旅先だけじゃない。都会のデートに、ワークショップを。 〜 制作体験スポット5選

旅先の思い出の定番、ワークショップ。つくった作品が数週間後に自宅に届いた時、すぐにでも仕事を投げ出して「もう行きたい」となるのは僕だけじゃないはず。家族や友人、パートナーとの特別な思い出は、いつまで経っても色褪せることはない。そんなワークショップだからこそ、もっとサクッと行こうじゃないか。思い出は、多い方がいい。長期休暇を待たずに行ける、都会のワークショップを5つご紹介。

1.亀戸アートセンター

東京・亀戸に2018年ごろオープンした「亀戸アートセンター」は、最新の作家たちの展示を開催しているギャラリーだ。

作家たちの作品を服にシルクスクリーンでプリントすることができる。Tシャツやパンツなど、プリントしたい服を持っていくと、店主のアドバイスのもと、好きな作品を選んでプリントさせてもらえる。もし服を忘れても、現地でトートバックやTシャツを買ってプリントすることも可能だ。

またこちらのギャラリーにはカフェが併設されており、コーヒーを飲みながら作品を堪能することもできる。予約は必要ないが不定期の開催なので、展示情報を検索してから向かうようご注意を。

亀戸アートセンター

・住所:東京都江東区亀戸9-17-8 KKビル101
・公式サイト:https://kac.amebaownd.com/
・公式SNS:https://www.instagram.com/kameido_art_center
・営業日:展示毎に要確認
・営業時間:展示毎に要確認
・体験概要:シルクスクリーン印刷体験

2.SHOKKI

大阪・枚方市を拠点として活動する「SHOKKI」は、手作りの温かみとプロダクトとしてのカッコよさが同居した食器などのプロダクトを作っているセラミックレーベルだ。

ワークショップの様子 / SHOKKI公式サイトより

こちらは、大阪にある店舗やスタジオ、全国で行われるポップアップショップで、自分たちで陶器を作れるワークショップを不定期で開催している。SHOKKIが用意した粘土で自由に制作をして良いため、作れるものの幅が広いのも魅力的だ。スタジオでは予約すればいつでも体験ができる。食器を作っても良いし、オブジェを作っても良い。小学生の陶芸体験より自由な体験ができるだろう。

SHOKKI

・住所:大阪府枚方市三矢町7-11 MALL
・公式サイト:https://shokki.org/
・公式SNS:https://www.instagram.com/s.h.o.k.k.i/
・営業日:イベント毎に要確認
・営業時間:イベント毎に要確認
・体験概要:陶器制作体験

3.元祖食品サンプル屋

大正末期から続く食品サンプル会社「元祖食品サンプル屋」は、実際に全国多くの店舗で使用されている食品サンプルを制作している、食品サンプル会社の殿堂だ。

天ぷら&レタス/元祖食品サンプル屋公式サイトより

東京・浅草にある店舗では、そのノウハウを活かして、食品サンプル制作体験をすることが可能だ。作れるサンプルは「天ぷら&レタス」「チョコバナナ2本セット」のふたつ。予約は必要なく、費用も手頃に参加できる。もし浅草に行く機会があれば、ふらりと立ち寄ってみてはいかがだろうか。

元祖食品サンプル屋

・住所:東京都台東区西浅草3-7-6
・公式サイト:https://www.ganso-sample.com/
・公式SNS:https://www.instagram.com/ganso_sample/
・営業日:年末年始を除き、全日営業
・営業時間:10:00-17:30
・体験概要:食品サンプル制作体験

4.ann fragrance

東京・浅草と表参道に店舗を構える香水ブランド「ann fragrance」は、他の香水ブランドとは一味違う香りを提供している。

調合の様子/ann fragrance公式サイトより

このブランドで買える香水は、37種類の香水のうちから5種類を選んで調合することができる「自分だけの香り創り」と、それらの元となる「単品の香り」だ。調合は、香りの種類だけでも51万通り以上あり、それぞれの香りの量も調整することができるため、きっと自分好みの匂いを見つけられるはずだ。制作体験は浅草、表参道店と共に予約が必要なため、ウェブサイトを要チェック。

ann fragrance

・住所:表参道店ー東京都渋谷区神宮前5-48-3プロスパー青山3階 / 浅草店ー東京都台東区浅草2-32-10山崎ビル101
・公式サイト:https://annfragrance.com/pages/atelier-ann
・公式SNS:https://www.instagram.com/annfragrance/
・営業日:年末年始を除き、全日営業
・営業時間:表参道店ー11:00-19:00 / 浅草店ー10:00-18:00
・体験概要:香水制作体験

5.The Levi’s TAILOR SHOP

世界的なジーンズブランド・Levi’sは、東京、大阪、名古屋等いくつかのショップで、持ち寄ったり購入したリーバイス製品のカスタムサービスを行っている。

カスタムは、刺繍やパッチはもちろんのこと、スタッズやダメージ加工、さらにはジーンズを別アイテムに加工するアップサイクルも可能だ。店舗に在中しているテーラーと直接相談しながら詳細や加工位置を決めることができるので、自分が思い描いた一着を作ることができる。

事前の予約は必要ないが、店舗にテーラーがいる日は限られているため、伺う際は店舗に電話して確認するのが良いだろう。

The Levi’s TAILOR SHOP

・住所:全国のThe Levi’s TAILOR SHOP
・公式サイト:https://levi.jp/pages/tailorshop?srsltid=AfmBOoqE1lsAkDlFhihdA7aovbNDMTA0KjO4EzarxcGFiQ12G-PCsxA2
・公式SNS:https://www.instagram.com/levis_japan/?hl=en
・営業日:各店舗毎に要確認
・営業時間:各店舗毎に要確認
・体験概要:デニムカスタム体験

BAMが選ぶ、都会で楽しめるワークショップを5つ紹介してきた。旅先だけでなく、都会のお出掛けにワークショップの選択肢があれば、忙しない日常にきっと新しい風が吹くはず。ぜひ一度、足を運んでみては…?

アートな最先端テクノロジー

表現の歴史は常に、新しい技術とともに可能性を広げてきた。

例えば1800年代中盤に初めて持ち出し可能なチューブ式絵の具が開発された。それにより、これまで室内で描くしかなかった画家たちは、初めて外の世界で絵画を描けるようになった。光や風を肌身で受け取った画家たちの筆跡が、後に印象派へと繋がっていったのだ。

それから200年。私たちは、当時とは比較にならないほどの速さで生まれる新しい技術に囲まれている。では、今の最先端技術は、私たちの表現をどう変えていくのだろうか?この記事では、美術表現という観点から現代テクノロジーを捉えてみたいと思う。

知覚のためのテクノロジー:三上晴子と落合陽一

戦後、メディアアートが独自の発展を見せた日本の現代美術において、技術は私たちの知覚そのものを顕在化させる装置として機能してきた。

その中でも三上晴子はまさにテクノロジーアートの先駆者と言えるだろう。彼女は自身の活動目標を「知覚の美術館」の建設とし、テクノロジーを媒介に人間の知覚に訴えかける作品を制作し続けた。

NTTインターコミュニケーション・センターより

たとえば鑑賞者の体重を感知して変化す映像インスタレーション「gravicells—重力と抵抗」や、無数のカメラが鑑賞者を監視する映像作品「欲望のコード」など、現代テクノロジーを使って私たちが生活下で使用している知覚の働きを顕在化する作品を作っている。

こうしたテーマは、現代において落合陽一の「デジタルネイチャー」というテーマへと引き継がれていると言えるだろう。デジタルとアナログ、テクノロジーと自然が区別できなくなった現代において、落合は光や音、振動といった物理現象を精密なアルゴリズムで制御し、新たな自然の在り方を提示する。

超音波でシャボン玉を制御する「A Colloidal Display」や、音声データを彫刻化する「Re-Materialization of Waves」。彼の作品は、テクノロジーと自然と知覚が一体となる世界を鑑賞者が体験するためのものとして機能している。

身体の拡張としてのVR:ジャクソンカキと花形慎

2010年代後半から一般への普及が加速したVR。身体と連動してバーチャル空間内のアバターを動かす技術と併用して使われることで、Vtuberなどのポップカルチャーを生み出したのは記憶に新しいだろう。

しかし日本の現代美術…特にパフォーマンスの文脈では、バーチャル空間への没入は身体の拡張の可能性として使用されている。

ジャクソンカキという作家は、クラブミュージックや映像作品も作る多彩なパフォーマーだ。

彼はパフォーマンスで人間以外のアバターを演じることで、VR技術によって演劇性を再発見しようとしている。演者がVRゴーグルをつけてパフォーマンスを行うことで、演者は自然な動物の動きをするために普段行わないような動きを求められることとなるのだ。

花形慎というパフォーマーもまた、VR技術を駆使してパフォーマンスを行っている。彼はVRを通じて身体の機能を入れ替えることで、デジタル技術と融合した「キメラ」という身体像を提示している。「技術的嵌合地帯-CHIMERI」という作品では、彼は足の先にカメラをつけ、それをVRゴーグルに繋ぐことで、足に眼の役割を持たせている。

ゴーグルをかけてデジタル世界に没入すさまは一見すると外側に開かれていないように思えるが、2人のように、VRはわたしたちの身体に新しい感性を授けてくれる。彼らはこれまで人間が持ちえなかったものを使いこなすことで、人間の身体機能を拡張しているのだ。

未知の他者としてのAI:岸裕真と九段理江

現在、社会に最も巨大な衝撃を与えているのはAIの汎用化だろう。生成AIの登場は、表現の民主化をもたらす一方で、イラストレーター需要の低下や著作権が問題視されるようになった。そうした現状に呼応して、近年では美術表現にもAIを取り入れる動向が見受けられる。

