【インタビュー】「初音ミク」と現代アートが出会う場所——「ART OF MIKU」が描く新たな文化の架け橋 – 後編

デジタルとリアル、サブカルチャーとアートカルチャー。一見相反する領域に見える世界を繋ぐプロジェクトが注目を集めている。
「ART OF MIKU」と銘打ったこのプロジェクトは、クリプトン・フューチャー・メディア株式会社が保有する日本が誇るIP(知的財産)である「初音ミク」を、株式会社W.creationが新しく“アート”として再解釈したプロジェクト。同社は様々なキャラクターやコンテンツを新たな価値想像によって国内外に届け、アーティストの情熱と多くのファンを巻き込んで繋いでいく。カルチャーを跨いでブーストしていく熱気ある現場には一体どんなドラマがあるのだろう。

その1つに、2024年に札幌と渋谷で初開催された「初音ミク」をテーマにした現代アート展「ART OF MIKU」がある。多くのファンを動員するなど、大成功を収めた。その後も横浜、六本木、神戸、福岡、大阪で新作を発表して展示を行うなど、勢い凄まじい展開からはほとんど目が離せなくなっている。そんな「ART OF MIKU」のプロジェクトの始動、これまでの軌跡を追いかけるべく、クリエイティブディレクターである池田元基さんとアートディレクターである大西正人さんにインタビューを敢行。前後編に分けてお届けします。

渋谷会期の様子

「ART OF MIKU」を支えた情熱の舞台裏

プロジェクト全体で400回近くミーティングをしたというのは驚異的な数字ですね。なぜ、それほどのミーティングが必要だったのですか?

池田氏 – 一言で言うと、関係者が非常に多かったからです。共同主催の企業をはじめ、権利元やコラボレーション先の企業、会場の設営企業、その設営企業が委託している部分的な制作企業など、それぞれで進捗が日々移り変わるんです。それを逐一共有し、最新の状況を追いながら、手戻りができるだけないように、私たちも素早くフィードバックを返す必要がありました。特に会期前2〜3ヶ月は、様々な締め切りや発注が重なるため、毎日ミーティングを実施していました。協賛企業もキャンペーンなどを並行して進めていたので、常に連携を取り合っていましたね。

「ART OF MIKU」のメンバーは、全員が本業を別に持っていたそうですね。どのように両立していたのですか?

池田氏 – はい、元々ルーツにアートを持っている人やアート分野に興味を持っている人が集まって始まったこのプロジェクトですが、とある日では昼間はそれぞれの部署で仕事をこなし、夕方からプロジェクトのミーティングを始めるという毎日でした。あまりに夢中になりすぎて、ご飯を忘れる時があったほどです。まるで放課後のプロジェクトのような感覚でしたね。

大西氏 – ミーティングが基本的にオンラインで行われていた一方で、業務の中には現場での打ち合わせが必要なものもあり、私は会場設営のディレクションを担当していたため、設営時には現地に入っての対応に追われました。実際の作品の配置や来場者の動線が想定通りになっているかといった確認に加え、設計段階ではわからなかった問題が現場で判明することもあり、その対応に追われました。正直、24時間では足りないと感じるほどの多忙な日々でした。

バーニーズ ニューヨーク六本木店

開催地での印象的なエピソードはありますか?

大西氏 – 横浜会期では、「初音町」でアート展を開催しました。「初音ミク」にちなんだ地名というだけでなく、初音町は多くの現代アート作家が集まる、文芸復興に力を入れている地域でもあります。来場者の中には、アート作品だけでなく「初音町」と書かれたバス停を撮影する方もいて、一般的なアート展では味わえない「聖地巡礼」のような楽しみをファンに提供できたことは、非常に興味深い成果でした。お客様にも大変満足していただけたようです。

渋谷会期で販売されたグッズの数々

お二人にとって、アートとは?「初音ミク」とは?

アートと「初音ミク」という異なる文脈を繋ぎ合わせる「ART OF MIKU」を主導されてきたお二人にとって、アートとはどんなものですか?

