【レポート】勝ち負けより大切なこと – 『キャプテン翼』高橋陽一×柿谷曜一朗の描く未来

1981年に連載をスタートし、世界100か国以上で翻訳・放映されてきた『キャプテン翼』。
その存在は、日本サッカーの歴史とほぼ重なるように歩んできた。Jリーグの誕生とともに育った世代が大人になり、かつてピッチで「翼君」の技を真似た少年たちが今や代表選手や解説者として活躍している。そして2026年、その物語はついに「アート」という新たな形をまとって世界を旅し始める。

キャプテン翼 One World One Team アートエキシビション 2026

プロジェクトに先立ちスペシャルトークセッション「Football×Art」が東急プラザ原宿「ハラカド」にて開催された

サンフランシスコを皮切りに、ニューヨーク、シンガポール、香港、ヨーロッパへと巡回するこのプロジェクトを記念し、漫画家・高橋陽一先生、元サッカー日本代表の柿谷曜一朗氏、本プロジェクトを主催した株式会社GAAAT代表取締役・徳橋佑輔氏へと話を伺った。世代を超えて「翼君」とともに歩んできたそれぞれが、サッカーとアートへの想いを語り合う________。

企画の原点──IPとアートが出会うとき

No.003 Tsubasa & Misaki

今回のプロジェクトに至ったきっかけを教えてください。

徳橋 – 私たちGAAATはIPとアートを掛け合わせ、新しい作品を生み出す事業を続けています。その文脈で『キャプテン翼』をアートという形で世界展開する企画を立ち上げました。今回の描き下ろし作品は世界で11点のみ、売り切れたらそれ以上はありません。

高橋先生は、今回このような形でアート展が開催されることについてどう感じていますか?

高橋 – 作品に選んでいただけたこと、本当に光栄です。世界中に『キャプテン翼』の読者がいますので、そういった方たちにアートという形で届けられたら嬉しいなと思っています。

『キャプテン翼』は、常にそばにいた

元日本代表・柿谷曜一朗氏。現役時代は作中の主人公・大空翼に負けず劣らずのファンタスティックなプレーで観客を魅了した。

柿谷さんにとって、『キャプテン翼』はどういう存在でしたか?

柿谷 – 僕自身、アクロバットなプレーやオーバーヘッドがずっと好きで。でもそれは「翼君を意識して」というよりは、僕が好きなプレーが自然と『キャプテン翼』に詰まっていた、そういうイメージでした。だから子供の頃から「翼君」という名前をひとり占めしてたくらい(笑)、本当に身近な存在でしたね。

原宿「ハラカド」ギャラリー展示の様子

印象に残っているキャラクターはいますか?

柿谷 – もちろん翼君なんですけど、岬君のような存在もすごく大切ですよね。翼君が翼君であり続けるには、一人では絶対に無理じゃないですか。僕は現役時代、香川さんと乾さんとずっと一緒にやっていたんですけど、あの二人がその存在に重なって見えていました。「僕にも岬君みたいな存在が欲しかったな」と思うこともあって…。
仲間がいたからこそ、一人一人のドラマが生まれる。翼君が翼君になれたのも、一人じゃない。そういうところが羨ましくもあり、「こういう選手になりたかった」と一番強く印象に残っているところです。

サッカーと漫画が互いを超えようとした時代

『キャプテン翼』の連載がスタートした1981年はJリーグすらまだ無い時代。後のサッカー人気に火をつけた『キャプテン翼』は、日本だけでなく世界中で愛されている。

高橋先生が作品を描き始めた当時は、漫画の中のプレーが現実を超えているとも言われていました。今の選手たちが実際にそれを体現していることについてはいかがですか?

高橋 – 本当に嬉しいですね。漫画を描きながら、「こういうプレーが見たい」という思いで描いていたシーンが、実際の選手によって演じられるたびにフィーチャーしていただいて。こういうのを見たかったんだよな、と毎回思います。

柿谷 – 練習の中で「先生が描いたんだからやらないと」という気持ちがあって(笑)。先生は絶対に無理なことは描いていないと思うんですよ。先生の頭の中は、誰よりもファンタジスタ。その想像に何とか応えようとする。それが「翼君みたいだったね」と言われた時の嬉しさにもつながって、モチベーションになっていました。むしろ先生が描けないようなプレーもしたいと思っていたぐらいで(笑)。

W杯2026、日本代表に何を期待するか

画像左:柿谷曜一朗氏 / 画像右:株式会社GAAAT代表取締・徳橋佑輔氏

まもなくFIFAワールドカップ2026が始まります。柿谷さんが日本代表に期待することは?

柿谷 – 「まずグループリーグを突破して」とか「ベスト8に行けたら御の字」みたいな考え方を、僕は捨てたいと思っています。選手たちが「優勝する」と公言している以上、サポーターも同じ目線で最高の景色を見る準備をしないといけない。戦っているのは選手だけじゃないですから。選ばれた26人を信じるだけです。

高橋先生が注目している選手は?

高橋 – 佐野海舟選手ですね。今まさに伸び盛りで、すごく効いている選手だと思っていて。彼次第のチームになるんじゃないかという見方もしています。

大会を通してお二人が見たいものはなんでしょうか。

柿谷 – 90分の中には、勝ち負けに関係ない、ただただ心を揺さぶられる瞬間がたくさんあるんです。目の前の相手を華麗な技で抜いても1点にはならない。でもその一瞬に感動する。今の組織的なサッカーの時代に、その台本を飛び出すようなプレーができる選手がなかなかいないと言われている。だからこそ、フランスのシェルキみたいに、試合中にリフティングやラボーナを仕掛けてくる選手が活躍するのを見たいんです。突出した個が輝く瞬間が今大会にあれば、と楽しみにしています。

高橋 – サッカーにはファッションみたいに流行があって、組織的なサッカーが整備されると、それを崩すための新しいサッカーが生まれます。その循環がまた今回のワールドカップでも見られると思っていて。個人の突出した選手が出てきて、また流れが変わるかもしれない。そういう新しいプレー、違うサッカーが見られたら嬉しいですね。

世界平和への想いを作品に込めて

No.005 Exhibition-exclusive artwork


高橋先生、今回の描き下ろし作品に込めた思いを聞かせてください。

高橋 – 今回のテーマは「世界平和」です。世界で戦争が起きている今、嫌だなという気持ちがずっとあって。もともと翼の物語の中でも世界平和はテーマの一つとして描いてきました。今回はその想いを改めて込めて、世界中の人たちが仲良くなれるようにという願いを一枚のイラストに落とし込みました。試合中はもちろん相手に勝つために全力を尽くすけれど、試合が終わったらお互いを認め合って仲良くなれる。そのスポーツとしての美しい瞬間を描きたかったんです。本当は11人以上描いた方がよかったかなとも思うんですが、サッカーは11人で戦うスポーツ。そして今回の作品も世界11点。だから11人に絞りました。

柿谷さんは、作品をご覧になって何を感じましたか?

柿谷 – 鳩が可愛いですよね、左上の(笑)。でも真剣に言うと、世界平和ってすごく大きい言葉じゃないですか。言葉で伝えようとしてもなかなか伝わらないんですよ。でもこの作品を見るだけで、そういう想いが伝わってくる。僕たちサッカーをやっている側は、ピッチの上では人種も国境も関係なく夢中になれる。その感覚を、一枚の絵で体現してしまっている。そんな作品だと思いました。

一枚の絵に込める緊張感──漫画と「止め絵」の違い

トークセッションの中、高橋先生による直筆のサインが書き込まれた

キャプテン翼はページをめくるたびに臨場感や躍動感が生まれますが、一枚絵のイラストでそれを表現するのは難しさもあるのではないでしょうか。描き分けの意識や、今後のアート活動の展望を聞かせてください。

高橋 – 漫画の時はページという連続した時間の中でプレーの動きを描けますが、一枚絵ではその一瞬にすべてを集約しなければいけません。だからこそ、どの瞬間を切り取るか、その選択がすべてになります。構図や表情のひとつひとつもとことん突き詰めます。普段の漫画は前後の流れも意識しながら描いているので、ある意味では流れに乗れる部分もある。でもこういう「止めの絵」は、それができない分より緊張感があって。いろんなところにこだわって、本当に自分が納得できる一点を残そうという気持ちで臨みました。

漫画が「アート」として世界を旅するということ

2026年6月のサンフランシスコにはじまり、約1年にわたり世界11都市を巡回する「キャプテン翼 One World One Team アートエキシビション 2026」。2027年1月のフィナーレを東京で迎えるビッグプロジェクトだ。

漫画がアート作品として世界を巡回することについてどう感じていますか?

高橋 – 漫画って、これまで芸術の中でも少し低く見られていた部分があったと思うんです。でも自分は毎日毎日、魂を込めて描いてきた。それがちゃんとアートとして認められて、世に発表できる。世界中を回って展覧会をすることは、ずっと抱いていた夢の一つだったので、漫画家として本当に嬉しいことです。
今回の作品は、普段僕が水彩絵の具で描いているものを、MCA(メタルキャンバスアート)という特殊な加工で何層にも仕上げていただいていて。油絵のようにシワや立体感が浮き上がっていて、耐久性も計算されている。普通の印刷物とは全く違う仕様です。

時代も国境も越えて、いざ世界へ

原宿「ハラカド」ギャラリー展示の様子

この作品展を通して届けたい想いや、改めて想うことはありますか?