√K Contemporaryより

岸裕真という作家は、AIを共同制作者と認め、AIと対話しながら制作を行っている。彼はAIの開発者としての経験から、2019年より独自のAIの開発と学習データの設計を起点に制作を開始。AIを人間の模造品ではなく「Alien Intelligence(エイリアンの知性)」と捉えて、制作やキュレーションを任せている。

九段理江という小説作家もまた、AIを自らの小説の制作に組み込んでいる。「東京都同情塔」という作品では、全体の5%ほどをAIに執筆させた。同作品では「AI-built」という架空のAIが登場し、登場人物と対話するシーンにてAIが使用されている。

テクノロジーと人間

あらゆるテクノロジーは人間が有している機能の延長ではなく、人間が持っていない機能を授けてくれるものでもある。AIやVR、数多くの「テクノロジー」という未知の知性と対話しながら制作することによって、これまでの人間が持つはずのない知覚や身体を授かる時が来るのではないだろうか。それを人間性の崩壊と考えるか、新しい人間の可能性と考えるかは、この先の人々の役目かもしれない。

【インタビュー】ファンアートがいつしか… 若き才能、浦浦 浦ちゃんの描くあの“懐かしさ” の正体 – 後編

『目指せラーメンマスター』から繋がった初めてのコマーシャルワーク

 

二次創作などのイラストだけでなく、GIFやアニメーション作品も制作されています。最初からアニメーション志向だったのでしょうか。

浦浦 浦ちゃん – ずっとイラストがメインでした。ただ、美術高校時代に課題でアニメーションを作った経験があって、描き方自体は知っていたんです。それで試しに作ったのが『目指せラーメンマスター』です。Instagramに投稿したところ、それがきっかけで仕事につながりました。今はアニメーションの仕事も多いですが、基本的にはイラストレーターだと思っています。

初めて世に出したアニメーション作品がきっかけで、マクドナルドの仕事につながったと。

浦浦 浦ちゃん – 本当に運が良かったと思います。最初にメールが来た時はただひたすらに驚きました。打ち合わせを重ねるごとに本当に僕にお仕事が来たんだと気持ちの整理がついて。納品後に実際に公開されて、反響をいただきありがたい気持ちでいっぱいでした。その経験が今のお仕事にもつながっています。

制作時に強く意識していたことや、依頼にあたっての注文などはありましたか?

浦浦 浦ちゃん – その時はかなり自由にやらせて頂けたので、とにかく頑張らないとと思っていました。何が正解か分からなかったので、できる限り細部までこだわって描き切りました。

商業デビュー後、自主制作への向き合い方に変化はありましたか?

浦浦 浦ちゃん – むしろ逆で、二次創作を続けてきたからこそ、今の仕事につながったと思っています。イラストレーター志望の人の中には「二次創作を描くべきか、一次創作を描くべきか」で悩む人も多いと思いますが、僕の場合は二次創作を続けていたからこそ企業様や版元様に見つけていただけて、お仕事として公式イラストを描かせていただくことができました。なので、今後とも全力で楽しんで自主制作として二次創作をしていきたいです。

クライアントワークと自主制作の違い

『日本三國』 第4話「聖夷政変」エピソードイラスト

コマーシャルワークと自主制作では、意識の切り替えも大きいのでしょうか。

浦浦 浦ちゃん – かなり違います。今では仕事としてお話を頂くことも増えて、ものによってはコンプライアンス面でのルールがたくさんあったりもします。例えば飲食系のお仕事であれば表現上の制約がありますし、お酒の案件ならお酒特有の注意点もあります。本当に細かなルールがたくさんあるんです。だから自主制作は自由に遊べる場所で、クライアントワークは決められた枠組みの中でどう楽しむかという違いがありますね。

その中でも譲れないこだわりは何でしょうか。

浦浦 浦ちゃん – 一番は「影」の描き方です。首の下や目元、その他の影ができる箇所にあえて影を描かないようにしています。スタイルとして「影」を描かないことで、一目見て浦浦 浦の絵だと認識してもらいやすくなる、つまり個性を出す効果もありつつ、アニメーション作業における影を描く工数を省略出来るので、僕にとっては大きなこだわりと言えるかもしれません。

『ええええ』

アニメーション制作ではチームで作業することも多いと思いますが、その点はどう考えていますか?

浦浦 浦ちゃん – 基本的にアニメーションは背景から人物、効果を含めて1人で描いてます。過去に数回、数カットの着彩だけお手伝いしてもらったことはあるのですが、できる限り1人での制作をモットーにしています。1人で作業すると責任も成果も全部1人で抱え込めるので、その方が僕の性に合っているんです。商業アニメーションのお話をいただくこともあるんですが、アニメ業界にはアニメ業界の作法があって、僕には僕の描き方がある。そこを無理に合わせようとすると迷惑をかけてしまう気がして、基本的にはお断りしているんです。もちろん興味はあるし、やってみたいとも思うのですが…。でも今は、自分のやり方で責任を持って作れる範囲の仕事を続けたいと思っています。

自然と沸き立つ「描きたい」という欲求

新たなオリジナル作品『やっちゃった』は、これまでのアニメーション作品と異なり、短編映画のような作品でした。どのような経緯で制作されたのでしょうか。

浦浦 浦ちゃん – 自主制作をずっと投稿できていなかったんです。ありがたいことですが、仕事ばかりで自分の絵を描けない時期が続いていて、SNSのフォロワーも少しずつ減っていました。SNSのアルゴリズムも理解していたので、「ゴールデンウィークに何か出したい」という気持ちもあって。そうした焦りと、「絵を描きたい」という欲求が重なって生まれた作品でした。

『やっちゃった』もそうでしたが、浦浦さんの作品には「見たことある気がする風景」が描かれている印象があります。イメージはどこから湧いてきますか?

浦浦 浦ちゃん – 高校時代の自分の感覚かもしれません。少し恥ずかしい話なのですが、今でも“青春”が大好きなんです。創作にはいろいろな感情の揺さぶり方があると思うんです。怖さだったり、笑いだったり、共感だったり。でも、僕自身一番心を動かされるのは、青春特有のドキドキなんです。夏のじめっとした空気だったり、日陰のコンクリートの匂いだったり、道路の落書きとか、ブルーシートの上に雨水が溜まっている様子とか。意識して見ているわけではないけど、みんな一度は見たことがあるもの。そういう細部を積み重ねることで、日常の空気感は自然と伝わると思っています。

『学校帰りのコンビニ』

潜在的な記憶を刺激しているような感覚ですね。

浦浦 浦ちゃん – 本当にそんな感じだと思います。「あ、これ知ってる」「見たことある」と感じてもらえたら嬉しいですね。それと、僕は割と何でもかんでも「可愛い」と思ってしまう性格でして。何かを見て「可愛いな」と思ったら、すぐスマホにメモしています。そのメモの中からアイデアを拾って作品にすることも多いです。

最近メモしたもので印象的なものはありますか?

浦浦 浦ちゃん – 小学校の前を通った時に雨が降っていたんですけど、小学生が三人、傘を持っているのに傘を差さず、全力疾走していたんです。そういう何気ない瞬間を作品にできたらいいなと思っています。

まさに浦浦 浦さんの作品に漂う空気感ですね。最後に、これからイラストやアニメーションを志す方々に何かアドバイスを頂けますか?

浦浦 浦ちゃん – 難しいですね(笑)。僕がアニメーター、イラストレーターになった時とは世の中のあり方が違うのでアドバイスにはならないかも知れませんが…。とにかく描き続けることだと思います。「継続は力なり」という言葉は僕の中で最も説得力があって最も残酷な正論だとつくづく感じているので。

FANQ – 募集質問コーナー

最後に、事前に募集した「浦浦 浦ちゃん」への読者質問を掲載します。たくさんのご応募ありがとうございました。
ここに掲載されていないものも記事内の所々で話に登場するので、是非じっくり読んでみて下さい。
今後も様々なアーティストで実施予定ですので、そちらも合わせてチェックしてみて下さい!

  • 制作が行き詰まった時はどうやって解消していますか?
    • 浦浦 浦ちゃん – その時はもう何も描かないです。友達と遊んだり、全然違うことをやります。
  • 普段は1日のうちどのくらいの時間絵を描いていますか?
    • 浦浦 浦ちゃん – 日によっては朝起きてすぐ描き始めてそのまま寝てしまうこともあれば、全然描かない日もあります。今日もペンは持っているんですけど、何を描こうかなと考えながらまだ線一本も描いていないです(笑)。
  • 絵を描いている時に流すBGMなど教えてください。
    • 浦浦 浦ちゃん – アニメをずっとローテーションしていて、今は『けいおん!』のフェーズに入りました。目の前にiPadを置いて、アニメをずっと流しています。
  • 好きなブランドはありますか。
    • 浦浦 浦ちゃん – 最近はコムデギャルソンにハマっています。
  • 絵以外の趣味はありますか?
    • 浦浦 浦ちゃん – 昼寝が好きです。
  • よく観るYouTubeチャンネルはありますか?
    • 浦浦 浦ちゃん – ニュースチャンネルと、流行ってる音楽もYouTubeで聴いています。あとはkemioさん推しです。それ以外はほとんど見ていないですね。
  • 影響を受けた作家さんはいますか?
    • 浦浦 浦ちゃん – みなはむさんの作品を高校生の時に見て冷や汗をかきました(笑)。自分が目指したい方向の最前線にいる方で、今でもすごく好きです。

【インタビュー】ファンアートがいつしか… 若き才能・浦浦 浦ちゃんの描くあの“懐かしさ” の正体 – 前編

弱冠22歳で日本マクドナルドから仕事の依頼が舞い込んだ。公式WebCMの制作依頼だ。だが、当時の浦浦 浦ちゃんはアニメーションの制作経験がたったの一度しかなかったという。繰り返すが、たったの一度だ。

『目指せラーメンマスター』と題されたわずか7秒の作品が、担当者の目に留まった。この作品はいかにして出来上がったのだろう。そしてその後、彼が歩んだ道のりは一体どんな景色なのか。今や『日本三國』のエピソードイラストや『怪獣8号 THE GAME』のプロモーションアニメーションを手掛けるまでに至った若き才能に迫る、初の単独インタビュー。

絵描き家族のもとで生まれ育って

『無題』

ご家族の影響で絵を描き始めたんだとか。

浦浦 浦ちゃん – 父が車のデザイナーをしていて、家がお絵描き家族みたいな感じだったんです。画材も揃っていたし、父も美大に行っていたことがあって。姉二人も絵が上手くて、一緒になって描いていました。

当時はどんな絵を?

