朝ドラ『ばけばけ』でも注目。日本の夏の風物詩「怪談」。その魅力の源泉とは?

花火、蝉の声、山登り……。夏の風物詩は様々あるけれど、日本の夏の「夜の」風物詩で忘れてはならないのは「怪談」だ。肝試し、ホラー映画など、日本には古くから「怖いもので涼をとる」という独自の文化があるわけで、なかでも本日お話する「怪談」は、おそらく誰しも一度は聞いた(体験した?)ことがあるはず。いや、ご安心を。怖い話をするのではなく、本稿では、怪談がいかにアートの世界と密接なのかをご紹介していきます。

今こそ、怪談。

「怖いなー怖いなー」などの特徴的な語り口で現代における怪談話ブームを切り開いた稲川淳二をはじめ、「怪談」は今でも人気コンテンツのひとつ。今年9月スタートのNHKの新たな朝ドラ「ばけばけ」は明治時代に怪談を研究した小泉八雲(パトリック・ラフカディオ・ハーン)とその妻、セツの人生にフォーカスした作品。YouTubeでも怪談、オカルトなどのホラー系動画は人気ジャンルの一つであるし、ポッドキャストにも数多くのホラー番組が。テレビ番組でも「ほんとにあった怖い話」をはじめ、「TXQ FICTION」(テレビ東京)といったモキュメンタリー系や「世界で一番怖い答え」といったクイズ系などなど「恐怖」の解釈は広がっている。後述するホラー映画、小説、漫画も隆盛を極め、雑誌では毎年のようにホラー/怪談が特集される。もはや怪談はポップカルチャーの一大ジャンルなのだ。

YouTube上で人気を博す怪談師「ぁみ」の動画
放送されるやいなやSNS上でも話題となったテレビ東京のモキュメンタリーホラー番組「飯沼一家に謝罪します」

怪談ってアートなの?

ポップカルチャーと書きましたが、本来、日本の美術史の中には、怪談的な怖ーい絵がたくさんある。著名な浮世絵画家、歌川国芳は『相馬の古内裏』(1845年頃)という作品にて、物語『善知安方忠義伝』をもとに、登場人物の1人である平将門の娘が巨大な「骸骨」の妖怪を呼び出す場面を描いている。

歌川国芳『相馬の古内裏』、Wikimedia commonsより引用

他にも、「円山派」の祖であり、写生を重視した画風が特色の江戸の絵師、円山応挙は『幽霊図』なんて作品を残している。

円山応挙『幽霊図』
Wikimedia commonsより引用

日本で伝承されてきた民間信仰がもととなっている妖怪や、18世紀にまとめられた『雨月物語』 『四谷怪談』、江戸の絵師たちがこぞって描いた幽霊画などなど、日本画や浮世絵の世界では、物語、造形、想像力、恐怖/悲しみなどの感情にインスピレーションを受けた作品が多く生み出されている。冥界、霊界、魔界、そうした「あやかし」の世界は、日本人にとってより身近な存在であり、芸術の源泉の一つであったわけだ。

明治期、古くから伝わる日本各地の怪談や奇談、民間の伝承を集めた小泉八雲は「怪談の書物は私の宝」と語ったように、「耳なし芳一」「ろくろ首」「雪女」などの話を『怪談』という文学作品として一冊にまとめあげたジャパニーズ・ホラー界の父。朝ドラ放送にあわせてぜひ一読を。このように時系列で追っていくとわかってくるけれど、怪談は今だけのブームではなく、歴史上ずーっと人々の心を揺さぶってきた最強コンテンツでもある。

日本の各地に散らばった民話、伝承、伝説。心を刺激する恐怖、悲哀の物語、不可思議な世界。感情、思想、創造性を表現するのがアートであるならば、そんな日本的「ホラー」は、単なる「話」の枠を越え、アート的ともいえる領域にまで、とっくの昔に到達していたのではないだろうか。

世界へ羽ばたく怪談

そんな怪談も、今現在に目を向ければ様々な創作ジャンルへと展開している。まず、ホラー漫画の躍進は無視できない。今年、「マンガのアカデミー賞」とも呼ばれるアメリカのアイズナー賞を授与された伊藤潤二は現代ホラー漫画界の巨匠の一人。「うずまき」「富江」シリーズで知られる同氏だが、昨年にはNetflixにてアニメ化された作品「伊藤潤二『マニアック』」もあるし、BTSのメンバー、ジミンがお気に入りの作家として挙げていたこともある。

