日本発・世界共通「非常口マーク」の秘密。実生活を陰で支える「ピクトグラム」とは?

スマホで日常的に使われる「👍」といった絵文字は、言葉を介さずに世界中の人々が「good」であると理解できる。しかしよく考えてみたら、これは結構不思議なことじゃないだろうか?つまりただの絵が、世界共通の言葉になっているのだから。こうした視覚記号を、より言語的にシステム化したものが「ピクトグラム」だ。2020年東京オリンピックでの話題を覚えている読者もいるだろう。

現在世界中で見られるこのシステムが本格的に作られ、世界中に広まった背景には、日本のデザイナーたちの知られざる挑戦があった。今回は、そんなピクトグラムと日本の関係を追いつつ、ピクトグラムの役割について紹介したいと思う。

世界共通というシステム

ピクトグラムの原型は第一次世界大戦直後まで遡ります。当時オーストリアでは文字の読めない子どもへの教育用として「アイソタイプ」と呼ばれる記号が使われ、ヨーロッパの鉄道でも国境の交通整備に視覚的に理解できる記号が用いられていた。しかし、これらは統一されたシステムではなく、1964年の東京オリンピックで日本が働きかけるまで地域ごとでバラバラなままだった。実際、東京オリンピック前の日本でも、空港の禁煙表示は手書きの文字デザインのままだった。

東京オリンピック前までの日本は海外からの旅行者が非常に少なく、世界90カ国以上の人々が東京に集まる状況は前代未聞だったという。すべての言語で施設案内を作るわけにもいかず困り果てた組織委員会は、デザイン評論家の勝見勝に相談した。勝見は、誰が見てすぐわかる言葉(視覚言語)の重要性を掲げ、田中一光や横尾忠則ら伝説的なクリエイター10人を集めてプロジェクトを立ち上げた。

1964年東京オリンピックのピクトグラム / Wikimedia Commonsより

彼らはトイレや休憩室を示す「施設シンボル」に加え、世界初の試みとして各競技を表す「競技シンボル」を開発。プロジェクトは見事に成功した。さらに勝見は、ピクトグラムは「世界共通」のシステムであるべきだという理念のもと、制作されたすべてのピクトグラムの著作権をあえて放棄した。この決断により、日本のデザインとそのシステムは以降のオリンピックでも受け継がれ、世界へと一気に普及していったのだった。

一人でも多くの人が理解できるための仕掛け

ピクトグラムの本質は「世界共通」であることだ。現在使われている多くのピクトグラムは、ISO(国際標準化機構)の規格に基づいている。その代表例が、日本人デザイナーの太田幸夫が1984年に設計した緑色の「非常口」ピクトグラムだ。

1970年代初頭まで、日本の非常口サインは「非・常・口」という漢字3文字が光るだけのものだった。しかし、火災事故をきっかけに設置が進む中、「外国人や子どもが理解できない」「施設全体が危険区域のように感じる」といったクレームが相次いだ。そこで太田は、日本代表としてISOに向けた新たな非常口ピクトグラムのデザインに着手することとなった。

太田らは全国から3373点ものデザインを公募し、煙の充満や照明の点滅といった災害時を想定した過酷な環境下で視認性の実験を繰り返した。老若男女がパニック時でも即座に理解できるかを科学的に検証し、1980年に洗練された「駆け込む人」のデザインを完成させたのだ。

ISO非常口ピクトグラム / Wikimedia Commonsより

非常口ピクトグラムのデザインは、単に多くの人種や年代といった「鑑賞者」を想定するだけでなく、視認が困難な「状況」すらも想定してデザインされている。しかも丸みを帯びた人のフォルムは緊張感を緩和し、緊急時の心理に配慮までされている。太田のピクトグラムが今日まで世界中で使用されてきたのは、こうした技術力の高さにあるだろう。

現代ピクトグラムの挑戦

そして現代でも、日本はピクトグラム先進国であろうとしている。渋谷区の公衆トイレプロジェクト「THE TOKYO TOILET PROJECT」では、世界的クリエイター16名による多様な検知デザインに対し、グラフィックデザイナー・佐藤可士和がデザインしたピクトグラムが全てのトイレに共通して使用されている。佐藤可士和は日本で最もよく使用されている種類のピクトグラムを参照し、新たなデザインを設計。一見すると標準的なピクトグラムだが、パーツの角をわずかに丸く面取りして成形されている。このデザインには、都会の冷たい印象を和らげ、利用者に安心感や優しさを感じさせる配慮がある。

恵比寿駅前の公衆トイレ/デザインは佐藤可士和 / Wikimedia Commonsより

ガラス張りで透明になるトイレ、木材を多用した森のようなトイレ、レトロな一軒家風トイレなど、外観や素材はバラバラだが、そこに共通のピクトグラムを配置することで、「ここがTHE TOKYO TOILETの一環である」というシンボルになると同時に、バラバラなトイレに唯一の共通項を与えている。

「世界共通」という幻想

1920年に生まれ、今日も生活の中で進化を遂げているピクトグラムだが、ピクトグラムはシンプルであるが故に誤解を招きやすい。例えば公衆トイレのピクトグラムは時々、どっちが女性なのかわからない場合があるし、そもそもスカートを履いているから女性だという理解は現代的ではないのかもしれない。THE TOKYO TOILET PROJECTではこうした課題に対し、一部のトイレはオールジェンダートイレとして設計している。あえて男女両方のピクトグラムを一緒に提示することで、誰がみても「男と女」とわかるようにもなっている。

もちろん、この試みに終わりはない、誰かを満たそうとすると、常にそこからはみ出す人々が現れる。しかし、だからこそ「世界共通」のピクトグラムは進化し続けるのだろう。

EDIT: Yuki Shibata

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