見えない顔、見える感性 – ORIHARAが紡ぐ人間の複雑さ 【前編】

強さの奥にある儚さや、意味ありげな表情。全体を覆う毒々しい雰囲気の奥に垣間見えるのは、悲哀なのか、一種の諦観なのか。ORIHARAの繊細なタッチが織りなす繊細な描写は、観る者に何かを訴えかけてくる。細かなニュアンスが全体の印象を作り上げるといういわば正当な順序からちょうど逆転するように、作品を前にして感じるファーストインプレッションを、細部の微妙な表現により裏切り、解体する。人間は複雑な生き物だ。人一人を、イラストというカタチで真摯に描こうとするORIHARA。相反する要素を、なんら矛盾なく共存させてしまう彼女の仕事ぶりは、むしろ正当であり、それ故に末恐ろしくもある。Adoのイメージディレクターも務める彼女は、開催を間近に控えた「OSAKA INTERNATIONAL ART 2025」にて個人制作としては初となる展示を実現。イラストレーターやイメージディレクターなど、型にはまらない彼女の作家としてのあり方、その精神性に迫るインタビューを前後編でお届け。

はじまりは二次創作

B- まずは、絵を描き始めたきっかけを教えてください。

ORIHARA- もともと漫画やアニメがすごく好きでした。物語を見るのが好きで、その物語に、もしこんなキャラクターがいたらどうなるかっていうことを想像していました。
例えば、『ハリーポッター』でいうと4つの寮があるじゃないですか。その4つの寮には、100年前にこんな生徒がいたかもしれない、というような想像を膨らませるんです。そうして、想像したキャラクターのデザインを自分で視覚化できるような形で始めたのがイラストになります。二次創作みたいなことが好きでした。

B- 受け手として楽しむだけではなく、そうした物語を元に想像を膨らませるというか。

ORIHARA- そうですね。物語の余白がすごく好きなんです。そうやって仲間内で創作をして遊んでいました。これがだんだん進んで、オリジナルの物語を作るようになり、小説というか文字がメインになっていったのですが、それを誰かに共有するときにイラストを描いていました。

OSAKA INTERNATIONAL ART 2025展示作品 「穢」

B- 漫画やアニメに限らず、普段から想像したり、何かを考えることは多い方ですか?

ORIHARA- そうですね。昔から結構色々な言葉を心にメモしています。恩師の一人に、「常にアンテナを張りなさい」と言われたことを凄く覚えていて。例えば、すごく特異なことをしていたり、人より一歩抜きん出ている人が最初から特別な存在というとそうではないと思うんです。周りの人が遊んでいたり、休んでいたり、見落としていたりする時に、何かに気づける人や、限られた時間の中で多くのことを考え、人よりも多く走っている人が伸びていくっていうのはすごく理にかなっているなと思います。なので、「今すごく雲がグレーだな。なんでグレーなんだろう?雲って白じゃないんだ」とか「なんで夕焼けの時にオレンジからピンクになって急にこの境界線が青になるんだろう」とか「そういえばなんで犬って四足歩行なんだろう」とか。人々がそういうものだよね、って認識しているものを「なんで?」って思う時間があればあるほど、人より一歩先に出られるんじゃないかなと思います。

B- なるほど、自分がいかにボケーっと生きてたのかっていうのが(笑)。

ORIHARA- 自分は考えすぎなところがあって、家の鍵を5回ぐらい閉めてあるか確認してしまって、よく周りの人に考えすぎなんじゃないかって言われます(笑)。

B- でもまあ閉め忘れるよりは全然いいと思いますけどね(笑)。

ORIHARA- 泥棒が入るよりかは(笑)。

B- ちょっと想像を絶するというか、人生の一コマへの没入の仕方が深いなというか。

ORIHARA- そう言っていただけて、5回閉めに行った鍵も救われます(笑)。

B- そうですね(笑)。でも、そうした普段からの観察眼というか、洞察力っていうのは絵に活きていますか?

ORIHARA- 絵に対してもイメージディレクターとしても活きていますね。人間の挙動であったり、今この場でこういう言葉を発する意味とか、なんで今泣いたんだろうとか、そういうことを考えているのは、結構活動に活きてきているというか、軸になっているのかなとは思います。

OSAKA INTERNATIONAL ART 2025展示作品 「I」

「その人一人の幸せを願い続ける」

B- 「イメージディレクター」は、それまでは無かった職業ですよね。

ORIHARA- そうですね。今となっては、将来イメージディレクターになりたいっていうような方からリプライをいただくこともあります。

B- 新たな職業を一個作ったんですね。具体的に何をするのか教えていただけますか?

ORIHARA- 技術的には担当する人のビジュアル、外見や所作などをイラストや様々な媒体、例えばグッズや衣装などのいろいろな形で、“この人はこういうキャラクターですよ、こういう人ですよ”というのをデザインとして置き換えていく職業です。メンタル的な部分では、その人一人の幸せを願い続ける仕事です。

B- そんなことを実現するには、例えば描く対象の方にすごく入り込んでいかないといけないというか、

ORIHARA- そうですね。

B- ORHARAさんの、例えば勘違いじゃないですけど、間違った風に描いてしまわないようにするっていうのは大変だと思うんですけど、その苦労はありますか?

ORIHARA- いつも苦しんではいますね。任せな!こうだよ!みたいな形にはできないですし、してはいけないと思っています。人というのは映画一本で感性が変わったりする生き物だと思うんですね。これで人生が変わりましたっていうことはたくさんある。たかだか2時間で人生観が変わってしまうかもしれないのに、1ヶ月前に得た情報で、“私はこの人を全部知っています”みたいには絶対にしないよう気をつけています。作品をあげる時も恐る恐る提出してみるみたいな。

B- さっきの話での「幸せを願い続ける」の、続ける、向き合い続ける、ということが凄く大切なんですね。

ORIHARA- そうですね。

B- 言ってしまえば、その人の人生を半分背負うぐらいの感覚というか、覚悟というか。

ORIHARA- 絵としてはこういう表現がいいけど、この人が誤解されてしまうかもしれないとか、本人の意図と異なる表情をする人間なんだと思わせてしまいたくない、とか。例えば、私自身がずっと同じ表現をとっていたら、この人は時間の止まった人間だと思われてしまうかもしれない。そういうズレが起きないように、常に「自分が間違っていたり、分かった気になっていないか」と考え続けるのが正常なくらいの職業だなと思っています。

イメージディレクターという、未だ踏みならされていない道を突き進むORIHARA。前編では、「その人一人の幸せを願い続ける仕事」と語る通り、自分を擦り減らしながらも相手に近づこうとする彼女の創作哲学を伺った。後編では、そうした状況下で彼女がどのようにして自分を保つのか、自己批判によって生み出される作品の軌跡を紐解いていく。



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【インタビュー】GUWEIZの描くデジタルアートの向こう側- 後編

前編で語られた創作の原点とインスピレーションに続き、後編ではGUWEIZの制作プロセスと今後の展望に迫る。独自のサインから日々の制作ルーティン、そして作品に注ぐ情熱まで、アート制作の裏側を詳細に語ってもらった。2025年の大阪万博への参加を控え、新たな表現への挑戦と成長を続ける彼の姿勢からは、真摯にアートと向き合う姿勢が伝わってくる。

アート制作の裏側

B- 今書いているサインへのこだわりはありますか?