浦浦 浦ちゃん – ずっとドラゴンを描いていましたね。今でも「何か描いて」と言われたらドラゴンを描くようにしています。一番描き慣れているし、描いていて楽しいので。あとは、その時々で流行っていたコンテンツのキャラクターもよく描いていました。風景画もずっと好きで、今でも描いています。

「ドラゴン」はちょっと意外でした。今の作風からは少し離れていますね。

浦浦 浦ちゃん – そうかも知れません(笑)。

「絵を描くこと」を仕事として意識し始めたのはいつ頃ですか?

浦浦 浦ちゃん – 子どもの頃から「絵で生活できたらいいな」という気持ちはありました。ただ、変に現実主義なところもあって、「そんなの無理だろうな」と思っていて。本格的に意識したのは大学3回生くらいです。就職活動への不安もあって、フリーランスという選択肢を考えるようになりました。当時はInstagramもXもフォロワーが10万人を超えていて、ある人から「君ならいけるよ」と背中を押してもらえたことも大きかったと思います。

カリフォルニアで過ごした大学時代

『日常』

その頃はカリフォルニアの大学に通われていた?

浦浦 浦ちゃん – そうですね。もともとアメリカへの憧れがあって。映画『ベイマックス』のヒロみたいな天才少年に憧れていましたし、ピクサー作品も大好きでした。ピクサーのスタジオって、自分のデスクを自由に飾れるんですよ。会社員に窮屈なイメージを持っていた当時の僕には、それがすごく自由でかっこよく見えて。父も「学校なんて行かなくていい。行くならアメリカだ!」みたいな人だったので。いろいろ重なって留学を決めました。ただ、英語は全然話せなかったので、向こうでは勉強漬けでしたけどね。

コロナ禍に描き続けた二次創作

現在の活動につながる転機は、やはりコロナ禍だったのでしょうか。

浦浦 浦ちゃん – そうですね。授業が全てオンラインになって、絵を描く時間が増えたんです。

二次創作で浦浦 浦ちゃんさんを知った方も多いと思います。クロスオーバー作品には多くのキャラクターが登場しますが、あの発想はどこから生まれるのでしょうか。

浦浦 浦ちゃん – 例えば大食いキャラクターを描こうと思ったら、『進撃の巨人』にもいるし、『ONE PIECE』にもいるし、『銀魂』にもいる。だったら全員集めた方が面白いんじゃないかというイメージです。最初から人数を決めているわけではなくて、「このキャラも描きたいな」と足していきます。結果的に毎回すごい人数になっていますね(笑)。

『いっぱい食べるキミが好き』

ただ並べるだけでは面白くない。二次創作でのマイルール

二次創作を描く上で大切にしていることはありますか?

浦浦 浦ちゃん – 一番は原作へのリスペクトです。そのキャラクターがしないことは絶対にさせないようにしています。例えば、承太郎ならふざけないだろうとか、デクなら相手の能力をメモするだろうとか。そのキャラクターならどう振る舞うかを考えながら描いています。あとは、見て頂いた方々に楽しんで欲しいので、出来るだけキャラの個性を拾えるよう努力しています。

作品ごとに絵柄が異なるキャラクターを同じ画面に描くのは難しそうです。

浦浦 浦ちゃん – キャラクターは原作に寄せます。ただ、僕自身は顔の描き方で個性を出すタイプではないと思っていて。例えば、多くの作家さんはそれぞれ特徴的な顔の描写表現が決まってあると思うんですが、僕はあまり決めないようにしています。だからこそ、影を落とさない塗り方だったり、色使いだったり、ブラシの使い方だけは固定化してるので、絵柄の寄せに集中して、同時に僕らしさも表現しようとは努めています。

『タクシーの中にて』

赤みを帯びた色彩も、どこか懐かしさを連想させるようで印象的です。

浦浦 浦ちゃん – 初めは単純に自分なりの「可愛い」に突っ走って色味を決めていた感じでした。ただ、この色味を使うにつれて僕の作家性が色彩と結びついてしまい、今では僕の絵だと気づいてもらうために自分らしい色味に頑張って寄せている状況です。もはや呪いに近いですね(笑)。

細かな描き込みも魅力のひとつですが、特にこだわった小ネタはありますか?

浦浦 浦ちゃん – 『NARUTO』のファンアートは特にこだわって描きました。ファンしか気付かないようなネタを大量に仕込んでいるんです。ただ、そういう細かい部分って意外と伝わらないこともあって。『チェンソーマン』のファンアートでデンジに『コロコロコミック』を持たせたことがあったんですが、「『ジャンプ』じゃないの?」と言われたり。でも原作では本当に『コロコロコミック』を読んでいるんですよ。逆に僕が間違えることもありますし、そのやり取りも含めて面白いですね。

後編ではいよいよ、唐突に思えた日本マクドナルドからの制作依頼の背景に迫ります。商業作品と自主制作の狭間で、浦浦 浦ちゃんがどうしても譲れないものとは。そして、彼の作品の最大の魅力である、懐かしくエモーショナルな情景の秘密に迫ります。お楽しみに。

プリクラはなぜ消えなかったのか? “盛る文化”の30年史から読み解く日本の自己表現

「どのポーズにする?」と相談し、カーテンを閉めて、機械の音声に合わせ「3、2、1」で慌ててピースサインを作る瞬間。撮影後の小さな落書きスペースに友達と詰め込まれて、時間切れの焦りの中でペンを取り合う。

プリクラは、日本人にとってあまりにも当たり前の存在になっている。しかし世界的に見ると、これほど長期間にわたって独自の進化を遂げた写真文化は極めて特殊だ。フォトブース自体は世界中にあるのに、プリクラのような文化はなぜ日本にしか生まれなかったのか。その歴史を辿ることは、日本の若者文化そのものを読み解くことでもある。

1995年、ゲームセンターから始まった「友達と撮る」体験

プリクラが生まれたのは1995年。ゲーム会社・アトラスとセガが共同開発し、ゲームセンターに登場した「プリント倶楽部」が原点だ。当初のコンセプトはシンプルで、写真を撮ってシール状のプリントを持ち帰るというものだった。

しかし、想定外だったのはその「使われ方」。プリクラはゲームと違って、本質的に複数人の体験だった。狭いブースに友達と身を寄せ合い、ポーズに悩み、できあがったシートをハサミで切り分ける。写真そのものよりも、「撮る」という行為と、その後の「分け合う」時間こそが目的化していった。

90年代後半には「プリクラ帳」という文化が定着する。専用のノートにプリクラを貼り、友達同士で交換し合う。SNSが存在しない時代に、すでに自分の人間関係を可視化し、物理的に「シェア」する文化が生まれていたのだ。

ギャル文化とともに進化した2000年代

「姫と小悪魔」落書きイメージ / PR TIMESより

2000年代、プリクラに大きな転換点が訪れる。「落書き機能」の登場だ。

撮影後にタッチペンで写真に直接書き込めるようになり、ハートやキラキラ、太めの手書き文字、その日だけの内輪ネタが1枚に詰め込まれていく。

この時代はギャル文化の全盛期。派手なメイクや盛りだくさんのファッションと同じように、「とにかく盛る、とにかく詰め込む」というエネルギーが、プリクラの装飾文化とぴったり噛み合った。プリクラはギャルたちにとって、自分を演出するための最高のステージとなっていく。

平成には、ガラケーの待ち受けをプリクラが彩っていた ※画像はイメージです

同時期、日本ではガラケー(折りたたみ式携帯電話)が急速に普及。プリクラ機はこれにすぐに対応し、撮影画像を携帯の待ち受け画面に設定できるようになった。「友達とのプリクラを待ち受けにする」のは、ちょっとした関係性のステータスでもあった。

この時代に定着したもうひとつの変化が「美肌補正」と「目の拡大」機能。プリクラはもはや現実の自分を記録するツールではなく、理想の自分を作り出す装置へと進化していった。

「盛る」が技術になった2010年代

「盛る」という言葉が広く使われるようになったのが、この時代だ。より大きな目、より滑らかな肌、より小さな顔。プリクラメーカーはこれをエンターテインメントとして洗練させ続けた。

2010年代中盤には、リアルタイムの顔認識技術や、映画セットのような照明システムを備えた機種も登場。完成した写真はほとんどアニメのキャラクターのようで、「これ誰?」と自分でツッコミたくなるくらいの仕上がりになることも珍しくなかった。それでも「盛れていない」プリクラの方が、なんだか物足りなく感じる。

