コーヒー1杯で世界中のアート作品にふれる – アートを体験できるカフェ6選

コーヒー片手に気鋭のアーティストの作品を楽しむ

個性的なアートギャラリーが点在する東京・谷中にオープンした『スターバックスカフェ&アートギャラリー 谷中御殿坂』

広々とした店内には印象的なアートが展示される。 / Starbucks Coffee公式サイトより

「藝と珈琲の交差点」をコンセプトに店内に専用のギャラリースペースが併設されている。一年を通して、複数のアーティストが参加し、アーティストやスタッフがコミュニケーションを重ねながら展示を制作していく「テーマ展」、気鋭アーティストの作品が並ぶ「フェア展」、公募を行い新しい才能を発掘する「パブリック展」が入替形式で展開され、アーティストの多彩な作品に出会えることができる国内初の店舗となる。芸術大学が近く、アートラヴァーが集まる街であることを活かし、コーヒーとアートが織りなす唯一無二の体験を届けてくれるカフェだ。

日本全国には様々なアートを楽しむことができるカフェが存在している。BAM読者におすすめしたい6選をご紹介していこう。

LURF GALLERY(東京・代官山)

ヴィンテージ家具に囲まれたぬくもりのある店内。 /  LURF GALLERY公式サイトより

2022年に代官山でオープンしたギャラリー&カフェ。1階が広々としたカフェ、2階が展示スペースになっており、企画された展示に合わせてカフェに展示される作品も入れ替わる。

現代美術やイラスト、写真などを用いた作品の展示が定期的に開催され、カフェの家具には、1930年代のデンマークヴィンテージ家具で揃えられている。展示を見るためだけでなく、ゆっくりと作品を鑑賞しながら、こだわりのコーヒーやドリンク、フードを楽しむことができる。展示によって販売される、アパレルやオリジナルグラスといったファンにはたまらないグッズも要チェック。

LURF GALLERY

住所:東京都渋谷区猿楽町28-13 Roob1-1F 2F
東急東横線「代官山駅」より徒歩5分
OPEN 11:00-19:00(不定休)

WHAT CAFE(東京・天王洲)

現代風の店内には若手作家たちの作品が並ぶ。 / WHAT CAFE公式サイトより

新たな現代アートのスポットとして注目を集める東京・天王洲エリア。倉庫業で知られる寺田倉庫が運営する『WHAT CAFE』は、日本のアート業界の未来を担うアーティストたちによる現代アート作品を展示・販売する施設だ。

約800㎡もの広々とした空間に、数十〜百点規模の作品が並び、食事をしながら鑑賞することができる。また会期ごとにすべての作品を入れ替えることで、数多くのアーティストの作品を紹介している。さらに展示内容と連動したワークショップやイベント、アートファン同士の交流会などを開催しており、アートを五感で楽しみ体験できる空間となっている。

WHAT CAFE

住所:東京都品川区東品川2-1-11
東京モノレール羽田空港線「天王洲アイル駅」より徒歩5分
東京臨海高速鉄道りんかい線「天王洲アイル駅」より徒歩4分
JR「品川駅」より徒歩15分
OPEN 11:00-18:00(不定休)

Gallery&Bakery Tokyo 8分(東京・京橋)

マテリアルが美しいカフェ&ギャラリー。ビルに入居する他のギャラリーも訪れてほしい。 / ArtSticker公式サイトより

東京・京橋のアートコンプレックスとしても知られるTODA BUILDINGの一階に入居する『Gallery&Bakery Tokyo 8分』。アートギャラリーとベーカリー&カフェが併設し、東京駅から徒歩8分のためこの名前がついた。多くのビジネスパーソンが行き交い、美術館や伝統的なギャラリーも集積する京橋で、パンやコーヒーを買うことの延長線上にアートの鑑賞を楽しむことができる。

ベーカリー&カフェはNY発祥の「THE CITY BAKERY」、展示は現代アートのプラットフォーム「ArtSticker」が運営している。

Gallery&Bakery Tokyo 8分

住所:東京都中央区京橋1-7-1 TODA BUILDING 1Fスペース
東京メトロ銀座線「京橋駅」から徒歩3分
東京メトロ銀座線「日本橋駅」から徒歩5分
JR「東京駅」から徒歩8分
OPEN 8:00-19:00(無休)

FabCafe Fuji(山梨・富士吉田)


2022年11月にオープンした『FabCafe Fuji』。世界各国に展開しているFabCafeシリーズが富士山のふもとにも根を下ろした。空き家をリノベーションした店内で、富士吉田ならではのこだわりの食の提供と、地場産業であるテキスタイルを中心としたクリエイティブコミュニティを育むために、展示やワークショップ、イベントなどを企画・運営している。近年、外国人観光客が急増し、注目を集めるこのエリアで、地域文化とデジタルファブリケーション、そしてアートをつなぐ唯一無二のギャラリーカフェとなっている。

FabCafe Fuji

住所:山梨県富士吉田市下吉田3丁目5-16
東京駅、渋谷駅、新宿駅から高速バスで約2時間
高速バス停「中央道下吉田駅」「富士山駅」から徒歩約20分
富士急行線「下吉田駅」から徒歩5分
OPEN 8:00-17:00(火曜定休(祝日営業))

concept store SEE?(兵庫・三宮)

店内には若い女性客や学生の姿も。 / CONCEPT STORE SEE?公式サイトより

ギャラリースペースとカフェが融合した場所である『concept store SEE?』。モダンな家具が配置され、そこにいるだけでもワクワクしてくる店内。そこでは様々なジャンルのアートやカルチャーを間近で体験することができる。地域の人々が、アートをきっかけとした新たな価値観と出会い、コミュニケーションの発信地として機能している。展示作品は約1ヶ月ごとに入れ替わり、購入することもできる。どこを切り取っても絵になる店内では、カラフルなドリンクやスイーツが提供される。

concept store SEE?

