我々日本人からすれば普段当たり前のように馴染んで、もはやDNAに浸透していると言ってもいい作品を、例えば海外の人に見せるとする。
僕らが当たり前のように、子供の頃の食卓や家族団欒の時間に、何気なしに眺めていた(勿論楽しんでいるのだけど)モノを観た時、彼らは僕らの想像するよりかははるかに、ありがたそうに、神聖なものを見るかのように、画面、紙面に夢中になってくれる。すると、あたかも自分がその作品を作ったかのような(これは言い過ぎか…)得意げな気持ちにさせられる。
そんな時、その作品の小話を、一つでも、してあげられればいいのだが、何せあまりに当たり前に馴染んでしまったもの。「知らない」ということが、存外起こり得る。
日本の現代美術家である村上隆は以下のように述べる。
「僕は、ドラえもんがアートだと思っているんです。最終的に漫画が日本の芸術の頂点であるという風に、橋渡し的な役割分担で(芸術活動を)やっています。」
【宮崎駿と高畑勲】芸術家の本音とコンプレックスとは?【村上隆vs斎藤幸平】
アートとまでは言わないまでも、親しき仲にも礼儀ありというか、僕らの子供時代を支えてくれた数々の名作にもう少し敬意を払って、大人になった今、知ろうとする事は素敵なことのように思える。この記事を通して、そうした日本人にとって、慣れ親しみ過ぎた名作を「知る」もしくは新たな視点でもう一度楽しむきっかけになれば素晴らしいと思っている。
例えば、先の話に登場した『ドラえもん』は、2025年で生誕45周年。
『ドラえもん映画祭2025』と銘打って、34日間連続で43もの作品が神保町シアターにて上映された。2010年以前に公開された作品は35ミリフィルムでの上映ともあり、大変話題を呼んだ事は記憶に新しい。
また、村上隆とのコラボレーションをはじめ、森アーツセンターギャラリーでは『THE ドラえもん展 TOKYO 2017』が開催され、それまでの、読んだり、見たりするものとの認識に加え、アート的な視点で『ドラえもん』を鑑賞する提起がなされた。『THE ドラえもん展 TOKYO 2017』図録の中で日本の画家である町田久美は、「要素を最小限まではぶいているのに、その世界観の中で一番正確な形が描かれている」と述べるなど、描かれた一枚一枚の絵の作品としての強度が伺える。
通常、漫画における1ページあたりの平均的なコマ数は5〜7コマであり、例えば1974年7月に発売された『ドラえもん』1巻は192ページ。仮に1ページ6コマだとすると、一巻の漫画だけで、少なくとも1152枚の絵が必要なはずだ。
さらにアニメの世界では、1秒あたり約8枚の絵が使われると言われており、放送枠である30分からCM分を差し引くと、アニメーション自体の持ち時間はざっと20分前後。こちらも最少でも9600枚もの絵が必要になってくる。もちろん作者である藤子・F・不二雄だけでなく、全ての漫画家、アニメーターに言えることではあるだろうが、中でも45年もの間続く『ドラえもん』である。
画家や芸術家をも唸らせるその完成度の高さには、流石は僕たちの『ドラえもん』だ。
こうした親近感の高さの所以は、何も昔からお茶の間にいたから、だけではない。
その可愛らしい丸みを帯びたフォルムや、高い技術力(秘密道具)を持ってしても、のび太に負けじと抜けたところのあるキャラクターを見ると、やはり、愛さずにはいられなくなってしまうのだ。
そして、2021年に発売された『THE GENGA ART OF DORAEMON ドラえもん拡大原画美術館』では、1コマ1コマを絵画として鑑賞できる「作品」として、美術的視点から7つのテーマで『ドラえもん』のコマを厳選し、原画を拡大して掲載しているというから面白い。また、2011年に開館した藤子・F・不二雄ミュージアムでは、原画をはじめ、5分の1スケールののび太の家などの立体物を展示しており、改めて『ドラえもん』の歴史に触れることが出来る。
このように長く親しまれてきた『ドラえもん』。様々な見方があり、子供から大人、画家や現代美術家など、誰でも楽しむことができる。
残念なことに、作者である藤子・F・不二雄(1996年没)とかつてコンビを組んでいた盟友、藤子不二雄Ⓐは2022年に亡くなってしまった。2人の物語はまた別の機会にとっておくとして、『ドラえもん』が未だ続くように、彼らの残した作品や姿勢は、多くの漫画家や画家に確かに継承されている。彼らの描いた、夢や希望は不滅だ。
そして最後に、藤子・F・不二雄が、のび太の父であるのび助(のび助は幼少期に画家を目指していた)に言わせたであろう言葉で締めくくりたい。
『ドラえもん』31巻で、絵がうまく描けないと悩むのび太へ、父としてエールを送る一幕だ。
「絵は心だ!なにかをみて美しいなとかかわいいなとか心に感じたら、それを表現するのが芸術だ」
「あとからアルバム」(小学館てんとうむしコミックス31巻収録)