的だ。 / 「MANGA APARTMENT VUY」公式サイトより

日本のレジデンスの最新系としていま最も注目を集めているのが、今年誕生した「漫画アパートメント」だ。『SPY×FAMILY』『チェンソーマン』『ダンダダン』などスマッシュヒットを連発させている漫画編集者・林士平氏らがプロデュースに携わり、次世代のスター漫画家を育成・支援するために設立されたこの施設は、まるで「令和のトキワ荘」のようだ。

かつて手塚治虫や藤子不二雄らが集ったトキワ荘がそうであったように、この空間の本質は同時代を生きるクリエイター同士の密接な求心力にある。一人で机に向かう孤独な作業になりがちな漫画制作において、同じ志を持つ仲間が物理的な空間を共有し、日常的にアイデアを戦わせ、時に励まし合う。

入居・生活にかかる費用が全てサポートされるだけでなく、なんと編集チームがひとりひとりに担当としてつき、執筆をサポートしてくれるという!定期的な講義や研修も用意され、空間そのものが互いに創造意欲をかきたてるハブとして機能している。アーティスト・イン・レジデンスの仕組みが、日本の誇る漫画というカルチャーと出会ったことで、一過性の支援に留まらない、継続的な支援とコミュニティの場として新たな歴史を刻むかもしれない。

ラグジュアリーブランドが仕掛ける、日本の職人技とアーティストをクラフトマンシップでつなぐ共創

次に、世界に展開しているラグジュアリーブランドの取り組みをご紹介しよう。

「LVMH Métiers d’Art(メティエダール)」はルイヴィトンやディオールなどを展開するLVMHの伝統産業継承プロジェクトだ。20025年には日本からアーティスト・アニメーターの米澤柊が選出され、岡山の老舗デニムメーカー「KUROKI」の工房に滞在するプロジェクトが実施された。

LVMH Métiers d’Artでの米澤柊の作品。成果発表としてパリの展覧会の開催が行われる。/ LVMH公式サイトより

また、アーティストをエルメスの工房に招聘し、職人との体験の共有や協働制作を行うエルメス財団のプログラム「アーティスト・レジデンシー」は2010年から続いている。アーティストたちはエルメスが誇る最高峰の皮革やシルク、クリスタルの工房に滞在し、熟練の職人とともに寝食を共にしながら制作活動を行うことができる。

これらのプログラムにおいてアーティストたちは、職人が持つ知識や技術、長年培われた素材の特性に主体的に深く潜り込み、職人もまた、アーティストの突飛な着想に触れることで自らの技術を再定義していく。

機能での差別化が困難な時代において、ラグジュアリーブランドはクラフトマンシップをキーワードに、伝統技術と現代表現に接続することを試みる。そこには、ラグジュアリーブランドの最高峰のアトリエの技術を発信しながら、次世代のアーティストを育成しブランドとしての価値をさらに向上する狙いもある。職人やアーティストをブランド自体が囲い込むことによって、未来の圧倒的なクリエイティブ力に投資しているのだ。

「マイクロソフト」が挑む、AIとアートが融合する空間

アーティスト・イン・レジデンスは、芸術や伝統工芸だけに留まらない。最先端のテクノロジーを社会にどう実装していくかという未来の実験場としても機能している。

「Microsoft Research Artist in Residence」では、世界トップクラスのAI研究者やエンジニアと、アーティストがバディを組んでプロジェクトを企画する。人工知能やデータサイエンスという、一般の生活者にとってはブラックボックスになりがちな最新技術を、アーティストの感性を介してインスピレーションや体験へと転換する試みだ。過去には、AIと人間が対話するように変化する建築パビリオンなどのプロジェクトが誕生している。

人工知能を組み込んだ建築パビリオンプロジェクト「Ada」Jenny E. Sabinとの協業により制作された。 / Microsoft公式サイトより

技術スペックの進化はめざましいが、それだけでは生活者の共感は得られない。目に見えない技術を、空間デザインや五感で触れられるアート作品へと落とし込むことで、鑑賞者は技術の受け手としてだけではなく、未来のあり方をともに考える参加者となる。アートの持つ人間らしさをテクノロジーに適応させることによってAI技術に倫理や情緒が生まれる。アーティストは最新の技術を使った作品への実験に参加できる。さらに技術を使って作られた製品を利用する消費者も技術の向上というメリットを享受できる仕組みなのだ。

