箱ごと、「遊べるアート」としてのボードゲーム

最近ボードゲームの箱って、やけにかっこよくない?

そう感じている人は、きっと少なくないはずだ。かつては内容をそのまま伝えるだけのパッケージが主流だったのに、書店やセレクトショップに並ぶ最近のボードゲームたちは、箱そのものが洗練されたオブジェのような存在感を放っている。

ルールより前に、まず「見た目」で選ぶ時代

大きな転換点となったのが、Kickstarterに代表されるクラウドファンディングの普及だ。大手メーカーを通さなくても独立制作できるようになったことで、グラフィックデザイナーやイラストレーターが自らゲームを開発するケースが急増し、ボードゲームのデザイン水準を一気に引き上げた。さらにSNSとの相性も良く、最近は「ゲームの面白さ」より先に「見た目のかっこよさ」が注目を集めている。

そして日本でも、独自の感性でボードゲームをつくるクリエイターが増えている。
東京・南青山を拠点とするオインクゲームズは、シリーズ累計120万部を突破した日本発の小箱ボードゲームメーカーとして、デザインと遊びごたえを両立させた作品を世界に発信し続けている。

触れて、遊んで、飾れる──5つの作品を紹介

買う理由は「かっこいいから」でいい。そんな5作品を紹介する。

Modern Art(モダンアート)

ニューゲームズオーダー公式サイトより

1992年に生まれ、競りゲームの原点とも呼ばれるライナー・クニツィア設計の名作 。プレイヤーが画商となって5人の架空の画家の絵画を競りにかけ、最も稼いだ人が勝利するというシンプルなルールながら、ラウンド終了時の絵の価値は画家の人気度によって決まるため、巧みに市場をコントロールしていくという深みがある。初版から一貫してそのシックで渋いビジュアルは本物のアートギャラリーさながらの空気を漂わせる。

Canvas(キャンバス)

ジェリージェリーストア公式サイトより

Kickstarterで16,000人以上のバッカー(支援者)を集めた話題作で、画家として芸術祭への出展を目前に控えた画家として、イラストカードを組み合わせて絵画を仕上げていくゲーム。透明なカードを重ね合わせることで毎回異なる絵画が生まれる。箱にフック掛けの穴が空いており、壁に掛けて収納できるという細部へのこだわりまで、「アートとして飾る」ことを前提に設計された一作。

Scythe(サイズ大鎌戦役)

ポーランドのアーティスト、ヤクブ・ロザルスキの油絵を世界観のベースにした重量級ゲーム。蒸気と自然が混在するレトロフューチャーな世界に、巨大メカが佇む圧倒的なビジュアルが特徴で、アートワークの世界観そのものがこのゲームの大きな魅力となっている。ゲームとしての戦略性の高さはもちろん、ボードに広がる絵画的な世界観を眺めるだけでも充分に価値がある。

MOSAIC(モザイク)

ゲームズマーケット公式サイトより

岐阜県多治見市産の美しいモザイクタイルをコマに使った、囲碁やオセロのような陣取り型のボードゲーム。手に取るとずっしりとした陶器の重みがあり、盤上に並べるほどにタイルの色が映え、ゲームが進むにつれて思わず見惚れるような盤面が生まれる。多治見のふるさと納税返礼品にも選ばれており、地域の工芸とゲームデザインが融合した、日本ならではのプロダクトアートだ。 

Petiquette(ペチケ)

オインクゲームズ公式サイトより

動物・帽子・数字の組み合わせからなるカードを使い、ランダムに並んだ5枚の中に入れるのに最もふさわしいカードを考えるゲーム。平岡久典氏による動物たちのイラストは版画のように静謐で美しく、カードを並べるだけで棚に飾りたくなる。答えはひとつではなく、他プレイヤーの美的感覚や思考回路を読みながら答えを合わせていく。つまり、遊ぶこと自体がお互いの美意識を交換するような、不思議な体験になっている。

「アートの入口」としてのボードゲーム

アートは壁に飾るもの、という思い込みがまだ根強い。でもボードゲームは違う。手に取れて、遊べて、棚に飾れる。来客時にテーブルに広げれば、それ自体がコミュニケーションのきっかけになる。数千円から一万円前後という価格帯も、アートを「生活の中に置く」最初のステップとしてはちょうどいい。

箱を開けずに飾りたいと思う日も、誰かを呼んで一緒に遊ぶ日も。そんな二重の楽しみ方ができるボードゲームは、生活の中に自然に置ける、最も身近なアートのひとつなのかもしれない。

【インタビュー】YOSHIROTTENの奏るテクノロジーと自然のセッション – 後編

テクノロジーを駆使して自然を捉え直すアーティスト、YOSHIROTTEN。前編では、余白から生まれる偶発性、自然というアンコントロールな要素を作品に組み込むどっしりとしたアティチュードが見て取れる。光や石、そこにあ̇る̇も̇の̇やあ̇っ̇たも̇の̇に想いを馳せる彼のフィルターを通すなら、東京という都市はどのように映るのだろう。

YOSHIROTTEN(以下、Y) – 僕は自然豊かな鹿児島で育ち、東京ではクラブカルチャー、夜の世界に面白さを見出してきました。そこでは若い頃から多くの時間を過ごしたし、たくさんの友人や仲間がいる。 東京に関して言うなら、夜にこそ、都会のリアルな姿が鮮明に映し出されるのだと思います。渋谷の地下のクラブなんかで自由に音に身を委ねる人々の姿が、僕の思う東京の好きな風景かもしれません。逆に昼の明るい時間には、森や山の中などの自然の中に身を置き、太陽の光を浴びる。僕にとってはそのどちらも必要な時間だと感じています。

コロナ禍で見つめ直した「1日」の重みと、太陽のポートレート

国立競技場で開催された「SUN」 

パンデミックの最中にスタートしたプロジェクト「SUN」では、365日毎日異なる太陽を描き続けていましたね。あの時期にこの活動を始めたことには、どのような決意があったのでしょうか。

Y – コロナ禍になり、予定していた展示やイベントがすべて白紙になりました。創作しても発表する場がない。クリエイターだけでなく、人類が等しく直面した壁だったと思います。あの閉塞的な時間の中で、ただ僕は、「とにかく作り続けていかなければならない」と強く思ったんです。

国立競技場で開催された「SUN」 

あの時、世界中の人々が同時に「今日という1日」を強く実感していたと思います。外出もままならず、目にするのは何日も同じ景色でした。それでも毎朝昇ってくる太陽とその日の感情は、同じではなかった。その体験を形にすることは、作家として非常に自然な衝動でした。

その後、国立競技場で開催されたフリーイベントでの「SUN」のインスタレーションは、多くの人に解放感を与えましたね。

Y – ようやく人に会える、マスクを外して集まれる。あのパーティーは僕なりの「祝祭」でした。1日1日の積み重ねが365日になり、それがようやく他者と共有される場になった。あの時感じた「1日の実感」は、今の僕の創作活動の土台に深く息づいています。

アルミハニカム:宇宙へ届ける「地球の美しさ」

「無題 」 / photo by Mikito Hyakuno

太陽への眼差しに加え、宇宙にも多大な興味があるそうですね。

Y – 2013年頃にJAXA(宇宙航空研究開発機構)から、実際に宇宙へ行って大気圏を越えて地球に還ってきたパネルを譲り受けたんです。アルミハニカムという素材で出来ているもので、これを生で見た時、このパネルが宇宙で出会ったかもしれない、惑星なのか、大気なのか、粒子なのか、魂なのか…。それらを反映した作品にしたいと思いました。

「無題 」 / photo by Mikito Hyakuno

その後発表されたプロジェクトが「Future Nature」ですね。

Y – そうです。アルミハニカムは人工衛星にも使われる非常に軽くて丈夫な素材です。これにキャンバスとして作品を描けば、物理的には、宇宙へ持っていくことが不可能じゃない。僕は「地球の美しいものを宇宙に届けたい」という想いで“Future Nature”というプロジェクトを続けているので、キャンバスとしてアルミハニカムを選ぶのは自分の中で一番しっくりくるんです。それを見た人が「これは宇宙まで行ける素材なんだ」と知った時、想像力が地球の外側まで広がっていく。ワクワクするじゃないですか。そうしたワクワクするような感覚を生み出すことが、アーティストとして大切だと思っています。

「アート」で感動するということ

ビューイングルームの展示風景 / photo by Mikito Hyakuno

自然の中に創作のヒントを見つけて、全く独自の作品を作り上げるYOSHIROTTENさんですが、他のアーティストの作品からヒントを得たり影響を受けることはありますか?

Y – 色々ありますが、具体的にこの人がといったことはないですね。
ただ、一昨年に、ずっと行きたかった南仏にあるヴィクトル・ヴァザルリという大好きなアーティストの美術館「Fondation Vasarely」に行ったんです。僕と同じように元々デザイナーだった彼は、平面から彫刻へと表現を拡張し、最終的に自分だけの美術館を作り上げてしまった。その偉業には憧れるものがあります。完成して30年、40年後に僕が行って、感動する。イサム・ノグチのモエレ沼公園もそうだし、篠田桃紅さんの当時のアトリエを移設した場所を訪れた時にも、全身に鳥肌が立ったのを覚えています。 それは1つの作品を観てというより、作家の全体像、文脈の中でこの作品を作ることが出来たという事実に直面した時に、より感じるものです。あとは、自分が20代の頃から憧れていた場所に訪れた時、変わらず感動できたことが嬉しかった。

事務所の本棚には人工衛星や宇宙の本がずらり。 / photo by Mikito Hyakuno
ヴィクトル・ヴァザルリの作品集なども。 / photo by Mikito Hyakuno

メディアとして機能するYOSHIROTTENの作品

ビューイングルームの様子  / photo by Mikito Hyakuno

ご自身の作品が観られる立場としてはどうでしょうか。今回の「大谷グランド・センター」もそうですが、大谷の地において、ある種ハブスポット的な役割も持ち合わせています。作品を通して、既存のものの価値を新たにする点は、メディア的な役割とも言えますね。

Y – そうですね。「大谷グランド・センター」は、大谷の歴史をどうやって未来に伝えられるかというのが最初の課題でした。まずは人をたくさん呼ぶ。その為にはインパクトのあるものが必要ですが、一時的にたくさんの人を集めるだけでは意味をなさない。フィールドリサーチや土地の歴史を辿ると、古くからある大谷石の存在や、70年代頃に構想されていた「大谷テクノパーク」という、SF映画バリの地下施設を作ろうという計画の存在が浮かび上がってきました。結局実現はしませんでしたが、そこには「トランストーン」という空間があって…とか、「なんだそれ」ってなるじゃないですか。大谷の魅力を伝えるというのは、そうした過去の歴史に目を向けることが非常に大切でした。

大谷石。「ミソ」と呼ばれる穴が最大の特徴だ。

過去に実施された伝統工芸である「輪島塗」とのコラボレーションでも、現代的なアプローチを通して全く新しい作品に仕上げていますね。漆器という歴史ある媒体をどう捉えましたか?

Y – 輪島塗には数百年の歴史と伝統があります。でも、僕はその伝統を忠実に継承する立場ではないからこそ、新しい表現で伝統工芸に向き合えると思いました。
職人さんに提案したのは、これまでの輪島塗ではあまり使われてこなかった鮮やかな色漆(いろうるし)のグラデーションです。まずはCGを使ってシミュレーションを作成し、「こういう色の繋がりを持つ杯(さかずき)を作れませんか?」とお伝えしました。

「SAKAZUKI」 / photo by Mikito Hyakuno

職人さんの反応はいかがでしたか?

