今週読みたいアート。アーティストによる書籍編 Vol.2

美術館に行き、「なんでこれが良い(とされている)のだろう」とか、「これにどんな価値があるんだろう」とか、アートについて「よく分からない」なんて気持ちが芽生えたまま帰宅する……なんてことがあるかもしれない。

よく分からない作品にウン十億円という値段がついたかと思えば、街中の無料で入れるギャラリーで素敵な作品と出会ったり、はたまた、作品の枠組みを超えた「プロジェクト」なんかが作品と呼ばれていたり。歴史や理論が背後にあるからこそ、様々なアーティストや作品があるわけで、感覚だけで理解できるのがアートの世界ではないし、何かの手がかりがないと中々理解できないことも多い。というわけでこの連載では毎週「アート」にまつわる書籍をいくつかご紹介。

だんだんと暑さを感じる今日この頃。家で涼みながら読書はいかがだろう。おすすめのアートにまつわる本を紹介する連載、今回は「アーティストによる名著」をご紹介。アーティストを志す人はもちろん、その作品を知らない人でも、作家本人の言葉をキャッチしてみれば、思いもよらないインスピレーションを受けられるはず。

◯『点と線から面へ』ヴァシリー・カンディンスキー・著/宮島久雄・訳(ちくま学芸文庫)

まるでマジシャンの種明かしのように。20世紀初頭、抽象絵画の概念を提唱した画家・カンディンスキー。自由に伸びる線、色とりどりの図形、音楽が聴こえるような創造的な構図。当たり前だけど、テキトーに描いてるんじゃなくて、計算し尽くされているのだから恐ろしい。その裏側を全公開するかのごとく、自身の絵画の構成要素を徹底的に分析し、理論的・科学的に吟味する本書。「生きた作品」の造り方を露にした名著だ。ドイツの伝説のデザイン学校「バウハウス」にて教鞭もとっていた「先生」による、必読の教科書。

◯『芸術起業論』村上隆・著(幻冬舎文庫)

昨年、京都市京セラ美術館にて開催された「村上隆 もののけ 京都」、お笑い芸人・ロバートの秋山や哲学者・斎藤幸平とのYouTubeでの対談動画など、最近も話題に事欠かない稀代の芸術家・村上隆。これだけバズを起こすのは、彼の才能の一つに、分かりやすく人に伝える言葉の力もあるんじゃないかと思う。それが遺憾なく発揮された主著がこちら。世界基準の戦略を立てる意図から、作品をブランド化する方法、プレゼンテーションの秘訣、才能を限界まで引き出す方法…。村上隆が設定する問題意識と、生き抜くための経営方法が描出される。村上の活動を理解するためだけでなく、ビジネス書としても有用。「死後評価される」と時折、憂いをもって語る村上だが、この本も益々参照され続けるはず。

OSAKA INTERNATIONAL ART 2025:取材レポート

「OSAKA INTERNATIONAL ART 2025」が、2025年5月31日、6月1日の2日間で開催される。大阪城ホールを舞台に、「大阪でアートを買おう」と銘打った、国際的で大規模なアートフェアで、およそ115ものギャラリーが参加している。特筆すべきはその4割弱が海外からの参加となっていること。アートを取り巻く環境の好循環を生み出すと共に、アートを通じて“文化”と“経済”の交流に繋げるイベントとして、今回が初めての開催となった。


会場の様子


普段なかなか観ることすらできない作品を、“買う”ことを念頭に楽しむことができる。マルク・シャガール、アンディ・ウォーホル、岡本太郎、草間彌生、コシノジュンコ…。言わずと知れたマスターピースに加え、海洋堂による「銅合金 シン・ウルトラマン」や、COOKIE(お笑い芸人 野生爆弾 くっきー!)による作品、日本が誇るバーチャルシンガーソフトウェア『初音ミク』による「ART OF MIKU」など、様々な文脈でのアート作品が立ち並んでいる。


マルク・シャガール / 画家と婚約者


「展示会ではありません」と、総合プロデューサーを務めた來住尚彦氏は語る。では、このイベントは一体全体何なのか。気持ちよく言い切ってしまうと、こういうことだと思う。

「商いの街、大阪の地で、アートを使って金儲け」

これが、簡略化した本イベントの姿かたちだと思う。素敵だなと思うのだが、おそらくこのように書くと、拒否反応、反感を持つ人が多いのだろう。

そして他でもない、一連のこうした感情の動きが、今の世相に示唆的であり、このアートフェアの提起する本質だろう。

例えば同時期に開催されている大阪万博は、博覧会であり、博覧会と検索をかけると、「種々の産物を陳列して公衆に見せ、販路拡張と改良進歩を目ざして開く会」とある。販路拡張の側面こそあれど、そこでは、あくまで“お披露目”という色が強く出ている。

対して、今回のOIAはアートフェアだ。フェアとは、市、即売会としての色が強く、さしずめ“お買い物”といったところだろうか。

ここで重要になるのが、では実際に自分が買うか、買えるか(お財布的に)ではなく、「アートを購入することが出来る“場所”の用意があります」という意思表示、機会の提供が成されたということだ。