柿谷 – 子供たちがサッカーを夢中に追いかける途中に、『キャプテン翼』は絶対にそばにあると思うんです。技の名前や選手の特技って、大人になってから「あれって本当にできるのかも」と気づくんですよ(笑)。子供の時は純粋に「すごい、やりたい」と夢中になれる。その『キャプテン翼』の世界を、僕自身もこれからもっと子供たちに伝えていきたい。こういう技があって、こういう世界があるんだよって。「翼君」みたいな選手が一人でも増えてくれたら嬉しいです。

高橋 – 『キャプテン翼』はもともと漫画、つまり絵と物語がセットのものです。今回それが、サッカーとアートという要素とうまくコラボして、世界に届けられるというのがとても嬉しく思います。ただの絵として見るのではなく、『キャプテン翼』という物語ごとアートを感じてもらえたら。世界中の人たちに、今回の想いが届けばいいなと思っています。

「2026 FIFAワールドカップ」の開催が、いよいよ間近に迫っている。

1991年のJリーグ発足から実に35年、日本の“W杯優勝”の夢は、4度、ベスト8の壁に阻まれてきた。過去最高との呼び声高いSAMURAI BLUEはこの壁を突破し、新たな景色を見られるだろうか。

「 日本のワールドカップ優勝 それは一生かなわないはかない夢かもしれない・・・だけどおれたちは・・・おれたちは・・・」

翼の想いが現実になる日を切に願って。

キャプテン翼 One World One Team アートエキシビション 2026

■ プロジェクト概要
アメリカ2都市での開催を皮切りに、世界11都市を巡回予定の本展では、高橋陽一氏による描き下ろし作品に加え、『キャプテン翼』の世界がアートとして生まれ変わったMCA(メタルキャンバスアート)、その他グッズ展開が予定されています。
各都市の会場情報・会期・販売方式、購入条件、VIP枠の詳細は確定次第、公式LPにて順次公開します。

■ サンフランシスコ展 開催概要
会期:2026年6月13日(土)〜 2026年6月21日(日)
会場:GCS Agency
住所:236 Powell St, San Francisco, CA 94102, United States
開場時間:12:00〜18:00

■ ニューヨーク展 開催概要
会期:2026年7月19日(日)〜 2026年7月21日(火)
会場:Jutta Gallery
住所:104 Charlton St #1E, New York, NY 10014, United States
開場時間:12:00〜18:00

※販売方式・購入条件等の詳細は公式LPにてご案内します。
https://gallery.gaaat.com/en-us/pages/captain_tsubasa

■ その他の開催予定(会場・詳細は確定次第公開)
※開催地・会期は現時点の予定です。今後の世界情勢や社会状況により変更となる可能性があります。
シンガポール:2026年8月
香港:2026年9月
ベルリン:2026年10月
ミラノ:2026年10月
パリ:2026年11月
バルセロナ:2026年12月
台北:2026年12月
ドバイ:2026年12月
東京:2027年1月

■ 主要作品(抜粋)
本展では No.001〜No.016 に加え、Commission Work を含む計17点を展開します。
以下、主要作品として No.001/No.002/No.003/No.005 を抜粋紹介

【No.001 Captain Tsubasa】(世界に1点)
販売:ニューヨークにてウェブオークション(予定)
エディション:1
サイズ:1,470(H)× 1,180(W)mm

【No.002 Tsubasa Overhead Kick】
価格:990,000円
エディション:11
サイズ:1,064(H)× 763(W)mm

【No.003 Tsubasa & Misaki】
価格:990,000円
エディション:11
サイズ:1,064(H)× 763(W)mm

【No.005 Exhibition-exclusive artwork】
価格:4,950,000円
エディション:11
サイズ:763(H)× 1,064(W)mm

※価格・仕様・販売方式は現時点の情報であり、会場・販売状況等により変更となる可能性があります。

■ GAAAT 独自のアートテクノロジー「Metal Canvas Art(MCA)」とは?
「Metal Canvas Art(MCA)」は、GAAATが提案する新しいアート体験です。専門の職人が一つひとつ丁寧に手作りで仕上げるメタルキャンバスアートは、メタル素材ならではの重厚感と美しさを持ちながら、作品の立体感が際立つ独自の没入体験を提供します。さらに、優れた耐久性を備えており、日光や湿度に強く、長期間にわたりその美しさを楽しむことができます。
デジタルデータを32層に分割する特殊なデータ設計技術を駆使し、凹凸や色味の繊細な表現を実現しました。

■GAAATについて

GAAATは、アートとテクノロジーの力で、IPコンテンツの表現と体験を新しい次元へ拡張するアートブランドです。私たちは、独自の技術とクリエイションによって、世界観や感情の奥行きを空間的・体験的に広げ、IPが持つ力をアートとして再定義します。

WEB:https://gaaat.com/
GAAAT Gallery(EC):https://gallery.gaaat.com/
Instagram:https://instagram.com/gaaat_art
X:https://x.com/gaaat_art

【インタビュー】ハレルヤ!ロンザエモンが絶望を乗り越えた先の景色 – 後編

何をやってもうまくいかない、病気もした。20代の前半を辛酸を舐めて過ごしたロンザエモンは、いかにして今の活躍に至るのか。事態が好転するその前に、依然、現実はあまりに残酷だ。

再び倒れた、三十歳の冬

30歳の時にもう一度体調を崩されたそうですね。

ロンザエモン – ちょうどコロナの時期あたりに持病をもう一段階悪くしてしまって。手術もして、体重も四十九キロまで落ちて。また1年半ぐらい働けない状態になりました。もう本当に人生のどん底でしたね。

それでも絵を描き続けてこられた“支え”のようなものはありましたか?

ロンザエモン – うまく行かなくても、絵を描くこと自体がシンプルに楽しかったんです。 主観でしかないですが、絵は上達してるな、良くなってるはずだという謎の自信があって。漫画は人からの評価で確かに面白くない時があったのですが、絵だけは根拠のない自信があった。辞めそうになった時にぱっと描いたらすごくいいのが描けたなと思っちゃったり。自分の絵が悪いからやめようと思ったことは一度もなかったんです。

どん底で手にした「まあいいか」の精神

不意に撮ってもキメるクセ

うまくいかない日々の中で、お笑いが支えのひとつだったそうですね?

ロンザエモン – そうなんです。毎年欠かさず「M-1」を観ていました。変な人生でしたけど、ずっと暗い気持ちでいても仕方ないし。これも時間が経ったら笑い話にしようと思いながらやっていたら、「まあいいか」で済ませられるメンタルになっていった。焦りがあるからしんどかったのも絶対あると思うんです。でも、それをお笑いが紛らわせてくれた。それに、お笑いって色々な見方ができると思っていて。

どういうことでしょう?

ロンザエモン – お笑いって、結構色々なエンタメに通じるんですよ。お笑いをやってる人たちって、生きてて起こる、ちょっと変な出来事とか、嫌なことを笑いに変えてしまうじゃないですか。そのものの見方って、アートと一緒な気がするんです。嫌なことも笑えるんじゃないかな、みたいな。それが自分を支えてくれてました。

奄美で最期を迎えたあの画家のように

ヘンシン

地元・奄美大島にゆかりのある画家、田中一村の存在も大きかったと伺いました。

ロンザエモン – 田中一村って、若い時に神童と言われていたんですけど、画業の世界でなかなか成果が出せなくて。住むところを転々として、最終的に奄美大島に行き着いたんです。そこにある自然や生物に魅了されて、晩年の作品はずっと奄美の動植物ばかり描いてたんです。安い賃金で働いたお金をほぼ全て画材につぎ込んで、ほとんど作品を人に見せないまま亡くなって。近所の人が「田中さん大丈夫?」って家を開けたら、作品が山のように出てきたっていう。

転々として、評価されず、それでも描き続けた。自分と重なる部分があったんですか?

ロンザエモン – かっこいいなと思って。流石に死ぬまでには評価されたいとは思いますけど、死ぬまで描いてる人はかっこいい。やめずに続けてさえいれば、死ぬ頃には一番いい絵が描けてるんだろうなと思ったら、やめる理由が見つけられなくて。振り返ったら地元にそういう人が既にいたんだなって。世の中にはそんな人がいたんだと思ったし、田中一村のような覚悟は持っていたかったんです。

どん底を見たからこそ

裏ワザなど無シ

結果的に漫画ではなく、イラストがSNSで大反響を呼びましたね。

ロンザエモン – それまでは、ガールズイラストを描くのが恥ずかしいとか、ユーザーに媚びすぎていないかとか、売れる為の絵はどうなんだ、みたいな余計なことをいろいろと考えていたんです。ずっと何もうまくいかない状態が続いて、精神的にも追い詰められて、最後に、そういうのが全て、どうでもよくなったんです。

余計な感情や“意味”を捨てて、売れる為にやれる事は全てやる、という方向に舵を切ったんですね。

ロンザエモン – 音楽でいうインディーズとメジャーみたいな話で、メジャーでやってない俺かっこいいじゃなくて、メジャーで戦って、ちゃんと順位付けされて自分の立ち位置を考えようと思ったんです。当時の自分の認識では、ガールズイラストでSNSをやるのが一番のメジャーシーン、売れる為の定石だと思ったので、そこでちゃんと勝負しようと。そこで攻めて、戦っていれば、いつか自分が本当に描きたいものも見てもらえるはずだと思って。

カッコつけて

具体的にどんなことから始めたんですか?