池田氏 – 私にとってアートは、子どもの頃から触れてきたもので、「生きる」ことそのものです。「アート」は様々な表現を通じて、その人が持つ世界や、他の人が持つ感覚という新しいものを生み出します。見る人それぞれの解釈によって作品の意味が変わったり、アーティストもそれを面白がってくれたりします。さまざまな規制や制限がされていく息苦しい現代社会の中で、アートだけは、その人の持つ思いや世界を否定せずに拡張し続けられる存在なので、僕にとっては生きがいでもありますし、アートそのものは「生きる」ということなんです。

大西氏 – 私はアートを「対話のプラットフォーム」だと考えています。アートは一方的に受け取るだけではなく、作品を見た鑑賞者がどう感じるか、どう思うかという部分も一つの表現です。作品を通して、鑑賞者と作家さんとの対話、コミュニケーションツールのようなものだと思います。鑑賞者が作品を見た上で何かを感じ、そこで新たな感情が生まれる。アート自体が対話と共創のプラットフォームに相当するのかなと思っています。

苦楽を共にしてきた「初音ミク」はどのような存在ですか?

池田氏 – 私にとっては、デジタルとリアルの境界を超える存在ですね。現代アートも、「ポップカルチャー」と「アートカルチャー」の境界をなくし、大衆的な部分とアート的な思考が混ざり合っていくような存在です。「初音ミク」は、まさにそのようにあらゆる境界を曖昧にしてくれる存在であり、あらゆるものの多様性を受け入れてくれるプラットフォームだと感じています。

大西氏 –  私は「初音ミク」を「クリエイティブの受け皿」だと捉えています。「初音ミク」は、ただ楽しむだけのコンテンツではありません。音楽やイラストなど、誰もが創作活動を始めるきっかけになる存在です。「初音ミク」をテーマに絵を描いたり、曲を作ったりすれば、それがもう立派なクリエイティブな創作活動になります。世の中の多くのクリエイターや、クリエイティブを志す人々は、「初音ミク」から多くの恩恵を受けているのではないでしょうか。

これからの「ART OF MIKU」を楽しみに

今後の「ART OF MIKU」の展望について教えてください。

池田氏 – プロジェクト発足当初からの思いの一つは、日本の魅力的なIPを、国内だけでなくもっと世界に発信したいということです。「初音ミク」というキャラクターを通して、日本の素晴らしいアーティストを世界に広めていきたいという側面もあります。国内での成功を受けて、どんどん海外に出ていく展開を考えています。

大西氏 – 見るだけでなく、より参加型・体験型の要素も取り入れていく予定です。「あの頃のワークショップで、こんなもの作ったよね?」と、体験をもとに思い出していただけるような仕掛けを作りたいですね。

最後に、「ART OF MIKU」のファンの方に一言メッセージをお願いします。

大西氏 – 「ART OF MIKU」では、今後も新たな現代アーティストにご参加いただき、より多くの作品や、新しい表現の「初音ミク」に触れる機会を提供したいと考えております。皆様のご期待に応えられるよう、引き続き尽力してまいります。

池田氏 – 皆さんが現代アートという文脈の多様な表現を、とても温かく迎えてくださったことに対して、心から感謝しています。その期待に応えられるよう、私たちはこれからも素晴らしいアーティストさんを介してたくさんの作品を見せられるようにしたいですし、初代「ART OF MIKU」から愛してくださっている方により良い還元ができるよう、今後も様々なイベントを組んでいきます。楽しみにしていてください。

最後に、権利元であるクリプトン・フューチャー・メディア株式会社 ライセンスビジネスチーム マネージャー 目黒 久美子様より、本インタビューに際して特別にコメントを頂いたので、掲載させて頂きます。

「ART OF MIKU」へ今後期待していることはありますか?

目黒氏 – 我々は「初音ミク」を何かと何かをつなぐ「ハブ」であると表現して話すことが多いのですが、今回の「ART OF MIKU」も、まさにそれを体現している企画だなと思っています。「ART OF MIKU」を通じて、アートに触れてみたい人たち、「初音ミク」が何者なのか知らない人たち、新たな「初音ミク」としての表現。アートは言葉も国境も時間も関係なく、心で感じることのできるものなので、「ART OF MIKU」は「初音ミク」をハブとして、様々な世界をつないでくれる企画になっていくと思います。願わくば、アート作品を通じて、100年後にも「初音ミク」という存在を伝えてもらえたらなと期待しております。

EDIT: Ryo Kobayashi

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