ここには2つ、重要な意義がある。


「銅合金 シン・ウルトラマン」 / 原型制作:木下隆志

アートは美術館だけのものじゃない

もちろん、イベントのみならず、都内を筆頭に全国のあちこちには、店を構えた画廊やギャラリーが点在している。そこでは、アートを買うことができるし、在廊していれば、作家本人が、気さくに喋りかけてくれたりもする。恐らく訪れたことのない方のイメージを大きくかけ離れた、誰でも楽しめる場所が広がっている。そういった所に興味を持つきっかけとして、こうした大規模かつ国際的なアートフェアの可能性は大きい。マルセル・デュシャンを筆頭に、現代アートの文脈が明らかにしつつあるのは、「高尚なアート」の溶解だ。普段、お洒落な服を買うように、素敵な雑貨で部屋を飾るように、アートだって、買って所有して、楽しむことができる(普段の買い物と比べると、0が3つほど違うのには目を瞑るとして…)。お金を払えば手に入るもの、お金では買えないもの。後者としての印象が強いアートが、「買える」となると、その意味は、存外深い。このことは、アートが高尚なものだという固定観念を壊す一助になっていると言える。

アートというアカデミーを、エコノミーに

それにしても、アートに限らず、好きなことに、ちょっとお金を払わなさ過ぎやしないか。サブスクリプションの台頭は、確かに利便性こそ高めた。だが、月に1度、月額料金を支払えば作品が見放題、聴き放題というシステムでは、1作品ごとに、「お金を払っているんだ」という感覚を少しずつ、しかし確実に薄めている。1枚ずつCDを借りていた頃とは、そのありがたみは薄れ、お金を払うことがリスペクトである、ということが綺麗に忘れ去られている。その末路、問題が顕在化したのが、虚しくもSNSに溢れかえる、違法アップロードされた作品の数々だ。逮捕者が出るなど、大きな社会問題に発展している。『週刊少年ジャンプ』の発売日になると必ず、お気に入りの作品を立ち読みする人が現れるが、窃盗罪での逮捕者が出るのも、そう遠くない未来で十分あり得る話に思える。だが要点は、法を犯しているか否かではない。それって本当に「好き」なのだろうか?クエスチョンマークがぐるぐると、虚しく回り続けている。


COOKIE / Ticty


そして、イベントを翌日に控えた前日囲み取材では、総合プロデューサーである來住尚彦と並んで、コシノジュンコが登壇した。

コシノジュンコは次のように語る。

大阪万博と同時期に開催できるという、タイミングがすごく良かったなと思います。世界からたくさんの作品が大阪に集まるということは、 芸術家もまたここ大阪に集まるということ。この街がアートに触れる機会を深める第一歩だと思います。

これまでも彼女が述べてきたのは、人と話したり、連帯することの重要性。

大阪万博と同時期に開催することにより、より大きなアートの流れを、大阪の地で巻き起こそうとしている。その時に忘れてならないのは、僕の誤読でないならば、OIAが提起した、アートは買える、身近な楽しみの一つであるということ。そして、お金を払うことはリスペクトであり、素敵なことだということ。もっと言うと、これを素敵なものという認識から、当たり前のことであるというレベルにまで押し下げていく。そうした連帯が求められている、そんな気がしてならない。



OSAKA INTERNATIONAL ART は下記会期で開催中。

グラフィックデザイン入門ーエフィメラとアート

エフィメラとは

「エフィメラ」と聞いてピンとこない人も多いかもしれない。エフィメラ/ephemeraとは、「短命な/一時的な/はかない」といった意味を持つ言葉で、美術用語に置き換えれば、保存されることを考慮されていない、即物的に生産された小さな紙媒体のことを指す。筆者がエフィメラというものに出会ったのは、「フルクサス/fluxus」という芸術運動に興味を持ったことがきっかけとなり、調べているうちにエフィメラの存在に辿り着いた。エフィメラとフルクサスの関係には後日触れることにして、エフィメラの魅力について語っていこう。

読者のみなさんも、いいデザインのチラシやDM、パンフレットを捨てずに取っておいた経験があるのではないだろうか。現在でもおびただしい数のチラシやDMが作り続けられている。しかしデジタル技術の発展とともに、紙媒体での配布がなくなり、InstagramやWebサイトといった存在に代替しつつあるのも事実だ。つまりエフィメラは減少傾向にあるといっていい。

そもそもの始まりは、今よりもずっと前。展覧会やイベントがあるとアーティストたちは招待状やDMを仲のいい友人や支援者、ギャラリーやプレスなどに向けて制作していた。その当時は広く宣伝する手立てがないため、それらがアーティストやイベントを知ってもらう唯一の手段となったため、各アーティストたちが趣向を凝らしながら制作されたものも多かった。つまりエフィメラがそのアーティストやイベントの顔になる、ということでもあった。

あのアーティストのエフィメラ

現代美術の祖とも言えるマルセル・デュシャン/Marcel Duchampもエフィメラルな作品を多く残している。

“Dada: 1916-1923,” Sidney Janis Gallery, New York, April 15 to May 9, 1953 / Marcel Duchamp


ニューヨークでのダダに関する展示を行った際の活版印刷による展覧会カタログとポスターデザインとのことだが、作品が折りたたまれていることからもわかる通り、保存状態も決していいとは言えない。しかしグラフィカルな文字の配置や、アートワークのようなデザインは今見ても参考になる。

さらにエフィメラには、時代性を色濃く映し出すという側面もある。長期的に存在することを前提に作られた美術作品や書籍とは違って、即物的・即興的に作られており、展覧会やイベントが終わったら捨てられてしまうようなものであるため、その時のアーティストたちの思想や感情が反映されやすく、短期的に制作されることが多いため、同じアーティストの作ったエフィメラ出会っても、時期によって作風が全く違うこともしばしば。そんな点もエフィメラを、これからもウォッチしていたいと思わせるうちの一つだろう。