ちょうど同じ頃、インスタグラムが世界的に広まり、「自己演出」「フィルター加工」「友達とのシェア」がSNSの文法として定着していく。しかし日本の若者たちは、その何年も前からプリクラを通して同じことを実践していた。プリクラはSNSに追いついたのではなく、その原型をずっと先に生きていたのだ。

“逆輸入” された韓国の「盛らないプリクラ」

韓国フォトブース / Klook公式ブログより

実は、韓国プリクラのルーツも日本にあるという。1998年、日本のプリクラ機が韓国に持ち込まれ、「스티커사진(ステッカー写真)」として若者の間に広まった。その後、2017年に誕生した「인생네컷(人生4カット)」は、10枚ほど連続で撮った中から4枚を選び、1枚のコラージュとして印刷するスタイル。顔をほとんど盛らないのが最大の特徴で、目を大きくしたり顔を小さくしたりする加工は基本的にない。日本から伝わった文化が韓国で独自に育ち、「盛らない」という新しい価値観を獲得して、2020年頃から新大久保や渋谷などを中心に今度は日本へと “逆輸入” されている。

加工で盛らない代わりに、韓国スタイルのフォトブースには、カチューシャや被りもの、ぬいぐるみ、サングラスといった小物が無料でずらりと用意されている。そして壁には、過去にそこを訪れた人たちのプリクラが1枚ずつ貼られていて、自分も撮った1枚をそこに残していく。誰かの記録が積み重なった空間に、自分の1枚もまた加わっていく。この感覚は、日本のプリクラにはあまりない体験だ。

推し活としてのプリクラ

そして現在のプリクラ文化を語る上で欠かせないのが、推し活との接続。好きなアイドルやキャラクターを応援する推し活では、チェキ、アクリルスタンド、トレカなど、「物として手元に残す」体験が重視される。プリクラもまた、その欲求と深いところで重なっている。

フリューは2023年、推し活専用プリ機「Luvholi」をリリース。「推しごと撮影」モードでは、うちわやアクスタなどの推しグッズを「無加工エリア」に配置することで、自分の顔は盛りながら推しのビジュアルはそのまま残すことができる。推し色に合わせて50色以上から選べるペンカラー、うちわ文字風フォントスタンプなど、オタクのニーズをピンポイントで突いた設計に「神機能」と称賛の声が集まった。

『GIMMI』『totolu』の「LE SSERAFIM」との期間限定イベント / PR TIMESより

さらに一歩進んだのが、K-POPグループとのコラボだ。セガの機種では2025年4月、「LE SSERAFIM(ルセラフィム)」との期間限定イベントを開催。メンバーとのツーショット撮影が体験できる26種のフレームが用意され、BGMとして楽曲も流れるという本格的な推し体験を提供した。「アイドルと一緒にプリクラを撮る」という、かつてはファンの夢物語でしかなかったことが、現実のものになったのだ。

プリクラ自身が「思い出」になっていく

30周年特別企画「DEAR 令和&平成 ウチらの伝説プリ」 / PR TIMESより

プリクラが30周年を迎えた2025年、フリューはひとつの興味深い企画を実施した。「DEAR 令和&平成 ウチらの伝説プリ」と名付けられたこの企画では、平成時代に一時代を築いた「姫と小悪魔(2006年)」や「LADY BY TOKYO(2011年)」、そして令和の「Melulu(2019年)」といった”伝説のプリ機”の写り・落書き・デザイン・BGMを、最新機種「Bloomit」上で当時の雰囲気のまま再現するというものだ。さらに、平成女児に絶大な人気を誇ったキャラクター「一期一会」とのコラボも実施され、プリをテーマにした描き下ろしデザインが追加された。

すでに実施期間は終了しているが、こうした企画が成立すること自体が面白い。かつて「最新」だったプリクラの加工スタイルやBGMが、今では懐かしさとともに振り返られる対象になっている。「あの頃よく行った機種」「あの加工感、見覚えがある」という感覚は、もはや世代を区切る共通言語のひとつだ。

なぜ、プリクラは消えなかったのか

写真を撮れるブースは世界中にある。しかしプリクラ文化がここまで深く根付いたのは日本だけだ。

スマホでいくらでも写真が撮れる時代になっても、プリクラを撮りに行く人は減らない。それは、プリクラが単に写真を撮る機械ではなく、「誰かと一緒にいた時間」を形にする機械だからだ。技術は95年から今までずっと進化し続けてきたけれど、その根っこにある役割は、ずっと変わっていない。

プリクラ帳を見返したとき、加工技術の進化よりも先に思い出すのは、きっと「その時、誰と何を話していたか」だろう。プリクラが30年間消えなかった理由は、そこにある。

アーティスト・イン・レジデンスの進化 一つの部屋から生み出される創造と変革

空間からコミュニティへと進化するアーティスト・イン・レジデンス

芸術で食っていくのは難しい。かのミケランジェロですら時の大富豪の支援を受けて制作活動をしていたのだから、物価高騰・家賃上昇の波を超えることは簡単なことではないだろう。昨今の芸術形にとって一つの理想的な形とも言える制作スタイルが「アーティスト・イン・レジデンス」(AIR)だ。

アーティスト・イン・レジデンスとはアーティストが普段の拠点とは異なる場所に一定期間滞在し、そこで生活を営みながら作品制作やリサーチを行うプログラムとその施設のこと。そこでは、芸術家たちが静かに創作に没頭するための空間を提供する(される)というイメージが強かった。しかし国内外のレジデンスプログラムは大きく変わりつつある。

現代のアーティスト・イン・レジデンスでは、単なる制作空間の提供だけではなく、異なる領域の人間が交差するよう企画されている。そこで起こった化学反応は、企業や街、市民たちとの持続的な関係性や新たな価値観を紡ぎ出すコミュニティの舞台へと進化している。

「漫画アパートメント」から見る、日本のポップカルチャーの新たな「トキワ荘」コミュニティ

東京23区内に立地する漫画アパートメント。交流やインプットの場となる共用部も魅力的だ。 / 「MANGA APARTMENT VUY」公式サイトより

日本のレジデンスの最新系としていま最も注目を集めているのが、今年誕生した「漫画アパートメント」だ。『SPY×FAMILY』『チェンソーマン』『ダンダダン』などスマッシュヒットを連発させている漫画編集者・林士平氏らがプロデュースに携わり、次世代のスター漫画家を育成・支援するために設立されたこの施設は、まるで「令和のトキワ荘」のようだ。

かつて手塚治虫や藤子不二雄らが集ったトキワ荘がそうであったように、この空間の本質は同時代を生きるクリエイター同士の密接な求心力にある。一人で机に向かう孤独な作業になりがちな漫画制作において、同じ志を持つ仲間が物理的な空間を共有し、日常的にアイデアを戦わせ、時に励まし合う。

入居・生活にかかる費用が全てサポートされるだけでなく、なんと編集チームがひとりひとりに担当としてつき、執筆をサポートしてくれるという!定期的な講義や研修も用意され、空間そのものが互いに創造意欲をかきたてるハブとして機能している。アーティスト・イン・レジデンスの仕組みが、日本の誇る漫画というカルチャーと出会ったことで、一過性の支援に留まらない、継続的な支援とコミュニティの場として新たな歴史を刻むかもしれない。

ラグジュアリーブランドが仕掛ける、日本の職人技とアーティストをクラフトマンシップでつなぐ共創

次に、世界に展開しているラグジュアリーブランドの取り組みをご紹介しよう。

「LVMH Métiers d’Art(メティエダール)」はルイヴィトンやディオールなどを展開するLVMHの伝統産業継承プロジェクトだ。20025年には日本からアーティスト・アニメーターの米澤柊が選出され、岡山の老舗デニムメーカー「KUROKI」の工房に滞在するプロジェクトが実施された。

LVMH Métiers d’Artでの米澤柊の作品。成果発表としてパリの展覧会の開催が行われる。/ LVMH公式サイトより

また、アーティストをエルメスの工房に招聘し、職人との体験の共有や協働制作を行うエルメス財団のプログラム「アーティスト・レジデンシー」は2010年から続いている。アーティストたちはエルメスが誇る最高峰の皮革やシルク、クリスタルの工房に滞在し、熟練の職人とともに寝食を共にしながら制作活動を行うことができる。

これらのプログラムにおいてアーティストたちは、職人が持つ知識や技術、長年培われた素材の特性に主体的に深く潜り込み、職人もまた、アーティストの突飛な着想に触れることで自らの技術を再定義していく。

機能での差別化が困難な時代において、ラグジュアリーブランドはクラフトマンシップをキーワードに、伝統技術と現代表現に接続することを試みる。そこには、ラグジュアリーブランドの最高峰のアトリエの技術を発信しながら、次世代のアーティストを育成しブランドとしての価値をさらに向上する狙いもある。職人やアーティストをブランド自体が囲い込むことによって、未来の圧倒的なクリエイティブ力に投資しているのだ。

「マイクロソフト」が挑む、AIとアートが融合する空間

アーティスト・イン・レジデンスは、芸術や伝統工芸だけに留まらない。最先端のテクノロジーを社会にどう実装していくかという未来の実験場としても機能している。

「Microsoft Research Artist in Residence」では、世界トップクラスのAI研究者やエンジニアと、アーティストがバディを組んでプロジェクトを企画する。人工知能やデータサイエンスという、一般の生活者にとってはブラックボックスになりがちな最新技術を、アーティストの感性を介してインスピレーションや体験へと転換する試みだ。過去には、AIと人間が対話するように変化する建築パビリオンなどのプロジェクトが誕生している。

