日本を代表するイラストレーターでありアートディレクターのMika Pikazo。彼女がクリエイティブディレクションを務める短歌とイラストの展覧会「感情展-短歌で詠み、イラストで描く-」が、角川武蔵野ミュージアムで開催中だ。
総勢39名ものイラストレーターと11名の歌人が一堂に会した大規模展示の見どころは?
Mika Pikazo単独インタビューに加え、内覧会で出会った参加作家たちへのゲリラインタビューを収録した現地レポートを、前編に続いてお届けする。
会場でしか味わえない特別な「感情」体験
CHAPTER 3「言葉にできない感情」では、円形に連なったイラスト群が、中央に弾けた意味を成さない言葉の断片を取り囲んでいる。
さらに歩みを進めると現れるのは、CHAPTER 4「複雑な感情」と呼ばれる区画だ。

「言葉にできない」感情を、なんとか人に伝えようと、我々は言葉を尽くす。日本語という世界的に見ても複雑な言語体系のなかで絞り出した、たった「31音」。短歌は、時に切実で、時に美しく、醜くもある。
この区画では、それぞれの作家が短歌とイラストを通して、自身の私的な感情を見つめると同時に、自分というフィルターを通して見える他人の姿を描き出す。
至る所に設置されたミラーには、「鏡に映る自分」「鏡に映った他人」「鏡に映った、他人に見られている自分」が映し出され、鑑賞者に「作品と対峙して何を感じるか」問いかけてくる。

続く最後の区画、CHAPTER 5「感情の表現」では、展示を通して抱いた感情を振り返りつつ、鑑賞者がそれぞれの想いを表現するエリアとなっている。展示に合わせて開催されていたpixivとの協同開催のコンテストで選ばれた数々の短歌(図録掲載されていないものも含まれるので必見)や、安倍𠮷俊のアイデア段階のラフから完成に至るまでの原画、更にはMika Pikazoによるメイキング映像など、会場でしか味わえない企画が用意されている。

「感情」という抽象的なテーマに挑んだ作家たちは、何を感じ、何を想いながら作品を描いたのだろうか。
内覧会で出会った作家たちに実施したゲリラ取材を、ここに記録していこう。
ゲリラインタビュー集成

普段の制作では、線の気持ちよさや平面構成のようなニュアンスで絵を描くことが多く、感情をテーマにしたことがほとんどありませんでした。それもあって、頂いたテーマである「複雑な感情」について考えながら描いたのは凄く新鮮でした。ただ、呼んで頂いている以上、あくまでいつものスタイルは変えないで、感情の現れやすい「顔」を普段よりもピックアップしました。私自身、昨年末に銀座で個展をやらせていただく機会があって、そこでは描いたキャラクターについての人物像や物語を色々な人に聞かれたんです。その時に、自分が「人物」や「感情」に対して全然興味がなかったことに気がついたんです。この展示のお話を頂いたことも重なって、今後はもう少し違ったアプローチをしてみてもいいのかなと感じています。

広告などで頂くお仕事では明確に求められているものがあるのに対して、今回はかなり自由に描かせて頂きました。せっかくだし、普段できないようなことをやりたいと思い、普段は描かないモチーフやタッチで描けたことが凄く楽しかったです。健全で温かみのあると言うか、不特定多数の人が幸せになるような作品を求められることが多いですが、今回はどちらかというと自分の為に描きました。
これは僕の完全な持論ですが、人間は、1から10まで説明しないで、例えば1と2と、9と10だけを説明したとしても、間の3から8までを想像で補える生き物だと思うんです。今回のようにある程度余白のある表現であったとしても、観た人が頭の中で補完してくれるのではないかと思い、自由に楽しく描いてみました。

私自身、普段から絵を描く際はかなり感情を意識して描くタイプです。テーマで頂いていた「複雑な感情」も、私の作風を見て頂いたお話だと思うので、いつも通り描かせて頂きました。ただ、こうした大規模なミュージアムでイラストレーションを観る機会ってなかなか無いと思うので、イラストがこれからもっと身近な芸術活動として広まっていけば嬉しいです。

普段のイラストでは求められるものを第一優先に描くのですが、今回は、自分の中にある、ものすごく私的な部分での作画ということで、すごく考えてしまいました。
イラストや絵は美しく描きたいのですが、「感情」は、必ずしも美しいものだけではない。醜さや生臭い部分をしっかり描いて、綺麗なだけでは済まさないように意識しながら描きました。自分の気持ちに嘘はつきたくないけれど、そもそも「感情」の度合いは、人によって異なりますよね。何を感じるか、とか、どこで爆発するのか、とか。
私的なものを描こうとする以上、ある程度の共感のラインと、そうではない自分だけの「感情」の境界線を描き分けるのが大変でした。
それもあって、今まで以上に「輪郭」がはっきりしたと思います。普段の制作では、絵にする時に、作品を客観視する時間があるんです。絵に近すぎると、あまり良くない絵を、良いと思い込んでしまうことがあるから。それを防ぐ為に一度切り離して遠くから眺めるのですが、今回それが、より具体的になったと思います。言い換えるなら、何が嫌いかがよく分かってきた。良くも悪くも知らなかった頃には戻れないので、それを避けようとするにしても、向かっていくにしても、進み方は変わってきてしまうと思います。