GUWEIZ- 正直名前だけ書けば機能すると思っています。ですが、アーティストとして少し見た目に変化を加えた方が認識されやすいとは思います。そんな中で「Guweiz」の大きなGと、最後のZを長くすることで目立たせました。こだわりというこだわりなのかはわからないですが、実際これで機能しているのでうまくいっていますね(笑)。

自身のサインについて

B- 普段の制作スケジュールは自分で締め切りを決める、それとも何も決めずに制作をして作品が完成するんですか?

GUWEIZ- 厳密なスケジュールは特に決めていないですが、1か月に4・5作品は完成させるようにしています。実際、作品制作と同時にレッスンの仕事、商業的な仕事、様々な事を並走しながら作品を仕上げているので思うようにいかないこともありますよ。

B- 1つの作品制作時間、もしくは1日の制作時間を教えてください。

GUWEIZ- 作品によっては200時間かけることだってありますし、半分描き終えているのに納得いかないとやり直したりもする。昔なんて1日に16時間以上描いていたりもしましたが、もう若くないので12時間くらいですかね。

B- 制作過程の中で、悩んで、それを発散するときは何をしていますか?

GUWEIZ- なんでしょうね、実際その人に合った発散方法が合ったりすると思うんですけど、私の場合は発散するというより、悩んだりしても、とにかく描き続けます。そんな中でたまにYouTubeや音楽を流したりしながらリラックスもしている感じです。

B- 自身の制作現場で欠かせないものはありますか?

GUWEIZ- YouTubeです。とにかく部屋で音楽でも、時には何が流れているか分からなくてもそばにありますね。静かすぎると逆に集中できなくなってしまうので、少し雑音程度の方が丁度良いですね。

自身の制作現場

B- 制作の際に大事にしていることやルーティンなどはありますか?

GUWEIZ- 朝起きて、歯を磨く、そして食事をして制作を始める。これが私のルーティンですね。実際、自宅の中で生活と制作を両立させているので普段の生活とあまり変わりはありません。ルーティンワークを重視するというよりも、ただ単純に作品を作りたいという原動力が私にとっては大事です。

「自分が素晴らしいと思えるものを作りたい」

B- 制作の原動力はどこから来るのですか?

GUWEIZ- 難しい質問ですね。ただ単純に創作したい、完成させたいというものが根底にはあるんですが、私の作品のことが好きな人に見せたいというのが原動力ですね。

自分が好きなものを人々に見せられる機会というのは、実はとても貴重なものだと思うんです。誰もが、自分の好きなものを誰かに共有したいという願望を持っているはずです。「これ、すごくいいよ!」って。たとえば、友達に「これすごくクールな動画だから見て!」ってYouTubeを見せたときに、相手が「別に…」みたいな反応をすると落ち込みますよね。でも私は、多くのファンが私の作品に対して「悪くない」と思ってくれる立場にいられることをありがたく感じています。だからこそ、自分が素晴らしいと思えるものを作りたい。見た目もカッコよくて、自分の好きな要素がうまく組み合わさったもの。そして、それを見てくれる人たちがいることに、本当に感謝しています。それが私の原動力になっているんです。

B- 制作する上で心がけていることはありますか?

GUWEIZ- 作品を作るたびに、前作を超えたいという思いがあります。でも、「前作を超える」って難しい。毎回違うものを描いているので、単純な比較はできないんです。大切なのは、まだ自分が表現したことのない新しいものに挑戦すること。近代的な都市風景から時代物まで、建築様式や衣装、キャラクターなど、探究したい方向性は無限にあります。

私の目標は、新しい表現に挑戦し続けながら、「これはかっこいい!」と心から思えるものを皆さんに届けることです。

B- デジタルアートがフィジカルアート(MCA)になることで表現の広がりや、MCAの印象について教えてください。

GUWEIZ- 作品の表現はかなり広がりました。特にメタルキャンバスアート(MCA)の2.5次元表現は独特な魅力があります。完全な3Dと違って作品の見え方をより細かくコントロールできるので、アーティストの意図した通りの体験を届けやすいです。

B- 2025年に入って、今後挑戦していきたいことなどはありますか?

GUWEIZ- OIA(OSAKA INTERNATIONAL ART)の展示に向けて今は頑張っています。あれこれ手を広げずに、この一点に集中しようと思っています。こんなに大きなイベントはめったにないし、とても貴重な機会だから。ベストを尽くして、シンプルに、しっかりやり遂げたいです。

B- デジタルアートに限らずアーティストとしての夢はありますか?

GUWEIZ- まだ自分はそこまで優れているとは思っていなくて、学ぶべきこともたくさんあります。今はひたむきに絵を描き続けて成長していきたいです。

B- 最後に、進行中のプロジェクトや、告知したいことなどあれば教えてください。

GUWEIZ- OIAに参加するので、そこでたくさんのファンの方々に会えるのを楽しみにしています。



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【インタビュー】GUWEIZの描くデジタルアートの向こう側- 前編

シンガポール出身のデジタルアーティスト、GUWEIZが約5ヶ月ぶりに来日。前回の原宿でのGAAAT個展から、東京の街並みや明治神宮など日本の風景からインスピレーションを得たという彼に、創作の原点から現在のスタイル確立までの道のりを語ってもらった。『ロード・オブ・ザ・リング』や「ベルセルク」などのポップカルチャーにも深い造詣を持ち、シンガポールでの学生時代に鉛筆で密かに絵を描き始めたことが今日のキャリアの出発点となった。常に探求心を持ち続け、行き詰まりをも創作プロセスの重要な一部と捉える彼の美学と哲学に迫る。

GUWEIZのアイデンティティ

B- 前回の来日から約5か月ぶりですが、その間に新たな創作のアイデアは生まれましたか?

