日本を代表するイラストレーターでありアートディレクターのMika Pikazo。彼女がクリエイティブディレクションを務める短歌とイラストの展覧会「感情展-短歌で詠み、イラストで描く-」が、角川武蔵野ミュージアムで開催中だ。
総勢39名ものイラストレーターと11名の歌人が一堂に会した大規模展示の見どころは?
Mika Pikazo単独インタビューに加え、内覧会で出会った参加作家たちへのゲリラインタビューを収録しながら、前後編にわたって現地レポートをお届け。
短歌とイラストをどう組み合わせるか

はじめて短歌に触れたのは、学生時代。教科書で触れた程度のものだったのが、大人になり、一冊の本に出会った。歌人の榊原紘による著書『推し短歌入門』だ。
「その本では、好きなアニメや映画の良かったシーンを、推し活のような感覚で短歌として詠むんです。その時に、いかにそのままの表現を使̇わ̇な̇い̇で詠むか。『嬉しい』、『悲しい』などの直接的な言葉を使わずに表現する方法が解説されているんです。」
Mikaさんのイラスト表現とはむしろ逆のアプローチですね?
「私はその時の感情をそのまま正直に描くことが多いです。短歌では、直接的な表現ではなく、物に例えたりしますよね。『悲しみ』の表現として『傘』とか『深夜』を使ったり。それでも、表現に先立つ『感情』はイラストとも共通しているはず。今回はそうした『感情』をテーマに、様々な角度から展示を構成しています。」
入り混じる愛と恐れ
5つのエリアからなる会場の最初を彩るのは、CHAPTER 1「感情の起源」。
直径3200cmのMika Pikazoによる大作「愛、恐れ」が構える。
対となる2つの作品は、それぞれ「愛」と「恐れ」という根源的な感情を描いており、一つの部屋を二分するように中央に背中合わせに展示されている。


突き詰めると「感情」とは、実態がなく本来共有のしようがない虚構かも知れない。それでも伝えることを諦められないのが人間が人間たる所以であり、その度に人は創作の力を信じてきた。
この区画で展示されている石川啄木と与謝野晶子の歌は、時を超えてMika Pikazoの内から滲む「愛」と「恐れ」と共鳴している。そしてそれは、そこに立ち入る鑑賞者である私たちにも語りかけてくる。

「この2つの作品は、サーモグラフィーをモチーフに制作しました。赤や黄色だと体温が感じられるのに対して、青や水色だと死を連想させるようなニュアンスがありますよね。太陽を浴びているような生命力と、深海の中で恐怖のまま体が動かなくなっているような感覚をイメージしながら描きました。」
この2つの作品では、どちらから先に制作に入りましたか?
「『愛』を先に描き始めましたが、先に完成したのは『恐れ』を描いたものです。」
「恐れ」を描く時、気持ちは沈むものですか?
「凄く辛かったですね。敢えて怖い映像や音楽に触れたり、普段はなるべく考えたくないようなことをリフレインしながら描いていました。
逆に赤い絵の方、『愛』を描いた作品では、そうした『恐れ』を跳ね返すように描きました。自信を持ってそこに立っているように…。
ただ、『感情』は簡単には分けられません。幸せな気持ちの中には恐れもあるし、逆もそうだと思っています。
私自身、幸せな状態だと、いつ死んでもいいなと思ってしまう時があるんです。今が幸せで楽しんでいるのに、その先の、例えば『死』について考えている。 この明るさがずっと続けばいいな、ではなくて、楽しい時ほど終わってもいい、と思ってしまうことがあるので、そういった複雑さの中にある『愛、恐れ』を描きました。」
短歌は時代と国境を越えて

続くCHAPTER 2「時代を越える感情」では、天井から吊るされた雄大な短歌幕が印象的だ。古物の置かれた台座を中心に対になるように展示された2つの幕。右側が近代歌人の詠んだ歌、それに対して左側の幕で現代の歌人が返歌をするという試みで、時を経ても変わらない人間の「感情」を明らかにする。
ここには冒頭で紹介した『推し短歌入門』の著者である榊原紘の作品も並んでいる。
そしてこの区画で注目したい点は、時代だけでなく、国境を超えていく短歌の姿だ。
今回の展示では、短歌の英訳に際し、ピーター・J・マクミランを招聘している。英訳『百人一首』をはじめ、様々な著書を手掛けてきた短歌英訳の第一人者で、参加した現代歌人の伊波真人は、彼による英訳を意識しながら歌を詠んだと語る。
「基本的に普段詠む歌は英訳されないので、凄く新鮮でした。ピーターさんは元々好きな方だったので、どのように翻訳されるのか意識しながら作った部分はあります。英訳されたものは自分のイメージとはまたちょっと違っていて非常に面白かったです。外国の方やイラストレーションファンの方々が初めて短歌に触れたり、その逆もあると思いますが、化学反応が起こるような素晴らしい展示だと思います。」
言葉にできない

漢字の部首などを解体し再構築した“存在しない言葉”が中央で弾けて、それらを取り囲むように、19のイラスト作品が円形に連なるCHAPTER 3「言葉にできない感情」。
現代を代表するイラストレーターの面々が、言葉にできない「感情」をイラストに託したこのエリアでは、内に向かって飾られたイラストの外面に、各作家の制作に際した想い、感情が記されている。
作品の説明に終始することの多いミュージアムの解説文としては珍しく、作品の持っている言葉のようなものや感情を詩的に吐露する文章は、感情をテーマにした展示ならではだ。それらは会場で体感して頂くとして、後編では、内覧会で居合わせた作家へのゲリラ取材をまとめて掲載。お楽しみに…!
「感情展-短歌で詠み、イラストで描く-」
会期:2026年2月13日~2026年3月29日
会場:角川武蔵野ミュージアム
アドレス:埼玉県所沢市東所沢和田3丁目31−3 ところざわサクラタウン
休廊:火曜
開館時間:10:00~18:00(最終入館:17:30)
※休館日、営業時間は変更となる場合があります。最新情報は公式HPよりご確認ください。
公式サイト:https://kadcul.com/event/251