テクノロジー(≒技術)にフォーカスし、ざっくり美術史を眺めてみる連載の後編。テクノロジー(≒技術)にフォーカスし、ざっくり美術史を眺めてみる連載の後編。前回までは油彩、チューブ絵の具、カメラという「技術の革新」3点から具体的な作品に注目したが、今回は20世紀から現代に至るまでの美術の流れを取り上げたい。
19世紀末、印象派によって解放された芸術の枠組み。20世紀の美術は、アートとテクノロジーの影響関係が広がった時代といえる。
芸術は機械に負けた!?
機械を使うはずの人間がシステムに飲み込まれ、機械化していく……そんな警句に満ちた映画「モダン・タイムス」。監督、脚本、主演は喜劇王チャップリンだ。この映画が公開された1936年。アメリカは第一次大戦後、ヨーロッパを凌駕するほどの工業生産国として成長していた。産業の機械化が進んだのだ。

(出典:Wikimedia commons)
テクノロジーが世にもたらした変化は芸術の流れにも波及する。イタリアでは機械化によって実現された近代社会の速さを称えた、その名も「未来派」が登場。ドイツでは「芸術と技術の新たな統合」を掲げた『バウハウス』という美術学校が誕生。デザインや建築といった側面から現代にも大きな影響を及ぼしている。

「未来派」は伝統的な芸術と社会を否定し、新しい時代にふさわしい機械美やスピード感、ダイナミズム(力強い動き)を賛美し、モチーフに扱った。

「バウハウス」は1919年から1933年までの間に、ドイツのワイマールで始まった芸術とデザインの運動。「モダン」を作り上げた。
現代は、生成AIによるアートが登場したことで、人による「創造」とは何なのか、独創性や美意識とは何なのか、作家たちが問う時代にある。遡ること100年。20世紀初頭も、アーティストらは機械や技術の進歩と芸術の在り方に頭を悩ませたことだろう。
1912年末、航空機の見本市を訪れた画家、マルセル・デュシャンは共に訪れた彫刻家、ブランクーシにこう投げかけている。
絵画は終わった。誰がこのプロペラ以上のものを作れるというんだ?
『マルセル・デュシャン全著作』未知谷
現代アートの始まりと現在地
「マルセル・デュシャンの泉にしょんべん」とインパクト抜群の歌詞を書いたのは日本を代表するラッパーのKOHH(千葉雄喜)。
マルセル・デュシャンは現代アートの父と呼ばれる人だ。KOHHが歌った『泉』はその代表作。既製品(レディ・メイド)の便器を『泉』と題してそのまま作品として出品したことで、「美しいかどうか」ではなく「何が“芸術”か」を世に問うた。

これによって、いわゆる「アートって何でもありじゃん」と思われてしまう状況が生まれるわけだ。
便器でも“何でもあり”な現代アート。「現代」とあるくらいなので、時代と呼応しながら(時代の先を考えながら)制作された作品は、もちろんテクノロジーとも関係が深い。映像装置や音響装置、コンピュータやインターネット、そのほかさまざまなテクノロジーを使った芸術表現を含む多くの作品が生み出された。
大量生産・大量消費の社会をテーマとして表現した「ポップ・アート」。工業製品に着想を得た作品を制作したアンディ・ウォーホルなどのスター作家が誕生し、時のカウンター・カルチャーとも結びつき、50〜60年代のアメリカから世界へ多大なる影響を及ぼした。
80年代になると複製技術をテーマにした作品も登場し始める。オリジナルとコピーが氾濫する現代を皮肉り、その概念を問い直す「シミュレーショニズム」だ。映画の一シーンのような情景を演じ、セルフ・ポートレイトを撮影したシンディ・シャーマン。電光掲示板、ポスター、公衆電話のチラシといったメディアを作品の発表手段として積極的に活用したジェニー・ホルツァーらが有名である。

また、50年代~60年代に台頭したコンピュータ・アート、70年代のヴィデオ・アートの流れを汲み、デジタル・テクノロジーを活用した「メディア・アート」が台頭するのが80年代から90年代だ。「日本のメディア・アートの父」と呼ばれる岩井俊雄はアナログとデジタルを組み合わせた作品が特徴で、テレビ番組「ウゴウゴルーガ」のコンピューター・グラフィックス・システム制作やキャラクターデザインを手がけたことでも有名だ。
海外ではオランダのラファエル・ローゼンタールが、自身のウェブサイト上にて作品を発表し話題を呼んだ。岩井もローゼンタールも現在でも精力的に活動をする第一線のアーティストだ。テレビやインターネットなど、私たちの生活にも馴染み深い場で、芸術作品が展開されているのも面白い。
日本でこうしたメディア・アートに触れられる場も多くなってきている。97年には国内最大のメディア・アートの美術館として東京・初台に「NTTインターコミュニケーション・センター(ICC)」が、2003年には山口県に「山口情報芸術センター(YCAM)」が開館し、現在もメディア・テクノロジーを用いた多彩で興味深い展覧会を数々開催している。

近年では、鑑賞するのみならず、観客の介入によって作品が変化するインタラクティブ・アート(体験・参加型アート)が、メディア・アートとして登場し始めた。

photo: Muryo Homma(Rhizomatiks):PR Timesより
テクノロジーは芸術の世界に刺激を与えながら、時に作家を悩ませ、時により広域で自由な表現をもたらしている。
生成AIを用いたアートや、VR/AR技術、3Dプリンターなどなど、メディア・アートや現代アート、デザインの領域では、新しい技術の登場と伴走しながらその動向は展開している。「テクノロジー」との関係性に注目しながら、これからのアートを読み解いてみるのも面白いかもしれない。