「BENTEN 2 Art Night Kabukicho」現地速報レポート

2025年11月1日からの3日間で開催中の「BENTEN 2 Art Night Kabukicho」。
Chim↑Pom from Smappa!Groupらがキュレーションを務めたオールナイトでのアートイベントは、東洋一の歓楽街と呼ばれる「歌舞伎町」を舞台に、街のあちらこちらに散らばった会場で、同時多発的に“何か”が起きている。

さて、歌舞伎町で一体何が起きているのか。

閉幕まで残り2日の今、初日の現場レポートを速報でお届けします。

「うしろさん、今2階にいます!」

15時ちょうどに現場入りをする。スタッフの方とは開催直前のインタビューに際して既にやり取りをしていたので、挨拶もそこそこに「王城ビル」の奥へと入った。今日はやることがたくさんある。新米ライターとして、できるだけたくさんの素材を集めようと躍起になっていた。

「王城ビル」のB1Fから5Fまでひとまず目を通そうとしていた矢先、スタッフの方から連絡があった。「うしろさん、今2階にいます!」

Chim↑Pom from Smappa!Group 卯城竜太

来場者に向けて一言だけ頂けませんか?

卯城 – 必ずどこかしらで何かが行われているので、タイムテーブルをよく見てもらって、色々楽しんで頂けたらと思います。
僕は今日、2階で「状況」劇場を担当していて、16時頃からは演劇があったり、歌ったり、それからパフォーマーたちがいろんなことをやり始めます。パフォーマティブな空間になっているので、是非見に来てください。

「活弁」は、最新技術をも凌駕する

次に向かったのは5Fの「活弁天映画祭」。
はっきり言って、初めて触れる「活弁」は衝撃だった。

日本の映画の歴史を辿ると、1896年に国内で初めての映画が公開されたそう。映画と言っても当時は「無声映画」で、その内容を解説する専任の解説者として、「活動弁士」が存在していた。

1998年に活弁界初の文部大臣賞を受賞した麻生八咫(あそうやた)さん演じる「浮世絵活弁」、「血煙荒神山」では、抑揚の効いた声に圧倒されたのはもちろんのこと、その間̇は全く初めてのものだった。時折生まれる完全な静寂は会場に緊張をもたらし、観る者を強烈に惹きつける。そして麻生さんの大きな身振り手振りが、臨場感を加速させていく。

3D、4DX、IMAX…と、新時代のテクノロジーがリアルな映像体験を追求する中、同じ場所、同じ空間での“生演奏”にもはや敵うはずがないのかもしれない。

麻生八咫 / 活弁士・池俊行の活弁「坂本龍馬」との感動の出会いにより活弁士の道へ。

「BENTEN」に参加した率直な感想を聞かせてください。

麻生八咫 – 素晴らしい会場(王城ビル)で感動してますよ。本当に40年、50年前、僕らが新宿で遊んでいたときの、そのまんまが今、よみがえってくる。残っているのが奇跡的。本当になかなかあるものじゃないんですよ。僕たちの世代を20代、30代の頃に若返らせてくれる、そういう現場でした。

無声映画への解説としての「活弁」だと思いますが、時折BGMで音楽、それもロックを差し込んでいたのが驚きでした。

麻生八咫 – 他の活弁士の方に聞かせると怒られちゃうかも。そんなのあるわけねえだろうみたいな。でも、昔じゃなくて、お客さんは今だから。今の人たちにサイレント映画というものを「血湧き肉躍る」みたいな形で提供するには、それもありだろうと。芸能が生き延びていくには、色々な時代を経て、それを乗り越えていかなければいけないから。今のお客さんにいかに喜んでいただけるかという勝負のしかたをしましょう、ということでございます。

観に来ていた若い世代に何か一言頂けませんか?

麻生八咫 – やっぱり生身で、本物をいつも皆さんに提供していきたい。僕もそういうふうに生きてきたし、これからもそう。自然というかね、もっとワイルドに生きていってもいいんじゃないかな。新宿のこういう場所はそれを受け入れてくれる。妙に遠慮して、ある程度の年齢になったら、隅っこでおとなしくしていなければいけないんじゃないかみたいな、そういう忖度は一切せずに、生の人間で僕たちは生きていっていいんだということです。

チャンバラ映画の「活弁」を、英語に乗せて

麻生子八咫 / 麻生八咫の実子であり、同じく活弁士として活躍

そして同日18時30分からは、「活弁」が英語で実演された。演じたのは麻生子八咫さんで、麻生八咫さんの実の娘にあたる。「活弁士」としてのデビューは10歳という彼女に、英語での実演での難しさを伺った。

麻生子八咫 – 特に日本のチャンバラ映画で、日本特有の活弁調、活弁のイントネーションを英語に持っていくっていう、これをしないとあまり意味がないかなと思っていて、それが一番苦労しているところですね。
あとは逆に、『チャップリンの冒険』とか、そういう海外の映画に関しては、俳優さんたちはみんなネイティブな英語を喋っていらっしゃる方々なので、演じている彼らのテンションが、日本語よりも英語のままの方が私にとっても伝わりやすい、共感しやすいんです。そういう面では非常に面白いところです。

スペインからの来訪者

そしてこの公演中、たまたま私の真隣にいた「彼」の話を聞くことが出来た。英語の全く話せない私の差し出すAIの翻訳をじっくり読んで答えてくれた「彼」に、この場を借りて御礼申し上げます。

スペイン出身だという「彼」。翻訳に必死で、あろうことか名前を聞きそびれてしまった…。またどこかで出会えることを願って。

これまでに「活弁」を観たことはありますか?

-こんな経験は今まで一度もありません。声優さんはとても上手だと感じました。彼女は自分の中にある様々な声を使い分けられていて、おばあさんの声も男性の声も出せるんです。彼女が映画に多大な付加価値をもたらしているので、とても興味深かったと思います。それだけでなく、映画に豊かな表現力も与えています。3Dのようにスクリーンで映像を観るだけでなく、語られている内容に感情を動かされる人の姿も見て取れるのです。

それに、これは少し物語風というか、誰かが本を声に出して読んでいるような感じがします。だから私は本当に気に入って、とても興味深いと思いました。

「BENTEN 2 Art Night Kabukicho」を訪れたきっかけを教えてください。

– 今夜ここにいる何人かのアーティストのInstagramをフォローしていて、彼らはとても興味深いと思いました。それでInstagramの投稿を見て、参加しようと決めました。

実際参加してみていかがでしたか?

本当に素晴らしいと思います。これまでの人生で参加した中でもトップクラスのアートイベントです。新宿のあちこちで企画されているという点がとても興味深いですし、新宿や歌舞伎町の歴史にも触れられていて面白いです。さまざまな部屋があり、とても魅力的でした。

いろいろな建物があって、それらは本当に素晴らしいです。私はとても気に入りました。とても良かったです。

日本の芸術の印象を教えてください。

– わあ、難しい質問ですね。私は日本の芸術がとても好きで、独特の違いがあると思います。西洋の芸術とはかなり違うと思います。なんというか、どう説明していいのかわかりません。ただ、日本の芸術にはとても特別なものがあります。どう説明していいかわからないのですが、とても繊細で、微妙なニュアンスを感じます。細部にまで注意が行き届いていて、とても丁寧に作られている印象です。私が思うに、やはり「繊細」という言葉が一番ぴったりくると思います。でも時には、とても野性的でありながら、同時にその野性を受け入れているので、少し刺激的でもあるんです。子供の頃から日本の美術に夢中で、本当に心から感謝しています。

Thank you very much!!! Have a nice day! 

彼とは、「王城ビル」の入り口でハンドシェイクして別れた。

唐組「紅テント」スタイルはそのままに、自由な出入りの新鮮さ

「恋と蒲団」

時間軸を元に戻そう。

この麻生八咫さん演じる「活弁天映画祭」を観た後すぐに、はじめに卯城さんを見つけた2Fに足を運んだ。始まって10分ほど経過してはいたものの、生きられた新宿「状況」劇場唐組を鑑賞する。
初回の「恋と蒲団」では演劇的な実演が、続く「唄い読む唐十郎の言葉」では、ギターとチェロの音色と、今は亡き唐十郎の美しい言葉が見事に合わさった。

「唄い読む唐十郎の言葉」

唐組の公演の大きな特徴の一つが、その鑑賞スタイルだ。紅テントと呼ばれるテント劇場の中で、観客は、さながらピクニックや花見のように、所狭しと詰め合って座る。座席の区切りはない。今回の「BENTEN 2 Art Night Kabukicho」ではテントの設置こそないが、敷物に直に座って鑑賞するスタイルが取られた。

「恋と蒲団」と「唄い読む唐十郎の言葉」の両方に出演した役者の福本雄樹さんは、「いつもの座席の感じもありながら、来られた方が自由に出入りする様子が新鮮でした」と語る。

同じく「唄い読む唐十郎の言葉」にて、チェロ奏者として福本さんと共演した佐藤舞希子さんの2人と「王城ビル」入り口付近で遭遇し、話を伺う事が出来た。

福本雄樹 / 俳優。劇団唐組で活躍中。

福本 – 唐組の公演の時とはお客さんの層も違って、それでいていつもの感じの御座に座っているのがまたちょっと不思議でした。公演が始まって、だんだん人が増えたり減ったりするのが見える点も新鮮でしたね。

初めて観る方に対して、どんなところに注目して貰いたいですか?

福本 – 唐十郎さんの書いている言葉の美しさだったり、少しでも「残る」ような、なんかいいな、と思うような言葉を見つけて貰えると嬉しく思います。ひと言ひと言の台詞の妙だったりとか、言葉がすごく詩的になっていたり、リズム感が五、七五になっていたり。ストーリーが分からなくても、そうした少しの言葉の部分だけでも「なんかいいな」って感じて頂けたら嬉しいです!

