【連載】Convenience ART Vol.6「ローソンデザイン物語」

「コンビニエンスアート」第6回。

優れたデザインは、時に「沈黙」する。

デザインの世界には「解決すべき問題が消えたとき、デザインは完成する」という考え方がある。雄弁に語りすぎず、背景のように静かに佇みながら、使う人の振る舞いを美しく整える。そこには、極めて高度な「沈黙のアート」が仕掛けられているはずだ。

今回取り上げるのは、私たちの街に静かに佇む「ローソン」である。

2020年、ロゴや店舗デザイン、さらにはゴミ箱のアイコンに至るまでが一新された。

かつての「どこにでもあるコンビニ」という顔つきから、どこか凛とした、整理整頓された知性を感じさせる佇まいへの変革。このプロジェクトを包括的に手がけたのは、デザインオフィス・nendoを率いる佐藤オオキだ。

佐藤氏といえば、あの「明治おいしい牛乳」のパッケージを手がけたことでも知られる。潔いレイアウトで食卓の風景を塗り替えた彼が、今度はコンビニという生活空間を丸ごと一本の線で引き直そうとしたのだ。

今回のプロジェクトが凄まじいのは、その徹底ぶりにある。

ロゴ、商品パッケージ、サイン計画、さらにはスタッフのユニフォームに至るまでを一社でプロデュースした。 例えば、新しくなったユニフォーム。それは単なる作業着ではない。店内の壁や棚とトーンを合わせることで、スタッフさえもが空間の一部として機能するように計算されている。佐藤氏の手にかかれば、店員さんまでもが、緻密に構成された静物画の中の「点」になってしまう。

しかし、この「沈黙の美学」は、予想外の大きな波紋を広げることとなった。 

「おいしい牛乳」で見せたあの洗練を全ラインナップに適用した結果、「どれが納豆で、どれが豆腐か分からない」という困惑の声が相次いだのだ。SNSでは「デザインの敗北」という言葉さえ踊った。 これまでのコンビニが、分かりやすさのために「叫ぶようなデザイン」を重ねてきたのに対し、佐藤氏が提示した「語らないデザイン」は、日常のスピード感とあまりに鋭く対立してしまったのである。

けれど、この波紋こそが、私たちがどれほど無意識にデザインに支配されていたかを浮き彫りにした。 佐藤オオキが仕掛けたのは、単なる模様替えではない。コンビニという、思考を停止して消費する場所に「静寂」を持ち込むことで、私たちの選択という行為を問い直そうとした、ある種のアナーキーな実験だったのではないか。

「気づかないうちに、生活の前提を揺さぶってくれるもの」をアートと呼ぶのなら、物議を醸したローソンの試みは、日本で最も巨大な体験型アートと言えるだろう。 

今日も、整然と並んだパッケージの前に立つ。 

そこは、世界的な知性が私たちの日常に静かな問いを投げかける、最も身近なギャラリーなのだ。

【連載】Convenience ART Vol.5「忘れられない65ml」

「コンビニエンスアート」第5回目。今回は定番の健康ドリンク「ヤクルト」についてご紹介。

誰しも一度は飲んだことのあるヤクルト。思えば独特な味なのに、とても馴染みが深い気がする。

その馴染み深さには訳があり、実はこの容器、1968年の誕生から半世紀以上にわたって、一度も姿形を変えていないのだ。ぼくらは50年以上もの間、この形を手に取ってきた。

このデザインを手がけたのは、日本のインダストリアルデザインの先駆者、剣持勇。建築家ブルーノ・タウトに師事し、日本の暮らしと近代デザインを融合させた巨匠だ。彼は常に、日本人の暮らしを一番に考えていた。和室の畳やふすまと調和するデザイン。それがデザイナー剣持勇の真髄だろう。

1935年の発売当時、ヤクルトは重いガラス瓶で売られていた。しかし普及に伴い軽さと量産性を考える必要が出てくる。そうした事情が相まって白羽の矢が立ったのが、当時すでに名を馳せていたデザイナー・剣持勇だった。彼のもとに、新しいプラスチック容器の設計依頼が舞い込んだ。

ヤクルトの特徴は、その容量の少なさにある。65mlという少量がピッタリと収まる容器をプラスチックで作れば、手の中で安定せず、一気に流れ出せば飲み口の制御も難しくなる。そこで剣持は、容器の中ほどに大きな「くぼみ」を作った。

指にぴったりとはまるホールド感。そして、内容量に反して安定する重量操作。この「くぼみ」というシンプルなアイデアが、二つの課題を鮮やかに解決した。今やこのシルエットが、ブランドを象徴するアイコンとなっている。言うなれば、一石三鳥といったところか。

実は剣持勇は工業デザイン以外にも、アーティストとの共同生活も行なっている。

1950年代、彼は来日していた彫刻家イサム・ノグチと共同制作を行っている。竹を籠状に編み上げた「バンブー・チェア」。現存こそしないが、そのしなやかな構造は、後にノグチが生み出す名作照明「AKARI」の骨組みへと繋がっている。

表現の形は違えど、二人の作品はどちらも、日本人の生活に不思議とフィットする。

日本人の胃腸を見つめたヤクルトと、日本人の暮らしを見つめた剣持勇。一方は身体を整え、一方は生活を整える。ぼくらは知らず知らずに、彼らの「配慮」を飲み干しているのだ。

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