GUWEIZ- GAAATとの原宿での個展はとても刺激的な経験でした。普段のファンとの交流はネットを介することが多いですが、原宿では、ファンの方々のリアルな熱気を感じ、アイデアに加え、創作に対するエネルギーをもらえました。ファンがいることで今の自分があることをとても実感しました。これから様々な作品を作り、皆様に共有できることが非常に楽しみです。

B- 普段の作品作りではどのような事からインスピレーションを得ていますか?

GUWEIZ- 美しい物です。美しいと私が感じるもの。例えば街の風景をとってもそうですし、中世や近代の衣装デザインなど、様々な物に対してインスパイアされています。あとはポップカルチャーや他のアーティストもそうですけど、東京では多くのインスピレーションを得られたと思います。明治神宮にも行ってみましたけど、素晴らしかったです。

東京はすべての建物に独特な雰囲気があるなと思っています。例えばシンガポールでは、多くの建物が均整の取れたデザインなんです。でも東京の風景を見ていると母国とは違った建物の配置、制御されてる様な混沌さに魅了されました。

B- これまでどんなポップカルチャーに触れてきましたか?

GUWEIZ- 良い意味で様々なものに興味がありました。ハリウッド映画から日本のアニメまで幅広く楽しんでいましたし、各作品の微妙な違い(例えばハリウッド映画の広大さから漫画などのタッチの緻密さ)をバランスよく楽しんでいました。

B- その中でもずっと好きな映画やゲーム、漫画を教えてください。

GUWEIZ- 『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズは大好きです。脚本や演出に派手さがありながらも、暗いシーンを表現するのがとてもうまく、暗い中にも一筋の明かりがしっかりと表現されていて、私の作品にもそういった要素を取り入れています。あとはフロムソフトウェアのタイトルや、漫画だと「ベルセルク」も、今でも読み返すくらい大好きです。

B- 他のアーティストから影響を受けることはありますか?

GUWEIZ- もちろんありますよ。でも、単に真似するのではなく、なぜその表現を選んだのかを考えています。アーティスト同士が影響し合って、それぞれが自分なりのやり方で表現しているのを見るのはとても楽しいですし、時には「自分ももっと頑張らなきゃ」と思うこともあります。そういう刺激があるから、どんどん挑戦してみたくなるんですよね。

Concert

アーティストとしての出発点

B- アーティストを心がける転機やきっかけになった出来事、もしくはなぜアーティストになりたいと思ったのですか?

GUWEIZ- とにかくシンガポールは勉強熱心な国だったんです。そんな中で、日本でいう中学生くらいの頃でしょうか、数学の授業が苦手で成績も良くなく、家でゲームもさせてもらえませんでした。そんな時期にふと、鉛筆で絵を描いてみたんです。家族には私が描いてることは気づかれなかったので、なんとなく描き続けてました。これが当時の私の楽しみの一つになっていったんです。あの時、趣味であったゲームに変わって絵を描き続けてきたことが、今、アーティストになったきっかけです。

アーティスト活動初期の作品

B- 現在の制作のスタイルになるまでにどのようなプロセスを辿ってきましたか?

GUWEIZ- まずは自分が好きなアーティストの作品や好きなものを模倣することから始めました。最初は本当にひどかったです。スキルが不足しているので出来栄えがよくなかった。描くにつれて、次はこうしてみようと工夫するようになったんです。小さめのポートレイトでキャラクターを描いてみて、追加する形で様々な背景や要素を取り入れていきました。少しづつ時間をかけて絵を描いていくこと、物事の視野を徐々に広くしていくこと、この工程の中で新たな発見であったり探求心を向上させました。この探求する心構えによって、自分の作品の幅も広がっていったのです。

経験を重ねるにつれて作品の描き方、時間のかけ方、表現に対してより効率的になりました。作品を描く中で、思ったものと違うと感じた際は、これまでの経験を活かし、視点を変えて少しづつ仕上げていく、こういった自然なプロセスを大事にしています。

B- フィジカルアートではなくデジタルアートを選んだ背景には特別な理由などはありましたか?

GUWEIZ- デジタルアートのアクセスのしやすさに注目しました。鉛筆やペンの作品ではスキャンした際の出来栄えも良くありません。もちろん、そのジャンルで色彩豊かな方々はいますし、ただ私はそうではなかっただけです。道具をとっても、特にアート業界と縁がない環境だったので、両親に道具を都度揃えてもらう必要があり、それだったら中古のタブレットでも十分に始められると思いデジタルを選択したのです。

今でも当時と同じモデルのタブレットを愛用していて、たまに「もっと高い良いもの使えば?」などと言われたりもしますが、もうこれに慣れてるし、安心するんですよ。それでも初心者にとっては非常に始めやすいと思います。そこまでお金のかかるものでもなく、部屋を占有するほど大きくもない、そういった部分に惹かれたんですかね。

B- これまで作品作りを続けてきて印象に残っている作品、またその理由を教えて下さい。

GUWEIZ- 花田美術で展示をした「Ash」という作品です。私にとって完璧な作品だと思えたからです。他のアーティストが見たら改善点などあるかもしれないですが、私にとってはその作品が完璧だったのです。

Ash

B- 制作過程の中で、行き詰ったことや大変だなと感じた体験はありますか?

GUWEIZ- もちろん。一つの作品を描き上げるのに15回くらいは描いて、悩んで、描いてを繰り返しているんじゃないですかね。この制作過程こそが、行き詰りが起きている事が、重要だと思っています。行き詰るということは、絵に対して真摯に思考を巡らせているんです。何も考えずに描いているだけでは良い作品は出来上がりません。つまり、描くということは、こういった行き詰ったプロセスをどうにかしてまとめ上げ、対処していくかを学ぶ経験だと考えています。それを繰り返したことで今の自分の作品にスタイルが生まれていると思います。

インタビュー後編では、彼の最新作品や将来の展望、MCAの表現について、さらに深く掘り下げていく。



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ドラえもんはアート?