住所:兵庫県神戸市中央区中山手通4丁目 11-20
OPEN 13:00-19:00(金曜定休)

cassette(福岡・唐人町)

個人の邸宅のようなくつろぎと上品さを兼ね備えた店内。 / cassette公式サイトより

美術館やギャラリー、骨董屋などがひしめく文化エリアである福岡・唐人町にある『cassette』は1階にカフェを有する地下1階から地上2階のアートスペースだ。1980年代に建てられたモダンな建物が、建築家・二俣公一の手によってリノベーションされており、日光がふんだんに取り入れられながらも、静謐な空間になっている。今までに、福岡出身のアーティストであるKYNEや、イラストレーター・アーティストの永井博などの展示を行っており、地域の人々だけでなく、県外からの来訪者も多いアートスペースだ。

cassette

住所:福岡県福岡市中央区唐人町1丁目2−8
OPEN 11:00-19:00(水曜定休)

【レポート】「櫃田伸也ー通り過ぎた風景」に見た縦横無尽な風景

「櫃田伸也-通り過ぎた風景」が豊田市美術館で開幕

風景を切り取るための方法にはどんなものがあるだろうか。人は記録や記憶を使ってかけがえのない風景を残しておくのだろう。今も愛知県にアトリエを構える櫃田伸也は一貫して「風景」を描き続けているアーティストだ。現在豊田市美術館では過去最大となる回顧展『櫃田伸也-通り過ぎた風景』が開催中だ。

1941年に東京に生まれ、東京藝術大学に在学中は展覧会だけでなく映画や芝居を見て回った。芸術に限らず様々なカルチャーに関心を持っていたことは、展示されている櫃田のスクラップブックからも明らかだ。ポストカードやフライヤー、中には雑誌の広告や教科書の切り抜きまで多岐にわたる。そんな櫃田が描く絵画たちは抽象と具体、実存と本質、自由と不自由を軽やかに行き来する。

建築に伸びやかに配置される作品

気持ちのいい自然光が注ぐ展示室1

展示は2つのセクションで構成されている。2階の展示室1では、木材の格子で組まれた什器に1960年代から、未完成のままで置かれていた作品までを網羅的に展示している。様々なアプローチを試行錯誤してきた櫃田自身の頭の中を少しだけ覗けるような仕組みになっている。

会場デザインも見所の一つだ。美術館建築の名手として知られる谷口吉生設計の豊田市美術館。2階まで吹き抜けとなり間接的に自然光が注ぐ展示室に、壁面と展示什器、床置きに至るまで様々な角度で絵画が交差するように配置されている。会場構成を手がけたのは、地元愛知県で活動する建築事務所の「STUDIO大」と「おどり場」の協業によるものだ。あらゆる作品に描かれた線が空間の中で縦横無尽につながっていくようだ。

作品同士が関連しあうかのように配置されている

続く展示室では3部屋にかけておおよそ制作年代順に櫃田の代表作や資料が並べられていく。徐々に大きなキャンバスを用いたり、意識的に接続されたキャンバス、そして90年代を境に表出していく山水への関心など、体系的に櫃田の作品と対峙することができる。興味深いのは、近年になって櫃田自身が過去の作品に加筆をしていることだ。足りない色彩を絵筆と時にはテープなどを用いて加えていく工程は、まるで変わりゆく風景の一瞬一瞬を留めているかのようだ。

体系的に櫃田の作品を鑑賞することができる

櫃田が描き出す風景とは

近年の作品では、感覚的な線とフレッシュな色彩で構成された生き生きとした表情の作品を見ることができる。2008年頃から徐々に櫃田の体を蝕むパーキンソン病の影響は計り知れないだろう。それと同時にあらゆる制約から解き放たれた自由な線に、一種の希望すら見出してしまう。

櫃田が描き続ける風景とは何なのか。少なくとも私には、目の前で見えている視覚的な景色を描く以上に、その場所の匂いや音、そこに吹く風、身体と心で得る感覚を絵画に写しとることのように感じられた。

《四季山水》1980s-2023
自身が使用していた作業机をキャンバスとして使用した作品。

 一通り作品を見終わると、最初の吹き抜けの部屋へと戻っていく。何度でも作品を見直したくなるような濃密な体験ができる展覧会だった。同時開催として、櫃田伸也と同時代に活躍した作家や、愛知県立芸術大学や東京藝術大学での教員としての側面を感じられる作品によるコレクション展が開催されている。合わせてチェックしてもらいたい。

展示室4

「櫃田伸也ー通り過ぎた風景」

会場:豊田市美術館(愛知県豊田市小坂本町8-5-1)
会期:2026年4月4日(土)~6月21日(日) 
休館日:月曜日 ※5月4日は開館
営業時間:10:00〜17:30(入場は17:00まで)
※営業時間は変更になる場合があります。最新情報は公式サイトをご確認ください。
観覧料:一般1,300円、高校・大学生900円、中学生以下無料
公式サイト:https://www.museum.toyota.aichi.jp/exhibition/hitsuda2026

【インタビュー】出水ぽすかの緻密な世界 – 後編

前編では、出水ぽすかの創作の原点や、美術から漫画へと至る過程を聞いた。後編では、作画という役割への向き合い方、コラボレーション、そして現在の制作について掘り下げていく。

作画という立場で描くということ

りんご飴の工場 (2025)

作画として作品に関わる際、原作を読んだときのイメージはどのように立ち上がるのでしょうか。

出水ぽすか(以下:出水) – そうですね…これ描きたいなと思ったら、すぐ手が動く感じではあります。他の人と比べたことがないので分からないですが、多分そういうところはあると思います。

絵を描くとき、最初に浮かぶのは背景とキャラクターのどちらですか?

出水 – 今はキャラクターですね。昔は背景だった気もするのですが、漫画を描くようになってからは「まずキャラを描かないと」という意識が強いです。

一方で背景も印象的です。

出水 – 背景については構図を考えることが多いです。奥行きや近景と遠景の対比などシーンによってどんな場面が適切かをフレキシブルに描き分けている気がします。

散歩する時にスマホは置いていく

朝はパン(2025)

喫茶店で作業されると聞いたことがあります。

出水 – そうですね。今はあまり行けなくなったんですけど、昔はよく行っていました。遠方の気になる喫茶店にも行くこともあります。

目的は作業ですか?それとも気分転換?

出水 – どちらかというと、歩くことですね。家にいるとずっとこもってしまうので、外でいろんなものを見たいなと。

散歩のときに持っていくものはありますか?

出水 – 逆にスマホは持っていかないです。紙と鉛筆だけ。スマホを見てしまうと意味がないなと思って。だからよくスマホの歩数計がゼロなんです笑。

アナログとデジタルのあいだ

制作環境についても教えてください。現在はデジタル中心ですか?

出水 – 仕上げはデジタルですけど、下描きは今でも鉛筆です。完全デジタルだったのは『BEYBLADE X』の2022年くらいからですね。

紙と鉛筆を使い続ける理由は?

出水 – 楽だからですね。充電しなくていいので(笑)。

道具にこだわりはありますか?

出水 – 紙は普通のコピー用紙ですが、鉛筆は『約束のネバーランド』で作ってもらったグッズを使っています。グッズが発売されるとサンプルを頂けることがあるので、使えるグッズは全部使う派です。マグネットとか布団カバーも普通に使っていて、特に気に入っているのがオルゴールです。

影響と原風景

目を覚ませ、船だ (2016)

出水先生の描くキャラクターは西洋的な印象があります。

出水 – 学生時代は美術系を目指していたこともあってレンブラントなどの絵画や、国内アーティストでは井上直久の画集などを見ていました。あと子どもの頃にやっていた海外のゲームの影響が大きいと思います。親がパソコン好きで、Windows95とかにあったCDとか「洋ゲー」が家にいっぱいあったんです(笑)。父親が買い与えてくれて遊んでいましたが、ほとんどがもう手元にはありません。ただ、昔持っていた「little big Adventure」というゲームのリメイク版がsteamで登場したのですぐに購入しました(笑)。

実際に海外に行かれたことは?