ロンザエモン – バストアップの女の子の絵で、ユーザーと目線が合う構図を多くしようとか、サムネに強い絵にしようとか。まず認知を取れるだけ取って、あとは好きな絵を描こうという狙いがありました。ありがたいことに今は見て頂ける方も増えて、描きたいものを自由に描くことも増えてきています。

可能性のあることは、何だって

イラスト以外にも、noteやポッドキャスト、脚本など幅広く手がけていますね。

ロンザエモン – これも意図的にやっています。イラストを描くこともSNSをやることもnoteを書くことも、別々の角度から別々に効果があることで。自分の一番の武器は絵ですが、武器は多い方がいいかなと思います。

脚本を書けるのも漫画での挫折が活きているのでは?

ロンザエモン – 複数の人間がどういうセリフを言ってどういう感情になるかっていうのは漫画でずっとやっていたので。あと、お笑いが好きだから、実はコントのつもりで書いたりもしていたんです。

向かい風

フリーランスとして続けていく上で、心がけていることはありますか?

ロンザエモン – やめないことだと思います。最近のお笑いの人たちも、四十になってから世に出て仕事がいっぱい来たとかってありますよね。絵描きにもそういう人は多い。自分がやってることが時代と合ってくるとか、奇跡的にトレンドと合致してくるとか、それまでの人生経験があるからできた作品が生まれる、とか。色々なパターンがあると思うんです。やめないで続けていれば、そういった何かしらのきっかけが巡ってくるんじゃないでしょうか。

新しい表現の可能性

GAAAT ARCHIVE EXHIBITION

最後に、現在実施中の特別展についてお聞かせください。ご自身のデジタル作品が、MCA(メタルキャンバスアート)として展示されました。

ロンザエモン – 本来、デジタルとアナログの境界ってあまりないと思っていて。僕としては、アナログで描ける技術を使ってデジタルの絵を描いているんです。だから、デジタルでも筆のタッチが残るような描き方を意識していて、アナログで描かれている作品と同じように、1つの作品として見ていただきたいんです。

そういった考えに至ったきっかけはありますか?

ロンザエモン – イラストレーターや漫画家って、技術がとんでもなくすごいじゃないですか。線が重なってるだけで立体に見えるとか、例えば『NARUTO』の絵だと、点が2個描かれてるだけで鼻の穴に見えるとか。でも商業的な側面が強いからか、そのすごさがアートとしてあまり評価されないことがもったいなくて。自分がやっているのも、先人たちの上手な絵を真似てこの絵ができあがっています。アナログだろうがデジタルだろうが、すごい人たちの絵の表現力がもっともっと広まっていけば嬉しいです。

その辺り、MCAに期待することはありますか?

ロンザエモン – まだまだ自分1人ではデジタルとアナログの境界線を形にするところまで出来ていなかったのですが、MCAにはまさにそれを実現できる可能性があると思います。自分が表現したかったことがこれで再現されるかもしれないと思っています。

GAAAT ARCHIVE EXHIBITION

期間:2026/06/12(金)〜2026/06/15(月)
場所:東急プラザ原宿「ハラカド」3F THE COFFE BREW CLUBギャラリー
展示アーティスト:coalowl / 焦茶 / ロンザエモン / リチャード君
予約リンク:https://gallery.gaaat.com/collections/gaaat-archive-exhibition

【インタビュー】ハレルヤ!ロンザエモンが絶望を乗り越えた先の景色 – 前編

ある歌の中で、「あと一歩だけ前に進もう」という歌詞がある。あと一歩、あと一歩。どれだけ進めばいいのだろう。先の未来が真っ暗に見えて、それでも日々を生きなくてはいけない。

「僕、自分の人生を振り返って、思ったようにうまくいったことが二十代の前半は本当になくて。」

今やSNSで絶大な人気を誇るイラストレーター・ロンザエモンが振り返る壮絶な過去。頑張っても報われない世の中で、それでも闘う全ての人へ送る____________。

人気漫画に夢中だった島の少年

絵を描き始めた時のことを教えて下さい。

ロンザエモン – 1990年生まれで、描き始めたのが96年頃。デジタルで描くなんて情報はまだない時代でした。クレヨンと色鉛筆、ノートがあれば十分で、とにかく『ポケモン』や『ドラゴンボール』、『SLAM DUNK』、『NARUTO』など、見よう見まねで色々描いていたと思います。

生まれ育った奄美大島の風景を描いたりも?

ロンザエモン – そうですね。ただ、当時は特別なものとは思っていなくて。街中にはハイビスカスが普通に生えていたし、よく捕まえていた黄緑色のトカゲなんて、島を出たら高い値段で売られていて驚きました(笑)。大人になって後から思い返すと、ジブリの世界みたいな場所に住んでいたんだなって思います(笑)。

島にいながら、ジャンプを教科書にして

ふと目が合う

中学生頃から漫画家を目指し始めたそうですね。

ロンザエモン – その頃には、ノートにコマ割りして描き始めていました。で、「ジャンプ」の本編ももちろん読むんですけど、毎月の受賞ページをかじりつくように見ていました。受賞者の年齢と作品内容まで全部追って、何ヶ月後かに雑誌に読み切りで載ってくるのを名前まで覚えて「あ、この前のだ」って勝手に認識したりして(笑)。

完全に独学で、ジャンプが教科書だったんですね。

ロンザエモン – 高校の最後には原稿用紙とインクを買ってきて、一話丸々描いたりしていました。ちょうどある先生がジャンプ誌上でアシスタントを募集していたんですけど、奄美在住なのに応募しちゃって。「来年島から出ます」って書き添えて(笑)。高校卒業まで島から出ていないので、井の中の蛙というか、周りよりちょっと上手かもって思いながら描き続けていました。

夢を阻んだ、突然のリストラ

トライ&エラー

漫画家を目指すにあたって、進路はどのように考えていましたか?

ロンザエモン – 本当は進学して、同じように描いてる人たちと関われるようなところに進みたかったんです。地元では進学校だったので、同級生の大半は大学か専門学校に行くんですけど、家庭の事情で進学できないということになってしまって…。それが最初の大きな転換点でした。

お父様のリストラですね。

ロンザエモン – そう、会社が買収されてしまったんです。それもあって、周りが進学する中自分だけ就職して、しかも島に1年残ることになって。その時は相当メンタルにきていました。同級生がそれぞれの道に進んでいく中で、自分だけ取り残されたような感覚。進学できていたら、もっと違った未来があったかもな、という気持ちはずっとあります。

その後、島を出てからはどのようなことを?

ロンザエモン – 鹿児島のプログラム系の会社に入ったんですけど、全然合わなくて半年くらいで辞めちゃって。それで福岡に一番仲良い子がいたんで、そこに転がり込みました。バイトしながらもう一度漫画を描こうと半年かけて一話描き上げて、福岡でジャンプの編集者が見てくれる機会に持ち込んだんです。

満を持していざ、ジャンプへ

棘を抜いていく

ロンザエモン – 相当な時間をかけて、当時の自分の全てを注ぎ込むような渾身の作品を持っていったんです。島にいた時から絵だけは褒められてきたし、それなりに自信もありました。ところが、返ってきた言葉は、いわゆる「ボツ」。島を出てから2年半ぐらい経っていたので、結構がっつり心折られました。

その頃、どれくらいのペースで描いていたんですか?

ロンザエモン – コンビニで8時間働いて、家に帰ってきたら寝るギリギリまで描く。45ページの原稿を一人で、背景もキャラクターも全部描いて。そんな生活を半年間続けた結果がそれでした。しかも当時は今と違って、世の中に作品を出すには出版社を通す以外の方法がないに等しかったんです。「ボツ」と言われたことで、完全にその道が閉ざされた、「人に見せるに値しない」と言われたような気がしました。

追い打ちをかけた大病

ロンザエモン – さらに悪いのが、ちょうどそのタイミングで、特定疾患という国の指定の消化系の病気になって。進学も諦めて、就職も続かなくて、漫画もボツになって…。20代の前半は本当に何もうまくいかなかった。入院自体は2ヶ月くらいで済んだんですけど、その後も体調的に働けない期間が1年近く続いていました。

精神的にもかなり追い詰められていたんじゃないですか。

ロンザエモン – 毎日自分の人生じゃないと思って過ごしてました。コンビニバイトしてた時の同僚の大学生が「飲み会あるから休みます」とか言ってて、俺は絵描く時間が減るやんとか思ったり。

ラムネ・ノムネ

気力もなくなって、その時は流石に絵からも離れてしまったのでは?

ロンザエモン – むしろ、毎日何かしらは描いていました。自分に残っていたのは絵だけだったし、逆にフルタイムで仕事をしてない分、負担がかからない範囲で一枚描いたり、顔のパターンを描いたり。手が下手くそだから手だけ描いて、気づいたら1日が終わっていたり。体調的にはしんどかったのですが、それでも絵は、上手くなりたいから。一枚のもの、単発のものをたくさん描いていました。後から振り返ったら、それが一枚絵として成立する、今のようなイラストの描き方を探してたのかもしれません。

「おれがしたいのはこれじゃない」

社会復帰してからはどうされましたか?

