今や展覧会において「音声ガイド」が、メインコンテンツにも劣らないエンターテインメントへと変わりつつある。
かつての音声ガイドは、作品の解説文を専門のアナウンサーが淡々と読み上げる教科書のような存在だった。しかし現代においては、アートとの関わりが深い俳優や人気の声優、アイドルといった様々なゲストの音声が、耳から新しい鑑賞体験を提供してくれる。これはもしかして、アート業界における日本独自のコンテンツとして確立するのかもしれない。
アーティストとのコラボレーションも務めた俳優たちの甘い音声
アートを愛する俳優の音声ガイドへの起用は、聴取者たちが作品を楽しむための案内人としての役割を果たす。2025年9月から東京国立博物館で開催された特別展「運慶」でガイドを務めた俳優の高橋一生は、自身が仏像への深い関心をよせている。
高橋一生のガイドは、作品の解説だけにとどまらず「仏像」という作品との向き合い方を共有してくれる。関連するインタビューでは「(音声ガイド)うるさかったら外していただいて」とも語っているほどだ。それは観客に作品と一対一で対峙する豊かさを気づかせ、運慶展ならではの静謐な空間を守ってくれているよう。数々のアニメーションや吹き替えで経験のある高橋一生の低く落ち着いた声は、木彫の仏像が持つ数百年という時の重なりを観客の耳に訴えかける。

2024年から国立西洋美術館や京都市京セラ美術館にて開催された「モネ 睡蓮のとき」展で音声ガイドを務めた俳優の石田ゆり子は、10代の頃に訪れたパリでモネの作品に触れた自身の原体験を語る。現代アーティストのフィリップ・パレーノと「メンブレン」という作品で声のコラボレーションを交わしている石田ゆりこ。アートにも造詣が深い彼女の透明感のある声は、モネが描いた光の揺らぎと重なるようだ。鑑賞者と同じ目線で語りかける彼女の音声ガイドは、作品にぬくもりと優しさをもたらしてくれる。
没入感を加速させる音のプロたち
確かな情報の中に、独自の表現を取り入れながら音声ガイドを吹き込むスペシャリストたちは、異なる角度から作品に光をあてる。
力強くも繊細な画風で自らの芸術の探究に生涯を捧げた画家「田中一村展」や、国立科学博物館などで開催された特別展「毒」などでガイドを担当した声優の中村悠一。彼の音声ガイドは聴取者を物語の世界へと引き込む。声優ならではの緩急や表現力を活かして、画家が命を削った制作の息づかいを目の前で体験しているように脳内に再現する。田中一村展では一村本人の語りを担当しており、展示室を見る場から体験する場へと変えたようだった。

乃木坂46のメンバーであった齋藤飛鳥は、国立新美術館で開催される「テート美術館-YBA&BEYOND 世界を変えた90s英国アート」展で音声ガイドを務めた。俳優としても頭角を表しつつある齋藤飛鳥は、テート美術館の持つ名作を独特の言語感覚と視点で捉える。齋藤飛鳥のファンはもちろん、率直な感性が同じ時代を生きる世代とアートをつなぐ声の架け橋となるだろう。
スターたち自身がノリツッコミ。浜田雅功の音声ガイドにみるエンタメの可能性
2026年に麻布台ヒルズギャラリーで開催された浜田雅功展 「空を横切る飛行雲」は、これまでの音声ガイドの概念を完全に破壊した。ダウンタウンの浜田って絵描いてたんだ、と思う人も多いだろう。本展では彼の独特すぎる絵画を、日本屈指のクリエイターが本気で美術品としてセットアップしていた。会場構成にドットアーキテクツが務めた。

なんと音声ガイドに選ばれたのは前期を担当する木村拓哉&イチローと後期を担当する役所広司&綾瀬はるか。単体で聞いても十分聞き応えがありそうなスターたちだが、音声ガイドという枠を飛び越え作品を見ながら2人が「これ、何なんですかね(笑)」「ここ、おかしいでしょ!」と本気でツッコミを入れるオーディオコメンタリー形式だった。
もちろん、スターたちはご存知の通り声も素敵。浜田雅功との関係性あっての内容に、鑑賞しながらくすくす笑う声も聞こえてくる。音声ガイドがもはや解説ではなく、展示の一部として機能する演出装置になった一例だろう。隣で感想を言い合うかのように聴取できる音声ガイドの形式は、新しいエンタメとなっている。
これからの展覧会において、音声ガイドはさらに多様性を帯びてくるだろう。直接見て楽しむことができる体験を提供する展覧会というメディアにおいて、音声ガイドもまた基本的にはその場でしか体験することのできないものだ。もちろん「音声ガイドなんてただのおまけでしょ?」と思う方もいるだろう。しかし、チームラボのデジタルミュージアムやイマーシブミュージアムなど、五感を使った体験を提供している展覧会も増えてきた。今まで音声ガイドを使ってこなかったという人も、目で見るだけでなく耳で聞くという“第3の目”のような音声ガイドを一度試してみてはいかがだろうか。