出水 – 大人になってからは時々旅行にも行きます。連載やコロナ禍で最近は行けてないんですが…。マダガスカルやポルトガル、タイやモンゴルでの思い出が印象的です。

なかなか珍しい旅行先…。

出水 – マダガスカルは、ドリームワークス・アニメーションによる『マダガスカル』が好きで実際に見てみたかったんです。現実は色々大変だなって思いました。もともとフランス領だったこともあり、食事はフランスの影響が強く残っていました。お腹も壊したりしたけど…。

旅先マダガスカルでの風景

コラボレーションでも消えない“個性”

CHANELや荒木飛呂彦さんなどバリエーション豊かなコラボレーションをされていますが、そんな中でどのように個性を出していますか?

出水 – 個性を出そうとしているわけではないんですが、隠そうとしても出てしまうものだと思っていて。なので、私はむしろ全力でコラボレーションする相手に合わせにいくようにしています。それでも結局出てしまうので、それでちょうどいいかなと。

SNSとの向き合い方についても教えてください。

出水 – Xはどうしても編集さんとかも見ているのもあって、仕事の延長みたいに感じてしまうこともあります。だからpixivは癒やしの場ですね。趣味の絵を投稿したり。色々なSNSをやっているんですけど、どれもが自分の一部なんですが、それぞれの役割や関わり方が違っています。

社会的な発信についてはどう考えていますか?

出水 – あまり創作と関係のないことは、無理に発信しなくていいかなと思っています。もちろん家族と話し合ったり考えることはありますけど、それを作品の場に持ち込むかは別なので。

最後に、これから挑戦したいことを教えてください。

出水 – 大きな挑戦というよりは、とにかく趣味の絵を描き続けたいですね。果物の絵とか、宇宙のイラストとか。ラフだけ描いて放置しているものがいっぱいあって。ありがたいことに趣味の時間をなかなか取れないのですが、自由に絵を描くのをやめたくないなと思っています。それがなくなると人生じゃなくなるので。

出水ぽすかの描く作品からは言葉以上の何かを受け取ることができる。それは仕事であっても趣味の絵であっても変わらない。そこには一貫した「自分が見た世界をどう描くか」という問いがあるからだ。淡々と語る一言一言にも出水自身の鋭い視点が垣間見えたインタビューとなった。これから描かれるのはどんな景色だろう。でもきっとまた、私たちをどこか素敵な場所へと連れていってくれるのだろう。

【インタビュー】出水ぽすかの緻密な世界 – 前編

出水ぽすかは幻想的な風景と緻密なキャラクターデザインが魅力的なイラストレーター・漫画家だ。『約束のネバーランド』の作画では全世界にその名が知られるようになった。ずっと絵を書き続けていたというその半生を、出水本人の言葉を通して創作の原点と生活のことについて伺った。

モンスターのイラストから始まった出水ぽすかの原点

まず最初に、漫画やイラストを始めたきっかけを教えてください。

出水ぽすか(以下:出水) – どこを最初にするか難しいのですが、投稿でいうとpixivに上げ始めたのは2008年くらいだったと思います。当時は「人外系」と言われるジャンルやモンスターなどのイラストを描いていましたですね。

オリジナルですか?

出水 – そうですね。もともとRPGのゲームを作りたいなと思っていて、そのためのキャラクターを描いていました。pixivってイラスト中心なので、とにかく画力を上げたいなって思ってました。やっぱり絵が上手い人が多くて。

雪道特別快速 (2012)

影響を受けたものはありますか?

出水 – 子どもの頃は『ポケットモンスター』とか『ファイナルファンタジー』がドンピシャの世代でした。そういうファンタジーやモンスターの影響は大きいと思います。当然のようにそういうゲームで遊んでいたので、自然と将来ゲームが作れたらいいなと思っていました。

自身のスケッチやイラストを人に見せることはありましたか?

出水 – 大学が美術系だったので、見せる機会はありましたね。あとは、中学高校の頃から学校のパンフレットに絵を描いたりとかもしたので、当時から人に見せたいとは思って絵を描いていたと思います。

進路に悩んだこともあった

もともと美術の道に進もうと思っていたんですか?

出水 – 高校の頃から漫画は好きで投稿や持ち込みもしていたんですけど、最初から一本でいく自信はなかったですね。大学も教育系の大学から美術系へ入り直したりもしました。

そこから「絵を仕事にしよう」と決めたきっかけは?

出水 – 大学にいた時には就活もしていました。その中で入りたい企業や興味のある企業にいくつか落ちてしまって。その時点でイラストの仕事や読み切り漫画の連載もしていたので、「就職しなくてもなんとかなるかな」と思いました。今思うとその時には覚悟が決まっていました。

おにぎりに限る (2025)

大学では何を専攻されていましたか?

出水 – 先端芸術という、なんでもやるようなところですね。最初は日本画の勉強もしていたんですが、もっと漫画やイラストが描けるところとして先端芸術のコースを選びました。でもやっぱり見抜く人もいて、ファンの方から「日本画っぽいですね」と言われることもあります。

「セリフを作るのが苦手だった」行き着いた先が作画への道だった

漫画の持ち込みなどもされていたんですか?

出水 – はい。大学生で時間に余裕があったのでコンペに参加したりもしていました。とりあえず出して、通れば載るっていう感じなんですけど、連載までこぎつけた作品であってもあまりうまく行かなかった部分も多かったです。子供向けの作品というのもあるんですが、自分ではセリフを作るのがあまり上手くないような気がして。

その後、作画としての仕事にシフトしていくわけですが、最初はいつ頃ですか?

出水 – 完全に作画として入ったのは白井カイウさんとの『約束のネバーランド』が初めてです。その前からゲーム作品のコミカライズや4コマ漫画など、原作ありの仕事もしていたので新人の時から作画の経験はありました。

「目で見た風景」を描く

出水さんの作品は緻密な空間表現が印象的ですが、意識されていることはありますか?

出水 – 厳密に描き分けているわけではないんですが、「目で見た景色を再現したい」というのは常にあります。不動産マジックってあるじゃないですか。写真ではめちゃくちゃかっこいいけど実際行ってみたらそうでもなかった、みたいな。カメラとは違って、人間は首や目を動かすことができたり、気になるものを注視したり、見ているのに目に入らないものがあったり、動きや時間を含んで物をとらえていると考えています。だから、そういうものを表現したいと思って、人物にピントを合わせて背景をぼかしたり、逆に周囲も見えるように魚眼っぽくしたり。人って目の前にものがあるとそこに注目してしまうので、そういった人間の生理的な視点は意識しています。ここに自分がいたら、どこを見るかな、という感じです。

階段の多い街でして (2023)

ロケハンはされますか?

