デジタルのモノや情報が溢れる現代において、五感を使って楽しむ旅行は、すごくアナログだけど、そこでしか得られない喜びを与えてくれるものだ。おいしいご飯においしいお酒、まだ見ぬ素晴らしい景色を見たり、旅先で人と出会ったり…。そうした楽しみに加え、最近では美術館や地域の芸術祭を見ることも、旅行の目的の一つとなっている。アートツーリズムだ。
海外を見れば、パリのルーヴル美術館やロンドンの大英博物館、ニューヨークにはメトロポリタン美術館(MET)やMoMAといった具合に、世界中の大都市には必ずと言っていいほど有名な美術館や博物館が存在している。読者のみなさんも観光に訪れた都市で美術館やギャラリーを探したことがある人も多いのではないか。同じように日本でも全国各地にアート的魅力を有したスポットは数多く存在している。今回はそんな中でも、様々なカタチでアートにちなんだ宿泊施設をご紹介。
アートに宿泊
富山県にある善徳寺は、民藝運動の提唱者である柳宗悦が、その集大成である「美の法門」の執筆で滞在したことでも有名だ。
2024年3月、この善徳寺の研修道場を改修し、泊まれる民藝館として「杜人舎」がオープン。元の研修道場は、柳の愛弟子である建築家・安川慶一が設計していて、かつての趣は残したまま、館内全体を民藝品が飾る。それも棟方志功や浜田庄司、河井寛次郎といった名だたる民藝作家の作品や、世界の民藝品が並んでいて、美術館のような宿泊施設となっている。
また、暮らしのあり方から社会を問うという、民藝運動の根底思想を現代に継承すべく、杜人舎では宿泊以外に「土徳」に触れる講座やアクティビテなども豊富に用意されている。多くの人が学び、集う、「美しい暮らしの学び舎」となっているのだ。
リデザインによって蘇ったという点では、群馬県の白井屋ホテルも共通している。
創業は江戸時代で、旧宮内庁御用達だった白井屋旅館。かつては森鴎外や、近年話題になったドラマ『VIVANT』の主人公乃木憂助のモデルとなった軍人の乃木希典などの著名人も訪れていたというが、中心市街地の衰退とともに2008年に惜しまれながらも廃業。残った建物も取り壊しの危機に晒されていたが、2014年より再生プロジェクトが始動。
デザインと設計を建築家の藤本壮介氏が手掛けた他、レアンドロ・エルリッヒをはじめとする国内外の様々なクリエイターが参加し、6年半におよぶ大改修と新棟建設の末、2020年、白井屋ホテルとして姿新しく蘇った。
金沢21世紀美術館の「スイミング・プール」でも知られるレアンドロ・エルリッヒや、杉本博司、宮島達男などの作品がホテルの内部のありとあらゆるところに散りばめられていて、いつものホテルとは違った空間を楽しむことが出来るだろう。
建築美とロマンを奇数に賭けて
広義なアートにおいて、人のつくったものの美しさをそのうちの1つとするなら、やはり建築美についても触れねばならない。
1878年、日本で初めての本格的なリゾートホテルとして創業した富士屋ホテル。箱根宮ノ下に構えた荘厳な意匠は、その建物の多くが有形文化財に登録されている、言わずと知れた名建築だ。
食堂棟の二階に位置するメインダイニングルーム「ザ・フジヤ」の格天井には636種類の異なる高山植物が描かれ、天井付近の壁には507羽の鳥と238匹の蝶が、その下には十二支を中心とした動物の彫刻が施されている。この天井画は2018年より、川面美術研究所による保存修理が行われ、その際に渡部浩年・本多蕉風・大沼南圃・梅荘という4人の日本画家が分担して当時の天井画の制作をしていたことが新たに判明した。このように細部にまでこだわり抜かれた意匠建築だ。眺めるだけで楽しむことができる。
ジョンレノンとオノヨーコもかつて宿泊し、ホテルの名物であるアップルパイを大変気に入ったそうだから、訪れた際はぜひ食べてみて欲しい。
後編では、鑑賞者ではなく、アートの作り手に優しい宿泊施設をご紹介!