初のアート展「冒険につき」──高野洸が選んだ“もうひとつの舞台”

2009年、『天才てれびくんMAX』が開催した全国オーディションを見事に勝ち抜き、『Dream5』として芸能界に名乗りをあげた高野洸。『妖怪ウォッチ』のエンディングテーマ、『ようかい体操第一』で一世を風靡した。それからはや10年__。子役からの大成は難しいという一種の定説を、彼は颯爽と飛び越えてみせた。

かつて「ようかいでるけんでられるけん」と踊っていた青年は、今や、音楽、ダンス、舞台、映画、ドラマと、ジャンルを飛び越えてその才能を遺憾無く発揮している。そしてその才能は、アートの形をとっても、怯むどころか一層輝いているから、もはや嫉妬すら覚えない。

アートブランドであるGAAATとのコラボレーションにより実現した、高野洸にとって初めてとなる個人展「冒険につき」1

会期は2025年5月22日から5月28日の7日間で、高野洸の描いた水彩画の原画をはじめ、アートブランドGAAATとのコラボレーションで実現したMCA(メタルキャンバスアート)作品群を間近で観ることが出来る。会期中はこの機会に限定制作された作品をオンラインにて抽選販売も実施中とのこと、こちらも要チェックだ。

そして2025年5月23日、本展示を祝したトークイベントが開催。今回は定員80名を遥かに超える応募があったとのことで、来られなかった方々に、当日のお話の一部をQ&A形式でお届けする。

高野洸「冒険につき」トークイベントの様子

Q – そもそも絵を描いたり、アート活動を始めたきっかけはなんだったのですか?

A – 小さい頃から絵を描くのが好きで、自由帳に描いたりしていました。小学生の頃はクラブ活動でイラストクラブに入っていて、授業中とかも描いたり(笑)、あとは家族でお絵描き大会をやったりしていましたね。

Q – どういった気持ちの時に絵を描きたくなりますか?

A – 仕事させてもらっている中でも、例えば絵に触れた時などに、より描きたい欲が高まると思います。

Q – 美術館に行くとか、そういうことですか?

A – そうですね。美術館の展示企画とかはSNSで見つけて行くことが多いです。普段はインドアなんですけど、そういった場所に足を運ぶこと自体は全然苦ではないですね。

Q – 最近行かれた展示会や美術館はありますか?

A – 国立西洋美術館での、「西洋絵画どこから見る」に行きました。

Q – 高野さんにとって、芸術やアートを鑑賞したり、ご自身で描かれたりという事はどんな意味を持ちますか?

A – 好奇心を満たしてくれるものですね。あとは、感銘を受けたりするものです。行ってよかったなと思うような。そうした絵は、印象深く焼き付いていますね。

Q – 好きな作家やアーティストはいますか?

A – 鳥山明です。僕はゲームがすごく好きで、ドラクエが好きなんです。子供の頃ドラゴンボールも毎週観ていて、この二つを本当に同じ人が描いているんだ!と感銘を受けました。自由帳とかにはドラゴンボールの絵を描いていましたね。あとは生で観たモネの睡蓮は本当に凄かったです。印象派も、写実主義も、色味などに惹きつけられる作品は凄く好きです。あとは昔の人物画に出てくる人の纏っている服装を見ることも好きですね。

2025年1月〜3月にかけて、大阪・宮城・愛知・福岡・東京で開催されたイベント【皆様が激写したご当地写真を高野がデッサンしながらティータイム】で描かれた作品。イベント中では完成していないので今回が完成作品初お披露目。大阪の回で描かれた写真の撮影者がトークイベントに参加。イベントでは、迷いなくスラスラと描き進めていったそう。

Q – ご自身としては初のアート展ということで、やろうと決めたきっかけはありますか?

A – 別のイベントで水彩画を描いていて、それを展示してみたいとは思っていたんです。あとは、最近本当に絵が好きで、特に絵を描く時間とか、美術館に行く時間がたくさんあったんです。そういったことがあって、個展を開くのは一つの目標というか、夢でした。

Q – 今回、高野さんに描いていただいた原画が、MCA(メタルキャンバスアート)という、アートブランドGAAATの手掛けたオリジナルアート作品に生まれ変わりました。金属製のキャンバスに独自の技術加工を施すことで、長く美しさを保つように作られています。特徴としては、光の角度によって見え方が変わったり、立体的なテクスチャーに加え、重厚感や耐久性を備えています。実際にご覧になって、いかがでしたか?

A – あまり見たことのないもので、生で初めて見た時に本当にすごいなと思いました。僕の描いた一個一個の線を反映してくださったり、立体感や鮮やかさ、メタルならではの良さがあって素敵に仕上がったと思います。プリザードフラワーが凄く好きなんですけど、同じように、ずっと長持ちしてくれるのも嬉しいポイントですね。

Q – 水彩画に関しては、高野さんが3月まで行っていたツアーの会場で、ファンの方が撮影した写真の中から、会場ごとに1枚ずつ選んで描かれていたものですが、苦労した点や、こだわったポイントはありますか?

A – 素敵な写真ばかりだったので、苦渋の選択というか、どの会場も写真選びが大変でした。「愛知」に関しては、行きの新幹線で、雪化粧の富士山を見ることができて、描きたいと思いました。ちょうど用意してあった絵の具の中に銀色のものがあったので、それも追加で入れて、かなりキラキラした絵になったかなと思います。

「25.02.23_愛知」ライブツアー中に行ったイベント「皆様が激写したご当地写真を高野がデッサンしながらティータイム」にて、愛知付近の写真をハッシュタグで募集し、選んだ1枚をイベント内でデッサン。その日、2/23は富士山の日であったこともあり、この写真をセレクト。上空からの富士山も、大きくて神々しい。初めて水彩絵の具のシルバーを使ってみました。

Q – ツアー中ということもあって、時間が限定されている中での創作だったと思いますが、大変でしたか?

A – そうなんです、すごく難しくて。1枚に掛けられる時間が30分程で、しかも水彩もかなり久しぶりだったので。鉛筆の線、結構筆圧が強かったのか、残るなっていう印象はありましたけど、それも意外と悪くはないかなと思いました。

Q – 今回のアート展のために描いていただいたデジタルアートの作品では、コンセプトや作風は何か意識されていましたか?

A – タイトルを「冒険につき」にしたいなっていうところから始まって、それに伴ってイメージして描いていきました。

Q – この中でも一つ選んでいただいた作品がこちらの「はじまり」ですが、どういった作品ですか?

A – RPGの世界観が好きなので、道が続いて広がっていく絵の中で、同じようにみなさんの中で想像が広がるような絵を描きたいとは思っていました。ただ、とりあえず木を描き始めたらかなりでかくなってしまって、それが逆に面白い感じになったと思います。

「はじまり」はじめに完成しました。キャンバスをダークグレーに染め、白ペンを取り、何も考えず描き出したでかいと、描きたくなって描いた城。一番しっくりきた空と雲の色。

Q – 全体的にはどのあたりが難しかったですか?

A – 空は悩みましたね。雲のニュアンスが難しくて、何度も描き直しました。背景の色との兼ね合いもあって、細かく塗るかっていうところを、あえて雑に、一番太いペンでバッて描いたりもしました。デジタルアートだと、この細かいドローイング次第で印象が全然変わってしまうので、何百回と試して、良いニュアンスが出たものを使っています。「冒険へ」に関しては、背景が黒いところも、理想の黒になるようにかなりこだわりました。枠外は暗めだけれど、若干明度を上げて、ダークグレーのような感じにして、洋服の部分は若干カーキに近い黒を使いました。MCAでは、その辺りの微妙なニュアンスも再現されていたのでよかったです。

「冒険へ」最後に描いた一枚。僕のマスコットキャラクターであるアドラと一緒に、アートの冒険へ。

Q – ご自身の絵を通して、特に何か伝えたい事はありますか?

A – たくさんの方に絵に関心を持ってもらいたいです。僕の絵を観て、少しでも絵に興味を持つ人が増えたらいいなと思います。

Q – それは高野さんご自身に興味を持ってもらうというよりは、「絵」というものに対して興味を持ってもらうということですか?