佐藤舞希子 / チェリストとしてのソロライブだけでなく、箏や三味線との和洋折衷ユニット、インストゥルメンタルバンドの編成など、型にはまらない新たなジャンルを開拓している。

チェロと朗読という新たな試みでしたが、演奏されていかがでしたか?

普段から楽器を演奏するにしても、自分の声のようにセリフに乗せて奏でているの感覚なんです。今回の場合も、相手がどう来るのかとか、次のセリフの言葉に寄り添いながら、チェロの音とかリズムを変えたり、音程を変えていったりしました。

セッションに近いイメージですね?

そうですね。今後も、その時にしかないライブ感、その時にしかない音というものを、びしびしと、おもしろい方とやっていきたいと思っています。

続編では、Chim↑Pom from Smappa!Groupのエリイさん、ぼく脳さんらが登場予定です。
続く→

BENTEN 2 Art Night Kabukicho

2025年11月1日〜11月3日に開催される回遊型アートイベント「BENTEN 2 Art Night Kabukicho」。「都市の再野生化」をテーマに掲げ、昨年の「BENTEN 2024」に続き、Chim↑Pom from Smappa!Groupらがキュレーションを務める。
新宿歌舞伎町能舞台、王城ビル、デカメロン、WHITEHOUSE、東京砂漠などを回遊しながら、文化としての「歌舞伎町」を味わうことが出来る。光と影の交錯するカオティックな都市のリアルを、ぜひ現場でご覧ください。

日時:2025年11月1日(土)15:00-5:00/11月2日(日)15:00-5:00/11月3日(月・祝)15:00-23:00

※会場によって開場時間が異なります。公式WEBサイトやSNS等によりご確認ください。

前売りチケット発売中

https://artsticker.app/events/94416 ※10/31 23:59まで

当日券

一般(1DAYチケット)¥3,500 / 前売り券¥3,000

一般(フリーパス)*3日間入場可 ¥7,000 / 前売り券¥6,000 

18歳未満*¥2,500

中学生以下無料

※24:00以降は 2,000円(1ドリンク付き)で入場可能。

※一部プログラムは別途料金の支払いが必要です。

HP : https://www.benten-kabukicho.com/

Instagram : https://www.instagram.com/benten2025_kabukicho

【インタビュー】東洋一の歓楽街を回遊する。「BENTEN 2 Art Night Kabukicho」の舞台裏 – 手塚マキ編

「歌舞伎町」の光と影を、街の文化を通して再発見するアートイベント「BENTEN 2 Art Night Kabukicho」が開催される。キュレーターを務めたChim↑Pom from Smappa!Groupにとって、改名前のChim↑Pomから現在に至るまで(改名に至る詳細は美術手帖掲載のインタビュー記事「Chim↑Pom from Smappa!Groupはなぜ改名を選んだのか? 「変異」することの重要性」に詳しい)、手塚マキ氏は「歌舞伎町」と彼らを繋ぐ重要な役割を担ってきた。そしてこの手塚マキ、彼らだけでなく「歌舞伎町」と“外界”を繋ぐハブ的な役割でもある。

1997年にホストとして足を踏み入れ、現在は数多くのホストクラブや飲食店、美容サロンを展開する経営者である手塚は、歌舞伎町商店街振興組合常任理事やボランティア団体「夜鳥の界」を立ち上げるなど、歌舞伎町のイメージアップや文化的側面に貢献してきた。(彼と歌舞伎町の激動の物語は、彼の著書『新宿・歌舞伎町 人はなぜ〈夜の街〉を求めるのか』に詳しいので是非読んでみてほしい。)

そんな彼の見つめるこれからの歌舞伎町は、一体どのようなものなのか。「BENTEN 2 Art Night Kabukicho」を通して目指す未来と、揺るぎない「歌舞伎町」への愛を紐解いていく。

「また明日も観てくれるかな? So see you again tomorrow, too?」2016年 / 青写真を描くversion 2
サイアノタイプ、部屋、インスタレーション
撮影:森田兼次
Courtesy of the artist, ANOMALY and MUJIN-TO Production

歌舞伎町の“深部”を、現代アートに乗せて

卯城さんからはアート的な視点でのお話でしたが、手塚さんは行政との連携を含め、歌舞伎町で様々な活動をされてきました。今回の「BENTEN 2 Art Night Kabukicho」への想いを聞かせてください。

手塚 – 元々、戦後にこの街を文化で復興させようという流れがあったんです。その中で現代アートというものは、社会現象をしっかり捉えて表現できる。今回の場合は「都市の再野生化」というテーマですが、表層的な部分だけを見せるのではない現代アートは、変動が著しい歌舞伎町にぴったりだと思います。

手塚さん自身、今回のイベントにおいて、歌舞伎町で働く人たち、もしくは歌舞伎町の外の人たち、どちらにより重点を置いていますか?

手塚 – 中の人たちをもっと楽しくしたいという思いが強いです。それは実際に今歌舞伎町にいる人たちだけではなくて、これから働きに来る人たちに対しても。一般的な今の歌舞伎町の印象とは違う、文化的な側面を見て来てくれる人たちや、このイベントを一緒に作りたいという人たちも含めて。実際、「BENTEN」はリクルート的な側面もあると思っていて、昨年のイベントに来てくれた人がそのまま働いて頂いているケースもあるんです。

「BENTEN 2024」©上原俊
王城ビルで開催される表現・物販・飲食が交錯するカオスな横丁「アー横」

「中の人」の意識を変え、通り過ぎない街へ

手塚 – SNSを生活の中心にしている人は多く、そこは紋切り型のわかりやすい偏った表現で溢れています。歌舞伎町の刹那さは、そういうマインドが顕著に現れやすい。そして表層的なわかりやすいものが注目されやすい。だからこそ集まる人たち、働いている人たちの自我だったり、現場の実際の感覚が希薄化していく。そうした大方の印象と、リアルな内情との齟齬を少しずつ調整させていければいいな、という思いがあります。
でないと、自分たちがこの街に対する地元意識というか、「俺たちがここで何かを生み出しているんだ」「ここが俺の地元なんだ」と思えなくなってしまう。通り過ぎるだけの街になってしまう。それもそれで魅力的な部分はあるんだけれども、僕らは「居続けている人間」。そのことに対する意味付けができるようにしていきたい。どのように街の中の人たちを巻き込んでいくかを常に考えています。「BENTEN 2 Art Night Kabukicho」は長い目で見ていて、徐々にそうした流れを生み出していきたい。

「BENTEN 2024」©上原俊

歌舞伎町の歴史の中で、同じように街を変えようと試みた鈴木喜兵衛さん(※戦後の歌舞伎町復興に尽力した人物)も、最初は周囲から理解されなかったり、失敗もあったそうですね。

手塚 – そうですね。鈴木喜兵衛の後を継いで街に文化を落とし込んでいったのは、商売で財を成した台湾人の方々が中心だったりするんですよね。綺麗事だけではなく資金的な部分と、追い求めている理想の部分、どちらが欠けてもダメなんです。そのバランスを僕が持たなきゃいけないものだと思っています。今回のイベントでは、我々Smappa!Groupが借りているテナントが半分以上の会場という点は非常に不甲斐ない。今後はそういう思いを持った歌舞伎町の中の人間を集めて、もっと街全体を巻き込んでいきたいです。

今以上に街全体を巻き込んだ形を実現する為に、何か考えていることはありますか?

手塚 – 今回のように現代アートを皮切りに海外も含めてリーチできるのは良いことだと思いつつ、僕としては、もっとエンタメ的なこととか、気楽に中の人たちが商売にも繋がりやすく関われるものも増やしていきたい。

「BENTEN 2024」©上原俊

アートを核に「文化のアートイベント」へ

今、ゴールデン街は外国人観光客で溢れ返っていますが、その辺りのインバウンドの増加についてはどうお考えですか?

手塚 – お金儲けを考えるなら、外国人向けにガンガンやればいい。ただそうすると、表層的なわかりやすい歌舞伎町というものにしかならない。先ほどの話のようにそれはそれで必要ですが、中の人間たちで彼らとも交わりながら文化を醸成していくようになると良いですよね。

そのバランス感覚で、一番重要なポイントはどういったところになるのでしょうか?

手塚 – 自分の役割としては、まずアーティストじゃないというところがあって。だからこそ、現代アートがどういうものであるかということをちゃんと理解しつつ、アートだけでない街の行く末を、どうやって外と繋げるか。その時に伝わる歌舞伎町像というのが、いかに現場の実像と齟齬がないかの舵を取ることだと思います。

なるほど。第三者視点的なイメージで。

手塚 – そうですね。歌舞伎町の解釈を間違ったりすることに関しては気を付けないといけない。

歌舞伎町を知り尽くしている方ならではのアドバイスですよね。いわゆるアートキュレーションというよりは、歌舞伎町キュレーションをしているような。

「BENTEN 2024」©上原俊
「BENTEN 2 Art Night Kabukicho」の会場の1つである「東京砂漠」

手塚 – 要は「どういう風に見られてるか」ということの理解がとても大事。歌舞伎町という街を今後どうしていきたいかというより、それを理解しつつ現代アートの文脈にしっかりと乗せて、尚且つそのクオリティが担保された上に、エンタメ的な要素を入れて間口を広げる。そうしてできたものは筋が通っていると思うし、アートだけではない、街としての芸術祭のように変わっていくと思います。その真ん中に、きちんと現代アートが立っているというのが一番綺麗な形。これが僕のやりたいことです。そうすると、現代アートに興味がない人たちも、アートの力で街に関して自分ごととして考えれられるし、積極的な街の人間になっていくんじゃないかなと思います。

あくまで街の文化がありつつ。

手塚 – そうですね。外部からの見え方もある程度調整しつつ、内部から変えていきたい。わかる人たちだけくればいい、みたいなことは全然思ってないです。あとは、昔うまくいったアイススケートリンク(※鈴木喜兵衛が試みたプロジェクト)のように、もう一度歴史を紐解いてやりたいというのもあります。昔と同じことやったってしょうがないけど、何かしらそういう、街の歴史を継承しつつ、今の時代観の中でできることをやっていきたい。

「BENTEN 2024」©上原俊

歌舞伎町で得る「人生の肥やし」

今回のアートイベントは、鑑賞者が街を回遊してはじめて成立するものだと思います。参加者が能動的に街を歩くことで、結果的に歌舞伎町をより理解できる仕組みだと思いますが、その辺は意識されていますか?