Y – 最初は「やったことがない」と驚かれましたが、面白がってご協力頂けました。出来上がったものは、輪島の工芸作品としての美しさを保ちながら、これまでにない色彩を放っています。これを見た人が「漆ってこんなに綺麗なんだ」と再発見してくれる。それこそが、僕がやる意味だと思っています。大谷のプロジェクトもそうですが、土地の歴史や伝統を自分なりに解釈し、未来へ繋ぐために何ができるかを常に思っていますね。

「とにかく、たくさん作ること」

YOSHIROTTEN / photo by Mikito Hyakuno

最後に、これから創作の道を志す若い世代に向けて、メッセージをお願いします。

Y – シンプルですが「とにかく、めちゃくちゃたくさん作ること」です。
そして、作ったものをどう扱うか、徹底的に向き合ってほしいです。今の時代、発表する手段はいくらでもあります。勇気を持って世に出してみるのも一つの方法です。表現したいという想いがあるのなら、その一歩を恐れずに踏み出し、継続してやり切ること。楽しみながら。それがすべてだと思います。

大谷グランド・センター

所在地:栃木県宇都宮市大谷町1396-29
アクセス:JR「宇都宮」駅より車で約30分/関東バス「大谷観音前」下車すぐ
入館パス:大人(18歳以上)・中人 500円 / 小学生以下無料
グランドパス:大人(18歳以上) 1800円 / 中人 1500円 / 小学生以下無料
公式サイト:https://oya-grand-center.com

【インタビュー】YOSHIROTTENの奏るテクノロジーと自然のセッション – 前編

これまでの作品が展示されている自身のビューイングルームの様子 / photo by Mikito Hyakuno

グラフィック、空間インスタレーション、映像。メディアの境界を軽やかに飛び越え、独自の色彩感覚と光の表現で世界を魅了するアーティスト、YOSHIROTTEN(ヨシロットン)。 一見すると無機質で先鋭的なデジタル表現に見える彼の作品群の根底には、驚くほど純粋な「自然への畏敬」と、フィールドワークに基づいた緻密なデータ観測がある。

今回、彼が栃木県宇都宮市の大谷(おおや)で手掛けた最新プロジェクトから、霧島での大規模な個展、そして「分光器」を用いた独自の制作手法までを深く掘り下げた。テクノロジーというフィルターを通して、彼は一体どのような「自然」を見つめているのか。初公開となるビューイングルームの様子と共にお届け。

「2回訪れてほしい」という言葉に込められた、時空を味わう体験

大谷グランド・センター / photo by Ryo Kobayashi

ご自身の初となる常設展示を手掛けた「大谷グランド・センター」について、「ここには1日に2回来てほしい」とお話しされていましたね。その言葉の真意について改めて教えていただけますか。

YOSHIROTTEN(以下、Y) – 大谷の現場に初めて行ったのが、2019年の11月でした。その時は昼過ぎから夕方にかけての時間帯で、次に訪れたのが朝だったんです。同じ場所なのに光の入り方によって空間の表情が劇的に変わることに驚かされました。

「山本園大谷グランドセンター」跡地。およそ30年の時を経て「大谷グランド・センター」として新たに生まれ変わった。

現代アートと食の複合施設としてオープンしたこの場所は、前身の施設が閉館してから長い間廃墟になっていました。もともとそこは、岩肌が剥き出しになった場所に浴場があるユニークな建築だったのですが、単に「面白い建物の中にアートを置く」という発想ではなく、そこに入ってくる外からの光や、窓の外に見える大谷の街並みが、時間とともにどう照らされていくか。その「変化」そのものを作品にしたいと考えたんです。

そこに流れる「時間」や「光」を体験してほしいということですね。

Yなので、元の建物をそのまま活かせるところはなるべく残し、あえて開いたままの窓も塞がない選択をしました。窓にオレンジ色のフィルターを貼ることで、大谷の街をその色越しに眺める。でも夕方になれば、街は見えなくなり、空間の体感は刻々と変わっていきます。

YOSHIROTTENが手掛けた初の常設展示「大谷石景」 / photo by Ryo Kobayashi

「2回訪れてほしい」と言ったのは、たとえば朝に作品を見てから、近くの大谷資料館や大谷観音、お蕎麦屋さんなんかを巡って、夕方にまた戻ってくる。そうすると、光のある時間帯は大谷の街並みと作品がゆるやかに繋がっていて、日が落ちてからは、この空間に没入して作品と向き合う時間が生まれる。その体験は、展示会場の中だけで完結するものではなく、帰り道や日常の中でも「時間の移ろい」に意識が向くきっかけになると思うんです。そういう風に日々を楽しめるようになることまで含めて、作品として提示したいと思っています。

自然という「コントロールできないもの」との親和

FUTURE NATURE Ⅱ in Kagoshima / photo by Yasuyuki TAKAKI

自然現象を作品に取り入れる場合、アーティストとしての作品の「コントロール」と、自然の「偶発性」のバランスをどのように取っていますか?

Y – 自然をテーマにしている時点で、僕はコントロールしようとは思っていません。むしろ、その状況と親和することが、最も自然な作品の在り方だと思っています。
以前、僕の育った鹿児島県にある公立美術館「霧島アートの森」で個展を開催しました。そこでは、自然光の入る美術館のトップライトが全開放された部分を生かして、時間帯によって空間がオレンジ色に染まったりと、空間全体を使った光の作品を作りました。雨が降ればより没入感のある暗い空間になるし、晴れれば光がパーンと入ってくる。それは僕にもコントロールできません。

予期せぬことが起きる面白さ、というわけですね。

FUTURE NATURE Ⅱ in Kagoshima / photo by Yasuyuki TAKAKI

霧島でのオープニングの日は、ものすごい霧が出たんです。「これ、演出なの?」ってみんなに聞かれるくらい(笑)。僕が数年かけてフィールドワークした中でも見たことがないような美しい霧が、その日に偶然起きた。
最終日には、それまでは入ってこなかった角度から西日が差し込んで、ある作品にだけスポットライトのように光が当たっていたんです。これも狙ったのか度々聞かれましたが、そうではないんです。完全な「余白」から生まれた現象。窓を閉じなかったからこそ起きた奇跡です。余白を残すということも自分の制作においては重要な要素です。

FUTURE NATURE Ⅱ in Kagoshima / photo by Kazuki Miyamae

分光器とスキャナー:見えなくともそこにある“何か”へ想い馳せる

大谷各地でのフィールドリサーチ / photo by Kazuki Miyamae

YOSHIROTTENさんの制作スタイルを語る上で欠かせないのが、フィールドワークとテクノロジーの活用です。具体的にどのような調査を行っているのでしょうか?

Y霧島や大谷のプロジェクトでは、ハンドスキャナーを持ち歩いて、岩肌や土、葉っぱの表面をなぞってデジタルデータに変換する作業を行いました。これは視覚的な「記録」に近い行為です。特に今回の大谷でのプロジェクトでは、大谷石の特徴である「ミソ」と呼ばれる穴に注目しました。(※脚注:およそ1200万年前に誕生した凝灰岩である大谷石には、「ミソ」と呼ばれる茶色の斑点がある。これは、火山岩が粘土化して出来たもので、長い年月を経て、その箇所は抜け落ちていく)

大谷石の最大の特徴である「ミソ」

「この穴の中にあった石の粒たちは、どこへ行ったんだろう?」という想像から、スキャンした石の粒が空間を浮遊するような映像作品を作り、プロジェクションで元々ある石自体に光を当てました。テクノロジーを使うことで、肉眼では捉えられない自然の深層や、その場所が持つ記憶を可視化していく感覚です。

大谷石をハンドスキャンし、観測していく。

普段の制作のもう一つのアプローチとして「分光器」を使った制作があります。僕らが通常見ている世界は「可視光線」ですが、その隣には赤外線や紫外線など、僕らの目には映らない様々な光が存在しています。それらを捉えることができる分光器を各地のフィールドワークに持ち込みました。

「霧島百景」 / 鹿児島県のいろいろな場所でフィールドスキャニングした50分間ほどの映像作品。 / photo by Mikito Hyakuno

目に見えない光をデータとして抽出するのですね。

Yはい。例えば、霧島の噴気地帯(温泉の煙が上がっている場所)で分光器を向けると、赤外線の数値が高いだとか、可視光線はこれくらいだというグラフが出る。その場所の、その瞬間にしか存在しない「光の組成」をキャプチャーするんです。それをそのまま出すのではなく、得られたデータを元に「この数値の動きが美しい」と感じる部分を抽出して、さらにその場所で抱いたイメージで着色していく。そうすることで、僕らの目には見えていなかったけれど、確かにそこに存在していた光を「デジタル上の絵画」として作り上げていきます。

「Menhir 2」 / ビューイングルーム内の不可視光線を分光器によってリアルタイムで映し出す。室内の自然光の入り方、窓の締め具合、照明の有無で、刻一刻と変化してく。目に見えない「光」が、生き物のように動き出す。記事内での変化にもご注目。 / photo by Mikito Hyakuno

最新技術を使っているけれど、やっていることは印象派の画家が光を捉えようとしていた営みに近いようにも感じます。もしテクノロジーが存在しない中世に生まれていたとしても、やはり何かを作っていたと思いますか?

Y形は違えど、その時代における「新しい技術や表現」を使って、見たこともないものを作ろうとしていたはずです。
今の僕たちがアートとして発表することの意味は、この時代のテクノロジーを使って、前の時代の人たちにはできなかった表現を追求し形に残すことにあると思っています。「今ならこれができる」という可能性を追求することが、作家の役割の1つではないでしょうか。

後編では、自身の作品、アーティスト活動がメディアとして機能するような側面、そして、彼自身の太陽や宇宙への憧憬がちらりと姿を表します。お楽しみに。

大谷グランド・センター

所在地:栃木県宇都宮市大谷町1396-29
アクセス:JR「宇都宮」駅より車で約30分/関東バス「大谷観音前」下車すぐ
入館パス:大人(18歳以上)・中人 500円 / 小学生以下無料
グランドパス:大人(18歳以上) 1800円 / 中人 1500円 / 小学生以下無料
公式サイト:https://oya-grand-center.com

海を見せられなかったけれど。久保田雅人が「ワクワクさん」として走り抜けた23年間 – 後編

「ワクワクさん」になるずっと前から、物作りと共にあった久保田さん。ただ、あくまで父親同様、それを仕事にしようなどとは考えてもいない。そんな彼が経験した学生時代の挫折、ちょっとの思い切りが、後に23年続く長寿番組『つくってあそぼ』を生み出すことになる。駆け出しの彼は、そんなことを知る由もない。

幼稚園を駆け回った20代

久保田 雅人(以下:久保田) – 平成元年の6月頃に、パイロット版『ワクワクおじさん』が始まったんです。当時はまだ26、7歳。その後の12月にもう1本、試作番組を作りました。その時に初めて登場したのが「ゴロリくん」です。「レギュラーになるわけないな…」と思っていたら、忘れもしません、平成2年4月3日からレギュラー放送が決まりまして。それからが本当に大変でした。

生活が一変したのでしょうか?

久保田 – というより、そもそも私は工作の勉̇強̇なんてしたことがなかったですから。その上、番組の対象は保育所や幼稚園の子供たち。普段作っていたプラモデルとは全く違う制作をやらなければいけなかったんです。
子供がどこまで理解できるのか、何が面白いと思うのか、全くわからない。そこで、NHKに視聴協力をしてくださっている幼稚園に自分から電話をして、「こういう番組をやることになったので、お邪魔してもよろしいでしょうか」とお願いして回ることから始めました。

幼稚園を回って、具体的にどのようなことをしていたのですか?

久保田 – 子供たちの前で実際に工作をして、どういうことがウケるのか、どんな喋り方が面白いのかを自分の頭に叩き込むんです。そこから勉強しないといけなかった。「ワクワクさん」になってからの方が大変でしたね。

「父」になったことで訪れた、3年目の転機

「ワクワクさん」でお馴染みの久保田雅人さん

久保田 – 手応えを感じるまでに3年かかりました。3年経って、ようやく「ゴロリくん」とも上手く噛み合うようになり、人に見せられるものになったと思います。

何か大きな転機があったのでしょうか?

久保田 – 自分が父親になったんです。「『ワクワクさん』、良くなったね」と言われるようになったのは、そこからなんですよ。自然と子供に対する接し方や、見せ方、喋り方が変わったんでしょうね。

不思議な巡り合わせですね。

久保田 – 不思議なものです。最初はEテレの最短記録を作るんじゃないかと思うくらい、自分でもオンエアを見て「ダメだな」と思っていましたから。まさか23年も、番組終了後も含めて30年以上も続くなんて思ってもみませんでしたね。

「ワクワクさん」でお馴染みの久保田雅人さん。この日つくってあそんだものは最後にご紹介

「のり弁」か、フランス料理か。

長く続けていく中で、どんな悩みがありましたか?