「気候変動レジデンス」に見る、科学と感性を結ぶ「関係性の編集」

最後に、最も地球規模の課題にアプローチしている事例として、ドイツの環境研究機関などが主導する「Climate Action Artist Residencies」を挙げたい。このプログラムでは、気候変動の影響を最も強く受ける島国(フィジー、サモアなど)のアーティストを研究現場に招き、科学的なリサーチデータをアート作品へと昇華させる。

サモアの女性アーティストが、気候変動に関する最新の科学的知見を、伝統的なココナッツ繊維の織物に編み込んで表現するプロジェクトが行われた。

気候変動というテーマは、巨大で抽象的すぎるがゆえに、ニュースの数字を見ても他人事になりやすい。しかし、そこに生きる人々の記憶や伝統、そしてアート作品が加わることで、データは突如として情緒を持ち、人々の心に深く刺さるメッセージへと変貌する。ここではアーティスト・イン・レジデンスが「論理」と「感性」という二つの領域を繋ぎ、豊かな関係性を作りだす。

アーティストを“住まわせる”こと。それは単に部屋を与えることではない。土地や人、産業、建築、時間。そのすべてを交差させながら、新しい創造の条件を設計する行為なのである。

コーヒー1杯で世界中のアート作品にふれる – アートを体験できるカフェ6選

コーヒー片手に気鋭のアーティストの作品を楽しむ

個性的なアートギャラリーが点在する東京・谷中にオープンした『スターバックスカフェ&アートギャラリー 谷中御殿坂』。

広々とした店内には印象的なアートが展示される。 / Starbucks Coffee公式サイトより

「藝と珈琲の交差点」をコンセプトに店内に専用のギャラリースペースが併設されている。一年を通して、複数のアーティストが参加し、アーティストやスタッフがコミュニケーションを重ねながら展示を制作していく「テーマ展」、気鋭アーティストの作品が並ぶ「フェア展」、公募を行い新しい才能を発掘する「パブリック展」が入替形式で展開され、アーティストの多彩な作品に出会えることができる国内初の店舗となる。芸術大学が近く、アートラヴァーが集まる街であることを活かし、コーヒーとアートが織りなす唯一無二の体験を届けてくれるカフェだ。

日本全国には様々なアートを楽しむことができるカフェが存在している。BAM読者におすすめしたい6選をご紹介していこう。

LURF GALLERY(東京・代官山)

ヴィンテージ家具に囲まれたぬくもりのある店内。 /  LURF GALLERY公式サイトより

2022年に代官山でオープンしたギャラリー&カフェ。1階が広々としたカフェ、2階が展示スペースになっており、企画された展示に合わせてカフェに展示される作品も入れ替わる。

現代美術やイラスト、写真などを用いた作品の展示が定期的に開催され、カフェの家具には、1930年代のデンマークヴィンテージ家具で揃えられている。展示を見るためだけでなく、ゆっくりと作品を鑑賞しながら、こだわりのコーヒーやドリンク、フードを楽しむことができる。展示によって販売される、アパレルやオリジナルグラスといったファンにはたまらないグッズも要チェック。

LURF GALLERY

住所:東京都渋谷区猿楽町28-13 Roob1-1F 2F
東急東横線「代官山駅」より徒歩5分
OPEN 11:00-19:00(不定休)

WHAT CAFE(東京・天王洲)

現代風の店内には若手作家たちの作品が並ぶ。 / WHAT CAFE公式サイトより

新たな現代アートのスポットとして注目を集める東京・天王洲エリア。倉庫業で知られる寺田倉庫が運営する『WHAT CAFE』は、日本のアート業界の未来を担うアーティストたちによる現代アート作品を展示・販売する施設だ。

約800㎡もの広々とした空間に、数十〜百点規模の作品が並び、食事をしながら鑑賞することができる。また会期ごとにすべての作品を入れ替えることで、数多くのアーティストの作品を紹介している。さらに展示内容と連動したワークショップやイベント、アートファン同士の交流会などを開催しており、アートを五感で楽しみ体験できる空間となっている。

WHAT CAFE

住所:東京都品川区東品川2-1-11
東京モノレール羽田空港線「天王洲アイル駅」より徒歩5分
東京臨海高速鉄道りんかい線「天王洲アイル駅」より徒歩4分
JR「品川駅」より徒歩15分
OPEN 11:00-18:00(不定休)

Gallery&Bakery Tokyo 8分(東京・京橋)