手塚 – かなり意識していますね。回遊イベントにしたのは、実際参加した人が、自分で街をどう捉えるか、ということは大事にしたい。自分の力で夜の繁華街に来て、「おもしろいな」って思ってもらう。そうしてはじめて、開催の意義があると思います。

将来的に歌舞伎町がどんな街になってほしいですか?

手塚 – 中でいろんな人たちが歌舞伎町で働いていたことが、人生の肥やしになっていくようなところです。今でも「歌舞伎町で働いたことがいい経験になってます」と言う人はいるけど、その中には、「文化」が足りない。歌舞伎町で様々な文化に触れたことが良かったと思ってもらえるようになると、とても嬉しいです。そうなると嬉しいし、その素養がある街だと思う。自分自身がどういう風に生きていくかということを考えるきっかけになる場所だから。

改めて、手塚さんにとって歌舞伎町はどんな街ですか?

手塚 – やっぱり、すごく激動しているのが歌舞伎町。この街は、世の中の激動、例えばAI革命だとか、ネット社会だとか、コロナが起きたとか、そういった歴史の「あの時変化したよね」っていうことを、物凄いスピード感で感じられる。外国人観光客の問題とかも、ネットで何かと話題だけど、画面の向こうではなく、目の前の出来事として存在している。そうした変化を肌身に感じられる。だからある意味、さっき言った世相が表層的に現れやすい。その中で、自分たちがどういう風な生き方をしていこうか、どんな人間でいるのかってことを考えられる。机上の空論だけじゃないし、綺麗事だけでも済ませられない。それがとても魅力的なことだと思います。

最後に、来場者の方に一言お願いします。

手塚 – 僕の場合、アートをたくさん楽しんでもらいたいというのもあるけど、そのついでに、街を回遊して、いろんな飲み屋とかご飯屋さんとか、街にいる人とかを眺めてもらえたら嬉しいですね。

来る11月1日、「BENTEN 2 Art Night Kabukicho」を通して街を回遊する___。

すると怖くて危ない街・歌舞伎町というイメージが一変し、みずみずしい輪郭を帯びて捉え直すきっかけになるはずだ。そんな革命前夜に、本記事が少しでも寄与出来れば素敵だなと思っている。

BENTEN 2 Art Night Kabukicho

2025年11月1日〜11月3日に開催される回遊型アートイベント「BENTEN 2 Art Night Kabukicho」。「都市の再野生化」をテーマに掲げ、昨年の「BENTEN 2024」に続き、Chim↑Pom from Smappa!Groupらがキュレーションを務める。
新宿歌舞伎町能舞台、王城ビル、デカメロン、WHITEHOUSE、東京砂漠などを回遊しながら、文化としての「歌舞伎町」を味わうことが出来る。光と影の交錯するカオティックな都市のリアルを、ぜひ現場でご覧ください。

日時:2025年11月1日(土)15:00-5:00/11月2日(日)15:00-5:00/11月3日(月・祝)15:00-23:00

※会場によって開場時間が異なります。公式WEBサイトやSNS等によりご確認ください。

前売りチケット発売中

https://artsticker.app/events/94416 ※10/31 23:59まで

当日券

一般(1DAYチケット)¥3,500 / 前売り券¥3,000

一般(フリーパス)*3日間入場可 ¥7,000 / 前売り券¥6,000 

18歳未満*¥2,500

中学生以下無料

※24:00以降は 2,000円(1ドリンク付き)で入場可能。

※一部プログラムは別途料金の支払いが必要です。

HP : https://www.benten-kabukicho.com/

Instagram : https://www.instagram.com/benten2025_kabukicho

【インタビュー】東洋一の歓楽街を回遊する。「BENTEN 2 Art Night Kabukicho」の舞台裏 – 卯城竜太編

光と影が交錯する街「歌舞伎町」。東洋一の繁華街と言われるこの地で夜通し行われる、回遊型アートイベントの開催が間近に迫っている。

2025年11月1日からの3日間で開催される「BENTEN 2 Art Night Kabukicho」は、昨年の「BENTEN 2024」に続く2度目の開催。キュレーションはChim↑Pom from Smappa!Groupらが務める。

我々BAM編集部は、気になるその実態、地理的イデオロギーを探るべく、開催を目前に独占インタビューを敢行。前編ではChim↑Pom from Smappa!Groupリーダーの卯城竜太氏に、後編ではSmappa!Group会長の手塚マキ氏に、それぞれプロジェクトの背景や開催への想いを伺った。

「また明日も観てくれるかな? So see you again tomorrow, too?」2016年 / ビルバーガー
3階分のフロア、事務用品、空調、家具、照明器具、カーペットなど
撮影:森田兼次 / Courtesy of the artist, ANOMALY and MUJIN-TO Production
手塚氏が常任理事を務める解体予定の歌舞伎町商店街振興組合ビルの床を1階まで繰り抜いて開催された。

世にも珍しいアートの生態系

まずは開催に至る経緯を教えてください。

卯城 – Chim↑Pomのこれまでの活動は、歌舞伎町と密接な繋がりがありました。手塚さんと協働し、色々なプロジェクトをやってきたりしたんです。振興組合のビルでプロジェクトをやったりとか、メンバーの結婚式を路上でやったりとか、にんげんレストランみたいなものをやったりとか。で、僕自身も「WHITEHOUSE」というアートスペースを展開したり。僕ら自身の活動以外にも、歌舞伎町界隈にアートスペースや文化活動の場がコロナ禍を起点に続々と出来てきた感じがあって、それを俯瞰して見た時に、「世にも珍しいアートの生態系が出来つつあるな…」と思ったんです。

「BENTEN 2 Art Night Kabukicho」 会場マップ

海外の音楽やアート関係の知人をそういった場所に連れて周ると、やはりその特異性を面白がるんですね。歓楽街でジェントルフィケーションするアートプロジェクトみたいなものはそれまでもあったけど、そうでない形でボトムアップに文化的なスペースが立ち上がってきているのが面白がられているんだなと感じました。
それは何より、「デカメロン」もそうですし、新宿歌舞伎町能舞台も王城ビルもみんなコロナ禍にオープンしてきたことに関係があると思うんです。歌舞伎町が「夜の街」として批判されていた一方で、逆にそうした場所だからこそ集まってきたものや人もいる。磁場が働いているように、他の場所がフリーズせざるを得なかったからこそ、居場所や隙間を求めて色々な人たちが集まって新しい活動が始まっていく。そんな感じがありました。

そうした文化的な土壌が、アートイベントとしての「BENTEN」の構想に繋がったんですね。

卯城 – そうですね。いわゆる「芸術祭」も考えましたが、長期に渡る上、かかる労力がかなり変わってくる。「展覧会」をやるにしても、歌舞伎町にはそもそも美術館などがない。それよりも、「劇場」とかライブスペースとか、パフォーマンスイベントだとか、アートで言えば「路上」で起きたハプニングがこの街の特徴のはず。だからこそ、身体的で、イベント的な活動が展開されるものがいいな、と。アートナイトだと3日間程度だし、夜の歓楽街との相性もいいな、というところがあって、昨年の開催に至りました。

「また明日も観てくれるかな? So see you again tomorrow, too?」2016年 / BLACK OF DEATH
2008、2016 / ビデオ
撮影:森田兼次 / Courtesy of the artist, ANOMALY and MUJIN-TO Production

再開発、そして相変わらずのカオス

イベントのテーマが「都市の再野生化」とのことですが、これはどういったものでしょう?

卯城 – 王城ビルも「新宿歌舞伎町能舞台」も「デカメロン」も「WHITEHOUSE」も、コロナ禍と再開発の時期に始まりました。再開発は東京のあちこちで起きていて、渋谷をはじめ都内の各地が秩序化されて変化していった。歌舞伎町にもその流れはあるにはありましたが、後から見てみると、実際に再開発によって秩序が生まれたかというと、むしろその真逆のことがたくさん生まれていた。再開発によって人々が集まりやすくなったのはたしかですが、しかし歌舞伎町は歌舞伎町らしく、色々な人たちが逃げてきたり集まってきて、カオスな状態が生まれていった。それは他の都市には見られない特異な状況でした。歌舞伎町の相変わらずっぷりには、歴史的な裏打ちもありそうな気がしていて、今回のテーマとして考えています。

「LOVE IS OVER」2014
撮影:篠山紀信 / Courtesy of the artist

「Love is Over」のデモ行進、「また明日も観てくれるかな」では“解体ビル”内でのプロジェクトであったり、印象的な取り組みでしたが、「BENTEN」の特徴はどういったところでしょうか?