A – そうですね。自分の活動を通して、少しでも「絵」の面白さっていうのが広まっていけば嬉しいです。

Q – 今後どんなものを描きたいですか?

A – デジタルアートだったり、自分の個性がどこかで出ているものがいいなとは思っています。色々とチャレンジもしたいのですが、水彩画や油絵、デジタルアートだったり、デッサンなど、色々な描き方を模索しつつ、描きたいものを描いていけたらと思います。

Q – あくまで楽しくというか。

A – そうですね。その楽しさを、多くの人に知ってもらえたら嬉しいです。

Q – 最後に、会場に来られなかった人の為に何か一言お願いします。

A – 今回はトークイベントということで、話がメインという部分はもちろんあったかもしれないですが、絵は、実際に観ることで想像を膨らませて楽しんでもらえるものだと思っています。特に今回お話したこととしては、MCAの素材もすごくいいですし、水彩画も、MCAと並べてみると逆に良さが分かったりして楽しいと思うので、是非会場に来て、間近で作品を観て頂けると嬉しいです。僕の作品を観てどう思うかというところは、皆さんに委ねたい部分です。色々と想像を膨らませたりしながら、純粋に楽しんで貰えたら嬉しいです。

型にはまらず、縦横無尽にその才能を発揮している高野洸。かつての「妖怪ウォッチの人」というイメージは、もはやとうに薄れつつある。彼は、昔、ではなく、間違いなく今を生きている。そして、27歳の才能あふれる凛とした姿は、その視線の先は、来る未来を、楽しげに、しかし確実に見つめている。高野洸の今後の活動から目が離せない。




会期中はオンライン抽選販売を開催!

【皆様が激写したご当地写真を高野がデッサンしながらティータイム】のイベントにて、制限時間がある中で生まれた6点の「水彩画の原画」に加え、
「水彩画の複製Metal Canvas Art」、さらに「『冒険につき』」をテーマに書き下ろした新作4点」を
加えた、全10作品を抽選販売いたします。

受付期間:2025年5月22日(木)13:00 ~ 5月28日(水)23:59
下記URLから詳細をチェック!お見逃しなく!

抽選販売特設ページ

  1. 高野洸 × GAAAT アート展『冒険につき』
    2025年5月22日(木)〜 5月28日(水)
    ※開場時間は日程によって異なります。
    5/22(木): 13:00 – 19:00
    5/23(金)〜 5/27(火): 12:00 – 19:00
    5/28(水):12:00 – 17:00


    BABY THE COFFEE BREW CLUB
    東急プラザ原宿「ハラカド」3階 GAAAT ギャラリー
    〒150-0001 東京都渋谷区神宮前6丁目28-6 キュープラザ原宿 3F

    ↩︎

見えない顔、見える感性 – ORIHARAが紡ぐ人間の複雑さ 【後編】

強さの奥にある儚さや、意味ありげな表情。全体を覆う毒々しい雰囲気の奥に垣間見えるのは、悲哀なのか、一種の諦観なのか。ORIHARAの繊細なタッチが織りなす繊細な描写は、観る者に何かを訴えかけてくる。細かなニュアンスが全体の印象を作り上げるといういわば正当な順序からちょうど逆転するように、作品を前にして感じるファーストインプレッションを、細部の微妙な表現により裏切り、解体する。人間は複雑な生き物だ。人一人を、イラストというカタチで真摯に描こうとするORIHARA。相反する要素を、なんら矛盾なく共存させてしまう彼女の仕事ぶりは、むしろ正当であり、それ故に末恐ろしくもある。Adoのイメージディレクターも務める彼女は、開催を間近に控えた「OSAKA INTERNATIONAL ART 2025」にて個人制作としては初となる展示を実現。イラストレーターやイメージディレクターなど、型にはまらない彼女の作家としてのあり方、その精神性に迫るインタビューを前後編でお届け。

私の肖像

B- イメージディレクターとしての仕事では、他人に入り込む感覚だと思うのですが、自分がブレるというか、自分との境界が曖昧になるような、そういった瞬間はありますか?

ORIHARA- 自分のことを考える時間が少ないというのはあります。昨日食べたもの何一つ覚えていないのに、他人の話は全部覚えているみたいなことはありますね(笑)。

B- それはちょっと休んだ方がいいかもしれないですね(笑)。

ORIHARA- 元々自分の感情を外に出すのは得意じゃないというか、自分の感情を作品にして誰かにぶつけることへの価値というのが測れていなくて、この作品を出す価値ってなんだろう?この作品を表に出すことによって、誰にとってなんの意味があるのだろう、とか考えますね。同じ作品でも出す時間によって価値が全然変わってきてしまったりもするので。

B- なるほど。ご自身の話で言うと、多くの人がORIHARAさんの作品を一度は目にしたことがあると思います。そんな中で、顔出しはされていないじゃないですか。普段の自分と、一人歩きしていく「ORIHARA」との乖離を感じることはありますか?

ORIHARA- それは結構あると思います。自分のことを裏方(職人)だと思っているので、SNSで何かを多くを語ることはなかったのですが、それで実際に人と話すと、「もっとミステリアスで怖い人だと思っていました」って、よく言われます。実際の私がどうかは置いておいて、そういうイメージを受けてしまっているところには、結構衝撃を受けました。結局リアルで話していても見せる一面によって人の印象は全く変わってしまうので、それはそれで良いのかな。本来の自分との延長線上の話だと思っています。

B- そうした認知度の高さの中で、作品の特にどんな部分を見てもらいたいですか?

ORIHARA- イメージディレクターとしては、大きく出ているその人の一面以外の部分を届けたいです。すごく笑っている人の中の怒りを伝えてあげたい。その人に脆い部分があることを、その人が人間であることを伝えたいっていうような気持ちです。でももちろんどんな感じ方でも嬉しいですよ。

B- 単純にいいなみたいな。

ORIHARA- そうです。シンプルにこの衣装可愛いでも全然いいし、この髪型にしたいとかでもいいし、楽しんでくれたらやっぱりそれが一番嬉しいですね。

OSAKA INTERNATIONAL ART 2025展示作品 「narcissism」

自己批判によって見えてくる「幸せ」のカタチ

B- 今年開催される「OSAKA INTERNATIONAL ART 2025」では、初の個人展ですね。イメージディレクターというより、イラストレーター色の強い作品になるんですか?

ORIHARA- そうですね。普段はその人個人をすごく見つめて、その正解を拾って出力するみたいな、制約の中での制作だったのが、突然自由にとなると、普段のプレースタイルからかなり変わるので、苦労しました。そこの境界があやふやな仕事はたくさんありますが、今回は特にイラストレーター色が強いというか、自分とは何かみたいなところに行きつきました。ある種自分のイメージディレクション的な側面もあったかなと思います。

B- なるほど。内省というか、自分を見つめて。

ORIHARA- こういう感情が私の中にあったな、とか、このようなものになりたかった、こういう風なものが私の現実であるとか、自分に置き換えてちょっと潜ってみたかなと思います。

B- なにかそれは他人に近づくよりもカロリーを使うような気がするのですが、そのあたりはどうでしたか?

ORIHARA- たくさん怒ったりたくさん泣いたりできましたね。すごく貴重な機会だった気がします。あんなに正当な理由で自分で自分に怒ったりしていいんだっていう。

B- 例えばどういった感じですか?

ORIHARA- 例えば、小さい時に心に残った作品をみて「なんでこのシーンに私は共感したんだっけ」「それって一種の自己愛的なものが働いているのか」「なんでこのシーンが嫌いなんだっけ」というふうに。自分の好きなものと自分が受け入れられなかったものを全部強制的に一度向き合って考えました。

OSAKA INTERNATIONAL ART 2025展示作品 「衣装ラフ」

B- 相当しんどい作業ですよね。それでも自分を見つめ続ける、そのエネルギーの源はなんですか?

