映画と劇伴、その不可分の関係

筆者がはじめて手にしたアルバムはフィルム・スタジオ・オーケストラによる『不滅の映画音楽』だった。そのタイトル通り、「いつの時代にも愛され、語り継がれる」ことを選定基準とした映画音楽のベスト盤だ。「エデンの東」「男と女」「ロミオとジュリエット」「太陽がいっぱい」「ニュー・シネマ・パラダイス」……。長年愛される名作映画には名曲がある。何気なく手にした一枚から子どもながらに(作品を観たことがないにもかかわらず)場面を想像し、その美しさにうっとりしていた。

 映画における音楽とは大きな存在。映像を彩る雰囲気であり、触ることができない画面の奥の質感であり、鑑賞者の潜在意識の中に意味を伝える力だ。映像の背景で、アクション、セリフのタイミングに合わせ、ミリ数秒単位でサウンドの起伏を設計する「劇伴(げきばん)」は、何も往年の名作に限らず、現代においても存在感は健在。本稿では、その魅力的な世界についてお伝えしたい。

音楽を重視したカルト映画の巨匠。

「音楽は映画の50パーセント」とは、カルト的人気を誇る巨匠、デヴィッド・リンチが「SoundWorks Collection」のインタビューにて答えた言葉だ。示唆に富むこの言葉の真意について、ハリウッドの映画音響にフォーカスした世界初のドキュメンタリー映画『ようこそ映画音響の世界へ』のなかで、リンチはこのように語っている。

「人は人生の最深部を知りたいと思うものだ。行動や感情の底に広がる果てしない意識の海、抽象的な映画では音が大きな役割を担う」。

『ブルーベルベット』や『ツインピークス』『イレイザーヘッド』など、実際にリンチの作品を観てみればわかる。轟音のようなノイズや美しいメロディが、怪しげな街や奇怪な登場人物が描く幻想に共鳴し、作品の謎を深め、観客に忘れられない場面を残している。

リンチは、映像と音は「美しく融合するべき」といい、彼の映画において音は目に見えない登場人物として存在しているのだ。だからこそ、ある意味で“リンチ作品以外にはしっくりこない”独特な劇伴が(時にリンチ自身も作曲し)魅力的に仕上がっている。LPは中古市場でも手に入る。劇伴とともに日常から映画の世界へ溶けこんでみるのはいかがだろう。

78年のデビュー作『イレイザーヘッド』のサウンドトラックの多くをリンチ自身が作曲。主人公ヘンリー・スペンサーの自宅に置かれる「ラジエーターに住む女性」が演奏する曲。数々のロックバンドがカバーする名曲だ。

ショート動画にも強い? 日本が誇る劇伴の巨匠。

 ショート動画の世界においては、最初の数秒で視聴者の離脱を防ぐ強いインパクトが重要といわれる。実際「バズ」を起こす音楽も、転調を多様したり、歌詞に違和感を持たせたり、開始から数秒の間で人を飽きさせない工夫がなされている。ショートとは真逆の映画の世界の音楽にもかかわらず、人気を博しているのが久石譲だ。

2020年に海外で最も再生された国内アーティストとしてLiSAやRADWIMPS、ONE OK ROCKと並びランクインしているほか、’25年に開設された公式TikTokアカウントはこの一年で70.6万人以上のフォロワーを獲得。『菊次郎の夏』で使用された「Summer」や『ハウルの動く城』での劇伴「人生のメリーゴーランド(Merry-Go-Round of Life)」などの代表曲を用いたショート動画やライブ映像は、国内外問わず数万〜数十万以上のいいねを集める人気コンテンツに。ハッシュタグ「#久石譲」や「#joehisaishi」が付いたユーザーによる投稿も多く見受けられ、国内外におけるスタジオジブリ作品の人気と共に、現代でも多くの支持があるアーティストだ。それらの動画で共通しているのがエモーショナルな映像の演出だ。

 大学在学中にミニマル・ミュージックに出会い、20代の大半の時間をミニマル・ミュージックの作曲家として過ごした久石譲。ミニマル・ミュージックとは、短いフレーズを何回も繰り返し、それが少しずつずれていくことで微細な変化を聴かせていく音楽の方法論。テリー・ライリーやフィリップ・グラス、スティーヴ・ライヒなどに代表される、60年代半ばのアメリカで生まれた“シンプル”な音楽だ。

テート・モダンで開催されたテリー・ライリーによる演奏。

 ライヒの《砂漠の音楽》の日本初公演の開催など、ここ日本におけるミニマル・ミュージックを広めた第一人者でもある久石。映画音楽においても、反復構造を土台にしながら、そこに日本的な情緒とオーケストラの厚みを重ねる独自の作曲が感じられる。「メロディだけを書けば単なる娯楽になってしまうが、そこにミニマルの構成手法を組み合わせることで表現の幅が広がる」と語る。

何度もリフレインするショート動画にも“強い”ミニマルの要素と情緒。それは反復と構成というロジカルな設計の上に成り立っている。宮崎駿作品や北野武作品のテーマ曲が、映画にもコンサートにもショート動画にもそれ単体の曲として存在感を示すのは、作家の設計思想の強度を示しているのだ。

音響を緻密に構築する、映画音楽の“魔法使い”。

 作曲家にとって、その美学は様々あるが、「なぜこのシーンに音楽が必要なのか」「なぜここでオーケストラが鳴るのか」を自問することが作曲の出発点だと述べるのは、ハンス・ジマーだ。