ロンザエモン – ハローワーク系の職業訓練でPhotoshopとIllustratorを学べるところに行ったんですけど、そこの先生がたまたま『ヤングジャンプ』で受賞歴がある方で。漫画描いてたって話したら激励されて、まだやめないでおこうかなって(笑)。で、社会復帰してからはコールセンターで4、5年働いていました。コールセンターで頑張って残業しても、俺がしたいのはこれじゃないって思いながら、どんなに時間が短くなっても絵は毎日描き続けていました。

もがき続けた20代前半。諦めるチャンス、逃げ出すチャンスは、人生にはいくらでも用意されている。それでも、絵だけは手放さなかった。手放せなかった。ロンザエモンが、いかにして今の活躍に至ったのか。いかにして、絶望の淵から這い上がったのか。人生からしたら短すぎるインタビューの時間で、分かることはあまりに少ない。それでも、溢れてくるこの感情は何なのか。彼と話し、改めて思う。頑張っても報われない世界の中で、「それでも」と。

後編へ続く。

GAAAT ARCHIVE EXHIBITION

期間:2026/06/12(金)〜2026/06/15(月)
場所:東急プラザ原宿「ハラカド」3F THE COFFE BREW CLUBギャラリー
展示アーティスト:coalowl / 焦茶 / ロンザエモン / リチャード君
予約リンク:https://gallery.gaaat.com/collections/gaaat-archive-exhibition

コーヒー1杯で世界中のアート作品にふれる – アートを体験できるカフェ6選

コーヒー片手に気鋭のアーティストの作品を楽しむ

個性的なアートギャラリーが点在する東京・谷中にオープンした『スターバックスカフェ&アートギャラリー 谷中御殿坂』

広々とした店内には印象的なアートが展示される。 / Starbucks Coffee公式サイトより

「藝と珈琲の交差点」をコンセプトに店内に専用のギャラリースペースが併設されている。一年を通して、複数のアーティストが参加し、アーティストやスタッフがコミュニケーションを重ねながら展示を制作していく「テーマ展」、気鋭アーティストの作品が並ぶ「フェア展」、公募を行い新しい才能を発掘する「パブリック展」が入替形式で展開され、アーティストの多彩な作品に出会えることができる国内初の店舗となる。芸術大学が近く、アートラヴァーが集まる街であることを活かし、コーヒーとアートが織りなす唯一無二の体験を届けてくれるカフェだ。

日本全国には様々なアートを楽しむことができるカフェが存在している。BAM読者におすすめしたい6選をご紹介していこう。

LURF GALLERY(東京・代官山)

ヴィンテージ家具に囲まれたぬくもりのある店内。 /  LURF GALLERY公式サイトより

2022年に代官山でオープンしたギャラリー&カフェ。1階が広々としたカフェ、2階が展示スペースになっており、企画された展示に合わせてカフェに展示される作品も入れ替わる。

現代美術やイラスト、写真などを用いた作品の展示が定期的に開催され、カフェの家具には、1930年代のデンマークヴィンテージ家具で揃えられている。展示を見るためだけでなく、ゆっくりと作品を鑑賞しながら、こだわりのコーヒーやドリンク、フードを楽しむことができる。展示によって販売される、アパレルやオリジナルグラスといったファンにはたまらないグッズも要チェック。

LURF GALLERY

住所:東京都渋谷区猿楽町28-13 Roob1-1F 2F
東急東横線「代官山駅」より徒歩5分
OPEN 11:00-19:00(不定休)

WHAT CAFE(東京・天王洲)

現代風の店内には若手作家たちの作品が並ぶ。 / WHAT CAFE公式サイトより

新たな現代アートのスポットとして注目を集める東京・天王洲エリア。倉庫業で知られる寺田倉庫が運営する『WHAT CAFE』は、日本のアート業界の未来を担うアーティストたちによる現代アート作品を展示・販売する施設だ。

約800㎡もの広々とした空間に、数十〜百点規模の作品が並び、食事をしながら鑑賞することができる。また会期ごとにすべての作品を入れ替えることで、数多くのアーティストの作品を紹介している。さらに展示内容と連動したワークショップやイベント、アートファン同士の交流会などを開催しており、アートを五感で楽しみ体験できる空間となっている。

WHAT CAFE

住所:東京都品川区東品川2-1-11
東京モノレール羽田空港線「天王洲アイル駅」より徒歩5分
東京臨海高速鉄道りんかい線「天王洲アイル駅」より徒歩4分
JR「品川駅」より徒歩15分
OPEN 11:00-18:00(不定休)

Gallery&Bakery Tokyo 8分(東京・京橋)

マテリアルが美しいカフェ&ギャラリー。ビルに入居する他のギャラリーも訪れてほしい。 / ArtSticker公式サイトより

東京・京橋のアートコンプレックスとしても知られるTODA BUILDINGの一階に入居する『Gallery&Bakery Tokyo 8分』。アートギャラリーとベーカリー&カフェが併設し、東京駅から徒歩8分のためこの名前がついた。多くのビジネスパーソンが行き交い、美術館や伝統的なギャラリーも集積する京橋で、パンやコーヒーを買うことの延長線上にアートの鑑賞を楽しむことができる。

ベーカリー&カフェはNY発祥の「THE CITY BAKERY」、展示は現代アートのプラットフォーム「ArtSticker」が運営している。

Gallery&Bakery Tokyo 8分

住所:東京都中央区京橋1-7-1 TODA BUILDING 1Fスペース
東京メトロ銀座線「京橋駅」から徒歩3分
東京メトロ銀座線「日本橋駅」から徒歩5分
JR「東京駅」から徒歩8分
OPEN 8:00-19:00(無休)

FabCafe Fuji(山梨・富士吉田)


2022年11月にオープンした『FabCafe Fuji』。世界各国に展開しているFabCafeシリーズが富士山のふもとにも根を下ろした。空き家をリノベーションした店内で、富士吉田ならではのこだわりの食の提供と、地場産業であるテキスタイルを中心としたクリエイティブコミュニティを育むために、展示やワークショップ、イベントなどを企画・運営している。近年、外国人観光客が急増し、注目を集めるこのエリアで、地域文化とデジタルファブリケーション、そしてアートをつなぐ唯一無二のギャラリーカフェとなっている。

FabCafe Fuji

住所:山梨県富士吉田市下吉田3丁目5-16
東京駅、渋谷駅、新宿駅から高速バスで約2時間
高速バス停「中央道下吉田駅」「富士山駅」から徒歩約20分
富士急行線「下吉田駅」から徒歩5分
OPEN 8:00-17:00(火曜定休(祝日営業))

concept store SEE?(兵庫・三宮)

店内には若い女性客や学生の姿も。 / CONCEPT STORE SEE?公式サイトより

ギャラリースペースとカフェが融合した場所である『concept store SEE?』。モダンな家具が配置され、そこにいるだけでもワクワクしてくる店内。そこでは様々なジャンルのアートやカルチャーを間近で体験することができる。地域の人々が、アートをきっかけとした新たな価値観と出会い、コミュニケーションの発信地として機能している。展示作品は約1ヶ月ごとに入れ替わり、購入することもできる。どこを切り取っても絵になる店内では、カラフルなドリンクやスイーツが提供される。

concept store SEE?

住所:兵庫県神戸市中央区中山手通4丁目 11-20
OPEN 13:00-19:00(金曜定休)

cassette(福岡・唐人町)

個人の邸宅のようなくつろぎと上品さを兼ね備えた店内。 / cassette公式サイトより

美術館やギャラリー、骨董屋などがひしめく文化エリアである福岡・唐人町にある『cassette』は1階にカフェを有する地下1階から地上2階のアートスペースだ。1980年代に建てられたモダンな建物が、建築家・二俣公一の手によってリノベーションされており、日光がふんだんに取り入れられながらも、静謐な空間になっている。今までに、福岡出身のアーティストであるKYNEや、イラストレーター・アーティストの永井博などの展示を行っており、地域の人々だけでなく、県外からの来訪者も多いアートスペースだ。

cassette

住所:福岡県福岡市中央区唐人町1丁目2−8
OPEN 11:00-19:00(水曜定休)

「たまごっち」はなぜ4度もブームになったのか? “育てる” カルチャーの30年史

1996年、日本の学校でひとつの “禁止令” が広まった。
小さなたまご型のガジェットが授業中に鳴り止まず、先生たちを困らせたからだ。数時間ほうっておくと「死んでしまう」デジタルペットに、子どもたちは本気で感情移入した。

それから約30年。2026年、たまごっちは発売30周年を迎えた。

2022年から2023年にかけて売上は2倍に膨らみ、2025年7月発売の新シリーズ『Tamagotchi Paradise』は予約開始直後に前作比400%を超える申し込みを集め、2025年8月には累計出荷数が1億個を突破。単なるノスタルジー消費では説明がつかない数字だ。

「所有」から「関係性」への転換

開発のきっかけは、子どもたちに「ペットを飼育する大変さを伝えたい」という思いから。しかし当初、社内の反応は冷ややかだったという。子ども向けにもかかわらず “キャラクターが死んでしまう” というリアルな設定に、「刺激が強すぎる」「行き過ぎでは」という懸念の声が上がった。企画書の段階では腕時計型だったデザインも、製造コストを抑えるためボールチェーン型へと変更された。ヒットを見込んだ主力商品というより、ぎりぎりで形になった試みだった。

潮目が変わったのは発売前のテストセールス。女子学生を中心に想定をはるかに超えるペースで売れはじめ、いよいよ1996年に正式発売。翌年には新語・流行語大賞にノミネートされるほどの社会現象となった。この現象を「玩具ブーム」として片付けると、本質を見失ってしまう。たまごっちが変えたのは、消費のあり方そのものだった。それまでの玩具が「モノを所有する」体験であったのに対し、たまごっちは「関係性を育てる」体験を提供した。ポケベルすら普及前の時代に、デジタルの命と継続的な関係を結ぶという概念は、当時の感覚では革命的だった。

ガラケー時代の「共有する育て方」

2000年代に入ると、赤外線通信機能を得たたまごっちは「ひとり遊び」から「共有体験」へと進化する。友達同士でキャラクターを「つなぐ」文化は、当時のガラケー、プロフ交換、絵文字など、「いつでもつながっている」ことが友情の証であった時代と見事に重なる。