我々日本人からすれば普段当たり前のように馴染んで、もはやDNAに浸透していると言ってもいい作品を、例えば海外の人に見せるとする。

僕らが当たり前のように、子供の頃の食卓や家族団欒の時間に、何気なしに眺めていた(勿論楽しんでいるのだけど)モノを観た時、彼らは僕らの想像するよりかははるかに、ありがたそうに、神聖なものを見るかのように、画面、紙面に夢中になってくれる。すると、あたかも自分がその作品を作ったかのような(これは言い過ぎか…)得意げな気持ちにさせられる。

そんな時、その作品の小話を、一つでも、してあげられればいいのだが、何せあまりに当たり前に馴染んでしまったもの。「知らない」ということが、存外起こり得る。

日本の現代美術家である村上隆は以下のように述べる。

「僕は、ドラえもんがアートだと思っているんです。最終的に漫画が日本の芸術の頂点であるという風に、橋渡し的な役割分担で(芸術活動を)やっています。」

【宮崎駿と高畑勲】芸術家の本音とコンプレックスとは?【村上隆vs斎藤幸平】

アートとまでは言わないまでも、親しき仲にも礼儀ありというか、僕らの子供時代を支えてくれた数々の名作にもう少し敬意を払って、大人になった今、知ろうとする事は素敵なことのように思える。この記事を通して、そうした日本人にとって、慣れ親しみ過ぎた名作を「知る」もしくは新たな視点でもう一度楽しむきっかけになれば素晴らしいと思っている。

例えば、先の話に登場した『ドラえもん』は、2025年で生誕45周年。

『ドラえもん映画祭2025』と銘打って、34日間連続で43もの作品が神保町シアターにて上映された。2010年以前に公開された作品は35ミリフィルムでの上映ともあり、大変話題を呼んだ事は記憶に新しい。

また、村上隆とのコラボレーションをはじめ、森アーツセンターギャラリーでは『THE ドラえもん展 TOKYO 2017』が開催され、それまでの、読んだり、見たりするものとの認識に加え、アート的な視点で『ドラえもん』を鑑賞する提起がなされた。『THE ドラえもん展 TOKYO 2017』図録の中で日本の画家である町田久美は、「要素を最小限まではぶいているのに、その世界観の中で一番正確な形が描かれている」と述べるなど、描かれた一枚一枚の絵の作品としての強度が伺える。

通常、漫画における1ページあたりの平均的なコマ数は5〜7コマであり、例えば1974年7月に発売された『ドラえもん』1巻は192ページ。仮に1ページ6コマだとすると、一巻の漫画だけで、少なくとも1152枚の絵が必要なはずだ。 

さらにアニメの世界では、1秒あたり約8枚の絵が使われると言われており、放送枠である30分からCM分を差し引くと、アニメーション自体の持ち時間はざっと20分前後。こちらも最少でも9600枚もの絵が必要になってくる。もちろん作者である藤子・F・不二雄だけでなく、全ての漫画家、アニメーターに言えることではあるだろうが、中でも45年もの間続く『ドラえもん』である。

画家や芸術家をも唸らせるその完成度の高さには、流石は僕たちの『ドラえもん』だ。
こうした親近感の高さの所以は、何も昔からお茶の間にいたから、だけではない。

その可愛らしい丸みを帯びたフォルムや、高い技術力(秘密道具)を持ってしても、のび太に負けじと抜けたところのあるキャラクターを見ると、やはり、愛さずにはいられなくなってしまうのだ。

そして、2021年に発売された『THE GENGA ART OF DORAEMON ドラえもん拡大原画美術館』では、1コマ1コマを絵画として鑑賞できる「作品」として、美術的視点から7つのテーマで『ドラえもん』のコマを厳選し、原画を拡大して掲載しているというから面白い。また、2011年に開館した藤子・F・不二雄ミュージアムでは、原画をはじめ、5分の1スケールののび太の家などの立体物を展示しており、改めて『ドラえもん』の歴史に触れることが出来る。 

このように長く親しまれてきた『ドラえもん』。様々な見方があり、子供から大人、画家や現代美術家など、誰でも楽しむことができる。

残念なことに、作者である藤子・F・不二雄(1996年没)とかつてコンビを組んでいた盟友、藤子不二雄Ⓐは2022年に亡くなってしまった。2人の物語はまた別の機会にとっておくとして、『ドラえもん』が未だ続くように、彼らの残した作品や姿勢は、多くの漫画家や画家に確かに継承されている。彼らの描いた、夢や希望は不滅だ。

そして最後に、藤子・F・不二雄が、のび太の父であるのび助(のび助は幼少期に画家を目指していた)に言わせたであろう言葉で締めくくりたい。

『ドラえもん』31巻で、絵がうまく描けないと悩むのび太へ、父としてエールを送る一幕だ。

「絵は心だ!なにかをみて美しいなとかかわいいなとか心に感じたら、それを表現するのが芸術だ」

 「あとからアルバム」(小学館てんとうむしコミックス31巻収録)

PAC-MAN MIKOSHI FEST .が描く2.5次元の世界

2025年からバンダイナムコエクスペリエンスによる音楽と映像、アートにキャラクターを掛け合わせた“体験型空間エンターテイメント”プロジェクトが始動。2月1日には、新宿の東急歌舞伎町タワー内『namco TOKYO』にて第1回となる「PAC-MAN MIKOSHI FEST.」が開催された。

1980年5月22日に誕生し、日本国内にとどまらず世界中で爆発的人気となった『PAC-MAN』。パクパクと口を動かす『PAC-MAN』が、赤や青など4種類のゴーストをかわしながら迷路内のドットをすべて食べつくすとクリアとなるシンプルなゲームで、2005年には”最も成功した業務用ゲーム機”としてギネス世界記録に認定されました。

そんな『PAC-MAN』を新たな形で体験できるのが2月1日に開催された「PAC-MAN MIKOSHI FEST.」だ。会場内に入れば、ど真ん中にドンと鎮座したPAC-MAN神輿がお出迎え。1980年代のシティポップと「START MUSIC」をはじめとする『PAC-MAN』サウンドをミックスした“この日限り”の生演奏が会場に響き渡る中、日本の伝統文化「神輿」を取り入れたVDJがさらに会場を盛り上げた。

そしてその傍らに展示されるのが、バンダイナムコがアートブランド「GAAAT」とともに制作したメタルキャンバスアート作品「PAC-MAN IP Metal Canvas Art」。