久保田 – 番組で紹介する工作のアイデアは、すべて造形作家のヒダオサム先生によるものです。つまり、ヒダ先生が「名作曲家」だとしたら、私と「ゴロリくん」は「名演奏家」でなければならない。どんなに素晴らしい楽曲でも、演奏が悪ければ評価されません。どうすればより良く見せられるか、これは今でも私の課題です。ただ、一時「失敗したな」と思う時期もありました。

どういうことでしょうか。

久保田 – イベントなどを重ねるうちに、「欲」が出てくるんです。もっと大きな会場でやりたい、もっと長いストーリー性のあるものをやりたい……。でも、それは間違いでした。お客様や子供たちの受けが良くなかったり、意図が伝わっていなかったり。その時に気づいたのが「のり弁」の精神です。

のり弁、ですか。

久保田 – スタートは「のり弁」なんです。それがいつの間にか「幕の内弁当」になり、さらに「重箱」になり、最終的には「フランス料理のフルコース」を目指してしまう。だけど、お客様が来てくださるのは、最初の「のり弁」が美味しかったからなんです。
だから、もう一度「のり弁」に戻ろうと。より良い「のり弁」を作ろうという思いに至りました。アーティストの方も同じかも知れません。自分がなぜ最初に支持されたのか、その根本を忘れてしまってはいけないんです。

美術界の「裾野」を広げるという使命

ご自身のやりたいことと、求められることのバランスに気づかれたのですね。

久保田 – やりたいことは次々に出てきます。でも根本は忘れてはいけない。私と「ゴロリくん」の仕事は、アートや美術という大きなピラミッドの一番下、「裾野」を広げることだったんです。

今、最前線で活躍しているクリエイターの方々も、間違いなく見ていた世代だと思います。

久保田 – ありがたいことです。以前、東京藝術大学の助教授の方が「私のスタートは『ワクワクさん』でした」と言ってくださったことがあって。改めて、私たちの仕事は、この裾野を広げることにあったんだと感じました。だから、そこから先は皆さんにてっぺんを目指してほしい。それが一番嬉しいです。

30年来の相棒、「ゴロリくん」との三重奏

「ワクワクさん」でお馴染みの久保田雅人さん

長い活動の中で、一番こだわったことは何ですか?

久保田 – 3人で、『つくってあそぶ』ということです。「ゴロリくん」の操演(中に入っている)の古市次靖くん、そして声を当てる中村秀利さんの3人で、延々と会議をしました。「あれが違う、これが違う」と。

あの「ゴロリくん」との会話は、そんな風に作り込まれていたのですね。

久保田 – ただ、よくやっていたゲームのコーナーでは台本がないんですよ。「用意スタート。以下実況中継風アドリブ」としか書いてありません(笑)。最後も「勝者:わーい/敗者:くぅ残念」だけ。つまり「真剣に遊んでいいよ」ということなんです。
その様子に、中村さんがモニターを見ながら即興で声を当てていました。後アテは無理です。「ゴロリくん」の動きを見てその場で当てる「生アテ」なんです。まさに三位一体。息が合うまでには時間がかかりましたが、あの会話のアドリブ合戦こそが番組の楽しみだったんですね。

忖度なしで、「ゴロリくん」が勝つことも多かったですよね。

久保田 – 彼は年長者を敬う気持ちがないですから、真剣に勝ちにきます(笑)。でも、それでいいんです。子供は大人の嘘を見抜きます。何回目にどっちが勝つとか、そんな段取りは面白くない。ガチンコでやっているからこそ、楽しんでもらえたんだと思います。

素敵な話ですね…。今でもお会いになるのですか?

久保田 – 「ゴロリくん」(古市さん)とは、今でも月に1、2回は飲みに行っていますよ。彼とは10歳ほど離れていますが、意見を戦わせることで良いものが生まれます。操演者としての工作、「ゴロリくん」としての工作、「ワクワクさん」としての工作。リードするのは私ですが、二人で一緒に作ることで一つのものが完成する。だから、タイトルが『つくってあそぼ』なんです。「作る」こと自体も遊びですが、その作ったもので「いかにして遊ぶか」までを紹介するから『つくってあそぼ』なんです。

私生活のすべてを捧げた「ワクワクさん」としての23年間

NHK時代は発信できなかった多くのことをYouTubeでは実践できると語る久保田さん。
当時の番組には、「材料がどこに売っているか」の問い合わせが殺到していたが、具体的な店舗名・商品名を発信することが出来なかったんだそう。親御さんたちの知りたい「どこで買えるか」の情報が盛りだくさんのYouTubeチャンネルだ。

子供たちの憧れであり続けるために、私生活での制約も多かったのではないでしょうか。

久保田 – NHKの教育番組の出演者には、いろいろな制約があります。まず、「日焼け」は厳禁。9月に収録したものが12月に放送されることもありますから、真っ黒に日焼けした顔で「メリークリスマス」なんて言えません。それから指輪もダメ、ピアスもダメ。収録の時に外しても痕が残りますからね。さらに、海外旅行も基本的には控えます。

海外旅行までですか?

久保田 – 万が一、向こうで何かあって帰ってこれなくなったらどうするんだ、ということです。横断歩道を必ず渡るとか、そういった立ち振る舞いも徹底していました。おかげで、私の子供たちは父親と夏の海に行ったことがありません。お父さんが日焼けできないから、近所の公営屋内プールだけ。夏の海に行けない理由がお父さんにあるというのは、子供たちには可哀想なことをしたと思います。

タイムスリップしても、もう一度。

「ワクワクさん」でお馴染みの久保田雅人さん

久保田雅人としての私生活の多くを犠牲にした上で「ワクワクさん」が成り立っていたのですね。もし、大学4年生の時、立ち読みした瞬間に戻れるとしたら、またその本を手に取りますか?

久保田 – そうですね…。もう一度戻っても、同じことをやるでしょうね。「ワクワクさん」として生きてきた人生に後悔はありません。
もちろん「もっと勉強して大学院に行きたかったな」という思いもどこかにありますが、この道に後悔はありません、楽しかったですから。番組を見た子供たちがものづくりを楽しんでくれた、それだけでやって良かったと思えます。

ご自身のお子さんも誇らしかったと思います。

久保田 – 一つだけ父親として良かったのは、「自分の我が子に胸を張って見せられる番組」をやれたことです。ただ、家で子供と一緒に工作をすることはありませんでした。家では「工作はお父さんの仕事」と伝えていました。

「遊び」ではなく、あくまで「仕事」として。

久保田 – そうしないと、お父さんが仕事をしているのか遊んでいるのか分からなくなってしまいますからね(笑)。

インタビューが終わり、用意した部屋を一度空にする。わざわざ着替えて頂いた「仕事着」を脱ぎ、普段の久保田雅人としての姿に戻る為だ。出てきた久保田さんは、どこにでもいる、普通の男。23年もの長距離走の中には、子供にはもちろん、大人にさえ見えない様々な葛藤、制約を孕んでいる。「海を見せられなかった子供たちには申し訳ないことをした」と語る彼に悲哀を感じなかった訳ではない。ただ、あの時、あの本屋に戻れたとして、もう一度その本を手に取ると言い切った彼の目は、高く舞い上がった凧を見上げるように、穏やかなものだった。

最後に、この日に久保田さんが教えてくれた工作をご紹介

1 – 1枚の色画用紙を用意します。

2 – 縦3等分に折り目を付けましょう。

3 – 線に沿ってハサミで切り、細長い3枚の紙にしましょう。

4 – さて、使うのは一枚です。ここがポイント。半分から少しだけずらして折ります。

5 – 真ん中に少しだけ切り込みを入れ、切り込みに合わせて半分に折ります。

6 – そうすると、あら不思議。上下にスライドさせると、噴水のように2つの紙が膨らみます。

7 – さて、これでどうやって遊びましょうか。

8 – ペンで目や鼻を描いて、リボンのような形にあらかじめ切った赤い画用紙を間に貼り付けると…。

9 – はい、ヘビさんになりました!!!

海を見せられなかったけれど。久保田雅人が「ワクワクさん」として走り抜けた23年間 – 前編

どうして、「ワクワクさん」なのか。

それには明確な理由があった。これまでそれなりの数のアーティストに話を聞いてきたが、その中で、生まれや育ちが全く異なる彼ら、彼らの作品・作風に、環境がもたらす影響は少なからずあったと思う。

それぞれが十色の人生を歩み、今の作家人生を歩んでいる。

そんな中、ひょっとすると、NHK Eテレで23年に渡り放送されてきた『つくってあそぼ』が、彼らの創作の原体験だったかもしれないのだ。

記憶の片隅に残っているあの「赤い帽子のおじさん」に話を聞くべきだ。頭の中でイメージが固まった。物心がつくかつかないかのちょうどその頃の、薄れつつある記憶を握りしめて。

エピソード0 – ワクワクさんがワクワクさんになる前

紙パックで作った自作の筆箱からペンを取り出す「ワクワクさん」こと久保田雅人さん

23年間「ワクワクさん」として活動されてきた久保田さんですが、幼い頃からものづくりに触れる環境があったのでしょうか?

久保田 雅人(以下、久保田) – 私は昭和36年(1961年)生まれでして、我々の世代は、自分たちでおもちゃを作るのが当たり前の時代だったんです。それから、プラモデルブームというのもありました。私も本当にプラモデルが好きで、色々なものを自分で作っていました。そして何より、うちの父親がとても器用な人だったんです。

お父様は何かを作るお仕事だったのですか?

久保田 – それが、普通のサラリーマンでした。ただ、ものすごく器用で、家にはあらゆる大工道具が揃っていました。例えば、ご家庭にノコギリといったら、普通は1本あればいい方ですよね?

そうですね。私の家には1本もありません(笑)。

久保田 – そうかもしれませんね。でも、うちには10数種類ありました。

サラリーマンのご家庭なのに、ですか!?

久保田 – それだけじゃありません。普通は家にない「カンナ」も、細工用のものまでありましたし、「ノミ」だけでも10数本。そんな道具が揃っている環境で育ちましたから、子供の頃から「自分で作る」というのが当たり前だったんです。

巨大凧と「仕掛け付き」の犬小屋

この日はお馴染みの赤い帽子はお預け。後に登場する“大人の事情”で被れないんだとか。

お父様からの影響は相当大きかったのですね。

久保田 – そうですね。ある時、父親が突然「正月用の凧を作ろう」と言い出しまして。まず竹を買ってくるところから始まるんです。それを自分でナタで割いて、小刀で削って細くして、木綿糸で結んで組む。さらに自分で糊を調合して和紙を貼る。そうやって、畳一畳分ぐらいの巨大な凧を作っちゃったんですよ。

畳一畳分! 相当な大きさですよね?

久保田 – このテーブル(取材時の机)と同じくらいですね。それを揚げに行ったら、こんなにも大きな凧が本当に小さく見えるほど、グーンと高く上がったんです。そんな父親のもとで育ったので、自然とものづくりが好きになりました。

お父様は、完全に趣味として大工仕事をされていたのでしょうか。

久保田 – これといった趣味はなかったようですが、とにかく大工仕事が好きでしたね。一度、犬小屋を作った時も凄かったんです。普通の小屋とは訳が違って、中が掃除しやすいように屋根が開く。しかも、ただ開くだけじゃない。開けた途端に、仕込んである「つっかえ棒」が自然に下りてきて、手を離しても屋根が閉まらないようになっているんです。

すごい、 プロの仕事ですね。

久保田 – 掃除が終わった後、その棒をちょっとはたけば、パタンと閉まる。そんな仕掛けがついた犬小屋を自分で作ってしまうサラリーマンでした。実家を引っ越して50年以上経ちますが、父親が作った棚は今も現役で使えています。子供心に「なんでうちの父親は宮大工にならなかったんだろう」と思うくらい器用でしたね。私のものづくり好きは、間違いなく父親から来ています。

凝り性が加速した、高校時代のプラモデル制作


小・中学校、高校と進む中で、やはり放課後は工作をされていたんですか?