出水 – 本当はしたいのですが、スケジュール的に必ず行けているわけではないです。ファンタジー作品が多いので難しいというのもあります。だから、今まで見たものをパッチワークのように組み合わせることも多いです。

日常の風景も作品に活かされている?

出水 – 漫画だと具体的にここ、というのはないんですがpixivのイラストはほとんどそうです。

写真派?記憶派?

出水 – うーん、両方ですね。撮る場合もあるんですけど、やっぱ記憶だけだと曖昧でぐにゃぐにゃしててよくわかんないなっていうのもあります。

最近よくご飯の絵とか描いてますけど、写真を見ながら描くと完全にそのお店になってしまうので、記憶と照らし合わせて「こんな感じだったかも?」というイメージで描いています。分からないところはちょっと調べたりしながら。

後編では、作画という役割への意識、コラボレーションの考え方、そして現在の制作環境とこれからについて聞く。

ホテルのロビーがギャラリーに。作品化していく宿泊空間

休みが近づくとなんとなく航空券の予約サイトやちょっといいホテルを調べてしまう。仕事やタスクに追われている現代人たちにはそんなプチ現実逃避をしている人も多いかもしれない。

日本が観光立国を推進し、全国に国内外の観光客が訪れている。地域によっては宿泊施設の不足などが叫ばれるなか、最近ではアートを切り口にしたホテルが各地で登場し盛り上がりを見せている。ギャラリー化するホテルの潮流を探る。

ホテルとアートの蜜月

かつてホテルは上流階級の人々のためだけのものであった。高額な宿泊費の他にもドレスコードなど、豪華できらびやかな空間性が求められた。ホテルのエントランスやロビーには美しい生花や装飾とともに、西洋画やブロンズ彫刻といった古典的なアート作品が置かれていた。

ベネッセハウスミュージアム

転換のきっかけとなったのは間違いなく「ベネッセハウス直島」だろう。瀬戸内国際芸術祭の立役者でもあるベネッセが「自然・建築・アートの共生」をコンセプトに、1992年に開館した美術館とホテルが一体となった施設だ。草間彌生やイ・ウファン、ルーチョ・フォンタナなどのアートとともに眠れるホテルとして海外のアートや旅行メディアなどでもたびたび取り上げられ、日本におけるアートツーリズムの始まりの地となった。ベネッセハウス直島で実践された、現代アート作品と宿泊体験を繋ぎ合わせるスタイルは、非日常体験を楽しむことのできるホテルが鑑賞体験もできる場所として確立することになった。

用事がなくても行ってしまうーーー作品化するような空間

今では様々な宿泊施設で現代アートを楽しむことができる。自身のブランディングに長けているAce Hotel(エースホテル)は、世界中のエキサイティングな都市に唯一無二の宿泊体験を提案するホテルを開業している。日本では旧京都中央電話局をリノベーションした新風館という商業施設にAce Hotel 京都をオープンさせており、隈研吾が建築設計を行なっている。

Ace Hotel公式サイトより

Ace Hotelの魅力はそのデザイン性の高さにあるだろう。決して華美ではないエントランス空間だが、地元の人ですらふらっと立ち寄ってしまうようなアットホームな空間。地域に関連するアーティストの作品や使われているインテリアにものれんや陶磁器、照明などのクラフト作品も点在し、空間そのものがアートギャラリーのような印象だ。定期的に音楽やカルチャーイベントが行われ、様々な人が訪れる文化的なサロンのような場所になっている。ラウンジや客室の至る所に染色家・アーティストの柚木沙弥郎の手がけた作品が飾られている。またホテル内のレストランMr. Maurice’s Italian(ミスター・モーリスズ・イタリアン)ではバークレーで活動するアーティスト、Alexander Kori Girard (アレキサンダー・コリ・ジラード)の床や可動壁のデザインを鑑賞することもできる。

Ace Hotelの例から分かるように、ホテルのロビーの役割が変わりつつある。かつてはチェックインや待ち合わせといった通過点の空間から、これからのホテル体験の象徴や、お客さんに世界観を最初に伝える空間、そして用事がなくても行ってしまいたくなるような場所づくりを徹底的に行なっている。

続いて紹介するのは空間自体が作品化し、その場でしか味わうことのできない鑑賞体験ができる施設だ。

アートストレージ化している共用部

台東区の蔵前にあるKAIKA 東京 by THE SHARE HOTELSは現代アート作品を収蔵・公開する「アートストレージ」とホテルが一体となった施設だ。倉庫ビルをリノベーションした建物内に、複数の“見せる収蔵庫”スペースがあり、作品が展示されている。アートギャラリーと連動しているため、現代アート作品は日々入れ替わり、館内で無料で体験できる。その他にも企画展や「KAIKA TOKYO AWARD」など公募で選ばれた作品も常時展示されている。公開保管というコンセプトの作品を見ているかのようだ。

色の配色が見事。

広島県尾道にあるLOGは1963年築の集合住宅をリノベーションして生まれたホテルで、インドの設計グループSTUDIO MUMBAIが建築設計を行なっている。和紙や土といった自然素材の使い方が印象的で、光の入り方や質感の違いがまるで美術作品かのよう。客室や共用空間の作り、素材やディテールに美しさがあり、空間自体が展示のようになっている。

なぜここまでホテルがアートと蜜月になったのか。それはホテル自体の世界観を一瞬で伝え差別化要素として機能するためだと考えられる。特に共用部においては人の出入りが多く目につきやすい。ホテルのロビーを最も身近なアート鑑賞の場と捉えると、ホテルで過ごす退屈な時間が、一気にエキサイティングな時間へと変わるかもしれない。

アートとエンタメを横断する「音声ガイド」という新たな展覧会の楽しみ方。

今や展覧会において「音声ガイド」が、メインコンテンツにも劣らないエンターテインメントへと変わりつつある。

かつての音声ガイドは、作品の解説文を専門のアナウンサーが淡々と読み上げる教科書のような存在だった。しかし現代においては、アートとの関わりが深い俳優や人気の声優、アイドルといった様々なゲストの音声が、耳から新しい鑑賞体験を提供してくれる。これはもしかして、アート業界における日本独自のコンテンツとして確立するのかもしれない。

アーティストとのコラボレーションも務めた俳優たちの甘い音声

アートを愛する俳優の音声ガイドへの起用は、聴取者たちが作品を楽しむための案内人としての役割を果たす。2025年9月から東京国立博物館で開催された特別展「運慶」でガイドを務めた俳優の高橋一生は、自身が仏像への深い関心をよせている。