「メタルキャンバスアート」とは、デジタルアートを金属に塗装して制作する2.5次元の立体作品のこと。アートディレクター、デザイナー、エンジニアから構成されるアートプロダクションチームが、『PAC-MAN』のデジタルデータを元に、オリジナルのアート表現を制作。デジタルデータから2.5次元の凹凸をつくりあげるデータ加工技術、繊細な立体をフィジカルなアートに落とし込む表現技法が特徴。PAC-MANが象徴するエネルギーと未知への探求を描き出した「Frame out」やダイナミックなスプレーアートのタッチを生かした「Graffitish」、都市の喧騒の中で生きる『PAC-MAN』をイメージした「Refrain」など、凹凸を生かした迫力のあるアート作品が新たに誕生した。

『Frame Out』:『PAC-MAN』が象徴するエネルギーとその進む先に広がる未知への探求を描き出した作品。
『Maze』:モザイクアートの中のキャラクターたちは異なる角度でランダムに配置。そしてその色合いは、当時のスクリーンに映し出されたときと同じ色調で、懐かしさを呼び起こす。
『Haku / 箔』:『PAC-MAN』は金箔で彩られ、独特な光沢と重量感がPAC-MANの歴史と文化の重みを表現している

展示された作品はすべてイベントオリジナル。数量限定で販売された。バンダイナムコエクスペリエンスは、アートとキャラクターを掛け合わせた“これまでにない”イベントを今後も開催予定。ぜひご注目を!

PAC-MAN™& ©Bandai Namco Entertainment Inc. 

『PAC-MAN』が繋ぐエンターテインメントの新境地【前編】

「namco TOKYO」と言えば、新宿にあるゲームセンター。運営するのはバンダイナムコアミューズメントだ。ゲームセンターのイメージが強い同社だが、この他にも様々な取り組みを行っている。例えば「VS PARK」では、テレビのバラエティ番組のように大掛かりで、走ったり、投げたり、打ったり、跳んだり。様々なエンターテインメント要素をふんだんに盛り込んだアクティビティを楽しむことができる。

今回は、多方面に事業を拡大しているバンダイナムコエクスペリエンス経営企画部経営戦略課に所属する松村氏に話を伺った。

バンダイナムコエクスペリエンス経営企画部経営戦略課に所属する松村氏に話を伺った。

B- バンダイナムコエクスペリエンスの経営企画部経営戦略課とは具体的にどのような仕事をするのですか?

松村- ビジネスの種を見つける仕事ですね。既存事業ではない新規事業を検討する課になります。

B- その事業の一環で、アートに目を付けられた?

松村- いや、正直言って、アートとのコラボは偶然なんです。偶然というか、ご紹介いただいたのがきっかけです。実際にGAAATさんの作品を見た瞬間に、IPとの親和性だったり、これまでにない価値を提供できそうだな、と。そこから前向きにお話しさせて頂きました。

『Maze』の前に立つ松村氏。

B- いざアート作品を作るにあたって、どうして『PAC-MAN』だったのですか?

松村- 単純に僕が好きだからっていうのもあるんですけど、今回、まずはじめに顧客ターゲット層として思い浮かんだのがインバウンドだったんですね。

B- 確かに、海外での日本のアニメ、漫画の人気すごいですからね。

松村- コロナでの自粛期間中に、すごい配信プラットフォームが伸びたんですね。その間に日本アニメってすごい認知度が上がったんですよ。

B- なるほど。

松村- 特にアメリカでは『PAC-MAN』人気ってすごいんです。熱狂度がすごくて。この『PAC-MAN』を正しい形で魅力的なコンテンツにすることができれば、絶対多くの人に共感してもらえるだろうなと思いました。

B- 最終的に作ったのはMCA(メタルキャンバスアート)作品でしたよね?

松村- そうですね。

B- それはどうして?

松村- IPキャラクターって、機能的な商品が多くて、例えばボールペンにキャラクターが描かれている物とか、ドリンクのパッケージにキャラクターがついてるとか、そういう付加価値。

B- いわゆる、副次的なものというか。

松村- 情緒的なものでいうと、フィギュアだったり、ぬいぐるみとか、アクリルスタンドみたいなものがメインだと思うんです。 何かもうちょっと、キャラクターを生活に馴染ませるというか、憧れられる形で展示できるものがないか、ちょうど探してたところだったんです。 そんな中で、パッと見て価値が伝わる、これであればお金を出してもいいなと思うようなものだったので、試してみたいと思いました。

GAAATと『PACK-MAN』のコラボによるMCA作品。

B- 合わせて体験型空間エンターテインメントを企画されたんですね。

松村- そうですね。

B- 生演奏を聴きながら踊れて、神輿を担げる。アートも見て、尚且つ買えるイベントだったと聞きました。

松村- これもインバウンドに対して、うちのコンテンツを組み合わせた音楽イベントみたいなものができれば面白いなと思ったのが走りです。ただ音楽聴いて飲めるイベントじゃ面白くないよねっていうので、アイディアを出していく中で、例えば神輿担げるってどう?みたいなアイディアが出てきたんです。その場では、いやないでしょって思ったんですけど、その日帰った夜に、ずっと神輿のことが頭から離れなくて。確かにおもしろいなと。それで試しに作ってみたっていう感じですね。

東急歌舞伎町タワー内『namco TOKYO』で行われた「PAC-MAN MIKOSHI FEST.」の会場の様子

B- 音楽はどうしてシティーポップにしたのですか?

松村- これもアメリカでとてつもない認知度と熱狂度のあるシティーポップを掛け合わせるっていう狙いです。 あとちょっと裏話ですけど、本当は『PAC-MAN』で一つの音楽を作りたいなって思ったんです。イベント当日に、三、四十分ぐらい生演奏の尺がある中で、『PAC-MAN』っていうと、1980年発売のゲームなのでそんなに音源がないんですよ。その三、四十分持たせるような音源素材が存在してなかった。

B- なるほど。

松村- 『PAC-MAN』が生まれた当時1980年代のシティーポップと、『PAC-MAN』のSE(ゲーム内の効果音)を効果的に使ってやりましょうっていうのを、今回入って頂いた音楽プロデューサーの方に提案していただいて、面白そうだなと決めました。

シティーポップの生演奏を聴きながらお酒を飲む。加えて神輿を担げてアートも見れる。買える。一見なんの繋がりもないように思えたイベントの狙いや内実を聞けたところで、後編では、そもそも、どうしてこのイベントを企画したのか、その背景を伺えればと思います。

PAC-MAN™& ©Bandai Namco Entertainment Inc.