たまごっちは常にその時代のコミュニケーション文法を吸収してきた。赤外線通信、カラー液晶、タッチ液晶、Wi-Fi機能と、30年間で全38種類を発売。2000年代の「つながり」、2010年代の「スマートフォン連携」、そして現在の「Tamaverse」というグローバルなオンラインコミュニティへ。世界中で大流行しているゲームプラットフォームであるRoblox上で展開した「Tamagotchi Party」は、世界累計訪問数1,290万回を突破している。

Roblox Tamagotchi Party / PR TIMESより

第4次ブームは「Y2K」だけでは説明出来ない

現在のブームは、平成リバイバルやY2Kファッションとの親和性だけで語られることが多い。確かに、たまごっちをバッグチャームとして持ち歩くスタイルは「バーキン化(birkinification)」と呼ばれるパーソナライズ文化と共鳴し、MAX&Co.とのコラボカプセルコレクションも生まれた。しかしそれはあくまで入口に過ぎない。

MEQRI(メクリ)」×「たまごっち」によるコラボレーション / PR TIMESより

バンダイのトイ企画担当者は、「ファッションアイテムとして話題を作れている点は意識し、本体もクリアなデザインを取り入れたりしている」と言う。ただ同時に、「絶対に変わらないコンセプト」があるとも断言する。発売当初からフォルムも直感的な操作性も変えていないその核心こそが、世代を超えて刺さり続ける理由だ。

再ブームをけん引しているのはまさに二つの層ではないだろうか。

ひとつは「平成女児売れ」と呼ばれる現象。90年代後半から2000年代前半に小中学生だった女性が大人になり、子どもの頃に手が届かなかった商品を “大人買い” する動き。もうひとつは、ドット絵のキャラクターとシンプルな育成体験を新鮮に受け取るZ世代・α世代だ。かつてのブームを直接知らない世代が、むしろ「はじめての体験」としてたまごっちを選んでいる。

よくよく考えてみると、「育てる」という行為自体も現代の推し活と構造的に共通点がある。VTuberの配信を見守り、ぬいぐるみに話しかけ、スマホゲームのキャラクターを育成する。今の若い世代にとって、「画面の中の存在に感情移入する」ことは特別でも異常でもない日常だ。たまごっちはその感覚を、1996年に先取りしていた。

海を越えて広がる推し活コミュニティ


最も象徴的なのが、海外で自発的に生まれたファンコミュニティの存在だ。カナダ・トロントの「Toronto Tamagotchi Club」はInstagramフォロワーが4900人を超え、定期ミートアップには毎回約50人が集まる。その存在に触発されたロンドンでも同様のクラブが発足し、2025年8月にはトロントで「たまごっちの結婚式」と銘打ったファンイベントまで開催された。参加者がそれぞれのデジタルペットを「結婚」させ、誓いの言葉を交わすという光景は、もはやIPへの感情移入を超えた、コミュニティ文化の誕生だ。

CASETiFYとのコラボが示す、ファッションIPとしての地位

「Tamagotchi」×CASETiFYによるコラボレーション / PR TIMESより

たまごっちのグローバルな浸透を象徴するもうひとつの出来事が、2026年5月29日に発売されたばかりのCASETiFY × Tamagotchiコレクションだ。

CASETiFYは香港発・世界展開するライフスタイル系テックアクセサリーブランドで、Supreme、Pokemon、NBAといった超一線級のIPとのコラボで知られる。そのCASETiFYがたまごっちを選んだという事実は、たまごっちが「懐かしの玩具」の域を完全に超えたことを示している。

コレクションの内容は、ピクセルアートを現代的に昇華したスマホケースやストラップ、カスタマイズ可能なキャリーオンスーツケース、さらにはCASETiFY限定シェルを纏った本物のたまごっちデバイスまで多岐にわたる。コレクターを刺激する「CASETiFY たまごっち チェイスカード」も同封されており、まるで推しのグッズ感覚だ。

リアル展開も見逃せない。CASETiFY STUDiO 渋谷PARCOおよび韓国のCASETiFY Dosan フラッグシップストアでは限定ポップアップが開催中で、香港Comic Con(5月29〜31日)にも出展された。日本・韓国・香港を同時に動かす規模のコラボは、たまごっちが「世界に誇れるIP」として認知されたことを意味するのではないか。

たまごっちが映す「現代的な孤独」と「小さな愛着」

SNS上では、TikTokで「#tamagotchi」が数千万再生を記録し、コレクターによるカスタムシェルやデコレーション動画が連日投稿される。ここで注目すべきは、その動機の多様さだ。「懐かしいから」という層だけでなく、「スマホより通知が少なくて落ち着く」「何かを世話することで生活にリズムが生まれる」という声が目立つ。

たまごっちは、デジタルと物理が溶け合う時代における「小さな愛着の器」として機能している。ひとつの画面に無限の情報が流れ込む現代において、たった三つのボタンしかない小さなデバイスへの感情移入は、むしろ新鮮な体験として映る。

たまごっちは、時代ごとのコミュニケーション文化を映す鏡だった。

「所有」から「育成」へ。「ひとり遊び」から「共有体験」へ。そして今、「推し活」「コミュニティ」「愛着を持ち歩く文化」へ。
1億個という数字は、単なる玩具の売上ではなく、日本発の「育てる文化」が30年かけて世界へ根を張った証だ。

ファッションショーがワカラナイ!

服は好きだけど、パリコレやランウェイはわからない!と感じる人も多いだろう。一見すると奇抜で、時には理解を拒むようなものすらあるけど、なぜだか目が離せない…。この記事では、そんな不思議なファッションの世界を、アートの視点から紐解いてみたい。


一直線に伸びたランウェイを堂々たる姿でモデルが歩いてくる。その姿は、日々、誰かを見て思う“お洒落”とは違ったりする。ここでは、必ずしもデイリーに着るものを提示している訳ではない。「アート」が美術館やお金持ちの家の中にしかないように、ここでいう「ファッション」は、ランウェイやセレブのパーティなどに限った話。服の造形的側面を高めるべく、それが存在する場所を限定するという、一種の方法論に近い。

それでも昨今のファッションは、その「場所」から飛び出し、私たちの「生活」と「アート」の間をゆらゆらと行き来することに新たな可能性を見出している。そうした昨今の潮流を、3つのキーワードと共に駆け足で紹介する。

意外な組み合わせを楽しむ:Maison Margiela、sacai

「君主たち」 / エドガー・エンデ /ドイツの シュルレアリスム画家であり、かの絵本作家・ミヒャエル・エンデの父親でもある。

何か変なものをみた時に「シュールだね」なんていう人がいるが、シュールという言葉はシュルレアリスムに由来している。シュルレアリスムは、本来結びつかないもの同士を組み合わせることで、意識の外側にある現実(超現実)をあぶり出す美術運動だ。この手法は現代ファッションにも多大な影響を与えている。

今年5月に東京と京都で大規模な個展を開催した美術作家マルタン・マルジェラは、Maison Margielaの創設者でもある伝説的なファッションデザイナーだ。彼の衣服は常に、衣服と別のものを意図しない形で組み合わせることで作られてきた。例えば2001年に作られたベストは、古着の手袋のみで構成されている。

Artisinal white glove top

彼は一見価値のない安物の手袋でベストを作ることで、着用者の身体に触れるような色気を導き出し、衣服産業における価値の転換を図った。

現代では阿部千登勢が手掛けるsacaiが、最も洗練された「シュール」を体現している。

彼女の作る服はマルジェラとは異なり「え、そこでつなぐの?!」と声が出るような縫製が魅力だ。ニットとシャツ、コートとジャケットなど、別々の生活服を切り貼りするようにして作られた衣服は、結果として見たことのないシルエットやドレープを作り出す。

sacai Spring &Summer 2026 Collection

Maison Margielaもsacaiも、身近なものの不意な組み合わせが、気づかなかった美を提示する。それこそがファッション的なシュールさの醍醐味だ。

アートとデザインの融合:Dior、visvim

「りんぼく」 / ウィリアム・モリス

ファッションは、単に見た目が美しいだけでなく、社会に対する「問い」や「行動」であることもある。19世紀イギリスの作家ウィリアム・モリスが提唱した「アーツ・アンド・クラフツ」運動は、工業革命による手仕事の減少を批判し、生活とアートの一体化を目指した。この精神は、現代のブランドにも脈々と受け継がれている。

代官山に「パビリオン」と名付られた美しい店舗を構えるDior。創業者のクリスチャン・ディオールは、時代と呼応した服作りが特徴だ。「ニュールック」と呼ばれる彼の初期作は、なんと戦時中であるにもかかわらずとても動きづらい。

Christian Dior; Spring-Summer 1947 / wikimedia commonsより

このシルエットは戦時中の貧しい人々の心を刺激し、デモ運動まで起こったという。ディオールは、ただ美しい服を作ったのではなく、戦争にもへこたれない優雅な女性のための服、あるいはそうなれる服を作っていた。生活には向かないシルエットがむしろ生活を刺激するような挑発は、彼の作品が生活とアートと強く関わり合っている証拠だ。

また中村ヒロキによるvisvimは、ヨーゼフ・ボイスの「社会彫刻」というアイデアを背景に持っている。社会彫刻とは、あらゆる人間活動は社会という素材を形作る彫刻活動であるというアイデアだ。