人工知能を組み込んだ建築パビリオンプロジェクト「Ada」Jenny E. Sabinとの協業により制作された。 / Microsoft公式サイトより

技術スペックの進化はめざましいが、それだけでは生活者の共感は得られない。目に見えない技術を、空間デザインや五感で触れられるアート作品へと落とし込むことで、鑑賞者は技術の受け手としてだけではなく、未来のあり方をともに考える参加者となる。アートの持つ人間らしさをテクノロジーに適応させることによってAI技術に倫理や情緒が生まれる。アーティストは最新の技術を使った作品への実験に参加できる。さらに技術を使って作られた製品を利用する消費者も技術の向上というメリットを享受できる仕組みなのだ。

「気候変動レジデンス」に見る、科学と感性を結ぶ「関係性の編集」

最後に、最も地球規模の課題にアプローチしている事例として、ドイツの環境研究機関などが主導する「Climate Action Artist Residencies」を挙げたい。このプログラムでは、気候変動の影響を最も強く受ける島国(フィジー、サモアなど)のアーティストを研究現場に招き、科学的なリサーチデータをアート作品へと昇華させる。

サモアの女性アーティストが、気候変動に関する最新の科学的知見を、伝統的なココナッツ繊維の織物に編み込んで表現するプロジェクトが行われた。

気候変動というテーマは、巨大で抽象的すぎるがゆえに、ニュースの数字を見ても他人事になりやすい。しかし、そこに生きる人々の記憶や伝統、そしてアート作品が加わることで、データは突如として情緒を持ち、人々の心に深く刺さるメッセージへと変貌する。ここではアーティスト・イン・レジデンスが「論理」と「感性」という二つの領域を繋ぎ、豊かな関係性を作りだす。

アーティストを“住まわせる”こと。それは単に部屋を与えることではない。土地や人、産業、建築、時間。そのすべてを交差させながら、新しい創造の条件を設計する行為なのである。

【インタビュー】ずっと一緒さ。トイ作家・カネヒラがつくる世界にひとつ – 後編

さて、ぬいぐるみたちの楽しげな世界と、カネヒラさんの頭の中を覗き見してきた前編。
「『鍋つかみ』が実は暑がりだったら…」
カネヒラさんの作品世界は、そんな日常の何気ない所からふっと立ち上がる。では、そのアイデアは一体どのようにして、“具体的な形”として誕生するのだろう。
そして生まれたぬいぐるみたちが旅立つ時の、カネヒラさんの心境とは____________。

「脚本なし」で布を切る、即興のものづくり

「検針器」を取り囲むぬいぐるみたち。これを使って出来上がったぬいぐるみ達を一体一体撫でながら、針の混入が万一にも起こらないように徹底している。

制作のプロセスがかなり独特だと伺いました。

カネヒラ – イラストも型紙も書かずに、まず布に直接ハサミを入れるんです。細長い感じがいいかな、丸い系がいいかな、といった風に切ってみて、くしゃっと丸めてサイズ感を見ながら作っていきます。

脚本のない状態でドラマを撮っているみたいですね。

カネヒラ – あ、まさにそんな感じです。即興劇に近いですよね。うまくいかないことが結果的に良かったりもして。完璧に作ると、カチッとして面白くないんです。

最初の子が即興で出来上がって、次の子を作る時はどのように制作しますか?

カネヒラ – 最初の子ができたら、すぐに型紙を作ります。自分で作ったのに「どうやってできてるんだっけ?」って思いながら(笑)。なるべく記憶が鮮明なうちに、厚紙に起こしておいて、それで次の子以降を作っていきます。

なるべくみんな同じ顔になるようにしますか?それとも個体差はあってもいい?

カネヒラ – SNSで私が投稿した“1人目”の子を見て「この子が欲しい」と思ってくださっている方が多いと思うので、顔はなるべくその子に近づけるようにしています。でも、体つきは少し太っちゃったり、ほっそりとしたり、「個体差」として自分も楽しみながら作っています。“1点もの”という感覚も大事にしたいんです。

「豆粒ぐらい」

「みんな行っちゃったんだな」

制作が終わって、作品を発送するときはどんな気持ちになりますか?

カネヒラ – 気持ちが空っぽになるというか、「みんな行っちゃったんだな…」と毎回すごくしんみりします。自分のところには残らない子たちなので、大事にしてもらえたらいいな、「幸せになれよ」と思いながら送り出しています。

手元を離れた後、ファンの方から連絡が届くこともあるのでしょうか?

カネヒラ – よくご連絡をいただけて、本当にありがたいです。一番印象的だったのは、海外の見たことないほど綺麗な海をバックにぬいぐるみを撮影してくれていて、しかもサングラスと浮き輪をしていたんですよ!夏スタイルで(笑)。それはもう感動しました。自分もそこに連れて行ってもらった気持ちになりますし。

色々と着せ替えたり、新しくアイテムを身に付けて楽しむ方も多いですよね。

カネヒラ – そうなんです。帽子を被せてくれたり、ちょうどぴったりのものを見つけてきて着せてくださったり。皆さんのセンスがすごくて、こんな楽しみ方があるんだなって教えてもらっています。本当に嬉しいです。

「星」

先着販売ではなく抽選販売だったり、転売の禁止を徹底されていますが、これには何かこだわりが?

カネヒラ – 転売対策はもちろんそうですし、来てくださった方に平等に機会があるように、という気持ちが大きいんです。大量生産出来ないからこそ、なるべく平等にできたらと思ってやっています。転売の問題はなかなか難しいことが多くて、悩みどころではあるんですけど…。

「ぬいぐるみ」と「ソフビ」使い分ける理由は?

「目」を接着作業前の「豆粒ぐらいのソフビ」

ぬいぐるみだけでなく、ソフビ作品も展開されていますね。

カネヒラ – ぬいぐるみと比べ「ソフビ」は量をたくさん作れるので、ぬいぐるみが手に入りづらいという方にも購入していただけたらと思って始めました。あと、「ソフビ」という素材がずっと好きで、いつか自分の作品で使ってみたかったんです。

「ソフビ」への思い入れはどこから来ているんですか?

カネヒラ – 昔のおもちゃってソフビ製品が多くて、蚤の市に行ったりするとレトロな貯金箱なんかも「ソフビ」でできていて、すごく可愛らしいんですよ。風化もしていないし、長生きする素材という印象がずっとありました。自分の作品が後世までそのままの形で残っていたら素敵ですよね!

石焼き芋の車のように、不意に現れる移動販売を

最後に、今後の展望についても聞かせてください。いつかは自分のお店を持ちたい、という気持ちはありますか?

カネヒラ – いつか移動販売でぬいぐるみやグッズを販売したいと思っていて。キッチンカーのような、石焼き芋の車のようなもので、時間を指定することもなく突然現れるみたいな。そういう移動販売をいつかしてみたいんです。その中で雑貨屋さんみたいに作品がいっぱい並んでいて、自分の作品やグッズを直接お届けできたら、きっと幸せな空間になるんだろうなと思います。お客さんやファンの方々の反応も直接見られますし。

個展「たまもののゆめのこと」京都会場の様子

陶芸、ストップモーション…やりたいことはまだまだある

ぬいぐるみ以外にも、挑戦してみたいことはありますか?

カネヒラ – 陶芸とか面白そうじゃないですか?陶器でキャラクターを作っても良いかも、と思っていて。どうやって作るかもまだわからないんですけど(笑)。あとは、ストップモーション。NHKの「ニャッキ!」や「ひつじのショーン」がずっと好きだったので、その懐かしさを自分の作品にも滲ませたいです。自分の作った子たちがみんなが動いていたら絶対楽しいですよね!

FANQ – 募集質問コーナー

最後に、事前に募集した「カネヒラさん」への読者質問を掲載します。たくさんのご応募ありがとうございました。
ここに掲載されていないものも記事内の所々で話に登場するので、是非じっくり読んでみて下さい。今後も様々なアーティストで実施予定ですので、そちらも合わせてチェックしてみて下さい!

  • 制作中はBGMを流したりしますか?
    • カネヒラ – 音楽をかけているのに、気づいたら終わっていて何も聞いていない、みたいなことがよくあります。集中すると、イヤホンをしていても頭に入ってこないんです。ラジオを流しておくこともありますけど、抽選販売の前はとにかく時間との戦いなので、無心になっていることが多いです。
  • SNSにアップされている写真の撮影では、ぬいぐるみをどうやって自立させていますか?
    • カネヒラ – なるべく目立たないサイズの透明のキューブを後ろにそっと置いて、支えにするんです。空にぬいぐるみがぽっと浮かんでいるような写真は背景だけの写真も1枚撮っておいて、あとで指だけ消す加工をすることもあります。ストップモーション動画のときは、ポテっと倒れないように、しっかり固定してからコマを1枚ずつ撮っていくんですけど、気が遠くなる作業です(笑)。
「たまもの」
  • 1番苦労した作品はなんですか?
    • カネヒラ – どれも等しく大変なのですが、「寝かされたカレー」はどんな形にするかでかなり悩みました。
  • ひとりの子を作るのにどのくらいの時間がかかりますか?
    • カネヒラ – 本当にものにもよりますが、1つを集中して作るとなると、3時間くらいかかると思います。
  • 生地はどこで調達されているのでしょうか?
    • カネヒラ – 近くの手芸屋さんか、ネットでも買ったりします。ただ、ネットだと写真と実際の色が違うことがあるので、なるべく実物を見て買うようにしています。たまに気に入った生地が廃盤になったりして、それは死活問題です…。
  • 1日の制作時間が知りたいです!
    • カネヒラ – 実は、毎日ずっとぬいぐるみをつくっているわけではないんです。他にも色々なグッズの制作や別ラインの作業があるので、日によって時間の使い方はかなり変わりますね。ただ、「今日は新しいぬいぐるみを作るぞ」と決めた日は、本当にその1日を最初から最後まで丸ごと使う日もあります。あとは、急にアイデアが降ってきて、いきなりガーっと作業し始めることもあります(笑)。
  • おすすめのお手入れ方法について聞きたいです!
    • カネヒラ – 私の場合はブラシで優しめに擦ったり、優しい成分の除菌シートのようなもので拭いたりしています。
  • 制作で1番楽しい瞬間はいつですか?
    • カネヒラ – どんな作品にしようかと悩んでいる時は結構苦しかったりしますが、やっぱり完成した瞬間の嬉しさが1番です!