久保田 – 小学生の頃はそうでもなかったのですが、高校時代は帰宅してからずっとプラモデルを作っていました。当時はタミヤの「1/35 ミリタリーミニチュアシリーズ」や、ハセガワの「1/700 ウォーターラインシリーズ(戦艦)」、あとは飛行機ですね。例えば飛行機を作るなら、まず雑誌を買ってきて、零戦の内部写真などを徹底的に調べる。そして、キットには入っていない部品をプラ板で自作して足していくんです。さらに、小さな人形の「口」を開けて表情をつけたり。設計図は描かず、頭の中で「ああだろう、こうだろう」と考えながら即興で改造していました。

お父様譲りのこだわり具合ですね。

久保田 – いきなり機体の色を塗るのではなく、まずは下地に「銀色」を塗るんです。その上から本来の色を塗り、乾いた後に少しだけ削る。そうすると下地の銀色が出てきて、使い古した金属の質感が出るんですよ。嫌なガキでしょう?(笑)

日本史の先生になるはずが、なぜか「劇団」へ

そんな高校時代を経て、やはり進路も美術系を考えられたのですか?

久保田 – 実は日本史の先生になる予定だったんです。高校で日本史に興味を持ち、大学は文学部に進みました。私はよく「芸大や美大、保育系の学校出身」だと思われがちなのですが、美術も芸術も、学校で勉強したことは一度もないんです。

教員免許も取られたんだとか。

久保田 – 一応取りました。でも、大学4年生で教育実習に行ったり、採用試験の勉強をしたりしているうちに「……俺、これ無理だな」と思ってしまったんです。試験に受かる自信もないし、実習もうまくいかない。
そんな時、たまたま立ち読みした雑誌に、三ツ矢雄二さんが座長、田中真弓さんが副座長を務める劇団「プロジェクト・レヴュー」の第1期生募集が出ていたんです。

運命の歯車が動き始める

この日、つくってあそんだものは後ほどご紹介

久保田 – 当時はプラモデルの傍ら、落語もやっていたんです。その流れで「ちょっと芝居をやってみよう」と思い立ち、勢いで応募しました。ただ、当時はとにかく貧乏で、オーディションの費用が払えなかったんです…。友達に借りましたよ。その上、オーディション費を現金書留で送る送料すらもなかったんです。それもまた別の友達から借りて、どうにか応募しました。

お父様は急な進路変更を許してくれたのですか?

久保田 – 凄く怒られました。当然ですよね、大学4年までいって急に「劇団に入る」なんて言い出したんですから。実は大学に入学した時も一悶着あったんです。父親からは将来を考えて「経済学部か経営学部に行け」と言われていたんですが、私はどうしても日本史がやりたかった。必死に頼み込んで許可をもらった代わりの条件が、「1単位でも落としたら学費を全額止める」というシビアなものでした。

留年ではなく「1単位」でも、ですか。

久保田 – そう、だから入試よりも勉強しましたよ。その結果、人生で唯一の表彰状をもらい、1年間だけ特待生(授業料免除)になりました。

それはすごい! お父様も喜ばれたのでは?

久保田 – 一度収めた授業料が「現金」でバックされて、約束通り勉強したし、「もしかするとくれるかな…?」と思っていたんですが、全額回収されてしまいました(笑)。厳しい父親でしたが、出してもらった学費ですから文句は言えませんね。

大道具係から「ワクワクさん」誕生へ

「ワクワクさん」でお馴染みの久保田雅人さん

劇団に入ってからも、ものづくりの経験は活かされたのでしょうか。

久保田 – 劇団は大道具・小道具も自分たちで作りますから、私は実家から父親の道具を持って行って、若手に教えながらガンガン作っていました。もともとミュージカル劇団だったのですが、結局一度もソロで歌わせてもらえず、途中から完全にお笑い担当でしたけどね(笑)。そんな中ある時、田中真弓さんから「NHKで高見のっぽさんの後継者を探している」というお話を頂いて。「うちで大道具・小道具を作っていて、喋らせるとちょっと面白いのがいるから」と、私を推薦してくださった。

それが26歳の時ですね。

久保田 – そうです。それまでも教育番組や民放のレポーター、CMなど、オーディションは山ほど受けてきましたが、全部落ちていました。受かったのは、デビュー作とワクワクさんだけです。

そうして平成元年の6月頃、「ワクワクおじさん」という名前のパイロット版(試作番組)が始まったんです。

後編に続く。

【「感情展-短歌で詠み、イラストで描く-」スペシャル対談第二弾】Mika Pikazo × ORIHARA「創作は私たちを幸せにするか」 – 後編

「短歌×イラスト」という異色な掛け算に加え、総勢50名もの作家が一堂に介した大規模展覧会「感情展-短歌で詠み、イラストで描く-」。

BAMによるスペシャル対談シリーズ第二弾では、イラストレーター・イメージディレクターとして活躍するORIHARAと、Mika Pikazoによる対談が実現した。
彼女たちが語ったイラストへの想いは、希望か、絶望か______。

世界旅行で見つけた自分のルーツ

「いい子だね」 / ORIHARA

前編ではORIHARAさんの一世一代の大旅行のお話が出ましたが、何か制作に影響はありましたか?

ORIHARA – 世界のあちこちを回っているうちに、この国や街の雰囲気が、肌に合うなと感じる場所があったんです。スコットランドの薄暗い空の色は、自分の魂にしっくりくるものを感じました。ただ、元々私の“魂の原点”は京都にありまして。生まれ育ちは関係ないんですけれども、中学生の時に初めて京都に行った時に、「あ、私の人生ここにある」って思って。ちょっとくすんだ色を使うのも、神社や境内の木の色だったり、鳥居の赤色とかに惹かれるからなんです。基本的に少し時代が経ったものが好きなのかも知れません。それは、日本に帰ってきてからより強く感じました。Mika Pikazoさんはブラジルに住んでいたことがあるんですよね?

Mika Pikazo – そうなんです。高校卒業してから2年半ほど住んでいました。

ORIHARA -ブラジル出身のイラストレーターさんたちは彩度の高いイラストを描いていますし、スプレーアートの文化もありますよね。食べ物の色も日本とは大きく違っていて、ケーキもとてもカラフルで。だからMika Pikazoさんの「魂の色」は三原色なんだと、勝手に思っていました。

魂のルーツ――ブラジル、ラテン、そしてカラフルな色

「VICARIOUS」 / Mika Pikazo

Mika Pikazo – ラテン文化が持つ魅力に、魂が自然と流れていくというか、「あなたの魂はここにありますよ」って言われているように感じることはありますよね。私がカラフルな色が好きなのも、ブラジルだけではなくて、ラテン系の影響が強いんです。音楽だと、J-POPも海外のジャンルも好きですが、行き着く先は、やっぱりラテンになってしまう。
アメリカの音楽がパワフルなのに対して、イギリスの陰鬱な中の儚さとか、国によって印象が全然違う。そんな中で、ラテンは、凄く熱烈。あの熱烈とした感じが凄く好きなんです。生き物として生を謳歌しているというか。危ない部分は危ないんですけどね。太陽に照らされているような人類愛がある。

ORIHARA – アウトプットは、見るものや環境で決まるのかなって思っています。本人の原風景や、本人を取り巻く環境は、色の好みや色使いにすごく影響しますよね。ヨーロッパを回っていたとき、ローマやバルセロナにも行ったんですが、空の色を見ていると「Mikaさんの色だ…!」と思ったりしました。

Mika Pikazo – え、本当ですか!?行ってみたいな…(笑)。

Mika Pikazoの「エンジン」と「決断の力」

ORIHARA -Mika Pikazoさんの絵を見ていると、とにかく「思い切りがいい」というか……積んでいる「エンジンの大きさ」が、私とはまったく違うんじゃないかと感じることがあるんです。それこそラテンやアメリカンな感覚というか、とにかく「迷わずまっすぐ進んでいくな」という印象が強くて。

それは作品数の多さに対してなのか、それともブレない作風に対して、どちらのニュアンスですか?

ORIHARA –  両方ですが、第一に「信じる力」がバリ強いと勝手に思っています(笑)。

Mika Pikazo – へぇー! ORIHARAさんからそう見えているのは面白いですね。

ORIHARA – イラストって、常に「選択」の連続じゃないですか。色や構図を決める時、悩みが増えて、時間が掛かるほど精神的な体力が削られていく。Mika Pikazoさんも実際には悩まれているとは思いますが、傍から見ていると「これでいく」という決断を早い段階で下しているイメージがあるんです。もの凄い速さでラフスケッチを描いている姿が目に浮かぶんです(笑)。1日は24時間しかないので、その思い切りと決め切りで作品の量産数が決まってくると思っていて、それが筆の速さにも繋がっているし、色使いの力強さにも影響しているのかなと。

Mika Pikazo 当たっていると思います。もちろんラフを絞り出すまでは悩みますが、一度「これだ」というラフが描けたら、そこから完成までは絶対にブレないようにしています。

ORIHARA –  やっぱり。強い……!

Mika Pikazo 逆に、制作途中でポージングや色味を大幅に変えなきゃいけなくなると、パニックになってしまうんです。「あ、完成形が見えなくなった、どうしよう!」って。最初にゴールを決めているからこそ、設計図が狂うと慌ててしまうんですよね。最初のラフの感動をいかに切り崩さないかが大事になってくる。ORIHARAさんはその辺りはどうですか?

ORIHARA –  私は「厚塗り」が苦手で、全体を少しずつ整えていく作業ができないんです。線画で全てが決まらないと塗れない「究極の順番人間」ですね。 だから、お仕事だと描きやすいんです。先方や自分の魂が「これが正解」と言ってくれれば、迷わず進める。でも、これが「自主制作」になると、途端にうだうだしてしまうタイプで…。

Mika Pikazo 自主制作だと、また別の悩みが出てきますよね。

ORIHARA – そうなんです。「もっといい表現があるかも」って、締め切りがないと永遠に悩んでしまう。だから、Mikaさんの「これでいきます!」という潔さは、本当に見習いたいです。

Mika Pikazo 私も、大作的な絵を描く時は最初から最後まで悩みますよ。「本当にこれでいいのか」って。もう少し気楽に考えて作りたいって思うくらい、自分の気持ちが、作品としてのカタルシスに向かわないと、作品を終わらせられないんです。

個展「UNDER VOYAGER」メインビジュアル / Mika Pikazo

ORIHARA –  Mika Pikazoさんの場合、その「悩む時間」の配分が上手いんだと思います。例えば100枚描く展示会があるとして、全部で悩むのではなく、「一番悩むべき場所」をロジカルに決めている。悩むことが必ずしも正義ではないから、量産すべきところと、深く潜るところを切り分けている「ロジカルなエンジン」だなって。

“自由”の難しさと、スランプの正体

Mika Pikazo 確かに、その辺りはロジカルかもしれません。ただ、展示会となると感情が乗りすぎて、それが「悩み」に変わることもあります。空間のテーマを決め、それを拡張しようとすればするほど、感情が無限に浮かび上がってきて、収拾がつかなくなるというか……。イラスト単体ではその絵だけに気持ちを集中させればいいけど、展示会はもっと膨大な、複雑な感情が自分を乗っ取ってしまう。

ORIHARA –  想いが強すぎると、プレッシャーで腕が重くなりますよね。

Mika Pikazo そう、腕が重いんです。ちょっと話が逸れるかもしれませんが、スランプって、インプット不足だけでなく「自分の中の感情や責任が重くなりすぎた時」に起きやすい気がしていて。

ORIHARA – 分かります。

Mika Pikazo 正解が見つけづらくなるんですよね。「頭の中でこんなことが浮かぶならもっと深いところを伝えられる作品を作れるはずだ」とか、「この感情をもっといい形で昇華すべきなんじゃないか」とか。自分の感情には底がないから、どこまでも沈んでいってしまう。

ORIHARA –  お仕事だと、あくまで「エンタメ」という枠組みの制限のおかげで、基礎体力で乗り切れるんです。でも、“自由”を与えられると、エンタメから外れたような、もっと深い「高尚」なところに行かなければいけない気がして、悩んでしまいます。

Mika Pikazo 広告などの仕事はある意味「制限」があるからこそ、どこまで伸ばしていいか明確ですよね。でも展示は、全てを自分で決めなきゃいけない。自由度が高すぎると、エヴァンゲリヲンのシンクロ率じゃないですけど、どこかでブレが生じ始める。

ORIHARA – 「自由」ってなんて難しい言葉なんだろう、って毎回思いますね。私は言語化してから絵を描くタイプなので、「言葉にならない感情」を形にする難しさを今回の展示からすごく感じました。

「感情展」にどう向き合ったのか

「感情展-短歌で詠み、イラストで描く-」メインビジュアル / Mika Pikazo

コマーシャルワークと自主制作の違いについてお話がありましたが、今回の『感情展』はかなり自主制作的な側面が強いと思います。制作において悩んだことや、抱いた感情について教えてください。

Mika Pikazo 今回は私がディレクターとして「感情」というテーマを設定したので、自分が出したお題に対して、ある種「クライアントワーク」としてイラストを描いた感覚なんです。沢山の感情が渦巻く展示にしたいからこそ「捉えきれない感情を、見ている人に複数個の感情がブレて表現されるものを描こう」と思って。その導入として、感情を決めつけない、あやふやなものを提供したかったんです。いかに「気持ちを落ち着けて描くか」を意識しました。なにかの感情に支配されないこと。描き込みの要素が多くて作業としては大変な絵ではあるのですが、そこに想いを「込めすぎない」というか。力が入っている状態なんだけれど、あえて力を抜く。軽い気持ちを維持した状態で感情を捉えるべきだ、と考えながら描いていました。

ORIHARAさんの今回の作品『鏡』についてはいかがですか?