卯城 – 今回のメインアーティストとして、やなぎみわさんを位置づけてはいるんですけど、どちらかと言うと何かひとつの事というより、もっと重層的で、同時多発的であることが、アートイベントとして重要だと考えています。歌舞伎町という街を徘徊したり、目移りしないと、どの会場で何が起きているか分からない。現代アートのみならず、パフォーマンス、演劇、音楽、クラブイベント、横丁、バー、活弁映画、味噌汁……と、あらゆるジャンルが入り乱れ、タイムテーブルそのものが表現のカオスと化していますが、そのイベントを通して、街のあちこちを回遊して頂きたいです。

歌舞伎町の“ローカリティー”を世界に

Chim↑Pom from Smappa!Groupとしての国際的なご活躍と、近年のインバウンドを背景にした歌舞伎町ゴールデン街の外国人観光客の増加、その辺りはイベントに関わってきますか?

卯城 – 現代アートの視点で世界を見渡した時に、東京はアジアの中で相当プレゼンスが下がっていると思うんです。香港やソウルは国際的なアートフェアを中心に、その周辺でパーティーや展覧会が充実している。台湾の台北も、中国との対立の中で表現の自由がものすごく推し進められています。しかし、香港やソウルのように西洋のやり方をそのまま輸入してイベントを作っても、東京には似合わないと思っています。東京は独自にサブカルチャー的に育ってきたものがあったり、1世紀を余裕で上回るほどの美術の歴史がある。その中でも歌舞伎町で熟成されてきたゲリラ的な文化活動とか、小さなバーで繰り広げられてきた文化活動を土壌としたアートイベントとして構想していたので、自ずとフェアや美術館など欧米的なグローバリズムとは違うローカリティーを推しだすものになったように思います。

「BENTEN」は歌舞伎町公園に祀られる弁財天が由来だと伺いました。

卯城 – 新宿のシンボリックな神様みたいな部分があり、芸術と芸能の境界線みたいなものを考えるのにすごく良いアイコンでした。そうした歴史や文化が色濃い街なので、西洋的な美意識と枠組みでやるよりも、ここで熟成されてきたものを普通に発信した方が独自のものとして受け止められると思ったんです。いずれ特異なものとして世界的に認知されていくだろうなと思っていて、回数を重ねて実験していこうかなと考えています。

「BENTEN 2024」©上原俊「新宿歌舞伎町能舞台」

「BENTEN」は今後の別の活動やイベントの指標になりますか?

卯城 – いや、ならない気がします。他のイベントへの影響だとか、ノウハウがどうっていうことはないと思います。むしろ「歌舞伎町」でしか通用しないやり方でやっていかないと、独自のものにはならなかったりもするし、逆に他の土地にはまた全然違う事情や理屈があるはずで。

あくまで歌舞伎町だからこそできるイベント、表現であると。

卯城 – そうですね。今後は表現の部分だけではなく、運営の部分で、より歌舞伎町独自のものにしていきたいです。そうすれば、もっと世界に例がないようなものになる気がします。

芸術と芸能の交錯地点「新宿歌舞伎町能舞台」

アーティストの選定に関しては、菊池成孔さんなどのミュージシャンが出演されていたり、必ずしもアートだけではない、様々な方を招聘されています。選定の基準やこだわりをお伺いできますか?

卯城 – DOMMUNEの宇川直宏さんに昨年から参加して頂いていて、テーマである「都市の再野生化」を踏まえて山本裕子さんと一緒にキュレーションやブッキングを考えて頂きました。「BENTEN」の立ち上げの段階から、DOMMUNEのイメージは僕の中にあったんです。2013年に開催された「FREEDOMMUNE 0<ZERO> ONE THOUSAND 2013」が、当時飽和していた音楽祭の中で、ノイズだったり、コンテンツが特殊にも関わらず大規模のイベントとして、全く独自のお祭りを作っていた。「BENTEN」に関しても、日本国内にたくさんの芸術祭が存在している中で、似たような立ち位置のものがあれば面白いだろうなとは思っていました。例えば、歌舞伎町シネシティ広場で、Merzbowがノイズミュージックをやるなんて事件だってあり得る訳で。

もう一つは、スペースをたくさん使っている点で言うと、「新宿歌舞伎町能舞台」が、今後の歌舞伎町の文化活動のアイデンティティになっていくんじゃないかと思っています。と言うのも、今回のやなぎみわさんも、前回のメインアーティストでAsian Dope Boysというコレクティブをやっているチェン・ティエンジュオさんも、能舞台があることに凄く惹かれているんです。もっと言うと、能舞台が歓楽街にあること自体が特殊……。特殊には見えるのですが、さっき話した、弁財天や芸術と芸能の境界線を考える上では、河原者による儀式や、「湿った場所」で勃発した歌舞伎など、文脈としては真っ当で、自然なことなんです。歓楽街の中に能舞台があって、そこに、考え抜かれたものがコンテンツとして出てくるっていうのは、脱西洋中心主義的な表現を考えるにあたって、大変重要な部分。今後もその部分を大切に活かしながら展開するイベントになっていくといいなと思います。

その土地の文化的な土壌や時代観を色濃く反映させながら、Chim↑Pom from Smappa!Groupが作り上げるアートイベント「BENTEN 2 Art Night Kabukicho」。それまで多くの人が描いていたであろう、怖くて危ない街・歌舞伎町というイメージは、彼らの投げかけるアートを介して見つめ直すと、全く異なる街の輪郭が立ち現れてくる。そしてそれは、通り過ぎていた街の外の人も、中にいる「歌舞伎町の住人」も一緒だ。

後編では、1997年にホストとしてこの街に足を踏み入れ、以来「歌舞伎町の住人」として、酸いも甘いも噛み分けながら、ほんとうの歌舞伎町を目の当たりにしてきた手塚マキ氏の想い、彼の描く今後の歌舞伎町の未来像を紐解いていく。

「BENTEN 2 Art Night Kabukicho」

2025年11月1日〜11月3日に開催される回遊型アートイベント「BENTEN 2 Art Night Kabukicho」。「都市の再野生化」をテーマに掲げ、昨年の「BENTEN 2024」に続き、Chim↑Pom from Smappa!Groupらがキュレーションを務める。
新宿歌舞伎町能舞台、王城ビル、デカメロン、WHITEHOUSE、東京砂漠などを回遊しながら、文化としての「歌舞伎町」を味わうことが出来る。光と影の交錯するカオティックな都市のリアルを、ぜひ現場でご覧ください。

日時:2025年11月1日(土)15:00-5:00/11月2日(日)15:00-5:00/11月3日(月・祝)15:00-23:00

※会場によって開場時間が異なります。公式WEBサイトやSNS等によりご確認ください。

前売りチケット発売中

https://artsticker.app/events/94416 ※10/31 23:59まで

当日券

一般(1DAYチケット)¥3,500 / 前売り券¥3,000

一般(フリーパス)*3日間入場可 ¥7,000 / 前売り券¥6,000 

18歳未満*¥2,500

中学生以下無料

※24:00以降は 2,000円(1ドリンク付き)で入場可能。

※一部プログラムは別途料金の支払いが必要です。

HP : https://www.benten-kabukicho.com/

Instagram:https://www.instagram.com/benten2025_kabukicho

【インタビュー】「初音ミク」と現代アートが出会う場所——「ART OF MIKU」が描く新たな文化の架け橋 – 前編

デジタルとリアル、サブカルチャーとアートカルチャー。一見相反する領域に見える世界を繋ぐプロジェクトが注目を集めている。
「ART OF MIKU」と銘打ったこのプロジェクトは、クリプトン・フューチャー・メディア株式会社が保有する日本が誇るIP(知的財産)である「初音ミク」を、株式会社W.creationが企画し“アート”として再解釈したプロジェクト。同社は様々なキャラクターやコンテンツを新たな価値想像によって国内外に届け、アーティストの情熱と多くのファンを巻き込んで繋いでいく。カルチャーを跨いでブーストしていく熱気ある現場には一体どんなドラマがあるのだろう。

その1つに、2024年に札幌と渋谷で初開催された「初音ミク」をテーマにした現代アート展「ART OF MIKU」がある。多くのファンを動員するなど、大成功を収めた。その後も横浜、六本木、神戸、福岡、大阪で新作を発表して展示を行うなど、勢い凄まじい展開からはほとんど目が離せなくなっている。そんな「ART OF MIKU」のプロジェクトの始動、これまでの軌跡を追いかけるべく、クリエイティブディレクターである池田元基さんとアートディレクターである大西正人さんにインタビューを敢行。前後編に分けてお届けします。

「ART OF MIKU」札幌会期の様子

「ART OF MIKU」誕生のきっかけ

このプロジェクトが始まったきっかけを教えてください。

池田氏 – まず前提として、日本の現代アート市場は、世界のアートマーケットに比べると、まだまだ成長の余地があると考えています。もっと多くの方にアートを身近に感じてもらいたい、アートに触れる機会を増やしたいという思いが、プロジェクトの根本にありました。そこで考えたのが、日本が世界に誇るキャラクターを現代アートの文脈に乗せて発信することです。日本独自の文化を生かして、クリエイターがもっと自由に表現できる場を作りたかった。それが、「ART OF MIKU」の立ち上げ、そしてギャラリーを飛び越えたアート展の開催へと繋がっていきました。

数あるキャラクターの中から、「初音ミク」を選んだ理由はありますか?

池田氏 – 「初音ミク」は、サブカルチャーとして世界的に知られているだけでなく、二次創作や多様な表現を受け入れてきた「懐の深い」存在です。クリエイターたちが自由に表現できる、柔軟なプラットフォームとしての側面が大きい。だからこそ、多様化している現代アートの文脈に乗せるのにふさわしいと考えました。「初音ミク」というコンテンツそのものに、すでに「多様性」という共通言語があったからこそ、このプロジェクトは成立したんです。

「初音ミク」が16周年ということで、最初の展示ではアーティストを16名招聘されています。その時の人選はどのように行われましたか?

