ホックニーと探る、デジタルアートの愉しみ【後編】

「(略)世界は、ちゃんと見ればとても、とても美しいのに、ほとんどの人は、あまり真剣に見ようとはしないのです。そうじゃありませんか? でも、私は真剣に見ています」

『春はまた巡る デイヴィッド・ホックニー 芸術と人生とこれからを語る』/デイヴィッド・ホックニー、マーティン・ゲイフォード/(青幻舎)

「見る」こと、そして如何に描くかにこだわりをみせてきたホックニー。世間一般ではアンディー・ウォーホルに並ぶポップアートの巨匠とみなされることが多い。しかしその実、歴史的名画の制作における光学機器の使用の変遷について著した『秘密の知識』を出版するなど、理論派としても知られる巨匠だ。また常々、新たな素材のもと表現を探究してきた。

秘密の知識―巨匠も用いた知られざる技術の解明―(普及版)/ デイヴィッド・ホックニー / 青幻舎

2018年に約102億円で落札された1972年の作品『芸術家の肖像(2人の人物のいるプール)』が大きな話題になったが、この作品で使用された絵の具は当時開発されて間もなかったアクリル絵の具。70年代後半には舞台美術を手がけ、80年代には、フォトコラージュやCG、ファックスなどを用いた作品も制作。最近では車載カメラを用いたインスタレーションや、iPadを用いて描いた作品も制作している。

Winter(excerpt from the 49 minute movie):2010- Nine digital videos synchronized and presented on 9 55-inch screens to comprise a single artwork

2017年の大著『絵画の歴史 洞窟壁画からiPadまで』では、絵画や写真を全て平面の「画像」として括る。タイトル通り、洞窟壁画から始まった絵画の歴史を編み直し、iPadによる絵画を現時点の到達点として捉え直す試みだ。では、歴史の先端に位置付けられたiPad絵画の制作は、どのように行なっているのか。

ホックニーがiPadを手にしたのは2010年。アプリ「Brushes」を用いて描き始めた。これは前年にiPhoneで使用していたものをアップデートさせたものだ。今見えたもの、移ろいゆく光を捉え、「早く描く」欲望を叶えてくれるデジタルデバイスに惹かれたホックニー。みなさんもご存知のように、デバイスの画面にはバックライト(発光機能)があるので、色の感覚が冴えるし、色選びも柔軟に行える。それに、どんな色でも積み重ねることができる機能性を兼ね備えている。よくよく考えたら一石二鳥どころか、四鳥、五鳥もあるメディウムなのだ。

ちなみに、後々ホックニーは特別なパーソナライズ版の「Brushes」を製作してもらい使用している。ただ、基本的な機能はiPadOS標準の「メモ」アプリでも代用可能だ。我々が必要なのはデバイスとAppleペンシルだけ。これで世界的巨匠と同じ土俵にあがれるのだ。

え、それだけ? と肩透かしを食らうかもしれないがご安心を。ホックニーの作品を見てみよう。

抽象画のようなスタンプや浮世絵のような直線をうまく使っていて、絵を描く初期衝動を感じるし、なんだか楽しそうな感じがしてこないだろうか。ポイントはじっくり観察し、「今」見えたこと、感じたことを描き写すこと。何度でも塗り直せるし、絵の具が足りないなんて余計な心配もしなくていい。必要なのはお気に入りの場所やものだけ。深い観察をすることで、自分が全く見ていなかったもの、想像していなかったものに出会えるはずだ。

最後に、大事な心構えとしてホックニーのメッセージを添えておく。

「描くことに没頭していると自分を意識しなくなる…(略)…ときどきiPadで描いてるとそんな感じになる。時間がどれくらい経ったか気にならないし、今何時かも気づかないくらいだ。よくそういう状態になる

『春はまた巡る デイヴィッド・ホックニー 芸術と人生とこれからを語る』(青幻舎)

スピードと気楽さを兼ね、自分と外の世界にフォーカスできるiPad絵画。情報であふれ、何かと忙しい現代だけれど、ホックニーと同じように“描かずにはいられない”幸せな気持ちを感じることができるはず。さあ、この画面を閉じたら今すぐやってみよう。

参考:『デイヴィッド・ホックニー展 図録』(東京都現代美術館)