「鏡」 / ORIHARA 

ORIHARA – 「言葉にならない感情」というお題をいただいたのですが……私、自分自身の放つ「言葉」をあまり信用していないんです。

Mika Pikazo どういうことですか?

ORIHARA – これは言葉そのものの話ではないのですが、私自身は自分の気持ちを伝える言葉を選ぶとき、自分を「高尚」に見せようとしてしまうタイプなんです。自分の内面を実物よりも少し綺麗に「ラミネート」して出そうとしてしまう。でも、散々泣いてボロボロになった後に、ようやく出てくる情けない言葉が「本音」であって、それ以外はすべて、ある種の「武装」なんです。だから今回の作品では、これまでインタビューなどで話してきたような「美しい言葉」を全部削ぎ落とした後の、一番醜くて原始的な気持ちを描きたいと思って、『鏡』という作品を描きました。

Mika Pikazo なるほど……。でも私、この絵はすごく「優しい絵」だなと感じました。自分のファッションや言葉って、いくらでも知識で武装したり、よく見せたりできるじゃないですか。でも、作っている最中にそれが全部剥がれ落ちてしまう瞬間って確かにある。 さっきORIHARAさんが言っていた「信じる力」というのは、そういう自分自身を受け入れること、ともに生きていくことなんだと、今思いました。醜さも含めて自分を認めるという『鏡』の在り方は、すごく優しさに満ちていると感じました。

ORIHARA – 嬉しいです。結局、「愛されたい」とか「目立ちたい」といった原始的な感情を出すのは恥ずかしいことだと思って生きてきたんです。そんなもの外に出したって誰も聞いてくれないし、自分はもっと複雑なところにフォーカスして絵を描くんだ、と信じて数年間やってきました。でも最近、自分が嫌悪を感じる感情や対象こそが、本当は自分が一番持っていたり、なりたかったりしたものだと気づいて。「まあいいか、愛されたいですよ私も」という気持ちになれました。それを込めて描いたので、それが優しさとして伝わったなら、私は今、自分を許せているのかもしれません。

創作は「幸福」をもたらすのか、それとも…

お2人にとって、絵を描くことは幸せですか?創作を通しての悩み、苦しみを聞くと、ある種の呪いのようにも聞こえるのですが…。

Mika Pikazo –  私の場合、制作自体にすごく時間がかかりますし、常に自問自答を繰り返してしまいます。しかも、その自問自答が悪い方向へ行くことが多い。描き切るまでずっとネガティブというか、他人から見たら「そこまで考えなくてもいいんじゃない?」というところまで沈んでいってしまう。 そう考えると、作っている最中が幸せかと言われれば、あまり幸せそうではないなと自分でも思います。ただ、「絵が一番、苦しまない」とも思うんです。

どういうことですか?

Mika Pikazo –  絵以外の現実が辛すぎる、という感覚が強いんです。楽しいとか幸せとかを感じないというわけではなく、沢山の嬉しい思い出があっても、器の底が欠けてしまっている。日々過ごす中で直面する「現実」から逃避できる場所が「絵」なんです。自分が向き合いたくないものから逃げて、自分が信じたいものに向き合わせてくれる。 「絵を描いていたから、かすり傷で済んだ」という感覚。それくらい現実には大変なことが多いと感じてしまうので、私にとって絵を描くことは「幸せ」というより、「救い」なんだと思います。

言語を超えた「コミュニケーション」としての絵

自分に他の能力があれば、「絵」以外の手段でも構わない?

Mika Pikazo –  もし楽器が扱えたら音楽でも良かったのかもしれません。でも、絵が一番、自分の理想や想像したものを理想の形で吐き出せるんです。 以前、言葉が全く喋れない状態でブラジルへ行ったことがありました。その時、メモ帳に絵を描くと、現地の人に自分の言いたいことが伝わったんです。翻訳機能も使わずに、「これが欲しい」「ここへ行きたい」という意思が、「絵」を通して伝わった。その原体験もあって、私にとって絵は言語に匹敵する、あるいはそれを超えるものなんです。

ブラジル在住時の玄関先の風景

ORIHARAさんはどのように考えますか?

ORIHARA – 絵には「人を幸せにする力」があるとは思います。ただ、私自身が絵に幸せにしてもらったことは、自認では一度もないんです。

 一度も、ですか。

ORIHARA – ファンの方やクライアント、見てくれる第三者のところに届いて、コミュニケーションが生まれたとき、初めて幸せか不幸かが決まると思っています。絵を描くことそれ自体は、私的には基本的に悩みをもたらしてばかりの「とんでもない趣味」ですから(笑)。自分のためだけに描いたこともほとんどないし、ただ「伝わってほしい」から絵を描いているんだと思います。

チーム戦への転換。Mika Pikazoが目指す「遠く」への道

ORIHARA – せっかくの機会なので、これまでの流れに関係なく聞いてみたいことがあるんです。Mika Pikazoさんは、多くのアシスタントさんと一緒にお仕事をされていますよね。ご自身の限られた時間をどう使い、どこまでを「自分の絵」として認識して割り切っているのか。制作とは全く別の脳を使う作業だと思うのですが、どのように考えていらっしゃいますか?

Mika Pikazo もちろん「ここは自分で描く」というラインはあります。最終的な仕上げには必ず自分の手を入れますが、自分一人の手では描けないくらい、もっとたくさんのものを作りたいという思いが強いので、スピードを重視して分担しています。だれかに描いてもらった部分があっても、「これは自分の絵である」と思えるのは、ロジカルというより感覚的なものかもしれません。

ORIHARA – それって、人によっては「自分で描いてないじゃん」と見えるかもしれないけれど、Mikaさんのチームプレーって、もっと「向こうに行きたい」という概念に向かっている気がするんです。

現代美術家・村上隆さんのカイカイキキに近しいものを感じますね。

ORIHARA – Mikaさんは「深さ」というより「遠く」に行きたい人なんだなと感じました。この消費の早い社会で、自分一人で描く限界を超えて、どこまで「団体戦」で遠くへ行けるか。それが現代におけるイラスト表現の可能性なのかもしれませんね。

作家としての寿命と「今」かけるべき熱量

作家として生涯あとどれほどの作品を残せるかなど、残り時間について考えたりしますか?

Mika Pikazo 凄く考えていますね。これは20歳ぐらいのときから考えてきました。今の自分と同じようにこれからもずっと描けるかを全く信じていなくて(笑)。5年後、10年後に体を壊しているかもしれないし、描く時間が取れなくなるかもしれない。実際に20代ではまったく思いつかなかったことが目の前に広がるようになりました。だからいつでも終わってしまうリスクを考えて、今のうちに出来ることはやっておきたいんです。私自身は死ぬまで苦悩しながら筆を握っている作家が大好きなので、そうでありたいと思っていますが、 「来月10枚描こう」と思っても、状況次第では3枚しか描けないかもしれない。だから、次の展示、その次の展示まで「道筋」を決めていたりします。

ORIHARA – プロデューサーみたいですね。

Mika Pikazo そうかもしれません(笑)。ORIHARAさんはどうですか?

ORIHARA:私は、もちろんずっと見てもらえる存在だとは思っていないので、残り時間というよりは「あと2、3年で突然死ぬかもしれないし…世界がどうなっているかもわからないし……」という、時限爆弾の残り時間への焦りのようなものがあります。なので、「今見せるべき最短で最高の絵を描かなきゃ」という思考はあります。「あと50枚しか描けない」としたら、その50枚をどれだけ早く、悔いの残らないアイデアで選択するか、という感じです。

その1枚に対して、出し惜しみなどはしないですか?

ORIHARA – 出し惜しみできるほど、私は絵が上手くないぞ、と思っているので(笑)。1枚1枚に詰めたいことを詰め切った上で、伝えたいことが伝わってほしいタイプです。

「感情展」を訪れる方々へ

角川武蔵野ミュージアムにて開催中の「感情展-短歌で詠み、イラストで描く-」

最後に、この「感情展」に来場される方々へメッセージをお願いします。

Mika Pikazo 今回はディレクターとしての側面もありますが、イラストと短歌を掛け合わせるなど、あえてイメージを使わない表現を多く取り入れました。参加頂いた方々、一人ひとり違う「感情」というものに真摯に向き合って作ってくださっています。展示作品を通して、自分自身の感情や、誰かを見た時の思いを照らし合わせて、「今の自分自身の答え」のようなものを探っていただけたら嬉しいです。

ORIHARA – 創作が救いになるかはわかりませんし、今見て必ずその場で何かを感じる必要もないと思います。それでも、ここで見たものが、なんとなく誰かの人生の棚に入って、いつか思い出したときに、悩みや幸福の足がかりや大義やきっかけになり得るのであれば。それがプラスでもマイナスでも、いつか人生に使える棚にしまっていただけたら、いち絵描きとしてはこれほど嬉しいことはありません。

Mika Pikazo 嬉しい。本当にそうですね。ORIHARAさんありがとうございました!

「感情展-短歌で詠み、イラストで描く-」

会期:2026年2月13日~2026年3月29日
会場:角川武蔵野ミュージアム
アドレス:埼玉県所沢市東所沢和田3丁目31−3 ところざわサクラタウン
休廊:火曜
開館時間:10:00~18:00(最終入館:17:30)
※休館日、営業時間は変更となる場合があります。最新情報は公式HPよりご確認ください。
公式サイト:https://kadcul.com/event/251

【「感情展-短歌で詠み、イラストで描く-」スペシャル対談第二弾】Mika Pikazo × ORIHARA「創作は私たちを幸せにするか」 – 前編

日本を代表するイラストレーターでありアートディレクターのMika Pikazo。彼女がクリエイティブディレクションを務める「感情展-短歌で詠み、イラストで描く-」が、角川武蔵野ミュージアムで開催されている。

「短歌×イラスト」という異色な掛け算に加え、総勢50名もの作家が一堂に介した大規模展覧会。本展に合わせたBAMによるスペシャル対談シリーズ第二弾では、イラストレーター・イメージディレクターとして活躍するORIHARAと、Mika Pikazoによる対談の前後編をお届けする。

イラストレーターと、もう一つの肩書き

「10年目もよろしくね」 / ORIHARA

まずは「肩書き」について聞かせて下さい。
お2人とも2つの肩書きをお持ちで、Mikaさんが「イラストレーター / アートディレクター」なのに対して、ORIHARAさんは「イラストレーター / イメージディレクター」として活動していますね。

ORIHARA – 私の場合、イラストレーターとイメージディレクターで脳みその使い方を分けています。イメージディレクターの仕事について敢えて言葉にするなら、「世界中の誰の為でもなく、ただ1人のたったその人のために捧げる仕事」といったイメージです。(関連記事:見えない顔、見える感性 – ORIHARAが紡ぐ人間の複雑さ 【前編】

それに対してイラストレーターとしては、そのスイッチを逆に切り替える。内側の部分よりも外装の部分に気を使いたいと言いますか、広告的な意味合いが強いものになるんです。みなさんが「ORIHARAの絵ってこういうのだよね」と言ってくださるような部分をより強調しながら、一目で「ORIHARA」とわかるように意識しながら描いています。

Mika Pikazo – 確かにORIHARAさんの絵って、「あ、ORIHARAさんのだ」ってすぐに分かる絵をしていますよね。初めてORIHARAさんの絵に触れたのがAdoさんのイラストで、作品を見ていく中で、「叫び」が聞こえてくるというか、“何か”をすごく渇望しているんだろうな、手をグッと伸ばしているんだろうなというものが感じられて。そういった部分が、多くの人に響いているんだろうなと思いました。

ORIHARA – ありがとうございます…!