ドイツ出身の作曲家であり、これまでに12回のアカデミー賞ノミネート、15回のゴールデングローブ賞ノミネート、4回のグラミー賞受賞など、数多くの受賞経験を有する、最も著名な映画音楽作曲家の一人。『ライオン・キング』や『パイレーツ・オブ・カリビアン』などのディズニー作品、『ダークナイト』や『インセプション』などのクリストファー・ノーラン監督とのタッグ。『DUNE/デューン 砂の惑星』など革新的なSF作品まで、その幅広さと奥深さ、知名度、現代のスピルバーグとも称されるノーラン監督との仕事を見るに、『ジョーズ』や『スターウォーズ』の劇伴を手がけたジョン・ウィリアムズを彷彿とさせる。

 実際、映画『ハリー・ポッターと賢者の石』(2001)から第3作『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』(2004)までを手がけたジョン・ウィリアムズの仕事を受け継ぎ、’26年末に公開されるHBOの新ドラマ版『ハリー・ポッター』ではハンス・ジマーが音楽を手がけることになっている。その点も要注目なのだが、余談はここまで……。

新ドラマ版『ハリー・ポッター』(HBO)予告

 ハンス・ジマーを特徴づけるのは、伝統的なオーケストラとシンセサイザーを融合させた、壮大なサウンドスケープだ。そして様々な映画ジャンルに適応できるように設計された、映像に完全に一体化した緻密な音楽だ。それがさらに斬新なかたちで昇華されたのが『DUNE/デューン 砂の惑星』だろう。従来のオーケストラをほぼ排し、電子的に加工した弦や金管、民族楽器を組み合わせて未知の惑星の音響世界を作り上げた一作。まずジマーは映像の色彩や撮影方法から音の質感を発想することからはじめた。人々の情動を揺さぶるダイナミックな旋律よりも、リズム、音圧、質感そのものに着目し、金属のこすれる音や、砂の動きの音を素材として加工しながら音響世界を構築する。劇伴を“音楽”から音響体験の“デザイン”へと拡張した、巨匠の進化がみられるのだ。

画面を飛び出し“その場所の音”を探す、新たなる巨匠。

 1984年にスウェーデンで生まれ、2007年からロサンゼルスで映画音楽などを学んだルドウィグ・ゴランソン。チャイルディッシュ・ガンビーノ、チャンス・ザ・ラッパー、ハイムなどヒップホップシーンからロックバンドまで数多くのアーティストを手がけるプロデューサーとしての一面ももつ。気鋭のプロデューサーは、かつての学友であったライアン・クーグラー監督とのタッグ(『フルートベール駅で』、『クリード』)で、その名を映画界に知らしめることとなる。

そして『ブラックパンサー』『オッペンハイマー』でアカデミー賞作曲賞を受賞。2026年3月に発表された第98回アカデミー賞では『罪人たち』で3度目となる作曲賞を受賞。いまやおしもおされぬハリウッドを代表する作曲家だ。

 ルドウィグ・ゴランソンの仕事を貫くのは、机上で音楽を作らない姿勢だ。『ブラックパンサー』では、脚本を読んだ後、架空の国・ワカンダを音で表現するにはアフリカに行くしかないと考え、実際に西アフリカへ約一か月間の取材旅行に出た。セネガルへ赴き、現地の音楽家バーバ・マールらと交流を重ね、伝統楽器の演奏をそのまま録音してキャラクターのテーマに組み込んだのだ。西洋のオーケストラをそのまま伝統音楽の上に重ねるとアフリカらしさが消えてしまうからこそ、両者を対等な立場で融合させる創意工夫がスコアに詰め込まれている。

 一方、世界初の原子爆弾の開発を指揮した「原爆の父」として知られる理論物理学者オッペンハイマーを描いた映画『オッペンハイマー』では、打楽器を一切使わず、ヴァイオリンを中心とした主題に電子音を重ね、静かな緊張感を表現している。主人公の内面、時間の経過を恐ろしい手腕で描くノーラン監督の画面に応答するように、『ブラックパンサー』とは正反対の方法を選んだ。同じ作曲家が、題材に応じてこれほど異なる音の語彙を使い分けられること、それがゴランソンの強みだろう。

オデュッセイア映画本編予告動画

 その姿勢がさらに徹底されたのが、クリストファー・ノーラン監督と組んだ2026年公開の『オデュッセイア』である。ノーラン監督はゴランソンに対し、古代叙事詩を描くこの作品で「西洋的なオーケストラを使わない」ことを求めたとか。実際、ゴランソンは青銅器時代の響きを再現するため、古代ギリシャの二本管楽器アウロスや竪琴のリラといった、当時実在した楽器そのものを探し出して演奏させるという驚くべきアプローチを採っている(!)。これは『ブラックパンサー』でアフリカに赴いた発想と同じで、既存の映画音楽の様式をそのまま流用するのではなく、その物語が本来持っていた“土地”に自ら足を運んで探しにいくという方法論だ。映像をよく理解し、リアリティあるものとして音楽を提示する。プロデューサー的側面ももちながら、数多くのアプローチを持つ作曲家・ゴランソン。映画音楽の“今”はまず、公開中の『オデュッセイア』を劇場で観ていただきたい。

EDIT: Ryoma Uchida

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