日本のエフィメラを見つけにいこう

日本でもたくさんのエフィメラを見つけることができる。1950年代から60年代にかけ華道の流派の一つである草月流の総本山・草月ホール(現在の東京・赤坂に所在する草月ホールの前身となったアートスペース)では、三代目家元でアーティストでもあった勅使河原宏(てしがわらひろし)のもと、様々なイベントが催されていた。多彩なジャンルの表現がその枠にとらわれずに自由に集まり、創造し、発表し、批評し合える場、アーティスト同士が交流できる場を目指した草月ホールでは、アーティスト自身で自作をプロデュースするという仕組みが取られ、日本のコンテンポラリーアートの発信地になっていった。特に現代音楽の新しい発表の場となった「草月コンテンポラリー・シリーズ」では多くの素晴らしいエフィメラ作品が登場している。



アーティストの小野洋子(オノヨーコ)もこの草月ホールで作品の発表を行っていた。この発表の数年後に、かの有名なビートルズのジョンレノンと世紀の婚約を発表し、数奇な人生に飲み込まれていくことはみなさんもご存知だろう。1962年に小野の制作した音楽作品の発表会が開かれ、そのイベントに合わせて制作されたこちらのフライヤーは、広げると全長40センチを超える不定形で、整然と並べられた文字情報の脇にはエンボス加工がされており、力の入れようが伺える。当時の小野は一柳彗やジョンケージ(「4分33秒」という音楽作品で有名なアーティスト)らとともに新しい音楽の形を模索していた。それを間接的に表現するためのエフィメラだ。

近年、エフィメラが小さな盛り上がりを見せており、エフィメラのコレクターでもある清里現代美術館のアーカイブブックが発売されたり、エフィメラ作品を収蔵していた慶應義塾大学アート・センターとJapan Cultural Research Instituteによる展覧会「エフィメラ:印刷物と表現」も2024年に開催された。

膨大な数が存在するエフィメラだが、未開拓な部分も多い。新しい作品の領域になりうるかもしれない。コンセプトアートもいいけれど、即時的でアーティストの熱のこもった作品の多いエフィメラをチェックしてみるのも悪くないかもしれない…!


今週読みたいアート。入門書編vol.1

美術館に行き、「なんでこれが良い(とされている)のだろう」とか、「これにどんな価値があるんだろう」とか、アートについて「よく分からない」なんて気持ちが芽生えたまま帰宅する……なんてことがあるかもしれない。

よく分からない作品にウン十億円という値段がついたかと思えば、街中の無料で入れるギャラリーで素敵な作品と出会ったり、はたまた、作品の枠組みを超えた「プロジェクト」なんかが作品と呼ばれていたり。歴史や理論が背後にあるからこそ、様々なアーティストや作品があるわけで、感覚だけで理解できるのがアートの世界ではないし、何かの手がかりがないと中々理解できないことも多い。というわけでこの連載では毎週「アート」にまつわる書籍をいくつかご紹介。

4月は出会いの季節…。今一度、アートの世界と出会ってみよう。ということで今月フォーカスするのは「入門書」。今回はあえて新刊本ではなく、既に発売されており価格もお手頃で、手に入りやすいものから選んでみました。勉強…とまでは言わないけれど、読んでおけば、作品と出会ったときの体験にもさらに深みがでてくるはず。

◯ 美術の物語/エルンスト・H・ゴンブリッチ・著(河出書房新社)

「今週読みたい」と銘打っておいてなんだが、こちらの本は一生もの。美術の歴史を知りたければ、とにもかくにも、これを読んでおけば間違いない教科書的一冊だ。本書の1番の凄味は、一貫して優しい言葉で記されている点。なにかと専門用語の多い美術の世界でも、とにかく分かりやすく、図説を配置しながら、スタートとなる「ラスコーの洞窟壁画」から現代アートに至るまでの膨大&壮大な美術の世界へ読みやすく展開する。主に西洋にフォーカスしているが、社会的、歴史的な背景とともに、理解が進むはず。昨年10月には河出書房よりポケット版(内容同じく新書に近いサイズ)が発売されている。お値段もお手頃なので一家に一冊ほしいところ。「ポケポケ」も話題だけどこちらの「ポケット」もお忘れなきよう。

◯20世紀美術/高階秀爾・著(ちくま学芸文庫)

昨年逝去された高階秀爾氏による一冊。高階氏は日本を代表する美術史家・美術評論家だ。2000年まで国立西洋美術館長を務め、『名画を見る眼』や『近代絵画史』など著書に代表作も多く、多くの美術学徒たちにとっての心の先生的存在ではなかろうか。とにかく平易な言葉を用いて美術のコンテクストを説明してくれるありがたい存在。なかでも本書は文庫なので手に入りやすい点と、「難解」なイメージのある「現代美術」がはじまった20世紀にフォーカスしている点からおすすめ。いわゆる美術史をおおまかにつかんだら、この一冊を手に取ってみよう。モネら印象派の登場の後、戦争の時代を挟み、どのようにして今日の現代アートへと至るのか、コンパクトにストーリーを追っていける。図版多数なのも親切設計だ。

アートフェア―アートを見る時代から買う時代へ

アートを買うにはどうしたら良いのだろうか。アーティストの個展や百貨店のギャラリーに赴いて直接買う?あるいは度々ニュース等で話題になるオークションに参加する、というのも一つの手だろう。しかし、もっと手軽に、いろんな作品を吟味できる方法はないだろうか。そんな願いを叶えてくれる「アートフェア」でぜひアートを買ってみてほしい。