彼の美しい素材の探究から職人の技術までを徹底する姿勢は、単なる服作りを超えた社会活動でもある。「Social Sculpture」と名付けられた定番ジーンズは、名の通り職人と着用者の関係を通じて完成する「彫刻」といえるだろう。

「見えないもの」をアートする:THE ROW、Fragment

私たちの生活は目に見えるものだけで成り立っているわけではない。現代アートもまた、目には見えない「概念」や「イメージ」を作品化してきた。例えば画家・河原温は、1960年代から、カンヴァスに日付だけを描く「日付絵画」というシリーズを展開している。この作品は一日丸ごと使って描かれたと言われているのに、それを記録した写真は一切残っていない。何が本当で何が嘘なのか…もしそれが嘘だとしても、日付絵画の向こうに河原温の1日を感じてしまう…というのが河原の目論見なのだ。つまり彼の作品は、鑑賞者の想像力そのものでもあると言える。現代ファッションもまた、形のない「ブランドイメージ」や「先入観」をデザインの対象としている。

2006年にオルセン姉妹によって設立されたTHE ROWは、極めてシンプルなデザインの中に最高級の素材を封じ込めている。特筆すべきは、彼女たちの宣伝方法だ。SNSやルックブックにおいて、服と並んで彫刻や建築の写真を提示することで、着用者の中で、彫刻の曲線と縫い目の曲線が等しく美しいことに気づかせようとしてくれている。

また藤原ヒロシ率いるFragmentは、服を作らずに「イメージ」を操作するプロジェクトだ。

Louis VuittonやMonclerといったラグジュアリーブランドとのコラボレーションにおいて、彼はロゴを載せて色を黒に変えるといった最小限のデザインしか行わない。

MONCLER FRAGMENT/MONCLERはコラボレーションラインとして定期的に他デザイナーを招いている

一見すると手抜きのようにも思えるデザインは、しかし、そのわずかな変化が、相手ブランドが持つ「伝統」という重苦しいイメージを、現代的な「ストリートの文脈」へと一気に書き換える。最小限のデザインの変化だけで服のイメージを全く変えてしまう手つきは、ものを媒介として「ブランド」という形のないものをデザインする現代アート的手法と言える。THE ROWはブランドを通じてもののイメージを、Fragmentはものを通じてブランドのイメージを作り替えているのだ。

ファッションを読み解く双眼鏡

最近ではJWアンダーソンが手がけたLOEWEのように、これら3つの要素を絶妙にミックスしたブランドも多い。

ファッションショーをただ「着るための服」としてではなく、「何を使って、どんな新しいことを提案しているんだろう?」という視点で眺めてみよう。この3つの傾向は、きっとファッションの世界を見渡す双眼鏡となってくれるだろう。

【レポート】「櫃田伸也ー通り過ぎた風景」に見た縦横無尽な風景

「櫃田伸也-通り過ぎた風景」が豊田市美術館で開幕

風景を切り取るための方法にはどんなものがあるだろうか。人は記録や記憶を使ってかけがえのない風景を残しておくのだろう。今も愛知県にアトリエを構える櫃田伸也は一貫して「風景」を描き続けているアーティストだ。現在豊田市美術館では過去最大となる回顧展『櫃田伸也-通り過ぎた風景』が開催中だ。

1941年に東京に生まれ、東京藝術大学に在学中は展覧会だけでなく映画や芝居を見て回った。芸術に限らず様々なカルチャーに関心を持っていたことは、展示されている櫃田のスクラップブックからも明らかだ。ポストカードやフライヤー、中には雑誌の広告や教科書の切り抜きまで多岐にわたる。そんな櫃田が描く絵画たちは抽象と具体、実存と本質、自由と不自由を軽やかに行き来する。

建築に伸びやかに配置される作品

気持ちのいい自然光が注ぐ展示室1

展示は2つのセクションで構成されている。2階の展示室1では、木材の格子で組まれた什器に1960年代から、未完成のままで置かれていた作品までを網羅的に展示している。様々なアプローチを試行錯誤してきた櫃田自身の頭の中を少しだけ覗けるような仕組みになっている。

会場デザインも見所の一つだ。美術館建築の名手として知られる谷口吉生設計の豊田市美術館。2階まで吹き抜けとなり間接的に自然光が注ぐ展示室に、壁面と展示什器、床置きに至るまで様々な角度で絵画が交差するように配置されている。会場構成を手がけたのは、地元愛知県で活動する建築事務所の「STUDIO大」と「おどり場」の協業によるものだ。あらゆる作品に描かれた線が空間の中で縦横無尽につながっていくようだ。

作品同士が関連しあうかのように配置されている

続く展示室では3部屋にかけておおよそ制作年代順に櫃田の代表作や資料が並べられていく。徐々に大きなキャンバスを用いたり、意識的に接続されたキャンバス、そして90年代を境に表出していく山水への関心など、体系的に櫃田の作品と対峙することができる。興味深いのは、近年になって櫃田自身が過去の作品に加筆をしていることだ。足りない色彩を絵筆と時にはテープなどを用いて加えていく工程は、まるで変わりゆく風景の一瞬一瞬を留めているかのようだ。

体系的に櫃田の作品を鑑賞することができる

櫃田が描き出す風景とは

近年の作品では、感覚的な線とフレッシュな色彩で構成された生き生きとした表情の作品を見ることができる。2008年頃から徐々に櫃田の体を蝕むパーキンソン病の影響は計り知れないだろう。それと同時にあらゆる制約から解き放たれた自由な線に、一種の希望すら見出してしまう。

櫃田が描き続ける風景とは何なのか。少なくとも私には、目の前で見えている視覚的な景色を描く以上に、その場所の匂いや音、そこに吹く風、身体と心で得る感覚を絵画に写しとることのように感じられた。

《四季山水》1980s-2023
自身が使用していた作業机をキャンバスとして使用した作品。

 一通り作品を見終わると、最初の吹き抜けの部屋へと戻っていく。何度でも作品を見直したくなるような濃密な体験ができる展覧会だった。同時開催として、櫃田伸也と同時代に活躍した作家や、愛知県立芸術大学や東京藝術大学での教員としての側面を感じられる作品によるコレクション展が開催されている。合わせてチェックしてもらいたい。

展示室4

「櫃田伸也ー通り過ぎた風景」

会場:豊田市美術館(愛知県豊田市小坂本町8-5-1)
会期:2026年4月4日(土)~6月21日(日) 
休館日:月曜日 ※5月4日は開館
営業時間:10:00〜17:30(入場は17:00まで)
※営業時間は変更になる場合があります。最新情報は公式サイトをご確認ください。
観覧料:一般1,300円、高校・大学生900円、中学生以下無料
公式サイト:https://www.museum.toyota.aichi.jp/exhibition/hitsuda2026

【インタビュー】“恥”をピュアに、ハイカラに。冠木佐和子の作品世界 – 後編

数々の広告やクライアントワークを手掛け、アニメーション作品は名だたる映画祭で高評価を獲得してきた冠木佐和子。前編では世界的に活躍する彼女のルーツに迫った。後編ではもう一つ踏み込んで、無二の創作の哲学に触れたい。

絵コンテを描かない、即興のアニメーション

「She Held Her Tongue」

アニメーションの最初の設計図として重要な役割を果たす「絵コンテ」を描かないと伺いました。理由を教えて下さい。

冠木 – 流石にクライアントワークになると色々な事情もあって描かないといけないのですが、個人でやる時は描かないです。「絵コンテ」があると、それに沿ってただアニメーションを作っていく「作業」みたいになってしまって。それが楽しくないんです。

その場の思いつきやひらめきをダイレクトに表現したい、という感覚ですか?

冠木 – 描きながら「この次どうしよう」と考えるのが好きなんです。そこが面白いなと思っています。

設計図がないと、全体をまとめ上げるのが難しそうにも思えます。

冠木 – そんなこともないですよ。そっちの方が楽しくて、むしろいい作品ができる気がします。

ということは、描き始める前はもちろん、描いている最中もご自身でさえ最後にどうなるのかわからないという状態なんですか?

冠木 – そうですね。作っている途中に「そろそろ終わりかな」と意識し始めて、終わりに近づくように展開を考えていく感じです。

アイデアはどこから湧いてきますか?日常生活でふっと降ってくるのか、机に向かって「やるぞ」と絞り出すのか。

冠木 – 「やるぞ」ってならないとダメですね。腰を据えて、締め切りギリギリで提出するみたいな。

意外です。日常の中でふっと降ってきて、ガーッと描き始めるイメージを勝手に持っていました。

冠木 – 自分の作品だとそうですけど、仕事になると、ちゃんと机に向かって「やるぞ」と決めないとなかなか難しいですね。

「たこやきストーリー」

アニメーション制作で失敗したことはありますか?

冠木 – 普通、1秒間に12枚とか15枚、24枚で描くんですけど、間違えて1秒を30枚に設定していたことがあって。描いても描いても終わらないなと思っていたら、設定が30枚になっていて、すごく大変でした。『たこやきストーリー』という作品で、すごくヌルヌル動くんです(笑)。

イラストとアニメーション、描き分けの意識

「ぺ」

一枚絵を描く時と、アニメーションとして描く時で意識の違いはありますか?