高橋一生のガイドは、作品の解説だけにとどまらず「仏像」という作品との向き合い方を共有してくれる。関連するインタビューでは「(音声ガイド)うるさかったら外していただいて」とも語っているほどだ。それは観客に作品と一対一で対峙する豊かさを気づかせ、運慶展ならではの静謐な空間を守ってくれているよう。数々のアニメーションや吹き替えで経験のある高橋一生の低く落ち着いた声は、木彫の仏像が持つ数百年という時の重なりを観客の耳に訴えかける。

「モネ 睡蓮のとき」展公式サイトより

2024年から国立西洋美術館や京都市京セラ美術館にて開催された「モネ 睡蓮のとき」展で音声ガイドを務めた俳優の石田ゆり子は、10代の頃に訪れたパリでモネの作品に触れた自身の原体験を語る。現代アーティストのフィリップ・パレーノと「メンブレン」という作品で声のコラボレーションを交わしている石田ゆりこ。アートにも造詣が深い彼女の透明感のある声は、モネが描いた光の揺らぎと重なるようだ。鑑賞者と同じ目線で語りかける彼女の音声ガイドは、作品にぬくもりと優しさをもたらしてくれる。

没入感を加速させる音のプロたち

確かな情報の中に、独自の表現を取り入れながら音声ガイドを吹き込むスペシャリストたちは、異なる角度から作品に光をあてる。

力強くも繊細な画風で自らの芸術の探究に生涯を捧げた画家「田中一村展」や、国立科学博物館などで開催された特別展「毒」などでガイドを担当した声優の中村悠一。彼の音声ガイドは聴取者を物語の世界へと引き込む。声優ならではの緩急や表現力を活かして、画家が命を削った制作の息づかいを目の前で体験しているように脳内に再現する。田中一村展では一村本人の語りを担当しており、展示室を見る場から体験する場へと変えたようだった。

特別展「毒」で音声ガイドを務めるのは「呪術廻戦」で五条悟の声を担当した声優の中村悠一

乃木坂46のメンバーであった齋藤飛鳥は、国立新美術館で開催される「テート美術館-YBA&BEYOND 世界を変えた90s英国アート」展で音声ガイドを務めた。俳優としても頭角を表しつつある齋藤飛鳥は、テート美術館の持つ名作を独特の言語感覚と視点で捉える。齋藤飛鳥のファンはもちろん、率直な感性が同じ時代を生きる世代とアートをつなぐ声の架け橋となるだろう。

スターたち自身がノリツッコミ。浜田雅功の音声ガイドにみるエンタメの可能性

2026年に麻布台ヒルズギャラリーで開催された浜田雅功展 「空を横切る飛行雲」は、これまでの音声ガイドの概念を完全に破壊した。ダウンタウンの浜田って絵描いてたんだ、と思う人も多いだろう。本展では彼の独特すぎる絵画を、日本屈指のクリエイターが本気で美術品としてセットアップしていた。会場構成にドットアーキテクツが務めた。

浜田雅功展 「空を横切る飛行雲」の会場の様子

なんと音声ガイドに選ばれたのは前期を担当する木村拓哉イチローと後期を担当する役所広司綾瀬はるか。単体で聞いても十分聞き応えがありそうなスターたちだが、音声ガイドという枠を飛び越え作品を見ながら2人が「これ、何なんですかね(笑)」「ここ、おかしいでしょ!」と本気でツッコミを入れるオーディオコメンタリー形式だった。

もちろん、スターたちはご存知の通り声も素敵。浜田雅功との関係性あっての内容に、鑑賞しながらくすくす笑う声も聞こえてくる。音声ガイドがもはや解説ではなく、展示の一部として機能する演出装置になった一例だろう。隣で感想を言い合うかのように聴取できる音声ガイドの形式は、新しいエンタメとなっている。

これからの展覧会において、音声ガイドはさらに多様性を帯びてくるだろう。直接見て楽しむことができる体験を提供する展覧会というメディアにおいて、音声ガイドもまた基本的にはその場でしか体験することのできないものだ。もちろん「音声ガイドなんてただのおまけでしょ?」と思う方もいるだろう。しかし、チームラボのデジタルミュージアムやイマーシブミュージアムなど、五感を使った体験を提供している展覧会も増えてきた。今まで音声ガイドを使ってこなかったという人も、目で見るだけでなく耳で聞くという“第3の目”のような音声ガイドを一度試してみてはいかがだろうか。

なぜ、いまドラマはアートを必要としているのか。大衆化からの脱却とこれからのドラマの姿

ドラマをアートと呼ぶかは人それぞれだが、近年ドラマというメディアが変革の時を迎えていることは間違いない。あえて賛否を呼ぶ表現や、現代アーティストとのコラボレーション、映画的手法が「朝ドラ」や「大河ドラマ」といった保守的に見える枠組みにも入り込んできている。アートワーク、炎上や賛否、映画監督のドラマへの参加などかつてのドラマでは起こりえなかった現象を一本の線で結び、現在のドラマが置かれている地点を整理していく。

新世代の朝ドラにみるドラマ表現の変革

常に話題となるドラマの放送枠がある。「HERO」「やまとなでしこ」「海の始まり」などを送り出したフジテレビの”月9”、放送開始から60年以上の歴史を持ち「JIN-仁-」「半沢直樹」を送り出したTBSの日曜劇場、そして長期間にわたって放送され、出演した俳優や女優のキャリアの中でも大きな意味を持つNHKの”朝ドラ”と”大河ドラマ”。

2024年に放送された朝ドラ「虎に翼」では、100年前の日本で史上初めて法曹の世界に飛び込んだ1人の女性の苦悩と希望を追った実話に基づく物語だ。筆者を含むたくさんの視聴者の心を動かした。しかし「虎に翼」のオープニングを見たとき、多くの視聴者は一瞬戸惑ったはずだ。米津玄師の楽曲とともに流れる抽象化された身体、揺らぐ輪郭。朝の時間帯に流れる国民的ドラマの入り口としてはあまりに異質だった。「朝ドラらしくない」「重い」「よく分からない」という声が上がる一方で、強い支持も生まれた。

ドラマにとってアートとは装飾の一つに過ぎなかった

ドラマとアートについて、少しだけ過去に遡ってみよう。かつてのドラマにおけるアートワークは装飾に近い役割を担ってきた。美しい風景、流麗な書、時代考証に裏打ちされた衣装や美術。それらは作品に品格をもたらすが、視聴者に特定の解釈を迫るものではなかった。特にオープニングに関して言えば、物語に入る前の助走としての役割のみが与えられてきた。

1980年代以降テレビドラマは絶頂期を迎えることになるが、以降も同時に視聴者にとっての最大公約数的な「わかりやすさ」が作品の基本だった。

そんな中での転換点の一つが、大河ドラマ「いだてん」のオープニング映像だ。過去と現代をクロスオーバーさせ、コラージュ的で速度感のあるオープニングは、これまでの大河像を裏切った。この時に初めて、オープニング映像自体が作品の主題を抽象化して提示する役割を担った。

