【インタビュー】多様性とは言うけれど。ぬごですが。が描く「普通」の正体 – 後編

「普通」という議論そのものを描く

「普通」をテーマに作品を描くぬごですが。さんですが、多様性が謳われる昨今、何をもって普通と呼ぶのか、その定義も難しくなっています。ぬごですが。さんは、何を「普通」として見つめ、描いているのでしょうか。

ぬごですが。 – 「普通」という言葉を使ったとき、「それは普通じゃない」と思う人もいれば、「これってあるあるだよね」と受け取る人もいますよね。「普通はこうあるべき」という規範のように捉える人もいるはずです。僕は、その言葉が出たときに生まれる議論や意識のズレも含めて、丸ごと描きたいと思っています。作品によってアプローチは変わりますが、「普通ってなんだろう?」という問いそのものを描き出すことが、僕の表現したいことなんです。

「がんばれって聴きたくない、 」

「それも普通だよね」と肯定する優しさがある一方で、「普通」という枠組みを作ることで、そこから溢れ落ちてしまう人がいる残酷さも孕んでいるように感じます。

ぬごですが。 – そこはすごく意識しています。僕自身、ぼーっと生きていたら「普通」から漏れ落ちてしまう側の人間だと思っているので。

世の中には、周囲と目配せしながらすり合わせて作る「よそ行きの普通」と、一人になったときに「まあ、これくらいなら許せるか」と思える「自分だけの普通」の2つがあると思うんです。僕は小・中学生の頃、その「よそ行きの普通」にうまく馴染めず、こぼれ落ちていたと思います。テストにしても、自分の中の普通でいいと思っていたら平均点も取れなかったり。でも優秀な人たちは「80点取るのが普通、本当は100点に行きたい」と思っている。そうした「普通のズレ」を体験したときに、「えっ、面白いな」と感じたんです。

だからこそ、落ちこぼれる側としての普通も、無意識に誰かを置き去りにしてしまっている側としての普通も、両方の視点を拾い上げて作品に込めたいと思っています。その中でも特に、いわゆるスター性のある記号的なキャラクターや、目立ちすぎる表現は描かないようにしています。

「普通」でもいいと思えた、あるバンドの1曲。

「親友にはなりたくなかった。 」

「普通」を表現し続けるために、ご自身の中で大切にしているスタンスはありますか?

ぬごですが。 – 僕自身も「普通」という感覚を持ち続けていなければならない、と思っています。たとえどれだけイラストレーターとして知名度が上がったり、お金を稼げたとしても、普通の生活や感覚が好きでありたい。同時に、自分が30代になったら、30代なりのリアルな感覚を出していきたいとも思います。自分自身の等身大の「普通」をブレさせないことが、表現の説得力に繋がると思っています。

そうして「普通であること」を肯定的に捉えられるようになったのには、何かきっかけがあったのでしょうか。

ぬごですが。 – BUMP OF CHICKENの『才悩人応援歌』という曲に出会ったのが大きなきっかけです。「才能」の「能」が「悩む」という漢字になっている、才能に悩む人への歌なんです。「自分には才能があったけど、もっとすごい人がいたよね」とか「好きなバンドがメジャー化したらちょっと微妙になったよね」とか、誰もが一度は共感してしまうような心情が歌われていて。僕も「わかる」と思って聴いていたんです。

「最後の顔 」

「自分に向けられた歌だ」と。

ぬごですが。 – 完全に自分に歌われた歌だと思っていました。でも、Cメロあたりで「これは君に歌った歌だと思ったよね。でも違うんだよ、みんなに歌った歌なんだよ」という趣旨の歌詞が出てくるんです。それを聴いたとき、「えっ、僕だけじゃなくてみんな思ってたんや」と頭を殴られたような衝撃を受けました。自分が世界の主人公だと思っていたのに、一瞬で「有象無象」のひとりになれたんです。

「有象無象にな̇れ̇た̇」というのは、ぬごですが。さんにとって救いだったのでしょうか。

ぬごですが。 – すごく楽になりました。実は14歳くらいまで「自分は世界の主人公なのに、ぼーっと生きてきてしまった。ここからどう巻き返せばいいんだろう」と、勝手に重荷を背負っていたんです(笑)。でもこの曲のおかげで、「みんなもこんなもんなんだ」「世界ではなく、自分の人生の主人公であればいいんだ」と思えて。そこで「自分って普通なんだ」という強固な自覚が生まれました。同時に「普通って実はすごく面白いものなんだ」と気づくことができたんです。