「感情」について自分なりに考えた時に、「無」からいきなり生まれるものではないと思ったんです。人それぞれの背景や状況、行動や周りの環境など、色々な要素がトリガーになって生まれるものが「感情」だと思います。
普段からもそうですが、登場するキャラクターがなぜその「感情」になっているのか、背景にあるストーリーを意識して描いています。
今回の作品では、新しい街にやってきて、これから新たな日々がスタートするというような設定で描きました。何か新しいことが始まる時って、不安があったり、同時に、ワクワクした期待感のようなものもありますよね。そういった複雑な感情を作品に込めました。
今回の展示を通して、同じ「感情」というテーマでも、こんなにも色々な表現があることに驚きました。これまでの自分だけでは思い浮かばなかったような「感情」を、周りの方は感じていらっしゃるんだなと、新しい発見でした。
イラストレーターとしてのMika Pikazo

今回描かせて頂いたメインビジュアルでは、私自身が森羅万象を見て全身で感じること、社会を見て思うことを、詰め込んで描きました。
女の子自身の表情はあまり強い表情ではなく、なんとも言葉にできないような揺らぎのある表現を意識し、中心に広がる色はすごく激しくエネルギッシュにしています。
彼女の周りには何か渦巻いているけれど、彼女自体にはあまり力が入ってないような状態にしたかったんです。 周りで起きていること、自分が思ってることも含めて、「受け入れる」様子。迎合しているというか、拒否しない様子を表現しました。
クリエイティブディレクターとしてのMika Pikazo
最後に、これほどまでの大規模展示をディレクションしたMika Pikazoに、プレイヤーとは違った展示創作の裏側をインタビュー形式で深掘りしていこう。

Mika Pikazo – これほどの規模で、多くの方にご協力いただく展示会は私にとっても初めての経験で、実はすごく緊張していました。今回参加頂いた方々は、私自身がずっと前から作品を拝見していて、純粋に大好きだった方々です。
感情をストレートに描く方もいれば、比喩を用いて読み手の想像力を掻き立てる方もいます。今回のテーマである「感情」は、分かりやすい設定があるわけではなく、ポジティブともネガティブとも言い表せられない、複雑で、なんとも言えない感情を絵にしてほしいという抽象的なものでした。
今の時代を代表する、個性も異なる皆さんの作品が、このテーマによってどう変化するのか。純粋に「この人の作る感情を見てみたい」と感じる方々にお声がけさせて頂きました。
空間を「浴びる」ための演出。鏡に映る「自分」と「他者」

Mika Pikazo – コンセプトを固めるまでは、チームの皆さんと何度も試行錯誤を繰り返しました。私が全体の構成案(大ラフ)を作成し、そこにどういった仕掛けがあれば楽しんでもらえるか、どうすれば「感情」という流れを説明できるかを、コンセプトに関わってくださったマキシラさんと共に練り上げていきました。
「感情をからだで浴びる」という表現が印象的ですが、具体的にはどのような演出をされたのでしょうか?
Mika Pikazo – 象徴的なのは、最初のエリアである「感情の起源:愛と恐れの部屋」です。ここでは特殊なライティングを施し、日常で耳にするような環境音をBGMとして流しています。その空間で感じる音や光を「愛」と受け取るか「恐れ」と受け取るか。だれかにとって心地の良い音でも自分にとってある思い出が浮かんで苦い気持ちになるとか…。自身の記憶とリンクさせながら、五感で感じ取ってほしいと考えました。
次の「複雑な感情」のエリアでは、作品と一緒に多くの「ミラー(鏡)」を飾っていますね?
Mika Pikazo – 作品を鑑賞している最中に、ふと鏡越しに自分の姿や、同じ空間にいる他者の姿が入り込んでくるんです。それによって「これは自分と同じ気持ちだ」と共感するのか、あるいは「自分とは全く違う他者」を想像するのか。客観的な視点が混ざることで、より深く感情と向き合えるのではないかと考えました。
予想を超えてきた作品たち。ディレクションは「肉付け」の作業

普段のイラスト制作と今回のディレクションでは、頭の使い方は違いましたか?
Mika Pikazo – 全く違いましたね。イラストを描くときは、自分自身の感情をグッと集中させて作品に落とし込む、いわば「自分との対話」です。でもディレクションは、多くのプロフェッショナルと対話を重ねながら、徐々に肉付けしていく作業でした。
イラストレーターの視点、短歌に精通した編集者の視点、そしてそのどちらもまだ詳しくない方がどう楽しんでくれるかという視点。自分一人では辿り着けない場所に、みんなで案を出し合いながら近づいていく感覚は、非常に新鮮で刺激的でした。
来場者へのメッセージ

最後に、これから来場される方々へメッセージをお願いします。
Mika Pikazo – 今回の展示会には、多くの作家さんが自身の思いを全力でぶつけた作品が揃っています。作家さんがどんな状況を想像してこれを描いたのかに思いを馳せると同時に、それを見た皆さんが「自分ならどう思うか」「自分はどんな時にこの感情を抱くのか」と、ご自身の心と対比しながら鑑賞していただけたら嬉しいです。
一枚の絵、一首の短歌を通じて、皆さんの中にある「なんとも言えない感情」を見つけるきっかけになれば幸いです。
「感情展-短歌で詠み、イラストで描く-」
会期:2026年2月13日~2026年3月29日
会場:角川武蔵野ミュージアム
アドレス:埼玉県所沢市東所沢和田3丁目31−3 ところざわサクラタウン
休廊:火曜
開館時間:10:00~18:00(最終入館:17:30)
※休館日、営業時間は変更となる場合があります。最新情報は公式HPよりご確認ください。
公式サイト:https://kadcul.com/event/251