近代以降のアートそのものが、「事件」とともに幕を開けている。「西洋美術史における最大級のスキャンダル」と呼ばれる事件を巻き起こした“犯人”は、19世紀フランスの画家、エドゥアール・マネ。
ベラスケスやゴヤに影響を受け、ギュスターヴ・クールベの流れを汲む写実主義を志向していたマネは、次第に荒々しい筆致や大胆な構図など、独自の「表現」を試みるようになり、当時の批評家たちやサロン(官展)から反感を買い始める。
そんなマネが1860年代に発表した代表作《草上の昼食》(1863年)と《オランピア》(1865年)は、絵画界にスキャンダルを巻き起こしたことで知られている。

当時、女性の裸体は神話画や歴史画の中で、女神やニンフ(ギリシャ神話に登場する自然の精霊、下級の女神)として理想化して描かれるのが常識だった。もっと言うと、ルネサンス期以降のキリスト教美術では直接的に描きにくかった人間の裸体、ヌードを表現する口実として、神話画や歴史画が機能していた側面もあった。
ところがこの2作品では、そうした寓意的な“配慮”を加えず、同時代を生きる生身の女性の裸体をありのままに描いたのである。
飽和した伝統的表現を打ち砕き、19世紀パリの“現代”を冷徹に描き出したマネは、社会の道徳観そのものを根底から揺るがし、主題やテーマにおいても、造形性や技法においても、「自由」に絵を描くとはどういうことかを問うたのだ。

《草上の昼食》は画家の登竜門であるサロンに落選して「落選展」で公開され、《オランピア》はサロンに入選したものの、いずれも多くの嘲笑と困惑を呼んだ。近代化が進み、写真の発明によって“絵画”の存在意義が問われ始めた時代に、表現することの意味を問うたマネは、まさに「事件」だった。