ORIHARA- 幸せになりたいというごく当たり前の感情があるのですが、どうやったら幸せになれるかって考えるじゃないですか。その時にかなり受動的というか、幸せにしてもらう方法ばっかり頭に浮かぶことに気がついて。例えばペットを飼うとか恋人を作るとか、相手に優しい言葉をもらったり癒してもらったり、「何を施してもらえるか」を考えてしまうことに気づいて。

B- そうですね。

ORIHARA- ということは幸せになりたい時に、私たちは他人を頼る。自身は何も努力する気がないけど、幸せになりたい。幸せになりたいと言うけれど、自分は何もしたくないって、道理にかなわないじゃないですか。寂しいから友達と遊びに行くのも、じゃあ友達に孤独を埋めて欲しいってことでもあるわけで。

B- 確かにそういう面はありますね。

ORIHARA- 「それって一緒にいる友達は楽しいの?いつまで一人だけ幸せになろうとしてるのかな。そんなことを繰り返していて、これからも繰り返すのかな?」と考えた時に、もう自分が頑張るしかない。良い人間になりたい。その為には今の自分のダメなところはちゃんと向き合わなきゃいけない。ちゃんと自分のことも責められないといけない。そういった考えが、仕事でも、イラストでも少し出ているかもしれないです。できているとはまだ思えないんですが。

B- もし仮に、自分を徹底的に見つめ続けて、完璧人間みたいになるとするじゃないですか。そうなったらORIHARAさんの作品ってどうなるんですか?作れなくなってしまうのか、

ORIHARA- どうなるんだろう。でもその先が見てみたいし、何があってもずっと描いているとは思うんですよね。幸せであろうと努力をしているということは、いつだって転げ落ちる可能性を自覚しているということで。良き人間になろうとしているっていうことは、根っこが本当はもっとだらけたい人間であるっていうことで。完璧なことを、息をするように、基礎代謝みたいにできる人間じゃないってことを知っているから、きっと何かしらいろいろな作品を作るんじゃないかなと思いますね。

B- 諦めることって多分簡単じゃないですか。楽しようと思えばいくらでも出来るというか。

ORIHARA- 私の場合は、SNSのフォロワーや、ファンの方を絶対裏切っちゃいけないよねっていう気持ちでなんとかやれています。

B- ある種巻き込んで。

ORIHARA– 一種の証人ですね(笑)。観て頂いている方や支えてくれている人がいるから、もっと頑張らないといけないと思います。ただ、いつでもダメになれるっていうのは本当にそうで、効率が悪いからとか、やらない理由なんていくらでも出てくる。だから言質を取っていただく。このインタビューもきっと私の言質ですね(笑)。

B- 確かにそうですね(笑)。

一枚の絵を描き上げるのに、一体どれほど苦心しているのだろう。自分が絵を描く意味はなんなのか。相手に届ける意味は?相手は本当はどんな人だろう。自分って、なんだろう。目を背けたくなる、耳を塞ぎたくなるような場面で、彼女は決して逃げない。その姿を尊敬すると同時に、羨ましくも思う。心配にも、思う。だからたまには後ろを振り返って。そこには、“目を尖らせた審判”はいない。というよりはむしろ、暖かい眼差しをもった多くの人たちが立っているはずだから。その中には、もちろん僕も。ORIHARAさんの今後の活躍を、1ファンとして楽しみにしています。



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見えない顔、見える感性 – ORIHARAが紡ぐ人間の複雑さ 【前編】

強さの奥にある儚さや、意味ありげな表情。全体を覆う毒々しい雰囲気の奥に垣間見えるのは、悲哀なのか、一種の諦観なのか。ORIHARAの繊細なタッチが織りなす繊細な描写は、観る者に何かを訴えかけてくる。細かなニュアンスが全体の印象を作り上げるといういわば正当な順序からちょうど逆転するように、作品を前にして感じるファーストインプレッションを、細部の微妙な表現により裏切り、解体する。人間は複雑な生き物だ。人一人を、イラストというカタチで真摯に描こうとするORIHARA。相反する要素を、なんら矛盾なく共存させてしまう彼女の仕事ぶりは、むしろ正当であり、それ故に末恐ろしくもある。Adoのイメージディレクターも務める彼女は、開催を間近に控えた「OSAKA INTERNATIONAL ART 2025」にて個人制作としては初となる展示を実現。イラストレーターやイメージディレクターなど、型にはまらない彼女の作家としてのあり方、その精神性に迫るインタビューを前後編でお届け。

はじまりは二次創作

B- まずは、絵を描き始めたきっかけを教えてください。

ORIHARA- もともと漫画やアニメがすごく好きでした。物語を見るのが好きで、その物語に、もしこんなキャラクターがいたらどうなるかっていうことを想像していました。
例えば、『ハリーポッター』でいうと4つの寮があるじゃないですか。その4つの寮には、100年前にこんな生徒がいたかもしれない、というような想像を膨らませるんです。そうして、想像したキャラクターのデザインを自分で視覚化できるような形で始めたのがイラストになります。二次創作みたいなことが好きでした。

B- 受け手として楽しむだけではなく、そうした物語を元に想像を膨らませるというか。

ORIHARA- そうですね。物語の余白がすごく好きなんです。そうやって仲間内で創作をして遊んでいました。これがだんだん進んで、オリジナルの物語を作るようになり、小説というか文字がメインになっていったのですが、それを誰かに共有するときにイラストを描いていました。

OSAKA INTERNATIONAL ART 2025展示作品 「穢」

B- 漫画やアニメに限らず、普段から想像したり、何かを考えることは多い方ですか?

ORIHARA- そうですね。昔から結構色々な言葉を心にメモしています。恩師の一人に、「常にアンテナを張りなさい」と言われたことを凄く覚えていて。例えば、すごく特異なことをしていたり、人より一歩抜きん出ている人が最初から特別な存在というとそうではないと思うんです。周りの人が遊んでいたり、休んでいたり、見落としていたりする時に、何かに気づける人や、限られた時間の中で多くのことを考え、人よりも多く走っている人が伸びていくっていうのはすごく理にかなっているなと思います。なので、「今すごく雲がグレーだな。なんでグレーなんだろう?雲って白じゃないんだ」とか「なんで夕焼けの時にオレンジからピンクになって急にこの境界線が青になるんだろう」とか「そういえばなんで犬って四足歩行なんだろう」とか。人々がそういうものだよね、って認識しているものを「なんで?」って思う時間があればあるほど、人より一歩先に出られるんじゃないかなと思います。

B- なるほど、自分がいかにボケーっと生きてたのかっていうのが(笑)。

ORIHARA- 自分は考えすぎなところがあって、家の鍵を5回ぐらい閉めてあるか確認してしまって、よく周りの人に考えすぎなんじゃないかって言われます(笑)。

B- でもまあ閉め忘れるよりは全然いいと思いますけどね(笑)。

ORIHARA- 泥棒が入るよりかは(笑)。

B- ちょっと想像を絶するというか、人生の一コマへの没入の仕方が深いなというか。

ORIHARA- そう言っていただけて、5回閉めに行った鍵も救われます(笑)。

B- そうですね(笑)。でも、そうした普段からの観察眼というか、洞察力っていうのは絵に活きていますか?

ORIHARA- 絵に対してもイメージディレクターとしても活きていますね。人間の挙動であったり、今この場でこういう言葉を発する意味とか、なんで今泣いたんだろうとか、そういうことを考えているのは、結構活動に活きてきているというか、軸になっているのかなとは思います。

OSAKA INTERNATIONAL ART 2025展示作品 「I」

「その人一人の幸せを願い続ける」

B- 「イメージディレクター」は、それまでは無かった職業ですよね。

ORIHARA- そうですね。今となっては、将来イメージディレクターになりたいっていうような方からリプライをいただくこともあります。

B- 新たな職業を一個作ったんですね。具体的に何をするのか教えていただけますか?