マテリアルが美しいカフェ&ギャラリー。ビルに入居する他のギャラリーも訪れてほしい。 / ArtSticker公式サイトより

東京・京橋のアートコンプレックスとしても知られるTODA BUILDINGの一階に入居する『Gallery&Bakery Tokyo 8分』。アートギャラリーとベーカリー&カフェが併設し、東京駅から徒歩8分のためこの名前がついた。多くのビジネスパーソンが行き交い、美術館や伝統的なギャラリーも集積する京橋で、パンやコーヒーを買うことの延長線上にアートの鑑賞を楽しむことができる。

ベーカリー&カフェはNY発祥の「THE CITY BAKERY」、展示は現代アートのプラットフォーム「ArtSticker」が運営している。

Gallery&Bakery Tokyo 8分

住所:東京都中央区京橋1-7-1 TODA BUILDING 1Fスペース
東京メトロ銀座線「京橋駅」から徒歩3分
東京メトロ銀座線「日本橋駅」から徒歩5分
JR「東京駅」から徒歩8分
OPEN 8:00-19:00(無休)

FabCafe Fuji(山梨・富士吉田)


2022年11月にオープンした『FabCafe Fuji』。世界各国に展開しているFabCafeシリーズが富士山のふもとにも根を下ろした。空き家をリノベーションした店内で、富士吉田ならではのこだわりの食の提供と、地場産業であるテキスタイルを中心としたクリエイティブコミュニティを育むために、展示やワークショップ、イベントなどを企画・運営している。近年、外国人観光客が急増し、注目を集めるこのエリアで、地域文化とデジタルファブリケーション、そしてアートをつなぐ唯一無二のギャラリーカフェとなっている。

FabCafe Fuji

住所:山梨県富士吉田市下吉田3丁目5-16
東京駅、渋谷駅、新宿駅から高速バスで約2時間
高速バス停「中央道下吉田駅」「富士山駅」から徒歩約20分
富士急行線「下吉田駅」から徒歩5分
OPEN 8:00-17:00(火曜定休(祝日営業))

concept store SEE?(兵庫・三宮)

店内には若い女性客や学生の姿も。 / CONCEPT STORE SEE?公式サイトより

ギャラリースペースとカフェが融合した場所である『concept store SEE?』。モダンな家具が配置され、そこにいるだけでもワクワクしてくる店内。そこでは様々なジャンルのアートやカルチャーを間近で体験することができる。地域の人々が、アートをきっかけとした新たな価値観と出会い、コミュニケーションの発信地として機能している。展示作品は約1ヶ月ごとに入れ替わり、購入することもできる。どこを切り取っても絵になる店内では、カラフルなドリンクやスイーツが提供される。

concept store SEE?

住所:兵庫県神戸市中央区中山手通4丁目 11-20
OPEN 13:00-19:00(金曜定休)

cassette(福岡・唐人町)

個人の邸宅のようなくつろぎと上品さを兼ね備えた店内。 / cassette公式サイトより

美術館やギャラリー、骨董屋などがひしめく文化エリアである福岡・唐人町にある『cassette』は1階にカフェを有する地下1階から地上2階のアートスペースだ。1980年代に建てられたモダンな建物が、建築家・二俣公一の手によってリノベーションされており、日光がふんだんに取り入れられながらも、静謐な空間になっている。今までに、福岡出身のアーティストであるKYNEや、イラストレーター・アーティストの永井博などの展示を行っており、地域の人々だけでなく、県外からの来訪者も多いアートスペースだ。

cassette

住所:福岡県福岡市中央区唐人町1丁目2−8
OPEN 11:00-19:00(水曜定休)

【レポート】「櫃田伸也ー通り過ぎた風景」に見た縦横無尽な風景

「櫃田伸也-通り過ぎた風景」が豊田市美術館で開幕

風景を切り取るための方法にはどんなものがあるだろうか。人は記録や記憶を使ってかけがえのない風景を残しておくのだろう。今も愛知県にアトリエを構える櫃田伸也は一貫して「風景」を描き続けているアーティストだ。現在豊田市美術館では過去最大となる回顧展『櫃田伸也-通り過ぎた風景』が開催中だ。

1941年に東京に生まれ、東京藝術大学に在学中は展覧会だけでなく映画や芝居を見て回った。芸術に限らず様々なカルチャーに関心を持っていたことは、展示されている櫃田のスクラップブックからも明らかだ。ポストカードやフライヤー、中には雑誌の広告や教科書の切り抜きまで多岐にわたる。そんな櫃田が描く絵画たちは抽象と具体、実存と本質、自由と不自由を軽やかに行き来する。

