“アート”と聞くと美術館で展示されているような絵画や彫刻を想像してしまいがちだが、最も身近な存在のひとつとして百貨店のショッピングバッグや包装紙がある。
例えば、物心ついた子供からおじいちゃん・おばあちゃんまで、共通認識として脳裏に刷り込まれている、「緑のタータンチェック=伊勢丹」「ピンクの薔薇=高島屋」が代表的だ。
むしろ人は買い物を楽しむ・・・というより、両手いっぱいに紙袋を持ち歩く姿に高揚感を味わうのかもしれない。そうでなければ、一点ずつ緩衝材と包装紙で丁寧に覆われ、手作業でリボンを結び、やっと手提げ袋に入れられるまでのラッピングの数分間、他愛もない会話を続けながら待っていられないだろう。
そもそもラッピング文化はいつ生まれた?
風呂敷が平安時代から存在していたことから日本では“包む文化”が古くから根付いており、ラッピングを目的とする包装紙が生まれたのは、日本初の百貨店・三越が誕生した1905年頃と言われている。三越の後を追うように、高島屋や松坂屋、大丸などの百貨店化が進んでいった。その後、各店がグラフィックデザイナーや画家に制作を依頼するようになり、現在に繋がるデザイン性に富んだ包装紙が次々と誕生していったというわけだ。特に日本では、ただ包むという名目だけではなく、プレゼントに贈り手の思いを込める手段として、クリスマスやバレンタインなど季節のイベントを楽しむ一環としてラッピングを活用する人も多いだろう。
日本ならではの繊細なデザイン

包装紙を題材に取り上げるにあたってまず触れておきたいのが、三越によって生み出された日本初のオリジナルデザイン。川端康成や三島由紀夫とも親交の深い画家・猪熊弦一郎氏の手描きイラストに、当時の三越宣伝部の社員であり、後に『それいけ!アンパンマン』で名を馳せる漫画家・やなせたかし氏が「mitsukoshi」の筆記体を書き入れて完成した名品だ。現在放送中のNHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』では、やなせたかし氏の半生が描かれている。戦後間もない1950年、これからの時代は包装紙も自分をアピールするような強いものでなければならないとの理由から、鮮やかな朱一色のスキャパレリレッドが採用された包装紙は「華ひらく」と名付けられ、誕生から75年経った今もなお三越のシンボルとして現役で活躍している。どのような大きさでも、どの角度から見ても図案の美しさが変わらないとされるデザインも長年に渡り愛され続ける理由である。

続いて、数年前にリニューアルし話題となった伊勢丹オリジナルの手提げ袋。通称・伊勢丹タータンと呼ばれるチェック柄の原点は、1956年に伊勢丹新宿店にオープンしたティーンエイジャーショップにはじまる。当時、ターゲットを10代に絞った売り場で展開されたタータン柄のスカートやマフラーが爆発的な人気を誇り、オープンから2年後には同柄のショッピングバッグを導入するまでに。その後、2012年の「タータン・アワード」の受賞を機に一からタータンの原型を作成し、タータンチェックの聖地・スコットランドでオリジナル生地を織りあげ、現在の形である「マクミラン/イセタン」(左)が誕生した。「ブラックウォッチ/イセタンメンズ」(右)は、スコットランドタータン協会理事であるブライアン・ウィルトン氏がデザインを監修。このタイミングで緑・青・黒の3色に加えて日本の伝統色である赤(丹色=にいろ)が加わる形となった。新しいタータンチェック2種は、スコットランドタータン登記所にも正式登録されている。
忙しない現代を生きる中で何気ない日常に目を配る余裕を持ってみると、そこにはアートが眠っていたりする。買い物をした時、家に持ち帰るまでの道中、自宅で開封する瞬間、ラッピングひとつで三度も心が踊ることに気づくと、毎日が少し楽しくなったりもする。これを機に自宅の奥底で眠っているであろう数多のショッピングバッグを引っ張り出し、整理するという名目で色々見比べて見るのもいいかもしれない。