アートフェアとは

アートフェアはよくアートの見本市と言われている。たくさんのギャラリーやアーティストが一同に会し、その場で鑑賞や購入ができる仕組みとなっており、たくさんのアートを一度にみたい人や、さまざまなアーティストの作品を見比べながら購入を検討している人にとっては絶好の機会なのである。

代表的なものはアートの売買の中心地、スイス・バーゼルを拠点に開催される「アート・バーゼル」だ。アート・バーゼルは昨今のアートフェアトレンドの火付け役だ。その歴史は1970年から始まっており、現在ではマイアミビーチや香港、パリなどのエリアに拡大してアートフェアを開催している。世界各地から200軒以上のギャラリーと4000を超えるアーティストの作品が並ぶアート・バーゼルには、優良な顧客が来ることでも知られており各ギャラリーの作品にも力が入っている。アートフェアでは普段目にすることができない作品を見ることができるのも魅力の一つだろう。

日本のアートフェア

日本でもアートフェアは各地で開催されてきた歴史があるが、海外から見て日本のアートマーケットは未だに小さく、現代アートへの教養や理解度が発展途上であったために、世界の著名なギャラリーがなかなか参加してくれないなどの課題が残っていた。

しかし2023年に初開催された日本初の国際的なアートフェアと題された「Tokyo Gendai」を皮切りに日本でもアートフェアを盛り上げる動きが注目されている。

Tokyo Gendai(東京現代)とは2023年を皮切りに毎年開催されている世界水準の国際アートフェアで、2023年には3日間で20,000人を超える入場者を記録した 。世界各国から集結した現代アートギャラリーによる作品の展示と販売をしている。“国際的”というのは単に海外のギャラリーが参加しているというだけでなく、作品の質や作家の文化的アイデンティティ、ジェンダーなどの指標を鑑みて、グローバルなプレゼンテーションとなるような展示内容となっている。(逆を言えば今までの日本のアートフェアではそのあたりの平等性が担保されていなかったのも問題点だったのだろう。)

「Tokyo Gendai」の様子。世界でもっとも影響力のあるギャラリーのひとつであるPaceが参加するのは日本ではTokyo Gendaiのみ

Tokyo Gendaiでは、会期中のトークセッションやイベントなど体験価値の高まるようなプログラムもたくさん用意されており、単にアートを購入するだけでなく参加者全員が楽しめるような内容となっているのも魅力だ。2025年には第3回をパシフィコ横浜で控えているので気になった方はチェックすることをおすすめする。

日本で最も歴史のあるアートフェアといえば、毎年有楽町の東京国際フォーラムで開催されている「アートフェア東京」だ。Tokyo Gendaiが現代アートに特化したアートフェアだったのに対し、アートフェア東京では古美術・工芸から、日本画・近代美術・現代アートまで、幅広い作品のアートが展示される。また2005年から開催している、日本最大級の国際的なアートフェアで会期中の来場者数は2024年開催時には5万5千人を超えた。

出展数も日本ではトップクラスの150軒超えとなっており、さまざまなアートをまんべんなく見てみたい人にはおすすめのアートフェアとなっている。

「アートフェア東京19」の様子。ソフィ・カルや村上隆が所属する国際的なギャラリー「ペロタン」も参加している。

参加するギャラリーやアーティストにとって、作品が売れることは大事な要素の一つ。その点アートフェア東京は約33億円の売上を計上し、1000万円クラスの作品も多数売買された。そのため参加するアーティストたちにとってもモチベーションが高く、世に出回ることの少ない作品も展示されることも多い。

映像作品やインスタレーションといった、なかなか売買されることが少ない作品もある。そんな作品を多く取り扱っていた「EAST EAST」というアートフェアが2023年に東京・科学技術館にて開催された。

当日はライブパフォーマンスやフード・ドリンクの提供など、アートフェアという枠組みにとらわれない試みも見られ、なかなかアートフェアに馴染みのない若い世代や学生たちにも好評のアートフェアとなった。国内外の24のギャラリーが参加しており、数だけ聞くとやや小規模に感じるかもしれないが、参加しているギャラリーやアーティストはアートフェアに初参加の新しいギャラリーや、学生を含む若いアーティストたちも多く、よりフレッシュでカルチャーシーンを体現するような場となった。オフサイトプログラムとして、渋谷や新宿の街頭での映像作品展示や、クラブやライブハウスでの音楽プログラムなども行われた。次回開催は未定。

ZINEって何?

TOKYO ART BOOK FAIR(通称TABF)はご存知だろうか?東京で毎年10月〜11月頃に開催される、アート出版に特化した日本で初めてのブックフェアだ。口コミやインスタグラムなどで話題を呼び、2009年の初開催から大小さまざまな国内外の出版社、アートギャラリー、アーティストら約350組が出展をし、なんと2万人以上の人々が来場している一大イベントだ。

TABF 2024

TOKYO ART BOOK FAIRでは、もちろん写真集やアートブックなどが展示販売されるなか、特に人気を集めているエリアが、主に自主制作されたZINEを販売する「ZINE’S MATE」と呼ばれるエリアだ。

ZINEとは、個人や小規模のグループによって作られる雑誌や写真集・詩集などの出版物を指す言葉だ。

1930年代のSFファンの間で自主的に作られた「FanZine」に端を発すと言われているZINEの歴史はとても長く、これといった定義やルールがないのが特徴だ。似た言葉として「リトルプレス」があり、自らの手で制作した少部数発行の出版物のことを指す。