池田氏 – 主にプロデューサーの山中が中心となりましたが、チーム全員でバランスを非常に重視しました。一口に現代アートと言っても、表現方法は多岐に渡ります。表現が偏らないよう整理し、現代アート、抽象表現、リアリズム、ミニマルアート、コンセプチュアルアートなど…さまざまなジャンルのアーティストに順に声をかけていきました。「初音ミク」というIP(知的財産)をテーマに、それぞれの作家さんがどんな表現を見せてくれるのか、私たち自身もすごくワクワクしていました。

札幌会期の様子

これって「初音ミク」なの?

プロジェクトを進める上で、表現の自由と、IP利用における制約のバランスを取るのが大変だったと伺いました。具体的なエピソードがあれば教えてください。

池田氏 – 最も印象深い課題の一つが、「初音ミク」のIPを持つクリプトン・フューチャー・メディア株式会社(以下「権利元」)様との表現の許容範囲についてのすり合わせでした。作品が出来上がってきた段階で、「これって初音ミクなの?」というケースが所々に起きてきて。アーティストさんと、権利元を繋ぐ共通言語が必要でした。
「この作品はこんなに崩れているけれど、その崩れていく過程にこういうプロセスがあるんです。現代アートとして昇華しているので、決して初音ミクを壊しているわけではありません」と丁寧に説明しました。原型をリスペクトしつつ、抽象的に持っていく。その文化のすり合わせは、私たちとしても何度も対話を重ねて頑張ってやりました。

大西氏: 多くの場合は、制作に入る前のすり合わせで解決していきました。アーティストさんには、まずどういう作風にするのか、どういう方向性なのかという、作品のラフを必ず上げてもらい、それを権利元様に事前に監修していただきました。完成してからNGが出ると当然巻き戻りが発生してしまう。それを抑える為にも、事前にこの工程を何十回と繰り返し行いました。

あとは、権利元様よりいくつか表現についてレギュレーションが設けられていました。IPをお借りしている以上、そのレギュレーションをアーティストに説明する必要があるのですが、ただ「ダメです」と伝えるだけでは、「アートとして作れない」となりかねない。深く理解して頂いた上で制作に取り組んでいただかないと、出来上がる物にも影響する。そういった説明のところは想像以上にコストがかかったなと思います。

バーニーズ ニューヨーク六本木店

手軽なグッズこそ、アート作品に

このプロジェクトでは、ターゲットを「現代アートファン」と「初音ミクファン」の二つに分けて考えていたそうですね。

池田氏 – そうですね。純粋な現代アートファンと、その方々と比較するとあまりアートに触れる機会が少ない「初音ミク」のファンという、全く異なる二つの層にアプローチすることが大きなチャレンジでした。「初音ミク」を知っている人が見たら「これは初音ミクだ」と思える一方で、現代アートファンから見ても「この作家さんの作風だよね」「シリーズものだよね」とわかるような方向性を目指しました。この両方に「刺さる」アート展を生み出すことには苦心しました。

数多くのグッズをご用意したと伺いました。どのような狙いがありましたか?

池田氏 – 多くの人にアートに興味を持ってもらうための「フック」になればいいなと思っていました。展示会自体はアートの文脈で表現を提示し、グッズの方は触れやすい形にしたかったんです。「初音ミク」の母体が非常に大きいからこそ、「これをアートとして提示しても受け入れられるな」という側面もありましたし、二次創作に寛大な土壌があったことも大きかったです。

印象に残っているグッズや、イチオシのグッズを教えてください。

大西氏 –  制作した様々なグッズの中でも、イチオシは私たちも着ているこちらのTシャツです。アート作品が前面にプリントされていて、とてもおしゃれですよね。「アート作品をまとう」というTシャツならではの体験を提供できるのが魅力です。
私が着ているのは仲衿香さんの作品「R&L」、そして池田が着ているのは松山しげきさんの「Portrait of dazzle MH-03」です。
「ART OF MIKU」では、アート作品の魅力を最大限に生かし、現代アートファンにも「初音ミク」ファンにも、気軽に手に取っていただける「グッズ」という形で楽しんでいただけるようにしました。

仲衿香作「R&L」
松山しげき作「Portrait of dazzle MH-03」

大西氏 – そのほか、イチオシのグッズとして、タカハシマホさんの作品「マサユメ」に描かれたキャラクターをアクリルフィギュアにしたものがあります。アート作品の一部をそのままグッズとして再現することで、「アート」と「グッズ」の境界線を曖昧にしました。高価な一点もののユニーク作品は手が出せないけれど、気軽に手に取れる「グッズ」という形でファンに届けられる、これまでにない試みです。この取り組みは、単なるサブカルチャーとしてのグッズとは少し異なる文脈で成立した点が大きな収穫でした。

タカハシマホ トレーディングアクリルフィギュア

グッズ化にあたって、作家さんとのやりとりで苦労したことはありますか?

池田氏 – 現代アート作品がキャラクターとコラボしてグッズ化されることは業界全体から見てもまだ少なく、珍しいんです。だからこそ、Tシャツや、作品内のキャラクターをアクリルスタンドにしたりと、様々な形でグッズ化を実現しました。

大西氏 – 確かに、作家さんの中には、ユニークな一点ものである作品が、簡易的なグッズとして流通することに抵抗を示す方もいました。作家さんの意向を第一に尊重しながらも、アートをより身近に感じて欲しいという目的を丁寧に説明することで、最終的には企画に賛同いただけて、多くの作家さんにグッズ化を承諾していただきました。「初音ミク」のグッズは世の中に数多くありますが、現代アート作品を題材にしたものは非常に珍しいです。アート作品は高価で手が出せないけれど、グッズとして手元に置きたいというユーザーのニーズに応えることができました。

札幌会期で販売されたグッズの数々

こだわった「キャプション」。 徹底した分かりやすいアート展

展覧会では、作品の解説を工夫したと伺いました。

池田氏 – 現代アート展の多くは、鑑賞者それぞれの経験や知識、感情に基づいて作品を自由に解釈したり、対話する”余白”を残すために、キャプションの情報をシンプル(作家名/タイトル/制作年のみなど)にしている傾向があります。しかし、この余白が時には、作品を読み解く手がかりが少なく、鑑賞者が作品の本質的なコンセプトや作者の意図を深く掘り下げることを難しくするという側面も持ち合わせていると考えています。私は、この「情報が少ないことによる解釈の難しさ」こそが、現代アートと一般の人々を隔てる”無言の障壁”の一因だと捉えています。この課題に対し、私たちはキャプションに作家の経歴や作品のコンセプトを丁寧に紡ぎつつ解釈の余白も残すことで、鑑賞者がより深く作品とつながり、その世界観を理解できるような体験の提供を目指しました。

確かに、コンセプトまで明かして書くのは珍しいですよね。

大西氏 – 私たちは、普段あまり美術館に足を運ばない現代アートに馴染みのない方でも楽しめるよう、分かりやすく、読みやすいキャプションを心がけました。単なる作品説明にとどまらず、読み物としても楽しめるように、本来は掲載されないような作品のコンセプトや作家の情報を載せています。また、アート作品の解説ツアーも実施しました。作品のコンセプトだけでなく、制作時の裏話など、来場者の興味を引くような内容を盛り込んだ分かりやすい解説を心がけた結果、多くの方から「現代アートは難しいと思っていたけれど、コンセプトを理解したら面白く感じた」「身近に感じられた」といった嬉しい感想をいただきました。

コンセプトを細かく書くことに、作家さんの抵抗はありませんでしたか?

池田氏 – 思いの外反発はほとんどなく、むしろ協力的でした。イベントの目的を丁寧に説明し、「現代アートを知らない人に楽しんでもらう」という大きなテーマに共感してくれたんです。多くの作家さんが、より多くの人に自分のアートを知ってもらうためにコンセプトを書くことに協力してくれました。作家さんによっては、特定のコンセプトを持たない方もいらっしゃったため、その場合はあえてコンセプトを載せない判断をしました。

ウェブサイトもユニークでした。どのようなこだわりがあったのでしょうか?

池田氏 – 現代アートには多様な表現があるので、オーソドックスなキャンペーンページのようなフラットなデザインではなく、スクロールしていくと作品が動くような、インタラクティブで好奇心を刺激する仕掛けを詰め込みたいとオーダーしました。

札幌会期で販売されたグッズの数々

初回の展示を通じて、手応えは感じましたか?

池田氏: 私たちも手探りではありましたが、カルチャーとしての文化がすでに醸成されている「初音ミク」なら、現代アートも受け入れてくれるだろうという確信はありました。SNSなどでも批判的な言葉はほとんどなく、多くの方が温かく迎えてくださったことに、すごく感謝しています。イラストレーターが描く「初音ミク」とは全く違う領域で、こういう表現もあるんだということを提示できた手応えを感じています。このプロジェクトは、「初音ミク」の二次創作に非常に寛大な土壌があったからこそ、実現できたのだと思います。

前編最後に、権利元であるクリプトン・フューチャー・メディア株式会社 ライセンスビジネスチーム マネージャー 目黒 久美子様より、本インタビューに際して特別にコメントを頂いたので、掲載させて頂きます。

「初音ミク」の「ART OF MIKU」としての展開をご覧になってどう思われましたか?