【インタビュー】ずっと一緒さ。トイ作家・カネヒラがつくる世界にひとつ – 前編

ただのぬいぐるみだなんてとんでもない!
見たことあるようで、見たことない、いや、でも見たことあるような気も…。
一言では言い表せない、カネヒラさんの豊かに広がる作品世界。有名なあの“カウボーイ”のように、目を離したらいそいそと動き出してしまいそう。そんなぬいぐるみたちの世界を、ちょっと、覗いてみよう。

「メガネの豆粒ぐらいたち」

頭の中のキャラクターを具現化する

カネヒラさんの活動の出発点を教えてください。

カネヒラ – 元々パッケージデザインがすごく好きで、デザインの専攻がある大学に進学しました。卒業後はデザイン会社に入社して、パッケージやポスターを作っていたんですけど、そこで「何か自分で発信したい」という気持ちが出てきて、今の作品を作り始めたんです。

その時から、現在のような「ぬいぐるみ」を?

カネヒラ – 小さい頃から、頭の中にキャラクターみたいなものがいたんです。活動当初はアクセサリーを作ったりもしたんですけど、その中で、自分がずっと思い描いていたキャラクターたちを誰も見たことないような形で出してみたら面白いかな、と思って始めました。

大学の卒業展示でも、ぬいぐるみを作っていたとお聞きしました。

カネヒラ – そうなんです。「Yogibo」みたいな大きなクッションに目をつけたものを作って。今は写真も残っていないんですけど、あれが原点だったかもしれないです。ぬいぐるみを本格的に作り始めたのは23歳くらいでした。

「信楽焼のたぬきとささくれ」

「大事にしてもらえるものを作っていきたい」

活動当初は「しまいぬ」という名義だったとか。「空想アパートメント」という屋号や、現在の「カネヒラ」という名前に変わっていった経緯を教えていただけますか?

カネヒラ – 「しまいぬ」は、犬が大好きなのに飼ったことがなくて、「もし犬がいっぱいいる島があったら」という妄想からつけた名前なんです。「空想アパートメント」は、頭の中の空想を何階層かにして見せているイメージというか…。「アパートメント」という言葉が好きで、「空想」と合わせてガチャッとくっつけてみました。

最近は「空想アパートメント」から「カネヒラ」という名前に変えられましたね。

カネヒラ – 「空想アパートメント」だと、今の自分にはメルヘンすぎるかなと思って。名前を変えたことで、気持ちの面でも少し変化がありました。「ゆめかわいい」という方向よりも、もっと落ち着いた、大事にしてもらえるものを作っていきたい、という方向にシフトしていきたかったんだと思います。

「ドラゴンフルーツに夢中なぬいぐるみたち」

言葉の「変さ」にアンテナを

カネヒラさんの作品を見ていると、日常の中に散らばっているものがキャラクターになっているような感覚があります。着想はどこから来るのでしょうか?

カネヒラ – ピンとくる瞬間が突然来るんです。言葉にすると難しいのですが、ずっと頭の片隅に「どうしようかな」があって、そこで「こうだ!」となる感じと言うか…。最近だと、“言葉”がすごく気になっています。「ヘマをする」とか「熱を逃がす」とか。逃がされる熱ってなんだろう、「『ヘマ』って何…?」みたいな。不思議だな、変だなと思ったことをメモに書き留めています。

「寝かされたカレー」も、そういった感覚から生まれたのでしょうか?

カネヒラ – そうなんです!料理で使う「寝かせる」という言葉が、まるで人に使う言葉みたいで面白くて。「寝かされているカレー側の気持ちってどんなだろう? 」と考えていたら形にしたくなりました。寝かされているのに目がギンギンだったり、ハラハラしている仕草にも見えるよう表現するのに苦労しました。最終的に「口元に手を当てているようなポーズにしてタッパーに入れる」というアイデアに決めて。タッパーに入っているから四角くなるんですよ(笑)。

タッパーにぴたっととはまっている「一晩寝かされているカレー」

具体的な動物を直接モチーフにすることは少ないですよね。

カネヒラ – そうですね。犬や猫ではなくて、「もの」や「言葉」に動物みたいな要素を入れ込むという不思議な作業をしてます。ただ、人から見て分かりづらすぎたり、伝わらないものにはしないように気をつけています。「共感」も取り入れることが大切なんです。

1人1人の“個性”を大切に。豊かに広がるぬいぐるみたちの世界

カネヒラさんのキャラクターたちには、それぞれの性格やストーリー設定のようなものはありますか?

カネヒラ – 一応、この子はこんな風に考えているんだろうな、とか、この子は素早い動きをするとか、食いしん坊とか、そういう初期設定はあるんです。「インターネットミーム」というピンク色の細長い子と、「スーパーコンピューター」をイメージしたぬいぐるみがいるんですけど、その2人はネットとパソコンのつながりで仲良くしています。他にもSNSの投稿とかで、「この子たち、よく一緒にいるから仲がいいのかな?」なんて想像してもらえると嬉しいです。いつか相関図とか作っても面白いかもしれないですね。

「インターネットミームとスーパーコンピューター」

とは言っても、やっぱり最後は買って頂いた方だけの特別な子になって欲しいんです。持ち主の数だけ“個性”が生まれるというか、「自分のぬいぐるみがこういう性格だ」、というのを好きなように想像しながら楽しんで頂けると嬉しいです。

誰も見たことないぬいぐるみを目指して

唯一無二の世界観が広がるカネヒラさんの作品世界。大人気の抽選販売は毎回見逃せない!

制作の中で、一番大切にされていることは何でしょうか?

カネヒラ – 「誰も見たことないものを作る」ということですね。物ってたくさんあるから、「これ見たことある」って思われたら終わりだな、という感覚がずっとあって。最近はその意識がさらに強くなっていて、悶々としながら考えることも増えました。

それでいて、着眼点は日常の中から来ているんですね。

カネヒラ – そうなんです。まっすぐに整えられた線より、子供が書いたようなカクカクした線に惹かれるように「無作為を作為するのが好き」なんです。完璧すぎると面白くないから、ちょっと抜けてたり、いびつだったりするのがいいなと思っています。

後編では、実際の制作プロセスを深掘りします。大切に生み出した子たちを送り出す時、果たしてカネヒラさんはどんな心境なのか…。ぬいぐるみたちの旅先からの素敵な知らせや、これからの展望、最後には事前募集した質問への回答も。お楽しみに!

【レポート】勝ち負けより大切なこと – 『キャプテン翼』高橋陽一×柿谷曜一朗の描く未来

1981年に連載をスタートし、世界100か国以上で翻訳・放映されてきた『キャプテン翼』。
その存在は、日本サッカーの歴史とほぼ重なるように歩んできた。Jリーグの誕生とともに育った世代が大人になり、かつてピッチで「翼君」の技を真似た少年たちが今や代表選手や解説者として活躍している。そして2026年、その物語はついに「アート」という新たな形をまとって世界を旅し始める。

キャプテン翼 One World One Team アートエキシビション 2026

プロジェクトに先立ちスペシャルトークセッション「Football×Art」が東急プラザ原宿「ハラカド」にて開催された

サンフランシスコを皮切りに、ニューヨーク、シンガポール、香港、ヨーロッパへと巡回するこのプロジェクトを記念し、漫画家・高橋陽一先生、元サッカー日本代表の柿谷曜一朗氏、本プロジェクトを主催した株式会社GAAAT代表取締役・徳橋佑輔氏へと話を伺った。世代を超えて「翼君」とともに歩んできたそれぞれが、サッカーとアートへの想いを語り合う________。

企画の原点──IPとアートが出会うとき

No.003 Tsubasa & Misaki

今回のプロジェクトに至ったきっかけを教えてください。

徳橋 – 私たちGAAATはIPとアートを掛け合わせ、新しい作品を生み出す事業を続けています。その文脈で『キャプテン翼』をアートという形で世界展開する企画を立ち上げました。今回の描き下ろし作品は世界で11点のみ、売り切れたらそれ以上はありません。

高橋先生は、今回このような形でアート展が開催されることについてどう感じていますか?

高橋 – 作品に選んでいただけたこと、本当に光栄です。世界中に『キャプテン翼』の読者がいますので、そういった方たちにアートという形で届けられたら嬉しいなと思っています。

『キャプテン翼』は、常にそばにいた

元日本代表・柿谷曜一朗氏。現役時代は作中の主人公・大空翼に負けず劣らずのファンタスティックなプレーで観客を魅了した。

柿谷さんにとって、『キャプテン翼』はどういう存在でしたか?

柿谷 – 僕自身、アクロバットなプレーやオーバーヘッドがずっと好きで。でもそれは「翼君を意識して」というよりは、僕が好きなプレーが自然と『キャプテン翼』に詰まっていた、そういうイメージでした。だから子供の頃から「翼君」という名前をひとり占めしてたくらい(笑)、本当に身近な存在でしたね。

原宿「ハラカド」ギャラリー展示の様子

印象に残っているキャラクターはいますか?