一方Mikaさんもイラストレーターだけでなくアートディレクターとして活動されていますが、2つの顔を持つという点において、ORIHARAさんと通ずるものはありますか?

 Mika Pikazo – 凄くありますね。私はこれまで、「人の感情が揺り動かされ反射的に目を奪われてしまう絵はどんなモノだろうか」ということをかなり意識して描いてきました。特に20代はその傾向が強かったなと思います。ただ、そうして積み上げていくうちに、ふと「反骨精神」のようなものが以前より湧いてくることがあるんです。「絶対に輪郭を捉えさせないぞ」といった感覚。それは自分自身のためでもあり、見ている人を驚かせたいという気持ちでもあります。自分の「コントロールしたい意志」とは別に、自然と湧き上がってくる“何か”があるような感覚、というか…。

ORIHARA – 凄く分かります。こうした方がいいと頭では分かっているけれど、「それだけが私の全てではありません」という、別の部分が出てくる。

Mika Pikazo – 意外とそうした側面を楽しんでくれる方もいて、そういったところから始まるアイデアや画風もあるんだ、というのは最近になって感じています。

ORIHARA – Mika Pikazoさんのイラストといえば三原色を活かした鮮やかなイメージがありますが、時々、ライティングが強めの白みがかったイラストが出てくると、「おっ!」と思います(笑)!

Mika Pikazo – 嬉しいです(笑)。あえて色彩や得意なモチーフ・技法に制限をかけたり、普段描く表現と違うものを求められたりすると面白いですよね。逆にORIHARAさんは、いつもと違うものを描いた時に「いいね」と言われると、どう感じますか? それが自信や嬉しさに繋がることはありますか?

「オリハラブランド」という“ハンコ”からの脱却

「EYE」 / ORIHARA

ORIHARA – やっぱり嬉しいですね。ORIHARAらしい絵を描き続けていると、ときどき「他人の借り物」を描いているような感覚になることがあるんです。受け手が作ってくれた「ORIHARAブランド」というイメージ像。その期待に応え続けることが、同じ「ハンコ」を押し続けているように感じられることもあって。もちろん同じ絵を描いているわけではないのですが、「いつも同じものばかり届けていないだろうか?」と自問自答してしまいます。

Mika Pikazo – なるほど。

ORIHARA – だから、たまに違うものを描いて、それが「いいね」と言われると、素直に「バリ嬉しい!」ってなります(笑)。

Mika Pikazo – バリ嬉しい(笑)。すごく解ります。

広告的視点と「出力先」で決まる表現

展示会「ILY GIRL」東急プラザ表参道原宿エントランスデザイン / Mika Pikazo

Mika Pikazo – ORIHARAさんはどういった風に描かれているのかなと気になっていましたが、お話を伺っていると、かなり「広告的な視点」も強い方なんだなと分かりました。今の活動の規模感や見られ方に、しっかりその辺りが入っているんですね。

ORIHARA – そうですね。私は、「どこで出すか」によって、描き方をかなり変えています。大きな広告として掲載されるイラストなのか、YouTubeのサムネイルという小さな枠で目立つべきなのか。あるいは雑誌という媒体の中で目を引くべきなのか。イラストを描く時には「出力先」から逆算して考えています。 Mika Pikazoさんも様々な媒体のお仕事をされていますが、その辺りってMika Pikazoさんはどう捉えていらっしゃいますか?

Mika Pikazo – 例えば私がAdoさんの1stアルバムの駅内広告を描かせていただいた時は、誰もがAdoさんを知っているという状況の中で、どうやって足を止めさせるかを考えました。

「FLOWER CAKE」 / Mika Pikazo

広告に関しては、自分らしさよりも「インパクト」を重視します。興味を持った人や知っている人が「Mika Pikazoの絵だ」と、分かってくれる人が1割いれば十分だと思っていて。クライアントワークについては、その案件の大事な要素を自分にインストールして、その目的のために描くという感覚が強いです。

Adoさんの話が出ましたが、ORIHARAさんはAdoさんのイメージディレクターを務めていますよね?

ORIHARA – 昨年にAdoさんの世界ツアー『Ado WORLD TOUR 2025 “Hibana” Powered by Crunchyroll』が開催されていたんです。元々観に行こうと思っていたのですが、ちょうど1人で旅をしたいと考えていたタイミングと重なったこともあり、ヨーロッパを中心に色々と回ってきました。

2ヶ月でおよそ10カ国を巡る、弾丸一人旅の裏側

フランスで訪れたモン・サン・ミシェル

Mika Pikazo – 完全に一人で行かれたんですか?すごすぎる!

ORIHARA – そうなんです。日本を出てから2ヶ月間、飛行機やホテルも全部自分で手配して、いろいろな国を巡って、最後にアメリカに行って帰ってきました。世界一周とまではいきませんが、10カ国くらいは回ったと思います。

Mika Pikazo – すごい行動力! 10カ国も!

ORIHARA – イラストレーターはどこでも仕事ができるから、旅先にも道具を持っていってあちこち移動しながら仕事をしていました。

Mika Pikazo – その時はiPadで制作されていたんですか?

ORIHARA – いえ、iPadの他に液タブとパソコンを担いで行きました(笑)。

Mika Pikazo – すご…(笑)。バイタリティがある…!

「離れたら偽物になってしまう」

『Hibana』キービジュアル / ORIHARA 

Mika Pikazo – ヨーロッパを旅しながらも、その先々にAdoさんのツアーという「自分の人生と深く繋がっているもの」がちゃんと存在しているというか、未知の世界と、自分がよく知るものが連結している感じが、すごく素敵だなと思いました。

ORIHARA – 離れてしまったら、描くものが偽物になってしまうので。やっぱり「ライブ」という場所が、一番「本人」が見える瞬間だと思うんです。 ツアー中、彼女は日本にいないわけで、その離れている間に、彼女はどんどん変わっていく。それなのに、それを見ていない私が「分かっています」という顔をして描くのは、ものすごく嘘をついているような気がするんです。

Mika Pikazo – なるほど、そういう感覚なんですね。面白い。

ORIHARA – その人がその土地で何に感銘を受けたのか、何を見たのか。少しでも近いところで自分も体感したいという気持ちがあったんです。元々一番ファンでいようとしているので、一緒に行動したとかは全くないです。あくまでファンの人と同じ距離で得たものをAdoとして出すのが私のお仕事です。なので、本当にただ追っかけていただけの人なんです(笑)。ライブになると現れて、突然消える、みたいな。勝手に関係のないスコットランドにも行ったりしていましたし(笑)。

この旅で訪れたスコットランドのエディンバラ。ORIHARAさん曰く、スコットランドの薄暗い空の色が魂にしっくりきたんだとか。

Mika Pikazo – すごくいいお話ですね。以前、あるダンサーペアの方の話を聞いたことがあって。 その二人は、常にある一定の近い距離にいるからこそ出せる「シンクロ感」があるそうで、逆に少しでも離れてしまうと、その「同期」がズレてしまう。 今のORIHARAさんのお話を聞いて、まさにその「同期」を大切にされているんだなと腑に落ちました。それだけ本気でAdoさんと向き合っているんだなって。

ORIHARA – ありがたいです。そうやって何かを追求するのが、私にとっての「絵」なのかもしれません。

Mika Pikazo – 確かに、絵は自分を裏切らない……と言いたいけれど、たまに描けなくなって自分を裏切ることもある。でも、ずっとそばにいてくれたのはやっぱり「絵」なんですよね。

ORIHARA – そうですね。人間よりも信用できるのは、絵と、犬だけだと思っています(笑)。

Mika Pikazo – 犬! いいですね(笑)。

ORIHARA – 絵は私を1人にしなかったから……。その割にはリソースがかかりすぎるし、本当に手のかかる面倒な趣味だなって思いますけどね(笑)。

後編では、見てきたものが作品に与える影響に始まり、創作の背景や哲学について、第一線を走る2人ならではの対話が盛りだくさん!絵を描くことは、2人にとって「幸せ」なのか、それとも…。

お楽しみに!

「感情展-短歌で詠み、イラストで描く-」

会期:2026年2月13日~2026年3月29日
会場:角川武蔵野ミュージアム
アドレス:埼玉県所沢市東所沢和田3丁目31−3 ところざわサクラタウン
休廊:火曜
開館時間:10:00~18:00(最終入館:17:30)
※休館日、営業時間は変更となる場合があります。最新情報は公式HPよりご確認ください。
公式サイト:https://kadcul.com/event/251

【イベントレポート】“58分”の結晶。「劇場アニメ ルックバック展 ―押山清高 線の感情」レポート

作中にて藤野がサインをした京本の半纏の“背中”

藤本タツキの読み切り漫画を原作とした劇場アニメ『ルックバック』は、公開後瞬く間に話題となり、大ヒットを記録した。その熱狂は公開から1年半ほど経った今も冷めやらず、本年2026年には実写映画化が予定されている。

麻布台ヒルズギャラリーにて開催中の「劇場アニメ ルックバック展 ―押山清高 線の感情」では、膨大な量の原画が展示されている他、作中に登場したシーンの再現や、様々な仕掛けがなされている。

作品のストーリーの意味するところや細かな設定についてはあちこちで考察が為されているのでそちらに委ねて、今回は、この展示を通して見えてくる本作の「アニメーション表現」としての特異性について触れてみたい。

再評価されつつある原画の尊さ

作画トンネル

会場を入るとまず現れるのが、「作画トンネル」と呼ばれるエリア。監督を務めた押山清高氏をはじめ、参加したアニメーターによる膨大な量の原画の“一部”を体感することができる。

昨年末に開催された米山舞の個展『YONEYAMA MAI EXHIBITION “arc”』(関連記事:4次元で観る『YONEYAMA MAI EXHIBITION “arc”』)や、本展示と同時期に開催中の『攻殻機動隊展』など、いわゆるアニメーターの中間成果物を展示する試みは近年増えつつあるが、『ルックバック』において、その意味合いは若干異なる。

これにはまず、アニメーターの役割を説明する必要がある。

作画トンネルに飾られる膨大な原画の数々

原画マンと動画マン

アニメーターの仕事は、主に「原画」と「動画」と呼ばれる大きく2つの種類に分けられる。

「原画」を簡単に言うなら、アニメーションの動きの要点を描く「設計図」であり、ラフ的なイメージのもの。対して、その指示に従い「間」を埋めて滑らかな動きに仕上げるものが「動画」と呼ばれる。それぞれを担うアニメーターのことを、業界では「原画マン」「動画マン」と呼んでいる。

「動画」には「原画」を清書する意味合いも含まれる為、通常では「原画」は中間成果物としての意味合いが強かった。言い換えれば、「動画」とは、「原画」で現れるアニメーターの個性を均質に平すために排除していく工程とも言える。時折耳にする「作画崩壊」を防ぐために、作品全体を通して“線”を均一化し、クオリティの防衛ラインとして機能するのだ。