建築に伸びやかに配置される作品

気持ちのいい自然光が注ぐ展示室1

展示は2つのセクションで構成されている。2階の展示室1では、木材の格子で組まれた什器に1960年代から、未完成のままで置かれていた作品までを網羅的に展示している。様々なアプローチを試行錯誤してきた櫃田自身の頭の中を少しだけ覗けるような仕組みになっている。

会場デザインも見所の一つだ。美術館建築の名手として知られる谷口吉生設計の豊田市美術館。2階まで吹き抜けとなり間接的に自然光が注ぐ展示室に、壁面と展示什器、床置きに至るまで様々な角度で絵画が交差するように配置されている。会場構成を手がけたのは、地元愛知県で活動する建築事務所の「STUDIO大」と「おどり場」の協業によるものだ。あらゆる作品に描かれた線が空間の中で縦横無尽につながっていくようだ。

作品同士が関連しあうかのように配置されている

続く展示室では3部屋にかけておおよそ制作年代順に櫃田の代表作や資料が並べられていく。徐々に大きなキャンバスを用いたり、意識的に接続されたキャンバス、そして90年代を境に表出していく山水への関心など、体系的に櫃田の作品と対峙することができる。興味深いのは、近年になって櫃田自身が過去の作品に加筆をしていることだ。足りない色彩を絵筆と時にはテープなどを用いて加えていく工程は、まるで変わりゆく風景の一瞬一瞬を留めているかのようだ。

体系的に櫃田の作品を鑑賞することができる

櫃田が描き出す風景とは

近年の作品では、感覚的な線とフレッシュな色彩で構成された生き生きとした表情の作品を見ることができる。2008年頃から徐々に櫃田の体を蝕むパーキンソン病の影響は計り知れないだろう。それと同時にあらゆる制約から解き放たれた自由な線に、一種の希望すら見出してしまう。

櫃田が描き続ける風景とは何なのか。少なくとも私には、目の前で見えている視覚的な景色を描く以上に、その場所の匂いや音、そこに吹く風、身体と心で得る感覚を絵画に写しとることのように感じられた。

《四季山水》1980s-2023
自身が使用していた作業机をキャンバスとして使用した作品。

 一通り作品を見終わると、最初の吹き抜けの部屋へと戻っていく。何度でも作品を見直したくなるような濃密な体験ができる展覧会だった。同時開催として、櫃田伸也と同時代に活躍した作家や、愛知県立芸術大学や東京藝術大学での教員としての側面を感じられる作品によるコレクション展が開催されている。合わせてチェックしてもらいたい。

展示室4

「櫃田伸也ー通り過ぎた風景」

会場:豊田市美術館(愛知県豊田市小坂本町8-5-1)
会期:2026年4月4日(土)~6月21日(日) 
休館日:月曜日 ※5月4日は開館
営業時間:10:00〜17:30(入場は17:00まで)
※営業時間は変更になる場合があります。最新情報は公式サイトをご確認ください。
観覧料:一般1,300円、高校・大学生900円、中学生以下無料
公式サイト:https://www.museum.toyota.aichi.jp/exhibition/hitsuda2026

【インタビュー】出水ぽすかの緻密な世界 – 後編

前編では、出水ぽすかの創作の原点や、美術から漫画へと至る過程を聞いた。後編では、作画という役割への向き合い方、コラボレーション、そして現在の制作について掘り下げていく。

作画という立場で描くということ

りんご飴の工場 (2025)

作画として作品に関わる際、原作を読んだときのイメージはどのように立ち上がるのでしょうか。

出水ぽすか(以下:出水) – そうですね…これ描きたいなと思ったら、すぐ手が動く感じではあります。他の人と比べたことがないので分からないですが、多分そういうところはあると思います。

絵を描くとき、最初に浮かぶのは背景とキャラクターのどちらですか?

出水 – 今はキャラクターですね。昔は背景だった気もするのですが、漫画を描くようになってからは「まずキャラを描かないと」という意識が強いです。

一方で背景も印象的です。

出水 – 背景については構図を考えることが多いです。奥行きや近景と遠景の対比などシーンによってどんな場面が適切かをフレキシブルに描き分けている気がします。

散歩する時にスマホは置いていく

朝はパン(2025)

喫茶店で作業されると聞いたことがあります。

出水 – そうですね。今はあまり行けなくなったんですけど、昔はよく行っていました。遠方の気になる喫茶店にも行くこともあります。

目的は作業ですか?それとも気分転換?