ORIHARA- 技術的には担当する人のビジュアル、外見や所作などをイラストや様々な媒体、例えばグッズや衣装などのいろいろな形で、“この人はこういうキャラクターですよ、こういう人ですよ”というのをデザインとして置き換えていく職業です。メンタル的な部分では、その人一人の幸せを願い続ける仕事です。

B- そんなことを実現するには、例えば描く対象の方にすごく入り込んでいかないといけないというか、

ORIHARA- そうですね。

B- ORHARAさんの、例えば勘違いじゃないですけど、間違った風に描いてしまわないようにするっていうのは大変だと思うんですけど、その苦労はありますか?

ORIHARA- いつも苦しんではいますね。任せな!こうだよ!みたいな形にはできないですし、してはいけないと思っています。人というのは映画一本で感性が変わったりする生き物だと思うんですね。これで人生が変わりましたっていうことはたくさんある。たかだか2時間で人生観が変わってしまうかもしれないのに、1ヶ月前に得た情報で、“私はこの人を全部知っています”みたいには絶対にしないよう気をつけています。作品をあげる時も恐る恐る提出してみるみたいな。

B- さっきの話での「幸せを願い続ける」の、続ける、向き合い続ける、ということが凄く大切なんですね。

ORIHARA- そうですね。

B- 言ってしまえば、その人の人生を半分背負うぐらいの感覚というか、覚悟というか。

ORIHARA- 絵としてはこういう表現がいいけど、この人が誤解されてしまうかもしれないとか、本人の意図と異なる表情をする人間なんだと思わせてしまいたくない、とか。例えば、私自身がずっと同じ表現をとっていたら、この人は時間の止まった人間だと思われてしまうかもしれない。そういうズレが起きないように、常に「自分が間違っていたり、分かった気になっていないか」と考え続けるのが正常なくらいの職業だなと思っています。

イメージディレクターという、未だ踏みならされていない道を突き進むORIHARA。前編では、「その人一人の幸せを願い続ける仕事」と語る通り、自分を擦り減らしながらも相手に近づこうとする彼女の創作哲学を伺った。後編では、そうした状況下で彼女がどのようにして自分を保つのか、自己批判によって生み出される作品の軌跡を紐解いていく。



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【インタビュー】GUWEIZの描くデジタルアートの向こう側- 後編

前編で語られた創作の原点とインスピレーションに続き、後編ではGUWEIZの制作プロセスと今後の展望に迫る。独自のサインから日々の制作ルーティン、そして作品に注ぐ情熱まで、アート制作の裏側を詳細に語ってもらった。2025年の大阪万博への参加を控え、新たな表現への挑戦と成長を続ける彼の姿勢からは、真摯にアートと向き合う姿勢が伝わってくる。

アート制作の裏側

B- 今書いているサインへのこだわりはありますか?

GUWEIZ- 正直名前だけ書けば機能すると思っています。ですが、アーティストとして少し見た目に変化を加えた方が認識されやすいとは思います。そんな中で「Guweiz」の大きなGと、最後のZを長くすることで目立たせました。こだわりというこだわりなのかはわからないですが、実際これで機能しているのでうまくいっていますね(笑)。

自身のサインについて

B- 普段の制作スケジュールは自分で締め切りを決める、それとも何も決めずに制作をして作品が完成するんですか?

GUWEIZ- 厳密なスケジュールは特に決めていないですが、1か月に4・5作品は完成させるようにしています。実際、作品制作と同時にレッスンの仕事、商業的な仕事、様々な事を並走しながら作品を仕上げているので思うようにいかないこともありますよ。

B- 1つの作品制作時間、もしくは1日の制作時間を教えてください。

GUWEIZ- 作品によっては200時間かけることだってありますし、半分描き終えているのに納得いかないとやり直したりもする。昔なんて1日に16時間以上描いていたりもしましたが、もう若くないので12時間くらいですかね。

B- 制作過程の中で、悩んで、それを発散するときは何をしていますか?

GUWEIZ- なんでしょうね、実際その人に合った発散方法が合ったりすると思うんですけど、私の場合は発散するというより、悩んだりしても、とにかく描き続けます。そんな中でたまにYouTubeや音楽を流したりしながらリラックスもしている感じです。

B- 自身の制作現場で欠かせないものはありますか?

GUWEIZ- YouTubeです。とにかく部屋で音楽でも、時には何が流れているか分からなくてもそばにありますね。静かすぎると逆に集中できなくなってしまうので、少し雑音程度の方が丁度良いですね。

自身の制作現場

B- 制作の際に大事にしていることやルーティンなどはありますか?

GUWEIZ- 朝起きて、歯を磨く、そして食事をして制作を始める。これが私のルーティンですね。実際、自宅の中で生活と制作を両立させているので普段の生活とあまり変わりはありません。ルーティンワークを重視するというよりも、ただ単純に作品を作りたいという原動力が私にとっては大事です。

「自分が素晴らしいと思えるものを作りたい」

B- 制作の原動力はどこから来るのですか?

GUWEIZ- 難しい質問ですね。ただ単純に創作したい、完成させたいというものが根底にはあるんですが、私の作品のことが好きな人に見せたいというのが原動力ですね。

自分が好きなものを人々に見せられる機会というのは、実はとても貴重なものだと思うんです。誰もが、自分の好きなものを誰かに共有したいという願望を持っているはずです。「これ、すごくいいよ!」って。たとえば、友達に「これすごくクールな動画だから見て!」ってYouTubeを見せたときに、相手が「別に…」みたいな反応をすると落ち込みますよね。でも私は、多くのファンが私の作品に対して「悪くない」と思ってくれる立場にいられることをありがたく感じています。だからこそ、自分が素晴らしいと思えるものを作りたい。見た目もカッコよくて、自分の好きな要素がうまく組み合わさったもの。そして、それを見てくれる人たちがいることに、本当に感謝しています。それが私の原動力になっているんです。

B- 制作する上で心がけていることはありますか?

GUWEIZ- 作品を作るたびに、前作を超えたいという思いがあります。でも、「前作を超える」って難しい。毎回違うものを描いているので、単純な比較はできないんです。大切なのは、まだ自分が表現したことのない新しいものに挑戦すること。近代的な都市風景から時代物まで、建築様式や衣装、キャラクターなど、探究したい方向性は無限にあります。

私の目標は、新しい表現に挑戦し続けながら、「これはかっこいい!」と心から思えるものを皆さんに届けることです。

B- デジタルアートがフィジカルアート(MCA)になることで表現の広がりや、MCAの印象について教えてください。

GUWEIZ- 作品の表現はかなり広がりました。特にメタルキャンバスアート(MCA)の2.5次元表現は独特な魅力があります。完全な3Dと違って作品の見え方をより細かくコントロールできるので、アーティストの意図した通りの体験を届けやすいです。

B- 2025年に入って、今後挑戦していきたいことなどはありますか?

GUWEIZ- OIA(OSAKA INTERNATIONAL ART)の展示に向けて今は頑張っています。あれこれ手を広げずに、この一点に集中しようと思っています。こんなに大きなイベントはめったにないし、とても貴重な機会だから。ベストを尽くして、シンプルに、しっかりやり遂げたいです。

B- デジタルアートに限らずアーティストとしての夢はありますか?

GUWEIZ- まだ自分はそこまで優れているとは思っていなくて、学ぶべきこともたくさんあります。今はひたむきに絵を描き続けて成長していきたいです。

B- 最後に、進行中のプロジェクトや、告知したいことなどあれば教えてください。

GUWEIZ- OIAに参加するので、そこでたくさんのファンの方々に会えるのを楽しみにしています。



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【インタビュー】GUWEIZの描くデジタルアートの向こう側- 前編

シンガポール出身のデジタルアーティスト、GUWEIZが約5ヶ月ぶりに来日。前回の原宿でのGAAAT個展から、東京の街並みや明治神宮など日本の風景からインスピレーションを得たという彼に、創作の原点から現在のスタイル確立までの道のりを語ってもらった。『ロード・オブ・ザ・リング』や「ベルセルク」などのポップカルチャーにも深い造詣を持ち、シンガポールでの学生時代に鉛筆で密かに絵を描き始めたことが今日のキャリアの出発点となった。常に探求心を持ち続け、行き詰まりをも創作プロセスの重要な一部と捉える彼の美学と哲学に迫る。

GUWEIZのアイデンティティ

B- 前回の来日から約5か月ぶりですが、その間に新たな創作のアイデアは生まれましたか?