「いだてん」のタイトルバック。題字は横尾忠則、作画は山口晃が手がける。

「虎に翼」のオープニングは、「いだてん」の頃と比べてさらに踏み込んだ作品になっている。シシヤマザキによるアートワークは、物語の時代や人物を説明しない代わりに、このドラマ独自の視点と新しい切り口を示す。法や制度に押し込められてきた女性たちの身体、揺らぐアイデンティティ。それは物語の背景というには、あまりにも示唆に富む。オープニングは入口ではなく、宣言文になったのである。

炎上から考察する大衆化からの脱却ーアートワークの変化と映画界の参入

こうした変化はときに賛否を生んできた。抽象的で説明をしない表現は、視聴者に解釈の余地を委ねることになる。「いだてん」が大河ドラマらしくないと評され、「虎に翼」が政治的であると批判された。国民的なコンテンツとも言える「朝ドラ」や「大河ドラマ」においては、特に中立を保つべきという意見も理解できる。

「いだてん」以降のドラマにおけるアート表現には明確な価値観が含まれており、それが火種となって賛否を生む。しかしそれはアートが単なる装飾ではなく、意味を持って機能している証拠でもある。炎上や賛否は、ドラマというメディアが新たなフェーズを迎え、誰もが楽しめるコンテンツからの脱却を目指している動きとも言える。

同じ文脈で理解できるのが、映画監督によるドラマ演出だ。Netflixで公開されている「舞妓さんちのまかないさん」では総合演出を「万引き家族」や「そして父になる」で知られる是枝裕和が手がける。現在放送中の日本テレビ「冬のなんかさ、春のなんかね」では「愛がなんだ」や「あの頃。」で知られる今泉力哉が監督・脚本を手がけている。

ドラマが映画監督らによって制作される背景には、感情を説明しない演出や人物を裁かない視点に評価が高まっているからだろう。彼らは飽和状態にあるラブコメや医療ドラマ、刑事ドラマでみられるドラマティックな演出とは距離をおいている。

大九明子はピン芸人としてキャリアをスタートさせた異色の経歴を持つ映画監督で、2023年に放送された「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった」では監督脚本を担当し、その年のドラマアカデミー賞を受賞した。物語の起伏よりも生活の積み重ねを表現した作風は、障がいやシングルマザーといった社会問題を取り込みながらも、自然と自分を重ねて作品の世界に入り込んでしまう。

分かりやすさを手放した先のドラマの姿

ドラマにおけるアートワークの変化や映画的な手法の採用には、評価軸が視聴率一辺倒から変化し、配信ドラマの普及とともにドラマの個性を重要視するという背景がある。そのとき、アーティストや映画監督は最適なパートナーとなる。

「エルピス」(2022)ではアートワークをアーティストの吉田ユニが手がけた。

現在のドラマでは、脚本や演出、アートワークがそれぞれ意味を持ち始めた。オープニングはスキップされる前提ではなく読み解く対象になったように、ドラマは単なる物語ではなく、総合的な表現メディアへと近づいている。

テレビやドラマが経済的な苦境に立たされている中、かつての分かりやすさという鎧を捨て、より軽やかになった作品はきっと再び私たちの心を動かす作品となるだろう。ドラマがアートと手を取り合い新たな価値観を獲得していく姿を楽しみに見守っていきたい。

交錯するアートーミュージックビデオに取り込まれていく現代アーティストたち

楽曲の世界観を視覚的に表現するミュージックビデオ。遡れば1983年、マイケルジャクソンがリリースした「Thriller」のショートフィルムとも言えるミュージックビデオを境に、総合芸術としてのミュージックビデオというジャンルが確立されただろう。(2026年現在で11億回再生を誇る!)

ミュージックビデオは再生数が増え続けることに価値があり、複製を前提としたメディアである。一回性が魅力の「アート」とは真逆の存在であり、現代アーティストたちにとって最高の実験の場となる。ミュージックビデオを手掛けてきた三人の現代アーティストたちを取り上げ、交錯するアートと音楽の世界を考察する。

村上隆:ポップアートの文脈をミュージックビデオに落とし込む

村上隆にとってミュージックビデオは、単なるコラボレーションの場ではなく、自身の美術理論を実装するための拡張空間である。その象徴が、Kanye Westとの協業による「Good Morning」「Stronger」だろう。ここで見受けられるのは、村上自身が提唱する「スーパーフラット」ー日本画に端を発する平面性、キャラクター、カワイイの系譜ーだ。カニエ・ウエストという時代を切り開くカリスマの音楽作品に、マンガやアニメをモチーフとする村上隆の映像を全面的に流し込んだ。

重要なのは、これらのミュージックビデオが「楽曲のための映像」に留まらず、村上隆の作品世界の一部として機能している点である。キャラクターや色彩や構図は、のちの絵画や立体作品とも連続し、ミュージックビデオが一時的なプロモーションではなく、村上隆の美術作品群の一部として組み込まれている。

国民的ユニットとも言えるゆずであっても村上隆の考え方は変わらない。2002年にリリースされた「アゲイン2」という楽曲では、ミュージックビデオの中に村上隆の「お花」が印象的に登場する。その系譜は時代の寵児NewJeansへと続いている。2024年にリリースされた「Right Now」のミュージックビデオでは、パワーパフガールズとともに村上隆の「お花」が登場する。

村上隆はカニエウエストやゆず、NewJeansとのコラボレーションにおいていずれも長い友好関係を築き、完売必至のグッズなど話題には事欠かない。それも村上隆のキャリアにとっても欠かせない存在となっている。ミュージックビデオは従属的なメディアではなく、アートが大衆文化へと増殖するための戦略的装置として扱われているのだ。

蜷川実花:色彩感覚の舞台装置としてのミュージックビデオ

写真家や映画監督として知られる蜷川実花とミュージックビデオの関係性は、村上とは対照的である。蜷川は理論や美術史などを前面に押し出すのではなく感覚的だ。写真家として培った色彩感覚と被写体の扱い方を、そのまま映像空間へと移植する。AKB48「ヘビーローテーション」三代目 J Soul Brothers「花火」など、彼女が制作したMVに共通するのは彼女ならではの色彩、華々しい装飾物、そして被写体を美しく映し出す照明など画面を包み込む装置的な美術である。

蜷川のMVにおいて空間は感情や欲望を視覚化するセノグラフィーとして機能し、静止画として完成された構図を映像的なシークエンスとしてミュージックビデオに体現しているといえる。