「普通」を描くとき、なぜ「女性」を描くのか

「吸えないのに」

「普通」というテーマを表現するにあたって、描く対象がいつも女性のイラストになっています。その理由は何でしょうか。

ぬごですが。 – シンプルに、男性である僕から見て女性を描くのが好きだということもあります。それから、ファッションにおいても女性服の方が表現の幅が広く、時代に合わせてどんどん変化していくからです。移り変わりがあるからこそ、描いていて飽きないというのもあります。

ただ、ぬごですが。さんの作品に登場する女性は、メイクや服が個性的で特徴的なことも多く、初めて見る人からは「普通」とは少し遠く映ることもあるのではないでしょうか。

ぬごですが。 – そう見えるかもしれませんね。僕個人としては、「少しだけ先の普通」を描くようにしています。トップアイドルやインフルエンサーが発信した先鋭的なメイクが、最終的に大衆へ普及していく。僕が描くのは、インフルエンサーの人たちが真似し始めるくらいのタイミングの、「普通」になる少し前のものなんです。

「また映画は途中で終わった、 」

今はSNSの影響で流行の速度が速すぎるので、完全に普及し切ったものを描いても見向きもされなくなってしまいます。数年後に振り返ったときに「あ、この時代の普通ってこうだったよね」と思えるような、少しだけ先回りした“リアル”を意識してメイクやファッションを描くようにしています。

時代を身にまとう「こころちゃん」のリアリティ

「夢の中だけ、」

以前はトー横や地雷系といったカルチャーを描かれていましたが、最近はあまり描かれなくなりましたね。

ぬごですが。 – そうですね。それらのカルチャーが世の中に普及し切ったというのもありますが、一番の理由は、僕自身がその渦中にいるわけではないからです。当事者でもない僕が外側から記号としてだけ描いて、そこに自分なりの「普通」を乗せてしまうと、それは「嘘」になってしまう。

「普通を描く」と言いながら地に足の着いていない嘘を描いてしまったら、それは不誠実だし、ドラマのない日常を丁寧に拾い上げたいというテーマからも反してしまうと思うんです。

では、嘘をつかない表現のために、具体的にどのような意識で人物を描いているのでしょうか。

ぬごですが。 – ここ1〜2年描いている黒髪の女性は、すべて「同じ一人の子」という設定で描いています。実在する知人を原型にしつつ、モデリングして作っていきました。

「VISUAL」

すべて同じ女性だったのですね。髪型や服装が異なるので、作品ごとに別の人物だと思っていました。

ぬごですが。 – 現実の僕たちも髪を切るし、毎日違う服を着ますよね。アニメのキャラクターのように、何年もずっと同じ服・同じ髪型のまま変わらないことの方が「普通」ではない。時間が経過し、生活しているリアルさを持たせたかったんです。この子には「こころちゃん」という名前をつけていて、僕の架空の事務所に所属してモデルを務めてもらっているような感覚で、一緒に作品作りをしています。

「リセットマラソン」

部屋で一人で過ごす姿や、どこかアンニュイな表情が多いのも、そのリアリティと関係しているのでしょうか。

ぬごですが。 – そうですね。彼女の暗い表情の理由は、主に「社会や他者との繋がり」にあると思っています。逆に、家で一人でいるときや好きなことに没頭しているときが一番幸せで、笑顔を見せているんじゃないかなって。

外の社会に出ると生きづらさを感じるけれど、一人で過ごす時間はとても穏やかで幸せ。そんな現代を生きる人の姿として、自分自身の感情も重ね合わせながら描いているんです。

「選ぶか選ばれるか。 」

特別なドラマがなくても、日々悩み、傷つきながら、ただそこに存在する。「普通」を肯定し、その愛おしさを描き出すぬごですが。のまなざしは、擦り減りがちな私たちの日常を静かに温めてくれる。私たちが「自分だけの普通」を愛せる限り、描き出される世界はどこまでも豊かで、美しいだろう。

EDIT: Ryo Kobayashi

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