展示のタイトルにある、「線の感情」の意図するところが、この辺りの事情に関わってくる。

エンドロールに流れた謎の肩書き

劇場アニメ『ルックバック』は、ここが面白い。

いつもの癖で映画のエンドロールまで大人しく座っていると、サラッと流れた謎の肩書きが引っかかる。

これまで語ってきた「原画」でも「動画」でもない(どちらでもあるとも言える)、「原動画」という馴染みのない肩書きが採用されている。これは押山監督の考案によるものなんだそう。

「原動画」として連なった8人の名前、業界に存在していなかった肩書きのクレジットは、一体何を意味するのだろう。

作画トンネルに飾られる膨大な数の原画

線の感情

押山氏は、「原画」から剥ぎ取られてしまうアニメーター毎の「味」を、そのまま画面に反映させたかったのかもしれない。

本来「動画マン」によって濾過されるべき線の「雑味」をそのまま採用した表現は、関わった「原動画マン」の表現をダイレクトに作品に反映できる。

「原動画」を務めた8人のうちの1人、井上俊之氏は『AKIRA』や『魔女の宅急便』、『攻殻機動隊』などで原画や作画監督を担ってきた業界を代表するアニメーター。「神」とさえ言われる彼を筆頭としたトッププロたちの息吹が、作品のワンシーンに、“線の感情”として凝縮されている。

押山氏は、そうした絵を描く者としての矜持やリスペクトの現れとして、「原動画」という新たな呼称を生み出したのだろう。

およそ「1分」のスキップ

劇場アニメ版で印象的な「スキップ」のシーンを3Dゴーグルで観ることができる

さらに注目したいのが、同作の象徴的なシーンである、田圃道をスキップする藤野の描写だ。58分の作品時間に対して、およそ1分という膨大な時間を「スキップ」に当てた潔さ、末恐ろしさ…。

会場では、スキップの名シーンを3DCGゴーグルで体感できるので、是非試してみて欲しい。

58分、その裏側

最後に、時間的な描写・展示設計について触れて終わりとしたい。

映画としては短い「58分」の作品に、一体どれだけの絵が描かれてきたかは、これまでの話で想像がつくはずだ。

僕らが楽しんで鑑賞出来るのは、普段は知り得ない、そうしたアニメーターの血と汗と涙の結晶に他ならない。

劇場アニメ化・展示開催にあたっては、そうした、制作にかかる「時間」に対する描写が強調されているように思える。

劇場アニメの冒頭シーンでは、幼い藤野が夜遅くまで自室の机に向かい、絵を描くシーンが原作から追加されている。それは、朝も昼も夜も、ひたすらに筆を取り続けていることを強調したもので、エンディングでは、原作同様に漫画家になった藤野が編集部に残り、夜通し机に向かう姿で締めくくられる。

「劇場アニメ ルックバック展 ―押山清高 線の感情」においても、そうした時間を強調した展示が印象的だ。

藤野の自室を忠実に再現したエリアでは、窓の外から差し込む光が、朝・昼・晩と、刻々と変化していく。

展示会場で再現された藤野の自室
展示会場で再現された京本の自室へと続く廊下

原作からさらに強調された「時間」の描写は、わずか「58分」という上映時間に、どれだけの絵が描かれ、時間がかけられてきたか、我々の知る由もなかった作家の“跡”が込められている。「原動画」を1つの作品としてまとめ上げた気の遠くなるような制作手法は、絵を描く喜びや苦しみを描いた作品内容と共鳴することで、より一層深い意味合いを生み出している。

展示される1枚1枚が、この名作を作り上げたピースだ。

閉幕まで残り数日に迫った今、まだの人はもちろん、一度訪れた人ももう一度足を運んで、原動画に込められた「線」に宿る作家の魂の痕跡を、目で見て、体で感じて欲しい。

<「劇場アニメ ルックバック展」メインビジュアル> 
© 藤本タツキ/集英社 © 2024「ルックバック」製作委員会 ©「劇場アニメ ルックバック展」実行委員会

「劇場アニメ ルックバック展 ―押山清高 線の感情」

会場:麻布台ヒルズ ギャラリー(東京都港区虎ノ門5-8-1 麻布台ヒルズ ガーデンプラザA MB 階)
会期:2026年1月16日(金)~3月29日(日) ※会期中無休
営業時間:10:00~18:00(最終入館17:30)
※営業時間は変更になる場合があります。最新情報は公式サイトをご確認ください。
前売チケット:一般(高校生以上)2,300円、子供(4歳~中学生)1,500円(来館予定日前日まで)
当日チケット:一般(高校生以上)2,500円、子供(4歳~中学生)1,700円
公式サイト:https://www.azabudai-hills.com/azabudaihillsgallery/sp/lookback-ex/

【「感情展-短歌で詠み、イラストで描く-」スペシャル対談第一弾】Mika Pikazo × 青松輝が語る、創作と感情の距離 – 後編

日本を代表するイラストレーターでありアートディレクターのMika Pikazo。彼女がクリエイティブディレクションを務める「感情展-短歌で詠み、イラストで描く-」が、角川武蔵野ミュージアムで開催されている。

「短歌×イラスト」という異色な掛け算に加え、総勢50名もの作家が一堂に介した大規模展覧会。既に会場に行った人はもちろん、これからの人も、足踏みしている人も、これを読めば、きっともっと、展示が楽しくなるはず。

前編に引き続き、今話題のYouTuberベテランちとしての顔を持ちながら、現代短歌の旗手として活躍する歌人・青松輝×Mika Pikazoによる対談の後編を、展示会場の様子と共にお届け。

Mika Pikazo / 「愛、恐れ」

「もめている状態」こそが、最も信頼できる

青松輝

青松 – 僕は「良い感情」も薄いタイプなので、それを表現して誰かと繋がってしまうことに、ある種の怖さを感じることがあります。自分の「楽しい」という純度を正しく共有できる自信がない。だからこそ、マイナスなことや暗いことを書く方がしっくりくるんです。

Mika – それは、純度が下がってしまうのが嫌だからですか?

青松 – うーん、「魂が通じ合う」みたいなことは、後から嘘になる可能性があるじゃないですか。それは愛なのか、友情なのかわかりませんが…。でも、「分かり合えていない」、「もめている」という状態は、絶対に動かない事実ですよね。殴り合いをしていれば、それはもうマイナスで確定というか。そっちの方が、僕にとっては嘘がない、誠実なものに感じられるんです。

Mika – 面白い……! つまり、「喧嘩している」という揺るぎない前提があるからこそ、逆に安心して対話ができる、みたいな。

青松 – そうです。憎しみや嫌悪って、自分に嘘をついてまで抱く必要がないものなので。自分にとっても他人にとっても、一番信じられる状態なんじゃないかと思っています。

それは、誰かと信頼し合った後に「裏切られる」のが怖い、という意味も含まれますか?

青松 – 裏切られるのが怖いというより、「裏切ったと思わせる」のが怖いのかもしれません。一種の期待値コントロールですね。最初から嫌なことを書くことで、自分を「加害者」のポジションに置いておく。

加害者になることで、自分を守っている?

青松 – 「僕はこういう嫌な面がある人間ですよ」と先に納得させておくことで、後から「実はヤバい奴だった」と思われるリスクを減らしたいというか。だから、しんどい思いをしながらも明るい作品を描き続けているMikaさんは、本当に偉いなと尊敬します。

Mika – 私は逆に、青松さんのように敢えて「嫌なこと」を言える人はすごいなと思います。私はどこかで「良い人」ぶりたいわけではないけれど、嫌味を言うのが怖くて。

青松 – 毒にまみれるのが怖い、ということですか。

Mika – そうなんです。言い返したいことがあっても、それを言葉にすることで自分自身が毒に侵されていくような気がして。だからこそ、SNSなどで言い返せなかった悔しさを吐露している人を見ると、「意図的に毒を扱える人」への憧れのようなものを感じますね。

作品の落̇と̇し̇所̇

CHAPTER 4「複雑な感情」の様子

Mika – 私は結構完璧主義なところがあって、完成までの30〜70%の状態でずっと悩んでしまうんです。色々な感情が渦巻きながらも、最後は結局勢いで突っ切っていくことになるんですけど、青松さんは短歌を詠む時はどこまで突き詰めますか?

青松 – 完璧主義の中でも、減点方式に近いかもしれないです。ただ、それだときりがないことももちろんあります。そういう時はあとで見返して、「ぬるさ」があるかを考えます。自分の中で「ぬるい」と思ったら、その部分を変えていく。それを繰り返して、ギリギリ許せるな、というところでリリースしています。作品自体がぬるいかどうかだけではなくて、自分がその作品を書いて発表した、そのこと自体がぬるいかどうかという感覚もあります。

Mika – わかります。それを出しちゃっていいのか、みたいな。

青松 – 逆に言うと、アウトプットしたものが客観的に見てぬるかったとしても、自分の中で冒険している部分とか、新たに発見した部分があれば、それは許せるんです。

Mika – 甘えと言うか、手癖と言うか…。それを出してしまうと、むしろ自分にダメージが返ってくるような感じがしますよね。自分自身を責めてしまう。

青松 – 短歌を書いてない人からすると一見凄く思えるようなテクニックというか、キャッチーでわかりやすいものを出したとしても、自分の中では他のやり方が出来るから、やる意味がないから辞める、みたいなこともあります。

Mika – 凄くわかります…!私もそうなった時は辞めますね。「同じじゃん、これ」みたいな。

ひとつの歌が示す分岐点

CHAPTER 2「時代を越える感情」の様子

今日(けふ)もまたぴあのの下にうづくまり人を憎めり汗かきながら

現代語訳
今日もまたピアノの下にうずくまるようにして、身体一杯、心一杯に人を憎む。汗をかきながら。

今回の展示区画のひとつである「時代を越える感情」では、近代短歌に対して現代の歌人が返歌する試みがあります。青松さんは上の岡本かの子さんの歌への返歌として、次のように詠んでいます。

ピアノから音が鳴るのはそのピアノがきみを拒んでいるから さっど

この2つの歌を見た時、Mikaさんはどのように感じましたか?

Mika – 岡本かの子さんのこの歌を見た時に、 私は、ピアノと自分が「一心同体」のようなイメージを持ちました。何か嫌なことがあって、自分の一部なのか、唯一の拠り所なのか、ピアノの下に潜り込む様子。ピアノが心の安定剤であり、救いであるようなイメージです。だから、青松さんが「ピアノが拒んでいる」という“拒絶”のニュアンスで解釈されたのが衝撃でした。

青松 – 僕はむしろ、「ピアノ大好きっ子」のようなイメージは全然していなかったです。以前ピアノをゴキブリに例えたことがあって。グランドピアノの蓋を開けた時の姿や、内側の構造、黒光りした直線的な感じが、ゴキブリの持つ無機質さや羽を開いた時の内側が見える生々しさに似ている気がするんです。嫌いなものの隣って、あんまり落ち着かないですよね(笑)。それが拒絶のニュアンスに繋がったんだと思います。

Mika – 一つの歌でも、これほど解釈が変わってくるのは本当に面白いですね。青松さんは、人生の経歴だけでなく考え方の根本が私と違っていて、まったく想像してない答えが返ってくる。

青松 – 本当にそうですね。

「感情展-短歌で詠み、イラストで描く-」が、角川武蔵野ミュージアムで絶賛開催中

「感情」という同じテーマを扱いながら、自らを作品に没入させるMika Pikazoと、精巧な装置として「感情」を設計したり発見していく青松輝。手法や言葉は違えど、二人の言葉の端々からは「表現」に対する誠実さと、底知れぬ熱量が伝わってくる。短歌とイラスト。一見なんの関わりもない2つの表現領域・様々な作家の「感情」が交差する「感情展-短歌で詠み、イラストで描く-」は、3月29日まで。

ぜひ会場に足を運んで、揺れる自分の“感情”を見つけにいこう。

「感情展-短歌で詠み、イラストで描く-」

会期:2026年2月13日~2026年3月29日
会場:角川武蔵野ミュージアム
アドレス:埼玉県所沢市東所沢和田3丁目31−3 ところざわサクラタウン
休廊:火曜
開館時間:10:00~18:00(最終入館:17:30)
※休館日、営業時間は変更となる場合があります。最新情報は公式HPよりご確認ください。
公式サイト:https://kadcul.com/event/251