柿谷 – もちろん翼君なんですけど、岬君のような存在もすごく大切ですよね。翼君が翼君であり続けるには、一人では絶対に無理じゃないですか。僕は現役時代、香川さんと乾さんとずっと一緒にやっていたんですけど、あの二人がその存在に重なって見えていました。「僕にも岬君みたいな存在が欲しかったな」と思うこともあって…。
仲間がいたからこそ、一人一人のドラマが生まれる。翼君が翼君になれたのも、一人じゃない。そういうところが羨ましくもあり、「こういう選手になりたかった」と一番強く印象に残っているところです。

サッカーと漫画が互いを超えようとした時代

『キャプテン翼』の連載がスタートした1981年はJリーグすらまだ無い時代。後のサッカー人気に火をつけた『キャプテン翼』は、日本だけでなく世界中で愛されている。

高橋先生が作品を描き始めた当時は、漫画の中のプレーが現実を超えているとも言われていました。今の選手たちが実際にそれを体現していることについてはいかがですか?

高橋 – 本当に嬉しいですね。漫画を描きながら、「こういうプレーが見たい」という思いで描いていたシーンが、実際の選手によって演じられるたびにフィーチャーしていただいて。こういうのを見たかったんだよな、と毎回思います。

柿谷 – 練習の中で「先生が描いたんだからやらないと」という気持ちがあって(笑)。先生は絶対に無理なことは描いていないと思うんですよ。先生の頭の中は、誰よりもファンタジスタ。その想像に何とか応えようとする。それが「翼君みたいだったね」と言われた時の嬉しさにもつながって、モチベーションになっていました。むしろ先生が描けないようなプレーもしたいと思っていたぐらいで(笑)。

W杯2026、日本代表に何を期待するか

画像左:柿谷曜一朗氏 / 画像右:株式会社GAAAT代表取締・徳橋佑輔氏

まもなくFIFAワールドカップ2026が始まります。柿谷さんが日本代表に期待することは?

柿谷 – 「まずグループリーグを突破して」とか「ベスト8に行けたら御の字」みたいな考え方を、僕は捨てたいと思っています。選手たちが「優勝する」と公言している以上、サポーターも同じ目線で最高の景色を見る準備をしないといけない。戦っているのは選手だけじゃないですから。選ばれた26人を信じるだけです。

高橋先生が注目している選手は?

高橋 – 佐野海舟選手ですね。今まさに伸び盛りで、すごく効いている選手だと思っていて。彼次第のチームになるんじゃないかという見方もしています。

大会を通してお二人が見たいものはなんでしょうか。

柿谷 – 90分の中には、勝ち負けに関係ない、ただただ心を揺さぶられる瞬間がたくさんあるんです。目の前の相手を華麗な技で抜いても1点にはならない。でもその一瞬に感動する。今の組織的なサッカーの時代に、その台本を飛び出すようなプレーができる選手がなかなかいないと言われている。だからこそ、フランスのシェルキみたいに、試合中にリフティングやラボーナを仕掛けてくる選手が活躍するのを見たいんです。突出した個が輝く瞬間が今大会にあれば、と楽しみにしています。

高橋 – サッカーにはファッションみたいに流行があって、組織的なサッカーが整備されると、それを崩すための新しいサッカーが生まれます。その循環がまた今回のワールドカップでも見られると思っていて。個人の突出した選手が出てきて、また流れが変わるかもしれない。そういう新しいプレー、違うサッカーが見られたら嬉しいですね。

世界平和への想いを作品に込めて

No.005 Exhibition-exclusive artwork


高橋先生、今回の描き下ろし作品に込めた思いを聞かせてください。

高橋 – 今回のテーマは「世界平和」です。世界で戦争が起きている今、嫌だなという気持ちがずっとあって。もともと翼の物語の中でも世界平和はテーマの一つとして描いてきました。今回はその想いを改めて込めて、世界中の人たちが仲良くなれるようにという願いを一枚のイラストに落とし込みました。試合中はもちろん相手に勝つために全力を尽くすけれど、試合が終わったらお互いを認め合って仲良くなれる。そのスポーツとしての美しい瞬間を描きたかったんです。本当は11人以上描いた方がよかったかなとも思うんですが、サッカーは11人で戦うスポーツ。そして今回の作品も世界11点。だから11人に絞りました。

柿谷さんは、作品をご覧になって何を感じましたか?

柿谷 – 鳩が可愛いですよね、左上の(笑)。でも真剣に言うと、世界平和ってすごく大きい言葉じゃないですか。言葉で伝えようとしてもなかなか伝わらないんですよ。でもこの作品を見るだけで、そういう想いが伝わってくる。僕たちサッカーをやっている側は、ピッチの上では人種も国境も関係なく夢中になれる。その感覚を、一枚の絵で体現してしまっている。そんな作品だと思いました。

一枚の絵に込める緊張感──漫画と「止め絵」の違い

トークセッションの中、高橋先生による直筆のサインが書き込まれた

キャプテン翼はページをめくるたびに臨場感や躍動感が生まれますが、一枚絵のイラストでそれを表現するのは難しさもあるのではないでしょうか。描き分けの意識や、今後のアート活動の展望を聞かせてください。

高橋 – 漫画の時はページという連続した時間の中でプレーの動きを描けますが、一枚絵ではその一瞬にすべてを集約しなければいけません。だからこそ、どの瞬間を切り取るか、その選択がすべてになります。構図や表情のひとつひとつもとことん突き詰めます。普段の漫画は前後の流れも意識しながら描いているので、ある意味では流れに乗れる部分もある。でもこういう「止めの絵」は、それができない分より緊張感があって。いろんなところにこだわって、本当に自分が納得できる一点を残そうという気持ちで臨みました。

漫画が「アート」として世界を旅するということ

2026年6月のサンフランシスコにはじまり、約1年にわたり世界11都市を巡回する「キャプテン翼 One World One Team アートエキシビション 2026」。2027年1月のフィナーレを東京で迎えるビッグプロジェクトだ。

漫画がアート作品として世界を巡回することについてどう感じていますか?

高橋 – 漫画って、これまで芸術の中でも少し低く見られていた部分があったと思うんです。でも自分は毎日毎日、魂を込めて描いてきた。それがちゃんとアートとして認められて、世に発表できる。世界中を回って展覧会をすることは、ずっと抱いていた夢の一つだったので、漫画家として本当に嬉しいことです。
今回の作品は、普段僕が水彩絵の具で描いているものを、MCA(メタルキャンバスアート)という特殊な加工で何層にも仕上げていただいていて。油絵のようにシワや立体感が浮き上がっていて、耐久性も計算されている。普通の印刷物とは全く違う仕様です。

時代も国境も越えて、いざ世界へ

原宿「ハラカド」ギャラリー展示の様子

この作品展を通して届けたい想いや、改めて想うことはありますか?

柿谷 – 子供たちがサッカーを夢中に追いかける途中に、『キャプテン翼』は絶対にそばにあると思うんです。技の名前や選手の特技って、大人になってから「あれって本当にできるのかも」と気づくんですよ(笑)。子供の時は純粋に「すごい、やりたい」と夢中になれる。その『キャプテン翼』の世界を、僕自身もこれからもっと子供たちに伝えていきたい。こういう技があって、こういう世界があるんだよって。「翼君」みたいな選手が一人でも増えてくれたら嬉しいです。

高橋 – 『キャプテン翼』はもともと漫画、つまり絵と物語がセットのものです。今回それが、サッカーとアートという要素とうまくコラボして、世界に届けられるというのがとても嬉しく思います。ただの絵として見るのではなく、『キャプテン翼』という物語ごとアートを感じてもらえたら。世界中の人たちに、今回の想いが届けばいいなと思っています。

「2026 FIFAワールドカップ」の開催が、いよいよ間近に迫っている。

1991年のJリーグ発足から実に35年、日本の“W杯優勝”の夢は、4度、ベスト8の壁に阻まれてきた。過去最高との呼び声高いSAMURAI BLUEはこの壁を突破し、新たな景色を見られるだろうか。

「 日本のワールドカップ優勝 それは一生かなわないはかない夢かもしれない・・・だけどおれたちは・・・おれたちは・・・」

翼の想いが現実になる日を切に願って。

キャプテン翼 One World One Team アートエキシビション 2026

■ プロジェクト概要
アメリカ2都市での開催を皮切りに、世界11都市を巡回予定の本展では、高橋陽一氏による描き下ろし作品に加え、『キャプテン翼』の世界がアートとして生まれ変わったMCA(メタルキャンバスアート)、その他グッズ展開が予定されています。
各都市の会場情報・会期・販売方式、購入条件、VIP枠の詳細は確定次第、公式LPにて順次公開します。

■ サンフランシスコ展 開催概要
会期:2026年6月13日(土)〜 2026年6月21日(日)
会場:GCS Agency
住所:236 Powell St, San Francisco, CA 94102, United States
開場時間:12:00〜18:00

■ ニューヨーク展 開催概要
会期:2026年7月19日(日)〜 2026年7月21日(火)
会場:Jutta Gallery
住所:104 Charlton St #1E, New York, NY 10014, United States
開場時間:12:00〜18:00

※販売方式・購入条件等の詳細は公式LPにてご案内します。
https://gallery.gaaat.com/en-us/pages/captain_tsubasa

■ その他の開催予定(会場・詳細は確定次第公開)
※開催地・会期は現時点の予定です。今後の世界情勢や社会状況により変更となる可能性があります。
シンガポール:2026年8月
香港:2026年9月
ベルリン:2026年10月
ミラノ:2026年10月
パリ:2026年11月
バルセロナ:2026年12月
台北:2026年12月
ドバイ:2026年12月
東京:2027年1月