GUWEIZ- GAAATとの原宿での個展はとても刺激的な経験でした。普段のファンとの交流はネットを介することが多いですが、原宿では、ファンの方々のリアルな熱気を感じ、アイデアに加え、創作に対するエネルギーをもらえました。ファンがいることで今の自分があることをとても実感しました。これから様々な作品を作り、皆様に共有できることが非常に楽しみです。

B- 普段の作品作りではどのような事からインスピレーションを得ていますか?

GUWEIZ- 美しい物です。美しいと私が感じるもの。例えば街の風景をとってもそうですし、中世や近代の衣装デザインなど、様々な物に対してインスパイアされています。あとはポップカルチャーや他のアーティストもそうですけど、東京では多くのインスピレーションを得られたと思います。明治神宮にも行ってみましたけど、素晴らしかったです。

東京はすべての建物に独特な雰囲気があるなと思っています。例えばシンガポールでは、多くの建物が均整の取れたデザインなんです。でも東京の風景を見ていると母国とは違った建物の配置、制御されてる様な混沌さに魅了されました。

B- これまでどんなポップカルチャーに触れてきましたか?

GUWEIZ- 良い意味で様々なものに興味がありました。ハリウッド映画から日本のアニメまで幅広く楽しんでいましたし、各作品の微妙な違い(例えばハリウッド映画の広大さから漫画などのタッチの緻密さ)をバランスよく楽しんでいました。

B- その中でもずっと好きな映画やゲーム、漫画を教えてください。

GUWEIZ- 『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズは大好きです。脚本や演出に派手さがありながらも、暗いシーンを表現するのがとてもうまく、暗い中にも一筋の明かりがしっかりと表現されていて、私の作品にもそういった要素を取り入れています。あとはフロムソフトウェアのタイトルや、漫画だと「ベルセルク」も、今でも読み返すくらい大好きです。

B- 他のアーティストから影響を受けることはありますか?

GUWEIZ- もちろんありますよ。でも、単に真似するのではなく、なぜその表現を選んだのかを考えています。アーティスト同士が影響し合って、それぞれが自分なりのやり方で表現しているのを見るのはとても楽しいですし、時には「自分ももっと頑張らなきゃ」と思うこともあります。そういう刺激があるから、どんどん挑戦してみたくなるんですよね。

Concert

アーティストとしての出発点

B- アーティストを心がける転機やきっかけになった出来事、もしくはなぜアーティストになりたいと思ったのですか?

GUWEIZ- とにかくシンガポールは勉強熱心な国だったんです。そんな中で、日本でいう中学生くらいの頃でしょうか、数学の授業が苦手で成績も良くなく、家でゲームもさせてもらえませんでした。そんな時期にふと、鉛筆で絵を描いてみたんです。家族には私が描いてることは気づかれなかったので、なんとなく描き続けてました。これが当時の私の楽しみの一つになっていったんです。あの時、趣味であったゲームに変わって絵を描き続けてきたことが、今、アーティストになったきっかけです。

アーティスト活動初期の作品

B- 現在の制作のスタイルになるまでにどのようなプロセスを辿ってきましたか?

GUWEIZ- まずは自分が好きなアーティストの作品や好きなものを模倣することから始めました。最初は本当にひどかったです。スキルが不足しているので出来栄えがよくなかった。描くにつれて、次はこうしてみようと工夫するようになったんです。小さめのポートレイトでキャラクターを描いてみて、追加する形で様々な背景や要素を取り入れていきました。少しづつ時間をかけて絵を描いていくこと、物事の視野を徐々に広くしていくこと、この工程の中で新たな発見であったり探求心を向上させました。この探求する心構えによって、自分の作品の幅も広がっていったのです。

経験を重ねるにつれて作品の描き方、時間のかけ方、表現に対してより効率的になりました。作品を描く中で、思ったものと違うと感じた際は、これまでの経験を活かし、視点を変えて少しづつ仕上げていく、こういった自然なプロセスを大事にしています。

B- フィジカルアートではなくデジタルアートを選んだ背景には特別な理由などはありましたか?

GUWEIZ- デジタルアートのアクセスのしやすさに注目しました。鉛筆やペンの作品ではスキャンした際の出来栄えも良くありません。もちろん、そのジャンルで色彩豊かな方々はいますし、ただ私はそうではなかっただけです。道具をとっても、特にアート業界と縁がない環境だったので、両親に道具を都度揃えてもらう必要があり、それだったら中古のタブレットでも十分に始められると思いデジタルを選択したのです。

今でも当時と同じモデルのタブレットを愛用していて、たまに「もっと高い良いもの使えば?」などと言われたりもしますが、もうこれに慣れてるし、安心するんですよ。それでも初心者にとっては非常に始めやすいと思います。そこまでお金のかかるものでもなく、部屋を占有するほど大きくもない、そういった部分に惹かれたんですかね。

B- これまで作品作りを続けてきて印象に残っている作品、またその理由を教えて下さい。

GUWEIZ- 花田美術で展示をした「Ash」という作品です。私にとって完璧な作品だと思えたからです。他のアーティストが見たら改善点などあるかもしれないですが、私にとってはその作品が完璧だったのです。

Ash

B- 制作過程の中で、行き詰ったことや大変だなと感じた体験はありますか?

GUWEIZ- もちろん。一つの作品を描き上げるのに15回くらいは描いて、悩んで、描いてを繰り返しているんじゃないですかね。この制作過程こそが、行き詰りが起きている事が、重要だと思っています。行き詰るということは、絵に対して真摯に思考を巡らせているんです。何も考えずに描いているだけでは良い作品は出来上がりません。つまり、描くということは、こういった行き詰ったプロセスをどうにかしてまとめ上げ、対処していくかを学ぶ経験だと考えています。それを繰り返したことで今の自分の作品にスタイルが生まれていると思います。

インタビュー後編では、彼の最新作品や将来の展望、MCAの表現について、さらに深く掘り下げていく。



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ドラえもんはアート?

我々日本人からすれば普段当たり前のように馴染んで、もはやDNAに浸透していると言ってもいい作品を、例えば海外の人に見せるとする。

僕らが当たり前のように、子供の頃の食卓や家族団欒の時間に、何気なしに眺めていた(勿論楽しんでいるのだけど)モノを観た時、彼らは僕らの想像するよりかははるかに、ありがたそうに、神聖なものを見るかのように、画面、紙面に夢中になってくれる。すると、あたかも自分がその作品を作ったかのような(これは言い過ぎか…)得意げな気持ちにさせられる。

そんな時、その作品の小話を、一つでも、してあげられればいいのだが、何せあまりに当たり前に馴染んでしまったもの。「知らない」ということが、存外起こり得る。

日本の現代美術家である村上隆は以下のように述べる。

「僕は、ドラえもんがアートだと思っているんです。最終的に漫画が日本の芸術の頂点であるという風に、橋渡し的な役割分担で(芸術活動を)やっています。」

【宮崎駿と高畑勲】芸術家の本音とコンプレックスとは?【村上隆vs斎藤幸平】

アートとまでは言わないまでも、親しき仲にも礼儀ありというか、僕らの子供時代を支えてくれた数々の名作にもう少し敬意を払って、大人になった今、知ろうとする事は素敵なことのように思える。この記事を通して、そうした日本人にとって、慣れ親しみ過ぎた名作を「知る」もしくは新たな視点でもう一度楽しむきっかけになれば素晴らしいと思っている。

例えば、先の話に登場した『ドラえもん』は、2025年で生誕45周年。

『ドラえもん映画祭2025』と銘打って、34日間連続で43もの作品が神保町シアターにて上映された。2010年以前に公開された作品は35ミリフィルムでの上映ともあり、大変話題を呼んだ事は記憶に新しい。

