【イベントレポート】“58分”の結晶。「劇場アニメ ルックバック展 ―押山清高 線の感情」レポート

作中にて藤野がサインをした京本の半纏の“背中”

藤本タツキの読み切り漫画を原作とした劇場アニメ『ルックバック』は、公開後瞬く間に話題となり、大ヒットを記録した。その熱狂は公開から1年半ほど経った今も冷めやらず、本年2026年には実写映画化が予定されている。

麻布台ヒルズギャラリーにて開催中の「劇場アニメ ルックバック展 ―押山清高 線の感情」では、膨大な量の原画が展示されている他、作中に登場したシーンの再現や、様々な仕掛けがなされている。

作品のストーリーの意味するところや細かな設定についてはあちこちで考察が為されているのでそちらに委ねて、今回は、この展示を通して見えてくる本作の「アニメーション表現」としての特異性について触れてみたい。

再評価されつつある原画の尊さ

作画トンネル

会場を入るとまず現れるのが、「作画トンネル」と呼ばれるエリア。監督を務めた押山清高氏をはじめ、参加したアニメーターによる膨大な量の原画の“一部”を体感することができる。

昨年末に開催された米山舞の個展『YONEYAMA MAI EXHIBITION “arc”』(関連記事:4次元で観る『YONEYAMA MAI EXHIBITION “arc”』)や、本展示と同時期に開催中の『攻殻機動隊展』など、いわゆるアニメーターの中間成果物を展示する試みは近年増えつつあるが、『ルックバック』において、その意味合いは若干異なる。

これにはまず、アニメーターの役割を説明する必要がある。

作画トンネルに飾られる膨大な原画の数々

原画マンと動画マン

アニメーターの仕事は、主に「原画」と「動画」と呼ばれる大きく2つの種類に分けられる。

「原画」を簡単に言うなら、アニメーションの動きの要点を描く「設計図」であり、ラフ的なイメージのもの。対して、その指示に従い「間」を埋めて滑らかな動きに仕上げるものが「動画」と呼ばれる。それぞれを担うアニメーターのことを、業界では「原画マン」「動画マン」と呼んでいる。

「動画」には「原画」を清書する意味合いも含まれる為、通常では「原画」は中間成果物としての意味合いが強かった。言い換えれば、「動画」とは、「原画」で現れるアニメーターの個性を均質に平すために排除していく工程とも言える。時折耳にする「作画崩壊」を防ぐために、作品全体を通して“線”を均一化し、クオリティの防衛ラインとして機能するのだ。

展示のタイトルにある、「線の感情」の意図するところが、この辺りの事情に関わってくる。

エンドロールに流れた謎の肩書き

劇場アニメ『ルックバック』は、ここが面白い。

いつもの癖で映画のエンドロールまで大人しく座っていると、サラッと流れた謎の肩書きが引っかかる。

これまで語ってきた「原画」でも「動画」でもない(どちらでもあるとも言える)、「原動画」という馴染みのない肩書きが採用されている。これは押山監督の考案によるものなんだそう。

「原動画」として連なった8人の名前、業界に存在していなかった肩書きのクレジットは、一体何を意味するのだろう。

作画トンネルに飾られる膨大な数の原画

線の感情

押山氏は、「原画」から剥ぎ取られてしまうアニメーター毎の「味」を、そのまま画面に反映させたかったのかもしれない。

本来「動画マン」によって濾過されるべき線の「雑味」をそのまま採用した表現は、関わった「原動画マン」の表現をダイレクトに作品に反映できる。

「原動画」を務めた8人のうちの1人、井上俊之氏は『AKIRA』や『魔女の宅急便』、『攻殻機動隊』などで原画や作画監督を担ってきた業界を代表するアニメーター。「神」とさえ言われる彼を筆頭としたトッププロたちの息吹が、作品のワンシーンに、“線の感情”として凝縮されている。

押山氏は、そうした絵を描く者としての矜持やリスペクトの現れとして、「原動画」という新たな呼称を生み出したのだろう。

およそ「1分」のスキップ

劇場アニメ版で印象的な「スキップ」のシーンを3Dゴーグルで観ることができる

さらに注目したいのが、同作の象徴的なシーンである、田圃道をスキップする藤野の描写だ。58分の作品時間に対して、およそ1分という膨大な時間を「スキップ」に当てた潔さ、末恐ろしさ…。

会場では、スキップの名シーンを3DCGゴーグルで体感できるので、是非試してみて欲しい。

58分、その裏側

最後に、時間的な描写・展示設計について触れて終わりとしたい。

映画としては短い「58分」の作品に、一体どれだけの絵が描かれてきたかは、これまでの話で想像がつくはずだ。

僕らが楽しんで鑑賞出来るのは、普段は知り得ない、そうしたアニメーターの血と汗と涙の結晶に他ならない。

劇場アニメ化・展示開催にあたっては、そうした、制作にかかる「時間」に対する描写が強調されているように思える。

劇場アニメの冒頭シーンでは、幼い藤野が夜遅くまで自室の机に向かい、絵を描くシーンが原作から追加されている。それは、朝も昼も夜も、ひたすらに筆を取り続けていることを強調したもので、エンディングでは、原作同様に漫画家になった藤野が編集部に残り、夜通し机に向かう姿で締めくくられる。

「劇場アニメ ルックバック展 ―押山清高 線の感情」においても、そうした時間を強調した展示が印象的だ。

藤野の自室を忠実に再現したエリアでは、窓の外から差し込む光が、朝・昼・晩と、刻々と変化していく。

展示会場で再現された藤野の自室
展示会場で再現された京本の自室へと続く廊下

原作からさらに強調された「時間」の描写は、わずか「58分」という上映時間に、どれだけの絵が描かれ、時間がかけられてきたか、我々の知る由もなかった作家の“跡”が込められている。「原動画」を1つの作品としてまとめ上げた気の遠くなるような制作手法は、絵を描く喜びや苦しみを描いた作品内容と共鳴することで、より一層深い意味合いを生み出している。

展示される1枚1枚が、この名作を作り上げたピースだ。

閉幕まで残り数日に迫った今、まだの人はもちろん、一度訪れた人ももう一度足を運んで、原動画に込められた「線」に宿る作家の魂の痕跡を、目で見て、体で感じて欲しい。

<「劇場アニメ ルックバック展」メインビジュアル> 
© 藤本タツキ/集英社 © 2024「ルックバック」製作委員会 ©「劇場アニメ ルックバック展」実行委員会

「劇場アニメ ルックバック展 ―押山清高 線の感情」

会場:麻布台ヒルズ ギャラリー(東京都港区虎ノ門5-8-1 麻布台ヒルズ ガーデンプラザA MB 階)
会期:2026年1月16日(金)~3月29日(日) ※会期中無休
営業時間:10:00~18:00(最終入館17:30)
※営業時間は変更になる場合があります。最新情報は公式サイトをご確認ください。
前売チケット:一般(高校生以上)2,300円、子供(4歳~中学生)1,500円(来館予定日前日まで)
当日チケット:一般(高校生以上)2,500円、子供(4歳~中学生)1,700円
公式サイト:https://www.azabudai-hills.com/azabudaihillsgallery/sp/lookback-ex/

EDIT: Ryo Kobayashi

SHARE

人気記事

RANKING