ダミアン・ハースト:完全に現代アート化されたミュージックビデオ

最後に紹介するのはダミアン・ハーストだ。彼がミュージックビデオを制作していたことをするものは少ないかもしれない。イギリスを代表する現代作家であるダミアンは、30年以上にわたるキャリアの中で芸術、宗教、科学、そして生や死といったテーマを深く考察してきた。代表作であるサメを巨大な水槽でホルマリン漬けにした作品「生者の心における死の物理的不可能性」や、107点に及ぶ連作「桜」シリーズなど多岐に渡る。その中でダミアンは1995年にメンバーであるアレックスの大学時代の友人として親交のあるBlur「Country House」で監督を務めている。

作品内では彼の美術作品と同様に、生と死、滑稽さと不穏さが同居し楽曲の魅力と相まって何度も鑑賞してしまう味わい深さがある。ダミアン・ハーストはこのミュージックビデオが公開された年のターナー賞を受賞し、その立場を不動のものとした。

Namjooningがもたらすアートトリップの可能性。ポップアイコンBTS・RMとたどる世界のアートスポット

次世代のアートトリップ「Namjooning」

インターネットが飛躍的に進化することによって、全世界の音楽をオンタイムで楽しむことができるようになった。音楽のグローバル化が生み出したスターといえば韓国のBTS(防弾少年団)だろう。新曲がアップロードされれば瞬く間にヒットチャートにランクインし、彼らが着用したアイテムにはプレミアが付き、彼らが訪れた場所にはファンたち(ARMYと呼ばれている)が押し寄せる。

この現象はアート業界にも波及している。BTSのリーダーRMは生粋のアートラヴァーとして知られており、ファンがRMの訪れた美術館やギャラリーに行くことをナムジュニング(RMの本名はキム・ナムジュン)と呼び、2025年12月までにインスタグラム上では「#Namjooning」のハッシュタグとともに約17万件ものコンテンツが投稿されていた。BTSがアートに興味を持つきっかけになるファンも多いようだ。

RMがアート、とりわけ近現代の作品に興味を持ちだしたのには彼らしいきっかけがあった。世界中をライブや撮影で飛び回るBTS。長期の滞在になることもしばしば。ちょっとした空き時間にシカゴ美術館を訪れ、そこでみたスーラやピカソ、モネの作品に強い感銘を受けたのだ。教科書などでも紹介される歴史的なアーティストたちだが、実物を見る機会はなかなかない。本物の持つ圧倒的な筆致と迫力に圧倒されたRMはアートに傾倒し世界中のアートスポットに訪れるまでにいたった。

せっかくなので僕たちも、Namjooningの旅に出かけてみよう。

SKAC(SKWAT KAMEARI ART CENTRE)

本やレコードがずらりと並ぶ店内

日本からはこんなアートスポットをご紹介。「SKAC」は亀有駅から徒歩10分程度のJR常磐線高架下スペースに位置する。建築家の中村圭佑が率いる設計事務所「DAIKEI MILLS」のメンバーを中心として構成されたチーム「SKWAT」による再開発プロジェクトだ。かつては青山エリアに知る人ぞ知るアートスペースとして運営されていたが、2024年にここ亀有に移転。1階にはアートブックを取り扱う「twelvebooks」、ロンドンに続き2店舗目となるレコードショップ「VDS(Vinyl Delivery Service)」、カフェスペース、ギャラリーが併設され、2階には「DAIKEI MILLS」のスタジオが入居している。

twelvebooksでは国内最大級のアートブックの取り揃えで海外から取り寄せたタイトルも多い。倉庫がそのまま店になったような作りとなっており何時間でも滞在してしまう。RMは自身の名前と同じ「R/M」(上田義彦+後藤繁雄(YOSHIHIKO UEDA + SHIGEO GOTO))を抱えた写真を投稿した。

リウム美術館(Leeum Museum of Art)

韓国ではサムスン文化財団が運営するリウム美術館に。ソウルを代表する私設美術館として様々な展示が企画されており、RMも企画展のレセプションにゲストとして登場。リウム美術館は作品もさることながら建築が素晴らしい。3つの棟で構成されそれぞれの建物をマリオ・ボッタ、ジャン・ヌーヴェル、レム・コールハースが設計している。

左から児童教育文化センター、M1、M2。それぞれを地下空間が繋いでいる。

M1を担当したマリオ・ボッタはスイスの建築家で東京のワタリウム美術館の設計も担当している。レンガで仕上げられた外観と、内部の螺旋階段の神々しさに打ちのめされてしまいそう。M2を担当したジャン・ヌーヴェルはフランスの建築家でルーヴル・アブダビや東京の電通本社ビルを設計している。光の魔術師の異名をもち、地下空間にも光が入り込むデザインになっている。最後に児童教育文化センターを担当したレム・コールハースはミラノにあるプラダ財団美術館や福岡のNexus World Housingを手がけているオランダ出身の建築家だ。ガラスとコンクリート、鉄でできた近代的な建築で入れ子状に部屋が構成されている。

チナティ・ファンデーション(Chinati Foundation)

最後に紹介するのは、アメリカ合衆国テキサス州の砂漠地帯マーファに建てられた現代美術館チナティ・ファンデーションだ。現代アーティストであるドナルド・ジャッドが設立したアートスペースで340エーカーにも及ぶ敷地の中にコレクションが収められている。

John Chamberlain Building, 2022. Photo by Alex Marks

限られた数のアーティストによる大型インスタレーション作品の恒久展示を理念としており、韓国人アーティストユン・ヒョングンの平面作品も展示されている。ユン・ヒョングンはRMの個人コレクションの中にも名を連ねる作家で、「Yun」という楽曲を制作するほど思いを寄せている。単色画で著名なユンは日本統制時代の韓国で育ち、朝鮮戦争や独裁政権を経る中で政治的な理由によって4回の投獄を経験した。

21世紀で最も影響力のあるアーティストの1人、BTSのRMは未来のアートに何をもたらすのか。2026年からはサンフランシスコのSFMOMAで自身がキュレーターを務める展示が予定されている。RMが感じた感動を「Namjooning」によって追体験する楽しみはファンにとってもアートラヴァーにとっても希望の一手になるかもしれない。

【インタビュー】原田ちあきが語るイラストと日常ー自分っぽさと健やかさと。 – 後編

前編に続いてイラストレーター・アーティストとして独特の色彩とキャラクター、ポエティックなセリフで大活躍する原田ちあきのインタビューをお届けする。

ペンが動かなくなったスランプを「ホラー」が救ってくれた

もし答えづらかったらスルーしていただいて大丈夫なのですが、「この人はちょっとライバルだな」と感じる方はいますか?