目黒氏 – 「初音ミク」は今まで様々なコラボレーションをしてきましたが、現代アートでの展開は事例があまりなく、「ART OF MIKU」が開催されるまで、一体どんな反響となるのか、正直全く予測がつかずでした。ご提案をいただいた時から、皆さんと企画を検討し監修を進めて実際に開催されるまで、初めて知ることばかりで、監修をする立場である我々も、何が正解なのか時には悩み、模索しながらの日々でした。

開催後、ファンの皆さまをはじめ、普段ミクでのイラストや楽曲でご一緒しているクリエイターさんや、SNSでも大きな反響をいただくことができました。また、作品を作っていただいた作家さんたちが、それぞれに「初音ミク」という存在を解釈され、様々な表現で向き合って作品が生み出されていく、その想いや過程を知ることができ、「初音ミク」を通して未知の世界に触れることができたのは、我々もファンの皆さまと同じく、素晴らしい経験となりました。「初音ミク」の新たな可能性を開いて下さったことに感謝しております。

後編では、年間400回に及ぶミーティングの実態や、メンバーの個人的な想い、そして今後の海外展開への展望について詳しくお話を伺います。

【イベントレポート】Kiaf SEOUL2025に行ってきた!韓国アートシーンの最前線へ

K-POPに韓国文学、韓国が発信するカルチャーはことごとく人々の心を掴んで離さない。BAM初の海外レポート、何度も韓国を訪れたことはあるが国内最大級のアートフェア「Kiaf SEOUL」には初めて訪れた。世界から注目される韓国のアートシーンを余すところなくレポートしていこう。

Kiaf SEOULに行ってきた!

GALLERY YEHのブース

ソウル・三成のコンベンションセンター「COEX」で開催されたKiaf SEOULは、2002年から開催された韓国初の国際アートフェアで、国内外の気鋭のアーティストたちの作品を紹介している。2025年は9月3日から7日まで開催され、世界20カ国以上から175のギャラリーが参加した。ソウルは世界のアート市場においても最も活気に満ちたアジア都市の一つでもあり、Kiaf SEOULはグローバルプラットフォームとしての役割を担っている。
まず初めに驚いたのは、その来場者数の多さだ。初日のプレヴューデー*1に伺ったのだが、老若男女ありとあらゆる人が訪れていた。
*1 :イベントに先行して入場できる日のことで、一般的には初日に設定されることが多い。Kiaf SEOULでは招待客及び一般チケットよりも高いチケットを購入して入場できる。
同時に開催されたFRIEZE SEOULと合わせて、韓国の現代アートシーンへの注目度が伺える。

三つのホールにまたがって開催されたKiaf SEOULではギャラリーによる展示と、ピックアップされたアーティストたちによるスペシャルエキシビション、カフェやショップ、VIPラウンジと一日中楽しむことができるラインナップだった。

SMALL GOODのブース。一休みする人々で大賑わい。

早速、韓国のローカルコーヒーロースター「SMALL GOOD」のアイスアメリカーノ片手に「Gallery MEME」(ソウル)のブースに立ち寄った。

チョ・ウンジー不思議に満ちた気鋭のアーティスト

Gallery MEMEはギャラリーが多く位置する仁寺洞エリアに2015年に開館し、現代美術の境界に挑戦する次世代新進作家たちを発掘・支援し、中堅作家や海外作家と合わせて展示している。時代の新しい感覚を覚醒させて拡張していく文化伝達者(ミーム)としての役割を果たすという意味が込められている。

Jo Eunji 「협동 연구 시리즈(直訳:共同研究シリーズ)」2025

インスタレーション形式で絵画を展示するチョ・ウンジ(Jo Eunji)は1999年生まれでソウルをベースに活動しているアーティストだ。韓国国内で活躍する若手アーティストの作品が鑑賞できるのもアートフェアの魅力だろう。

Jo Eunji「닮음에 대한 연구(直訳:類似の研究)」2024

絵画作品を立体作品として表現したり、謎めいたモチーフや図式を多用する独特の世界観のチョの作品には、断片的な記憶を繋ぎ合わせたショートストーリーのよう。今年のKiaf Highlight 10にも選ばれた注目の作家の一人だ。

韓国の伝統をレペゼンする

続いて訪れたのは「Gallery Vit」(ソウル)だ。Vitは暗闇から光へと生命の源泉となり、世界中の美術を照らし、深い感動を求めるという願いから2003年にオープンし現在はソウル・鍾路エリアに位置している。さまざまなアートフェアにも参加しており、韓国のアーティストを世界中に発信するギャラリーだ。

Han Manyoung「Reproduction of Time- Beveled Bottle 1」2017

ハン・マンヨン(Han Manyoung)は国家独立後すぐの1946年にソウルで生まれたアーティストだ。激動の時代を生きたハンの作品には現実と非現実が混ざり合って共存する。代表作である「Reproduction of Time」のシリーズは1984年から制作を続けており、ダヴィンチの「モナリザ」やマティスの「ダンス」、ロイ・リキテンシュタイン作品など世界中の名作を作品に散りばめ、時間という概念を解体していく。

Han Manyoung「Reproduction of Time- Beveled Bottle 1」2017

今回展示された作品は、朝鮮時代から使用されてきた清華白磁をリファレンスに制作されている。東洋と西洋、二次元と三次元、過去と現在など異なる要素を一つのキャンバスに表現することで時間と空間を超えた概念を作品に閉じ込めている。

韓国の消費社会への風刺的な作品も

Kiaf SEOULで印象的だったのは、有名ラグジュアリーブランドの商品やアイコンをモチーフとした作品の多さだ。

Sangho Byun「I love my job x 3」2025

2003年にオープンした「Gallery PICI」のブースで展示されたビョン・サンホ(Sangho Byun)の「I love my job x 3」は現代社会における多様な欲望に向き合い、現代人の溢れる欲望とエネルギーを伝えるため、背景は生々しい色彩で構成されている。

Sunyoung Kim「She Who Dances」2025

ソウル・チョンダムドンエリアの「Gallery WE」のブースではキム・ソンヨン(Sunyoung Kim)の「She Who Dances」が展示されていた。まるで転がる玉のように膨れ上がったバッグがモチーフの巨大な彫刻は、鑑賞者が触れると、優しく揺れ出す。人間の持つ不安定さのバランスや、柔軟性を比喩的に体現している。そういえば、会場の人々の持ちものを見れば、バーキンやケリー、そしてシャネルのマトラッセなど高級バッグのオンパレードだった。Kiaf SEOULで彼らの作品を展示することは、韓国経済のひずみに対する風刺であると想像するに容易かった。

大盛況の中幕を閉じたKiaf SEOUL。アートマーケットの最前線を体感した1日となった。

自分でボケて、自分でツッコむ – おほしんたろうが描く1コマ漫画の世界 【後編】

幼い頃から描いていた絵と、学生時代に右も左も分からないまま上がった芸人の舞台。その2つが交わった時。そしてそこに、少しの隠し味が加わった時____。

お笑い芸人、漫画家、イラストレーターなど、多方面に活躍するおほしんたろうの現在のスタイルに至るまでの軌跡、その創作の背景を紐解くインタビューを前後編でお届けします。

お笑いとイラストが混じり合う

学生時代のお笑いのネタではオーソドックスなコントなどをやっていたとのことでしたが、イラストや1コマ漫画がネタに登場するようになったのはいつ頃ですか?

おほしんたろう(以下:おほ) – それはもう事務所に入ってからですね。“芸人”になってからです。 それこそ twitter(現X)とかに漫画をあげたら割と反応がよくて。だったらこういうことやった方がいいのかなと思って、フリップネタとかをやるようになりました。

フリップネタを披露するおほしんたろう

元から絵も描いてたし。

おほ – そうですね。もちろん「フリップネタ」という存在は知っていたんですけど、なぜかそれをやるっていう発想がなくて。

ちょっと不思議ですね。

おほ – ですよね。「やりゃいいやん」 って思うと思うんですけど、こういうのって客観的に見れないというか、意外と本人からしたら分からないじゃないですか。

たしかにそういうのはありますね!

描き過̇ぎ̇な̇い̇という隠し味

1コマ漫画を作る時はどんなイメージで作っていますか?

おほ – 大喜利のお題と答えを自分で用意して出すイメージです。イラストと文字を入れて、イラストで回答するような、自己完結の大喜利です。先に大喜利のお題を考えて、その答えとしてイラストを描くので、いいお題が思いつくと割とスラスラ描けます。

以前別のインタビューで、「半分ぼーっとしながら、半分考えている」状態の時にネタが思い浮かぶとおっしゃってましたが、それは今もそうですか?

おほ – 基本的にはもう「描くぞ!」と思って、そこから考えています。ぼんやりしてる時にたまたま浮かぶこともあるんですけど、 それはラッキー。 やっぱり「考えるぞ!」ってやらないと、なかなか思い浮かばないですね。全然面白いことが浮かばないなみたいな時は、何個か描いて、 うーん、みたいな時間は結構あります。でも、何個か描いてたらノってきたりします。

何か特別に意識してることはありますか?

おほ – 憧れの和田ラジヲさんが、「 絵は描きすぎると上手くなっちゃうんだよ」って言ってて。特にああいった感じのギャグって、絵が上手すぎてもなんか違って、一番いいバランスがあると思うんです。ただ、例えば、いい具合に死んだ目の人を描きたいけど、そういう時ってやっぱりどうしても和田ラジヲさんの絵に寄っていってしまう。それも違うので、自分なりの絵柄で描けるように何とか調整する感じです。

和田ラジヲさん公式X

「お笑いとか漫画とかやってますけど、いかがお過ごしですか?」

そのほかに憧れている人はいますか?

おほ – お笑いやりながら絵とかもやっているっていう意味だと、くっきー!さんとか、天竺鼠の川原さんとかは、ネタも面白いし、絵の方も好きです。すごいなって思います。あとは『サラリーマン山崎シゲル』っていう漫画の田中光さんも好きですね。この人もお笑い芸人であり、漫画家でもあるっていう方で。

例えば今挙げられた方とネタが被らないように気をつけていることとかはありますか? 