2010年代頃からインスタグラムやX(旧Twitter)をはじめとするSNSが世の中に浸透し、いままでクローズドだった個人の主張がよりオープンに公開されるようになった。その影響もあってか、アーティストやデザイナーといった、感度の高い人々を中心に再びZINEという制作手法が再注目されたのだ。

よく似たものとして雑誌があげられるが、雑誌はさまざまなライターやエディターの企画が集まっているのに対し、ZINEは作っている個人やグループの、とても個人的な思いやテーマが色濃く反映された媒体であるところが違いと言えよう。(もちろん限りなく「雑誌的」なZINEや「ZINE的」な雑誌があるのも事実であるが…。)

個性豊かなZINEの作り手たち

TOKYO ART BOOK FAIR 2024のZINE’S MATE出店者の一つである東京・東中野にある「loneliness books」はアジア各地のクィア、ジェンダー、フェミニズムに関連するZINEなどを集めたブックストアだ。

「まとまらないおしゃべりのその先に… #まとおしゃ」 ¥700
フェミニズム的な視点からさまざまな書籍や絵本を制作している韓国の出版社チョウ商会、脳性マヒ当事者としてさまざまな社会運動に関わる古井正代、フェミニスト手芸グループ山姥のメンバーたちのおしゃべりを記録したZINE。



「MORIMICHI ZINE’S FAIR」は“モノとごはんと音楽の市場”をテーマに掲げる「森、道、市場」というフェスの会場内で開催されているZINEのイベントだ。愛知県三河地域を中心に開催され、初夏の3日間を上質な音楽やおいしいご飯をたのしみながらZINEをチェックすることができる。

参加者の「VOYAGE KIDS」は移動式アートブックショップを全国で開催したりもする大阪のアーティストグッズショップ。アートや音楽、ファッションなど、「街で表現する」国内外のアーティストの展示会や出版を手がけている。

「ずれマン(ずれてるマンホール) 」 小川樹 ¥770
名前にはっとするZINE。文字通りズレてるマンホールをただ撮影しまくっている写真集。う~~ん…ズラしたいっ!

国内外のアートフェアやイベントでも展示をする「ドキドキクラブ」も独自な視点でZINEを制作しているアーティストの一人だ。

「サンバイ婆」ドキドキクラブ ¥1,500

サンバイザーを目深にかぶる中年女性を撮りためた「サンバイ婆」、日常の風景にノリツッコミを仕掛ける「ザ・ショック」、衝撃的なタイミングをカメラで収めた「ステキなタイミング」など上げればきりがない。

アートブックだと装丁や印刷もしっかりしている分、値段もそれなり。ZINEはカジュアルで値段も買いやすいため、気軽に好きなアーティストや作家のグッズとして購入することができる点も魅力的だ。

ZINEを作ってみよう

いろいろなおもしろ&楽しいZINEを紹介してきたが、自分にもできそうかも?とムズムズしている読者も多いのではないだろうか。ここからはどうやったらZINEが作れるのかを紹介しよう。

MOUNT ZINE(マウントジン)は、誰でも参加できるZINEプロジェクトだ。国内外でのイベント開催やZINEショップの運営、ZINEスクールを開講しており、参加すれば初心者でもZINEをつくることができる。作り方を教わったあと、制作のサポートやアドバイスをもらったり定期開催しているZINEのイベントに出店することもできる。

イベント「MZ28」の様子

もう自分でも編集や制作ができる、という方は、作ったZINEを印刷してみよう。

「三交社」という印刷会社では「ZINE(アートブック)印刷」のプランがあり、印刷のプロが作りたいZINEの雰囲気や予算にあわせてさまざまなパターンを教えてくれる。印刷に使う紙の種類や製本方法など自分だけのこだわりのZINEをなるべく手軽に作るための味方になってくれるはずだ。

もっと手軽にZINEを作ったり公開したい人にはコンビニプリントを使うのも手だ。所定のアプリなどを使用してオンライン上にデータをアップロードしたら、コンビニにあるプリンターで操作するとその場で印刷・製本をしてくれる。また予約番号をSNSなどで公開すればどこでも印刷することができるようになり、ZINEフェアなどに参加しなくても日本各地に自分が作ったZINEを公開することができる。(印刷代は印刷する人が負担)

おもしろい視点や作品に出会うことができるZINE。かくいう筆者もZINEを作ったり売ったりした経験がある。完成したときや売れたときの喜びもひとしお、ZINEフェアに参加すると同世代で同じようにZINEを作っているクリエイターから刺激をもらえる。見る側と作る側の双方が楽しい、それがZINEなのだ。

東京カルチャートリップ【前編】

近年、海外からの観光客が爆発的に増加している東京。そんな東京は日本屈指のアート・カルチャースポットを有している。最新のアートを紹介するギャラリーや、ヒップな若者の集まるショップやミュージッククラブなどを紹介していこう。

伝統と革新が共存する都市

エリアによって様々な顔をもつ東京。街の特色をうまく反映したスポットに注目が集まる。その代表的なまちが新宿だ。昔ながらの街並みと再開発をとげた“キメラ都市”新宿は現在最もホットなエリアだ。

デカメロン:PR Timesより

アートギャラリーを併設したバー「デカメロン」は、アート作品を鑑賞するのと同時に、おいしいお酒も味わう事ができる。アーティストなど、様々な人が訪れると噂の「デカメロン」。2025年3月からは、ディレクターにアーティストである磯村暖が就任したから、今後の展開にもご注目。