冠木 – イラストでは、アニメーションだとできないような細かい絵や細い線を思い切りやりまくれるんです。なので、アニメーションでできないことをイラストでやって、イラストでできないことをアニメーションでやるみたいな感覚ですね。

アニメーションをつくる時は音楽を聴いたりしていますか?あれだけ大きな動きをつくるのは無音だと難しそうな気もします。

冠木 – 今、波があって。音楽を聴く時期、ポッドキャストを聴く時期、無音の時期、その三周期があるんです。その中でも今は無音の状態で制作しています。

「やつら」に面白がってほしい

「サウスポー」

アニメーション制作で一番意識していることを教えて下さい。

冠木 – 自分が見ていて面白い、飽きない、というところですね。あとは、老若男女に面白がってもらえたら嬉しいです。

夜中に見たら爆笑してしまいました。

冠木 – ありがとうございます。子どもに好かれたいという想いはずっとあって。ああいう純粋な眼差しを持ったや̇つ̇ら̇に面白がってほしいんです。

「やつら」(笑)。『おかあさんにないしょ』などを見ていると、とてもそうは思えないんですが、子どもに向けた意識もあるんですね。それは大人の裏表ある感じや「穢れ」みたいなものへの拒否反応だったりするんでしょうか。

冠木 – そういうネガティブな方向ではなくて、自分が子どものときに見て楽しかったとか、そういうものを作る人に自分もなりたいというのがあって。何もない“まっさらな状態”のやつらに面白がってもらって、影響を与えたい、みたいな感覚なんです。

『クレヨンしんちゃん』のノリ

「おかあさんにないしょ」 / https://youtu.be/p2i574dM_kI?si=-72miWvtPzhUO-et

作品にはエロティックで強烈なモチーフが多い印象ですが、一方で不思議と生々しさは排除されている印象があります。そのあたりは意識されているんでしょうか。

冠木 – 何というか、『クレヨンしんちゃん』みたいなノリなんです。うんことかおしっことか、「そういうの面白いよね」みたいな。そのノリがまだ残っていて、そこに肉付けされていって今の形になっているんだと思います。だからこそ、生々しくなっちゃうとちょっとずれてくるんです。

お尻という「ちょうどいい」モチーフ

「roe」

「お尻」を描くこと、凄く多いですよね?

冠木 – そうですね。お尻って凄くちょうどいいモチーフな気がするんです。あんまり生々しくもないし、可愛いし。でも、ちょっと面白い場所じゃないですか。

確かに、そう言われると面白く見えてきます。

冠木 – でも、普通にセクシーな部位でもあるし。まあ、単純に好きなんですけど(笑)。なので、お尻を重点的に描いている感じはあります。

過去の個展で「Butt Therapy」(お尻セラピー)というタイトルのものもありますが、由来を教えて下さい。

冠木 – 小さいお尻が出た人間をたくさん描くことが多かったんです。それをしていると心が落ち着いて、瞑想的なヒーリング効果が得られるので付けた名前です。

何度もたくさん描いていく行為が瞑想に近いということなんですね。

冠木 – そうですね。

横尾忠則、小村雪岱──影響を受けた作家たち

『Young Punch』表紙イラスト

作風に影響を受けた方はいますか?

冠木 – 横尾忠則さんとか。60年代、70年代のグラフィックデザインが好きです。あとは予備校に通っていた時期の影響もあります。「美大に受かりやすい構図」とか、「余白を大事にしろ」とか、基本的なことですけど、そういうものの影響はすごくありますね。

色使いについてのこだわりはありますか?

冠木 – 色使いは小学生ぐらいから変わっていなくて。当時から好きな色は大体決まっていて、原色っぽいもの。一番好きなのはピンクと青ですね。最近は、彩度の薄い浮世絵っぽい色も使い始めました。

「open」

浮世絵や黄表紙のような、江戸時代の艶っぽい作品からの影響も感じます。

冠木 – 浮世絵も好きですね。5年ぐらい前に、小村雪岱という日本画家の展示を観に行って、その人の影響はすごく受けていると思います。

確かに、余白の使い方や雰囲気に共通するものを感じますね。昔の方なのに、どこかモダンというか。

冠木 – かっこいいですよね。色とか、人物の使い方、構図とかは参考になります。

「人物の使い方」というのは?

冠木 – 見え方というか、後ろ姿の哀愁とか、そういったところですかね。

映画や音楽など、他の創作物からヒントを得ることもありますか?

冠木 – あります、大いにありますね。

例えばどんな作品でしょう。

冠木 – 映画だと、アレハンドロ・ホドロフスキーの『ホーリー・マウンテン』とか。音楽だと決まったものは無いですが、去年の春はサンバをすごく聴いていました。

アナログへの憧れと、「ガチムチ」への目標

「needle」 / 先日卵子凍結を行ったという冠木さん。プロセスや経験が辛くも面白かったそうで、同時期に制作した作品の多くに卵子凍結の色が反映されている。特にポーランドで開催された映画祭「Animocje」(2026年4月21日〜4月/26日開催)で審査員を務めつつ行った展示では、展示作品のほとんどが卵子凍結のニュアンスを含んでいた。制作時期の出来事がダイレクトに作品に反映されている。

最後に、今後挑戦してみたいことはありますか?

冠木 – 先月が忙しすぎて、画面を見すぎてゲロ吐きそうになったんです。「デジタル疲れるな…」と思って、今はアナログの方に興味があります。ずっとやりたいとは思っていたんですけど、消しゴムのカスとかゴミがいっぱい出るじゃないですか。それが嫌で(笑)。ただ、私の作品で展示をするとなると、どうしてもプリントになってしまうんです。それをアナログならキャンバスに描いてそのまま展示できるから、羨ましいなって思います。やっぱり強さが違うというか。

現物としての強さ、ですね。

冠木 – そうですね。あと、今年の目標はガチムチになることです。

ガチムチというのは…?

冠木 – 体をでっかくしたいですね。プロテインもめっちゃ飲んでますよ。

ええ!意外です。一番鍛えたい部位は?

冠木 – お尻とか。

やっぱりお尻なんですね。

冠木 – 見た目で分かりやすいのは肩とか、二の腕ですよね。一回ボクシングジムにも行ったんですけど、体育会系のノリが辛すぎてやめました。

それも悪ふざけの一環なんですか?

冠木 – いや、それはガチです。

予測不能で即興的なアニメーション。確かなルーツを感じさせるイラストレーション。内から出るお尻への偏愛。シュール。作風の大胆さや唯一無二性といった第一の印象の奥に、そうした様々な要素が何層にも重なり合って作り上げられるのが冠木の作品群だ。印象は細部に宿るというが、冠木のそれは、強烈さ故に、静かに、しかし確かに控えている。荒唐無稽でもなければ、単なる悪ふざけに収まることもない。それこそが、冠木が現代的なアーティストたる所以かも知れない。

【インタビュー】“恥”をピュアに、ハイカラに。冠木佐和子の作品世界 – 前編

確かに、YouTubeにアップされた冠木佐和子のアニメーション作品を見ると、コメントに散見される意見は至極真っ当かも知れない。

うねうねとした奇妙奇天烈な動き。人間の“恥部”を隠すどころか曝け出した、異常とも思える作品群。それでも作品たちは、規制の厳しいYouTubeというプラットフォームにおいて、動画の消去やアカウントの停止を被らずにいる。

それはひとえに、彼女の作品が紛れもない「アート」として認められてきた証とも取れる。現に彼女のアニメーションは、世界の名だたる映画祭で評価されてきた。

「肛門的重苦 Ketsujiru Juke」 / ANAL JUKE – anal juice – (English subtitles) / https://youtu.be/oOa3skIlBIc?si=9sbI8LniLA0unNgg

アニメーションだけではない。彼女の一枚絵のイラスト表現は、明らかに横尾忠則や日本の伝統文化・浮世絵の系譜に連なる。冠木の表現する極めて日本的な「恥」の文化は、それでいてハイカラで、現代的だ。稀有のアーティスト・冠木佐和子が今、気になる。

冠木佐和子は、一体どのようにして育ったのか

「gohan」

冠木 – 小さい頃から絵を描いていましたが、シンプルな線で描いて、ベタ塗りするみたいなのは今と変わらないと思います。当時からパソコンのマウスでオリジナルの絵を描いていて、インターネットの「お絵かき掲示板」に投稿していました。

その当時からオリジナルの絵を描いていたんですね。

冠木 – そうですね。モチーフは日常的に自分が気になっているものとか、その時感じていることでした。中学生の時は制服がセーラー服だったのもあって、セーラー服の女の子を描いたりしていました。

その時は今に通づるような、いわゆる「エロい」要素も含まれていましたか?

冠木 – ずっとそうですね。それしかできることがなくて。運動もできないし、勉強も好きじゃない。でも絵が描けたので、将来は自然とそういう風になるだろうなと思っていました。

「flossing」

放課後はどのように過ごしていましたか?

冠木 – 中学2年の頃は学校をサボりがちになって、一人で遊んだりしていました。地元が江東区なんですけど、東京都現代美術館が近くにあって、中学生無料だったんです。常設展とか図書館に行ったり。あと、近くの公園でアリを拾ったりしてました(笑)。アリ育成キットみたいなのが流行っていて、それに入れて飼ってたんですけど、ある日突然それを振りたい衝動に駆られて、思いっきり振ったんです。そしたらみんな死んじゃって。なんか怖くなって、それから育てなくなりましたね。

……振ったんですね。

冠木 – あと、家のベランダから中学の校庭が見えて、体育の授業やってる時とかにそいつらに向かって氷投げたりとか。今考えるとマジヤバ中学生です(笑)。

サブカル好きはいつからですか?