また、村上隆とのコラボレーションをはじめ、森アーツセンターギャラリーでは『THE ドラえもん展 TOKYO 2017』が開催され、それまでの、読んだり、見たりするものとの認識に加え、アート的な視点で『ドラえもん』を鑑賞する提起がなされた。『THE ドラえもん展 TOKYO 2017』図録の中で日本の画家である町田久美は、「要素を最小限まではぶいているのに、その世界観の中で一番正確な形が描かれている」と述べるなど、描かれた一枚一枚の絵の作品としての強度が伺える。

通常、漫画における1ページあたりの平均的なコマ数は5〜7コマであり、例えば1974年7月に発売された『ドラえもん』1巻は192ページ。仮に1ページ6コマだとすると、一巻の漫画だけで、少なくとも1152枚の絵が必要なはずだ。 

さらにアニメの世界では、1秒あたり約8枚の絵が使われると言われており、放送枠である30分からCM分を差し引くと、アニメーション自体の持ち時間はざっと20分前後。こちらも最少でも9600枚もの絵が必要になってくる。もちろん作者である藤子・F・不二雄だけでなく、全ての漫画家、アニメーターに言えることではあるだろうが、中でも45年もの間続く『ドラえもん』である。

画家や芸術家をも唸らせるその完成度の高さには、流石は僕たちの『ドラえもん』だ。
こうした親近感の高さの所以は、何も昔からお茶の間にいたから、だけではない。

その可愛らしい丸みを帯びたフォルムや、高い技術力(秘密道具)を持ってしても、のび太に負けじと抜けたところのあるキャラクターを見ると、やはり、愛さずにはいられなくなってしまうのだ。

そして、2021年に発売された『THE GENGA ART OF DORAEMON ドラえもん拡大原画美術館』では、1コマ1コマを絵画として鑑賞できる「作品」として、美術的視点から7つのテーマで『ドラえもん』のコマを厳選し、原画を拡大して掲載しているというから面白い。また、2011年に開館した藤子・F・不二雄ミュージアムでは、原画をはじめ、5分の1スケールののび太の家などの立体物を展示しており、改めて『ドラえもん』の歴史に触れることが出来る。 

このように長く親しまれてきた『ドラえもん』。様々な見方があり、子供から大人、画家や現代美術家など、誰でも楽しむことができる。

残念なことに、作者である藤子・F・不二雄(1996年没)とかつてコンビを組んでいた盟友、藤子不二雄Ⓐは2022年に亡くなってしまった。2人の物語はまた別の機会にとっておくとして、『ドラえもん』が未だ続くように、彼らの残した作品や姿勢は、多くの漫画家や画家に確かに継承されている。彼らの描いた、夢や希望は不滅だ。

そして最後に、藤子・F・不二雄が、のび太の父であるのび助(のび助は幼少期に画家を目指していた)に言わせたであろう言葉で締めくくりたい。

『ドラえもん』31巻で、絵がうまく描けないと悩むのび太へ、父としてエールを送る一幕だ。

「絵は心だ!なにかをみて美しいなとかかわいいなとか心に感じたら、それを表現するのが芸術だ」

 「あとからアルバム」(小学館てんとうむしコミックス31巻収録)

『PAC-MAN』が繋ぐエンターテインメントの新境地【前編】

「namco TOKYO」と言えば、新宿にあるゲームセンター。運営するのはバンダイナムコアミューズメントだ。ゲームセンターのイメージが強い同社だが、この他にも様々な取り組みを行っている。例えば「VS PARK」では、テレビのバラエティ番組のように大掛かりで、走ったり、投げたり、打ったり、跳んだり。様々なエンターテインメント要素をふんだんに盛り込んだアクティビティを楽しむことができる。

今回は、多方面に事業を拡大しているバンダイナムコエクスペリエンス経営企画部経営戦略課に所属する松村氏に話を伺った。

バンダイナムコエクスペリエンス経営企画部経営戦略課に所属する松村氏に話を伺った。

B- バンダイナムコエクスペリエンスの経営企画部経営戦略課とは具体的にどのような仕事をするのですか?

松村- ビジネスの種を見つける仕事ですね。既存事業ではない新規事業を検討する課になります。

B- その事業の一環で、アートに目を付けられた?

松村- いや、正直言って、アートとのコラボは偶然なんです。偶然というか、ご紹介いただいたのがきっかけです。実際にGAAATさんの作品を見た瞬間に、IPとの親和性だったり、これまでにない価値を提供できそうだな、と。そこから前向きにお話しさせて頂きました。

『Maze』の前に立つ松村氏。

B- いざアート作品を作るにあたって、どうして『PAC-MAN』だったのですか?

松村- 単純に僕が好きだからっていうのもあるんですけど、今回、まずはじめに顧客ターゲット層として思い浮かんだのがインバウンドだったんですね。

B- 確かに、海外での日本のアニメ、漫画の人気すごいですからね。

松村- コロナでの自粛期間中に、すごい配信プラットフォームが伸びたんですね。その間に日本アニメってすごい認知度が上がったんですよ。

B- なるほど。

松村- 特にアメリカでは『PAC-MAN』人気ってすごいんです。熱狂度がすごくて。この『PAC-MAN』を正しい形で魅力的なコンテンツにすることができれば、絶対多くの人に共感してもらえるだろうなと思いました。

B- 最終的に作ったのはMCA(メタルキャンバスアート)作品でしたよね?

松村- そうですね。

B- それはどうして?

松村- IPキャラクターって、機能的な商品が多くて、例えばボールペンにキャラクターが描かれている物とか、ドリンクのパッケージにキャラクターがついてるとか、そういう付加価値。

B- いわゆる、副次的なものというか。

松村- 情緒的なものでいうと、フィギュアだったり、ぬいぐるみとか、アクリルスタンドみたいなものがメインだと思うんです。 何かもうちょっと、キャラクターを生活に馴染ませるというか、憧れられる形で展示できるものがないか、ちょうど探してたところだったんです。 そんな中で、パッと見て価値が伝わる、これであればお金を出してもいいなと思うようなものだったので、試してみたいと思いました。

GAAATと『PACK-MAN』のコラボによるMCA作品。

B- 合わせて体験型空間エンターテインメントを企画されたんですね。

松村- そうですね。

B- 生演奏を聴きながら踊れて、神輿を担げる。アートも見て、尚且つ買えるイベントだったと聞きました。

松村- これもインバウンドに対して、うちのコンテンツを組み合わせた音楽イベントみたいなものができれば面白いなと思ったのが走りです。ただ音楽聴いて飲めるイベントじゃ面白くないよねっていうので、アイディアを出していく中で、例えば神輿担げるってどう?みたいなアイディアが出てきたんです。その場では、いやないでしょって思ったんですけど、その日帰った夜に、ずっと神輿のことが頭から離れなくて。確かにおもしろいなと。それで試しに作ってみたっていう感じですね。

東急歌舞伎町タワー内『namco TOKYO』で行われた「PAC-MAN MIKOSHI FEST.」の会場の様子

B- 音楽はどうしてシティーポップにしたのですか?

松村- これもアメリカでとてつもない認知度と熱狂度のあるシティーポップを掛け合わせるっていう狙いです。 あとちょっと裏話ですけど、本当は『PAC-MAN』で一つの音楽を作りたいなって思ったんです。イベント当日に、三、四十分ぐらい生演奏の尺がある中で、『PAC-MAN』っていうと、1980年発売のゲームなのでそんなに音源がないんですよ。その三、四十分持たせるような音源素材が存在してなかった。

B- なるほど。

松村- 『PAC-MAN』が生まれた当時1980年代のシティーポップと、『PAC-MAN』のSE(ゲーム内の効果音)を効果的に使ってやりましょうっていうのを、今回入って頂いた音楽プロデューサーの方に提案していただいて、面白そうだなと決めました。

シティーポップの生演奏を聴きながらお酒を飲む。加えて神輿を担げてアートも見れる。買える。一見なんの繋がりもないように思えたイベントの狙いや内実を聞けたところで、後編では、そもそも、どうしてこのイベントを企画したのか、その背景を伺えればと思います。

PAC-MAN™& ©Bandai Namco Entertainment Inc.