『PAC-MAN』が繋ぐエンターテインメントの新境地【後編】

前編に引き続き、バンダイナムコエクスペリエンス経営企画部に所属する松村氏へのインタビュー。後編では、松村氏が描く、これからの体験型空間エンターテインメントのカタチ、さらには、眠っているIPコンテンツの潜在能力、その可能性について伺った。

B- 先日のイベント企画の背景を教えてください。

松村- 実は2年前に立川の昭和記念公園で行われた花火大会で、『太鼓の達人』を使ったイベントを出展したんです。昭和記念公園内に『太鼓の達人』があそべるブースを作って、花火大会が始まる前の時間に無料で叩けるような企画で。

B- 花火が始まるまで暇ですもんね(笑)

松村- それがすごいね、 僕的にはいい仕事したなと思っていて(笑)。

上手い人がやっても盛り上がるし、ちっちゃい子どもが頑張って叩いたりしていて、子どもも楽しいけど、後ろの親御さんたちもそれを見て喜んでくれる。 

そこまでは想像できていたのですが、それを見る周りの関係のない大人たちまで笑顔になっていく連鎖がすごく素敵でした。

B- 関係ない人たちまで!

松村- そうですね。あとはやっぱり、この場が一体として盛り上がってくれているのが、すごくいいなって思いました。これまで僕らって、基本的に固定の場に店舗を作って商売させて貰うということをやってきました。

ただ、これはどちらかというと、人が集まる場所に、僕らが持っているコンテンツを持っていって、そこで熱狂が生まれた。

B- 待つのではなく、行くというか。

松村- ですね。僕らのコンテンツって、まだまだこういう価値の届け方があるのだと気づいたわけです。

既存の場所に出店をして楽しんでいただくっていうスタイルだけではない方法を検討する必要があるなと感じました。

B- 花火大会での手応えと、そうした可動式のイベントというアイデアが基になって、先日の「PAC-MAN MIKOSHI FEST.」に繋がったのですね。

松村- そうですね。これらの背景から持ち運びができるっていうところがキーワードとしてありました。その構成要素が、音楽、映像やアート、神輿と、どんどん増えてきた感じです。

イベント会場に設置された『PACK-MAN』の神輿。

B- イベントを終えて、改めて感じたことや、これからのエンタメのあり方として、何かお考えはありますか?

松村- 単にイベントでアートとか物販を売るっていう形にはしたくないのです。ああいった体験型コンテンツ全体が、来て頂いた人たちはもちろん、コラボさせて頂いたアーティストの方にとっても魅力的な場所みたいなものになっていくと僕は嬉しいなと思っています。

B- 具体的にはどういうことですか?

松村- 日本の技術や若い人の感性ってまだまだ発掘され切っていないと感じています。能力は持っているのになかなか認知されていないとか、披露する場がないみたいな人。 そういう方たちに対して、僕らの、企業としての信用と提案力を持って、いろんな人の目に触れる機会をうまく作れればなっていうふうに思います。

これは将来的に狙っていきたいというか、そういう人たちがしっかりと認知されて、当然来場してくれるお客さんも楽しめたうえで、アーティストや僕らがご飯を食べていけるような状態みたいなものを作り上げられたら仕事として最高に楽しいなと思っています。

B- ある種メディア的な役割という。

松村- そうですね。そういった風になれると嬉しいなと思っています。

B- ニューカマー的な人を発掘するわけじゃないですけど、そういう人たちが表現できる場ということですね。

松村- うまく構成していけば、結構いい場所になるなと。そこをさっきおっしゃっていたように、本当にメディアとして捉えて、広場のようにして、名前が売れていく人が出てきたらそれもまた嬉しいです。 結果的にはその人たちが本気で作ってくる商品だから、お客さんも喜んでくれる商品になるよねっていうふうに思います。

B- それはIPコンテンツとしての人気度とか知名度があってこそ、そういった役割を担えるってことですね。

松村- それもありますし、あとはIP自体の鮮度っていうところもあるかもしれないですね。

B- どういうことでしょう?

松村- 『PAC-MAN』は、今年で45周年なのです。それが今回、MCAとして新しい形で表現できた。一つのキャラクターに対して、こうした継続的な提案や、新しい見せ方を模索して、それが確かに良いものであれば、お客さんに対して新しい価値提供ができることが分かった。

キャラクターにとっても継続的な提案は必要な要素だと考えています。

B- 相互にとって、素晴らしいコラボだったわけですね。

イベント当日には大小様々な『PACK-MAN』のMCAが販売された。

バンダイナムコグループの掲げる、「いいものつくる」「もっとひろげる」「そだてつづける」「みがきふかめる」。そのひとつのかたちとして、これからの『PAC-MAN』を楽しみに。
そして、インタビューを通して気がついたのは、手塩にかけて育てられ、愛されたIPキャラクターの懐は、思ったよりも深そうだということ。人気IPを通して広がるカルチャーの輪は無限だ。
様々なカルチャーを巻き込んでフックアップしていく『PAC-MAN』の後ろ姿は、見られないけれど、きっと、たくましいに違いない。

PAC-MAN™& ©Bandai Namco Entertainment Inc. 
Taiko no Tatsujin™Series & ©Bandai Namco Entertainment Inc.

伝統文化のフロンティア

「僕から一個だけ。憧れるのをやめましょう」から始まった大谷翔平の言葉は、2023年、ベースボールクラシック(WBC)決勝の舞台を前に、侍ジャパンの気を引き締めるには十分だった。前回王者であるアメリカを3-2で下し、実に14年ぶり3度目の優勝。悲願の世界一奪還を成し遂げたのだ。

試合前、円陣での声出しを務めた大谷の言葉は次のように続く。

「憧れてしまっては超えられないので、僕らは今日超えるために、トップになるために来たので。今日一日だけは彼らへの憧れを捨てて、勝つことだけ考えていきましょう。」

「謙虚な日本人」というレッテルを、この日だけはそっと剥がして果敢に立ち向かった侍ジャパンの勇姿は、今なお鮮明だ。だが、戦いの場はスタジアムに限った話じゃない。野球のような熱狂や派手さはないかもしれない、いや、ところがそんなこともない。

今回は、時にド派手に、しかしリスペクトは忘れず、伝統文化に挑戦する人たちを紹介していく。

独自スタイルで切り拓く新たな茶道

松村宗亮は、茶の湯の基本を守りつつ、現代にあった独自のスタイルを構築している茶人だ。松村は学生時代にヨーロッパを放浪。その時に自分は日本人でありながら日本文化を知らないということに気がつき、帰国後に茶道に華道、習字を始めた。中でも「お茶」に面白さと可能性を見いだし、のめり込んでいく。

全く独自の世界観でお茶を点てる松村宗亮:PR Timesより

「ルールの間にある自由さ」が楽しいと語る通り、彼の活動は自由、もっと言うと無茶苦茶にも見える。と言うより「無茶苦茶」は、彼が会長を務める会社の名でもある。

世界的なデザインの祭典である「Dubai Design Week 2023」では、「アラビ庵」での茶会をプロデュース。茶室はその土地の緯度から形状を導き出し、地域の生ゴミを「食品コンクリート」として建設するなど、展示国であるドバイの文化にちなんだ企画は大変話題を呼んだ。

「Dubai Design Week 2023」にて「アラビ庵茶会」をプロデュース。©Mucha-Kucha Inc.