出水 – どちらかというと、歩くことですね。家にいるとずっとこもってしまうので、外でいろんなものを見たいなと。

散歩のときに持っていくものはありますか?

出水 – 逆にスマホは持っていかないです。紙と鉛筆だけ。スマホを見てしまうと意味がないなと思って。だからよくスマホの歩数計がゼロなんです笑。

アナログとデジタルのあいだ

制作環境についても教えてください。現在はデジタル中心ですか?

出水 – 仕上げはデジタルですけど、下描きは今でも鉛筆です。完全デジタルだったのは『BEYBLADE X』の2022年くらいからですね。

紙と鉛筆を使い続ける理由は?

出水 – 楽だからですね。充電しなくていいので(笑)。

道具にこだわりはありますか?

出水 – 紙は普通のコピー用紙ですが、鉛筆は『約束のネバーランド』で作ってもらったグッズを使っています。グッズが発売されるとサンプルを頂けることがあるので、使えるグッズは全部使う派です。マグネットとか布団カバーも普通に使っていて、特に気に入っているのがオルゴールです。

影響と原風景

目を覚ませ、船だ (2016)

出水先生の描くキャラクターは西洋的な印象があります。

出水 – 学生時代は美術系を目指していたこともあってレンブラントなどの絵画や、国内アーティストでは井上直久の画集などを見ていました。あと子どもの頃にやっていた海外のゲームの影響が大きいと思います。親がパソコン好きで、Windows95とかにあったCDとか「洋ゲー」が家にいっぱいあったんです(笑)。父親が買い与えてくれて遊んでいましたが、ほとんどがもう手元にはありません。ただ、昔持っていた「little big Adventure」というゲームのリメイク版がsteamで登場したのですぐに購入しました(笑)。

実際に海外に行かれたことは?

出水 – 大人になってからは時々旅行にも行きます。連載やコロナ禍で最近は行けてないんですが…。マダガスカルやポルトガル、タイやモンゴルでの思い出が印象的です。

なかなか珍しい旅行先…。

出水 – マダガスカルは、ドリームワークス・アニメーションによる『マダガスカル』が好きで実際に見てみたかったんです。現実は色々大変だなって思いました。もともとフランス領だったこともあり、食事はフランスの影響が強く残っていました。お腹も壊したりしたけど…。

旅先マダガスカルでの風景

コラボレーションでも消えない“個性”

CHANELや荒木飛呂彦さんなどバリエーション豊かなコラボレーションをされていますが、そんな中でどのように個性を出していますか?

出水 – 個性を出そうとしているわけではないんですが、隠そうとしても出てしまうものだと思っていて。なので、私はむしろ全力でコラボレーションする相手に合わせにいくようにしています。それでも結局出てしまうので、それでちょうどいいかなと。

SNSとの向き合い方についても教えてください。

出水 – Xはどうしても編集さんとかも見ているのもあって、仕事の延長みたいに感じてしまうこともあります。だからpixivは癒やしの場ですね。趣味の絵を投稿したり。色々なSNSをやっているんですけど、どれもが自分の一部なんですが、それぞれの役割や関わり方が違っています。

社会的な発信についてはどう考えていますか?

出水 – あまり創作と関係のないことは、無理に発信しなくていいかなと思っています。もちろん家族と話し合ったり考えることはありますけど、それを作品の場に持ち込むかは別なので。

最後に、これから挑戦したいことを教えてください。

出水 – 大きな挑戦というよりは、とにかく趣味の絵を描き続けたいですね。果物の絵とか、宇宙のイラストとか。ラフだけ描いて放置しているものがいっぱいあって。ありがたいことに趣味の時間をなかなか取れないのですが、自由に絵を描くのをやめたくないなと思っています。それがなくなると人生じゃなくなるので。

出水ぽすかの描く作品からは言葉以上の何かを受け取ることができる。それは仕事であっても趣味の絵であっても変わらない。そこには一貫した「自分が見た世界をどう描くか」という問いがあるからだ。淡々と語る一言一言にも出水自身の鋭い視点が垣間見えたインタビューとなった。これから描かれるのはどんな景色だろう。でもきっとまた、私たちをどこか素敵な場所へと連れていってくれるのだろう。

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