【「感情展-短歌で詠み、イラストで描く-」スペシャル対談第一弾】Mika Pikazo × 青松輝が語る、創作と感情の距離 – 前編

日本を代表するイラストレーターでありアートディレクターのMika Pikazo。彼女がクリエイティブディレクションを務める「感情展-短歌で詠み、イラストで描く-」が、角川武蔵野ミュージアムで開催されている。

「短歌×イラスト」という異色な掛け算に加え、総勢50名もの作家が一堂に介した大規模展覧会。既に会場に行った人はもちろん、これからの人も、足踏みしている人も、これを読めば、きっともっと、展示が楽しくなるはず。

本展示に合わせたBAMによるスペシャル対談シリーズ第一弾では、今話題のYouTuberベテランちとしての顔を持ちながら、現代短歌の旗手として活躍する歌人・青松輝×Mika Pikazoによる、ジャンルを飛び越えた対談を前後編に渡ってお届け。

角川武蔵野ミュージアムで開催中の「感情展-短歌で詠み、イラストで描く-」

「この人と私、全然違う人生を歩んでるな」

まずは、お互いの印象について聞かせてください。

Mika Pikazo(以下:Mika) – 青松さんのことはYouTuberのベテランちさんとして元々知っていたのですが、短歌を初めて拝見した時は、そのギャップに凄く驚きました。
私は高校卒業後すぐにブラジルに渡って2年半ほど過ごしていたので、灘中高、そして今も東大の医学部に在籍されている青松さんは、私とは全く違う人生を歩んでいる方なんだろうなと、ある種の恐れ多さと同時に、すごく気になる方でした。

ベテランち名義でのYouTube活動

青松 – 僕は今回の展示でMikaさんのイラストを見た時に、特徴的な色が印象に残りました。31音で表現する短歌と比べて圧倒的に情報量が多いのに、パキッとしていて、キャッチーで。絵のことは詳しくないですが、不思議な魅力がありますよね。

Mika – 嬉しいです!

青松 – サービス精神旺盛な人なんだろうなというイメージが浮かびました。見ていて楽しくなるような。

Mika Pikazo /「感情展-短歌で詠み、イラストで描く-」メインビジュアル

Mika – 青松さんの短歌は、YouTuberとしての姿とはずいぶん空気感が違いますよね。かなりエッジが効いているというか、現代短歌の中でも、一人だけスタイルが別次元にいるというか。

青松 – YouTubeはその時の瞬発力だったり、自由に喋っているだけです(笑)。説明は難しいですが、街の色々なところに公園を作っていく、マクドナルドを出店していくような感覚です。それに比べて短歌は31音しかない中で、一音一音考えていかないといけない。

Mika – 初めて聞きました(笑)。マクドナルドを出店していく…。

青松 – 自分の中のイメージではそんな感じです(笑)。あとは、街のあちこちに何か置いていくような、志のないバンクシーとか。

短歌での活動を敢えて言葉にするならどういったイメージですか?

青松 – 短歌では、水をろ過していってるような感覚です。水をろ過して飲むイメージ。
よく2つのキャラクターの違いに驚かれますが、自分の中ではどっちが本当でどっちが嘘とかはないんです。表裏一体でありながら、自分の中にある特定の側面をデフォルメしてキャラクター化しているような感覚です。

SNS時代にどう向き合うか

YouTubeの話が出ましたが、創作物を世に出す前にSNSで感情を吐露してしまうと、創作へのエネルギーがそこで完結してしまう(一段落ついてしまう)こともあるかと思います。
お二人はSNSと創作のバランスをどのように考えていますか?

Mika –  以前までは、「完成した絵と、展示の情報だけを正確に出そう」という気持ちが強くなっていました。本当は自分の中にある感情や想いが溢れ出して、それを膨大な文字数で伝えたかったのですが、クリエイターとして、「絵だけを見せたほうがいいのではないか」と自制していたんです。でも、そうやって自分を律していくうちに、どんどんネット上で「静かな人」になってしまって……。最近は逆に、「もっとちゃんとネットの中に存在して、自分が感じていることを素直に喋ったほうがいいんじゃないか」という気持ちに変化してきています。ファンの方とのダイレクトなやり取りや、リアルな反応が見えるSNSの良さを、もう一度ポジティブに捉え直しているところです。
青松さんは、ちょうどXでも話題になってましたね…!?


(取材日のちょうど数日前、ベテランちとコムドット・やまとによる「YouTuberは職業か否か」を巡ったX上のリプライ合戦の火蓋が切られた)

青松 – 僕の場合、SNS上での立ち振る舞いすべてにおいて、「本当の自分を吐露している」という感覚は全くないんですよね。

それは、いわゆる「プロレス」のような、見せ方としてのエンターテインメントに近いのでしょうか?

青松 – そうですね。今回の件に限らず、僕にとってSNS上の自分は、「精巧なフィギュア」や「アバター」を作っているイメージに近いんです。なので、プライベートアカウントも持っていませんし、一般的な意味での「SNSで日常や本音を呟く」という使い方は、あえてしていないのかもしれません。

お話を聞いていると、すごく「メタ認知」的ですよね。自分という存在を客観的に見て、二つのキャラクターを戦略的に動かしているというか。

青松 – あえてそうしたというよりは、自然とそうなっていったという方が近いと思います。自分という人間のある側面を適当に配置していくことで、創作と発信のバランスを保っているんだと思います。

作品を世に出すことへの意識

Mika Pikazo / 『VISIONS』

お二人は作品を作る際、より多くの人に届けたいという「マス」への意識と、特定の人に刺さればいいという意識、どちらが強いのでしょうか?

青松 – 本音を言えば大勢に見てほしいですよ。でも、どこかに執着心というか、自分の性格の悪さみたいなものが出てしまう(笑)。短歌もYouTubeも、結局本当の「マス」にはなりきれていない自覚があります。ただ、その「性格が悪いなりの限界」までは行きたいなと思っていますね。

Mika – 私も多くの人に見てほしい気持ちは強いです。ただ、最近はその感覚が少し変わってきました。これまでは受け手を意識して自分を抑えていた部分があったのですが、今はもっと、自分自身のやりたいことに忠実でありたい。そこを解放した先に何があるのか、今は悩みながら模索している最中です。

青松 – イラストって爆発力がすごいじゃないですか。大勢に向けて描く時、何か「守るべきライン」はあるんですか?例えば、減点方式で絵を完成させるのか、加点方式で制作するのか。

Mika – 絵に対しては加点方式で描いていて、自分に対しては減点方式ですね。今のMika Pikazoとしての自分ではなく、学生時代や子供の頃の自分を思い出して、「あの頃の自分に届けたい」という想いで描いています。だから、完成した絵が自信満々に見えたり、楽しそうに見えたりするのは、当時の自分が「そうありたかった姿」を投影しているからなのかも知れません。

そもそも、何故つくるのか

青松輝による第一歌集『4』 / ナナロク社

創作の動機について、自分の中から湧き出るものを出したいのか、それとも世の中への「義憤」のような外的な要因なのか。どちらに近いですか?

Mika – 私は義憤ばかりかもしれません。普段、人と接している時に正直な気持ちを言えなかったり、うまく言葉に出来なかったり……ああ、あのときああ言えばよかったなっていうのをずっと心の奥底にためています。そういう時に溜まった攻撃的な部分や、自分の器の狭さみたいなものを全部、絵や展示会にぶつけて爆発させている感覚です。

青松 – それ、面白いですね。でも、上手い絵を描くと最終的に「綺麗」にまとまってしまうじゃないですか。本当は怒りがこもっているのに、見る人に「ただ綺麗だね」で終わらされてしまうことへの違和感はないですか?

Mika – 自分が込めた「怒り」が、「楽しさ」と捉えられたり。ある意味で隠してしまう自分の性格らしさなのかもしれないですね。ただ、それは受け手に委ねる部分でもあると思います。青松さんはその辺りどうですか?

青松 – 僕はもっと「興味本位」というか、無責任というか…。よく「車を作っている」と表現するんですけど、最終的に自分や読者の感情を乗せるにせよ、まずは「速いラジコン」を作りたい。だから、多少理解されなくても「まあ、ラジコンなんでいいでしょ」と距離を置けるんです。

Mika – その例えで言うなら、私は「車を自分で運転している」感覚です。運転席に座っているから、事故のリスクも怖いし、速度を出せているかどうかも全部自分自身に返ってくる。でも自分自身が気持ちよくなるように速く走りたい。

青松 – その「自分で運転している」からこそ、Mikaさんの絵は人の感情を動かすんでしょうね。僕は感情ってどこか「臭み」があるものだと思っていて。だから作品ごとに、「感情」を包むアクリル板の厚さをどれくらいにするか、あるいはビニール袋くらい薄くするか、という「ケースの厚み」を設計する作業をしているイメージなんです。

「感情に飲まれる」か「感情を掘り当てる」か

Mika Pikazo / 「愛、恐れ」

Mikaさんは感情に飲まれて逃げ出したくなることはありますか? 逆に青松さんは、感情が盛り上がってコントロールできなくなることは?

Mika – この2、3年は本当に必死でした。自分の感情を全部日記に書いて、そこからテーマを絞り出していたので……。今は逆に、「これでええか」って力を抜いた、逃げ出すような絵を描いてみたいと思っています。変に硬く向き合いすぎるから、逃避こそが今の自分の在り方へのカウンターになっている。

青松 – 僕は逆に、作っている最中に「あ、こんな感情があったんだ!」と掘り当てる感覚ですね。完全にロジックだけで作っていても面白くないので、予期せぬ感情が出てくると「やった!」と思います。基本的に感情が動きづらいタイプなんです。悩んだり病んだりはしないので、感情に飲まれたり、感情的になることもほとんどない。むしろ、短歌を通してそういった感情を見つけているのかもしれないです。

Mika – えー! それは面白いですね。そんなふうに考えたことない!

青松 – 自分の過去の経験を元に歌を作るわけですが、うまくできた時に初めて「あ、自分も感情が動かされているな」と感じる。でも同時に、「この元になった感情って、本当に僕の中にあったのかな?」と疑問に思うこともあるんです。短歌を作ったことで、後から「こういう感情があったはずだ」と思い込んでいるんじゃないか、という。

Mika – 感情を込めるというよりは、創作を通して感情に気が付くみたいな?

青松 – そう、それが楽しくてやっている面もあります。家庭用ロボットの「LOVOT(らぼっと)」が動いているのを見て、「あ、動いた動いた!」と喜ぶような感覚に近い(笑)。僕にとって短歌は、感情を育てている対象のようなものなんです。

Mika Pikazo / 「愛、恐れ」

プロセスが真逆ですね。Mikaさんは感情が先にあって絵にぶつける。青松さんは短歌を作った後に自分の感情に気づく。それでは青松さんの創作の「最初の動機」はどこにあるんですか?

青松 – 結局、「言語を触っているのが楽しい」という子供っぽいニュアンスだと思います。レゴを組み立てる延長線上で、かっこいい作品を作りたい。

Mika – 俯瞰して「作っている」感覚なんですね。私はイラストを描く時、自分自身が絵の中に入り込んでいる「一人称視点」なんです。

青松 – 絵の中にいて、そこで暴れているような感じ(笑)。

Mika – そうそう。キャラクターデザインの時は客観的になれるんですけど、一枚のイラストを描く時は、もう中から出られなくなってしまう。

青松 – それだけ真面目にやられているというか、やっぱり最初のイメージ通り、サービス精神が旺盛なんですね。

Mika – そうかも知れません(笑)。

後編では、お2人がどこを作品の完成とするか、その「落とし所」についてや、本展示で扱われた岡本かの子のとある歌について、2人の分かれた解釈を元に、それぞれの創作の哲学に踏み込みます。お楽しみに…!

「感情展-短歌で詠み、イラストで描く-」

会期:2026年2月13日~2026年3月29日
会場:角川武蔵野ミュージアム
アドレス:埼玉県所沢市東所沢和田3丁目31−3 ところざわサクラタウン
休廊:火曜
開館時間:10:00~18:00(最終入館:17:30)
※休館日、営業時間は変更となる場合があります。最新情報は公式HPよりご確認ください。
公式サイト:https://kadcul.com/event/251

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