おほ –  自分が面白いと思うかどうかが最初の基準です。その上で、「これはやられてるかな?これはあんまりやってないかな」っていう、そこの見極めだけですね。あくまで考えた上で、被っているかどうかを判断しています。

『サラリーマン山崎シゲル』公式X

それこそいろいろな活動をされていますが、ご自身の中で肩書きは何だと思いますか?

おほ –  例えばテレビに出るとして、「ザ・お笑い」みたいな仕事ってあんまりなくて。僕の場合は、早朝の情報番組で芸能ニュースを読み上げる、とか、地元の佐賀の情報番組で天気を読むっていう仕事とか、まあ要所要所にちょっと小ボケを入れたりはしますけど、ベースの中での「お笑い」っていう仕事でもなくって。あんまりこう、「芸人です!」っていうのが若干、「それ言っていいのか?」みたいな感じには思ってるので、「お笑いとか漫画とかをやってます」みたいにふわっとさせることが多いです。「漫画家です。」も、ちょっと言い過ぎかなとか思うんで。「お笑いとか漫画とかやってますけど、いかがお過ごしですか?」みたいな 感じで生きてます(笑)。

 Instagramでの1コマ漫画などすごく話題になっていますが、知名度が上がるにつれて、もしかすると、しがらみとか、例えば受け手の反応がネタに影響したりすることはありますか?これがウケそうだな、とか。

おほ –  あー、いや。やっぱり出してみるまでは全然わからないですね。

そういうものなんですね。

おほ – 自分的に、「あ、これ面白いぞ」と思っても、蓋開けてみたら全然伸びないことも多いですし。分かりやすいネタの方が反応多いかな?くらいはありますけど、でもやっぱり どれが評判いいかとかは全くわからない。出してみて毎回、「 へー!?」みたいな感じです。 

反応とかはやっぱり気になるものですか?

おほ – そうですね。やっぱり「いいね」がたくさんつくと嬉しいですよね。ただそこがネタづくりにおいて、自分の中のテンションと一致するか?って言ったら全然そんなことはないです。

1コマ漫画だとかなりの制約があると思いますが、1コマで落としきるコツや意識していることはありますか?

おほ – そうですね…。 落ちてないやつも好きなんで、それがややこしいんですよ。ちゃんと落ちてるやつも勿論いいんですけど、 やっぱり『ファミ通』の時代から、「なんだ。これ?」みたいな、よくわかんないやつが好きっていうのがずっとあるので。なので、落とすコツっていうとわかんないですけど、落ちなくてもいいかなとは思っています。

なるほど。なんか空気感というか、余白が残る感じの。

おほ –  そうですね。受け手側に突っ込んでもらうくらいの。ただ、やっぱり落ちてるやつの方がウケはいいですよ(笑)。

あ、それはやっぱそうなんですね。

おほ –  そうですね。やっぱりちゃんと落ちてるんで。そりゃそうだなっていう。

自分でボケて、自分でツッコむ – おほしんたろうが描く1コマ漫画の世界 【前編】

幼い頃から描いていた絵と、学生時代に右も左も分からないまま上がった芸人の舞台。その2つが交わった時。そしてそこに、少しの隠し味が加わった時____。

お笑い芸人、漫画家、イラストレーターなど、多方面に活躍するおほしんたろうの現在のスタイルに至るまでの軌跡、その創作の背景を紐解くインタビューを前後編でお届けします。

幼少期の代表作『変な人』

初めて絵を描いた時のことを覚えていますか?

おほしんたろう(以下:おほ) – 幼稚園くらいの頃から、チラシの裏とかに絵を描いていたみたいです。ウルトラマンとか、怪獣とか、そういうのが好きで描いていましたね。

幼少期に描いたイラスト。既にかなりシュール…

漫画を描き始めたのはいつ頃ですか?

おほ – それも小学生の時です。たしか学校内のクラブ活動みたいなもので描き始めました。その時には4コマ漫画とかギャグっぽいものを既に描いていた気がします。

オリジナル作品として描かれていた?

おほ – そうですね。元々はどこかで見たやつの真似事だったりしたとは思うんすけど、当時、「変な人」っていうタイトルの漫画を描いていました(笑)。

「変な人」!

おほ – それが代表作です。内容は本当にしょうもなくて、なんかもう、ハゲてるんですよ。変な人が。波平さんみたいな。当時はハゲが変だと思ってたんですよね。 今はもちろんそんなこと思わないですけど、当時は90年代的な価値観でやっていて。それこそ小学生が好きそうな、高いところから落ちちゃうとか、鳥に連れて行かれるとか、そういうやつ。もうほんとにギャグにもなっていないような感じだったと思います(笑)。

「変な人」原画

『月刊コロコロコミック』のような。

おほ – そうですそうです(笑)。

お笑いについても幼い頃から好きだったのですか?

おほ – あまりお笑いの番組とかを観ない家庭だったんですよ。ダメとは言われないけど、あんまり観ない方がいい?みたいな空気というか。だから中学生の時もあまり観てなかったんですけど、「オンエアバトル」とかが流行りだして、おぎやはぎさんのネタをたまたま観たんです。それがすごく面白くて。そこで一気に興味が湧きました。

“シュールな笑い”の原体験

いわゆる王道のギャグ漫画から、現在の作風に至ったきっかけはありますか?

おほ – たまたま中学の時に『ファミ通』を読んで、それがめっちゃ面白くて。 シュールとか不条理っていう立ち位置だっていうことも分からないまま、「なんだこれ!?」みたいな。夢中になって読んでいたんですけど、次第に自分も参加してみたいと思うようになって。投稿コーナー、採用されたら掲載してもらえるコーナーがあって、自分でも投稿するようになったんです。週に1回発売されるやつに載っているかどうかっていうのが本当に楽しみで、それが青春でした。それが多分、今に繋がる感じの漫画を描き始めたきっかけです。

『ファミ通』投稿時代。当時は塩味電気というペンネームで活動していた。
2枚目の画像では、憧れていたという、とがわKさんの隣だ!

人前でやるっていうことに関しては、お笑いよりも漫画の方が先だったんですね。芸人としての活動はどのようにはじまったのですか?

おほ – 大学時代にコントをやったのが最初ですね。

やっぱりおぎやはぎさんとか、いわゆるちょっとシュールなネタですか?

おほ – いや、最初はもう全然。オーソドックスな感じだったと思います。本当に何もわからなくて、なんかそれっぽいものをやるしかないというか。見よう見まねでやってましたね。でも好きなのはやっぱり、ちょっと王道から外してあるようなものが好きだったので、おのずとそうなっていったというか、結局自分の気持ちが乗ってやれる方向のネタにはなっていったと思います。

謎のバイトをした学生時代、新卒から芸人へ!

大学時代は何かアルバイトをされていましたか?

おほ – 病院の検査で、検尿弁とか色々あるじゃないですか。血液検査とかで採取された、検体って言うんですけど、その検体を検査するための培養に使う寒天のシャーレみたいなのがあって、丸いやつ。どんな菌がいるか調べるんですよ。例えば尿だったら尿をそこに塗り広げる。っていうバイトをしてました(笑)。

めちゃくちゃシュール!そんなバイトがあるんですね(笑)。

おほ – 僕も知らなかったです(笑)。最初は抵抗あるんですけど、単純作業ですぐ慣れちゃいました。白衣着て手袋して、淡々と塗っていくっていう(笑)。

九州大学のご出身ですけど、将来についてのイメージとか、芸人を目指す決め手は何でしたか?

おほ – 本当に何も考えていなかったです。サークルとかは楽しかったですけど、就職とかは全く考えずに過ごしてました。会社に入ってうまくやっていける自信もないし、働きたくもなかったですね。

芸人になろうとは思わなかったんですか?

おほ – なりたいけど、大阪や東京に行く度胸がなくて。大変そうじゃないですか?行ったこともなかったですし。ただそのタイミングで、今いる事務所が九州に事務所を作るっていう話が出てきたんです。地元のアマチュア芸人をスカウトして、事務所に入れますよ、みたいな番組に参加して、今に至ります。

『ファミ通』、おぎやはぎ、ナゾのバイト…。
育まれてきた“シュールさ”への感性は、交わることのなかった別々の領域___お笑いとイラスト___を、本人も気付かぬうちに曖昧にしていった。そしてその2つが明確にブレンドされたのは必然だったのかもしれない。後編では、異なる領域の混ざり合った独自の“おほしんたろうスタイル”を紐解いていく。

今週読みたいアート。アートな雑誌 Vol.2

美術館に行き、「なんでこれが良い(とされている)のだろう」とか、「これにどんな価値があるんだろう」とか、アートについて「よく分からない」なんて気持ちが芽生えたまま帰宅する……なんてことがあるかもしれない。

よく分からない作品にウン十億円という値段がついたかと思えば、街中の無料で入れるギャラリーで素敵な作品と出会ったり、はたまた、作品の枠組みを超えた「プロジェクト」なんかが作品と呼ばれていたり。歴史や理論が背後にあるからこそ、様々なアーティストや作品があるわけで、感覚だけで理解できるのがアートの世界ではないし、何かの手がかりがないと中々理解できないことも多い。というわけでこの連載では毎週「アート」にまつわる書籍をいくつかご紹介。

ちょーっと右肩下がりな出版業界において、「MEN’S CLUB」「美人百花」などなど、続々とレジェンド雑誌が廃刊していく。隆盛を極めた“夢を届ける”メディアはかつての勢いは陰る。しかしながら雑誌にしか表現し得ない世界ってものがあるのだ。ということで、前編に続き後編では、「アート」に触れられる雑誌にフォーカス。パラパラっとめくってみて、まだ見ぬ世界や華麗なクリエイティブにワクワクしてみては。