『PAC-MAN』が繋ぐエンターテインメントの新境地【後編】

前編に引き続き、バンダイナムコエクスペリエンス経営企画部に所属する松村氏へのインタビュー。後編では、松村氏が描く、これからの体験型空間エンターテインメントのカタチ、さらには、眠っているIPコンテンツの潜在能力、その可能性について伺った。

B- 先日のイベント企画の背景を教えてください。

松村- 実は2年前に立川の昭和記念公園で行われた花火大会で、『太鼓の達人』を使ったイベントを出展したんです。昭和記念公園内に『太鼓の達人』があそべるブースを作って、花火大会が始まる前の時間に無料で叩けるような企画で。

B- 花火が始まるまで暇ですもんね(笑)

松村- それがすごいね、 僕的にはいい仕事したなと思っていて(笑)。

上手い人がやっても盛り上がるし、ちっちゃい子どもが頑張って叩いたりしていて、子どもも楽しいけど、後ろの親御さんたちもそれを見て喜んでくれる。 

そこまでは想像できていたのですが、それを見る周りの関係のない大人たちまで笑顔になっていく連鎖がすごく素敵でした。

B- 関係ない人たちまで!

松村- そうですね。あとはやっぱり、この場が一体として盛り上がってくれているのが、すごくいいなって思いました。これまで僕らって、基本的に固定の場に店舗を作って商売させて貰うということをやってきました。

ただ、これはどちらかというと、人が集まる場所に、僕らが持っているコンテンツを持っていって、そこで熱狂が生まれた。

B- 待つのではなく、行くというか。

松村- ですね。僕らのコンテンツって、まだまだこういう価値の届け方があるのだと気づいたわけです。

既存の場所に出店をして楽しんでいただくっていうスタイルだけではない方法を検討する必要があるなと感じました。

B- 花火大会での手応えと、そうした可動式のイベントというアイデアが基になって、先日の「PAC-MAN MIKOSHI FEST.」に繋がったのですね。

松村- そうですね。これらの背景から持ち運びができるっていうところがキーワードとしてありました。その構成要素が、音楽、映像やアート、神輿と、どんどん増えてきた感じです。

イベント会場に設置された『PACK-MAN』の神輿。

B- イベントを終えて、改めて感じたことや、これからのエンタメのあり方として、何かお考えはありますか?

松村- 単にイベントでアートとか物販を売るっていう形にはしたくないのです。ああいった体験型コンテンツ全体が、来て頂いた人たちはもちろん、コラボさせて頂いたアーティストの方にとっても魅力的な場所みたいなものになっていくと僕は嬉しいなと思っています。

B- 具体的にはどういうことですか?

松村- 日本の技術や若い人の感性ってまだまだ発掘され切っていないと感じています。能力は持っているのになかなか認知されていないとか、披露する場がないみたいな人。 そういう方たちに対して、僕らの、企業としての信用と提案力を持って、いろんな人の目に触れる機会をうまく作れればなっていうふうに思います。

これは将来的に狙っていきたいというか、そういう人たちがしっかりと認知されて、当然来場してくれるお客さんも楽しめたうえで、アーティストや僕らがご飯を食べていけるような状態みたいなものを作り上げられたら仕事として最高に楽しいなと思っています。

B- ある種メディア的な役割という。

松村- そうですね。そういった風になれると嬉しいなと思っています。

B- ニューカマー的な人を発掘するわけじゃないですけど、そういう人たちが表現できる場ということですね。

松村- うまく構成していけば、結構いい場所になるなと。そこをさっきおっしゃっていたように、本当にメディアとして捉えて、広場のようにして、名前が売れていく人が出てきたらそれもまた嬉しいです。 結果的にはその人たちが本気で作ってくる商品だから、お客さんも喜んでくれる商品になるよねっていうふうに思います。

B- それはIPコンテンツとしての人気度とか知名度があってこそ、そういった役割を担えるってことですね。

松村- それもありますし、あとはIP自体の鮮度っていうところもあるかもしれないですね。

B- どういうことでしょう?

松村- 『PAC-MAN』は、今年で45周年なのです。それが今回、MCAとして新しい形で表現できた。一つのキャラクターに対して、こうした継続的な提案や、新しい見せ方を模索して、それが確かに良いものであれば、お客さんに対して新しい価値提供ができることが分かった。

キャラクターにとっても継続的な提案は必要な要素だと考えています。

B- 相互にとって、素晴らしいコラボだったわけですね。

イベント当日には大小様々な『PACK-MAN』のMCAが販売された。

バンダイナムコグループの掲げる、「いいものつくる」「もっとひろげる」「そだてつづける」「みがきふかめる」。そのひとつのかたちとして、これからの『PAC-MAN』を楽しみに。
そして、インタビューを通して気がついたのは、手塩にかけて育てられ、愛されたIPキャラクターの懐は、思ったよりも深そうだということ。人気IPを通して広がるカルチャーの輪は無限だ。
様々なカルチャーを巻き込んでフックアップしていく『PAC-MAN』の後ろ姿は、見られないけれど、きっと、たくましいに違いない。

PAC-MAN™& ©Bandai Namco Entertainment Inc. 
Taiko no Tatsujin™Series & ©Bandai Namco Entertainment Inc.

伝統文化のフロンティア

「僕から一個だけ。憧れるのをやめましょう」から始まった大谷翔平の言葉は、2023年、ベースボールクラシック(WBC)決勝の舞台を前に、侍ジャパンの気を引き締めるには十分だった。前回王者であるアメリカを3-2で下し、実に14年ぶり3度目の優勝。悲願の世界一奪還を成し遂げたのだ。

試合前、円陣での声出しを務めた大谷の言葉は次のように続く。

「憧れてしまっては超えられないので、僕らは今日超えるために、トップになるために来たので。今日一日だけは彼らへの憧れを捨てて、勝つことだけ考えていきましょう。」

「謙虚な日本人」というレッテルを、この日だけはそっと剥がして果敢に立ち向かった侍ジャパンの勇姿は、今なお鮮明だ。だが、戦いの場はスタジアムに限った話じゃない。野球のような熱狂や派手さはないかもしれない、いや、ところがそんなこともない。

今回は、時にド派手に、しかしリスペクトは忘れず、伝統文化に挑戦する人たちを紹介していく。

独自スタイルで切り拓く新たな茶道

松村宗亮は、茶の湯の基本を守りつつ、現代にあった独自のスタイルを構築している茶人だ。松村は学生時代にヨーロッパを放浪。その時に自分は日本人でありながら日本文化を知らないということに気がつき、帰国後に茶道に華道、習字を始めた。中でも「お茶」に面白さと可能性を見いだし、のめり込んでいく。

全く独自の世界観でお茶を点てる松村宗亮:PR Timesより

「ルールの間にある自由さ」が楽しいと語る通り、彼の活動は自由、もっと言うと無茶苦茶にも見える。と言うより「無茶苦茶」は、彼が会長を務める会社の名でもある。

世界的なデザインの祭典である「Dubai Design Week 2023」では、「アラビ庵」での茶会をプロデュース。茶室はその土地の緯度から形状を導き出し、地域の生ゴミを「食品コンクリート」として建設するなど、展示国であるドバイの文化にちなんだ企画は大変話題を呼んだ。

「Dubai Design Week 2023」にて「アラビ庵茶会」をプロデュース。©Mucha-Kucha Inc.