コンテンポラリーアートや舞踏、ヒューマンビートボックス、漫画などとの積極的なコラボレーションにも見られる彼の独自性は、ある意味では必然だった。

それは、無名かつ初代といういわばハンデを持って、伝承文化である茶道の世界に飛び込んだ彼の生き抜く術でもあったわけだ。利休の時代から脈々と続く、創造性や精神性、爆発力を忘れずに、彼の活動は納まるところを知らない。

言語学のズレを焦点に

伝統に則り、拡張していく動きは、書家の山本尚志にも共通している。

著者インタビュー【前編】|山本尚志「書は現代アートとなりうるのか!?」:ART DIVER

「モノにモノの名前を書く」ことを立脚点として、書と現代アートを行き来する山本。
彼は「書」が言語であると想定しつつも、言語学とは元来西洋の文脈であり、漢字やひらがな、カタカナには対応していないところに目を付ける。

例えば、リンゴという物質を表す英単語は「apple」。

これが日本語の場合は「リンゴ」や「林檎」、「りんご」…。
日本人からすると、何を当たり前なことを、という話だが、海外の人からすると、

「…?」

山本は、西洋の言語学と、日本や漢字文化圏の言語学のこうした明らかなズレに焦点を当てた。

山本尚志『マシーン』, ボンド墨・和紙,, 695×1350 mm ©Hisashi Yamamoto, Courtesy of Yumiko Chiba Associates:PR Timesより

また、同氏は2018年より「ART SHODO」を提唱。現代書の認知と書家の発掘を目指した組織で、今では100人ほどの規模にまで成長し、様々な作家を輩出している。

山本から広がる現代アートとしての「書」。その盛り上がりから目が離せない。


と思っていたが、街中で見かけたスニーカーには、思わず目を奪われた。

TRADMAN’SとVANSのコラボによって実現した「盆栽」のテクスチャーを用いたOLD SKOOL。Copyright TRADMAN’S All Rights Reserved.

VANSの「OLD SKOOL」を彩るのは、遠目にみると迷彩柄だが、よくよく目を凝らすと…盆栽!

盆栽のニュースクール

平安時代に中国から伝わったとされる盆栽は、日本で独自の発展を遂げた。銀閣寺を建立し、文化的側面でもよく知られる室町幕府8代将軍足利義政も盆栽を育てていたそう。

『ESC Garage&Club(エスク ガレージアンドクラブ)』で行われたPOPUPでの展示作品。:PR Timesより

そんな、いわゆる手の届かない盆栽のイメージを刷新したのが、小島鉄平だ。彼が代表を務めるTRADMAN’S BONSAIでは、先のVANSをはじめ、様々なコラボレーションを実現。

小島鉄平率いるTRADMAN’S BONSAI:PR Timesより

彼もまた松村宗亮同様、事のきっかけは海外での出来事だった。当時アパレルバイヤーとして米国を巡っていた小島が目にしたのは、曲解された「盆栽」の姿。自慢げに見せられたそれは、鉢合わせも剪定もできておらず、幹にペンキを塗ったものまであったという。

松村と事情が異なるのは、彼は幼少期から盆栽に触れていた点。

服の裾からチラリと見えるタトゥーや、ストリートカルチャーやファッションを好んでいるパーソナリティからわかるように、幼少期から盆栽の「カッコよさ」に惹かれていたという。海外で曲解されていた「盆栽」のカッコを外し、その素晴らしさを、国内外に伝える小島。

彼もまた「オールドスクールがあってのニュースクール」と語っている。

TRADMANS TOKYO MARUNOUCHI BONSAI STORE:PR Timesより

登場した3人に共通するのは、先人を尊びながらも、果敢に挑戦する姿勢。進化論にもわかるように、移ろいゆく時代の中で淘汰された種は数えきれない。伝統文化もまた、新陳代謝を繰り返すことで時代を超えてゆく。

そしてこここそが、伝統文化の最前線だ。

テクノロジーとアート‐ざっくり美術史メモ【前編】

AI(人工知能)の進化や浸透が著しい。あらゆる機械技術に組み込まれるだけでなく、「Chat GPT」を日常使いしている人もいるし、今やどの分野でも無視できない存在になっている。

例えば昨年の芥川賞受賞作『東京都同情塔』を執筆した作家・九段理江氏は授賞式にて「受賞作の5%は生成AIによる」と答え大きな話題を呼んだ。悔しいけれどこの記事だって、生成AIに書かせた方がより良くなる可能性はなきにしもあらず……。

「技術と芸術」言葉の起源から探る根源的な関係

では、芸術の分野ではどうだろう。近年は生成AIはもちろん、VR/ARを取り込んだ作品やドローンカメラを用いた作品が発表されるなど、テクノロジーの変化・進化に対応したアート作品が散見されるようになってきた。作品だけでなく、美術館のバーチャルツアーなども人気コンテンツの一つだ。

メトロポリタン美術館館内(出展:google arts)

しかしながら「技術と芸術の関わり」という視点に立てば、変化は今に始まったことではないことがわかる。この連載では、そんなテクノロジーとアートの歴史を、あくまで簡単に、そのターニングポイントを挙げつつ振り返っていく。そのまえに。前編となる今回は「芸術」という概念の始まりまで遡ってみたい。

突然ですが、「芸術(アート)」の語源はなんでしょう。一説には、古代ギリシア語の「テクネー」、ラテン語の「アルス」などが挙げられる。これは「技巧/術」を意味する単語だ。今日的な意味での「芸術」を指すだけでなく、もっと広い意味での技法や知識と応用までを指す言葉だったそうで、弁論術、医術、建築、料理なども含まれており、人間の「技」を指す語として用いられていたとか。