◯『Epoch review』Francesca Gavin、Leonard Vernhet・編(Epoch review)

フランス発のこのインディペンデント・マガジンは「現在と過去を対話させる」ことを目的として不定期刊行中。クリエイティブディレクターとして誌面を作成するのは、Leonard Vernhetだ。〈シャネル〉や〈シュプリーム〉や〈エルメス〉とのコラボレーション、〈オフィシーヌ・ユニヴェルセル・ビュリー〉の創業者・ラムダン・トゥアミとの山岳をテーマにした雑誌『USELESS FIGHTERS』でも活躍する、第一線のアート・ディレクターだ。そんな彼が力を入れるこの本は、人類学からファッション、科学から芸術、考古学から音楽まで、様々な分野の融合を行っている。アーティスト、思想家、歴史家、人類学者など、多くの職種の人々が参加し、扱うテーマも「メタモルフォーゼ」「予言」など抽象的かつ多岐にわたる。広げまくった風呂敷をちゃーんと回収する誌面には圧倒されるし、時代の先端をいく刺激的なクリエイティブに出合ってみてほしい。

◯『Provoke 』多木浩二、中平卓馬、高梨豊、岡田隆彦、森山大道・編(二手舎)

雑誌、とひとくちにいってもZINEや同人誌まで含めるとどれほどの数がこの世にはあるだろう。そんな中でも、“伝説の雑誌”は刊行後もいつまでも語り継がれるものだ。こちら、美術評論家の多木浩二と写真家の中平卓馬によって発案され、詩人の岡田隆彦と写真家の高梨豊が加わり創刊された同人誌。1968年の刊行後、たったの3刊しか続かなかったにもかかわらず、その影響力は絶大。「思想のための挑発的資料」として書かれた内容はもちろん、デザイン面でも、先日予告されたフランク・オーシャンのニューアルバムのジャケットが、この「Provoke」を参照しているとも話題だった。復刊プロジェクトもすすみ、手に入りやすい今こそ、ぜひ読んでみて。

今週読みたいアート。アートな雑誌 Vol.1

美術館に行き、「なんでこれが良い(とされている)のだろう」とか、「これにどんな価値があるんだろう」とか、アートについて「よく分からない」なんて気持ちが芽生えたまま帰宅する……なんてことがあるかもしれない。

よく分からない作品にウン十億円という値段がついたかと思えば、街中の無料で入れるギャラリーで素敵な作品と出会ったり、はたまた、作品の枠組みを超えた「プロジェクト」なんかが作品と呼ばれていたり。歴史や理論が背後にあるからこそ、様々なアーティストや作品があるわけで、感覚だけで理解できるのがアートの世界ではないし、何かの手がかりがないと中々理解できないことも多い。というわけでこの連載では毎週「アート」にまつわる書籍をいくつかご紹介。

本格的な暑さが到来し始めた今日この頃。休日は家で涼みながら、優雅な1日を。というか、あまりの酷暑に家にいるしかない。そんなときは雑誌をパラパラっとめくってみて、まだ見ぬ世界や華麗なクリエイティブにワクワクしてみるのはどうだろう。「アート」に触れられる、まだまだ面白い雑誌が世界にはいっぱいあるのだ。

◯『Voice of photography』Voice of photography・編(影言社)

2011年に創刊、台湾発の写真にフォーカスしたアートマガジン。「暴力」「科学資本主義」「AI」など、ニッチでハードコアな話題からトレンドの事象まで、毎号異なるテーマを展開。国内外の写真家、アーティスト、映像作家を軸に、対談やインタビュー、創作にまつわる裏事情や文化的背景、歴史などアカデミックな内容も。写真史の論考、コラム、レビューなど、写真の批評に関する側面も強い。最新号は「宣教師」の図像イメージを探った第36号。台湾を起点にアジアの写真文化を俯瞰する壮大なプロジェクトだ。

◯『So young magazine』So young magazine・編(SO YOUNG)

こちらの雑誌がフォーカスするのは音楽。ロンドン発のDIY音楽マガジンだ。音楽といっても注目するのは新進気鋭のミュージシャン&イラストレーター。フォンテインズD.C.やウェット・レッグなど魅力あふれるルーキーたちのイラストを交え、今のインディー・シーンのリアルな姿を紹介し、世界から注目を集めている。ここ日本でも2022年に特別号が刊行され、昨年末には第2号も刊行。現在もライブやパーティーを主催するなど、その活動の幅を広げながら精力的に活動中。最新号はカーディナルズ、スクワッドらを特集した第56号。是非ともチェックしてみて欲しい!

福岡アートブックフェア「Pages」に行ってきた!〜前編〜

福岡アートブックフェアとは

福岡アートブックフェア「Pages」は今年で2回目を迎える。なぜ福岡?と思われる方も多いかもしれないが、筆者が期間限定で福岡に住んでいるからだ。福岡にはこれまでアートブックを中心にしたブックフェアが存在しておらず、2024年に初めてのアートブックフェア(通称FABF)が開催された。

発起人は福岡カルチャーの中で欠かせない存在の「本屋青旗」の店主でもある川﨑雄平さんだ。本屋青旗は国内外のあらゆるアートブックや雑誌、写真集などを取り扱う店で、定期的にアーティストの個展やイベントを開催している。

そんな川﨑さんを中心に東京アートブックフェア(TABF)のディレクターらが協力しあって開催したのが福岡アートブックフェアなのである!

太宰府天満宮の気持ちのいい日差しの中開催された

2025年4月18日から4月20日までの三日間、太宰府天満宮にて開催され、筆者は初めて参加したのだが太宰府天満宮という場所柄からか、子どもから大人・お年寄りまで多くの方々が来場しており、東京アートブックフェアよりも幅広い人たちにアクセスしているのが印象的だった。

大きく、個人やグループなどで参加しているブースが集まっている余香殿(よかでん)と、海外の出版社や国内のアートブック系の本屋・出版社などが出展している文書館(ぶんしょかん)、飲食店や花屋などが集まる屋外のYummy Areaの三箇所に分かれており、太宰府天満宮の中を散歩するようにアートブックフェアを楽しむことができるのも魅力的だ。

また、会期に合わせて様々なイベントやトークセッション・ワークショップが行われており、毎日行っても楽しめるようなアートブックフェアになっている。

それでは、特に印象に残ったブースを紹介していこう!

Ghi-Cha 汽車

お隣の国、韓国から参加している女性四人組のアーティストコレクティブ。そういえば福岡という場所柄か、韓国からの出展者や参加者が多いことも印象的だった。東京より近いし。このGhi-Chaも1回目の開催に引き続き2回目の参加だという。グループ名のGhi-Chaは、本を開き、読み、見るという行為が、汽車に乗り、目的地に到着する旅路に似ているという点から名付けられた。

Ghi-Chaのブース。色とりどりの本が並ぶ。

メンバーの1人であるド・ユナさんがディレクション・編集している「TRANSLATED BOOKMARKS」を購入した。本業はグラフィックデザイナーだというユナさん。本の装丁やデザインもクラフト感があってかわいい。かわいい包みとはウラハラに韓国語と日本語のバイリンガルブックとなっており(ありがたい…!)内容もしっかりと読み応えのある本になっている。ユナさんの友人を中心に匿名の八人を対象にした、メディアやコンテンツとの関わり方をとらえたインタビュー形式の本になっていて、日本のアニメや韓ドラなども多く登場してきて、するする読めてしまう。(翻訳もユナさんがしたらしい!)会社員をしている人からアーティストまで幅広いカテゴリーの友人たちにインタビューしており、コンテンツを作っている人たちにぜひ読んでもらいたい一冊だ。

「b/o/o/k/e/u/b/o/o/k/e/u」のブックスワップ

韓国からの出展者で面白い取り組みをしている方々がもう1組。

「b/o/o/k/e/u/b/o/o/k/e/u」(ブクブク)はソウルを拠点に活動している移動式ライブラリープロジェクト(?!)だ。なんのこっちゃ。ソウルでは様々な場所にゲリラ的に出没し、本の交換会を行ったり、自分たちが制作したZINEなどを販売しているという。アートスペースや公園などでの開催を経て、福岡アートブックフェアに出展していた。福岡では、事前に彼らのインスタグラム上で募った希望者から本を送付してもらい、福岡へ。そして福岡の会場で並べられた本たちと日本の参加者が持ち寄った本を交換し、交換が成立した提供者にそのまま送付するという。

b/o/o/k/e/u/b/o/o/k/e/uのイベントを通じて、全く見ず知らずの2人がつながるというロマンティックな仕組みだ。

ブックスワップは日本ではあまり馴染みがないが、海外のアートブックフェアなどで盛んに行われており、交換によって経済を動かしていく面白い取り組みの一つだ。アーティストや作家などが、自分たちの作った本やZINEを宣伝する目的に使うことも。思わぬところでバイブスの合う作家に出くわしたり、欲しかった本をちょっぴりおまけして手に入れることができたりもする。

実際福岡アートブックフェアに行って思ったことは、時間の流れがゆったりしているということだ。東京アートブックフェアでは味わうことができない参加者たちの“交流の場”を作り、その中の化学反応を楽しんでほしい、とディレクターの東直子さん(TABFのプロジェクトマネージャーでもある!)も語っている*1。作家や本の作り手からじっくりと本の説明を受けたり、ゆったりご飯を楽しんだり、畳の部屋でごろごろくつろいだり(?)参加者それぞれに楽しみ方が用意されている福岡アートブックフェア。後編ではブース紹介の続きと、Yummy Areaのレポートも!ぜひ続けて読んでみてほしい。

*1:https://2024.fukuokaartbookfair.com/interviews/2421/ より引用

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