「デカメロン」から徒歩圏内のビームスジャパンは、一棟まるごとカルチャーを発信するスポットになっている。

BEAMS JAPAN 外観:PR Timesより

デザインに溢れた和工芸や特産品に加えて、ラジカセを集めたコーナー、アートギャラリーまであり、有名無名関係なくアート作品を展示販売している。

そして、アートギャラリーが集積する施設をアートコンプレックスと呼ぶ。東京には六本木や品川・天王洲エリアなど何ヶ所かギャラリーや美術館が集積する場所があるが、ビジネスマンの集まる街「京橋」にも近年アートスポットの盛り上がりが目覚ましい。

TODA BUILDINGエントランス/持田敦子ー Steps:PR Timesより

戸田建設の本社ビルでもある「TODA BUILDING」は銀座線・京橋駅やJR東京駅からアクセス可能で、アートとビジネスが交差する拠点として2024年に誕生した。

3階には草間彌生の所属する小山登美夫ギャラリーやKOSAKU KANECHIKAなどのギャラリーが集まり、6階ではアニメ、マンガ、音楽といったポップカルチャーや現代アート、デザインなど多彩な領域の展示を行うCREATIVE MUSEUM TOKYOがオープンしている。

下町文化と現代アートの融合

ビジネス街から、今度は下町に目を向けてみる。前述した京橋駅から電車で30分弱。京島駅、および墨田区周辺でもアートスポットの盛り上がりを見せている。歴史の残る建物と下町コミュニティが織りなす相乗効果で若手アーティストが増えているのだ。

このエリアの特徴は、なんと言っても長屋文化。1923年の関東大震災、さらには1945年の東京大空襲といった災禍を乗り越え、独自の発展を遂げてきた。東京で最も多くの戦前からの長屋が残っていて、今なお残る江戸の風土、人情味の色濃いこの街は、再開発の進む東京の街々からは一線を画している。

向島では、あくまで元ある街に寄り添ったカタチでの芸術活動が盛んなのだ。

街のそうした気運を先導するのが「すみだ向島EXPO」だ。2020年の初開催から、毎年異なるテーマを掲げながら、今年2025年まで途切れることなく、地域に密着したイベントとして継続中。

昨年2024年には、『「花」と「森」』をテーマに、様々な華道家やフローリストが参加した他、画家やアーティストは、古い家屋を年輪を重ねた樹木に見たて、花や森を描くことで、街中に花が咲くような1ヶ月を演出した。

すみだ向島EXPO2024ロゴ:PR Timesより

同イベントでの「夕刻のヴァイオリン弾き」では、ヴァイオリニストである小畑亮吾 による生演奏が行われた。三角長屋の2階より、街に18時をしらせる時報としての企画は、地域との繋がりを新たにしている。

小畑亮吾による「夕刻のヴァイオリン弾き」:PR Timesより

このように、最新鋭のスポットから、地域の歴史を活かしたアート運動まで、様々なカルチャーのミックスした混沌を極めるメガシティ東京は、クールでホットな大都市だ。観光の選択肢として、アートに触れてみてはいかがだろうか。

後編では、新宿の最新クラブシーン+@をご紹介。

全国をめぐるアートツーリズム

デジタルのモノや情報が溢れる現代において、五感を使って楽しむ旅行は、すごくアナログだけど、そこでしか得られない喜びを与えてくれるものだ。おいしいご飯においしいお酒、まだ見ぬ素晴らしい景色を見たり、旅先で人と出会ったり…。そうした楽しみに加え、最近では美術館や地域の芸術祭を見ることも、旅行の目的の一つとなっている。アートツーリズムだ。

海外を見れば、パリのルーヴル美術館やロンドンの大英博物館、ニューヨークにはメトロポリタン美術館(MET)やMoMAといった具合に、世界中の大都市には必ずと言っていいほど有名な美術館や博物館が存在している。読者のみなさんも観光に訪れた都市で美術館やギャラリーを探したことがある人も多いのではないか。同じように日本でも全国各地にアート的魅力を有したスポットは数多く存在している。今回はそんな中でも、様々なカタチでアートにちなんだ宿泊施設をご紹介。

アートに宿泊

杜人舎の宿泊部屋

富山県にある善徳寺は、民藝運動の提唱者である柳宗悦が、その集大成である「美の法門」の執筆で滞在したことでも有名だ。

2024年3月、この善徳寺の研修道場を改修し、泊まれる民藝館として「杜人舎」がオープン。元の研修道場は、柳の愛弟子である建築家・安川慶一が設計していて、かつての趣は残したまま、館内全体を民藝品が飾る。それも棟方志功や浜田庄司、河井寛次郎といった名だたる民藝作家の作品や、世界の民藝品が並んでいて、美術館のような宿泊施設となっている。

また、暮らしのあり方から社会を問うという、民藝運動の根底思想を現代に継承すべく、杜人舎では宿泊以外に「土徳」に触れる講座やアクティビテなども豊富に用意されている。多くの人が学び、集う、「美しい暮らしの学び舎」となっているのだ。

リデザインによって蘇ったという点では、群馬県の白井屋ホテルも共通している。

白井屋ホテル外観:PR Timesより

創業は江戸時代で、旧宮内庁御用達だった白井屋旅館。かつては森鴎外や、近年話題になったドラマ『VIVANT』の主人公乃木憂助のモデルとなった軍人の乃木希典などの著名人も訪れていたというが、中心市街地の衰退とともに2008年に惜しまれながらも廃業。残った建物も取り壊しの危機に晒されていたが、2014年より再生プロジェクトが始動。