Netflix「伊藤潤二『マニアック』」予告編

そんな伊藤潤二の精神的師匠ともいえるのが楳図かずお。今年逝去されたことでも話題となったが、『ねこ目の少女』『へび女』など、初期から恐怖とユーモアを巧みに融合させた独自の世界を展開。長編ホラー映画『マザー』の監督などマルチに活躍し、フランスの「アングレーム国際漫画祭 遺産賞」を受賞した。芸術的な側面をさらに先鋭化させ、自身の漫画をアートへと展開させた展覧会「楳図かずお大美術展」も記憶に新しい。

「楳図かずお大美術展」公式Xより引用。

アメリカのアイズナー賞にて伊藤潤二と同時に殿堂入りを果たしたのは水木しげる。『ゲゲゲの鬼太郎』『河童の三平』『悪魔くん』などを発表し、妖怪漫画の第一人者でありながら、日本人に妖怪文化を定着させた功績は凄まじい。独特にデフォルメされたキャラクターらは様々な商品にも活用され、作家が亡くなった後も、世界中に羽ばたいている。

「鬼太郎ポスト」水木しげる記念館公式サイトより引用。

映画の世界でも日本的怪談の人気は止まらない。『死ぬまでに観たい映画1001本』(スティーヴン・ジェイ・シュナイダー・著)でも紹介された『リング』(中田秀夫・監督)はハリウッドリメイク版まで製作されるほどで紹介するまでもないか。これがきっかけとなりジャパニーズ・ホラー人気の口火を切り、三池崇史監督による『オーディション』、清水崇監督による『呪怨』、黒沢清監督による『回路』などなど、巨匠たちによる名作が多数発表された。今年、第78回ロカルノ国際映画祭で最高賞にあたる金豹賞を『旅と日々』で受賞した三宅唱監督によるドラマ『呪怨: 呪いの家』も記憶に新しい。そのどれもがクオリティが高く、日本文化的な暗さ、切なさを有し、オリジナリティに溢れている。

Netflixドラマ『呪怨: 呪いの家』予告編

インターネット上の怪談も見逃せない。英語圏のインターネットコミュニティ(4chan等)のユーザーによって「SCP-173」として創作され、不気味なストーリーで一躍話題となった「怖い画像」。これはアーティスト、加藤泉による作品「無題 2004」だ。作家本人の意図とは無関係に、ネット上の都市伝説的にオカルトに接続されてしまった例だが、アートと怪談の奇妙な繋がりを感じる。

また他に世界展開した例では、ウェブライター雨穴による小説「変な家」だろう。これは2020年に公開されたミステリーフィクション。ノンフィクションのレポート風に綴る記事が元となり、そのYouTube版は現在2500万回以上再生。実写映画化や漫画化もされ、翻訳版も世界30の国と地域(北米、ヨーロッパ、南米、アジア)で出版。世界的な大ヒット作となっている。

雨穴【不動産ミステリー】変な家

怖いけど楽しい。一見矛盾するような価値観をもったカルチャーだからこそ、他の何にも変え難い面白さがあるし、だからこそ「怪談」ひいてはホラーコンテンツは現代社会でも人気を博しているのかも。もしあなたが何か新たなアート作品を手に取ろうと考えたとき、「恐怖を感じた」なんて理由があっても面白い。

ちなみに、かつて小泉八雲はこんな言葉を残している。

外国人の旅行者にとっては、古いものだけが新しいのであって、それだけがその人の心を、ひきつける。

古いものは新しい。価値の転倒をあえて楽しむような在り方は、不安や怖さにただ怯えるんじゃなく、あえて楽しむ「怪談」の行為にも似ているかもしれない。不安や恐怖、未知の体験にも楽しく耐える術はこの先もきっと必要とされる。「怪談」の可能性は未来に大きく開かれているはずだ。我々も異界への旅行者として、心が惹きつけられる怪談話、ホラーの世界を探索しに行ってみよう。

EDIT: Ryoma Uchida

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