技術と芸術。小中学校の科目を思い出してみると、全く異なる内容がカリキュラムされていたけれど、言葉の出自を辿れば取り立てて相反することでもないのである。

古代から中世あたり(近代以前)までにおいて、基本的に芸術は技芸。エジプトでは「完全さ」の再現が美として求められていたし、王侯や聖職者ら高貴な人物を描いた肖像画は、いかに時の人を精緻に(欠点を隠しつつ)表現し、市井の人々に伝え、後世に残すか、その技量が問われていた。

Discobolus in National Roman Museum Palazzo Massimo alle Terme(出典:Wikimedia commons)

時代を超える「技」の美学 ー 古代から縄文まで

ここ日本ではどうだろう。『太陽の塔』で知られる岡本太郎は、「縄文」の世界を芸術の文脈で発見したことでも有名だ。スマートな胴体。引き締まったくびれ。ふくよかな膨らみをもつ縄文土器を見て衝撃を受けた岡本太郎。縄文人たちの「技術」、そこから生まれ出される造形美を賛美し、日本美術の原点を感じた岡本太郎は「縄文土器論」を執筆。美術の教科書が「縄文」から始まるきっかけを作り、その後の縄文ブームに繋がった。

東京国立近代美術館「ハニワと土偶の近代」

高い技術をもったいにしえの“芸術”。進歩史観(昔から現代へ向かって直線的に進歩しているという考え)では、美術の歴史は理解できない。時代によって、作品の目的や意義が違うからこそ、「昔なのにすごい」というよりも、「昔だからこそのすごさがある」というように考えることもできるし、縄文のように、名もなき人々や職人たちによる痕跡が芸術として捉えられるようになることもある。

現代アートにおける技術の進化と表現の広がり

作家たち、そして芸術にかかわる名もなき人々は常々、その時代に呼応し表現を模索しているのだ。だからこそ、インターネットの回線が全世界で繋がり、スマートフォンを誰もが手にする現代におけるアーティストたちは、この時代に呼応するようにインタラクティブ(双方向性)なアート作品や、没入型のアート作品の制作も行なうことがあるのである。

Testing new artwork for Symbiotic seeing, a solo exhibition at Kunsthaus Zürich, opening later this month

やや駆け足だが、テクノロジー(≒技術)とアートが、その根源から密接な関係にあることがわかったはず。続く中編では、レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロらが活躍したルネサンス期、モネをはじめとする印象派の画家たちの作品を照らしながら、テクノロジーとアートの関わりを読みといていきたいと思う。

民藝が紡ぐモノづくり

民藝とは何かをご存知だろうか。民藝と聞くとアートの文脈からはかけ離れた、お土産のようなイメージもあるが、実はさまざまな時代のアーティストやデザイナーたちを虜にしてきた。民藝という言葉を生み出した「民藝運動」とは、歴とした日本発の芸術運動なのだ。民藝運動は国内外の工芸・美術・思想の世界を中心に瞬く間に広がり、その影響は現代の作家たちにも与え続けられている。民藝の愛好家たちはみな、使っていくことで民藝の奥深さを身をもって知ってきた。そう、民藝とは最も身近な”使える”アートなのだ。

民藝の本質:職人の美、世界を魅了する日本の生活文化運動

民藝運動とは、1926年に柳宗悦・河井寛次郎・浜田庄司らによって提唱された生活文化運動のことだ。当時の工芸界の主流は装飾的な作品。柳たちは、名も無き職人の手から生み出された地域特有の生活道具を「民藝」と名付け、生活の中にこそ美しさがあると考えた。

2024年には、東京・森美術館で「シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝」が開催されたのも記憶に新しい。世界でもっとも影響力のある100人*のアーティストにも選ばれている現代アーティスト、シアスター・ゲイツが、自らの黒人としてのアイデンティティと、日本の民藝運動における思想を融合した「アフロ民藝」が注目を集めた。
Power 100 – ArtReview

Theaster Gates(出典:Wikimedia commons)

民藝の現在:伝統と革新が交差する、新たなアートの形

さて、使ってナンボの民藝。私たちの暮らしにどう活かしていけばよいだろうか。東京・青山にあるARTS & SCIENCEはいち早く民藝の世界観をファッションに落とし込んだセレクトショップで海外からのファンも多く訪れる。

丁寧に選び取られた、食器やラグなどの日用品に加えて、古布・草木染めなどを使った洋服やバッグをスタイリッシュに提案している。

〈1+0 for A&S〉のカレー皿

世界が注目する民藝の世界。スペインのラグジュアリーファッションブランドであるLOEWEは、クリエイティブディレクターであるジョナサン・アンダーソン氏の下で定期的にLOEWE CRAFT PRIZEというイベントを開催しており、民藝の流れを汲む日本およびアジアの工芸作家たちも多くノミネートされている。

LOEWE FOUNDATION Craft Prize 2025

ジョナサンはJWアンダーソンのデザイナーでもあり、近年ではユニクロとの継続的なコラボレーションを実施するなど、幅広い活動を行っている。ラグジュアリーなものから、手に取りやすいものまでをデザインしている彼の姿勢そのものが、民藝の思想に通じるところもある。

日本から世界へ:民藝がつなぐアート新たな一面

最後に日本から世界に民藝を紹介しているtatami antiqueを紹介しよう。複数人のディーラーからなるtatamiは、日本の土産物屋の大定番!・ペナントのコレクションから民家の木札、骨董品にいたるまでさまざまな民藝品を日本や海外で展示・販売している。(オンラインショップからも購入できる)

tatami antique公式インスタグラムより

民藝は国境を越え、さまざまな人々に愛されるアートになりつつある。たとえばこけしは”KOKESHI doll”として知られている。日本各地に存在するこけしは、一つとして同じスタイルがなく、最近ではキャラクターやブランドとコラボしたコレクターズアイテムまで存在している。一つ集めると、また一つ集めたくなる。そんなマニア心をくすぐるところも民藝の大きな魅力だろう。(かく言う私も土鈴をコレクションしている。振るとカラカラ音が鳴って楽しい。笑。)

民藝にはまだ価値が与えられていないものもたくさんある。そんなものに自分だけの価値を見出すロマンに溢れていることが、民藝を愛でることの楽しさだ。

モノでいっぱいの世の中で、私たちは何を選びとるのか。民藝には消費社会への疑問に対する答えがわずかながら隠されている気がする。

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