■ 主要作品(抜粋)
本展では No.001〜No.016 に加え、Commission Work を含む計17点を展開します。
以下、主要作品として No.001/No.002/No.003/No.005 を抜粋紹介

【No.001 Captain Tsubasa】(世界に1点)
販売:ニューヨークにてウェブオークション(予定)
エディション:1
サイズ:1,470(H)× 1,180(W)mm

【No.002 Tsubasa Overhead Kick】
価格:990,000円
エディション:11
サイズ:1,064(H)× 763(W)mm

【No.003 Tsubasa & Misaki】
価格:990,000円
エディション:11
サイズ:1,064(H)× 763(W)mm

【No.005 Exhibition-exclusive artwork】
価格:4,950,000円
エディション:11
サイズ:763(H)× 1,064(W)mm

※価格・仕様・販売方式は現時点の情報であり、会場・販売状況等により変更となる可能性があります。

■ GAAAT 独自のアートテクノロジー「Metal Canvas Art(MCA)」とは?
「Metal Canvas Art(MCA)」は、GAAATが提案する新しいアート体験です。専門の職人が一つひとつ丁寧に手作りで仕上げるメタルキャンバスアートは、メタル素材ならではの重厚感と美しさを持ちながら、作品の立体感が際立つ独自の没入体験を提供します。さらに、優れた耐久性を備えており、日光や湿度に強く、長期間にわたりその美しさを楽しむことができます。
デジタルデータを32層に分割する特殊なデータ設計技術を駆使し、凹凸や色味の繊細な表現を実現しました。

■GAAATについて

GAAATは、アートとテクノロジーの力で、IPコンテンツの表現と体験を新しい次元へ拡張するアートブランドです。私たちは、独自の技術とクリエイションによって、世界観や感情の奥行きを空間的・体験的に広げ、IPが持つ力をアートとして再定義します。

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【インタビュー】ハレルヤ!ロンザエモンが絶望を乗り越えた先の景色 – 後編

何をやってもうまくいかない、病気もした。20代の前半を辛酸を舐めて過ごしたロンザエモンは、いかにして今の活躍に至るのか。事態が好転するその前に、依然、現実はあまりに残酷だ。

再び倒れた、三十歳の冬

30歳の時にもう一度体調を崩されたそうですね。

ロンザエモン – ちょうどコロナの時期あたりに持病をもう一段階悪くしてしまって。手術もして、体重も四十九キロまで落ちて。また1年半ぐらい働けない状態になりました。もう本当に人生のどん底でしたね。

それでも絵を描き続けてこられた“支え”のようなものはありましたか?

ロンザエモン – うまく行かなくても、絵を描くこと自体がシンプルに楽しかったんです。 主観でしかないですが、絵は上達してるな、良くなってるはずだという謎の自信があって。漫画は人からの評価で確かに面白くない時があったのですが、絵だけは根拠のない自信があった。辞めそうになった時にぱっと描いたらすごくいいのが描けたなと思っちゃったり。自分の絵が悪いからやめようと思ったことは一度もなかったんです。

どん底で手にした「まあいいか」の精神

不意に撮ってもキメるクセ

うまくいかない日々の中で、お笑いが支えのひとつだったそうですね?

ロンザエモン – そうなんです。毎年欠かさず「M-1」を観ていました。変な人生でしたけど、ずっと暗い気持ちでいても仕方ないし。これも時間が経ったら笑い話にしようと思いながらやっていたら、「まあいいか」で済ませられるメンタルになっていった。焦りがあるからしんどかったのも絶対あると思うんです。でも、それをお笑いが紛らわせてくれた。それに、お笑いって色々な見方ができると思っていて。

どういうことでしょう?

ロンザエモン – お笑いって、結構色々なエンタメに通じるんですよ。お笑いをやってる人たちって、生きてて起こる、ちょっと変な出来事とか、嫌なことを笑いに変えてしまうじゃないですか。そのものの見方って、アートと一緒な気がするんです。嫌なことも笑えるんじゃないかな、みたいな。それが自分を支えてくれてました。

奄美で最期を迎えたあの画家のように

ヘンシン

地元・奄美大島にゆかりのある画家、田中一村の存在も大きかったと伺いました。

ロンザエモン – 田中一村って、若い時に神童と言われていたんですけど、画業の世界でなかなか成果が出せなくて。住むところを転々として、最終的に奄美大島に行き着いたんです。そこにある自然や生物に魅了されて、晩年の作品はずっと奄美の動植物ばかり描いてたんです。安い賃金で働いたお金をほぼ全て画材につぎ込んで、ほとんど作品を人に見せないまま亡くなって。近所の人が「田中さん大丈夫?」って家を開けたら、作品が山のように出てきたっていう。

転々として、評価されず、それでも描き続けた。自分と重なる部分があったんですか?

ロンザエモン – かっこいいなと思って。流石に死ぬまでには評価されたいとは思いますけど、死ぬまで描いてる人はかっこいい。やめずに続けてさえいれば、死ぬ頃には一番いい絵が描けてるんだろうなと思ったら、やめる理由が見つけられなくて。振り返ったら地元にそういう人が既にいたんだなって。世の中にはそんな人がいたんだと思ったし、田中一村のような覚悟は持っていたかったんです。

どん底を見たからこそ

裏ワザなど無シ

結果的に漫画ではなく、イラストがSNSで大反響を呼びましたね。

ロンザエモン – それまでは、ガールズイラストを描くのが恥ずかしいとか、ユーザーに媚びすぎていないかとか、売れる為の絵はどうなんだ、みたいな余計なことをいろいろと考えていたんです。ずっと何もうまくいかない状態が続いて、精神的にも追い詰められて、最後に、そういうのが全て、どうでもよくなったんです。

余計な感情や“意味”を捨てて、売れる為にやれる事は全てやる、という方向に舵を切ったんですね。

ロンザエモン – 音楽でいうインディーズとメジャーみたいな話で、メジャーでやってない俺かっこいいじゃなくて、メジャーで戦って、ちゃんと順位付けされて自分の立ち位置を考えようと思ったんです。当時の自分の認識では、ガールズイラストでSNSをやるのが一番のメジャーシーン、売れる為の定石だと思ったので、そこでちゃんと勝負しようと。そこで攻めて、戦っていれば、いつか自分が本当に描きたいものも見てもらえるはずだと思って。

カッコつけて

具体的にどんなことから始めたんですか?

ロンザエモン – バストアップの女の子の絵で、ユーザーと目線が合う構図を多くしようとか、サムネに強い絵にしようとか。まず認知を取れるだけ取って、あとは好きな絵を描こうという狙いがありました。ありがたいことに今は見て頂ける方も増えて、描きたいものを自由に描くことも増えてきています。

可能性のあることは、何だって

イラスト以外にも、noteやポッドキャスト、脚本など幅広く手がけていますね。

ロンザエモン – これも意図的にやっています。イラストを描くこともSNSをやることもnoteを書くことも、別々の角度から別々に効果があることで。自分の一番の武器は絵ですが、武器は多い方がいいかなと思います。

脚本を書けるのも漫画での挫折が活きているのでは?

ロンザエモン – 複数の人間がどういうセリフを言ってどういう感情になるかっていうのは漫画でずっとやっていたので。あと、お笑いが好きだから、実はコントのつもりで書いたりもしていたんです。

向かい風

フリーランスとして続けていく上で、心がけていることはありますか?

ロンザエモン – やめないことだと思います。最近のお笑いの人たちも、四十になってから世に出て仕事がいっぱい来たとかってありますよね。絵描きにもそういう人は多い。自分がやってることが時代と合ってくるとか、奇跡的にトレンドと合致してくるとか、それまでの人生経験があるからできた作品が生まれる、とか。色々なパターンがあると思うんです。やめないで続けていれば、そういった何かしらのきっかけが巡ってくるんじゃないでしょうか。

新しい表現の可能性

GAAAT ARCHIVE EXHIBITION

最後に、現在実施中の特別展についてお聞かせください。ご自身のデジタル作品が、MCA(メタルキャンバスアート)として展示されました。

ロンザエモン – 本来、デジタルとアナログの境界ってあまりないと思っていて。僕としては、アナログで描ける技術を使ってデジタルの絵を描いているんです。だから、デジタルでも筆のタッチが残るような描き方を意識していて、アナログで描かれている作品と同じように、1つの作品として見ていただきたいんです。

そういった考えに至ったきっかけはありますか?

ロンザエモン – イラストレーターや漫画家って、技術がとんでもなくすごいじゃないですか。線が重なってるだけで立体に見えるとか、例えば『NARUTO』の絵だと、点が2個描かれてるだけで鼻の穴に見えるとか。でも商業的な側面が強いからか、そのすごさがアートとしてあまり評価されないことがもったいなくて。自分がやっているのも、先人たちの上手な絵を真似てこの絵ができあがっています。アナログだろうがデジタルだろうが、すごい人たちの絵の表現力がもっともっと広まっていけば嬉しいです。

その辺り、MCAに期待することはありますか?

ロンザエモン – まだまだ自分1人ではデジタルとアナログの境界線を形にするところまで出来ていなかったのですが、MCAにはまさにそれを実現できる可能性があると思います。自分が表現したかったことがこれで再現されるかもしれないと思っています。

GAAAT ARCHIVE EXHIBITION

期間:2026/06/12(金)〜2026/06/15(月)
場所:東急プラザ原宿「ハラカド」3F THE COFFE BREW CLUBギャラリー
展示アーティスト:coalowl / 焦茶 / ロンザエモン / リチャード君
予約リンク:https://gallery.gaaat.com/collections/gaaat-archive-exhibition

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