デザインと設計を建築家の藤本壮介氏が手掛けた他、レアンドロ・エルリッヒをはじめとする国内外の様々なクリエイターが参加し、6年半におよぶ大改修と新棟建設の末、2020年、白井屋ホテルとして姿新しく蘇った。

金沢21世紀美術館の「スイミング・プール」でも知られるレアンドロ・エルリッヒや、杉本博司、宮島達男などの作品がホテルの内部のありとあらゆるところに散りばめられていて、いつものホテルとは違った空間を楽しむことが出来るだろう。

建築美とロマンを奇数に賭けて

広義なアートにおいて、人のつくったものの美しさをそのうちの1つとするなら、やはり建築美についても触れねばならない。

メインダイニングルーム・ザ・フジヤの格天井

1878年、日本で初めての本格的なリゾートホテルとして創業した富士屋ホテル。箱根宮ノ下に構えた荘厳な意匠は、その建物の多くが有形文化財に登録されている、言わずと知れた名建築だ。

食堂棟の二階に位置するメインダイニングルーム「ザ・フジヤ」の格天井には636種類の異なる高山植物が描かれ、天井付近の壁には507羽の鳥と238匹の蝶が、その下には十二支を中心とした動物の彫刻が施されている。この天井画は2018年より、川面美術研究所による保存修理が行われ、その際に渡部浩年・本多蕉風・大沼南圃・梅荘という4人の日本画家が分担して当時の天井画の制作をしていたことが新たに判明した。このように細部にまでこだわり抜かれた意匠建築だ。眺めるだけで楽しむことができる。

ジョンレノンとオノヨーコもかつて宿泊し、ホテルの名物であるアップルパイを大変気に入ったそうだから、訪れた際はぜひ食べてみて欲しい。

後編では、鑑賞者ではなく、アートの作り手に優しい宿泊施設をご紹介!

東京カルチャートリップ【後編】

眠らない街・新宿は、ミュージックシーンも盛んだ。今回はその代表的なスポットをご紹介。イギリスの音楽メディア「DJ Mag」が主催し、世界中のクラブ愛好者が選ぶ世界最高のナイトクラブランキングであるDJ MAG TOP 100 CLUBS。 

そんな映えあるランキングにも選ばれたのが「WARP SHINJUKU」だ。 

「ナイトクラブを、もっと身近に」をミッションに掲げ、新宿から新しい文化を発信していて、なんと営業は21時からという本気ぶり。 コンセプトは「100年後の東京」。大型のスペースシップで宇宙空間を移動するかのような空間デザインや、 レトロ感じる日本の風情の混在した未来の世界観が魅力。「西洋と東洋」「未来と過去」などが混じり合い昇華したスペシャルな空間と体験を楽しむことが出来る。

CLUB NOCTURNO N ° 1 de Japón (Tokio)

歌舞伎町のど真ん中に位置する「ZEROTOKYO」は、3フロア5エリアで構成される国内最大級のナイトエンターテインメント施設で、国内のみならず海外アーティストの招聘も積極的に行っている。宇多田ヒカルとのコラボレーションでも知られる世界的なアーティストのFloating Pointも、ここZEROTOKYOで来日公演を行った。

ZEROTOKYO:PR Timesより

この他にもマニアックな玄人向けの「落合soup」や、若手DJたちも自主イベントなどを開催しやすい「SPACE」など、新宿では、アンダーグラウンドなカルチャーが日々沸き起こっている最前線を体感できるだろう。

半世紀前から新宿に響く音色

ところが、新宿の魅力はこんなものじゃない。

最前線のクラブシーンを十分楽しんだから、今日は少し静かな夜を過ごしたい、でも音楽にも触れたい、そんな時に打ってつけなのが、「Juzz Cafe Bar DUG」だ。

ここは間違いなくモノホン、カルチャーのぎっしり詰まった本場で、まず、店のロゴはイラストレーターの和田誠が手掛けている。

さらには寺山修司に三島、村上春樹といった名だたる文豪も通ったと言われるこの店は、1967年の創業から現在まで続く老舗で、その間、店名を変えたり、何度かの移転を繰り返しながらも、新宿という街を盛り上げてきた。

Juzz Cafe Bar DUG:出典「X」投稿より

創設者の中平穂積さんは名を馳せたJAZZ写真家。これまで撮影してきたジャズミュージシャンを数名挙げれば、これ以上の説明はいらないだろう。

アート・ブレイキー

ジョン・コルトレーン

マイルス・デイビス

ビル・エヴァンス

セロニアス・モンク

渡辺貞夫

“伝説”である彼らを撮影してきた中平さんもまた、作品がレコードやCDに使われることも多く、NYのこれまた伝説的なジャズバー「ヴィレッジバンガード」に、日本人作家として唯一作品が収容されている。

非常に残念なことに、中平さんは昨年2024年12月1日に亡くなってしまったが、「Juzz Cafe Bar DUG」は、これからも新宿において、カルチャーを牽引していくだろう。

Bill Evans,Village Vanguard New York,1966 中平穂積『JAZZ GIANTS 1961-2013』東京キララ社刊:PR Timesより

これまでの前編では、東京のアートスポットを、そして後編では新宿のミュージックシーンを紹介してきた。有名無名、新旧関係なく入り混じったクールでホットな大都市東京。

この街は、はっきり言って楽し過ぎる。

登場したスポットを、旅行で訪れるランドマークとしては勿論、東京が身近な人も、是非足を運んでみてほしい。そこには新しい文化の扉が開かれている。行ったことがある人は、その歴史的背景やストーリーに耳を傾けてみると、きっと、もっと楽しいはず。

いつか行こういつか行こうと思って先延ばしにしていた場所にも、これを機会に行ってみよう。東京には行くべき場所が多いから、足踏みなんかしていられない!