コンテンポラリーアートや舞踏、ヒューマンビートボックス、漫画などとの積極的なコラボレーションにも見られる彼の独自性は、ある意味では必然だった。

それは、無名かつ初代といういわばハンデを持って、伝承文化である茶道の世界に飛び込んだ彼の生き抜く術でもあったわけだ。利休の時代から脈々と続く、創造性や精神性、爆発力を忘れずに、彼の活動は納まるところを知らない。

言語学のズレを焦点に

伝統に則り、拡張していく動きは、書家の山本尚志にも共通している。

著者インタビュー【前編】|山本尚志「書は現代アートとなりうるのか!?」:ART DIVER

「モノにモノの名前を書く」ことを立脚点として、書と現代アートを行き来する山本。
彼は「書」が言語であると想定しつつも、言語学とは元来西洋の文脈であり、漢字やひらがな、カタカナには対応していないところに目を付ける。

例えば、リンゴという物質を表す英単語は「apple」。

これが日本語の場合は「リンゴ」や「林檎」、「りんご」…。
日本人からすると、何を当たり前なことを、という話だが、海外の人からすると、

「…?」

山本は、西洋の言語学と、日本や漢字文化圏の言語学のこうした明らかなズレに焦点を当てた。

山本尚志『マシーン』, ボンド墨・和紙,, 695×1350 mm ©Hisashi Yamamoto, Courtesy of Yumiko Chiba Associates:PR Timesより

また、同氏は2018年より「ART SHODO」を提唱。現代書の認知と書家の発掘を目指した組織で、今では100人ほどの規模にまで成長し、様々な作家を輩出している。

山本から広がる現代アートとしての「書」。その盛り上がりから目が離せない。


と思っていたが、街中で見かけたスニーカーには、思わず目を奪われた。

TRADMAN’SとVANSのコラボによって実現した「盆栽」のテクスチャーを用いたOLD SKOOL。Copyright TRADMAN’S All Rights Reserved.

VANSの「OLD SKOOL」を彩るのは、遠目にみると迷彩柄だが、よくよく目を凝らすと…盆栽!

盆栽のニュースクール

平安時代に中国から伝わったとされる盆栽は、日本で独自の発展を遂げた。銀閣寺を建立し、文化的側面でもよく知られる室町幕府8代将軍足利義政も盆栽を育てていたそう。

『ESC Garage&Club(エスク ガレージアンドクラブ)』で行われたPOPUPでの展示作品。:PR Timesより

そんな、いわゆる手の届かない盆栽のイメージを刷新したのが、小島鉄平だ。彼が代表を務めるTRADMAN’S BONSAIでは、先のVANSをはじめ、様々なコラボレーションを実現。

小島鉄平率いるTRADMAN’S BONSAI:PR Timesより

彼もまた松村宗亮同様、事のきっかけは海外での出来事だった。当時アパレルバイヤーとして米国を巡っていた小島が目にしたのは、曲解された「盆栽」の姿。自慢げに見せられたそれは、鉢合わせも剪定もできておらず、幹にペンキを塗ったものまであったという。

松村と事情が異なるのは、彼は幼少期から盆栽に触れていた点。

服の裾からチラリと見えるタトゥーや、ストリートカルチャーやファッションを好んでいるパーソナリティからわかるように、幼少期から盆栽の「カッコよさ」に惹かれていたという。海外で曲解されていた「盆栽」のカッコを外し、その素晴らしさを、国内外に伝える小島。

彼もまた「オールドスクールがあってのニュースクール」と語っている。

TRADMANS TOKYO MARUNOUCHI BONSAI STORE:PR Timesより

登場した3人に共通するのは、先人を尊びながらも、果敢に挑戦する姿勢。進化論にもわかるように、移ろいゆく時代の中で淘汰された種は数えきれない。伝統文化もまた、新陳代謝を繰り返すことで時代を超えてゆく。

そしてこここそが、伝統文化の最前線だ。

アートブレイク-アートとジョークの関係性

彼の代名詞である、特別に長い鼻。毎朝大声で騒ぎながら村中に嘘をふれて回る、それでいて憎めないキャラクター。『ONE PIECE』のウソップは、この大作の中でもとりわけ存在感を放っていると思う。

現実的に考えてみると、彼の場合は、その嘘が毎日続いたのだから、確かに隣人としてはちょっと厄介かもしれないのだが…。
それでも僕は、ちょっとした嘘、少しばかりの悪戯はあっていいように思う。というよりむしろ、緊張した日々を弛緩するのには、とても大切なこととさえ思える。

なぜ人々は嘘をつく日を必要とするのか

そのひとつの根拠として、エイプリルフールの存在がある。試しにWikipediaで「エイプリルフール」と打ってみると、その起源の説明は次のようにはじまる。

エイプリルフールの起源は全く不明である。すなわち、いつ、どこでエイプリルフールの習慣が始まったかはわかっていない。

エイプリルフール:Wikipedia

ここに書かれていることを、考えれば考えるほど不思議に思う。

他の季節のイベントであれば、その出自は大半が明らかだし、さらには商業的な視点が多少はチラつくもの。ところが4月1日ときたら、人々がちょっとした嘘をついたり、悪戯を企てるだけで、「お金」の入り込む隙はどうやら無さそうだ。

それでも未だに人々の暦の中に意識として存在しているのをみると、「この日」だけは、ちょっとのブレイクとして残しておきたい、そんな気持ちがあるのかもしれない。

そしてその感覚は、高尚と見られるアートの世界においても例外ではなかった。

これは、アートと、ちょっとした遊び心の話。

モナ・リザの新たな一面?

世界的名画である「モナ・リザ」。

1990年、インディペンデントは、モナリザの大規模な清掃を行う芸術修復チームが驚くべき発見をしたと報じた。汚れの層を取り除くと、絵の中の彼女は実際には顔をしかめていることがわかった。

というようなジョークで、「モナ・リザ」に対するこの手のジョークは、メディアから市民に至るまで、多くの人の間でもはや常套句になりつつある。

この他にも、美術館側が声明を出したり、展示企画をすることも少なくない。

例えば、エイプリルフール当日に本物そっくりの偽作品を展示したり、解説文に嘘の情報を混ぜたりする他、有名な芸術家の「新たに発見された」作品として、スタッフが制作した模造品を展示するなど、おふざけが過ぎるとも思えるが、この日だけはご愛嬌。

それだけではない。とある美術館では、過去に「全ての芸術作品がフェイクである」という看板を掲示したこともあり、単なるおふざけに留まらず、芸術とは何か、考えるきっかけにもなり得るのだ。

仕掛けに隠された思い

エイプリルフールではないが、とあるアートマーケットにて起こった一大事件も記憶に新しい。
まず、アートマーケットの世界では、セカンダリーマーケットなるものが存在する。作家が制作した作品を、自ら相場を計りつつ値付けし、それをコレクターやバイヤーが購入する。これをプライマリーマーケットと呼ぶ。対して所有者が再び作品をオークションに売りに出すことをセカンダリーマーケットと呼び、この時にプライマリーマーケットの価格との差額がすなわち、今後の作家としての市場価値に反映されるわけだ。

2018年10月5日、このアートマーケットにおいて、一躍注目を集めた大事件が起こる。
ロンドンで起きたその事件の首謀者の名は、バンクシー。

彼はこうした資本主義とアートの強い結びつきへのアンチテーゼとして、作品に、ちょっとした細工を仕掛けた。

その日は、「Girl with Balloon」と題された作品がオークションに出されており、次から次へ価格が高騰していき、価格が100万ポンド、日本円にして約1.5億円にまで昇り、落札ハンマーが下ろされた。するとその音を号令に、額縁に隠されていた装置によって、「Girl with Balloon」は木っ端微塵に切り刻まれたのだ。

Why Banksy’s ‘Shredded Girl With Balloon’ Painting May Now Be Worth £2 Million:Insider

「Girl with Balloon」は木っ端微塵に切り刻まれたのだ。

何となしに読み過ごすこの一文が、しかしアートとは何かという問いに対するひとつの見解を雄弁に語ってくれる。「Girl with Balloon」という物質そのものは確かに塵となったが、芸術としてのその「絵」は、装置が作動して初めて完成したと言える。いわば装置の作動は、最後の一筆だったというわけだ。

このように、ちょっと笑えるユーモラスなものから、凝り固まった芸術観へのアンチテーゼとして、アートとは何かを考えさせる内容のものに至るまで、様々な出来事を紹介してきた。

アートは怒らない。ちょっとのおふざけは許してくれる懐の深さは、「高尚なアート」のイメージとは大きくかけ離れたものだ。束の間の休息でコーヒーブレイクをするのと同じように、アートを舞台に、ギリギリを攻めたり少しのジョークを楽しむ、日々の生活の彩に、アートブレイクがあるといい。

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