冠木 – 小学5年生の時に観ていたNHKの『金曜かきこみTV』という番組で、みんなでゆるキャラを考えようみたいなコーナーがあったんです。その時に私の絵が採用されて、みうらじゅんにめちゃめちゃ褒められたんです。そこからみうらじゅんが好きになって、サブカル方面に行ってしまった気がします。当時は大槻ケンヂとか、そっち系の小説とかも読んでいました。

困ったら2ちゃんねる。相談の末進学した多摩美術大学

「cocktail」

大学受験では東京藝大を目指していたそうですね。

冠木 – なんとなく美大に行きたいなというのはずっとあって。藝大が一番いいという理由で目指していました。でも、落ちてしまって。多摩美には受かったので、浪人するか多摩美に入るかを「2ちゃんねる」で相談しました。

なかなか珍しい相談先ですね(笑)。

冠木 – 困ったら2ちゃんねるに相談みたいな(笑)。小学校の卒業式の前日に前髪を切りすぎた時も、「前髪切りすぎた。どうしよう」みたいなのを2ちゃんねるに相談していました。ずっとそういう感じですね。

結果的に多摩美のグラフィックデザイン科へ進学され、そこで初めてアニメーションの授業があったそうですね。

冠木 – そう、グラフィックの2年生の時に全員アニメーションをやらされるんです。生まれて初めてアニメーションを作りました。「面白いな」とは思ったんですけど、大変すぎて。1秒作るのに何枚も描かなきゃいけないし、二度とやりたくないなって思いました。寿命が削れてる感じがして。だから今でもイラストレーターになりたいなと思ってます。

今でもですか?

冠木 – そうですね(笑)。

「物が変態するのがアニメーションの良さだ」

作品を提出した時、教授の反応がかなり良かったとか。

冠木 – 褒められてちょっと調子に乗っちゃって。その作品は今もYouTubeで見れます。「⚪︎」っていうタイトルで。

「⚪︎」 / https://youtu.be/uffFiAZLqZ4?si=pkLvMPKYlFqmrnwP

初期の作品とは思えない程オリジナリティに溢れていますが、アイデアはどういったところから湧いてきますか?

冠木 – あまり何も考えてないんですけど、当時の先生が、「物が変態するのがアニメーションの良さだ」と言っていて。ぐにゃぐにゃいろんなものに変わるみたいな。そういうことは意識していたと思います。

卒業後、まさかのアダルトビデオ制作会社へ

「spa」

卒業後はアダルトビデオの制作会社に就職されたそうですね。一体何が起きたのでしょうか。

冠木 – 映像はずっと好きだったし、周りもみんな就活していたので、「受かったら面白そうだな」みたいなノリで受けたら、受かっちゃって。日本の映画監督にはAV出身の人もいるし、実写の勉強になるんじゃないかみたいな気持ちもあるにはあるにはありましたが、今思えば完全に悪ノリですね。

会社ではどのような仕事をしていましたか?

冠木 – 私、全然使えなかったみたいです。ADだったんですけど、ほとんどただ現場にいるだけ。そのうち卒業制作が映画祭にノミネートされて、仕事を休んで映画祭に行ったりしてたら、周りの人に「もうアニメーションに戻った方がいいんじゃない?」って言われて、結局半年ぐらいで辞めました。

それから、また突然多摩美の大学院へと進学されているのが驚きで。これにはどういった経緯が?

冠木 – 藝大コンプレックスがずっとあって、どうしても藝大の大学院に行きたかったんです。でも、受けようと思ったら締め切り日が過ぎてて。多摩美がまだ締め切っていなかったので、結局多摩美の院に行きました(笑)。理由としては集中して作品を作れる猶予期間が欲しかったというのもありました。

院ではどんなことを学ばれていましたか?

冠木 – 席を置いてるだけで、基本的に自分の作品制作に集中してました。教授がいるから、締め切りとかプレッシャーがある。そういう環境が欲しかったんです。

幼少期から今と変わらない作風だと語る冠木。放課後の衝撃的な遊び方から、進学、進路にまつわる話まで、前編では稀有のアーティスト・冠木佐和子がいかにして生まれたのか、その原点に迫った。後編ではもうひとつ、彼女の制作の裏側、作品に込められた想いを紐解いていこう。お楽しみに。

ガチャガチャは現代の美術館?

駅ビルのガチャガチャコーナーで、つい立ち止まってしまったことはないだろうか。コインを入れるわけでもなく、ただ見本を一通り眺めて、「これ誰が考えたんだろう」などと考えていると気づけば5分くらい経っている。あの行為、よく考えると「買い物」というより「鑑賞」に近いような気がしてくる。

なぜいま、大人がガチャガチャに向かうのか

かつてガチャガチャは子どもの遊びだった。少なくとも、そういうことになっていた。でもいま、都市部にはガシャポンのデパートガチャガチャの森をはじめとする、フロアいっぱいにガチャガチャが並ぶ専門店が増え、まるで“聖地”のように人々が回遊する光景が生まれている。

TikTokでは「#ガチャガチャ」タグの動画が58万本近く投稿されており、SNSで話題になった商品は発売直後に売り切れることも珍しくない。SNSで入荷情報を発信する店舗もあり、ファンはそれをチェックしてから足を運ぶ。一方で、”ご当地ガチャ”も全国各地で続々と登場していて、旅先や街歩きの途中にふと回したガチャガチャがそのままお土産や旅の記憶になることも。能動的に探す人も、偶然出会う人も、それぞれのルートでガチャガチャに引き寄せられている。

背景にあるのは、商品そのものの変化だ。いまのガチャガチャは、300〜500円という価格帯からは想像できないクオリティを持っている。造形の精度、企画のアイデア、ディテールへのこだわり。それらが、ちゃんとある。

500円で買えるのに、なぜこんなに「本気」なのか

ジャンルで見ると、その「本気度」はさらによくわかる。

ネイチャーテクニカラー

ミニチュア系でいえば、ケンエレファントの「純喫茶ミニチュアコレクション」はパッケージのタイポグラフィやソーダ水の透明感まで公式監修のもと再現した、日本の食文化のアーカイブとも呼べる一品。いきもんの「ネイチャーテクニカラー」は動物や魚、鳥類から深海生物までもを図鑑的な精度で造形し、台座まで含めてひとつの博物展示として成立している。

フィギュア系は振り幅がさらに広い。
海洋堂の「カプセルQミュージアム 仏像立体図録」は阿修羅像や風神・雷神を博物館水準の塗装で再現し、奇譚クラブの「AIP はしもとみおシリーズ」は木彫彫刻家の作品を木目やノミ跡まで忠実に再現している。

カプセルQミュージアム 仏像立体図録

コンセプト系では、ケンエレファントの「beco+81 アートエモーショナル コレクション」は人気イラストレーターbeco+81の少しダークで可愛い世界観をフィギュア化。「call me」「checkmate」といった概念を現代美術的な構成で造形。
同じくケンエレファントの「ヨシタケシンスケ『きになったらかえばいい』」は、絵本作家ヨシタケシンスケの哲学的でユーモラスなイラストを立体化したシリーズ。単なるキャラクターグッズとは一線を画し、「視点の転換」や「日常への愛着」というコンセプト自体がフィギュアに宿っている。

ヨシタケシンスケ『きになったらかえばいい

「商品」と「作品」の線引きが、揺れている

美術館の展示室では、作品は選ばれ、並べられ、定期的に更新される。ガチャガチャ売り場でも、似たことが起きている。数百種類が密度高く並び、新作が入れ替わり、季節やトレンドに合わせてラインナップが動く。「何を置くか」という判断が、売り場全体の印象をつくる。偶然性も、体験の一部だ。何が出るかわからないランダム性は、美術館のそれとは違う。でも「思いがけないものに出会う」という感覚は、どこか鑑賞に近い。

近年、ガチャガチャとアートの距離は明らかに縮まっている。

彫刻家・近藤大輔による「DAISUKE KONDO art collection」は、記号化されたミニマルな動物造形で、余分な装飾を排したフォルムはモダンなインテリアとも相性が良さそう。
イラストレーターHONGAMAの「HONGAMA ミニチュアコレクション」は、独特の線の歪みや色彩をそのまま三次元に落とし込んだ、「動くイラストレーション」とでも呼びたくなる新鮮な体験。他にも、東京藝術大学とコラボした活版印刷のガチャガチャなど、アートの文脈にがっちり根を張った企画も生まれている。

制作者に作家性があり、コンセプトがあり、造形に意図がある。それは商品なのか、作品なのか。その問い自体が、もう古くなっているのかもしれない。好きな作家やシリーズを追いかけ、集めて、交換して、棚に飾る。その一連の行為は、推し活とも呼べるし、小さなコレクションとも呼べる。アートと推し活の境界が曖昧になっているのは、ガチャガチャの売り場がそれを自然に許している場所だからかもしれない。

それでも、美術館とは違う

とはいえ、ガチャガチャ売り場を美術館と同一視するのは無理がある。美術館には収蔵・保存・解説・批評・歴史化という機能がある。作品に文脈が与えられ、時間をかけて価値が積み上げられる。ガチャガチャの商品は入れ替わりが早く、作者の名前も表に出にくい。ランダム性は魅力である一方、鑑賞の文脈が担保されるわけではない。似ているからこそ、その違いははっきりと見える。むしろ両方を見ることで、「鑑賞とは何か」という問いが少し開く気がする。

ガチャガチャコーナーで立ち止まって、「これ誰が考えたんだろう」と思う。その行為は、たぶん鑑賞だ。価格が安くて、偶然性があって、持ち帰れる。その軽やかさが、日常に美意識を混ぜ込んでいる。

制度のある場所だけが、美と出会う場所ではない。いまの都市で、私たちはどこで「いいもの」に出会っているだろう。その答えのひとつが、あのガチャガチャコーナーの前にある気がする。

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