IPコンテンツの広がる可能性

2010年、低迷していたユニバーサルスタジオジャパンに入社したマーケターの森岡毅は、それまでの映画に特化したテーマパークというUSJのイメージを刷新し、数々のアニメや漫画とのコラボレーション企画を打ち出してきた。入社当時の年間来場者数が約730万人だったのに対し、2016年度には、およそ2倍である1460万人の来場を達成。目覚ましいV字回復を成し遂げた。その間斬新なアイデアを打ち出し続けたが、この快進撃にアニメや漫画とのコラボレーションが一役買っているのは言うまでもない。

また、ユニバーサルスタジオハリウッドでは、2025年の4月よりUNIVERSAL FAN FEST NIGHTSを初開催。同イベントでは、日本からは『ONE PIECE』、『呪術廻戦』が参加し、テーマパークでしか味わえない特別な体験を味わうことが出来る。

だが、分野を跨ぐ越境は、なにもマーケターの専売特許ではない。先に述べたコラボレーションが生み出す経済効果は自明の事だが、越境による異種混交は今に始まったことではない。人類のまだ見ぬ景色への欲望は、およそ180万年前にアフリカから踏み出した最初の一歩目から、アポロ11号に乗ったニール・アームストロングの月面歩行、そして現在までの系譜の中で、そのダイナミズムを加速化させている。轟轟と走り出したテクノロジーの波は収まることを知らない。

そしてその流れはアートの世界にも飛び火。
「高尚なアート」はその姿を変え、形を変え、あちらこちらに散開した。

今やアートは至るところに、お、言った側から…。

アートによって拡張するIPコンテンツ

もはや知らない人はいないであろう、『ドラゴンボール』。
2019年にはコラージュアーティストである河村康輔とタッグを組み、ユニクロのグラフィックTシャツラインである「UT」から「ドラゴンボールUT」を発売。イラストを一度裁断し再構築するというシュレッダーデザインによって、新たな表現として生まれ変わった孫悟空の必殺技「かめはめ波」など見どころはたくさんだ。

先の河村康輔は2017年には渋谷PARCO企画である『AKIRA』アートウォール・プロジェクトを展開。『AKIRA』作者である大友克洋とタッグを組んだ同企画は、当時建て替え工事中であった渋谷PARCOの工事仮囲いをキャンパスとし、「ただの壁」だった場所をパブリックアートとして彩った。IPコンテンツとアートのコラボレーションが起爆剤となり、都市開発に新しい風を吹き込んだのだ。カニエ・ウェストもお忍びで来日するなど、大変話題を呼んだ事は記憶に新しい。

渋谷PARCO の建て替え工事に伴う仮囲いをアートウォールとして活用した「AKIRA ART WALL」:PR Timesより

先の事例同様、『ポケットモンスター』も精力的なコラボレーションを展開している。2020年には、現代アーティストのダニエル・アーシャムとのコラボレーションを実現。「1000年後、3020年に化石になって発掘されたポケモン」を彫刻作品として制作するアートプロジェクトで、ピカチュウやイーブイなど、馴染みのポケモンたちが化石となって展示された。

ポケモンはその後も同氏とのコラボを重ね、それまでの作品を一挙にまとめた『ダニエル・アーシャムのポケモン図鑑』が2022年、美術出版社から発売。24種の彫刻ドローイングに加え、ペインティングなど91作品を収録している。

ダニエル・アーシャムのポケモン図鑑/ダニエル・アーシャム/美術出版社

さらに2024年、ポケモンは「工芸」とのコラボレーションにも挑戦。人間国宝である桂盛仁はじめ、総勢20名のアーティストがポケモンと「工芸」の掛け算を見事にやってのけた。本展示では、日々を彩る器、着物や帯留など粋な装いに誘い込まれたポケモンたちを見ることが出来る。2025年は日本国内3箇所で巡回するというから見逃すわけにはいかない。

『ポケモン×工芸展ー美とわざの大発見ー』松坂屋美術館、今井完眞『フシギバナ』

国内外を問わず大人気の『鋼の錬金術師』が2017年にコラボしたのは、墨絵師である御歌頭氏だ。墨絵師とは読んで字の如く、墨で絵を描くアーティストのこと。かの水墨画は墨絵の一種であり、中国での修行後帰国した雪舟によって日本独自の水墨画が確立された。そうした歴史深い墨絵において、御歌頭氏は中でも戦国武将と城を中心に描くアーティストだ。それに加えアニメや映画、スポーツの墨絵化でも知られており、彼もまた異なる文脈を見事に繋ぎ合わせている。本企画では、『鋼の錬金術師』の人気キャラクターを墨絵で描き、それを和紙にプリントしたグッズを販売。日本特有の歴史深い文化とのコラボレーションは、国民的アニメを新鮮なイメージで再解釈している。

墨絵師・御歌頭氏とANIPLEX+による【墨絵コレクション】第3弾として、「鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST」が登場。:PR Timesより

このように、今やIPコンテンツとアートのコラボレーションはあちらこちらで同時多発的に発生している。慣れ親しんだあの作品やこの作品の新鮮な姿を見ていると、移ろいゆく時代の中でナニかが蠢く気配を感じる。アートも、IPも、さながら生き物かのように、これからも変わり続けるだろう。その姿を、1ファンとして、見届けていきたい。

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