原田ちあき – 昔はいっぱいライバル視していた人がいました(笑)。ただそれぞれがそれぞれの好きなことをしていればいいんじゃないか、と思い始めてから他人のことはあまり気にならなくなりました。永遠のライバル、というか憧れでいうと楳図かずお先生です。最終的には楳図さんみたいな元気なおばあちゃん…になりたいです

過去のインタビューで、「ホラーを書きたい」とおっしゃっていたのを拝見しました。楳図かずおさん(関連記事:楳図かずお、恐怖から大美術へ。)など、影響を受けた作家さんもホラー作品を作っています。原田ちあき版ホラー作品の進捗はいかがですか?

原田ちあき – 実は書籍で出したい!という企画が数年前から持ち上がっているんです。ただちょっと頓挫している状態で。出したい気持ちはすごくあるので、続きをちゃんと書かなければならないと思っています。出版社の皆さまにも本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです…(苦笑)。

それは楽しみです!ホラーをやりたいと思ったきっかけはあるんですか?

原田ちあき – もともと、私のイラストって悪口みたいな言葉を使うことも多かったんです。みんなが心の中で思ってるけど口には出さないようなことを描きたくて。でも、あるタイミングから、特にTwitterでは“レスバトル”する人が増えたり、思ったことを簡単につぶやくようになってきた気がして。そんなタイムラインの中に私のイラストだけがポンと現れたら、逆にものすごく嫌な気持ちになっちゃう人もいるかもしれないな、と感じたんです。

2013年に公開された「あの娘への最後のお願い」

その頃ちょうど私生活もいろいろとぐちゃぐちゃになってしまっていて、体調を崩したり、引っ越しを余儀なくされたり、いろんなことが重なってしまって。コロナの時期も相まってしばらく元気が出ない時期が続き、イラストやエッセイが描けなくなってしまったんです。でも何かを描きたいし、生活も支えなきゃいけない。見てくれている人たちにも絵を届け続けたい。その中で悪口だけじゃダメだな、自分の好きなものをもう一度よく考えてみようと思ったときに、ふとホラーが思いついたんです。

ホームページにこっそり「ホラーっぽいテイストのイラストが描けます」と書いてみたら怪談系YouTuberさんや都市伝説・事件系のYouTuberさんから依頼をいただけるようになって。ホラー作品をつくり出してから、自分にもまだ表現できるものがあるんだと思えてすごく嬉しかったです。

SNSと社会と。みんなが自分だけの仕事をすればいい。

今は誰でも自由に発信できる一方で見られる側になるリスクも大きいと思います。SNSを駆使してきた作家として意識していることはありますか?

原田ちあき – あまりお会いする機会がないのですが、見てくださっている方のことが本当に好きなんです。私のグッズを持ってくれたり、「好き」と言うのってもしかしたらちょっと勇気がいることかもしれない。だからこそ、その人たちが恥ずかしい思いをしないようにしたいんです。
自分が過激なことをツイートして炎上したりしたら、見てくれている人が嫌な気持ちになったり、恥ずかしくなったりするかもしれない。それだけは絶対に嫌で。みんなには凪のような人生、ハッピーな人生を送ってほしいという気持ちでいてもらえるように常に意識しています。

アーティストの中には、SNSで社会的・政治的な発言を積極的にされる方もいらっしゃると思います。原田さんはどのような距離で社会と付き合っていますか?

原田ちあき – 私の場合は遠くからじっと見ている、というのが近いかもしれません。先日も、友達のミュージシャンが政治的なツイートをして大炎上してしまったことがあったんですけど、だからといって「友達をやめよう」とはまったく思わなくて。ミュージシャンだから、イラストレーターだから、とカテゴライズされがちですけど、最近思うのはみんな“自分だけの仕事”をしているということなんですよね。

同じような絵を描いていても、私の仕事は私のもので、その人の仕事はその人のもの。政治的なコメントをすることも含めて、その人のスタイルであり仕事なんだと思っています。

原田ちあきの日常。子育てによって少しずつ成仏していく親への反発

ファッションや見た目にこだわりはありますか?

原田ちあき – 実は、ファッションにはあまり興味がなくて…。服も、髪も、ネイルも、そんなにこだわっていないんです。昔は自分なりにすごく考えていたと思うんですが、実は母が過干渉なタイプで、着るもの全てが決められていて、20代前半くらいで初めて自分で選んだ服を着たときも、「それ似合ってない」「変だね」と言われ続けていて。その反動もあって、反骨精神で派手な色の服を着ていた時期があったんだと思います。

お休みの日には、お子さんと一緒に出かけたりもしますか?

原田ちあき – 最近は増えてきましたね。自分が子どもの頃、親に遊びに連れて行ってもらった記憶があまりなかったので、小さい頃の自分がしてほしかったことを子どもにしてあげたいと思っていて。特別な場所じゃなくてもいいから、1日1回は散歩に行くとか、家の中でも一緒に家事をしたり、遊んだりしています。

それが結果的に、自分の心の健康にもすごく良くて。私のほうが遊んでもらっているような感覚もありますね。

パパの骨を獅子舞に食べさせる

ご両親とのお話をもう少し聞かせてください。

原田ちあき – 昔は本当に仲が悪くて、小学校5年生くらいの時に父がふわっといなくなってしまったんです。そのころの家は空気も悪くて、お父さんと一緒にいるなんて嫌だ!と思っていて。その結果父とは別居することになりました。そこから、母の干渉の対象が私だけになってしまって、ずっとぶつかり合っていました。

最近も喧嘩ばかりで本当に仲が悪かったんですが、孫が生まれてから、母や、父と父のパートナーも遊びに来てくれたりして。ちょっとずつですが仲良くなってきました。

私自身もなんでこんなに親が許せないんだろうという気持ちが、子育てによって少しずつ成仏していくような感覚があります。お互いに距離ができたことで、生きやすさにつながってきました。

最近手がけていることや、これからやってみたいことについてお伺いできればと思います。

原田ちあき – やりたいことは本当にたくさんあります。またエッセイも書きたいですし、ホラーもやりたいです。それから、コロナ以降のスランプの影響もあって、元々の悪口のイラストに完全には戻れていない感覚があるんですが、子どもが幼稚園に行くようになって自分の時間がもう少し取れるようになったら、女の子をもっと細かく描いていきたいなと思っています。
あと、ずっと興味があるのが、自分のイラストと言葉を翻訳して、海外に向けて発信してみることです。以前、台湾や中華圏で翻訳版の本を出していただいたことがあったのですが、今度は英語圏にも出してみたい、いろんな国の人に見てもらいたい、という気持ちがあります。

中国語版作品の数々

現在は、子育てエッセイ漫画の出版のお話をいただいていて、それを無事に出したいなと思っています。そこまではなんとか、寿命が尽きることなく頑張りたいですね(笑)。

原田ちあきは、仕事場からの1時間のインタビューでは収まりきらないほどの夢を語ってくれた。SNS、イラスト、アート、そして子育て。様々なフィールドを耕し続ける原田ちあきの勇姿を、時に笑い、時に涙しながら見守っていきたい。

人気記事

RANKING